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2009/04/07

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  • 西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その5。茶どころ通り。豊岡街道。霞川。金子駅。(「都県境を探ってみる」。第11回目)

    都県境になっている茶畑内の農道を歩きます。入間市側の茶畑。青梅市側の茶畑。「茶どころ通り」を横切ります。昭和61年、市制施行20周年記念事業の一環として市民より愛称の募集を行い、「茶どころ通り」と名づけられました。一面の茶畑の中を続くこの道からは、冬の真っ白な富士山、奥多摩、丹沢の山並みが展望でき、空の広さを感じさせます。(「」HPより)茶どころ通りは、茶畑の中を通る約6キロメートルの一本道。(「入間市観光協会」HPより)今回歩いたところは、西のはずれに当たります。集落に近づきます。左手、茶畑内に都県境。左に「東京都水道局北部中継ポンプ場」。その施設の東の小川が都県境になっています。この先の集落が東京都と埼玉県になります。この住宅地は、入間市木蓮寺地区。都県境になっている道。右が青梅市、左が入間市。この先...西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その5。茶どころ通り。豊岡街道。霞川。金子駅。(「都県境を探ってみる」。第11回目)

  • 西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その4。牧場。圏央道。狭山丘陵・茶畑。(「都県境を探ってみる」。第11回目)

    「青梅市自立センター就労支援事業所」の前の道を西に向かいます。青梅市自立センター就労支援事業所関係する法律に基づき、原則として18歳以上で雇用されることの困難な障害者の方に対して、社会生活に必要な支援および訓練を行い、就労に結びつけることを目的とします。就労支援事業所にあっては、就労移行支援と就労継続支援(B型)の二つを兼ね備えた多機能型とし、それぞれの事業にあった内容で進めていきます。(「」HPより)※昨年春、この施設ではありませんが、青梅市内の「自立支援施設(青梅市新町3丁目)」で、職員による日常的な暴力・虐待があり、入所者(当時30)が死亡したことが報道されました。右手の道を進むと、都県境になるようですが、この先に、牧場があります。正面にある「圏央道」の方向に進みます。「青梅スタジアム」。そこを左折...西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その4。牧場。圏央道。狭山丘陵・茶畑。(「都県境を探ってみる」。第11回目)

  • 西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その3。腰を屈んで通ったトンネル。八高線。瑞穂町から青梅市に。(「都県境を探ってみる」。第11回目)

    この道が都県境。来た道を振り返る。左が埼玉県入間市、右が東京都瑞穂町。「埼玉県入間市大字寺林字表山」。都県境は、正面のゴルフ場方向へ。頭上には相変わらず飛行機の騒音が。左に折れて進みます。ゴルフ場の縁が都県境のようです。奥がゴルフ場。栗原新田交差点。ここを右折します。右手奥に都県境。JR八高線の手前、龍泉寺脇の道を入ると、ゴルフ場からの都県境の道に。壁沿いの道。都県境になっている細道。左に進むと、八高線をくぐり抜けるトンネルが現れます。屈んで歩くしかない、きわめて天井の低いトンネル。頭上が八高線。振り返る。都県境歩きでは貴重な体験をします。八高線、飯能方面に行く電車が通過中。抜けると、畑が広がります。雑木林や竹が続く道。農作業の道なのでしょうか?轍の跡が。都県境は、この先、南西に折れ、すぐ鋭角で北西に進み...西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その3。腰を屈んで通ったトンネル。八高線。瑞穂町から青梅市に。(「都県境を探ってみる」。第11回目)

  • 西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その2。三州瓦。日光街道。二本木上宿の道標。頭上の飛行機。(「都県境を探ってみる」。第11回目)

    「国道16号線」の手前に、瓦屋さん。鬼瓦。小学生の頃、家の近所に大きな瓦製造業がありました。社会科見学で訪問したことがありますが、今ではどこにあったかも定かではありません。瑞穂町大字駒形富士山88。三州瓦(さんしゅうがわら)愛知県(旧・三河国)で生産されている粘土瓦。石州瓦、淡路瓦と並ぶ「日本三大瓦」の一つ。現在は西三河が生産の中心となっているが、20世紀半ばまでは東三河でも生産が盛んであった。三州瓦の日本国内シェアはトップであり、日本の年間瓦生産総数の約60%を占めている。良質の三河粘土が産出され、東日本の需要地に近いという利点もあって、全国の瓦に占める三州瓦のシェアは1965年(昭和40年)の24.5%から1980年(昭和55年)には34.4%、1995年(平成7年)には47.9%まで上昇している。三...西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その2。三州瓦。日光街道。二本木上宿の道標。頭上の飛行機。(「都県境を探ってみる」。第11回目)

  • 西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その1。入間市宮寺。めだか屋。不老川。(「都県境を探ってみる」。第11回目)

    1月21日(土)。晴れ。今回は、西武線「小手指駅」から西武バスに乗り、終点の「宮寺西」から歩き始めます。○が「宮寺西」バス停付近。左の大きい道路は「国道16号線」。西に向かって進みます。狭山丘陵から西、平地をジグザクに進んだ都県境と、この付近で合流します。入間市宮寺。この右手奥が都県境。「めだか屋」(入間市宮寺)。(「」HPより)大岳山が正面遠くに(↓)。茶畑の向こうに富士山(↓)。左手は、東京都瑞穂町。右は、入間市。不老川。上流方向。下流方向。不老川(としとらずがわ、ふろうがわ)東京都及び埼玉県の主に武蔵野台地上を流れる一級河川。荒川水系新河岸川の支流である。東京都西多摩郡瑞穂町の狭山池の伏流水が水源とされる。瑞穂町二本木の国道16号付近に水路が見られる。そこから北東へ向かって流れ、埼玉県入間市宮寺と藤...西武バス「宮寺西」~JR八高線「金子駅」。その1。入間市宮寺。めだか屋。不老川。(「都県境を探ってみる」。第11回目)

  • 「向島百花園」。冬牡丹・「長恨歌」。冬至梅・唐梅。八重・一重寒紅。まゆみ(檀)。さるすべり(百日紅)。・・・、そしてユリカモメ。

    「向島百花園」。入口に紅白の冬牡丹。牡丹:別名は「富貴草」「富貴花」「百花王」「花王」「花神」「花中の王」「百花の王」「天香国色」「名取草」「深見草」「二十日草(廿日草)」「忘れ草」「鎧草」「ぼうたん」「ぼうたんぐさ」など多数。原産地は中国西北部。花を観賞するために栽培されている。・・・。元は薬用として利用されていたが、盛唐期以降、牡丹の花が「花の王」として他のどの花よりも愛好されるようになった。たとえば、『松窓雑録』によれば、玄宗の頃に初めて牡丹が愛でられるようになったものの、当時は「木芍薬」と呼ばれていたと記載される。また、隋の煬帝や初唐の則天武后が牡丹を愛でたという故事がある。ただし郭紹林はこれらの故事を慎重に検討し、虚構であると結論づけている。清代以降、1929年までは中国の国花であったとされるこ...「向島百花園」。冬牡丹・「長恨歌」。冬至梅・唐梅。八重・一重寒紅。まゆみ(檀)。さるすべり(百日紅)。・・・、そしてユリカモメ。

  • やんちゃなソウタ。落ち着いたアンズ。いつも取っ組み合いをし、逃げ足の速さに負けるソウタ。

    朝のひととき。そっぽを向くアンズ。遊ぼうよ、というソウタ。アンズに無理矢理近づくと、サッと逃げるアンズ。ある日の夕方。箪笥の上に。下のテレビ台に。それでも、コタツの中では仲良く寝ている時も。一安心。ソウタ。目線が合うと、猫じゃらし持参の上で、遊んで、と。ソウタの七つ道具の一つ。一人遊びも得意。今度は、ジジ。結局、飽きて、本人は、ベッドの上で毛繕い。そして、スヤスヤ。アンズは、コタツの中で、ゆっくりと(寝ています)。起き出してくると、かみさんにはえらくなついていて、気付くと、肩まで飛び乗ったり、足もとにじゃれついています。悔しいくらい。二人は、家族とのバランスをうまくとっているようです。やんちゃなソウタ。落ち着いたアンズ。いつも取っ組み合いをし、逃げ足の速さに負けるソウタ。

  • 1月20日。「大寒」。南天・鰤・出世魚。寒仕込み。近年にない寒波が日本列島を覆うようですが。

    今日は、二十四節気の最終節「大寒」。寒さが最も厳しくなるころ。『暦便覧』では「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と説明している。寒(小寒-立春前日)の中日で、一年で最も寒い時期である。七十二侯だと、この日から、二十四節気の始まり「立春」(2月4日)の前日まで。・初侯 1月20日〜1月24日頃款冬華ふきのはなさく凍てついた地面に蕗の花が咲き始める頃。地面には雪が積もり、強い寒さが襲ってくる時期ですが、草花は春に向けて着実に動き出しています。・次侯 1月25日〜1月29日頃水沢腹堅さわみずこおりつめる沢の水が氷となり、厚く張りつめる頃。この時期に、一年での最低気温の記録がでることが多く、氷点下に達する地域も多くみられます。・末侯 1月30日〜2月3日頃鶏始乳にわとりはじめてとやにつく鶏が春の気を感じ、た...1月20日。「大寒」。南天・鰤・出世魚。寒仕込み。近年にない寒波が日本列島を覆うようですが。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。番外編。青梅街道・日光街道。箱根ヶ崎。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

