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昭和考古学の旅へ
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昭和の遺物を訪ねる「昭和考古学」を続けています。懐かしい、今まで知らなかった昭和をお楽しみ下さい。
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ブログ村参加:2016/03/01

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BEのぶさんの新着記事

1件〜30件

  • 淡路島にかつて鉄道があった!淡路交通鉄道線洲本駅

    拙ブログをご覧いただき、ありがとうございます。 本記事は新ブログに移転しています。 yonezawakoji.com ご面倒ではございますが、新ブログ記事をご覧いただければと思いますので、宜しくお願い致しますm(__)m

  • 西朝鮮-中国人民の魂の自虐

    ブログをご覧いただき、ありがとうございます。 本記事は、新しく開設した「台湾史.jp」の方に移転しております。 taiwanhistoryjp.com お手数ですが、こちらをご覧いただければと思います。

  • X68000ーシャープが産んだ最強のパソコン

    ご覧いただきありがとうございます。 こちらのブログは、 yonezawakoji.com へ移転の上、再構成してアップしております。 ご面倒ではございますが、こちらをご覧いただければと思います。 何卒宜しくお願い致しますm(__)m

  • ブログ移転のお知らせ

    私のTwitter垢を見てくれている方は、もうご存じでしょうが、今年の1月よりワードプレスにてブログを移転しました。 新しいブログのリンクは最後に貼りますが、今年よりブロガーとして本格的に稼働することになり、心機一転WPへの移動となりました。 別にはてなブログが不満だとか、そういう理由で出て行ったわけではありません。「賃貸マンション」から「郊外の一軒家」というマイホームを持ち、引っ越しただけと思っていただいて結構です。 はてなブログの記事は順次WPの方へ移していっているので、現在はここのブログからの転載が中心です。が、ちょくちょく新着書き下ろし記事も増やしていくので、よかったら新しいブログの方…

  • 難波病院ーその病院、訳ありにつき

    先日…といっても先月になってしまいましたが、なんばパークス南側、ヤマダ電機LABI1なんば店横のホテル建設予定地から「遺跡」が出てきたという記事を書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp この記事中に、「大阪市パノラマ地図」という地図を出しました。 「大阪市パノラマ地図」とは、大正12年(1923)に作られた大阪市の俯瞰地図で、大阪が「大大阪」に変貌していく黄金期の出発点の時期のもの。大大阪を英語にすると、”The Great Osaka”、略して”TGO”…なんだか無駄に格好いい。 それはさておき、地図の専売局煙草工場の横にある建物に気づいた方はいらしゃるでしょう…

  • なんばパークス南で謎の遺跡発見!その正体を追う

    大阪の難波にある「なんばパークス」の南端、少し前の記憶がある人は大きな平面駐車場として覚えている人がいるかと思います。もっと具体的に言えば、「ヤマダ電機LABI1なんば店」の横、南海電車との間のスペースです。 そこに、タイ資本の「センタラグランドホテル大阪(仮称)」が作られるようです。 出典:難波中二丁目における開発について 建設工事が始まり、基礎固めのために地面を掘ってみたところ、おそらく誰も予想もしなかった意外なものが「発掘」されることに。 画像提供:【速報】再開発しているなんばパークス南端から謎の遺跡が出土……(207様ブログ) なんじゃこりゃ!!! 空の上から松田優作の有名なセリフが聞…

  • 電車の車内アナウンスから見える"must"

    たぶん、私が言及するブログとしてはダントツナンバー1のまけもけさんの記事より。 www.gw2.biz ここ数年の外国人観光客の激増の効果か、至る所で外国語表記やアナウンスが目や耳に入ってくるようになりました。個人的には、「国際的引きこもり」の傾向がある日本人をソトに目を向けさせる良いきっかけの一つではないかと思いますが、私の専門である中国語の、 「この表現、おかしいでw」 というアラ探しという街中散歩の楽しみも増え、毎日が充実するようになった性格の悪い私。 ただし、業務上では英語を使うことがほとんどです。アメリカ人やフランス人に中国語でメール書くわけにはいきませんしね(笑) 先々週に大阪に行…

  • JKの車購入炎上騒ぎとシャーデンフロイデ

    車を買ったJKが叩かれる 昨日Twitterで、ある話題がトレンドになっていました。 あるJKが車の免許を取り、バイトをしてお金をためささやかな夢だったマイカーをGETしたというお話。 私のアカウントのTLにも、このツイートが流れてきました。 全くの通りすがりながら、 「小さいながらも自力で夢を一つかなえたか」 よかったなという気持ちでイイネを押させていただいた一人でした。当然、それに対し何の悪感情を持つことはありませんでした。こんなツイートにそんな感情を抱くはずがない。 ところが、これが意外な展開を見せたそうです。 マイカーを持った喜びをTwitterで表現した彼女、 「高校在学中に免許なん…

