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プロフィール
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ブログタイトル
お絵描き日記〜イラストレーター照井正邦
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/kowaza52
ブログ紹介文
照井正邦の有名人の似顔絵を中心に公開。プロレス技絵もあります。
更新頻度(1年)

1208回 / 365日(平均23.2回/週)

ブログ村参加:2009/11/14

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照井正邦さん
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照井正邦さんの新着記事

1件〜30件

  • 「朝食の前」5(アクリル画)

    「朝食の前」5(アクリル画、158×227mm)モノとモノの間を描くにしても、モノも描かねば。言っていることとすべきことが矛盾しつつも、すすんでいければと…というように文字言語を動かしてしまうので、手がすすみづらいです。「朝食の前」5(アクリル画)

  • 分かりやすいの扉(お絵描き雑記)

    教室の心構えを書くところに、かなり分かりやすいように手順を文章として書いてみた。我ながら斬新なアイデアであったと思ったし、受講生もたくさん来て下さった。けれど、「分かりやすい手順」が、分かりにくい方が来ることまで想像できなかった。なぜ受講生が出来ないのかが、私には分からない。絶対に陥らないようにしていたはずなのに、受講生が分からないことがなぜ分からないのか、仮説を立てられずアドバイスが難しくなった。今、分かりづらい説明文にしたので、受講生は増えない。その代わり、分からないことがなぜ分からないのかは、検討が付けられるようにしています。「分かりやすいの扉」も問題ですが、この日記でよく用いていた、分かったように思って馬鹿にされたまま退出して頂く、「ただのダジャレっぽい自動ドア」は、多重言語であり、流布されたときに言葉...分かりやすいの扉(お絵描き雑記)

  • 寓意のない静物画(お絵描き雑記)

    「日本人ってモノを描くのが好きですね」などと言われそうな絵を描いていますが、「だったら、もっと描写しないと」と合わせ技一本とられそうな静物画を描きすすめています。寓意のない静物画が描きたい。けれど、描いたモノが何なのか分からないと、静物画にはならないのかもしれない。そのモノが何であるかの答えがでてしまうと、それは文章でもよくなってしまったり、寓意事典を読んでいる方が人生のためになるかもしれません。寓意を知識からではなく、見た作品から知恵で見つけられるような、それも寓意なのかもしれませんが、子供のほうが答えを感じられる作品でありたい。モノとモノとの間を描きたいので、そのためには最小限モノを描かなければいけない必要が出てくる。なので、モノで描くのも好きです。寓意のない静物画(お絵描き雑記)

  • 「朝食の前」4(アクリル画)

    「朝食の前」4(アクリル画、158×227mm)「朝食の前」4(アクリル画)

  • 描けていない(似顔絵雑記)

    「描けているか、描けていないか」が、論点になることがあります。似顔絵として描けていてもアートとして描けていなかったり、似顔絵として描けていなくともアートとして描けていたり、両方描けていなかったり、両方描けていることとなったり。けれど万が一、「描けている」となったとき、「描けていないこと」が題材であったりした場合は、応援を裏切ることになってしまうかもしれません。「描いてはいけない」としたくないので、「描けていない」を用いる場合があり、描けていない似顔絵は、似顔絵として成立し得…る…ー、めんどーくさーいですねー。「腕時計をちょっと描き込んでみました」説明ぎらいな似顔絵描きは、そう説明するやもしれません。描けていない(似顔絵雑記)

  • 「朝食の前」3(アクリル画)

    「朝食の前」3(アクリル画、158×227mm)「朝食の前」3(アクリル画)

  • 骨格に依存していません(似顔絵雑記)

    「骨格に依存していません」似顔絵はたいがい骨格を描くことを目的としていません。ドラマ内で「フィクションで演じています」と言い続けるかのような可笑しさかもしれません。よく絵画では「レアレテ」という言葉を用います。「写真のように描こうが、マンガのように描こうが、レアレテ」と、くだけて言えばそう言えるかもしれません。なので、「リアル似顔絵」と「そうではない似顔絵」ということが、実のところ分かっていません。「レアレテではない、レアレテがない似顔絵」も応募しているのですが、なかなか掲載されません。「リアルではない似顔絵」の重要性は最初から強く感じているのですが、それも現実的であることが多くて、それだったら「レアレテ」を目指すほうが自分にとって整合性があって、向上していけます。英語かフランス語かの違いなだけかもしれませんが...骨格に依存していません(似顔絵雑記)

  • 肌の明度が高いように設定すると(似顔絵)

    陰影を少し省略しました。肌の明度に合わせると、髪の明度がかなり低く見えてしまいます。肌の明度が高いように設定すると(似顔絵)

  • 髪切った?(似顔絵)

