中原中也ファンのブログです。
およそ80年前の東京の街を孤独な魂は歩いた。その日の魂に見合う詩(うた)を探して…。その歌は2013年の今、数々の文庫として書店の棚にある。ポケットに歌を! さあ、中原中也の魂と会いに出かけよう!
想像力の悲歌 恋を知らない街上(がいじょう)の笑い者なる爺(じい)やんは赤ちゃけた麦藁帽(むぎわらぼう)をアミダにかぶりハッハッハッ「夢魔(むま)」てえことがあるものか その日蝶々の落ちるのを夕の風がみていました 思いのほかでありました恋だけは――恋だけは (「新編中...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション28/或る夜の幻想(1・3)
或る夜の幻想(1・3) 1 彼女の部屋 彼女には美しい洋服箪笥(ようふくだんす)があったその箪笥はかわたれどきの色をしていた 彼女には書物や其(そ)の他(ほか)色々のものもあったが、どれもその箪笥(たんす)に比べては美しくもなかったので彼女の部屋には箪笥だけがあった ...
北沢風景 夕べが来ると僕は、台所の入口の敷居(しきい)の上で、使い残りのキャベツを軽く、鉋丁(ほうちょう)の腹で叩いてみたりするのだった。 台所の入口からは、北東の空が見られた。まだ昼の明りを残した空は、此処(ここ)台所から四五丁の彼方(かなた)に、すすきの叢(むら)があることも小川のあるこ...
幻 想 草には風が吹いていた。 出来たてのその郊外の駅の前には、地均機械(ローラー・エンジン)が放り出されてあった。そのそばにはアブラハム・リンカン氏が一人立っていて、手帳を出して何か書き付けている。(夕陽に背を向けて野の道を散歩することは淋しいことだ。)「リンカンさん」、私は彼に...
郵便局 私は今日郵便局のような、ガランとした所で遊んで来たい。それは今日のお午(ひる)からが小春日和(こはるびより)で、私が今欲しているものといったらみたところ冷たそうな、板の厚い卓子(テーブル)と、シガーだけであるから。おおそれから、最も単純なことを、毎日繰返している局員の横顔!――それをしばら...
倦 怠 へとへとの、わたしの肉体(からだ)よ、まだ、それでも希望があるというのか?(洗いざらした石の上(へ)に、今日も日が照る、午後の日射しよ!) 市民館の狭い空地(あきち)で、子供は遊ぶ、フットボールよ。子供のジャケツはひどく安物、それに夕陽はあたるのだ。 へとへとの、わ...
落 日 この街(まち)は、見知らぬ街ぞ、この郷(くに)は、見知らぬ郷ぞ 落日は、目に沁(し)み人はきょうもまた褐(かち)のかいなをふりまわし、ふりまわし、はたらきて、いるよなアー。 (「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)...
冬の長門峡 長門峡(ちょうもんきょう)に、水は流れてありにけり。寒い寒い日なりき。 われは料亭にありぬ。酒酌(く)みてありぬ。 われのほか別に、客とてもなかりけり。 水は、恰(あたか)も魂あるものの如(ごと)く、流れ流れてありにけり。 やがても密柑(みかん)の如き夕陽、...
或る男の肖像 1 洋行(ようこう)帰(がえ)りのその洒落者(しゃれもの)は、齢をとっても髪に緑の油をつけてた。 夜毎(よごと)喫茶店にあらわれて、其処(そこ)の主人と話している様はあわれげであった。 死んだと聞いてはいっそうあわれであった。 2 ――幻...
村の時計 村の大きな時計は、ひねもす動いていた その字板(じいた)のペンキはもう艶(つや)が消えていた 近寄ってみると、小さなひびが沢山にあるのだった それで夕陽が当ってさえが、おとなしい色をしていた 時を打つ前には、ぜいぜいと鳴った 字板が鳴るのか中の機械が鳴るの...
言葉なき歌 あれはとおいい処(ところ)にあるのだけれどおれは此処(ここ)で待っていなくてはならない此処は空気もかすかで蒼(あお)く葱(ねぎ)の根のように仄(ほの)かに淡(あわ)い 決して急いではならない此処で十分待っていなければならない処女(むすめ)の眼(め)のように遥(はる)かを...