    青梅街道に出ました。昔のままの青梅街道着色したこの街道は、昭和の初めまで青梅街道として人々の行き交う生活道路でありました。道路の幅は4.5㍍(2間半)で、今では青梅街道の、昔の姿を止める唯一の道の道です。村の頃、青梅から村に入った街道は、南北に走る日光街道に突き当たって右折し、50㍍ばかり進んだところで左折して東に向かっています。この方向には石畑や殿ヶ谷の村落が控えているので、下街道と名付けていたのです。・・・昭和初期から始まった道路整備の大工事で、青梅街道は日光街道と交差し、真っ直ぐこの時計台の所まで抜け、新道を完成させているのです。そこで、青梅街道歩きの時の記録。箱根ヶ崎に入る手前から再掲。「箱根ヶ崎」に向かって進みます。この付近の今昔。1880年代のようす。「至函根崎村道」が旧道か。流れは「残堀川」...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。番外編。青梅街道・日光街道。箱根ヶ崎。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その8。六道の辻。遺跡広場。瑞穂町マンホール。残堀川。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

    瑞穂町の住宅地に向かいます。「狭山湖堰堤から7.0㎞」。富士山が意外に近くに。「出会いの辻」へ。案内板。庚申塔。「六道庚申塚」と「六道の辻」解説板。この庚申塚は、江戸時代後期の文化10年癸酉(1813年)に武州多摩郡石畑村下組(瑞穂町石畑地区)の人々によって建立されたものです。・・・当時この場所は、旧石畑村と隣村との境界にあたり、村境の「サエの神」(守り神)を祀るのにふさわしいところでした。また、この場所は古くからの交通の要衝で、幾筋もの道が開かれ交差しています。・・・ここは昔から「六道の辻」と呼ばれていました。「六道山」の名称も、これに由来します。・・・当初、庚申塔の脇には榎が植えられ茂っていましたが枯死し、現在はその後植えられた二代目の榎が大きく茂っています。坂下に「瑞穂農芸高」が。「遺跡広場」解説板...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その8。六道の辻。遺跡広場。瑞穂町マンホール。残堀川。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その7。三方入(御判立)ゲート・御判立。瑞穂町。六道山公園展望台。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

    しばらく進むと、「三方入(御判立)ゲート」。解説板。御判立(ごはんだて)この場所は、諸説ありますが、昔、村と村とを往来する幹線道路の要所で、江戸時代三ツ木村と勝楽寺村の境目の目印が立てられていたそうです。また、武蔵村山市史によると役所からの連絡などを掲示する場所として定められ、それを守る番小屋があったとも伝えられています。ここから都県境は、北に向かうため、探索出来ず。散策路のこの先、歩く道は、都県境の道ではなく、右は、東京都瑞穂町、左は、武蔵村山市になります。来た道を振り返る。右が瑞穂町、左が武蔵村山市。右が「瑞穂町大字畑・・」。左に行くと、「赤坂」。右は水源用地(立入禁止)。左は、奥深い森。猿久保にある案内板。→が「都県境」。けっこう急で深い谷。うち捨てられ、朽ち果てた車。ここまで持ってくる(乗ってくる...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その7。三方入(御判立)ゲート・御判立。瑞穂町。六道山公園展望台。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その6。野山北・六道山公園。冒険の森。谷戸への道。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

    「村山温泉かたくりの湯」バス停から再開。狭山丘陵一帯には、5つの都立公園があります。都県境にもなっている「狭山公園」「八国山公園」とたどってきました。ここからは、「野山北・六道山公園」。野山北・六道山公園は、首都圏に残された「緑の島」都立狭山自然公園の西端にあり、雑木林と谷戸(丘陵に切れ込んだ谷間)の組合せによって、豊かな自然が残された都立で最大の都市公園です。カタクリの群生地やホタルの生息地、里山民家や岸たんぼといった、貴重な里山の風景が広がっており、里山の生活や文化を体験できるほか、ハイキングや野鳥観察、森遊びなど様々な楽しみ方ができる公園となっています。(この項、「」HPより)「冒険の森」脇の山道を進み、尾根道へ。※尾根道の途中「御判立」までが都県境。右手の道を進む。尾根道の途中までが、都県境になっ...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その6。野山北・六道山公園。冒険の森。谷戸への道。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

  • ある日のソウタ。現在、体重5.2㎏。好奇心旺盛。アンズは、マイペース。

    人なつこいソウタ。かまって欲しい。パソコンをやっていると、ドッサリと座り込む。と、テレビの向こうが気になるのか。何にもないや。重たいので、しなっている。何やっているの?TVをチラッと見て、つまらないや。アンズに近寄ってきて、何かあるの、この下に、と。2人の関係は、微妙です。そして、ソウタは別の興味に。アンズは、コタツの中に入りこむ。宅配便が届くと、空箱にスッポリ。箱の中から。箱から出て。再び箱の中に。縦になっても、姿を隠したまま。ある日のソウタ。現在、体重5.2㎏。好奇心旺盛。アンズは、マイペース。

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その5。藤棚の休憩広場。かぶと橋。武蔵村山市役所。「かたくりの湯」へ。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

    多摩湖通り」に沿った道を進むと、右手に「藤棚の休憩広場」。来た道を振り返る。この付近で、都県境は西へ進み、狭山丘陵の中に入り、野山北・六道山公園の尾根づたいになります。そこまでの道は歩けないので、「多摩湖通り」から分かれ、右の道を進みます。「かぶと橋」「武蔵野の森」。頭上にカブトムシのモニュメント。振り返る。「境界点標示東京都」。尾根道(都県境)直下にある「村山温泉かたくりの湯」方面に進まず、そのまま坂を下ってしまいます。すぐ、住宅地へ。来た道を振り返る。住宅地の坂道を下る。武蔵村山市のマンホール。中央に市章、下に「ひがしむらやま」。亀甲模様?武蔵村山市全図。「石橋供養塔」。近くを流れる「空堀川」に関係するものか?青梅街道へ。武蔵村山市役所。ここまで順調に着きました。まだお昼前。さてどうしたものか?運良く...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その5。藤棚の休憩広場。かぶと橋。武蔵村山市役所。「かたくりの湯」へ。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その4。狭山湖(山口貯水池)。こなら橋。・・・くぬぎ橋。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

    狭山湖(山口貯水池)に向かう道路。狭山湖(山口貯水池)は、ここからは望むことは出来ません。狭山湖(山口貯水池)埼玉県の南中部に位置する所沢市と入間市の境界にまたがり、東京都の水がめとして昭和9年に完成した人造湖で、正式名称は「山口貯水池」です。周辺は県立狭山自然公園になっており、春はソメイヨシノやヤマザクラなどの2万本もの桜、秋は紅葉、湖面に映る木々や富士山、さらにバードウォッチングなども楽しめます。四季の美しい情景は、埼玉の「自然百選」や「ダム湖百選」に選ばれています。(「埼玉県公式観光サイト」より)狭山湖の歴史狭山湖(山口貯水池)は、はじめから湖だったのではないことを知っていましたか?市内を流れる柳瀬川の上流をせき止めて作られた人造湖(じんぞうこ)なのです。そもそも、狭山湖の底には勝楽寺村(しょうらく...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その4。狭山湖(山口貯水池)。こなら橋。・・・くぬぎ橋。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その3。こぶし橋、・・・。多摩湖橋。慶性門・ダイダラボッチ像。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

    多摩湖(村山貯水池)の岸辺は入り江のように入り組んでいるので、この先、けっこうたくさんの橋が出てきます。※多摩湖(村山貯水池)完成当初は多摩川の水を羽村取水堰で取り入れ、導水管にて村山貯水池に導いて貯水し、ここから境浄水場へ導水して浄水処理を行い、和田堀浄水池・淀橋浄水場を経て東京市内へ給水された。淀橋浄水場が東村山浄水場に統合されて以後は、村山貯水池-東村山浄水場-境浄水場-和田堀浄水池を経由する。また、第一村山線と第二村山線で東村山浄水場及び境浄水場に原水を送水するが、バックアップ用として東村山浄水場経由で朝霞浄水場及び三園浄水場にも送水することがある。「こぶし橋」。ただ水面は見えません。周辺の木々になぞらえて付された橋の名のようですが。それにふさわしい絵柄。伐採した木がたくさん。右手に長屋門が見えて...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その3。こぶし橋、・・・。多摩湖橋。慶性門・ダイダラボッチ像。(「都県境を探ってみる」。第10回目)

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その2。「夕陽館」。多摩湖自転車歩行者道。西武山口線。「西武球場」。(「都県境を探ってみる。第10回目)

    「遊園地」内に劇場風の建物。「夕陽館」。「ゴジラ・ザ・ライド大怪獣頂上決戦」というアトラクションをやっているらしい。昭和時代のようなノスタルジックな雰囲気作りの「ゆうえんち」。右には、西武球場に向かう「西武山口線」。元々は1950年(昭和25年)に開業した多摩湖ホテル前駅とユネスコ村駅を結ぶ単線「おとぎ線」を走る、「おとぎ電車」という名称の遊戯施設で軌間762mmの「軽便鉄道」だった。1952年(昭和27年)に「おとぎ線」を地方鉄道法に基づく地方鉄道に転換し「山口線」と改称したが、「おとぎ電車」の名はその後も用いられた。運賃は西武鉄道の他の一般鉄道路線とは別建てで大人片道200円、子供片道100円で営業時間は9:30から17:30まで。当初は蓄電池機関車(バッテリーロコ)だけだったが、1972年(昭和47...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その2。「夕陽館」。多摩湖自転車歩行者道。西武山口線。「西武球場」。(「都県境を探ってみる。第10回目)

  • 西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その1。多摩湖駅。多摩湖・村山貯水池。(「都県境を探ってみる。第10回目)

