翌日の午後、約束したとおり、茅葺五郎の経営するモデル事務所を訪れた和夫は、名刺に記されていたビルの7階にあるオフィスのドアをノックした。 わりと大きな事務所で…
翌日の午後、約束したとおり、茅葺五郎の経営するモデル事務所を訪れた和夫は、名刺に記されていたビルの7階にあるオフィスのドアをノックした。 わりと大きな事務所で…
「私と縒りを戻したい?今さら何を言い出すの?」 カフェの2階席で小春日和の陽光を右頬に浴びた法子が、怪訝そうな目つきでそう言った。 「分かっている。俺の身勝…
由美は大学の講義を受け終えると、正門前でタクシーを拾い、赤坂のレストランに向かった。 まだ陽射しは高く、冬にしては風ひとつない穏やかな小春日和の木曜日だった。…
「ねぇ?本当に驚かない?」 助手席の乃梨子は、ストローでシェイクを一口飲んだ後、運転席の恋次郎を見つめ、そう言った。 「驚きませんから勿体ぶらないで、早く言っ…
「いつまでも若い男に、うつつを抜かしおって!こうしてくれるわい!」 饅次郎は声を荒げて言うと、妻、乃理子の着物の帯をほどき、思いっきり引っ張り始めた。 「おや…
紀子は大通りでタクシーを拾うと、運転手に空港へ向かうよう言った。 半年ぶりに帰国する恋人、俊也を迎えに行く為だ。 俊也は韓国で輸入雑貨のバイヤーをしており、現…
弥恵子は深夜2時頃、私が就寝中だと思い、気を遣って合鍵でドアを開け帰宅した。 私は彼女が帰るまで起きているつもりだったので、寝室で本を読みながら待っていた。 …
「今夜は少し遅くなるから、外食でもしてきてください。」 外出する間際に、妻の弥恵子が独り言のようにそう言い、玄関ドアを開けた。 「仕事か?それとも君らしくもな…
短編ドラマ「切れない糸」最終回(ショートストーリー1226)
貴子はアクセルを緩めることなく、急な山道を猛スピードで暴走し続けた。 カーブでは、タイヤが滑ってスキール音を立てながら、辛うじて曲がってゆく。 助手席の好次朗…
短編ドラマ「切れない糸」その㉑(ショートストーリー1225)
翌日、好次朗は時間の合間を見て街へと車を走らせた。 典子にはテーブルクロスを買いに行くと言ってきたが、実際には貴子に会いに行く為であった。 昨晩の電話で、貴子…
短編ドラマ「切れない糸」その⑳(ショートストーリー1224)
チューリッヒ市内でタクシーに乗った好次朗と典子は、運転手に新居のある町まで行くよう伝えた。 その町は湖畔にある小さな農村で、日本からの移民は好次朗らが初めてで…
短編ドラマ「切れない糸」その⑲(ショートストーリー1223)
「あ~ら、奇遇ね。...まさか、こんな場所で会うなんて。」 その声、そしてその顔。そこにいたのは紛れもなく貴子であった。 「昨日から典子を尾行し、俺に脅迫めい…
とうじょう手続きを短編ドラマ「切れない糸」その⑱(ショートストーリー1222)
搭乗手続きを済ませた二人は、足早に国際線の搭乗口へと向かい、あと20分後に迫った離陸の時を、今か今かと待ちわびていた。 「離陸さえしてしまえば、もう誰も邪魔…
短編ドラマ「切れない糸」その⑰(ショートストーリー1221)
いつもより早く目覚めた好次朗は、昨日、典子が誰かに尾行されていた話や脅迫めいた電話のことを思い出しながら、隣りで体を寄せて眠っている典子の寝顔を見つめた。 「…
短編ドラマ「切れない糸」その⑯(ショートストーリー1220)
2か月ほど経った夏の暑い日 典子は勤めていた装飾デザイン会社を辞め、9月上旬のスイス移住に向けて準備を始めた。 貴子のマンションで3人が会った時以来、好次朗は…
