張本さん行きつけの喫茶店は60代くらいの夫婦が2人でやっている。ここで注文するのは決まってオムライスだ。マッシュルームがたくさん入ったデミグラスソースが皿からこぼれんばかりに掛けられたオムライスにはファンが多い。昼時ともなればいつも満席だ。「やっぱ、ここのオムライスは美味いな」「そうですね」前の席に座った張本さんが満足そうにオムライスを頬張るのを見ながら俺は、ここの味なら叶多も気に入っただろうな...
「おーい!欧介!」遠くで声がした。「欧介」と呼ばれて一瞬だけ叶多が呼んでいるのかと思ったが、今の声は違う。叶多の「欧介」には甘えるような響きがある。これは弓川の声だ。こんな濁声と叶多の軽やかな声を聞き間違うなんて、相当酔っているに違いない。あっ、寝惚けている、か。「はーい」「起きろ」カウンターに突っ伏して寝ていた俺はよっこらしょと重い頭を持ち上げた。薄く目を開けると、やっぱりというか当然というか弓...
叶多は会社を辞めていた。叶多の行方を知る可能性のある人物は母親の江原寿美子だが、彼女の住所を俺は知らない。電話番号はわかったが、すでに解約されていた。「住所だけでも聞いておけば良かったな」叶多がマンションを決めて母親を引越しさせた時は、それがどこであろうと俺には関係なかった。さして興味もなかったからな。最寄り駅だけでも聞いておけば手掛かりになったかも。「それくらいではマンションは見つけられないか...
いつものコンビニでパンを買い、会社で作ったコーヒーを飲みながら食べる。
弓川と2人で山盛りのチャーハンを食べた。うんざりするような量と味。弓川はおふざけで大量のチャーハンを作った事を後悔し何度も「ギブ」と言ったが、俺は全て食べ終わるまで許さなかった。 弓川は丸くなった腹を擦りながら俺を見送ってくれた。「これ、いつ返しに来たんだろうな?」店先のハンモックにはこぼれ落ちそうなくらいのぬいぐるみが乗っかっている。その一番上に宇宙人とウサギとカエルのケロちゃんは身を寄せ合う...
水内叶多が消えた。
翌朝もいつものようにコーヒーを飲んで一緒にマンションを出た。俺たちはいつもの電車に乗り、いつものように別れた。電車のドア越しに手を振り合って、今夜の飯は《太郎茶屋》に決まった。 明鷹は相変わらず病欠で、社長は暗い顔をして出勤してきた。営業部長は俺の顔を見るとすぐに目を背けた。営業部のメンバーが揃い始め、張本さんが「永瀬、コーヒーを頼む」と手を上げた。それに続いてバラバラと手が上がり、俺は出社して...
「張本さんって、いい人だね」カバンをブラブラさせながら俺の横を歩いている叶多の表情は明るかった。「ああ。頼りになる先輩だよ」「僕の会社の先輩は頼りになるというよりもライバルって感じなんだよね」「うちは大きな会社じゃないからな。総務も営業も同じフロアだし。ついでに同族会社だから、社員は社長の親族にヨイショするのが慣例だ」「あははっ。そうなんだ。うちなんか10人そこそこの小さな会社だよ。いつ潰れるかわ...
「張本さん、社長に明鷹のオトコの件をチクったのって、誰だかわかりますか?」「知らない」「俺、北野さんじゃないかと思ったんですけど?」「はあ?北野?」張本さんはポカンとした。「変なんですよね。明鷹に殴られた後、定食屋で飯を食っていたら北野さんが来て相席になったんです。いつもだったら席は一緒だけど飯は奢らないからな、って言う所なんですが、俺の定食代も怪我の見舞いだって言って出してくれたんです」「昼飯を...
正式に辞表を渡された社長は困り切っていた。「明鷹にはきちんと謝罪させるから」と言われたが、それが実現するとは思えなかった。 下津浦明鷹は今日も病欠。このままでは明鷹は勿論の事、社長自身も社員からの信頼を失ってしまう。いくら明鷹が次期社長とはいえ、今の所は
「そうですよね」カップの向こうの先生がゆらりと揺れた。「そうだよ。つまらない事は
途中のコンビニで弁当を買い、先生のマンションに向かった。玄関には一週間の滞在でもOKなくらいのスーツケースが置いてある。2泊3日にしては大き過ぎる。「荷物、多くないですか?」「いつもこんなもんだよ」「そうですか」「資料も持って行くし、延泊する事もあるからね」「延泊?僕は延泊は出来ませんよ」「わかってるよ。その時は俺だけ残るから」「そうしてください」「寂しいけど」「仕方がありませんよ」不満そうな先...
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