    「西武園駅」。下車した中高年の男性が次々と向かう先は、右手にある「西武園競輪場(場外)」。それを横目に見ながら先に進みます。この付近からは、この道路が都県境になっています。右が埼玉県所沢市、左が東京都東村山市ですが、この先で、東大和市になります。。右に「西武園ゆうえんち」。眼下に西武線「多摩湖駅」。駅周辺には、住宅地が広がっています。(「Wikipedia」より)村山貯水池・多摩湖周辺の鉄道の変遷。そういえば、少年時代、「ユネスコ村」に来たことがあります。「狭山公園」。「排水路トンネル」。トンネルの向こうに、「多摩湖・村山貯水池」。新東京百景、東やまと20景として東大和市のシンボルとなっている多摩湖は、桜と紅葉の名所として知られ、憩いの場として親しまれています。大正5年から昭和2年の間に建設され、水没移転...西武線「西武園駅」~JR八高線「箱根ヶ崎駅」。その1。多摩湖駅。多摩湖・村山貯水池。(「都県境を探ってみる。第10回目)

  • 「小寒」・1月6日。そして、明日は、久々の雪模様? のはずでしたが・・・。

    写真は、昨年1月6日のものを再掲。今日、1月6日(金)は二十四節気のうち、「小寒」。♪おおさむこさむ山から小僧が泣いてきた※この「泣いてきた」の歌詞については、「やってきた」、「飛んできた」など、微妙に異なる歌われ方が存在するようです。また、お天気用語では、「大寒」、「小寒」は、「だいかん」「しょうかん」と読みます。さて、少し前までは、「ことによると、6日夜から7日朝にかけて、雪模様に」という予報でしたが、むしろ晴れが続き、「乾燥注意報」が出るくらい。そして、来週は、初春のようなお天気になる、とか。・・・さて、「小寒」は、冬至から数えて15日目頃、冬至と「大寒」の中間。いわゆる「寒の入り」となるわけです。そして、小寒から節分までの30日間を「寒の内」といい、これから冬本番を迎えます。剣道や柔道などの「寒稽...「小寒」・1月6日。そして、明日は、久々の雪模様?のはずでしたが・・・。

  • 向島百花園。献上七草籠・子規縁の七草籠。そして、桜橋。ユリカモメ。

    1月4日。晴れ。穏やかな日より。今年最初の向島百花園。三々五々連れ立っての人々。それぞれの歩調の一歩初明り令和5年。「癸卯(みずのとう)」の年。献上七草籠。正岡子規ゆかりの七草籠こちらの七草籠は正岡子規著の「墨汁一滴」に書かれた、伊藤左千夫が正岡子規に届けた七草籠を基に作成したものです。病床の子規のために、「ほとけのざ」の名前は縁起が悪いため「かめのざ」に変えた木札を立て、赤いカブを仕立てた七草籠を贈りました。あら玉の年のはじめの七くさを籠に植ゑて来し病めるわがためスカイツリー。元旦。孫達は、最上階の展望台まで上がった、とか。今年は、「梅祭り」も開催できそうな。隅田川に架かる「桜橋」へ。台東区側の「桜橋船着場」にユリカモメの群れ。鳩も一緒に。オオバン?川面に。スカイツリー。両国橋花火の賑わい。テラスには、...向島百花園。献上七草籠・子規縁の七草籠。そして、桜橋。ユリカモメ。

  • 西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その6。「都立八国山緑地」その3。サルノコシカケ。コナラやクヌギ。西の入口広場。西武園駅。(「都県境を探ってみる。第9回目)

    「八国山緑地」歩きの続き。「サルノコシカケ」が。一般に、「猿の腰掛け」の名の通り、樹木の幹に無柄で半月状の子実体を生じるものが多いが、背着生のものや、柄とかさとを備えるものもある。子実体は一般に堅くて丈夫(木質・コルク質・革質など)であるが、一部には柔らかな肉質のものもある。胞子を形成する子実層托は典型的には管孔状をなしているが、迷路状・ひだ状・鋸歯状などをなすこともあり、一つの種の中でも、子実体の生長段階の別、あるいは子実体の発生環境の影響などによって種々に変形することが多い。(「Wikipedia」)より)穏やかな日差し。所沢市方面。境界標。珍しく花が。ヤツデ。所沢市側は崖状になっています。急坂。コナラやクヌギなどの雑木林の森。周辺の地図。下が北。右に、あとわずかで。西の出発点。振り返る。「西の入口広...西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その6。「都立八国山緑地」その3。サルノコシカケ。コナラやクヌギ。西の入口広場。西武園駅。(「都県境を探ってみる。第9回目)

  • 「今半おせち」。「幻」・「九平次」、・・・。(我が家の元旦。)

    明けましておめでとうございます。今年のおせちは、「今半」。それぞれ美味しく食べました。他にもあれこれ、料理が。息子や娘、孫達が勢揃いの一日でした。じいさん達は、お酒三昧。かくして1年の始まり。左は、「誠鏡純米大吟醸幻」(赤箱入り)。日本酒やウイスキー、ワインに・・・。それぞれが楽しんでいます。「上㐂元(上機嫌)」。「醸し人九平次」。中央のお酒。「SHIRONEKO」。まるで「利き酒の会」のごとし。ソウタが大興奮。飛び回り、駆けずり回り、グラスの置いてある皿に乗かって、いくつものグラスを割ってしまったのが、ハプニング。その後、ご本人は、半日、殊勝にしていました(?)。「今半おせち」。「幻」・「九平次」、・・・。(我が家の元旦。)

  • 西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その5。「都立八国山緑地」その2。あおぞら広場・ほっこり広場。尾根道。そして、我が家のネコ達。良いお年を!(「都県境を探ってみる。第9回目)

    所沢市側は都県境直下まで家並みがあります。広場に出てきました。眼下に東村山市の家並み。「あおぞら広場」。犬を連れ、散歩する女性。東南に市街地が広がります。ベンチで小休止し、西のゴール目指して、眼下に、ほっこり広場。右は、所沢市側。尾根伝いにのんびりと。振り返る。ということで、今年のブログも、終わり。皆さん、良いお年を。ソウタ。アンズ。仲良く新年を。西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その5。「都立八国山緑地」その2。あおぞら広場・ほっこり広場。尾根道。そして、我が家のネコ達。良いお年を!(「都県境を探ってみる。第9回目)

  • 西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その4。「都立八国山緑地」。都県境を歩く道。将軍塚。(「都県境を探ってみる。第9回目)

    今回、一番楽しみにしていたところ。「都立八国山緑地」案内図。八国山は標高89.4メートルの狭山丘陵の東端にある山です。その頂きから上野(かみつけ)・下野(しもつけ)・常陸(ひたち)・安房(あわ)・相模(さがみ)・駿河(するが)・信濃(しなの)・甲斐(かい)の八国が見渡せることから、その名が付いたとされています。新田義貞(にったよしさだ)鎌倉討伐や武蔵野合戦などが行なわれた場所で、山のふもとには久米川古戦場碑があり、山頂には将軍塚が残されています。(「」HPより)たどる道が、都県境(緑地の北限)になっています。「八国山緑地」東側。(「歴史的農業環境閲覧システム」より)「同」西側。明治以来、都県境に変化はほぼありません。丘陵を南北に通じる道が鎌倉街道。(「今昔マップ」より)振り返る。所沢市松が丘1丁目付近。右...西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その4。「都立八国山緑地」。都県境を歩く道。将軍塚。(「都県境を探ってみる。第9回目)

  • 西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その3。柳瀬橋・二柳橋・二瀬橋・勝陣場橋。いよいよ「八国山緑地」へ。(「都県境を探ってみる。第9回目)

    都県境は、まだまだ旧所沢街道を越えて南西に進みますが、道が不明なところもあり、柳瀬川の右岸(東村山市)を歩くことに。「柳瀬橋」(旧所沢街道)。柳瀬川(上流)。「二柳橋」から。対岸は、埼玉県所沢市。現所沢街道。この付近で都県境は、柳瀬川に。ポリオ研究所(株式会社BIKEN)東京事業所―ポリオワクチンの研究及び製造拠点―。(東村山市久米川)西武線新宿線をくぐります。二瀬橋交差点。対岸は、所沢市久米。「二瀬橋」が架かる柳瀬川が都県境。東村山市マンホール。市章と市の木ツツジのデザイン。「勝陣場橋」からの柳瀬川。下流方向。※「勝場橋(かつじんばばし)」。戦いに勝利した新田軍が通ったとも、陣を置いた場所とも言われる。この他にも、新田軍が勢揃いしたといわれる「勢揃橋(せいぞろいはし)」、「誓詞橋(せいじがはし)」=幕府...西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その3。柳瀬橋・二柳橋・二瀬橋・勝陣場橋。いよいよ「八国山緑地」へ。(「都県境を探ってみる。第9回目)

  • 西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その2。秋水園・とんぼ工房。「光あまねし」碑。柊(ひいらぎ)の生垣。(「都県境を探ってみる。第9回目)

    秋水園。ごみ焼却施設、リサイクルセンター、し尿希釈投入施設、とんぼ工房、グランド。さらに、ふれあいセンターが併設されています。※「秋水園ふれあいセンター」秋水園周辺住民の交流を促進し、地域社会の発展と文化の向上、及び地域住民の福祉の増進を図ると共に、資源が循環して利用されるまちづくりを目的とします。(「」HPより)とんぼ工房。秋水園には、皆さんの家から出された家具などの粗大ごみが日々運び込まれていますが、その中には修理をすればまだ使えるものや、少しの工夫で活用できるものがたくさんあります。とんぼ工房は、それらのそのまま「ごみ」として処分してしまっては「もったいない」ものに手を加え、再生できる家具等の修理・廃材の再利用を行なう施設です。運営団体である「とんぼサポーター2」が、廃材を使った木工品の製作を行って...西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その2。秋水園・とんぼ工房。「光あまねし」碑。柊(ひいらぎ)の生垣。(「都県境を探ってみる。第9回目)

  • 西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その1。東村山市・所沢市マンホール。松戸橋・安松町会。淵の森緑地・トトロの森。(「都県境を探ってみる。第9回目)