短編ドラマ「切れない糸」その⑮(ショートストーリー1219)
ホテルを出た車は、二人の棲み処ではなく、街のほうへ向かっていた。 「好次朗さん、こっちは家と逆方向よ。...道、間違えたの?」 典子が心配げな表情で、そう訊い…
短編ドラマ「切れない糸」その⑭(ショートストーリー1218)
貴子と好次朗に挟まれるように抱かれながら、典子は得も言われぬ悦びに包まれていた。 それは自分でも戸惑ってしまうほど思いがけない気づきであり、新たな自分を見つけ…
短編ドラマ「切れない糸」その⑬(ショートストーリー1217)
「典子!落ち着くんだ。...俺が悪かった!謝る!」 喉元に刃物を突きつけられた好次朗は、鬼気迫る形相の典子に言った。 「あなたは間違ってるわ!こんなの愛でも何…
短編ドラマ「切れない糸」その⑬(ショートストーリー1217)
「典子!落ち着くんだ。...俺が悪かった!謝る!」 喉元に刃物を突きつけられた好次朗は、鬼気迫る形相の典子に言った。 「あなたは間違ってるわ!こんなの愛でも何…
短編ドラマ「切れない糸」その⑫(ショートストーリー1216)
貴子は不敵な笑みを浮かべながら携帯の電源を切ると、ソファーでくつろぐ好次朗の膝に座り、甘えるような声で言った。 「典子も、じきに来るわよ。私たち3人、うまくや…
短編ドラマ「切れない糸」その⑪(ショートストーリー1215)
恵美が帰った後、好次朗と典子は、しばらくの間、無言になった。 典子と貴子が友情を越えた、ある種の愛によって繋がっていることを、好次朗は、まだ現実として消化しき…
短編ドラマ「切れない糸」その⑩(ショートストーリー1214)
典子は恵美に対し、貴子と好次朗と自分の関係について正直に包み隠さず話した。 この場で典子が、そんな話しをするとは思ってもみなかった好次朗は、恵美以上に驚きを隠…
短編ドラマ「切れない糸」その⑨(ショートストーリー1213)
ホテルでの昼食の後、貴子と別れて家路へと向かう典子の脳裏に、ふと好次朗の顔が浮かんだ。 「いったい、なんて言えば...」 幾度となく、心でそう呟く典子の足取り…
短編ドラマ「切れない糸」その⑧(ショートストーリー1212)
典子は貴子を見つめながら我に戻ると、口を開いた。 「私も貴子のことは大好きよ。でも、好次朗のことは、それ以上に大好きなの。貴子は親友であって、恋人にはなれない…
短編ドラマ「切れない糸」その⑦(ショートストーリー1211)
帝都ホテルのラウンジに約束の時刻丁度に訪れた典子は、赤いドレスを着た貴子をすぐ見つけると、平静を装い、近づいて挨拶をした。 「典子、わざわざ呼び出したりして、…
短編ドラマ「切れない糸」その⑥(ショートストーリー1210)
典子のもとに貴子から電話があったのは、それから3日後のことだった。 貴子の声は、意外にも陽気で明るかった。 もともと友人同士の二人ゆえに、典子も学生時代のよう…
短編ドラマ「切れない糸」その⑤(ショートストーリー1209)
玄関で、うなだれ泣いている典子を介助しながら、どうにか寝室まで連れて行くと、ベッドに座らせた典子に好次朗が訊いた。 「何があったのか教えてほしい。その頬のアザ…
短編ドラマ「切れない糸」その④(ショートストーリー1208)
好次朗の首筋を伝う貴子のしなやかな指を、好次朗は手で掴むと、言った。 「帰るよ。」 「どういうこと?」 好次朗の態度が急変したことに驚きを隠せず、貴子は不安気…
短編ドラマ「切れない糸」その③(ショートストーリー1207)