    「髪切った?」テレビ番組「笑っていいとも」で、タモリさんがよく言っていたセリフ。私も顔のことがだんだん言いづらくなってきました。クスミに見えないように、髪の毛と陰影の影の部分の明度をより低く描いています。このままだとファンアートになってしまいそうなので、対策を考えます。髪切った?(似顔絵)

  • 週刊朝日「山藤章二の似顔絵塾」掲載!!(芦田愛菜)

    今週の週刊朝日「山藤章二の似顔絵塾」に、私の作品が掲載されました。週刊朝日「山藤章二の似顔絵塾」掲載!!(芦田愛菜)

  • 「朝食の前」2(アクリル画)

    「朝食の前」2(アクリル画、158×227mm)「朝食の前」2(アクリル画)

  • 朝食の前(アクリル画)

    朝食の前(アクリル画、158×227mm)静物画を描いてみました。セッティングされた静物のデッサンが全く出来ませんでした。セッティングされていたからかもしれません。「松崎しげる色」という絵の具があるそうです。使用した絵の具の組み合わせだけでは難しい。絵の具の色だけではない、自分の色を出せるようになっていきたいです。朝食の前(アクリル画)

  • 「街人-machibito-」20(アクリル画)

    「街人-machibito-」20(アクリル画158×227mm)「モネへ捧げるオマージュ」に応募したものを、印象派的ではない表現に戻して描いた作品です。写実主義的すぎない、ダダを経由しないなど、「完成だと思われてしまう節目」を避けて描いています。「街人-machibito-」20(アクリル画)

  • 「街人-machibito-」20(アクリル画)

    「街人-machibito-」20(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」20(アクリル画)

  • 「街人-machibito-」19(アクリル画)

    「街人-machibito-」19(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」19(アクリル画)

  • おかしなえ(似顔絵)

    絵本「ふしぎなえ」が、好きでした。数学的には凄いのだろうけれど気味悪い絵に目を向けることが出来たのも、「ふしぎ」がさほど怖くなかったからです。似顔絵を描いたら、「おかしなえ」になってしまいました。アートとして描いたときには、面白い絵と言って頂けたりしています。おかしなえ(似顔絵)

  • 「街人-machibito-」18(アクリル画)

    「街人-machibito-」18(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」18(アクリル画)

  • リアルって何なのだろう?(雑記)

    最近「リアル」という言葉を頻繁に見かけ、そのリアルが薄れゆくことを危惧する記事が出始めた。現実的という意味ならば、国民が現実的ではなく、現実の記事を求めていて喜ばしいことに思えてしまうから、リアルという言葉がそういう意味ではないのだろう。「気球に乗ってどこまでも」という歌があったが、「落下傘ではなく、おっかさん」という駄洒落だと、気球が軍事目的になって歌えなくなる。大きなおっかさんを百貨店のバルーンの垂れ幕のようにぶらさげている気球は、撃ち落とされるかもしれないけれど、中に入っている気体が「子供の夢や希望だった」と、内輪の問題として横書きの記事が出てしまう。こういうのが薄れゆく「リアル」なのだろうか?リアルって何なのだろう?(雑記)

  • パントマイマー(似顔絵)

    空想させている椅子を現実的に存在させて描くと、パントマイムにならない絵です。パントマイマー(似顔絵)

  • 陰影と線(似顔絵)

    陰影と線で描いてみました。陰影と線(似顔絵)

  • 成り上がりと成り下がり(似顔絵)

    「似顔絵をアートに」という方向性が、失礼な物言いですが「成り上がり」と例えるなら、私は「成り下がり」であり、申し訳なく思ったりします。全力で描かないことが何かしらの問題ない絵になっていて、それを全力で模写をされると、それは私の作品よりもはるかに上手い絵であるかもしれませんが、何かしらの問題のある絵になってしまうかもしれません。模倣や模写を大丈夫に描く方法があるようですが、私は奨めていません。上手か下手かだけの直線上にある絵を描きたくはないですが、その価値感にあえて乗っかって、自分自身を上手いか下手かの直線上にいると想像して言うなら、「実力以上に上手に思わせようとしないで描いている」という表現になると思います。成り上がりと成り下がり(似顔絵)

  • 全身似顔絵と身体の線(似顔絵)

    エスキースの段階で、身体を線で表現するのが難しいと判断して、陰影で描いてみました。全身似顔絵と身体の線(似顔絵)

  • 白と青紫と青みの黒(似顔絵)

    白と青紫と青みの黒長時間見つめ返さないで下さい。視力が低下するかもしれません。白と青紫と青みの黒(似顔絵)

  • 黄色から黒(似顔絵)

    黄色から黒につないでみました。中間の色が緑身に見えてくるので、緑系の中間色をはさんでもよかったかもしれません、黄色から黒(似顔絵)

  • 無か有かの論争からはなれて(お絵描き雑記)