    12月25日(日)快晴。風もあまりなく、穏やかなお天気。日本海側、北日本の人たちには申し訳ないほど。秋津駅に10時頃到着。最近は、最寄りの交通機関の関係(特に鉄道)で距離を伸ばせません。ますます軟弱に。所沢の観光案内板。歩く道は、図の下の方、所沢市と東京都東村山市と境。都内は、真っ白になっています。左は東村山市、右が所沢市。東村山市のマンホール。図柄は村山貯水池の取水塔。村山貯水池(多摩湖)の所在地は東大和市。それが、東村山市のマンホール蓋に描かれているのか?ここで取水した水が東村山市にある「村山浄水場」に送水されるということから。中央下に「ヒ」と「ム」をハトの形に図案化した市章がある。所沢市のマンホール。中央に、ヤマノイモ科の多年生つる草の「野老(ところ)」の葉を図案化し、周りをカタカナの「ワ」3つで囲...西武線「秋津駅」~「西武園駅」。その1。東村山市・所沢市マンホール。松戸橋・安松町会。淵の森緑地・トトロの森。(「都県境を探ってみる。第9回目)

  • 武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その5。柳瀬川・空堀川。カワセミ。秋津駅。(「都県境を探ってみる。第8回目)

    都県境になる「柳瀬川」に向かおうとしましたが、「明治薬科大」のキャンパスが広がり、近づけません。東門。柳瀬川。しかし、行き止まりです。しかたがなく、空堀川沿いに「秋津駅」まで向かうことにします。川を眺めている方が、「ほら、あそこにカワセミが」と。カワセミ(○)。→のところにも。カワセミ(翡翆、魚狗、川蟬)ブッポウソウ目カワセミ科カワセミ属に属する鳥。水辺に生息する小鳥。鮮やかな水色の体と長いくちばしが特徴。ヒスイ、青い宝石、古くはソニドリと呼ばれることもある。全長は17cmほどで、長いくちばしのため体はスズメほどの大きさ。日本のカワセミ科のなかでは最小種となる。くちばしが長くて、頭が大きく、頸、尾、足は短い。オスのくちばしは黒いが、メスは下のくちばしが赤いのでオスと区別できる。また、若干メスよりオスの方が...武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その5。柳瀬川・空堀川。カワセミ。秋津駅。(「都県境を探ってみる。第8回目)

  • 武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その4。柳瀬川を遡る。清瀬橋。旧川合流地点。空堀川。(都県境を探る。第8回目。)

    松柳橋。柳瀬川をはさんで、所沢市下安松を結ぶ人道橋。上流を望む。下流を望む。所沢市下安松地区。ここで、再び清瀬市に。都県境の道路。左が所沢市、右が清瀬市。塗りつぶしたエリアが所沢市に。柳瀬川回廊案内板。「清瀬橋」に。旧川合流地点の公園。清瀬中里緑地保全地域(C地区)への木道。旧川合流地点解説板。旧柳瀬川と旧空堀川の合流地点。現在の柳瀬川と旧柳瀬川。境橋。対岸の所沢市下安松地区を望む。くるまや橋。柳瀬川。空堀川沿いに進んで、石田橋を渡って都県境の柳瀬川に向かう予定。空堀川。空堀川東京都武蔵村山市本町の市立野山北公園域内、若しくは都立野山北・六道山公園域内の丘陵に源を発する。概ね東へ流れ、東大和市高木で奈良橋川が合流する。そして清瀬市中里の小金井街道清瀬橋付近で柳瀬川に合流する。天保11年(1840年)の麁絵...武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その4。柳瀬川を遡る。清瀬橋。旧川合流地点。空堀川。(都県境を探る。第8回目。)

  • ソウタ。好奇心旺盛な、獲物狩り好きな、・・・一人飛び回っています。

    獲物を見せに。さっさと放り出して、今度は、なんだこれは?階段に上がって。放り投げて、気がついたら、水飲みの皿の中に落としていました。ふやけてしまったパン(のおもちゃ)。年賀状の印刷を始めると、プリンタに興味津々。くわえようとのぞき込む。以前に比べて格段に少なくなった年賀状。今回もあっという間に印刷終わり!ソウタ。好奇心旺盛な、獲物狩り好きな、・・・一人飛び回っています。

  • 武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その3。柳瀬川を遡る。金山橋。清瀬金山緑地公園。所沢市下安松。(都県境を探る。第8回目。)

    柳瀬川は、護岸工事、河川改修が進み、流れもきれい。川沿いに遊歩道も整備されています。振り返る。対岸の向こうには、武蔵野線が。釣り人の姿も。ところどころに人工的に段差などが設置され、流れに変化が生まれる。洪水防止でしょうが、工夫があります。m桜並木の下を進む。花見の時期には、さぞかし賑わうことでしょう。この先、対岸の向こう、「清瀬金山調節池」から金山橋をはさんで、「清瀬金山緑地公園」まで、大きく回り込むように清瀬市エリアが広がります。※柳瀬川右岸を歩いたため、この二つは、訪問していません。「清瀬金山調節池バードウォッチング」。「清瀬金山緑地公園」。(いずれも「Wikipedia」より拝借)対岸は、「清瀬金山調節池」付近。前方に「金山橋」が見えてきます。金山橋下から「清瀬金山緑地公園」を望む。振り返る。対岸右...武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その3。柳瀬川を遡る。金山橋。清瀬金山緑地公園。所沢市下安松。(都県境を探る。第8回目。)

  • 冬至。冬来たりなば、春遠からじ。我が家のネコたちは、・・・。

    今日、12月22日は二十四節気のうちの「冬至」。北半球では太陽の南中高度が最も低く、一年の間で昼が最も短く夜が最も長くなる日(南半球では逆転する)。『暦便覧』では「日南の限りを行て、日の短きの至りなれば也」と説明している。太陽の動き冬至は1年間で太陽の位置が最も低くなる日であり、1年間で日中が最も短くなり、冬至を境に太陽が生まれ変わり、陽気が増え始めるとされている。秋分から春分までの間、北半球では太陽は真東からやや南寄りの方角から上り、真西からやや南寄りの方角に沈む。冬至の日にはこの日の出(日出)・日の入り(日没)の方角が最も南寄りになる。また南回帰線上の観測者から見ると、冬至の日の太陽は正午に天頂を通過する。冬至の日には北緯66.6度以北の北極圏全域で極夜となり、南緯66.6度以南の南極圏全域で白夜とな...冬至。冬来たりなば、春遠からじ。我が家のネコたちは、・・・。

  • 武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その2。円通寺長屋門。城前橋。再びやっと柳瀬川土手に。(都県境を探る。第8回目。)

    都県境でもある「柳瀬川」沿いに進もうとしましたが、土手上は通行禁止。来た道から武蔵野線をくぐり、西に向かいましたが、なかなか柳瀬川に近づけません。清瀬市内を歩くことに。畑が広がる。円通寺長屋門。もとはかやぶきでしたが戦後瓦葺になおしました。武蔵野平野部の長屋門は比較的小さいのですが、この長屋門は規模も大きく、柳瀬川・滝の城を背に、清瀬古道に沿って建っている白壁・板腰は目の姿はあくまで端正です。大扉の閂やくぐり戸のおさえ等に昔の工夫がしのばれ、基本的な使用目的が守られています。円通寺の記録に「長屋門天保十五甲辰年十一月二十五日上棟再建」(一八四四年拾食宥傳の代)とあり、手直しはされていますが、この時建てられたものが今に伝えられているものと考えられます。(清瀬市教育委員会掲示より)円通寺に通じる坂道。のどかな...武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その2。円通寺長屋門。城前橋。再びやっと柳瀬川土手に。(都県境を探る。第8回目。)

  • 武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その1。清戸番所跡。清瀬内山運動公園。下宿ビオトープ公園。柳瀬川。(都県境を探る。第8回目。)

    今回は、JR武蔵野線「新座駅」から西武線「秋津駅」まで。「川越街道」から左折します。前回、「新座貨物ターミナル」で途切れた「都県境」。この先から続きます。「清戸番所跡」付近。清瀬市旭が丘6丁目。歩く道が都県境で、背中側が新座市内。都県境に当たる「柳瀬川」へ。「東京都下水道局清瀬水再生センター」。この向こう側が「柳瀬川」。右手、柳瀬川沿いの、何面もグランドがある、大きな「清瀬内山運動公園」を回り込む。真っ白な富士山(↓)が遠くに。前回歩いた方向を望む。さらに「関越道」脇を進み、やっと柳瀬川にたどり着くも、新しい橋を建設中で立入禁止。やれやれ・・・。「清瀬下宿ビオトープ公園」に寄り道。「柳瀬川回廊」案内板。柳瀬川沿いに歩く予定ですが、ここから柳瀬川に架かる「清柳橋」に出ます。下流方向。上流方向。右から合流する...武蔵野線「新座駅」~西武線「秋津駅」。その1。清戸番所跡。清瀬内山運動公園。下宿ビオトープ公園。柳瀬川。(都県境を探る。第8回目。)

  • 向島百花園。冬模様の。曇り空の下。

    今朝、東京も初氷。そんな悠長な状態ではない、新潟地方。ものすごい大荒れ、大雪で大変な状況が続いているようです。向島百花園は、薄曇り。冬支度の松とスカイツリー。12月17日(土)の午後。左から、「春日」「宿一本」「星月夜」「雲雀の夜」。「雲雀の床」。「遠見の桜」。「嵯峨の光」(嵯峨)。「肥後菊」。かんつばき。冬模様の向こうにスカイツリー。そして12月18日。快晴の下、富士山。向島百花園。冬模様の。曇り空の下。

