4年にもわたって世界を席巻したコロナウイルスもようやく減少の兆しを見せ、全有連も活動を開始しました。そして迎えた再開第一回の「交流会&講演会」には食品と暮らしの安全基金の丸田晴江さんをお迎しました。丸田さんは三月で退社を決めていて安全基金の「400号の軌跡」をまとめられている状況でもありました。それでも快く承諾され開催の運びとなりました。当初はリアルな集会にする予定でしたが「いろいろな所から人がみえる集会はまだ不安」という声もあって、オンライン集会にすることになりました。高齢の方も多いことからズームには慣れていないなど、参加者はどうなのか不安も錯綜しました。参加のお誘いの電話かけも開催日の10日ほど前から始め、オンラインの準備もスタッフに周知しました。前夜の打ち合わせの際、丸田さんから今回の大きなテーマで...丸田さんを迎えて初めてのズーム集会無事終了。
今年は春が早い。山形山の雪下ろしも2月に入って鳥海さんを誘って行ったものの、古家の屋根に雪はなく手ぶらで帰ってきました。こんなことは初めてです。そしてこの日、少し早い種まきの準備にとりかかります。鳥海さんと朝9時天童のハウスで待ち合わせ。仙台の鳥海さんの方が一足早く来ていました。二人で息の合った作業。毎年使っているプール育苗台を調整し、スタッフが作業しやすい高さにしました。ビニールも新しく張り替え水を注ぎます。準備万端整いました。この育苗ハウスは2018年亡くなった山形山のポニーのサイハンが冬の間、寝小屋にしていました。20年以上生きたサイハンを思い出します。積み上げられた馬糞もそのままです。独り農場にいることの多かった米山を慰め、子どもたちの人気の的でもありました。可愛がってくださった皆さんからお悔やみ...春になりました種まきハウスも準備万端
この日暖かな陽射しが山形に満ち、震災12年目を迎えた私たちを包みました。毎年この日に集い、福島からの被災者の人たち、支援する人たちが復興を誓う日です。ここ3年はコロナ禍の中、祈りの日も規模を縮小し参加者も少なくなっていました。今年もまだコロナが終息したわけではなく、復興記念事業への一般参加も50名と限定し、事前申込制です。私たち実行委員会もズーム会議で諸々を進めます。12年たち私もスタッフも高齢化しました。夜間の運転も難しくなり、今年からは当日の役割分担も辞退しそれぞれ自由参加にしました。私はいつもこの場で会う、福島の被災者の方と山形市役所で待ち合わせ。「千年和鐘」をついて追悼しました。記念式典には山形県知事(代読)、山形市長からは「被災地と連携しながらともに歩み、真の復興に向けた取り組みを続ける…」とあ...東日本大震災12年「追悼・復興への祈り」3/11
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