  • 中国ウォッチャーが見た韓国人の頭の中-最近の日韓関係に添えて

    前編である前回の記事の続きです。 parupuntenobu.hatenablog.jp 久しぶりに書いた記事がまさかの大花火、死に体だったうちのブログに息を吹き返してくれたのは、ひとえに読んでいただいた読者さんのおかげです。 で、かんたんな御礼はこれくらいにして、本編に入っていきます。 韓国はなぜ半狂乱になっているのか-プロローグ しばらくブログを書かないうちに、日韓関係は急速に展開していきました。ついには、日米とも(おそらく) 「これはないだろう」 と思っていたGSOMIA*1まで破棄してくる始末。 日本「頭がついていけない」 アメリカ「わけわからん」 と政府高官が頭を抱えるほどの斜め上の…

  • 輸出実務者が書く、誰でもわかる韓国のホワイト国解除-前編 経済産業省通知解説

    先月は全くブログを更新しなかったのですが、それには深い…でもないけれどそれなりの理由があります。 Twitterを見てくれている人はもうおわかりですが、わたくしBEのぶ、ついに「島流し」の期間満了につき本土に戻って参りました。 鉄道がない場所から一気に新快速停車駅へ。それだけでも生活の根本が変わった気がします。京都大阪まで電車一本で行けるぞヒャッハー!!という感じで(笑) これについてはほんの挨拶代わり。じきに地元関連の記事が増えて行くと思うので、馴染んでるなと温かい目で見守ってあげて下さい。 で、今回のメインディッシュは当然こんな近況報告ではありません。近況報告くらいならTwitterでとっ…

  • 消えた遊郭・赤線跡をゆく-和歌山天王新地編

    遊郭・赤線跡探索がライフワークの私だが、興味の範囲はあくまで歴史であり過去である。「現役」には特に興味を持たないので和歌山県にいくつ「現役」があるのか、それはわからない。が、和歌山県で私が唯一知っている場所がある。それが今日のお題、天王新地である。 天王新地はいつからあったのか 「業態者集団地域ニ関スル調」という、内務省衛生局*1の資料がある。表紙にマル秘の印がついている非公開だった資料で、最近ある人の手により復刻された。衛生局なので花柳病(性病)の蔓延の実態調査報告なのだが、業態者集団地域=性病危険地帯=私娼窟でもあり、本資料は事実上の私娼窟リストとなっているのが大きな個性である。 遊郭の資…

  • 阪和電鉄幻の施設-阪和射撃場

    現在、関西空港へのアクセスラインとして大車輪の遅延騒ぎを起こし・・・は今や昔、JR西日本のドル箱路線として活躍している阪和線。昔は「阪和電気鉄道」、略して阪和電鉄という私鉄であった。 当時の経営陣は、ネタを残すために経営していたわけではないのだが、阪和電鉄がこの世から姿を消して75年、こうして後世によって愉しくネタにされている。そういう意味では、その努力は決して無駄ではなかったと心から思う。 阪和電鉄の伝説といえば、暴走「超特急」が有名である。が、そんなの飾りです偉い人にはそれがわからんのです…ではなく、阪和電鉄伝説の真骨頂は、多角的な、あまりに多角的すぎた経営。 当時の私鉄では常識となった住…

  • 紀和駅と駅名の由来-かつてここは和歌山駅だった

    和歌山県和歌山市。かつてここには、「和歌山駅」があった…いや今でもあるやんかという声が聞こえてきそうだが、現在のJR和歌山駅のことではない。 南海電鉄和歌山市駅からJR和歌山駅まで、東西に走る一本の線路が走っている。地元住民か鉄道好きのお友達以外、使う機会はほとんどないというほど存在感が薄いが、ここは「紀勢本線」。亀山から紀伊半島を縫うように和歌山に至るあの紀勢本線、常識的に考えれば終着駅は和歌山だと思うことだろう。だが、紀勢本線はまだ先へ続き、和歌山市駅が本来の起点終点なのである。 現在の和歌山市駅は、和歌山との間を2両の電車がのんびり往復するローカル線の起点と化している。が、かつては新宮や…