    「間を感じ、間から生まれる」予備校生のときに「無から有は生み出せない」などというニヒルな小論文を書いてしまったことで、作品が生み出しにくくなってしまったことがあります。最近では、「無から有を生み出すんだ!!」という、事実でなくともそういう気概がなければ作れないという立場でした。ところが、「早間」早い間という言葉にであって、「もともと間をもっていた」ことに気付かされました。無であるか有であるかを論じると、混沌か秩序かという、曲げられない立場の方に出会うことになると思います。「無だったのか、有だったのか」という自分で設けてしまった議論からはなれて、何も作られていない間から、描いていけばよいのではないかなどと考えて色を置いて塗っています。人物画で、色を置いて描く最大の欠点は、線がひきづらい点ですが、西洋的な表現のなか...無か有かの論争からはなれて(お絵描き雑記)

  • 似顔絵塾生展にむけて2(雑記)

    展示用に一枚仕上げてみました。以前、似顔絵として高い評価を頂いた作品の構想のまま展示物を作って、全く見てもらえないことがありました。親切な方が、自身の展示の話をして頂いて、なぜ見てくれないのかが明確になりました。(普通の読む方への)「ところで」、テレビを観ていて気付いたのですが、話法としての嘲笑を用いる方がいて、その瞬間に、敵に塩を送るではないですが、主格を省略して、その嘲笑した人の組織の利益が無くなってしまわないことを提案すると、真剣な表情のフリというのでしょうか、真っ向から反対するという奇妙な対話がおこることがあるのを思い出しました。スカイツリーの名刺の似顔絵の時にも、常に笑顔のまま来られた方がいらっしゃったのですが、私の似顔絵がどなたかの似顔絵より劣っていると感じさせながらの笑顔を作っておられるとき、名刺...似顔絵塾生展にむけて2(雑記)

  • 似顔絵塾生展にむけて(雑記)

    似顔絵塾生展の作品を手がけはじめています。結論として、「Funny」ではなく「Interesting」であれば、場としての絵が成立するのではないかと考えています。似顔絵を評価の対象外に置いている方が多いことを知りました。似顔絵教室で、他の教室の受講生と合同で展覧会を開かせて頂ける機会がありました。けれど、最終的には似顔絵は評価できないということになり、辞退させるしかありませんでした。そうなる予感はあったので、「無理に出す必要はないこと」と前置きしていたので、大きなショックにはならなかったと思います。個人的には、アートとしての人物画を展覧会で評価して頂いたのですが、「似顔絵」として描いた作品を評価して頂ける可能性は、私の絵においてはないものだと判断しています。いずれにしても、「楽しい」ではなく「興味深い」作品にし...似顔絵塾生展にむけて(雑記)

  • 怒らない会をフォルテで叱ると、怒りだすかもしれない。(脳イメ雑記)

    そもそも論は否定されるのか。人の言ったことを否定しない会話法がある。そこで、そもそも論など、その会話法以上の話法を用いると、「否定しないことを否定しない」から始まって、「否定も肯定も否定しない」と続き、結果論として「否定することを否定しない」ようになってしまうと、真剣であったはずが滑稽な茶番劇になる情景が、常に前衛的でイノベーティブである絵描きは、概念として見えている。または、概念が苦手なアート気質の者が、茶番劇が想像力として視覚的に見える場合もあり得る。その感覚のすぐれた者は、末路の情景に陥らないために、いきなり他者の意見を否定したり、自己否定の理論を提示したりする。そのときに、「ネガティブ思考ではいけないよ」など、論じる以前の何も知らない一般人としての会話を強いられてしまう。その会話法を繰り返すことで、他の...怒らない会をフォルテで叱ると、怒りだすかもしれない。(脳イメ雑記)

  • 文字の余白と、絵の空間(お絵描き雑記)

    画塾へ通っていたことがありました。モチーフを見て描く、いわゆるデッサンにおいて、「誰も合ってはいないのではないか」と直感として感じる若さと同時に「自分もさらに正しくない」という閉塞感を、人生の半分を生きた今でも一人で楽しんで描いています。知人に画塾のことを言うと「思い出したくもない」と言われるのですが、私にとっては財産です。「全員が間違っているのではないか」という不安を払拭するために、「見えるがままに描いたらどうなるのか」ということをやってみて、毎回ざわつかせていました。自然主義ではなく写実主義でよかったので、私だけを抜いた周囲の話し合いというものが、何を目指していたのかは想像できませんが、「描き方として(取り入れても)よいのか」という共通理解の場だったのかもしれません。「仕事の絵」ということも考慮に入れる場だ...文字の余白と、絵の空間(お絵描き雑記)

  • 「街人-machibito-」17(アクリル画)

    「街人-machibito-」17(アクリル画、158×227mm)「街人-machibito-」17(アクリル画)

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