「んー・・・」 学の言葉を頭の中でもう一度辿り、考えてみる。答えは、けれどやっぱり同じで、逆に司は困ってしまった。どう言えば学を納得させられるのだろうか、と。 とはいえ、今のようにぼやけた頭では、ややこしい言い回しなど思いつける筈もなかった。 結局、頭に浮かんだことをそのまま口にする。「学はさ、やっばりいい子だよ。今もそうやって俺のことばっかり気にして・・・昨日はショウのことばっかり気にしてたし。でも、...
翌日の日曜は、二人してほぼ眠って過ごした。 大袈裟でも比喩でもなく、寝ても寝ても寝足りないという状態だったのだ。学は無理ないが、司も同様の有様だった。 活動しようという気力が戻ったのは日が暮れてからで、同時に空腹感――というより飢餓感に襲われた。 何か作りますと学は言ったのだが、司が止めた。こういう時こそ出前だろ、と言って。「学も俺も昨日からろくに食べてないから、消化のいいものでないと。うどんとか...
もう、どっちがこぼしている嬌声なのかも判らない。身体と同様、声も絡み合って熱を放ちながら、高くのぼりつめていく。「ああっあ、っあ、んぁあっ、あ、」 学、と何度も名を呼んだ。司さん、とそのたびに学も応えた。 激しくなっていく腰の動きに、ともすれば浮いてしまいそうになる身体をつなぎ止めるべく、抱きしめる腕に力をこめる。それだけでは足りずに唇を重ね、舌を絡め合って吐息ごとむさぼる。「は、っあ、あ、ぁ、...
かくて攻守交代。ただし、これ以上バスルームにいるとのぼせる、という理由で、ベッドに場所を移した上で。「ん・・・ふ、学・・・まなぶ、」 舌を使いながら上目遣いで見上げてくる学を、司はかすむ視界をこらして見下ろした。ぎこちない動作で学の髪を撫で、息を弾ませながらも微笑む。「きもちい、ですか、司さん?」 一際強く吸い立てた後で、唇をつけたままで学が問う。 背をうねらせながら、司も答える。「ん・・・きもちい・・・」...
ショウに聞かれたら、「やっぱり藪医者じゃないか」と罵られそうだ。そうも思ったけれど。「ぁ、っんんっ、んふ・・・っあ、」 二人でぬるいシャワーの滝の下に立って肌を湿した、その後で。 バスタブの縁に学を腰かけさせ、大きく脚を開かせた。その間に顔を埋めると、それだけで学は喉を反らした。「つかさ、さ、んっ・・・あ、ふン、そこっ・・・もっと、」 こらえきれなくなったらしく、学が司の髪に指を埋めて掻き混ぜた。学の...
それからすぐに司はタクシーを停め、学を先に乗り込ませて自分はその隣に収まった。 車中ではずっと手を繋いでいた。本当は、運転手の目を盗んでもっとろいろいしたかったのだが、何とか我慢する。 そうして。 マンションに着いて自室に入り、ドアを閉めるや否や、司は学を抱きしめて唇を重ねた。幾度も幾度も角度を変えて、存分に味わう。「ん、・・・っん司、さん、シャワー・・・」 息を切らしながら懇願する学にかぶりを振るこ...
「被写体側からは見えない位置にあったのかもしれないよ」 思わず言い返した司だったが、学は小さく笑ってこう言った。「そうかもしれないんですけど。・・・でも、あいつのカメラの扱い方とかも、何だか、撮ってるっぽくなかったなって」「・・・そっか」 それ以上は、司も反論しなかった。それより、と、不意に焼けつくようにして思った。早く、「学。早く帰ろう。電車じゃなくてタクシーで、もう、すぐに帰ろう。・・・早く二人きりに...