情事を終えると、好次朗は胸に頬をつけ目を閉じている貴子のおでこにキスをし、強く抱きしめた。 「明日の朝食、何にする?」 目を開けた貴子が虚ろな眼差しで好次朗を…
短編ドラマ「切れない糸」その②(ショートストーリー1206)
タワーマンションの最上階でエレベーターが止まると、好次朗の腕に抱かれた貴子は、顔を見上げ、意味深な笑みを見せた。 「なんだい?貴子」 「うふふ、べつに...。…
短編ドラマ「切れない糸」その①(ショートストーリー1205)
「典子、夕べは随分遅かったじゃないか?最近、帰宅時間が零時を過ぎる日が続いているが、そんな遅くまで、いったい何をしているんだ?...」 2年ほど前から同居し、…
瑠璃子は担当している講義を終えると、講堂を出て、大学キャンパスの中にある芝生の広場へと向かった。 そこにあるベンチに座り、お手製のランチを食べるのが習慣になっ…
紗英子は暫く沈黙した後、缶ビールを一口飲んで言った。 「もう喜美子とは別れて!知っているのよ私。...あなたが数年前から喜美子と“いい関係”だってこと。」 軽…
私は駅から15分ほど歩き、貴子がよく行くフィットネスジム2階にある喫茶室で彼女を待った。 奇遇にも私は貴子の住む街の近くまで来ていたこともあり、割りとすぐ会う…
貴子から着信があったのは10年ぶりのことであった。 電車から降り、改札を出たところで、私は、貴子に電話をかけた。久しぶりの相手だけに、私は少し緊張していた。 …
まだ秋だというのに、日暮れ間近に小雪が降り始めた港近くの街。 健二はコートに両手を突っ込んで、足早に歩いていると、路地裏に小さな中華料理屋を見つけた。 咥えて…
「韓流スターがそんなに好きなら、この家から出て行け!その韓流野郎と一緒になればいいだろう!」 幸次は、持っていた新聞紙を床に叩きつけると、ソファーから立ち上が…
「どうして、ついて来ちゃったんだろう?」 明日香は、オートバイのタンデムシートに座り、真治の腰に両手を回している自分が不思議に思えた。 「どう?怖くない?..…
「もう別れられない関係なのよ!私とあなたは。」 美雪は、そう言うとバッグの中から婚姻届けの用紙を取り出し、宅造の前に差し出した。 「なんだこれ?...婚姻届け…
「あなた、誰と会ってたの?随分、嬉しそうじゃない。」 ドアを開け帰宅すると、玄関で帰りを待っていたかのように立っている奈美子が突然そう言った。 「お前には関係…
雨降る真夜中の静寂を切り裂くように、電話のベルが部屋に鳴り響いた。 健二はベッドから飛び起きると、慌てて受話器をとった。 「もしもし!俺だ。...もう着いたの…
「いつになったら結婚してくれるの?私達、付き合って、もう7年になるのよ。」 乃里子はそう言うと、リモコンでテレビの電源をオフにした。 ソファーに寝そべって、プ…
青い空が眩しく見えた、あの夏...。 亜由美は、いつものように彼と手を繋いで、いつもの海岸通りを歩いていた。 8月にしては、少しばかり肌寒い潮風が、不安な亜由…
豆腐屋の角を曲がると、50mほど進んだ先に、街のオアシスとも言うべき森が広がっている。 ここは人為的に作られた公園などではなく、昔から自然に残っている森なので…
「もう、お別れだね。...なんか今日まで、あっという間に過ぎていった気がする。」 繁美はそう言うと、手提げバッグの中から借りていた本を取り出し、純平に差し出し…
定刻より10分遅れで現れた雄介に、亜希子は表情ひとつ変えずに目を向けると、歩き始めた。 「ごめん、車が途中でエンストしちゃってさ。」 隣りに来てそう言う雄介の…
車を路肩に寄せ、停まると、助手席の紀子が怒りを露わにした。 「ここで降ろして!もう、あなたとはお終いよ!」 紀子は、そう言い放つと、ドアを開けて出て行こうと…
