「マーメイド クロニクルズ〜第三部配信中!」「第一部 神々がダイスを振る刻」幻冬舎より出版中!
「信じられるか?ネイビー時代のドラッグの影響で頭がおかしくなったんだろうか?」「信じるわ。あなたがこの何ヶ月かわたしに隠れてタトゥーショップに通いつめてたんじゃなければ」「どういう意味だ?」「鏡で背中を見てご覧なさい」ケネスが後ろの鏡を振り返ってみると背中一面に立ち上がって爪を今にも敵に伸ばそうとするマーライオンの勇姿が彫り込まれていた。「おい、お前もオレと同じことを考えてるのか?」夏海はうなずいた。「忘れたの、わたしの実家?」動転して忘れていたが、夏海は日本でもめずらしい人魚を祭った湘南の比丘尼(びくに)神社の一人娘だった。得体のしれない海軍兵上がりに娘を奪われて逆上した父親とはずっと絶縁状態の二人だったが。「こっちにいらっしゃい」夏海が赤ん坊を抱き上げると部屋全体が白い光に包まれて、気づいた時には尾ビレはな...第一部第3章−8ナオミの名はナオミ
ケネスが呆然としたのも、不思議はない。赤ん坊には尾ビレがあったのだ。海軍暮らしの長かったケネスは海の伝説には一通りの知識があった。海の支配者ネプチュヌス、半身半魚の海の王子トリトン、妖精ニンフネレイアデス、海の怪物クラーケン。だが何といっても、「海の男」なら一度会ってみたいと望むのはマーメイド。それも漁や航海に命を懸ける男たちの海への畏れと陸への郷愁が生み出した幻にすぎないはずだった。ただし、今日までは。気を取り直すと、毎朝この海岸線をジョギングすることを知っている悪友たちのプラクティカル・ジョークではないかと疑った。だが、赤ん坊はつくりものにしては出来が良過ぎるし本物にしては現実味がなさ過ぎた。尾ビレに触るとザラザラした感触がする。色は見事な茜色で上半身は赤ん坊特有にぷよぷよとしていたが、下半身はぬるぬるした...第一部第3章−7マーメイドの赤ん坊
ネプチュヌスの声が心に直接語りかけてきた。(そのとおり、儂がネプチュヌスじゃ。ケネス、お主のことなら遠い先祖まで知っておるぞ。今日は頼みがある。ナオミを旅立つ日まで育ててくれ)ケネスには理解出来なかった。何なんだ、この親爺?このシチュエーションはまるで異次元世界に迷い込んだアリスだが、出来の悪いファンタジーならゴメンだぜ。ファンタジーはあくまで「仮初め(かりそめ)の世界で遊んだら、最後は現実世界に帰っていく」のがお約束だろう。ファンタジーの方が現実世界に入り込むのは反則ってもんだろうが?(お主、死に場所を求めておったのであろうが?)ネプチュヌスの思念が、高波のようにケネスの頭の中で砕け散る。死に場所か?言われて見れば、海軍で特殊工作任務についていた二年間でこれまでどれだけの命を殺めたことか。直接倒した相手のみな...第一部第3章−6ネプチュヌス
一九七三年九月四日。ハワイ島最南端カ・ラエ岬の北ナアレスの町からはあきれるほど澄みきった海が見えていた。昨夜、五十数年ぶりという季節はずれの大型ハリケーンが過ぎ去った波打ち際には椰子の葉や海草や木ぎれ、どこから流れ着いたのかアイリッシュ・ウイスキーの空き瓶が散乱している。朝日が顔を出し始めた海岸線をランニングシューズとすり切れたスエットスーツに身を包んで一人の男が黙々とジョギングしていく。シナモンドーナツのように盛り上がった筋肉と張りつめた雰囲気はタイトルマッチを控えたボクサーにも見えるが、フードに隠れて表情までははっきりしない。彼の名はケネス・J・アプリオール。十九歳でベトナム戦争に従軍後、名誉除隊をして今では補助役についている。父親が母の胎内にいる内に飲酒運転で死んだため年収1万ドル以下という極貧家庭で少年...第一部第3章−5海主現る
(さあ、家族との最後の別れを惜しむがよい)(父上、母上、お世話になりました)マクミラが、両親と妹に顔を向けた。(名誉なことよ。マーメイドの小娘ごときの後塵を拝するなど神官に限ってありえまいが、がんばるのじゃ。プルートゥ様のご加護がありますように)ローラが応じた。ドラクールは、視線だけを合わせる。ミスティラはマクミラと長く仕事をしてきただけに別れに感慨無量だった。マクミラがなにかを投げてよこす。ミスティラが受け取ると一族の紋章コウモリの形をした宝物殿の鍵だった。宝物殿は人間たちの執着が渦巻き並の魔力では押さえられない。過去に扉が誤って開いた時のことは人間界にも「パンドラの筺」伝説として知られている。(ミスティラよ、ついに「鍵を守るもの」になるときが来たな。今後はお主が持つがよい)(神官様・・・・・・)(そう心配そ...第一部第3章−4マクミラの旅立ち