学が動転すればするほど、冷静になっていく自分を司は感じていた。先刻の反動かもしれない。というか、頭のネジがついに飛んだか。いい方向に。「確かに、先刻の映像を利用するとしたら、強請のネタくらいしかないだろうと俺も思う。ってことは、たとえば俺の職場だとかに流す前に、必ず俺にコンタクトを取ってくる。ここまでは判った?」「はい・・・」 一方の学はまだ不安そうだ。こうなると、ただでさえ華奢な学はますますか細...
拍手御礼SS、更新いたしましたー。 今回はa piece of cakeのカップルです。two cuts of cake同様、二人が交互に語るパターンで6話です。宜しくお願いします。 さてさて、今回出てくる缶入りのアレ。 私はかなり好きですけどもねー。ヒナタくんと同じく、アレを自販機で見つけると、あーもうそんな季節かーとしみじみしてつい買ってしまいます(笑)。 でも、どうしても! 粒を全部きれいに飲みきることができなくて悔しい思...
もう何時間も、というよりも何日も経ったような気がしていたのに、実際には三十分程度しか経っていなかった。雨も、あの部屋に入る前までと全く同じ調子で降り続いている。まるで、何事もなかったかのような外界の様子に、またもや眩暈がした。 というのを言い訳に、司は学の傘を閉じさせ、自分の傘の中に入れた。そうして足早に歩き出そうとした時、「あ!」 急に学が叫んだかと思うと、その場に立ち止まってしまった。なに?...
「えっ?」 学のこの言葉に反応してしまったのは司だけで、ショウも臥龍岡も、あさっての方を向いたままでいた。そんな二人へと平等に、学は小さく笑いかけた。「意外と両想いだったりするんじゃないの? 妙に卑屈になったりとかカッコつけて悪ぶってみたりとか、そういうのをやめさえすれば」「えっ、えっ?」 反応したのはまたもや司一人だけだった。しかも我ながらバカっぽい。 でもなあ、と司は弁解したい衝動に駆られる。...
吐息だけで、臥龍岡は嗤った。が、その後すぐに背後を振り返ったので、その動作はまるで司から逃げ出そうとしているかのように見えた。「何してんだよ。おまえが言い出したことだろ、さっさと――」 荒々しい声音で言いかけた臥龍岡を、ショウは上目遣いに見やった。 そして。 「・・・やめた」 いきなりそう言うと、ハンディカムをシーツの上に放り出した。続けて身を起こし、学から離れる。「ていうか。萎えた」 独り言のよう...
「・・・え、」 学もまた、司を見つめていた。ショウの肩ごしに、懸命に上体を起こして。 その瞳が不意に、光を宿して揺れる。「そんな・・・目閉じて耳塞いでてくださいって言ったじゃないですか」「嫌だ。おまえだって俺に無茶言ってるんだから、俺にも無茶言わせろ」「うー、やだなあ・・・」「ちょっとちょっと」 呆れたような声を挟んできたのは臥龍岡だった。ここに至っても半笑いを保ってはいたが、それは今やむしろ、怒りの表情...
学は、最初から予想していたのだろう。こういう事態が自分を待ち受けていることを。(今までと同じように、は、無理でも、とにかく、好きでいて・・・ください) 一方の司は、綺麗事で飾った建て前をかざして、一緒に行くなどと大見得を切って。今となっては、バカといおうか脳天気といおうか、いずれにしろ救いようがない。 だけど学はそんな司を制止しなかった。そして、代わりに乞うた。 これまでと同じようには無理だろうけ...
「・・・・・・っ、」 がくがくと膝が揺れる。視点がうまく定まらない。自分の呼吸音がやけに耳に触る。まるで獣の息づかいだ。握りしめた拳の内側で爪が食い込む。今にも右腕が跳ね上がりそうになるのを、左手で何とか押さえ込もうとしたその刹那、 その薬指の上で、何かがキラリと光った。 片結びの、(それでも俺のこと、) その時だった。 学の言葉が脳裏で再生されて、司の全てが一瞬、止まった。(嫌いに)(ならないで)「あ...
