でも、と、長谷川としては反論せずにいられない。「履いてる本人以外に見るのが僕だけとは限らないでしょう。たとえば出先で倒れて、医療関係者に脱衣させられたりとか」「・・・うーん」 その可能性と、そうなった場合について、向井も考えを巡らせたらしい。 しばし深刻な表情になったが、すぐに小さく吹きだした。「脱がせた時にこういうパンツ履いてたら、笑われるだろうな。笑いはしなくても、ぎょっとはされるか」「でしょ...
「あと、このイチゴ柄はおまえって感じだろ。だから俺はこっちの」 向井の解説は更に続いた。長谷川もまた、顔を火照らせたままでそれに応じる。「パイナップルですね。これは、小さい柄が全体に散らばってるデザインだから、まだしも刺激的じゃなくていいですよね」「イチゴも可愛いぞ、ピンクのと赤いのが全体に散らばってて。おまえにすごく似合うと思う」「・・・あんまり嬉しくないです」 残る一枚は、迷彩柄と青地に白いドッ...
「えーっと、じゃあ・・・これとこれと、これ」 こういう時の向井の決断は、極めて早い。そもそも、買い物に時間をかける質ではないのだ。極めて素早く、直感的に、取捨選択する。 今回は選ぶ余地がさして無かったので、尚更だ。「えっ・・・この星条旗がパッチワーク状になってるやつ、先生にと思ってたんですけど」 向井の選択は、しかし、必ずしも長谷川の意図したものとは一致しなかった。つい、反論が口を突いて出る。「国旗柄は...
「これ、三枚よりどり千円だったんです。お買い得だったんです。だから僕のと先生のと二人分、買ってきました」 そんなわけで買い物に手間取り、向井よりも遅い時間に帰宅することになってしまった。 慌てて夕食にして、後片付けも一緒に済ませた、その後で。 長谷川はこんな台詞とともに、戦利品を並べた。 テーブルの上、はどうかと思ったので、ソファの上に。「先生から先に、好きなのを三枚取ってください」 続けてそう言...
男性用下着、上ではなく下の方。それもブリーフではなく、トランクスとボクサーパンツ。 それが、玉石混淆ごちゃ混ぜになって入っていたのだ。 向井先生がこないだ履いてたのゴム部分がヨレてきてた! そう思い出してしまったが最後、長谷川はもう止まらなくなった。 第一にサイズ、次に素材と縫製、その次がデザインで、最後が柄。 チェックポイントと優先順位とに従って、ワゴンの中身を選り分けていく。 ちなみに向井の...
仕事からの帰り際、食材を買うべく寄った町内のショッピングモールにて。 そういえばボディシャンプーがなくなりかけてたな、と思い出して、長谷川は生活用品の売り場へと回った。 まずは目当てのボディシャンプー(詰め替え用)を買い物カゴに放り込んでから。長谷川は一応、ぐるりと売り場を回ってみることにした。 サニタリーやトイレ周りを思い浮かべ、必要なものの有無を検討する。結果的に、歯ブラシ二本とアフターシェ...
【初出】2018.08.13-2018.09.16 拍手お礼ページに掲載************ 「ビターエンド」アダルトチームの二人に登場してもらったSS、これ当初は単に「猫の成長速度は人間の約4倍」というネタだったんです。 それを佐上先生に聞かされてセンチになる忍足先生の図、という、それだけの話になる予定だったんですけど。 なんかヘビーな、本編並の話になっちゃってますねー(苦笑) 久々にあの二人を書いたせいかな。 ともあれ、書い...
そんな忍足の胸の内を知ってか知らずか、佐上は訥々とした口調でなおも言葉を続けている。「武田さんの方がずっと素直だけどね」 だから忍足も、惰性のようにして返事を返す。「・・・そうか?」「でも可愛いのは渉だね。断然、渉」「・・・・・・そうか?」「ビール、もう一本飲む?」「・・・・・・うん」 立ち上がった佐上の足に、ノエルが鳴きながらじゃれついている。 よしよしおまえもお代わりな、と言いながらキッチンへと歩いていく...
