食習慣でも、運動不足でもない…免疫学者が「これだけは避けて」と言う免疫力がヨボヨボになる生活習慣宮坂 昌之大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授、大阪大学名誉教授2025/01/21https://president.jp/articles/-/90207?page=3(※ プレジデント社の上記記事の一
ニーチェの永劫回帰とは、極めて宗教的なものだ。その永劫回帰が 「血肉化されて」 生まれた 「力への意志」 もまた、極めて宗教的なものにほかならない。 「存在者は永劫回帰の思考が血肉化されて、ようやく初めて力への意志として存在することになる」 (ハイデッガ
永劫回帰とわたし
なにより、スピノザの宇宙には偶然が作用する余地はない―「自然のなかにはなに一つ偶然的なものは存在しない、いっさいは神の本性の必然性から一定の仕方で存在や作用へと決定されている」(『エチカ』I 部定理29)。 (市田良彦著 『ルイ・アルチュセール』 P.46
ハイデガー著 『ニーチェ』 で次のような言葉を知った。 「おまえが繰り返し生きたいと願わざるをえないように生きること-それが課題である。-いずれにしろ、おまえはそういうことになるのだ。」(ナウマン版ニーチェ全集第12巻:遺稿集) フランクルの 『夜と霧
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食習慣でも、運動不足でもない…免疫学者が「これだけは避けて」と言う免疫力がヨボヨボになる生活習慣宮坂 昌之大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授、大阪大学名誉教授2025/01/21https://president.jp/articles/-/90207?page=3(※ プレジデント社の上記記事の一
(2025.2.2 更新)アドラーの「共同体感覚」を最も強く感じられるのは、困っている人を思うとき。 他者への奉仕とは、困っている人への奉仕。 全体への奉仕とは、困っている人々への奉仕。 「共同体感覚」、他者への奉仕、全体への奉仕とは、観念ではなく切実
「ニーチェは、自己の運命を偉大な問題との対決に即してのみ考えていた。」つまりニーチェは、自己の運命を、偉大な問題のみとの対決であると考えていた。(『永遠回帰と遊戯の哲学』 P.42 信太正三著)
命より大事なもの。 それは使命。 命がいちばん大事だと思うと、萎縮してしまって自分らしさが、個性が発揮できない。
ニーチェの永劫回帰とは、極めて宗教的なものだ。その永劫回帰が 「血肉化されて」 生まれた 「力への意志」 もまた、極めて宗教的なものにほかならない。 「存在者は永劫回帰の思考が血肉化されて、ようやく初めて力への意志として存在することになる」 (ハイデッガ
永劫回帰とわたし
なにより、スピノザの宇宙には偶然が作用する余地はない―「自然のなかにはなに一つ偶然的なものは存在しない、いっさいは神の本性の必然性から一定の仕方で存在や作用へと決定されている」(『エチカ』I 部定理29)。 (市田良彦著 『ルイ・アルチュセール』 P.46
ハイデガー著 『ニーチェ』 で次のような言葉を知った。 「おまえが繰り返し生きたいと願わざるをえないように生きること-それが課題である。-いずれにしろ、おまえはそういうことになるのだ。」(ナウマン版ニーチェ全集第12巻:遺稿集) フランクルの 『夜と霧
身体論、ユング心理学の大家、湯浅泰雄は、道士の「導引」「練丹」を、静坐、座禅とともに「瞑想法」であると位置づけている(『気・修行・身体』P.112, 121) 「導引」をマインドフルネスとして、行法に集中して注意深く行うと、体への効果だけでなく心にもマインドフ
万病に効くといわれるスワイショウ(腕振り運動)は、「最低二、三百回、目標は千回」と私の習った気功の団体のテキストにある(古いテキストには一万回とある)。胃がんをスワイショウで治した関英男博士の著作 『グラビトニックス』 では毎朝2000回と述べられているようだ
サルトルのいう「私たちは皆、この状況に巻き込まれている」というアンガージュマン思想とは、すべての社会や状況と自己が、「歯車」のように相互にかみ合っている構造になっているという思考である。自己が社会や状況に 「歯車」 のように「巻き込まれている」 のである。
------------------------------------------------------------「主体性こそが真理であり、真理は主体性に存在する」キェルケゴールは「真理を発見する原動力は情熱であり、実存する全ての問題は情熱的なものである」ということを重視した。そしてこの情熱を備えた上で、た
フランクルは、過酷で凄まじい状況を乗り越えて生きていくためには、生きていくための「目的」が必要だと、主著『夜と霧』で述べている。ただ、人生の「究極的な意味」は、人間には知的には認識できないと、宗教哲学者ピンハス・ラピーデとの対談で述べている (『人生の意味