次兄スカルラーベの思念でマクミラは我に返った。(プルートゥ様、恐れながらわたくしめにも一暴れする機会をお与えください。マクミラ一人に大役をお任せになるとはあまりの仕打ちではございませぬか)(今回は人間共が墓穴を掘る手助けじゃ。お主まで行っては果てしない闘いが始まってしまうわ)とプルートゥは素っ気ない。しかし、マクミラだけが送り込まれるのにはアストロラーベも納得いかないようだった。あからさまに申し立てこそしないが、その顔色から不満は明らかであった。(アストロラーベまでそんな顔をするものではない。日の当たる道ばかりを歩いてきたマクミラだからこそ未来の読めぬ世界でどう生きていくかを見てみたくなったのじゃ。それに今回の任務はマクミラでなければつとまらぬ)(マクミラでなければ・・・・・・でございますか?)アストロラーベが...第一部第3章−3マクミラ降臨
緑色の霧が城内を包み、兵士たちがバタバタと倒れていく中を、ゆうゆうと歩いていく一人の怪人がいた。カツカツと靴音をさせて石段を降りて行って地下牢の前で立ち止まると、ヴラドの顔を見つめた。眠ることもなく待っていたヴラドが声をかける。「今日は金色の仮面か?」怪人は二〜三日続けて訊ねてくるかと思えば十日以上も姿を見せないこともあったが、訪問はここ数ヶ月にもわたっていた。訪問が不定期でも、いつも決まって不思議な紋様の仮面をつけていた。ある時は南ドイツのペルヒト、またある時はスイスのクロイセ、そして最後の訪問となったその日はイタリアのヴェニス謝肉祭の仮面らしきものをつけていた。「ヴラドよ。お前のところに来るのも今宵が最後となろう。どうやら儂のことが噂になりすぎたようだ」「パラケルススよ。与えてくれたさまざまな知識には感謝し...第一部第3章−2仮面の男
古代からさまざまな民族が入り込んできた東欧南部に位置するバルカン半島。カトリック文化圏の中央ヨーロッパ、ギリシア正教圏の東ローマ帝国、イスラム圏のオスマン・トルコ帝国の三勢力が、十五世紀にぶつかり合っていた。ここは覇権を争う勢力側から見れば戦略上の重要拠点。同時に、侵略者から見れば喉元から手が出るほど確保したい通り道であった。だが、狙われる側の住民たちから見ればつかの間の安息の時さえない「この世の地獄」だった。民族や国境を越えて人を救うべき宗教が、現世に苦しみを生みだすことに一役買うとはまさに歴史の皮肉であった。暴虐の限りを尽くし、悪魔公と呼ばれたヴラド二世ドラクールは、一四三一年、東ローマ帝国から爵位を受けトランシルバニアのワラキア地方の正式な支配者になった。同年、彼の長男として生まれたヴラド・ツェペシュは一...第一部第3章−1ドラクールの目覚め
財部剣人です!第三部の完結に向けてがんばっていきますので、どうか乞うご期待!「マーメイドクロニクルズ」第一部神々がダイスを振る刻篇あらすじ深い海の底。海主ネプチュヌスの城では、地球を汚し滅亡させかねない人類絶滅を主張する天主ユピテルと、不干渉を主張する冥主プルートゥの議論が続いていた。今にも議論を打ち切って、神界大戦を始めかねない二人を調停するために、ネプチュヌスは「神々のゲーム」を提案する。マーメイドの娘ナオミがよき人間たちを助けて、地球の運命を救えればよし。悪しき人間たちが勝つようなら、人類は絶滅させられ、すべてはカオスに戻る。しかし、プルートゥの追加提案によって、悪しき人間たちの側にはドラキュラの娘で冥界の神官マクミラがつき、ナオミの助太刀には天使たちがつくことになる。人間界に送り込まれたナオミは、一人の...第一部序章と第1〜2章のバックナンバー
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