「・・・そっか」 佐上も、思い出したのか、くしゃりと笑った。「そういえば似てるね。渉と武田さん」「そうか?」 そんなことないだろう、という思いをこめて反問したが、本当は忍足もそう思っていた。 いや、自分と武田がではなくて、状況が、ではあるが。似ているなと。 とはいえノエルは怪我はしていなかったし、救急病院への搬送も必要としていなかった。それにノエルは離乳直後だったが、あの猫は成猫だ。 だから、それに...
「そういやさ」 と、今度は佐上がこの言葉を口にした。「うん?」「武田さんが言ってた、『スーフォア』って何? 猫の名前、考えてくれたの?」「いや、うん・・・まあ、そうなるんじゃないか」 忍足は小さく、思い出し笑いをもらす。 手術中、不安やら手持ち無沙汰やらで、武田はやたらとよく喋った。 バイクの話もその中に出てきた。曰く、「武田さんが欲しいバイクの名前だよ。えーっと・・・『奇をてらってないっていうか王道な...
ちなみに猫は、今夜一晩は救急病院に入院することになった。明日佐上が引き取りに行き、自院に転院させる手筈になっている。 手術は成功したと佐上は言ったし、引き続き慎重に経過を診ていきますとも言った。だが、もう大丈夫ですよとは言わなかった。それが忍足には少し不安だ。 大丈夫だよな、ともしも訊いたら、佐上は答えてくれるだろうけれど。 でも、訊かないでおこうと思う。明日からはあの猫もここに――佐上動物病院に...
――じゃあ、すぐ行きましょう。ここから車で三十分くらいのところに、動物対象の救急病院があるんです。ここじゃ足りない設備もあっちには備わってます。勿論俺も当直医と一緒に手術をします。同行していただけますか。 はい、と頷いた武田の横で、忍足は運転手を買って出た。 宏弥は猫についててやれ、と言ったのは実は口実で、ここで自分だけ取り残されたくないというのが本音だったが、結果的にはそれで正解だった。 「・・・...
佐上の口調は、精一杯自制しているのが忍足には判った。が、それでも充分、切羽詰まっていた。はっきりというなら、詰問に近かった。 当然ながら武田は戸惑い、というより半ば怯えた表情で、何故か忍足の顔を見た。 助けを求めているような視線を受けて、忍足も成り行き上、言葉を足した。 ――恐らく、安くはない費用がかかります。もしかすると時間も。その後のこともあります。生き延びた猫を誰が飼うのか、二度とこんな事故...
「・・・今夜はサンキュ。助かった」 こう言って缶ビールを目の高さに掲げた佐上へと、忍足も同じ動作を返した。 いや、という言葉は自然に口を突いて出た。それと苦笑も。「俺は何もしてないだろ。・・・車、運転しただけだ」 いや、と佐上も呟いた。それだけでは足りないと思ったのか、ぶるぶるとかぶりも振る。「助かったよ。渉がいてくれて、ほんと、助かった。武田さんもきっとこう思ってる。だから二人分ありがとう」 二人とも...
本編91話+後日談5話で合計96話、「もう一度、もう二度と」完結いたしましたー! いやー良かった。一時はもう無理だと思いましたが(苦笑)、何とかエンドマークが付けられて、ものすごく安堵しています。 途中休載を挟みながらの更新で、久々にxマーク付きの回もありましたが、最後までお付き合いいただきまして本当にありがとうございます。 このカテゴリで司先生を書く時は、実は、いつも何かしら作者の予想を超える展開が...
「実際、拍子抜けしちゃったよ」 と続けた司の口調には、つい苦笑が混じってしまう。あの時の自分たちの気負いようを思い出すと、少しくすぐったい。「理由を訊かれるのかと思って、お父さんと打ち合わせて完璧に理論武装して行ったのにさ」 実際には、必要書類のチェックの後、養親と養子の双方が同意しているかどうかを一言確認されただけで受理された。「養子が六歳未満の、特別養子縁組の方だったら、いろいろ大変らしいけど...