  • 神戸の近代建築に残る戦争の痕

    太平洋戦争が終わってから、74年が経とうとしています。 「あの戦争をまた繰り返す気か!」 と鼻息の荒い人の横で、 「え?アメリカと戦争していたの?知らなかった!」 と驚く若者も現れ、やれ平和ボケだと目くじらを立てる人もいます。が、70年以上も経てば人間の記憶なんてそんなもの。 日本の都市という都市が空襲で廃墟となり、イチどころかゼロからのスタートとなった日本復興。その時代に生きた人たちの頑張りで高度経済成長を遂げ、町並みも戦前とは違った形に変化しました。 戦争抜きでも建物の新陳代謝が激しい日本、74年も経った戦争の遺構も年々少なくなってきています。都市部になると、それは顕著なほど消え去り、それ…

  • ファーウェイ問題に見る国家の信用

    アメリカと中国の貿易戦争が加熱していますが、その中で少し忘れられがちであったファーウェイ(華為技術)も新たな動きが出てきました。 アメリカの、事実上の華為製品全面禁輸に対し中国がこんな声明を出しました。 中国外相、米は「ファーウェイいじめ」(時事通信) - Yahoo!ニュース 中国外相いわく。民間企業に対して制裁なんていじめじゃないかと世界に向けて訴えているわけです。 まあ、言葉尻だけを取ると、ごもっともかもしれません。ネットをやっていないと、おそらく「中国様のおっしゃるとおり!」テレビの前でシュプレヒコールを発していることでしょう。 そんな中、この中国の言葉対し、世界の様々な分野からの心の…

  • 消えた遊郭・赤線跡をゆく 三津浜稲荷新地編

    「坊っちゃん」の降り立った地-三津浜 三津浜の遊郭-稲荷新地 電柱に残る稲荷新地の跡 おまけ 「坊っちゃん」の降り立った地-三津浜 三津浜(みつはま)は、愛媛県松山市街の北西にある港町です。古くから伊予水軍の本拠地であり、江戸時代から明治後期にかけて全国から船が寄港し、ヒト・モノが行き交った盛り場でした。その後は北部に建設された高浜港に「松山港」としての地位を譲りますが、現在でも漁港・近海旅客船の拠点、そして松山市内のベッドタウンとなっています。大阪に例えたら堺のようなところかなと。 かつての三津浜が隆盛ぶりを示す、間接的な証拠があります。 大正時代の「三津浜Walker」的な案内書、『みつが…

  • 淡路島幻の○○飛行場【昭和考古学】

    淡路島の飛行場 現在、淡路島には民間飛行場を含めた空港は存在していません。が、現在は関西空港を発着する航空機の主要ルートになっており、管制塔の交信をネットで聞いていた時も、「アワジ」という声が頻発していました。空を見上げると時折、我が家の真上を飛行機が飛んでいることもあります。 そもそも、関西空港は淡路島に作る計画もあったという話を聞いたことがあります。が、淡路島に関空ができたらできたで、市街地から遠すぎて利用者は不便極まりなかったろう。実際に島に住むと感じます。 そんな淡路島にかつて、空港が存在していた…知っている人は島民でもあまりいません。さもありなん、存在した期間は戦争中、それも1年にも…

  • コインスナック御所24ー日本で唯一のレトルトカレー自販機が残る場所

    元号が平成から令和になって初めてのブログ更新です。 元号が変わっても平性の生活が変わるわけではないのですが、やはり時代が変わったのだから自分も心機一転しないとな、という気分にさせるのが元号のパワーかもしれません。明治に入り一世一元の制となる前は、おそらく 「なんかイヤな感じじゃね?元号変えようか?」 という気分で変更していたんだろうなーと。当然賛否両論ありますが、個人的にはこういう変わり方、ええんちゃう?と。 それはさておき、令和最初のブログ、書かせていただきます。 我々が海外で異文化と出会いカルチャーショックを受けるのと同様、日本を訪れる外国人も日本に来て驚くことは、枚挙にいとまがありません…

  • 【昭和考古学】「阪神飛行学校」と盾津飛行場(大阪陸軍飛行場)

    大阪の大和川河口、現在の南港口周辺に「第ゼロ代関西国際空港」建設計画があったことを、先日書きました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 「戦前、南港に空港を作る予定だったらしい」この話は地元に伝わる伝説として小耳程度にはさんでいたものの、おばちゃんのゴシップだろうと本気にしていませんでした。これが事実とわかり早速調べ上げたのですが、資料を追っていくいくうちに「阪神飛行学校」という謎のワードに引っかかりました。 1.「阪神飛行学校」をめぐって 2.八尾空港の謎 3.盾津飛行場 4.盾津飛行場はどこに? 5.盾津飛行場最後の謎 1.「阪神飛行学校」をめぐって きっかけは、前回…