言葉こそ荒々しかったが、ショウの声音はともすれば泣いているかのように響いた。 そして結局、学が自らウエストのボタンを外し、ファスナーを下ろした。 手伝われていることに、それは哀れまれていることと同義であることに、果たしてショウは気づいているのだろうか。「湿ってやがる――先刻までヤってましたってか? それで勢いつけて、ここに来たのかよ。ガクといや有名だったもんな。タチでもネコでも、やり放題のやらせ放...
「ショウ、」 と、その時、学が声を発した。自分を組み敷く男を見上げ、唇の端を上げてみせる。「いつまで待たせんだよ。ヤるならさっさとヤれよ。早く済ませて帰りたいんだよ、俺は。好きな人を待たせてんだから」「好きな人?」 不意にショウが、上擦った声を発した。と同時に、ハンディカムごと右手を大きく振り上げる。 が、学は身じろぎひとつしなかった。瞬きすらも。ただショウを見上げ、その右手が掴んでいるものが振り...
「・・・学!」 無茶言うな、と叫びたかった。できるわけないだろうが、と。 しかしその刹那、司の脳裏に学の言葉が蘇った。先刻、自宅を出る前のあの、(この先、俺が何をしても、何をされても、) 無茶言うなよ、と内心で繰り返し、司は音が立つほど奥歯を噛みしめる。いい子にあるまじきとか我が儘とか、そういう範疇を超えてるだろ。 目の前で恋人を寝取られる。臥龍岡の台詞が改めてのしかかる。はらわたが煮えくりかえる、...
思わず叫んで、駆け寄ろうとした司の視界にその時、黒いものがぬっと入り込んできた。瞬き一つ、焦点が合う。・・・ビデオカメラ?「おっとセンセイ、動かないでくださいよ。撮影中なんですから」 臥龍岡の声音はここに至っても半笑いで、咄嗟に凄まじい殺意が沸く。睨み返した司を、カメラを構えた臥龍岡は短い口笛で称えた。「いい表情ですねえ。今すぐでもライブ配信したいくらいだな」「・・・どういうことだよ」 歯を軋ませなが...
固い、緊張した声でこう言った学に対し、ショウは口元だけでかすかに嗤った。「ごめんって? 何でガクが謝んの。刺したの俺だよ。ガクは被害者じゃん。なのにゴメンとかって、人が良すぎて逆に厭味なんだけど」「・・・だって傷つけた。俺を刺しちまうくらいに。それにそのせいで、ショウは家族も人生も・・・」 その先は学は言葉にできなかった。絶句し、次いで深くうなだれながら、再びごめんと口にした。 が、「別に」 返されて...
名を呼んだものの、それ以上の言葉が出ない様子の学の横で、司は努めて平静な声を出した。とりあえず、臥龍岡に向かって話しかける。「仕事場にお邪魔して良かったんですか? 今日は休日だったんじゃ?」 言いながら周囲へと視線を走らせ、臥龍岡とショウ以外に人の姿がないことを暗に示す。そんな司に、臥龍岡は薄く笑ってみせた。「休日・・・まあそうですね。俺とこいつ以外のスタッフにとってはね。というか俺らが作ってるの...
ざっと見回した室内は、これが撮影スタジオなのだと言われればそうなのかと思うしかない、そんな様相を呈していた。 壁際には、写真館で見るような背景布が垂らされている。その手前にはスチール製のパイプベッド。布もベッドも、ついでにシーツも枕も黒だった。 戸惑ったような司の視線に応じて、臥龍岡が解説してくれる。「黒背景の方がね、ライトを当てた時に肌がキレイに見えるんですよ。ま、肌ったって男のなんで、たかか...