「音楽は、世界に魂を与え、精神に翼をあたえる。そして想像力に高揚を授け、あらゆるものに生命をさずける。」(プラトン)引用元: プラトンと音楽の名言<理想の教育>プラトンの上記の言葉の出典は『国家』。国家 - 岩波書店古代ギリシアの音楽 - Wikipedia
1970年にパリで開かれた集会で演説するサルトル。ノーベル文学賞だけでなく仏最高勲章「レジオンドヌール勲章」などあらゆる賞を辞退した。 Photo: Gamma Rapho / AFLOhttps://www.gqjapan.jp/culture/column/20161024/editors-letter-web05サルトルの最期の言葉。「世界は醜
地球温暖化問題を考えてみる。すべての人が、自分にはその問題に何となく責任がないと感じたら、地球温暖化は加速していく。ウクライナ戦争を考えてみる。すべての人が、自分にはその問題に責任などないと考えたら、ウクライナは敗戦し、世界の安全保障は悪化していく。つま
(2024.4.8 更新)道元の思想。身心脱落すれば、世界と「われ」は一つになる、「われ」は「宇宙の真理に溶け込んでしまう」(ひろさちや氏)。身心脱落すれば、世界と「われ」は一つになる、「われ」は世界に溶け込んでしまう。この「世界」は、大我、宇宙我といえよう。私は
『「サルトル」入門』 白井浩司著 P.208から抜粋。マルクス主義への傾斜 それぞれの時代において、すぐれた哲学というものは厳然として存在し、それを乗り越えることは不可能である、とサルトルはいい、現代の乗り越え不可能な哲学はマルクス主義であると断じます。これはか
「高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、私がここで申すまでもなく、諸君もわれわれも前から承知している生涯であります。すなわちこの世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の
『存在と時間 ハイデガー』(NHK 100分de名著 戸谷洋志著)の中から、ハンナ・アーレントの『存在と時間』における他者との関係性についての批判です。「存在と時間」のなかで論じられる孤独な人間、すなわち他者とのつながりから切り離され、「原子化された」 人間には、も
フランクルは、過酷で凄まじい状況を乗り越えて生きていくためには、生きていくための「目的」が必要だと、主著『夜と霧』で述べている。ただ、人生の「究極的な意味」は、人間には知的には認識できないと、宗教哲学者ピンハス・ラピーデとの対談で述べている (『人生の意味
「音楽は、世界に魂を与え、精神に翼をあたえる。そして想像力に高揚を授け、あらゆるものに生命をさずける。」(プラトン)引用元: プラトンと音楽の名言<理想の教育>プラトンの上記の言葉の出典は『国家』。国家 - 岩波書店古代ギリシアの音楽 - Wikipedia
1970年にパリで開かれた集会で演説するサルトル。ノーベル文学賞だけでなく仏最高勲章「レジオンドヌール勲章」などあらゆる賞を辞退した。 Photo: Gamma Rapho / AFLOhttps://www.gqjapan.jp/culture/column/20161024/editors-letter-web05サルトルの最期の言葉。「世界は醜
地球温暖化問題を考えてみる。すべての人が、自分にはその問題に何となく責任がないと感じたら、地球温暖化は加速していく。ウクライナ戦争を考えてみる。すべての人が、自分にはその問題に責任などないと考えたら、ウクライナは敗戦し、世界の安全保障は悪化していく。つま
(2024.4.8 更新)道元の思想。身心脱落すれば、世界と「われ」は一つになる、「われ」は「宇宙の真理に溶け込んでしまう」(ひろさちや氏)。身心脱落すれば、世界と「われ」は一つになる、「われ」は世界に溶け込んでしまう。この「世界」は、大我、宇宙我といえよう。私は
『「サルトル」入門』 白井浩司著 P.208から抜粋。マルクス主義への傾斜 それぞれの時代において、すぐれた哲学というものは厳然として存在し、それを乗り越えることは不可能である、とサルトルはいい、現代の乗り越え不可能な哲学はマルクス主義であると断じます。これはか
「高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、私がここで申すまでもなく、諸君もわれわれも前から承知している生涯であります。すなわちこの世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の
『存在と時間 ハイデガー』(NHK 100分de名著 戸谷洋志著)の中から、ハンナ・アーレントの『存在と時間』における他者との関係性についての批判です。「存在と時間」のなかで論じられる孤独な人間、すなわち他者とのつながりから切り離され、「原子化された」 人間には、も