  • 隅田公園。冬の風物詩。ユリカモメ。芭蕉・伊勢物語。・・・

    本格的な冬の到来を告げるかのようなユリカモメが、隅田公園にやってきました。赤いくちばしと脚が目立つ白色が鮮やかなカモメ全長40cm。冬鳥として、全国の河、河口、湖沼、海岸に至る水辺に来ます。赤いくちばしと足がきれいな小型のカモメの仲間で、水上に群がる姿は白い花が一面に咲いたようです。在原業平や和泉式部の古歌に登場する都鳥(みやこどり)はこの鳥で、東京都の鳥に指定されています。江戸時代には考えられなかったウォーターフロントは、ユリカモメの目にどう映っているのでしょう。何でも食べるたくましさを持っていて、そういえば東京都のゴミ捨て場の新・夢の島にも、廃棄物をつつく姿が見られます。日本を去る4月中旬頃には、頭が黒い頭巾をかぶったようになります。カモメ類ではいちばん内陸にまで飛来する鳥で、海岸から数10キロも入っ...隅田公園。冬の風物詩。ユリカモメ。芭蕉・伊勢物語。・・・

  • ある日の猫たち。おとなしいアンズ、活発なソウタ。いろんなことに興味津々。(DAYS with CATS)

    上と下に。そのうち、ソウタが本棚の上に、床からトントン上がって。それを見上げる、アンズ。アンズの食べ残しをせっせと。和箪笥の上のアンズ。下から一気に上まで上がります。上がれないソウタは見上げるのみ。プリンタを使い始めると、プリンターに興味あり。ソウタ。プリントされた紙が出てくるのをじっと。ガチャガチャという音に興味があるのか、用紙が出てくるのに興味があるのか。今度は、カーペットに潜り込む。蛇口から水を飲むソウタ。満足顔?得意じゃないアンズ。北日本や日本海側と比べ、穏やかな天気が続いた東京地方も寒くなってきました。いよいよ冬本番。ある日の猫たち。おとなしいアンズ、活発なソウタ。いろんなことに興味津々。(DAYSwithCATS)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その8。武蔵野線。貨物ターミナル。野火止。新座駅。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    「関越道」の上を越えます。「UR清瀬旭が丘団地」が続く。住宅地を抜けると、農地が広がります。遠くにJR武蔵野線。この道が都県境に。右が新座、左が清瀬。清瀬市のマンホール。市の木ケヤキがデザインしてある。農家らしいおうち。「十文字学園サッカーグラウンド」。新座市側には「十文字学園女子大学」キャンパスが広がります。振り返る。右が清瀬市、左が新座市。「武蔵野線」に突き当たります。貨物ターミナルになっています。都県境は、ここを横断し、線路の向こうにつながっていきますが、今回は、ここで終了。右に曲がり、JR新座駅に向かいます。大型トラックも行き交い、砂埃が舞う道路。新座市菅沢2丁目になります。新座市のマンホール。土にまみれながら。市の花こぶしで市章を囲み、周りに市の木モミジの葉を配している。機関車が貨車を牽引して。...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その8。武蔵野線。貨物ターミナル。野火止。新座駅。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その7。清戸道。UR清瀬旭が丘団地・「花夢音!せいぶ」。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    この道が「海軍用地」標石に通ずる道でした。「志木街道」。下清戸地区。「清戸」というと、「清戸道」として東の江戸川橋から練馬区を横断し、保谷、東久留米を経て、西の清瀬市の清戸まで通じる道がありました。清戸道(きよとみち)は、主に江戸時代に、江戸と武蔵国多摩郡清戸(現在の東京都清瀬市)との間を結んでいた古道である。神田川に架かる江戸川橋(現・東京都文京区関口付近)を江戸側の起点とし、そこから北西へ約5〜6里(約20〜24km)の武蔵国多摩郡清戸(上清戸村、中清戸村、下清戸村、清戸下宿。現・東京都清瀬市上清戸、中清戸、下清戸、下宿付近)との間を結んでいたとされる。成立の経緯は明らかではない。江戸時代に尾張藩の鷹場が清戸にあり、そこへ鷹狩に向かう尾張藩主が通ったといわれているが、それよりも、農村であった清戸から、...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その7。清戸道。UR清瀬旭が丘団地・「花夢音!せいぶ」。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その6。米空軍大和田通信所。旧海軍境界標柱」。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    住宅地を過ぎると、畑や森が一面に広がる。「ひまわり通り」からフェンス沿いの細道に入る。真後ろは、「西堀三丁目憩いの森」(新座市)。都県境は、その北側の縁沿いに進む。※西堀三丁目地区にある緑地で、隣接する西堀二丁目憩いの森と合わせると、市内で最も大きな憩いの森。写真を撮り忘れたので。(「Googleマップ」より)フェンス内は、林が広がる。右手奥には、「米空軍大和田通信所」があります。※都県境は、この敷地内を北に向かう。米空軍大和田通信所埼玉県新座市西堀、東京都清瀬市にまたがる在日アメリカ空軍基地施設の名称。施設番号はFAC3056。大日本帝国海軍大和田通信隊所属「大和田無線通信所」が、無線通信の受信・傍受施設として使用。戦後、気象通信所を経て米軍基地として接収。当時の中央施設は2007年(平成19年)現在、...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その6。米空軍大和田通信所。旧海軍境界標柱」。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その5。ひまわり通り。ころぼっくる。気象衛星ひまわり。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    西武線をアンダーパスで越え、この信号を右折します。都県境(清瀬市と新座市)は、この手前で右手に新座市が広がります。歩いている道の周囲は、清瀬市。農地が多い。この先で、新座市との境界があります。右が新座市新堀。「(新座市立)新堀小学校西」交差点。都県境は、交差点を少し西に入りこみ、すぐ鋭角で折れて東に向かう。振り返る。右手は「清瀬市障害者福祉センター」(上清戸)。この先は、新座市に属する「ひまわり通り」を歩きます。なぜ「ひまわり通り」と名付けられているか?沿道にひまわりが植えてある様子もないし、・・・。左手奥は、「清瀬市立清瀬第十小学校」。都県境は、右に見える新座市立新堀小学校の校庭を横切って進みます。体育館は清瀬市?農産物販売所が左に。左手の公園入口にパラボラアンテナのモニュメント。公園の奥には、「児童セ...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その5。ひまわり通り。ころぼっくる。気象衛星ひまわり。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その4。鋭角に折れる都県境。清瀬市。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    解説板。野火止用水川越城主松平伊豆守信綱は、新田開発に入植した人々の生活水を確保するため、玉川上水から分水することを許され、現在の東京都小平市から野火止台地を経て新河岸川(志木市)にいたる全長約24キロメートルに及ぶ用水路を開削しました。この付近の新田開発に入植した人々は、屋敷の近くに用水を引水しました。8軒の家が点在していたことから、この用水を八軒回し堀と呼んでいました。また、新堀とは、本流に対して、「新たに掘られた堀」の意味があり、「新堀八軒回し堀」とも呼ばれていました。現在、回し堀の大部分が遊歩道として整備されています。平成22年3月新座市新座市教育委員会※承応4年(1654)に完成しました。大きな鯉の姿も。新座市に属している。暗渠になっているところも。交差点名に「新堀」。ここからは流れが見える遊歩...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その4。鋭角に折れる都県境。清瀬市。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その3。グリーンヒルズ東久留米。野火止用水・水道道路。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    「御成橋通り」(↓)。「御成橋」は、すぐ北にある「野火止用水」に架かる橋の名?左手には再開発された「グリーンヒルズ東久留米」の高層住宅が並ぶ。「西堀銀座商店街」。寂れているわけではと思いますが。武蔵野の森が広がる。2010年代のようす。右手の団地は解体中。1880年代のようす。大規模な団地等があった。上は、野火止用水・水道道路。都県境は団地の北側(現在も)。しばらく新座市内を歩き、「野火止用水・水道道路」に出ます。水道道路。新座市南西部から北東部までを貫く市道。朝霞市にある朝霞浄水場と東京都東村山市にある東村山浄水場間を結ぶ水道管が同道路下に埋設されていることから、「水道道路」と呼ばれるようになった。同市新堀・西堀地区で野火止用水と併走。(「Wikipedia」より)「野火止用水」解説板。かすれて判読不能...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その3。グリーンヒルズ東久留米。野火止用水・水道道路。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その2。神宝。上の原地区再開発。(都県境を探ってみる」第7回目。)

    緩やかな上り坂を進みます。都市計画生産緑地地区(東久留米市決定)。右は、新座市。新座市にも緑地が所々に。神宝2丁目交差点。一本東の上り坂が都県境。けっこう急な坂。坂上から来た道を振り返る。上りきった左に「東久留米市立東中学校」(東久留米市上の原2丁目)。天文台が屋上に。通りを跨いで一部が東久留米市に。大きな団地を解体中。東久留米市では「上の原地区」における大規模団地(東久留米団地、現:UR都市機構)の建替えなどにより、生じる広大な余剰地を活用するために、“自然つながり活力あるまち”に相応しい土地利用を誘導していくという方向性が示されました。この地域一帯が再開発事業の対象になっているようです。(「今昔マップ」より)左上が現在。かつては団地の他に航空(交通)管制本部がありました。※航空管制本部は所沢市に移転。...西武線「ひばりヶ丘駅」~武蔵野線「新座駅」。その2。神宝。上の原地区再開発。(都県境を探ってみる」第7回目。)

  • アンズとソウタ。仲がいいのか、悪いのか。ドタバタドタバタ。(DAYS with CATS)

    カーペットと同化しているアンズ。お互い、見つめ合って、そのうち、アンズが挑発(ソウタの時もあるが)、あっという間にいなくなる。「遊ぼうよ」と言わんばかりの1歳の男の子・ソウタに、3歳の姉さん・アンズはつれない!体重3キロと5キロの差は大きい。逃げるが勝ちの戦法。ついて行ず、呆然とするソウタ。そんな関係ですが。本棚の上で食事するアンズ。床で食事するソウタ。食欲旺盛なソウタはアンズを押しのけ、アンズの分まで食べてしまうので、こうして棲み分け。あっという間に食べ終え、見上げるソウタ。食べ終えたアンズは、爪磨き。そして、小柄で敏捷なアンズ。ソウタにはこういう芸当は出来ません。ピョンピョン跳び移る。ソウタはドタドタ、ドスン。時々失敗し、後足がついて行けず。ソウタがおもちゃ箱を見つけ、2人でじゃれつく。アンズとソウタ。仲がいいのか、悪いのか。ドタバタドタバタ。(DAYSwithCATS)

