叶多はぬいぐるみに「ただいま」と言うと、弓川セレクトのクマを手に取った。「これ、可愛くないよ」「宇宙人も可愛くないから誰も持って行かない、可哀相だって言って叶多が持って帰ったじゃないか?」「そうだったっけ?」「ああ。これも可哀相だろう?」「ふうん・・・まあ、仕方がないか」叶多はクマの顔がクシャッとなるくらい叩くとカエルの背中に置いた。2体が縦に並んだのを見て、更に気に入らないようだ。「変なの」「...
日付が変わる頃《ハンモック》を出た。酔っ払った叶多はハンモックから緑色のワニのぬいぐるみをチョイスした。「またぬいぐるみが増えるのか?」「うん。可愛いじゃないか」1メートルくらい長さのあるワニは愛嬌のある顔だが微妙に大きい。しかもそれ程可愛くはない。「この長さ。ソファーを占領してしまうぞ」「ダメなのか?宇宙人は持って帰ったのに?」「あいつは相棒なんだ」君に捨てられた
客がいなかった《ハンモック》は、早々に閉めて俺たちの貸し切りになった。「いいのか?」「いいってことよ!2人が無事だったお祝いだ!」「お祝いなら金は払わないぞ」弓川は呆れたように俺を見た。「当たり前じゃないか。友だちだろう?」「お前、ヤクザ並みだな」「お祝いだろう?それに菜那美の見舞金も分捕ってきてやっただろうが」「偉そうに言うなよ。殴られて怪我をしたんだから、これは正当な金だ」「菜那美は仕事に行...
場所を移し、若頭から丁重なる謝罪を受けた。 殴られた俺と菜那美への見舞金を握らされ、黒塗りの高級車に乗せられて、今は《太郎茶屋》でチキン南蛮定食を注文している。「一体どういう事なんだよ?」若頭と北岡に、今日の所はこれでお引き取り願いますと頭を下げられて、俺はどうして良いかわからなかったが、叶多はしっかりと顔を上げて若頭に対して念書を準備しておいてくれ、と要求した。江原寿美子が金を準備し、明日北...
話しをすれば見張りが煩いと言う。だが叶多はそういうのは一切気にもかけずに俺に話し掛けてきて、その度に「煩せえ!」と怒鳴られる。「僕、怒鳴られるの苦手」見張りの男をチラリと見ては溜息を吐く。「じゃあ大人しくしててくれ」コソコソと話しても見張りが睨む。ケンがその後ろで口に指を当ててシーッとサインを送ってくるのを見て、さすがの叶多も小声になった。「欧介」「なんだ?」「ありがとう」「何が?」「宇宙人」「...
北岡は
最悪。叶多はヤクザの前で堂々と「ヤクザは怖い」と言い放った。呆れるよ、全く。 そんな俺の心の内など叶多に知れるはずもなく、叶多は若頭に向かって堂々と正論を吐く。「母と伯父は兄妹ですが、母が家出して以来親戚付き合いはありません。僕は伯父一家とは面識もありません。母は祖父が亡くなった時に土地を相続しましたが、伯父の店の経営が上手くいかなくなった時に返して欲しいと言われて返しました。その上、母は伯父に...
「叶多、余計な事は言うなっ!」制止したが無駄だった。叶多のどこにそんなスイッチがあったのかわからない。気は短いが、カッとしてもムスッとして黙るタイプなので、ここで言い返すとは思ってもみなかった。「何だと!?貴様っ!」スキンヘッドが叶多の胸倉を掴んだ。「お姉ちゃんみたいな綺麗な顔をグチャグチャにしてやろうか!?」「僕を殴ったら、あんた死ぬよ」叶多の落ち着き切った声は逆に迫力がある。小太りスキンヘッド...
縛られたままでトイレに連れて行かれた。俺がいる倉庫のような建物の奥の方には、普段は使わない物を放り込んであるようで埃臭い。外に出て思わず深呼吸をすると、男は「お前はマジで度胸があるな」と感心していた。「そんなんじゃないですよ。中が埃臭かったんで。肺の中に埃が詰まってるような気がしたからですよ」「ははっ。あそこは倉庫だからな」「あの・・・聞いてもいいですか?」遠慮気味に言うと男は小声で答えた。「い...
壁の上の方には小さな窓が並んでいる。そこから見えていた夜空が白み始めて朝が来たとわかった。一人暮らしだから俺が帰宅しなかったのを誰も不思議には思わない。スマホは没収されてしまった。手首は拘束されたまま。出入り口には2人の男。ヤツらは偉い人から見張っていろと命じられている。倉庫のような所は寒くて、それが不満な2人は俺に向かってブツブツと文句を言っている。偉い人が立ち去る前に「素人さんだから丁重に扱...
コンクリートの床に転がされていた俺は引き摺られて壁際に移動させられた。手首の拘束はそのままだ。倉庫のような建物は人気のない場所に建っているようだ。車の音もしないし、生活音も聞こえない。 偉い人は恭しく差し出されたファイルを片手に、江原社長の息子の写真と俺の顔を見比べた。「違うな」「だから言ったでしょう?」彼はファイルに写真を戻し、そのファイルで手下の頭をバンッ、バンッとリズミカルに叩いていく。「...
車には何人乗っているのだろう。どこへ向かっているのだろう。車には少なくとも4人が乗っている。話し声を聞いたのはさっきの男だけだ。俺を乗せたので、そいつのスペースが狭くなったという事だろうか、「狭い」と言いながら俺を足で押したり蹴ったりを繰り返している。そいつ以外の者は口を利かない。運転手もどこへ向かうかあらかじめ聞いていたようで無言だった。音楽も流れていない。何人か分の息使い、咳払い、そして高級...
手を振っていた常連の女性が隣に移動してきて一緒に飲んだ。元々彼女とは《ハンモック》で顔見知り程度だったが、一人で来ていた叶多が先に仲良くなり自然と俺とも話すようになった。俺と叶多の関係を知っても、彼女の態度は変わらない。むしろ、興味津々だ。「ええっ!叶多くんの居場所がわかんないの!?」酔っ払いのリツさんの声は鼓膜が破れそうなくらいにデカイ。俺は思わずのけ反り、弓川は失笑している。「ええ、まあ」「...
張本さんの言うとおりだ。辞表を出し、部屋の荷物を片付けてゴミすらも持ち出している。几帳面なようだが、合鍵は返していない。叶多が切羽詰まっていたとしたら、全てそのままで姿をくらましたはず。叶多が持っていた合鍵は部屋にはなかった。俺が部屋に帰った時、部屋には鍵が掛かっていた。ポストを覗いたが鍵はない。もしかしたらそれが
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