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  • グラフェンスティーン城塞

    ベルギーのフランドル地方にある人口3万5千人程の町イーペルで3年に1度、5月の第2日曜日に開催される1938年から続く「猫祭り」に妻の弟と彼の奥さんが日本から来るというので、ブリュッセル国際空港で落ち合って一緒に行くことにしました。妻の仕事の都合で家を出るのが夕方だったので、ブリュッセルまでの途中で1泊したのです。ビジネスホテルのようなホテルでしたが充実した朝食ビュッフェで、ハム入りオムレツを作ってもらいました。前日に泊まったホテルの朝食ブリュッセルから真西に約140km離れたイーペルへのほぼ道半ばにゲント(ヘント)という古都があり、その中心部にグラフェンスティーン城塞(ドイツ語で「グラフェンシュタイン城塞」)はあります。街の様子と城・塞城と中庭の一部1城と中庭の一部2&3城と中庭の一部4&5城と中庭の一...グラフェンスティーン城塞

  • ヘメルシェンブルク水城館

    私の住むハノーファーから南西に60km離れてヘメルシェンブルク水城館があります。お城に付属する芸術収集品、庭園、水車、農舎、教会を含めて、かつて栄えたヴェーザー・ルネッサンスの代表となる施設です。15世紀の初めごろからこの地には城塞がありましたが、それが壊され、16世紀の終わりから17世紀の初めにかけて水城である現在のヘメルシェンブルク城館が新しく建造されました。17世紀前半の30年戦争の時幸運にも惨禍を免れ、続いて起こった7年戦争の被害も最小限に抑えられて、お城は今日までほぼ完全な形で残っています。現代人が住むのに適するように19世紀と20世紀に改装が行われましたが、歴史的外観は全く損なわれていないそうです。個人の所有であるお城の一部は50年前から私立博物館として公開されています。そこにはルネッサンスや...ヘメルシェンブルク水城館

  • グランドホテル ハイリゲンダム

    18世紀の終わり頃、ある公爵が主治医に勧められてこの地で泳いだことにより、ドイツで最初の海水浴場が誕生しました。その主治医は海水浴がいろいろな病気を治すことを知っていたのです。なぜハイリゲンダムが海水浴治療に適しているかというと、気候が良いからです。すなわち、埃を含まない湿った空気、小さい寒暖の差、深いブナの森林にかこまれていること、そして潮の干満がないことです。その後19世紀の後半にかけて多くの建物、中でも現在グランドホテルになっている大規模な保養宿泊施設が建てられたのです。ハイリゲンダムはその誕生からドイツで最も洗練された海辺の保養地という名声を博し、1930年まで数多くのヨーロッパやロシアの貴族や著名人が避暑をする地で、死ぬまでに一度はハイリゲンダムに行くべき、とまで言われたそうです。第2次世界大戦...グランドホテルハイリゲンダム

  • シュピッケル城館

    長方形で化粧塗装をほどこしたシュピッケル城館の原型となった城塞は、16世紀に建てられました。その後17世紀の中頃に30年戦争の結果としてこのリューゲン島はスウェーデンの領地となり、スウェーデン人が城塞の所有者になったのです。同時に、もともと防御のための堀に囲まれていた城塞はルネッサンス様式のシュピッケル城館に改造され、スウェーデン特有の赤色に塗られました。4隅にある丸い塔が今だに城塞の印象を与える建造物です。19世紀初頭にリューゲン島がナポレオン軍に占領されたとき一時的にフランス人が住みましたが、数年後に城館はプロイセン王国に属するようになりました。そして第2次世界大戦終了まで、ある侯爵の所有だったのです。お城は終戦後約20年間にわたり荒廃するままにまかされていた後、史跡保護の観点から包括的に修復がなされ...シュピッケル城館