湖の畔に立つ白いコテージ。 その庭先にある白いテーブルと白い2脚の椅子。 田崎は、そのコテージを対岸に停めた車の中から双眼鏡で覗いては時折、餡パンを頬張った。…
「実は5年前、俺、歌手になる為に誰にも黙って上京したんだ。...シンガーソングライターの全国コンクール決勝大会に出場が決まったから。」 保志は申し訳なさそうに…
長い梅雨が明けた7月下旬のある日。 保志は壊れたラジカセを持って、埃まみれの車に乗りこんだ。 予報では猛暑日になるとのことだが、保志の服装は、いまだ春の装いで…
「バツイチだから、なんだって言うのですか!...そんな事、断る理由になりませんよ!」 純は、そう言うと春子の両腕を掴み引き寄せた。 「純ちゃん、だめよ!...…
サイドブレーキを引くと、健一は歩道を足早に歩いてゆく女性の姿を目で追った。 平日午後の昼下がり。 初夏の眩い陽射しが照りつけるアスファルトの街で、彼女は、一段…
ベッドで横になっていた俊介は、テーブルの上に置いてあるジッポライターを見て、起き上がった。 「また忘れていったのか。相変わらずだな。。。」 30分ほど前に帰っ…
夕陽が徐々に海の中へ沈んでいき、やがて大海原は漆黒の闇に包まれると、海上は初夏とは思えないほどの寒さに見舞われた。 室内灯の薄明りだけが頼りの二人。 燃料を節…
二人を乗せた漁船は波に揺られながら、沖へ沖へと進んでいった。 「うまくいったね。...でも、どこへ向かうの?」 笑みを浮かべながらも不安そうな声で、小百合が訊…
「もう観念したらどうだ?警察から逃げ切れる訳がないだろ。」 岸にいる山際が、勝ち誇ったような顔で、そう叫んだ。 すると小百合の腕に抱かれた彰が、小さく呻き声を…
銃声と共に目を向けると、30mほど離れた木陰で山際が拳銃をこちらに向け立っているのが見えた。 「うっっ!......」 彰の唸るような声が、一瞬だけ小百合の耳…
彰に言われるがまま、車から降りると、小百合は手を引かれながら小道を下っていった。 やがて視界に入って来たのは、静かな浜辺。 朽ちた流木が点在する光景は、さなが…
二人を乗せたパトカーは、赤色灯を点けずに夜道を走り続けた。 後から追ってくる気配もない。 ハンドルを握る彰の手が心なしか震えているように見えた。 小百合の心は…
刑事に腕を掴まれ、署に連行される彰と小百合。 アパートの駐車場には、いつ来たのか、山際警部が立っていて、階段を下りて来る二人を見つめていた。 小百合は山際とす…
「どこへ行くんだ?!」 山際は、咥え煙草を吐き捨てると、彰に向かって叫んだ。 彰は振り返りもせず走りながら「小百合さんの家!」とだけ答え、通りに停まっていたタ…
「あんまり、ぐだぐだ言ってると、あんたら二人まとめて逮捕するよ?...公務執行妨害で。」 山際は、ぞんざいな口ぶりで言うと、彰に鋭い視線を向けた。 「袴谷は博…
彰は小百合の肩を抱きしめながら黙っていた。その時、列車から降りてきた2、3人のうちの誰かが声をかけてきた。 「あんた、小百合さんだね?」 ハッとして我に戻り、…
駅に着くと彰は小さな溜め息をつき、薄暗い空を見上げた。 「いろいろありがとう。助けてくれて。」 小百合は、さらりとそう言う自分が、どこか図々しく感じられて嫌に…
駅に着くと、ベンチに座り、ぼんやり空を見上げている彰の姿。 小百合は車から降りると、気づくように手を挙げた。 彰は我に戻ったような目をして立ち上がると、笑みを…