学のその声には、何の屈託も翳りもなかった。続けて、あんこうの天ぷらをパクついては、うわこれすげえ美味い、などと笑顔で呟いている。 それを見て、長谷川がしみじみとこう言った。「・・・そういうことを淡々と言えるってことは、学くんたちはもう、そんな段階を通り越したってことなんだね」 ふふ、と学は笑った。そして司を見やり、殊更に悪戯っぽい口調で言った。「あんだけのこと乗り越えたら、ていうか乗り越えさせられ...
「そうか? そんなに大騒ぎするようなことじゃないんじゃないのか?」 ここで向井がこう言って――既に日本酒にシフトしている――、今度は司がこくこくと頷いた。向井から差し出されたお猪口を受け取り、それを越乃寒梅のぬる燗で満たしてもらいながら。「だよねえ。俺たちみたいなカップルには、よくある展開だと思うんだけど」 ねえ、と言いながら司は向井を見やったが、あっさりかぶりを振られてしまった。「さあ、それはどうで...
そんな次第で、追加注文のオーダーは向井と長谷川が二人がかりで引き受けてくれた。 司はただもう、飲んで食べて笑って、合間に学の世話を焼いたり、逆に世話を焼かれたり。「なんか俺ばっかり楽しくてごめんね」 そんな台詞まで口走っていて、あれもう酔ったかなと首を傾げる。「そうですよ、周りは大変だったんですから」 愚痴る口調の割には楽しそうにこう言ったのは学だ。「いきなり養子縁組だなんて、ものすごいこと言い...
「じゃ、乾杯の音頭はやっぱり」 梅雨が未だ明けない時期に始まった一連の騒動の全てが決着したのは、その年のカレンダーが最後の一枚になった月だった。 街を彩るイルミネーションは、まだ辛うじてクリスマスバージョンだ。だがそれもじき、年越し年明けのものに替わる。 司は、近衛司から大島司になった。「大島先生から」 忘年会という単語がこれほど切実に感じられた年もない、としみじみしていた司に、向井はいきなりこう...
なあ、と司は、心の内で学に話しかける。 学はそうやって怒るけど。 でも、大島司っていい名前じゃないか? 俺は好きだな。先生付けで呼ぶのにも、近衛より大島の方が親しみがあっていいと思う。 俺たちの、新しい、家族としての在り方。 そろそろ、それを考えていこう。 共に堕ちるよりも引き上げる、この宣言を守り続けるためにも。何より、学と一緒に人生を全うするために。 大切な人たちを、この手から取りこぼすこ...
「えっ、だけど、や、ちょっと待って・・・あ、そう、家族! 家族っていえば司さんの実のご両親ですよ! それに康さんと美咲さん! みなさん何て言ってるんですか!?」 ますます動転するばかりの学の手を、司はますますしっかりと握りしめる。そうして内心で、両手を合わせる。 ごめんな、と思う。驚かせてほんとごめんな。でもこれが最善だというのが俺の結論だから。だからもう少しの間、我慢して聞いてくれ。「まだ相談してな...
一方の学は、何をどう言えばいいのか判らないといった様子だ。 それを見て、司は覚悟を決めた。こうなったら、小出しにするよりも全部、一度に言ってしまおう。 まずは学の手を引いてリビングに連れて行き、ソファに座らせる。自分もその横に一度座ってから、学と正面から相対する姿勢になるよう座り直す。 ここまでのところで学は既に身構えていた様子ではあったけれど、「でさ、どうせならただの同居じゃなくて、俺が大島の...
