いつからだったかなんて覚えてないけど何があったのかも何をしてたときなのかもわからないのだけど、存在もしない何かに悩まされた勉強は嫌いじゃないんだけど学校が嫌いだった友達は大好きなんだけど人間関係が嫌いだったイベントは好きなんだけど集団行動が
あたしの母さんはそんなに母親らしくないそりゃあたしを育ててくれたし、料理も洗濯も毎日する 母さんなんだけどテレビが言うお母さんとはなんか違うあたしが楽しみにしてたのはお母さんのご飯よりも 外食で食べれるご飯だったし、20になった今もそれは変
みんなが言うよ、あんなとこで人を好きになるなんて馬鹿だってそんな人やめたほうがいい、他にもっといい人いるよって あたしを見る目が、何も世の中を知らない馬鹿な女に変わっていくのがわかる わかってる、散々に疑ってるし、散々に
他人は言うよ、本当に死にたいって思ってる人間は死にたいなんて言わないってああ、そうだねって私はいい面する何を根拠にそんなこと言えるのさ自分が本当に死にたいって思ったこともないくせに生まれながらに、こんなジャングルのような社会に放りだされ、辛
ねえ、母さん私の右腕にお味噌汁をこぼしたときどんな顔してた?あら、何もイジメられてたわけじゃないのよ私の物語はいつだってハッピーだものちょっと頭が狂っている人が私の物語をつくってるだけ母さんと父さんはいつだって私を大切にしてくれたわ母さんと
1994年2月17日あたしは生まれた暖かい静岡の田舎町、その日風はびゅんびゅんふいて都会町にはない吹き飛ばされるような寒さだったんだろうな静岡の2月ったら花粉ばかりとぶのだもの生まれ たとき、私は寒さを感じてたのか、暖かさを感じてたのかなん
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