  • ラルスヴィーク城館 & リーツォヴ小城館

    ドイツ北東部のバルト海に突き出たような形のリューゲン島に、6kmほど離れて建つふたつのお城です。そのひとつ、ラルスヴィークという村にある同じ名前の城館は19世紀の終わり頃に新ルネッサンスの様式で建造され、20世紀の前半には厩舎が増築されました。ラルスヴィーク城館1&2ラルスヴィーク城館3・城館の入り口庭1&2ユーゲントスタイルの玄関ホール、階段、板張りの壁、ドアの取っ手、そして窓ガラスの内装は、昔のままの姿だそうです。このお城はある家族の所有でしたが、第二次世界大戦後に国家(東ドイツ)から公用徴収されて老人ホームとして、そしてその後ドイツ赤十字の管理下で身障者のための介護ホームとして利用されました。東西ドイツ統合のあと、ある別の家族が購入してこんにちの姿に改築したのです。玄関と内装は、いかにもお城、と思わ...ラルスヴィーク城館&リーツォヴ小城館

  • 狩猟の館 グラニッツ

    われわれがリューゲン島で滞在しているアパートメントから30分ほど山地トレッキングをすると、狩猟の館グラニッツに着きます。年間25万人以上の訪問客があるという人気のお城で、約1.000ヘクタールもの、前世紀の終わり頃から生物生息圏保護地区に指定されている森の真ん中にあります。山地を走る観光列車この地には18世紀の前半に3階建ての狩猟小屋が建てられ、19世紀の前半に取り壊されました。その後も何回か、建てられて撤去される、ということが繰り返されました。現在の〈狩猟のためのお城グラニッツ〉は19世紀前半に、北イタリアのルネサンス風城館に似せて建造されました。建物の四つ角と真ん中に塔を持つ建造物です。狩猟の館1&2真ん中の塔・壁の装飾このお城は昔からヨーロッパ中の貴族や著名人に愛された旅行先で、1944年まである家...狩猟の館グラニッツ

  • ラインスベルク城館

    宿泊している〈港ホテル〉から歩いて30分くらいのところにラインスベルク城館があります。湖畔のお城です。船上から見た城館・城館の対岸お城見学の前に、すぐ近くのレストランで昼食をとりました。入り口は殺風景ですが中は綺麗にしています。ミシュラン本の2018年版に載っているようで、レベルが高そうです(星は付いていない)。レストランまず、干しトマトとハーブが入ったクヴァルク(凝乳)とジャガイモで作ったパンが出てきました。パンがしっとりしていて、クヴァルクをつけて食べると結構いけます。クヴァルク(凝乳)とパン・カミツレ茶私はノンアルコール・ビールを、妻は昼間なのでさすがにワインではなく、カミツレ茶を注文しました。料理は昼食なので一品だけにしました。妻が食べたのはタラのフィレとルッコラをカボチャリゾットにのせた料理です...ラインスベルク城館

  • 港ホテル ラインスベルク

    ドイツ連邦共和国の首都ベルリンから北西に100km離れた所に、港ホテル・ラインスベルクはあります。ここは湖の多い地方で、そのうちのひとつの湖のほとりに建っているのです。森に囲まれたこの広大な施設は、2007年に開業したホテルと個人所有の別荘群から成っていて、各別荘には駐車場とボートの係留地がついています。ホテルの経営は簡単ではなく、現在3つ目の会社が運営しているそうです。別荘とボートホテルの前から1&2ホテルと別荘とボート左右対称の城館を思わせるホテルは、現代的な構造で広いロビーが印象的です。われわれの部屋はデラックス・ダブルルームです。港が見えるスタジオ風で、下が居間とバスルームで上が寝室。気分は良いけれども階段の上り下りは結構大変です。全部同じ階のほうがいいなー。ベランダもあります。ホテルのロビー私達...港ホテルラインスベルク

  • ガメール城館

    ガメール城館があるのはバルト海沿岸から内陸に少し入った農村地帯にある人口92人の袋小路の村です。ハノーファーから北東方面に約300km離れています。この城館(領主の館)は14世紀の後半からずっと600年以上にわたって恒常的に(この地が東ドイツに属していた時代を除いて)某家族の私有財産で、同時に先祖代々の屋敷なのです。19世紀の初めにいちど改築のために壊されて、同世紀の後半に現在の新ゴシック様式のお城が建てられ、多数の付属建築物をふくむ大農場の中心になっていました。しかし、1945年の終戦後に強制公用徴収されてしまったのです。そして東ドイツ時代は保育園、学校、アパートなどいろいろなことに利用されてきました。今世紀になって早々に元々の所有者の子孫(二人の直系子孫はどちらも法律家で現在ベルリンに住んでいる。)が...ガメール城館

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