  • 幻の大和川国際飛行場【昭和考古学】

    現在、大阪には 関西国際空港(関空) 大阪国際空港(伊丹空港) 八尾空港 の3つが存在しています。広義の点では神戸空港も含めてもいいでしょう。 現在はそれぞれの空港で仲良く(?)棲み分けが出来ていますが、かつて戦前の大阪で熾烈な空港誘致競争があったのをご存知でしょうか。それも、市や府、お隣兵庫県も絡んだ仁義無用のバトルを。今日はそんな熱い熱い空港の歴史を。 くどくど書くとまた「公開無期延期」となりかねないので、鉄は熱いうちに打っておきます。追加事項はこっそりリライトすればいいし(笑) ==目次== 1.元祖大阪空港、木津川飛行場 2.大阪市の新空港計画 3.空港の下剋上 4.そして伝説へ… 1…

  • 台湾と後藤新平ー発見されたデスマスク

    本日2019年4月11日、台湾で歴史を塗り替える大発見がありました。 www.nippon.com 後藤新平のデスマスクが台湾で発見されたというニュースです。 (写真:Wikipediaより)後藤新平(1857-1929)といえば、医者にして政治家、東京市長や満鉄総裁などを歴任し、関東大震災で崩壊した東京をイチから作り直す復興計画の責任者として、現在の東京の骨格を作った人物として、有名な人物です。 後藤の経歴と残したお仕事の数々は、書き出すとWikipedia先生の項目一つ分になってしまうので、気になる方は、Wikipedia先生の記事をどうぞ。 この記事を読む半分以上の人は、こんな疑問が浮か…

  • 大阪の「中華街」 後編ー川口を歩く

    時間が空いてしまいましたが、以前、大阪市西区の川口に戦前、「中華街」があったことを記事にまとめました。 parupuntenobu.hatenablog.jp 前編はその歴史の概要を書きましたが、今回はフィールドワークと実際に川口を歩いてみました。その繁栄は空襲で灰と化したと言われていますが、もしかして、カケラでも残っているかもしれない、そんなわずかな期待を込めて。 周辺の中華料理屋 川口を歩く 唯一の行桟の遺構? 隠れた川口の生き証人? 周辺の中華料理屋 川口を南側から歩いてみると、何軒かの中華料理屋が目に入りました。川口周辺には、中華料理屋がいくつか存在しているのですが、そろって川口華商た…

  • イチローの引退に添えて

    2019年3月21日、日本が生んだ野球界のスター、イチロー選手が引退を発表しました。深夜だったとは言え、見ていた人も多かったと思います。 私もリアルタイムで引退会見を見ていましたが、野球哲学者のような表面とは裏腹に、本人ははっちゃけてすらいた気がします。我々が描いていた「哲学者」はあくまで「ハレ」の面、会見の姿が普段着、我々一般人が知らない「ケ」のイチローなのでしょう。 実は、というか実を言わなくてもイチローと同世代(同い年とは言ってない)な私、同世代という親近感もあり言動には常に注目していました。イチローが日本球界で無敵を大暴れしていた当時、私は中国に留学中でした。ネットもない当時では、日本…

  • 「オレ」の奇妙な冒険

    日本語はムズカシイと日本語学習中の外国人を悩ませる理由の一つに、「人称表現がめちゃくちゃ多い」というものがあります。 一人称(自称)だけでも、私、僕、小生、我輩、余、我・吾(わ)、はては磨呂に朕など数知れず。「私」は「わたし」「わたくし」、マイナーチェンジ版「あたし」「あたい」「わて」など派生語があり、私は前職の影響で、ビジネス文書では下名を使っています。 外国人の頭痛のタネは、単語が多いだけではなく、その正しい用法。日常で「朕」を使ったら「お前はいつから天皇になったんだww」と笑いものになるし、女子なのに「僕」を使ったら、「今流行りのボクっ娘か?」とオタク扱い。この用法を適切に使うことも、総…