  • 西武線「ひばりヶ丘駅」~「清瀬駅」。その1。東久留米市。黒目川。

    今回前半は街中を散策。後半からは、緑多きところを歩きます。前回後半から都県境。埼玉県側は新座市が続きますが、東京都はすぐ、西東京市から東久留米市に移ります。道路向こうの建物は、新座市。右は新座市栗原、左は東久留米市浅間となります。畑などが目につきます。道の途中から新座市に。中央にカタカナの「二」と「ザ」を図案化した市章。周囲にあるのは市の木「モミジ」。振り返る。広い通りに出ます。「ヤオコー新座栗原店」は、新座市栗原1丁目。しばらくは、新座市内を歩くことに。中央に市章。その周りにある花は市の花「コブシ」。周囲にあるのは市の木「モミジ」。坂道を下って行くと、「黒目川」に。この付近から都県境になります。黒目川・神宝大橋。上流方向。左手から合流する流れは、「落合川」。下流方向。黒目川東京都東久留米市と東村山市、小...西武線「ひばりヶ丘駅」~「清瀬駅」。その1。東久留米市。黒目川。

  • やんちゃなソウタ。5キロ。(DAYS with CATS)

    ソウタは、1年過ぎたばかりの雄。生まれて間もなく、船橋に住む息子の知人の家の庭先で啼いていた、とか。それを保護して我が家に連れてきた、というわけ。(3歳のアンズも行きつけの動物病院に預けられた保護猫)。全身、毛がふさふさし、しっぽもえらく長く太い。今まで飼っていた猫とは趣がずいぶん異なる。食欲旺盛で、みるみるうちに大きくなり、今は5キロ超え。勢いよくどさっと乗ってくると、重くずっしりとした体形に悲鳴を上げそうになるほど。すこぶる人間大好き。昨晩。夕飯後は、カーペットに横になって、キョロキョロ・・・。動画でないのが、残念。これ以上太ったらと、ダイエット中。しかし、食欲はすこぶる旺盛。出せばすっかり食べ尽くす。気持ちいいほど、すっかりお皿をなめてまできれいに。アンズの食事まで食べたがって、しょうがない。椅子の...やんちゃなソウタ。5キロ。(DAYSwithCATS)

  • ある日のアンズとソウタ。(DAYS with CATS)

    リボンに夢中のソウタ。階下に下りてきたソウタ。今度は、パソコンのイヤホーンに。アンズも一緒に。椅子の下で。夢中になっているソウタを横目にアンズ。アンズは蒲団やカーペットに潜る込むのが大好き。ソウタはどうした、どうした・・・。どこに隠れた、どこに?カーペットの下を動き回るアンズに翻弄されるソウタ。5キロのソウタに乗っかられて悲鳴をあげるアンズ。さっと逃げ出すアンズにソウタは、もういいや、と。ある日のアンズとソウタ。(DAYSwithCATS)

  • 向島百花園。アンズとソウタ。

    急に寒くなってきました。12月に入っていよいよ冬到来?それでも平年よりは暖かいらしい。ブログを「おやじのつぶやき2」に移してから、めっきり訪問客も減って、寂しい限りです。すでに冬枯れの状態。できたら「おやじのつぶやき2」(http://blog.goo.ne.jp/12240106-2)にも訪問して下さい。お待ちしております。アンズとソウタも待っています。向島百花園。アンズとソウタ。

  • 舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その3。南平大橋。新芝川サイクリングロード。首都高川口線。江北公園。(「都県境を探ってみる」第4回目。)

    「南平大橋」が架かっています。この付近は、東京都と埼玉県が複雑に交差しています。※橋の左岸も右岸も足立区内に属しているようです。対岸の右奥は川口市。左岸・足立区側にある「新芝川サイクリングロード」。下流方向を望む。凸版印刷川口工場。この先で、都県境は、左斜めに進む。土手から下りずにそのまま歩いてしまい、新芝川橋で左に折れます。正面の工場は川口市東領家4丁目。橋のたもとの両側は、川口市東領家4丁目。しかし、この先から東京都。道路の向かい・右斜めから足立区に。足立区加賀2丁目。首都高川口線高架下。都県境は、しばらく高速下を南下します。首都高の西側は川口市東領家。川口市側の道路沿いには鋳物関係の町工場が並んでいます。東側は足立区加賀。横断歩道を渡り、足立区側を歩きます。足立区側も町工場や事務所。(株)穂波建設(...舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その3。南平大橋。新芝川サイクリングロード。首都高川口線。江北公園。(「都県境を探ってみる」第4回目。)

  • 舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その2。足立区入谷。上新田公園。川口市立朝日東小学校。芝川マリーナ。(「都県境を探ってみる」第4回目。)

    正面は、足立区入谷の街並み。この信号を左折し、さらに右折します。が、この先のジグザクになった都県境に沿って歩けるかどうか?この先を右に折れます。この付近は、足立区入谷9丁目。左手には、大きな「東京ヤサカ観光バス」営業所。この駐車場は、足立区。車のナンバーが「足立」、「練馬」。「足立区入谷9丁目21」の標識。ということは足立区内を歩いていたのか!うろうろしたあげく(付近の工場関係者からは怪訝そうな顔つきで見られ)、「上新田公園」(川口市八幡木3丁目)に突き当たります。上新田公園。左折します。正面に「鳩ヶ谷衛生センター」。都県境は、この施設内に続き、「新芝川」方向へ。左手に見える「八幡木グラウンド」は、川口市内。振り返る。撮影位置は、足立区か川口市か微妙。この建物は、川口市内。新芝川沿いの道を左折。東京都足立...舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その2。足立区入谷。上新田公園。川口市立朝日東小学校。芝川マリーナ。(「都県境を探ってみる」第4回目。)

  • 舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その1。舎人橋。川口市。新砂子路橋。ジグザク境界線。(「都県境を探ってみる」第3回目。)

    日暮里・舎人ライナー。自動運転。高いところを走っているので景色は抜群です。11月3日(祝)快晴。今回は、荒川まで。この区間もけっこう都県境は入り組んでいます。舎人橋。橋のたもとにある解説板によると、ここは、見沼代用水と毛長川との合流地点で、見沼代用水には「一本橋」、毛長川には「舎人橋」と「砂小橋」が架けられている、とのこと。毛長川改修工事に合わせて架け替えられた「舎人橋」と「砂小橋」の橋名板をの文字を舎人第一小学校の児童が書いたそうです。ここから「毛長川」沿いに歩きますが、橋の向こうに一部足立区が。見沼代用水に架かる「一本橋」が都県境。「川口市」の標識の手前の路地。右が川口市、左が足立区。路地の突き当たりまで。このおそば屋さんは川口市。「手打ち麺工房瑛(マルヒデ)」。本蓮4丁目。毛長川の右岸沿いに歩きます...舎人ライナー「見沼代親水公園駅」~JR「赤羽駅」。その1。舎人橋。川口市。新砂子路橋。ジグザク境界線。(「都県境を探ってみる」第3回目。)

  • 東武バス「花畑桑袋団地」~舎人ライナー「見沼代親水公園駅」。その5。足立区舎人・草加市遊馬。見沼代用水東縁。見沼代親水公園駅。(「都県境を探ってみる」第3回目。)

    前方の水門の所から右に入っていく道が草加市と足立区の境になります。右手の用水路に沿って境界が続きます。左が足立区、右が草加市。足立区に属する緑地。「舎人二つ橋」の通り。「埼玉県草加市」。左手は、「東京都足立区」。通りを渡った先にも境界が続きます。左手は「足立区舎人4丁目」。左手におしゃれなアパート。右手は草加市遊馬(あすま)町。※「遊馬」は、毛長川の低湿の狭間の転訛、という。「見沼代用水東縁」。ここで、足立区境界は、左折。「見沼代用水東縁(ひがしべり)」上流を望む。解説図。毛長川との合流点。右が毛長川、左が見沼代用水路。足立区舎人6丁目で毛長川と交差・合流し、見沼代用水路は終わります。一部は中央の金網で取水し、地下施設で浄化され、「見沼代親水公園」となっていきます。※都県境は、ここから毛長川(上流)沿いに...東武バス「花畑桑袋団地」~舎人ライナー「見沼代親水公園駅」。その5。足立区舎人・草加市遊馬。見沼代用水東縁。見沼代親水公園駅。(「都県境を探ってみる」第3回目。)

  • 東武バス「花畑桑袋団地」~舎人ライナー「見沼代親水公園駅」。その4。東伊興2丁目・古千谷本町。にっさと防災公園・里人やすらぎ橋。(「都県境を探ってみる」第3回目。)

    草加市側の遊歩道を歩きます。道沿いに見事なソテツ。この先、足立区となっているところがあります。散歩している方にお聞きしたら、「この道路も東京都。なんでも毛長川改修を東京都が行ったためのようです。あそこの緑の所から足立区ですよ」と。「足立区東伊興2丁目21」との標識。右は草加市、左は足立区。振り返って望む。正面のおうちの住所は足立区。道路を渡った左も足立区となります。毛長川沿いから振り返る。正面から右は足立区。「足立区古千谷本町(こぢやほんちょう)4丁目」。毛長川沿いの遊歩道。右岸は足立区古千谷。左岸は草加市新里。草加市内。家庭菜園。手分けして耕作中。新しい公園「にっさと防災公園」。6月23日、新里グラウンドの隣に、令和3年度から整備を進めてきた「にっさと防災公園」がオープンしました。公園の面積は2299....東武バス「花畑桑袋団地」~舎人ライナー「見沼代親水公園駅」。その4。東伊興2丁目・古千谷本町。にっさと防災公園・里人やすらぎ橋。(「都県境を探ってみる」第3回目。)