電話の声から小百合の異変を感じた彰は通話を終えると即座にタクシー乗り場に向かい、乗り込んだ。 「とりあえず北に向かってください!東北方面へお願いします!」 乗…
警官たちは今にも爆発しそうな車から後ずさりし、ある警官は消火器を手に走ってきた。 小百合は、ボンネットから噴き出す炎を、ぼんやりと見つめていた。 握り締めた武…
車は、さらに加速し、後輪をスリップさせながらS字カーブを下っていく。 「なに?どうしたの!?」 小百合が驚きの眼差しでそう訊くも、武藤は前を見たまま、一心不乱…
「どうして脱走なんてしたの?たとえ有罪判決だったとしても真面目に服役していれば、いつの日にか堂々と世間に出られたのに。」 夕食を食べ終え、寝転んでいる武藤に小…
パトカーのサイレンが徐々に大きく聞こえてくる。 小百合は咄嗟に武藤の手を引き、自分の部屋に連れ込むと、部屋の灯りを消したまま、武藤を部屋の奥へと案内した。 「…
地元の駅に降り立った小百合は深夜ということもあり、タクシーでアパートへ向かった。 外灯もまばらな農村地帯ゆえに、この時間帯に外出している者など誰一人見当たらな…
小百合は病院に行き、彰を見舞うと、その足で東京拘置所へと向かった。 山際に言われた武藤への疑惑を実際に本人から聞いて正す為であった。 そう勇んで東京に着いたも…
翌日の午後2時過ぎ。 公務の空き時間に山際がやって来た。 場所は彰が暴行を受けた潮騒公園の噴水広場である。 小百合を見つけた山際は、あからさまに面倒臭そうな顔…
その日の夕方、ようやく病院に着いた小百合は、彰がまだ緊急手当てを受けていると看護師から聞き、廊下の椅子に、うなだれるように座り込んだ。 「なぜ、こんな酷い事を…
「もしもし、誰なの?」 電話に出た小百合の声に、ようやく男の声が返答した。 「さ...小百合さん...」 「彰さん?...そうなのね?!」 男の声は苦しそうだ…
管理人がドアを開け、部屋の中に入って行くと、小百合も恐る恐るあとについて行った。 雨戸が閉められ、真っ暗な部屋。 スイッチを入れると照明で明るくなった室内が小…
その夜、小百合は東京行きの夜行バスに乗った。 何度電話しても電話に出ない彰のことが心配で、居ても立っても居られないという訳でもなく、ただある種の責任感のような…
彰から10日ぶりに電話があったのは、小百合が東京拘置所から帰郷した翌日のことであった。 正直、小百合の彰にたいする想いは以前より冷めていた。 決して彰が嫌いに…
後日、小百合は山際と共に車で東京拘置所に向かった。 その車中で、小百合は独り言のように言った。 「なぜなのでしょうね。...折角、新しい人生が始まろうとしてい…
時が少し流れ、夏本番の暑い日が幾日も続いた8月下旬のある日。 小百合の勤める居酒屋に、帽子を深々と被った初老の男がやって来た。 「すみませんね。今、準備中なん…
武藤が東京へと帰っていた後、小百合のもとに一通のメールが届いた。 案の定、彰からであった。 「あっ、そういえば、そうだったわ!」 メールを読んで思わず、そう口…
小百合は武藤の手料理を一緒に食べながら、会話の方向性を決めかねていた。 そんな小百合の気持ちを見透かしたように、武藤が口を開いた。 「こんな事を訊く資格など…
翌日、武藤は手提げ袋を手にして小百合の前に現れた。 その姿は最後に見た12年前に比べ、かなり痩せ細り、否でも年月の経過を感じさせた。 小百合と視線を合わせた武…
小百合が山間の無人駅に降り立ったのは、その日の午後11時過ぎであった。 外灯がひとつだけ灯る駅前には、深夜ということもあってタクシーは無く、虫の音だけが闇に響…