それから。 司には実はもう一つ、心の内で温めている計画があった。 その計画は、むしろ希望――あるいは野望に近いもので、最初に芽生えたのは翔との対峙から一夜明けた日のことだった。 正確には、学が悲痛な表情で司にこう訊いた時からだ。(ほんとに、俺のこと、許してくれるんですか) あの時、学を納得させるべく司は言葉を尽くし、自分のその言葉に触発されて、そうして思いついたのだった。全てを同時に解決させる方法...
ぐうの音も出ないという態の学に、司は微笑まずにいられない。うう、だって。可愛いなあ。「いい? 学からかけられる迷惑はね、俺にとっては愛されてるって証明なんだよ。それくらい、学は普段、俺に迷惑かけてくれないんだよ。そこをもっと自覚して」 デレつく内心とは裏腹に、表面上はしかつめらしく且つもっともらしく、司は説教口調でこう続けた。 それから、ぱん、と音を立てて両手を膝にやり、勢いを付けて立ち上がる。...
「な、・・・っに言ってんだ」 司はつい笑ってしまった。そのまま、その場にすとんとしゃがみこむと、下から学の顔を覗き込む。「逆に、俺に何も言わずに一人で何とかしようとしてたら怒るよ。あのね、学はこの件に関してナーバスになりすぎ」 手術後、外泊で一時的に司の部屋へ泊まりに来た時のことを、司は持ち出してみた。あの時には学は、「刺した奴にちょっとだけ感謝だな、なんて、前には言ったんだよ、学。これで司さんはホ...
「んー・・・」 予想もしていなかった問いかけを受け、司は考え込んだ。が。「一緒だよ。きっと」 一瞬ののち、自然にこう言っていた。 何の根拠もないけれど、心からそう思えた。絶対、と、超えに力をこめて言い足す。「一緒にいるよ。だって翔は、」「はい。多分、臥龍岡のことが好きだったんですよね」 司の言いたかったことは、学が続けて言ってくれた。「臥龍岡もね。相当屈折はしてたけどね」 司もこう応え、学と視線を合...
――は? 違いますけど。ナガオカ? えーと、失礼ですが? ・・・ああ、そうですか。申し訳ないんですが、臥龍岡は先週退職しまして。これは社用携帯ですので・・・え? さあ、臥龍岡が今どうしているかは。今度はブライダルビデオの会社にでも潜り込むかって言ってはいましたけど、ま、あいつ独特の悪い冗談でしょうね。・・・はい? 翔? うちのビデオに・・・ああ、『ショウ』ね。彼ももう登録削除になってますね。あの、もしもし? ...
「うん」 ありがと、と耳元で囁いてやると、学はくすぐったそうに顔をうつむけた。 司はもう一度笑うと、学の後頭部に顎を乗せながらゆっくりと言い聞かせる。「大丈夫だよ。仮にバックアップが複数枚あっても、後日それをネタに改めて脅迫されたとしても。以前も言ったろ、それはそうなった時に考えればいいことだって。それにさ、俺は信じられる気がするんだ。この手紙に書かれてること全部、本当のことだ、って」 そう言い切...
そのクッション封筒が司宛に届いたのは、それから一週間後のことだった。 差出人の名前はなし。同封された手紙にも署名はなかった。 が、司にも学にもすぐに判った。封筒の中に入っていた、一枚のDVDディスクを再生するまでなく。『前略。翔はあの時テンパって、カメラの録画ボタンを押すのを忘れていたそうです。ということで、手元に残ったのはセンセイのマジギレ顔だけ。こんなのデータ容量の無駄遣いでしかないので、ハー...
司が言い終わると同時に、学はぎゅっと両手を握りしめた。司の穿いているスウェットの膝頭にシワが寄り、心持ち裾が持ち上がる。「そういう覚悟で、俺は、学を好きになったんだから」 こう言ってから、司ははたと考える。覚悟・・・っていうとちょっと違うな。そう思い、そのまま口にする。「えーと、そうだな・・・うん、たとえば、お義父さんが何かやらかして、その時は腹が立っても、いつの間にか許してるだろ。それと同じレベルだ...
「ブログリーダー」を活用して、なかさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。