  • 東武バス「花畑桑袋団地」~舎人ライナー「見沼代親水公園駅」。その3。毛長川・毛長堀・いわれ。区立竹の塚中。辰井川排水機場。東伊興。入り組む都境。(「都県境を探ってみる」第3回目。)

    右奥に、「中井堀排水機場」(草加市谷塚)水門。この先、少し草加市が入りこんでいます。○のところ。「武蔵野の路公園(草加市谷塚)」。日光街道(国道4号線)を渡ります。「毛長堀橋」。※「毛長川」は、かつては毛長堀、毛長落しと呼称されていた。昭和23年より40年にかけて改修拡張された。川口市から花畑へ流れる毛長川には、髪の毛にまつわる言い伝えがあります。昔、新里村(現在の草加市)の長者の娘が、川を挟んだ舎人の長者の息子と結婚しました。しかし、嫁ぎ先の両親との不仲などが原因で、娘は川に身を投げてしまったのです。それから数年後のある日、川にその娘の長い髪が浮きあがったことから、毛長川と呼ばれるようになりました。(この項、「足立区」HPより)両岸のサクラの紅葉が見事。草加市側。この付近の足立区内を歩いたことがあります...東武バス「花畑桑袋団地」~舎人ライナー「見沼代親水公園駅」。その3。毛長川・毛長堀・いわれ。区立竹の塚中。辰井川排水機場。東伊興。入り組む都境。(「都県境を探ってみる」第3回目。)

  • 東武バス「花畑桑袋団地」~舎人ライナー「見沼代親水公園駅」。その2。毛長川。大鷲さくら橋。花畑団地。文教大学東京あだちキャンパス。ひよ子。水神橋。(「都境を探ってみる」第3回目。)

    「鷲宮(とりみや)橋」から「毛長川」上流を望む。右手には「都立足立特別支援学校」の建物。綾瀬川方向を望む。「鷲宮橋」の南には、年末の「酉の市」で有名な「花畑大鷲(おおとり)神社」があります。花畑大鷲神社は酉の市発祥の社と言われています。応永年間(1394~1428年)より、11月の「酉の日」に、尊への神恩感謝の祭が行われるようになりました。そこに人々が集まり、門前市が開かれるようになりました。そこから「とのまち」「とりのまち」と称され、後の「酉の市」になったと言われています。(「祭りの日」HPより)足立区花畑地区を望む。この橋から下流が都境に。対岸(左岸)は、草加市。右岸、「花畑団地」の通りからスカイツリーを望む(↓)。足立区側を歩くことに。振り返る。「毛長公園」遊歩道を歩きます。花畑大橋から。右が足立区...東武バス「花畑桑袋団地」~舎人ライナー「見沼代親水公園駅」。その2。毛長川。大鷲さくら橋。花畑団地。文教大学東京あだちキャンパス。ひよ子。水神橋。(「都境を探ってみる」第3回目。)

  • 東武バス「花畑桑袋団地」~舎人ライナー「見沼代親水公園駅」。その1。草加市へ。都営花畑第四アパート。桑袋 ビオトープ 公園。鷲宿(とりじゅく)(「都境を探ってみる」第3回目。)

    綾瀬川の対岸には「都営花畑八丁目アパート21号棟」「24号棟」(のはず)。今回も短い歩き。「日暮里舎人ライナー」の全線は乗ったことがないので、始発の「見沼代親水公園」駅から終点の「日暮里」駅まで乗ってみることに。東武線「谷塚駅」から東武バスに乗り、終点・「花畑桑袋団地」バス停で下車し、歩き始めます。公園脇から境界の道路へ。右が八潮市、左が足立区。ここから先の右は、草加市。(左は足立区花畑。)ここは、八潮市の家並み(のはず)。左には、「都営花畑第四アパート」案内図。右は、「草加市瀬崎グランド」。遠くに「スポーツ健康都市記念体育館(草加市)」。「伝右(でんう)川」沿いにある「記念体育館」。※東京都(足立区)と埼玉県(草加市)の境界は、「毛長川」になる。「伝右大橋」から「伝右川排水機場」(綾瀬川との合流地点)を...東武バス「花畑桑袋団地」~舎人ライナー「見沼代親水公園駅」。その1。草加市へ。都営花畑第四アパート。桑袋ビオトープ公園。鷲宿(とりじゅく)(「都境を探ってみる」第3回目。)

  • 京成バス「水元5丁目」~東武バス「花畑桑袋団地」。その5。浮花橋。水神。大曽根ビオトープ。蛇橋。伝右川、毛長川。(「都境を探ってみる」第2回目。)

    「浮花橋」から下流を望む。右岸が足立区、左岸が八潮市。橋を渡ると、埼玉県八潮市。今度は、左岸(八潮市側)を歩きます。左は、工場が並ぶ。土手道。対岸は、足立区花畑。真っ赤な花、ピラカンサ。工場建設中の土手の脇に「水神」。大曽根ビオトープ。解説板。大曽根ビオトープの歴史綾瀬川の名前の由来綾瀬川は古代より、流路の定まらない川として、「あやしの川」あるいは綾のように入り組んでいたので「綾瀬川」と呼ばれたなどという言い伝えがあるように、大きく曲流していました。河川の氾濫河川の氾濫・洪水なども頻繁に発生しました。大曽根ビオトープはこのような綾瀬川の河川敷にある貴重な環境です。大曽根の名前の由来「曽根」は局地的に砂・土を有するやせ地の意で、綾瀬川沿岸の大きなやせ地からつけられたということです。大曽根村は、近世初期から明...京成バス「水元5丁目」~東武バス「花畑桑袋団地」。その5。浮花橋。水神。大曽根ビオトープ。蛇橋。伝右川、毛長川。(「都境を探ってみる」第2回目。)

  • 京成バス「水元5丁目」~東武バス「花畑桑袋団地」。その4。首都高三郷線。内匠橋。綾瀬川・古綾瀬川遊歩道。(「都境を探ってみる」第2回目。)

    足立区側は樹木が多い遊歩道。前方に「首都高三郷線」が見えてきます。「足立区小溜井排水場」。綾瀬川との合流地点にあります。首都高下に「埼玉県八潮市」と。「内匠橋」から綾瀬川下流を望む。この先は、開削された直線の水路となる。葛飾区で中川に合流し、荒川と併行して東京湾へ。首都高が左上を通っている。※かつての流路「垳川」は東西で閉鎖されて、東の中川、西の綾瀬川とは排水場で結んでいる。「内匠橋」を右折し、綾瀬川沿いに。この先、「古綾瀬川」沿いを歩きますが、遊歩道の左側は八潮市になります。現在の綾瀬川の南側・足立区に八潮市が入りこんでいる。対岸は八潮市。案内板。※下が北。○の部分が、現綾瀬川をはさんで、八潮市となっている。右が八潮市、左が足立区。古綾瀬川遊歩道。1880年代のようす。↓が古綾瀬川。▽が現在地。※上が北...京成バス「水元5丁目」~東武バス「花畑桑袋団地」。その4。首都高三郷線。内匠橋。綾瀬川・古綾瀬川遊歩道。(「都境を探ってみる」第2回目。)

  • 京成バス「水元5丁目」~東武バス「花畑桑袋団地」。その3。水車広場。葛西用水。垳川JABJAB大作戦。タブノキ。(「都境を探ってみる」第2回目。)

    六木水の森・水車広場。大きな水車のモニュメント。神明六木遊歩道(シンメイムツギユウホドウ)垳川沿いに続く約2kmの遊歩道は、水辺と雑木林の風景が続く自然を身近に感じられる散歩道です。遊歩道にいくつかの公園(広場)が隣接しています。葛西用水親水水路を挟んで、神明側が神明水の森公園、六木側が六木水の森公園となっており、泉の広場、けやき広場、風車広場、むくの木広場、虹の広場、水車広場などの広場があります。(「あだち観光ネット」HPより)「中川→150m」。上部の蛇行する流れが「垳川」、下部の直線の流れは「花畑運河(花畑川)」。対岸は八潮市垳。足立区側には公園やベンチなどが設置されている。対岸には釣り人の姿が。「葛西用水」との交差点。「ふれあい桜橋」の向こう、右から左の流れが「葛西用水」。※「葛西用水」は、そのま...京成バス「水元5丁目」~東武バス「花畑桑袋団地」。その3。水車広場。葛西用水。垳川JABJAB大作戦。タブノキ。(「都境を探ってみる」第2回目。)

  • 京成バス「水元5丁目」~東武バス「花畑桑袋団地」。その2。新大場川水門。神明・六木遊歩道。垳川。(「都境を探ってみる」第2回目。)

    先に進みます。間もなく中川の合流点に。その手前、右手に「古新田排水機場」。「サバスマリン」の向こうに「新大場川水門」。※「サバスマリン」国産艇・輸入艇の新艇から中古艇の販売、保管、整備、修理を行っているほか、これからボートを始める方のためにボート免許スクールを開催している。「新大場川水門」。「大場川」上流・水元公園方向を望む。中川。中川の対岸(足立区)を望む。正面が東京都と埼玉県の境界。対岸に向かうために、中川上流の塩止橋へ。八潮市内。塩止橋。中川の河口から19.1kmの地点に位置し、埼玉県内では中川に架かる最下流の橋である。明治年間の藤橋(後述)に代わり、大正年間に開削された中川の新流路に新たに架けられた橋である。かつての中川は八潮市と三郷市の市境に沿って流れ、大場川の閘門橋付近より下流側も中川(古利根...京成バス「水元5丁目」~東武バス「花畑桑袋団地」。その2。新大場川水門。神明・六木遊歩道。垳川。(「都境を探ってみる」第2回目。)