蜻蛉に寄す あんまり晴れてる 秋の空赤い蜻蛉(とんぼ)が 飛んでいる淡(あわ)い夕陽を 浴びながら僕は野原に 立っている 遠くに工場の 煙突(えんとつ)が夕陽にかすんで みえている大きな溜息(ためいき) 一つついて僕は蹲(しゃが)んで 石を拾う その石くれの 冷たさが漸(...
蜻蛉に寄す あんまり晴れてる 秋の空赤い蜻蛉(とんぼ)が 飛んでいる淡(あわ)い夕陽を 浴びながら僕は野原に 立っている 遠くに工場の 煙突(えんとつ)が夕陽にかすんで みえている大きな溜息(ためいき) 一つついて僕は蹲(しゃが)んで 石を拾う その石くれの 冷たさが漸(...
独身者 石鹸箱(せっけんばこ)には秋風が吹き郊外と、市街を限る路(みち)の上には大原女(おはらめ)が一人歩いていた ――彼は独身者(どくしんもの)であった彼は極度の近眼であった彼はよそゆきを普段に着ていた判屋奉公(はんやぼうこう)したこともあった 今しも彼が湯屋(ゆや)から出て...
雪の賦 雪が降るとこのわたくしには、人生が、かなしくもうつくしいものに――憂愁(ゆうしゅう)にみちたものに、思えるのであった。 その雪は、中世の、暗いお城の塀にも降り、大高源吾(おおたかげんご)の頃にも降った…… 幾多(あまた)々々の孤児の手は、そのためにかじかんで、都会の夕べ...
雪の賦 雪が降るとこのわたくしには、人生が、かなしくもうつくしいものに――憂愁(ゆうしゅう)にみちたものに、思えるのであった。 その雪は、中世の、暗いお城の塀にも降り、大高源吾(おおたかげんご)の頃にも降った…… 幾多(あまた)々々の孤児の手は、そのためにかじかんで、都会の夕べ...
残 暑 畳の上に、寝ころぼう、蝿はブンブン 唸(うな)ってる畳ももはや 黄色くなったと今朝がた 誰かが云っていたっけ それやこれやと とりとめもなく僕の頭に 記憶は浮かび浮かぶがままに 浮かべているうちいつしか 僕は眠っていたのだ 覚めたのは 夕方ちかくまだ“かなかな″は...
思い出 お天気の日の、海の沖はなんと、あんなに綺麗なんだ!お天気の日の、海の沖はまるで、金や、銀ではないか 金や銀の沖の波に、ひかれひかれて、岬の端にやって来たれど金や銀はなおもとおのき、沖で光った。 岬の端には煉瓦工場が、工場の庭には煉瓦干されて、煉瓦干されて赫々(あか...
頑是ない歌 思えば遠く来たもんだ十二の冬のあの夕べ港の空に鳴り響いた汽笛(きてき)の湯気(ゆげ)は今いずこ 雲の間に月はいてそれな汽笛を耳にすると竦然(しょうぜん)として身をすくめ月はその時(とき)空にいた それから何年経ったことか汽笛の湯気を茫然(ぼうぜん)と眼で追いか...
中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション12/含 羞(はじらい)
含 羞(はじらい) ――在りし日の歌―― なにゆえに こころかくは羞(は)じらう秋 風白き日の山かげなりき椎(しい)の枯葉の落窪(おちくぼ)に幹々(みきみき)は いやにおとなび彳(た)ちいたり 枝々の 拱(く)みあわすあたりかなしげの空は死児等(しじら)の亡霊にみち...
いのちの声 もろもろの業、太陽のもとにては蒼ざめたるかな。 ――ソロモン 僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果(あきは)てた。あの幸福な、お調子者のジャズにもすっかり倦果てた。僕は雨上りの曇った空の下の鉄橋のように生きている。僕に押寄せているものは、何時(いつ)でもそれは寂漠(...
時こそ今は…… 時こそ今は花は香炉に打薫じ ボードレール時こそ今は花は香炉(こうろ)に打薫(うちくん)じ、そこはかとないけはいです。しおだる花や水の音や、家路をいそぐ人々や。いかに泰子(やすこ)、いまこそはしずかに一緒に、おりましょう。遠くの空を、飛ぶ鳥もいたいけな情(なさ)...