霧雨は降り続いていた。 人によっては傘をささずに歩き出してしまうかもしれない、けれど傘なしでいたらじきに芯まで濡れ通ってしまう、それはそんな雨だった。 司たちはもちろん、傘をさして出かけたけれど。 そのせいで、学との間に微妙な距離があいてしまうのが不本意でもあり、不服でもあった。 駅に着いて傘を閉じられても、ホームや電車の中でぴったりくっついているわけにもいかない。結局、学との間には微妙な距離...
「・・・ね、司さん」 自分の薬指をぐるりと縁取る銀色の片結びへと視線を落としたまま、学がこう言ったのはその時のことだ。「俺、司さんやその周辺の人たちからは『いい子』だって言われてきたけど。ほんとはそうじゃないです。それを知ってるのは俺自身と、これから会いに行く奴やその部類の人間たちで――って、あれ? ごめんなさい、言いたかったのはこういうことじゃなくて・・・あのね」 うん? と司が促すと、学はひとつ呼吸を...
学はスピーカーフォンで臥龍岡に電話をかけたので、臥龍岡の反応を司もリアルタイムで聞き取ることができた。 臥龍岡は相変わらずの薄笑い混じりの声で、真面目なのかそうでないのかよく判らない反応を返してきた。しかし、司が同席するという条件については、すんなり承諾した。 ただし、 ――いいよ、ガクくんのしたいようにしてくれて。日時もガクくんたちの都合いいところで候補をいくつかもらえたら、それに沿って調整する...
「こんなふうにして壊れて欲しくない。要約すればそういうことでしょう? 欲しくないっていうより、納得できないっていう方が近いかもしれませんが。・・・違いますか?」「・・・・・・」「違ってましたか?」「・・・違わない」「あと、僕としては、改めて反省したっていうのもあります。・・・忍足先生の事例に当てはめると、近衛先生が僕で、学くんは向井先生だから」「・・・・・・」「向井先生が学くんに言ったこと、あれはあの時、自分に向けて...
「向井先生、今日、昼間に近衛先生から電話あったでしょう」「ああ、あった・・・けど。何だよ、その確認口調。ここは質問するところだろ、電話ありましたか? って語尾上げて」「え、だって。僕のところにも来ましたから、電話。で、切る時に言われませんでしたから。向井先生に宜しくって」「ふうん、なるほどな。・・・じゃあおまえももう知ってるわけだ。学くんが無事帰宅した、って」「ちゃんと話をして仲直りもできた、ってことも...
【初出】2018.07.08-2018.08.12 拍手お礼ページに掲載(2018.11月改稿)************ この拍手御礼SSをアップしたのは、災害があってバタバタオロオロしていた時期でした。 その後も災害は続き、一週間弱更新をお休みさせていただいたりしたんでしたね。 何だかものすごく昔のことのようです(遠い目)。 という個人的事情はさておいて。 「ありふれた風景28」は、ありそうでなかった、学くん視点寄りの三人称のお話です。 ...
気づいたら学はこう口走っていて、そんな自分に心底引く。 うわー、と思いながら両手で顔を覆ったが、学のそんな仕種さえ司には嬉しかったらしい。 だよねえ? と返してきた声音は弾んでいて、ますます学の頬を上気させる。「やっぱり俺たち、一対のさくらんぼだよね。ねえねえ、次の休みさ、俺ごはん作るよ。オムライス。で、ケチャップでさくらんぼを描いて、片方に『司』、片方に『学』って入れてあげる。そういうのどう?...
内心、学はドキっとしてしまう。というのも、先刻さくらんぼを洗いながら、似たようなことを思ったのだ。 しかもそれはかなり恥ずかしい発想で、だから司へ返す声もつい素っ気ないものになってしまう。「対になってないのもありますけどね」 しかし司はめげない。「でも大抵なってるよね?」 更に押されて、学は渋々頷いた。「・・・なってますね」 すると司は、大真面目な顔で、こんな台詞を口にした。「これってさ。俺と学み...
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