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玄徳道 https://blog.goo.ne.jp/sinnkiraifukukirai

古今東西、道を語るブログです。

坐は坤地の道なり、誠は乾天の道なり。そして天地の真神、真心を受託すは人の道なり。天地人合一して純陽、いづのめの働きと申すなり。

鬼雷
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大阪府
出身
陸前高田市
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2012/04/29

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  • 平成三十年十月四日、三六九神示。

    世界の国々は、誠信の外交無く、駆け引きで様々の策をめぐらせ、自主の国の利を獲んとして、道に外れた事も平気でやっておるぞよ。軍備を調え……これからは、経済力じゃと、核兵器で威嚇しながら.金儲けの外交をいたして居るのであるが、現の世は、艮の金神が閻魔と現れて、目を光らせておるのであるから、理の通らぬ悪態は神界が許さぬぞよ。核兵器を山と持つ国、隠れて核兵器を造っておる国も、その内、えたいの知れぬ、病に多くの人民が罹りて、始めはかくして、おるが、かくし、通せぬ、事が起こりて来るぞよ。原発の損壊した、日本も同じ事であるぞよ。現の世の始め、生き物の生命の種を生み出した龍宮界の皆が恵み合い助け合う、やり方で無いと、嘘偽りで塗り固め、生命より、金が大事な利己主義(われよし)の今の世は行き詰まりてしまうぞよ。大宇宙から見て...平成三十年十月四日、三六九神示。

  • 黙真人訓、善の解明道。

    善は一切の宗家北極真経に曰(い)う。真道有るは、「善道に他ならず」、又曰う「吾が善、気を練り、吾が善、行を踏み、吾が善、霊を回するに如かず」と。こうして、修養一切に関して、わが老修(道の先輩)は能(よ)く研鑽して実行したものである。新しい修方においては、只善の一字に対して、徹底して明らかにせねばならない。或いは言う、善の字は即ち、良い事をすることであると。しかし、誠心ある修方にとっては、善の一字は、そう簡単な事では無いと覚える。われわれ修人は、善を以て一切の宗となす。つまり、善における、その範囲を詳細に分析、解明して、新しい修方のために、ここに先覚の経験や、その効果の大要を分析し.諸子と共に、これを討議、研鑽することにしようではないか。善といっても、その種類は多い。善に真と偽がある。直と曲がある。陰と...黙真人訓、善の解明道。

  • 三六九神示。苦悩道。

    知るほどに、学ぶほどに、理を知るだけでは、頭でっかちとなるばかり、何が何だか判らぬようになるぞ。迷路に迷い込むぞ。目の前真っ暗となるぞ。それからが大事じゃ。神を信じて迷いなされ、悩みなされ、苦しみなされ。神を忘れては真っ暗のままじゃ。神を信じ、御魂ある事信じておれば、そこに光が見えて来る。暗い程、一点の光も明るく見える。目の前に忘れておりた、道が見えて来る。有難いぞ。道を求める誠あれば、神は、道の光と現れる。御魂から光が出る。縁ある人をもって導き助けもする。悩み苦しみは、御魂の成長の為と申してある。御魂をおおう思凝の殻を割る為であるぞ。焦ってはならぬ。ひたすらに、真の神を信じよ。利己主義(われよし)の思凝霊(しこりごみ)に魅入られたら、神理が見えぬようになり、楽を求めて、我欲の道に走り、真の神の道から離れ...三六九神示。苦悩道。

  • 先天坐道雑記12

    先天坐とは、何の為にするのであろうか。はっきり言って、これを行じたからと言って、霊能力も超能力も身につかない。かつて、笹目秀和仙人は、出口王仁三郎聖師との関係から、大本と道院結びを託され、鎮魂帰神術(大本では鎮魂法帰神術を霊法としていたが、あまりの発狂者と妖言者が続出し、正神界と神との交わりより、邪神界の神と交わる者が続出し、出口聖師は、鎮魂帰神術を断念されました。)の変わりに、先天坐をもって、鎮魂法の代わりとし、大本信者に、説き、また、機関紙をもって、大本と道院は同一であると、説かれたようですが、大本三代教主は、拒否され、中の道院と和の大本は、袂を別れた言われがあるのです。鎮魂法とは、人の真心による接霊に於いて、神人合一を為す法であり、一種の霊能力を得る法でもあるが、その道は途絶えつつある。(神界が働か...先天坐道雑記12

  • 三六九神示、闇光道。

    天之御中主の神氣は降る。天橋立、真名井神社の建替えも成り、五四五四(いよいよ)、三千世界の、立替立直し、厳しくなる時節とめぐりあえたのであるから、世界の事から、人民の事から、これまで隠れておりた因縁が、善きにつけ、悪しきにつけ、皆、浮かび上がりて浄化されるのであるぞ。人民は、何事も無く、平穏に暮らしたい、元気で長生きしたいと、思えども、あるだけの因縁が浮かび上がりて来るから、これほど、信心いたしておるのに、何で、こんな事になるのじゃとら神を疑いたり。うろたえ、騒がねばならぬ事も、出来て来るが如し。どんな事が起こりても、神を信じてある者は、大難を小難にいたし、現の世で肉体の持たぬ時は、霊界で救うよう、神は、見守りておる事を忘れてはならぬぞよ。何事も無く、調子良く行く時は、神様は有難い、感謝せねばと、言うてお...三六九神示、闇光道。

  • 令和五年七月 三六九神示

    天に七(な)り地に七(な)る七月七日の示しであるぞよ。昭和五十二年六月二十七日、丹波小多利の小富士山神社にて、(鬼雷注令和四年の七月三六九神示を参照されて、くださいませ。)八月一日大本教金龍海の神業の砌(みぎり)出口直殿、龍宮乙姫の姿で修聖に、お筆先一巻を授けられ、その形代のゆずの葉一枚、旭洞窟の玉石十個等を玉手箱に入れ、七年間開けてはならぬと、麻の緒で封をいたしたのであるぞ。昭和五十四年九月九日、修聖は、豊岡光の道より追放され、左官や大工の下働きで、五年間、糊口をしのぎおったのであるが、昭和五十二年より、七年目に故郷の丹後へ帰り、その年、七月七日(なたばたの日)神前に、龍宮乙姫の絵を掛け、七年間封じておった玉手箱開きの神業に仕えさせたのが、龍華館の祭の始まりであり、今年で四十一年目の七夕祭りをささやかに...令和五年七月三六九神示

  • 令和五年七月八日、小長谷修養聖 三六九神示霊視篇。

    小雨の降る夜明けの海上に、船を浮かべ、出口直刀自、日の丸扇を開いて持たれた、出口聖師、出口澄子様、出口直日様、夫の日出麿様、大本教三代に関わる人々が乗られ、男島、女島や中津神の岩を巡っておられ、中津神の岩には、龍宮の乙姫様や塩土翁様が立たれていました。空が白み、夜明けとなり、日が登ると、遠くの山々の向こうに白山が輝いていました。最後、五人の方々は真名井神社の磐座に前で礼拝されていました。(注大本は、日の出、三六九の世を開く神界の型を示すところで、三代直日の世までに、それを示すと神示され、日出麿様は、日の出の神の型である。その因縁の地場を巡られ、大本の元、真名井神社で方々礼拝されている様である。)次に但馬竹田の竹田城の天守閣に出口直日様、日出麿様が立たれ、対面の立雲峡の桜をながめておられました。綾部五六七(...令和五年七月八日、小長谷修養聖三六九神示霊視篇。

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