生い立ちの歌 Ⅰ 幼 年 時 私の上に降る雪は真綿(まわた)のようでありました 少 年 時 私の上に降る雪は霙(みぞれ)のようでありました 十七〜十九 私の上に降る雪は霰(あられ)のように散りました 二十〜二十二 私の...
秋 1 昨日まで燃えていた野が今日茫然として、曇った空の下につづく。一雨毎(ひとあめごと)に秋になるのだ、と人は云(い)う秋蝉(あきぜみ)は、もはやかしこに鳴いている、草の中の、ひともとの木の中に。 僕は煙草(たばこ)を喫(す)う。その煙が澱(よど)んだ空気の中をくねり...
わが喫煙 おまえのその、白い二本の脛(すね)が、 夕暮(ゆうぐれ)、港の町の寒い夕暮、にょきにょきと、ペエヴの上を歩むのだ。 店々に灯(ひ)がついて、灯がついて、私がそれをみながら歩いていると、 おまえが声をかけるのだ、どっかにはいって憩(やす)みましょうよと。 ...
盲目の秋 Ⅰ風が立ち、浪(なみ)が騒ぎ、 無限の前に腕を振る。その間(かん)、小さな紅(くれない)の花が見えはするが、 それもやがては潰(つぶ)れてしまう。風が立ち、浪が騒ぎ、 無限のまえに腕を振る。もう永遠に帰らないことを思って 酷薄(こくはく)な嘆息(たん...
春の思い出 摘み溜(た)めしれんげの華(はな)を 夕餉(ゆうげ)に帰る時刻となれば立迷う春の暮靄(ぼあい)の 土の上(へ)に叩きつけ いまひとたびは未練で眺め さりげなく手を拍(たた)きつつ路の上(へ)を走りてくれば (暮れのこる空よ!) わが家(や)へと入りてみれ...
夕 照 丘々は、胸に手を当て退(しりぞ)けり。落陽(らくよう)は、慈愛(じあい)の色の金のいろ。 原に草、鄙唄(ひなうた)うたい山に樹々(きぎ)、老いてつましき心ばせ。 かかる折(おり)しも我(われ)ありぬ少児(しょうに)に踏まれし貝の肉。 かかるおりしも剛直(ごう...
凄じき黄昏捲(ま)き起る、風も物憂(ものう)き頃(ころ)ながら、草は靡(なび)きぬ、我はみぬ、遐(とお)き昔の隼人等(はやとら)を。銀紙色の竹槍(たけやり)の、汀(みぎわ)に沿(そ)いて、つづきけり。――雑魚(ざこ)の心を俟(たの)みつつ。吹く風誘わず、地の上の敷(し)きある屍(かばね)――空...
黄 昏 渋った仄暗(ほのぐら)い池の面(おもて)で、寄り合った蓮(はす)の葉が揺れる。蓮の葉は、図太いのでこそこそとしか音をたてない。 音をたてると私の心が揺れる、目が薄明るい地平線を逐(お)う……黒々と山がのぞきかかるばっかりだ――失われたものはかえって来ない。 なにが悲...
春の日の夕暮 トタンがセンベイ食べて春の日の夕暮は穏かですアンダースローされた灰が蒼ざめて春の日の夕暮は静かです 吁(ああ)! 案山子(かかし)はないか――あるまい馬嘶(いなな)くか――嘶きもしまいただただ月の光のヌメランとするままに従順なのは 春の日の夕暮か ポトホトと...
春と恋人 美しい扉の親しさに私が室(へや)で遊んでいる時、私にかまわず実ってた新しい桃があったのだ…… 街の中から見える丘、丘に建ってたオベリスク、春には私に桂水くれた丘に建ってたオベリスク……蜆(しじみ)や鰯(いわし)を商(あきな)う路次のびしょ濡れの土が歌っている時、か...
春の消息生きているのは喜びなのか生きているのは悲みなのかどうやら僕には分らなんだが僕は街なぞ歩いていました店舗(てんぽ)々々に朝陽はあたって淡い可愛いい物々の蔭影(かげ)僕はそれでも元気はなかったどうやら 足引摺(ひきず)って歩いていました 生きているのは喜びなのか 生きているの...
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