イルカショーが終盤になった頃、小百合の携帯が振動し始めた。 彰は、それに全く気づかず、イルカの曲芸を見ていたが、小百合は携帯に出なかった。 そして彰の目を盗ん…
クレープを二人分買ってきた彰は、イルカショーが始まるまで、館内のイートインスペースに向かった。 小百合は長旅の疲れも見せず、終始笑みを浮かべていた。 彰の優し…
小百合がやって来たのは、公園の桜が散り始めた頃であった。 最寄の駅まで迎えに行った彰と小百合の視線が合うと、小百合は恥ずかしげに片手を挙げ合図した。彰は車を寄…
棚の上の携帯電話が鳴ったのは、彰が寝床に入った直後であった。 彰の携帯に電話が、かかってくること自体、非常に珍しいことだったので、彰は妙に緊張した。 「こんな…
店の壁時計が午前0時を告げる鐘を鳴らすと、マスターがやって来て申し訳なさそうに言った。 「そろそろ閉店になります。でも、あと30分ぐらいは大丈夫ですよ。...…
「小百合さん、私のことを何故覚えていたのですか?...たった一回訪れただけの客でしかないのに。」 彰は熱い珈琲を飲むと、思い切って、そう尋ねた。 「なぜかしら…
彰はドアを開け車から出ると、小百合より早く声をかけた。 「どうしました?ガス欠ですか?」 田舎には場違いな派手な外装のラブホテルが、二人の真横に建っていた。 …
「まさか、またお会いできるなんて。...夢でも見ているようです。」 小百合は恥ずかしそうな目をし言った。 「こんな田舎に、いったい何の用で?」 小百合は矢継ぎ…
「それじゃ、ごゆっくり。」 ウーロン茶を注ぎ終えた店員は、目元をほころばせそう言うと、小上がりを下り、サンダルに爪先を通した。 彰は声をかけようとしたが、人違…
どれほど走っただろうか。 山里は、すっかり日が暮れ、外灯のない辺り一帯は静寂の闇に包まれていた。 彰は女将が、ほかの地に新しく民宿を建てたのかもしれないと思い…
行き止まりの標識を見つけた彰は、ギアをバックにすると空き地に入り、Uターンして来た道を戻り始めた。 カーナビのないレンタカーで限界集落のような山奥までやって来…
「もう、あなたに用は無いわ。...つまり、賞味期限切れなのよ。」 亜紀恵は淡々たとした口調でそう言うと、解約書類の入った封筒を翔子に差し出した。 オフィスビル…
「その気がないのなら、帰ってもいいのよ。」 純子は、そう言うと、シガーケースから煙草を1本取り出し、珍しく喫い始めた。 「昔から君の悪い癖だ。...なんでも早…
「もう再婚する気なんてないわ。ごめんなさいね。」 京香は、そう言うと、セカンドバッグを手に取り、席を立とうとした。 陽は射していながらも小雪舞う、岬に建つカ…
雨が降り続ける午前3時。... 陽子は眠れずベッドから起き上がると、カーテンを少し開け、真っ暗な中に、ぽつんと浮かび上がる歩道の外灯を見つめた。 水たまりに出…
あまりにも突然の別れに紀之は言葉が出なかった。 「なぜ?なぜ俺に黙ってアメリカへ行ってしまったんだ?!」 新聞の片隅に書かれた“渡米”の文字が、いつまでも紀之…
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翌日の午後、約束したとおり、茅葺五郎の経営するモデル事務所を訪れた和夫は、名刺に記されていたビルの7階にあるオフィスのドアをノックした。 わりと大きな事務所で…
「私と縒りを戻したい?今さら何を言い出すの?」 カフェの2階席で小春日和の陽光を右頬に浴びた法子が、怪訝そうな目つきでそう言った。 「分かっている。俺の身勝…
