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2015/05/16

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  • 日航機墜落事故 37年目の夏 ③ 慰霊の園・慰霊の塔

    日航機墜落事故37年目の夏③慰霊の園・慰霊の塔慰霊の園慰霊の塔(図3)(図4)慰霊の園には次のような案内板があります。全文を掲載します。昭和60年8月12日夕刻、日航機JA8119号機が上野村の御巣鷹の尾根に墜落し、五二〇名の尊い命が昇天されました。本来ご遺族の元に帰り供養されるべきご遭難者の遺体の一部が行方不明処置となり、上野村に骨壺の姿で残されることになりました。上野村々民は事故処理のお手伝いを通して、事故の凄まじさ、ご遺族の悲しみを目のあたりにし、このような事故が二度と起こらないように願い五二〇の御霊を祀ることが上野村々民に課せられた責務であると考えるに至りました。上野村は険しい山々に囲まれ平坦な土地のほとんどない所ではありますがこの趣旨に賛同した村民有志が土地を供出し慰霊の園を建設することができ御...日航機墜落事故37年目の夏③慰霊の園・慰霊の塔

  • 日航機墜落事故 37年目の夏 ② 昇魂之碑

    日航機墜落事故37年目の夏②御巣鷹の尾根昇魂之碑(図1)(図2)(図1)昇魂之碑の前でシャボン玉を飛ばす遺族の皆さん。この碑の前は小さな広場になっているがここは事故当時ヘリコプターの発着場所として開発されていた。(図2)8月12日を前に毎年群馬県警の4月に入校した初任科生たちによって、昇魂之碑およびその周辺を清掃し、献花をしている。今年は12月8日に行なわれた。運命の時刻1985年8月12日午後6時12分、日航123便は、東京・羽田空港から大阪・伊丹空港に向かって離陸した。伊豆半島南部の東岸上空に差し掛かる直前の午後6時25分ごろ、「ドーン」という音とともに機体に異常事態が発生し、操縦不能になった。同56分、群馬県多野郡上野村山中に墜落した。機内には、乗客509人と乗組員15人の計524人が搭乗していた。...日航機墜落事故37年目の夏②昇魂之碑

  • 日航機墜落 37年後の夏

    日航機墜落37年後の夏1985年8月12日午後6時56分ごろ、羽田発大阪行きの日航ジャンボ群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落。520人の尊い命が失われた。上空で圧力隔壁が壊れ、機体尾部が吹き飛び操縦不能となる。過去の修理ミスが原因と事故調査報告書には記載されている。事故発生の約1年4カ月前。製造元の米ボーイング社から、日本国内の駐在員を介し、日本航空の技術者に渡った英文のテレックス。事故機を含む同型機について、事故原因となった後部圧力隔壁を含む胴体部分の疲労度に懸念を示した上で、運航する日航に対し、機体を詳しくチェックする補足的な検査の「前倒し」を求めていた。運輸省航空事故調査委員会(当時)の事故調査報告書によると、日航は早期に補足検査をする計画を立てた。にもかかわらず、隔壁部分については実際に着手する前に...日航機墜落37年後の夏

  • 読書案内「顔」松本清張著

    読書案内「顔」松本清張著(ブックデーター:新潮文庫初期ミステリー傑作集収録2022.8刊「殺意」「反射」「市長死す」「張り込み」「声」「共犯者」「顔」「なぜ星図が開いていたか」を収録)清張ほど同一の小説が異なる出版社から刊行されている作家も少ない。たとえば今回取り上げる「顔」は、わたしの蔵書の中に本書を含めて4冊ある。傑作短編集5「張り込み」収録(新潮文庫)1957年刊日本推理作家協会賞受賞作全集9「顔」(双葉文庫)1995年刊顔・白い闇(角川文庫)2003年刊初期ミステリー傑作集なぜ「星図」が開いていたか2022年刊(新潮文庫)松本清張歿後30年記念出版ミステリーの世界では、「清張以前と以後」という言葉に象徴されるように、清張以前は、本格ミステリーとしてトリックを重視するミステリーが主体であった。清張は...読書案内「顔」松本清張著

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