  • 二・二六事件秘話 渡辺錠太郎-一兵卒が大将になった話

    一兵卒が将軍にまでなった人物として、三国志が誇る知勇兼備の武将、呂蒙がいます。 三国志の故事成語『呉下の阿蒙にあらず』 - 昭和考古学とブログエッセイの旅 が、中国史を紐解くと、皇帝にまでなった男だけでも、漢の劉邦や明の朱元璋など、自称皇帝(太平天国とか)や短命王朝も入れると何人いるのやら。 日本では、立身出世の象徴として 豊臣秀吉がすぐに思いつきます。幼少期がボカされ不明な部分も多いのですが(たぶん農民出身でしょう)、秀吉だけでなく、当時の戦国大名は3代さかのぼれば経歴が怪しい人ばかり。狸親父も暴れん坊将軍も、先祖を辿れば住所不定のルンペ…おっと、徳|||美術館から抗議のメールが来たようだ。…

  • 消えた遊廓・赤線跡をゆく-丹波篠山(京口新地)編

    ※注意※ このブログ記事は、2009年に前ブログにて書いた記事をやっつけ仕事で編集したものです。情報が古いのと、文章が拙い場合があるのであしからず。また、予告なしに文章が変わることもあります。 今回は、丹波篠山にあったという遊郭跡を書いてみようと思います。丹波篠山というと今の篠山市、江戸時代は譜代の青山氏の城下町として栄えました。今回の話題とは関係ないですが、東京にある地名の「青山」(←青山学院大学の「青山」ね)は、この青山氏の江戸屋敷があったことから名付けられました。篠山の青山氏は分家筋だった記憶がありますが、まあそんなわけです…どんなわけや。 篠山の遊廓の歴史 今の篠山市は、武家屋敷が現在…

  • 大阪の「中華街」 前編ー川口華商の興亡

    大阪にある中華学校 大阪市浪速区大国町。ここにある学校があります。 中華学校です。 中華料理専門学校ではありません。在阪華僑のための学校です。 大阪に中華学校…関西で「中華」だと神戸が真っ先に連想されるせいか、大阪となると少し違和感があるかもしれません。事実、そこには有名な中華街と中華学校が存在するのだから。 しかし、大阪に中華学校がある以上、一定の需要と歴史があるはず。そんなことを考えながら周囲を散策してみたのですが、チャイナタウンのような雰囲気は微塵も感じません。 では、何故ここに…というかなぜ大阪に中華学校が存在しているのか。歴史を掘ってみると、戦禍に消えそのまま忘れられたある地域の歴史…

  • 三国志と三国演義

    日本人は、いや、日本人男性は三国志が大好き。私もご多分に漏れない三国志好きです。中国留学時も三国志好きな男が多く、日夜三国志トークに花を咲かせていました。 三国志は中国の英雄伝。本場の中国人男性もみんな好きだろう。いや、嫌いなわけがないじゃない。そんなwktkな気持ちを抱いて、中国人の友達(男)に告白しました。「俺、おまえのこと…じゃなかった、三国志が好きなんだ」さあいくらでも食いついてこい!期待値は最高潮。が、彼の返事は、意外なものでした。 「ええ!あんなの好きなの?」 がっつり食いついてくるかと思っていた私は大ずっこけ。「あんなの」扱いかいな~! 当時(1994年)、中国の中央電視台で長編…

  • 妹尾知之-ある海軍軍人の一生

    半年前、岸和田市にある「きしわだ自然資料館」という場所に行ってきました。島流しの前は岸和田市民だった私にとっては、数年ぶりの岸和田の地でした。ここは自然科学の展示が中心の岸和田市立の施設ですが、この時の用事は自然科学にあらず。あるご縁で施設の方と出会い、戦前の阪和電鉄や南海電鉄の資料を、業務半分でコレクションしてらっしゃると聞き、ご好意でそれを見せていただくことになりました。 こんなのや、 (戦前の南海鉄道浜寺海水浴場のパンフ。昭和11or12年) こんなの、 そして、幻の阪和電鉄ミッキー(オレンジバージョン)まで。見たこともない貴重なコレクションの山盛り。私のブログを見て訪問者の予習をしたら…

  • 【追悼】天牛堺書店に捧げる鎮魂歌

    明けましておめでとうございます! …ってもう1月も終わってしまいます(いつの話やねん)。お待たせして申し訳ないですが、遅れながらも新年明け第一号の投稿となります。 今年第一号のブログ記事なので、少しは縁起の良い話題を…といきたかったのですが、初っ端からBad Newsをお送りしなければなりません。 といっても私にとってBadなNewsなだけで、読者の皆さんにとっては、人によってはかすりすらしません。 以前、こんな記事を書いたことがあります。 parupuntenobu.hatenablog.jp 私の知を育んでくれた、大阪は堺市の天牛堺書店津久野店が閉店になっていたという記事です。 これだけで…

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