由美は大学の講義を受け終えると、正門前でタクシーを拾い、赤坂のレストランに向かった。 まだ陽射しは高く、冬にしては風ひとつない穏やかな小春日和の木曜日だった。…
「ねぇ?本当に驚かない?」 助手席の乃梨子は、ストローでシェイクを一口飲んだ後、運転席の恋次郎を見つめ、そう言った。 「驚きませんから勿体ぶらないで、早く言っ…
「いつまでも若い男に、うつつを抜かしおって!こうしてくれるわい!」 饅次郎は声を荒げて言うと、妻、乃理子の着物の帯をほどき、思いっきり引っ張り始めた。 「おや…
紀子は大通りでタクシーを拾うと、運転手に空港へ向かうよう言った。 半年ぶりに帰国する恋人、俊也を迎えに行く為だ。 俊也は韓国で輸入雑貨のバイヤーをしており、現…
弥恵子は深夜2時頃、私が就寝中だと思い、気を遣って合鍵でドアを開け帰宅した。 私は彼女が帰るまで起きているつもりだったので、寝室で本を読みながら待っていた。 …
「今夜は少し遅くなるから、外食でもしてきてください。」 外出する間際に、妻の弥恵子が独り言のようにそう言い、玄関ドアを開けた。 「仕事か?それとも君らしくもな…
貴子はアクセルを緩めることなく、急な山道を猛スピードで暴走し続けた。 カーブでは、タイヤが滑ってスキール音を立てながら、辛うじて曲がってゆく。 助手席の好次朗…
翌日、好次朗は時間の合間を見て街へと車を走らせた。 典子にはテーブルクロスを買いに行くと言ってきたが、実際には貴子に会いに行く為であった。 昨晩の電話で、貴子…
チューリッヒ市内でタクシーに乗った好次朗と典子は、運転手に新居のある町まで行くよう伝えた。 その町は湖畔にある小さな農村で、日本からの移民は好次朗らが初めてで…
「あ~ら、奇遇ね。...まさか、こんな場所で会うなんて。」 その声、そしてその顔。そこにいたのは紛れもなく貴子であった。 「昨日から典子を尾行し、俺に脅迫めい…
搭乗手続きを済ませた二人は、足早に国際線の搭乗口へと向かい、あと20分後に迫った離陸の時を、今か今かと待ちわびていた。 「離陸さえしてしまえば、もう誰も邪魔…
いつもより早く目覚めた好次朗は、昨日、典子が誰かに尾行されていた話や脅迫めいた電話のことを思い出しながら、隣りで体を寄せて眠っている典子の寝顔を見つめた。 「…
2か月ほど経った夏の暑い日 典子は勤めていた装飾デザイン会社を辞め、9月上旬のスイス移住に向けて準備を始めた。 貴子のマンションで3人が会った時以来、好次朗は…
ホテルを出た車は、二人の棲み処ではなく、街のほうへ向かっていた。 「好次朗さん、こっちは家と逆方向よ。...道、間違えたの?」 典子が心配げな表情で、そう訊い…
貴子と好次朗に挟まれるように抱かれながら、典子は得も言われぬ悦びに包まれていた。 それは自分でも戸惑ってしまうほど思いがけない気づきであり、新たな自分を見つけ…
「典子!落ち着くんだ。...俺が悪かった!謝る!」 喉元に刃物を突きつけられた好次朗は、鬼気迫る形相の典子に言った。 「あなたは間違ってるわ!こんなの愛でも何…
「典子!落ち着くんだ。...俺が悪かった!謝る!」 喉元に刃物を突きつけられた好次朗は、鬼気迫る形相の典子に言った。 「あなたは間違ってるわ!こんなの愛でも何…
貴子は不敵な笑みを浮かべながら携帯の電源を切ると、ソファーでくつろぐ好次朗の膝に座り、甘えるような声で言った。 「典子も、じきに来るわよ。私たち3人、うまくや…
いつもより早く目覚めた好次朗は、昨日、典子が誰かに尾行されていた話や脅迫めいた電話のことを思い出しながら、隣りで体を寄せて眠っている典子の寝顔を見つめた。 「…
2か月ほど経った夏の暑い日 典子は勤めていた装飾デザイン会社を辞め、9月上旬のスイス移住に向けて準備を始めた。 貴子のマンションで3人が会った時以来、好次朗は…
ホテルを出た車は、二人の棲み処ではなく、街のほうへ向かっていた。 「好次朗さん、こっちは家と逆方向よ。...道、間違えたの?」 典子が心配げな表情で、そう訊い…
貴子と好次朗に挟まれるように抱かれながら、典子は得も言われぬ悦びに包まれていた。 それは自分でも戸惑ってしまうほど思いがけない気づきであり、新たな自分を見つけ…
「典子!落ち着くんだ。...俺が悪かった!謝る!」 喉元に刃物を突きつけられた好次朗は、鬼気迫る形相の典子に言った。 「あなたは間違ってるわ!こんなの愛でも何…
「典子!落ち着くんだ。...俺が悪かった!謝る!」 喉元に刃物を突きつけられた好次朗は、鬼気迫る形相の典子に言った。 「あなたは間違ってるわ!こんなの愛でも何…
貴子は不敵な笑みを浮かべながら携帯の電源を切ると、ソファーでくつろぐ好次朗の膝に座り、甘えるような声で言った。 「典子も、じきに来るわよ。私たち3人、うまくや…
恵美が帰った後、好次朗と典子は、しばらくの間、無言になった。 典子と貴子が友情を越えた、ある種の愛によって繋がっていることを、好次朗は、まだ現実として消化しき…
典子は恵美に対し、貴子と好次朗と自分の関係について正直に包み隠さず話した。 この場で典子が、そんな話しをするとは思ってもみなかった好次朗は、恵美以上に驚きを隠…
ホテルでの昼食の後、貴子と別れて家路へと向かう典子の脳裏に、ふと好次朗の顔が浮かんだ。 「いったい、なんて言えば...」 幾度となく、心でそう呟く典子の足取り…
典子は貴子を見つめながら我に戻ると、口を開いた。 「私も貴子のことは大好きよ。でも、好次朗のことは、それ以上に大好きなの。貴子は親友であって、恋人にはなれない…
帝都ホテルのラウンジに約束の時刻丁度に訪れた典子は、赤いドレスを着た貴子をすぐ見つけると、平静を装い、近づいて挨拶をした。 「典子、わざわざ呼び出したりして、…
典子のもとに貴子から電話があったのは、それから3日後のことだった。 貴子の声は、意外にも陽気で明るかった。 もともと友人同士の二人ゆえに、典子も学生時代のよう…
玄関で、うなだれ泣いている典子を介助しながら、どうにか寝室まで連れて行くと、ベッドに座らせた典子に好次朗が訊いた。 「何があったのか教えてほしい。その頬のアザ…
好次朗の首筋を伝う貴子のしなやかな指を、好次朗は手で掴むと、言った。 「帰るよ。」 「どういうこと?」 好次朗の態度が急変したことに驚きを隠せず、貴子は不安気…
情事を終えると、好次朗は胸に頬をつけ目を閉じている貴子のおでこにキスをし、強く抱きしめた。 「明日の朝食、何にする?」 目を開けた貴子が虚ろな眼差しで好次朗を…
タワーマンションの最上階でエレベーターが止まると、好次朗の腕に抱かれた貴子は、顔を見上げ、意味深な笑みを見せた。 「なんだい?貴子」 「うふふ、べつに...。…
「典子、夕べは随分遅かったじゃないか?最近、帰宅時間が零時を過ぎる日が続いているが、そんな遅くまで、いったい何をしているんだ?...」 2年ほど前から同居し、…
瑠璃子は担当している講義を終えると、講堂を出て、大学キャンパスの中にある芝生の広場へと向かった。 そこにあるベンチに座り、お手製のランチを食べるのが習慣になっ…
紗英子は暫く沈黙した後、缶ビールを一口飲んで言った。 「もう喜美子とは別れて!知っているのよ私。...あなたが数年前から喜美子と“いい関係”だってこと。」 軽…