  • 京成バス「水元5丁目」~東武バス「花畑桑袋団地」。その1。閘門橋。大場川。大場川マリーナ。(「都境を探ってみる」第2回目。)

    水元公園・小合溜。10月22日(土)。曇り。今回は、葛飾区の水元公園の西から足立区の花畑まで。北の境、埼玉県側は、三郷市、八潮市、草加市となります。(「歴史的農業環境閲覧システム」より)「大場川」が境界線。水元公園の小合溜と大場川を結ぶところにあるのが「閘門橋」。水元公園側。大場川側。橋脚部にブロンズ像が。閘門橋(明治42年完成)閘門橋は、レンガ造アーチ橋としては、東京に現存する貴重な橋です。橋名の閘門というのは、水位・水流・水量等の調節用の堰のことをいいます。江戸時代(宝永年間)この辺りは、古利根川(現在・中川)、小合川(こあいがわ:現在の大場川、小合溜)が入り込んだ、複雑な地形を有しており古利根川の氾濫地域でありました。この古利根川の逆流を防ぎ、水田の水源確保のため、さらに岩槻街道の流通路として閘門と...京成バス「水元5丁目」~東武バス「花畑桑袋団地」。その1。閘門橋。大場川。大場川マリーナ。(「都境を探ってみる」第2回目。)

  • 霜降。10月23日。初時雨。紅葉。イチョウ。霜降り。

    隅田公園にて。ただし、11月下旬のころ。10月下旬では、紅葉にはまだまだ早い時期。さて、10月23日(日)。今日は、二十四節気のうちの第18番目「霜降」。東京地方、昨日のはっきりしない天気から一転、すっかり晴れ渡った気持ちのいい朝を迎えました。たしかに急に寒くなってきた印象ですが、まだそれほどの寒さを感じません。温暖化の影響でしょうか?暦の上で「霜降」とは、朝晩の冷え込みがさらに増し、北国や山里では霜が降りはじめるころ。だんだんと冬が近づいてくる。北国では初雪の便りも。ということになります。「七十二侯」では、・初侯 10月23日〜10月27日頃霜始降しもはじめてふる霜がはじめて降りる頃。・次侯 10月28日〜11月1日頃霎時施こさめときどきふる通り雨のように雨が降りはじめる頃。降ったかと思えば、すぐに青空...霜降。10月23日。初時雨。紅葉。イチョウ。霜降り。

  • 葛飾区と三郷市。みさと公園から水元公園へ。水産試験場跡。水辺公園・テラス。野鳥観察台。(都境を探ってみる。その2。)

    水元公園案内図。水元公園の外側の道は、三郷市内。そこを歩きます。水元公園。ため池風。水元公園の「小合溜」が境界になっています。旧水産試験場(水元)跡。この場所にあった旧水産試験場は戦後の食生活における重要なタンパク源として鯉や鮒の増殖・養殖の研究や金魚の品種改良などを行ってきました。しかし、水元の水産試験場としての役割は終了し、港区に移転しました。この跡地は、水元公園の開園区域で既に姿を消してしまった貴重な水生植物や動物の生育・生息環境を保有しています。また、都天然記念物に指定されているオニバスが自生していることでも有名です。現在ここに残されている貴重な資源、水産試験場としての歴史資源を大切に保護しつつ、失われつつある低地水辺の豊かな生態系を守りながら水元小合溜の水郷景観を復元するための整備を行いました。...葛飾区と三郷市。みさと公園から水元公園へ。水産試験場跡。水辺公園・テラス。野鳥観察台。(都境を探ってみる。その2。)

  • 葛飾区と三郷市。水元公園。東金町・三郷市高州。CAFE TO HEN。(都境を探ってみる。その1。)

    葛飾区と松戸の境にある「葛飾橋」東詰めの土手。今回から東京都と他県との境を探ってみようと。といっても、東の千葉県から埼玉県、山梨県、神奈川県、・・・。川あり、谷あり、丘あり、池あり、山あり、飛び地あり、住宅地あり、ジグザクあり、・・・というわけで、そう簡単ではなさそう。当面、葛飾区、足立区、北区、練馬区の都境を歩いてみることに。はたしてどこまで確認しつつ、歩き続けることができるか?手始めに、江戸川から水元公園まで、と。その第1回目。10月16日(日)。すっきりしないお天気。2時間ほどの予定。折り畳み自転車で出かけました。千葉県との東の境は、江戸川歩きで確認済みなので、江戸川土手・葛飾橋付近から北西に向かいます。対岸の千葉県松戸市。案内図。「都立水元公園」の境目が都境になっている。柵の向こうは、三郷市。水元...葛飾区と三郷市。水元公園。東金町・三郷市高州。CAFETOHEN。(都境を探ってみる。その1。)

  • 向島百花園。その2。からたち。みつばあけび。もっこく。かりん。ふよう。ひめがま。いちょう。・・・

    からたち。黄色い実がなっています。「からたちの花」北原白秋作詞、山田耕筰作曲からたちの花が咲いたよ。白い白い花が咲いたよ。からたちのとげはいたいよ。青い青い針のとげだよ。からたちは畑の垣根よ。いつもいつもとほる道だよ。からたちも秋はみのるよ。まろいまろい金のたまだよ。からたちのそばで泣いたよ。みんなみんなやさしかつたよ。からたちの花が咲いたよ。白い白い花が咲いたよ。みつばあけびの実。アケビとともに秋の味覚として親しまれてきたつる性の植物で、3枚の小葉があることからミツバアケビとよばれる。新芽と果実は食用とされる。つるは弾力があり丈夫でしなやかであることから、かごなどの民芸品になる。籠編みの材として最高品といわれ、多くの生活用具に利用される。もっこく(木斛)。別名でイイクともよばれる。「江戸五木」の一つ。モ...向島百花園。その2。からたち。みつばあけび。もっこく。かりん。ふよう。ひめがま。いちょう。・・・

  • 向島百花園。久々の晴れ間。ふくろくじゅうり、かりん。とらのおすずかけ。せんぶり。しもばしら。・・・

    桔梗。かしわばはぐま。柏葉羽(白)熊。わが国の本州から四国・九州に分布しています。山地の木陰に生え、高さは30~70センチになります。茎は分枝せず、葉は卵状長楕円形で縁に粗い鋸歯があり、茎の中部に集まってつきます。9月から11月ごろ、茎の上部に白色の頭花を咲かせます。頭花は10個ほどの筒状花からなり、花冠の先端が5裂して反り返ります。※「ハグマ」はウシ科の動物であるヤクのシッポの毛でできた羽熊(白熊)のことで、兜や僧侶の持つ払子(ほっす)の装飾に使われたものだが、花の形がこれに似ることにぐずついた天気が続く、東京地方。曳舟図書館に行くついでに、向島百花園へ立ち寄りました。10月15日(土)。曇り時々晴れ。けっこう大勢の方が見えていました。左からふくろくじゅうり(二つ)ゆうがおかりん右に(ちょっとだけ)もう...向島百花園。久々の晴れ間。ふくろくじゅうり、かりん。とらのおすずかけ。せんぶり。しもばしら。・・・

  • JR東鷲宮駅~東武「羽生駅」。その5。大沼工業団地。向谷橋。「一級河川 中川起点」碑。(「中川」を遡る。第8回目。)

    「繰舟落とし」の両岸に大きな工場が連なる。この橋を渡り、右岸へ。繰舟落としを横断する水路橋。その上流にある橋。このあたりで、道を間違えたことに気付きました。そのまま、県道84号線(羽生栗橋線)へ出ます。さらに、「埼玉県立特別支援学校羽生ふじ高等学園」脇を通って、中川に架かる「向谷橋」へ向かいます。学園に稲が干してありました。中川の起点まで、500M弱。ここで、やっと「中川」に出会うことができました。向谷橋。下流を望む。拡幅整備されています。上流(起点)方向を望む。起点までの左側、公園のところに橋が架かっています。それが最上流の橋ということに。そして、やっと着きました。「一級河川中川起点」碑。起点からの下流。河口から約80km!。突き当たり、立体交差しているのは、葛西用水。上流方向(利根川方向)。下流(東京...JR東鷲宮駅~東武「羽生駅」。その5。大沼工業団地。向谷橋。「一級河川中川起点」碑。(「中川」を遡る。第8回目。)

  • JR東鷲宮駅~東武「羽生駅」。その4。加須吉沼。道下橋。中荻大橋。繰舟(くりぶね)落とし。(「中川」を遡る。第8回目。)

    東北道の側道を歩き、左折して中川土手に。加須吉沼。左手に加須吉沼。広大な面積を誇るヘラブナ管理釣り場です。5本ある桟橋からは、水深2~6メートルまでタナ(水深)があり、短竿の浅ダナから長竿の底釣りまで様々な釣り方を楽しむことができます。加須吉沼の特徴は、魚影が濃く数釣りが楽しめること。加えて「活き餌」の使用以外の規定が無く、自由な釣り方を楽しめます。初心者でも比較的釣りやすいオカメの使用もできる為、入門者におすすめの釣り場と言えるでしょう。(この項、「」HPより)けっこうたくさんの釣り人が。ここまでの土手歩きを振り返ると、「権現堂堤」の上流から、魚釣りをする人は見かけませんでした。特に、この付近では農業用水の排水路なので、魚は棲めないのか。※この先も釣り人の姿は見かけませんでした。田んぼの畔道をたどって、...JR東鷲宮駅~東武「羽生駅」。その4。加須吉沼。道下橋。中荻大橋。繰舟(くりぶね)落とし。(「中川」を遡る。第8回目。)

  • JR東鷲宮駅~東武「羽生駅」。その3。火の見櫓。雁波橋・西道橋と次々に。戸川橋(日本橋)。東北自動車道。(「中川」を遡る。第8回目。)

    火の見櫓。「雁波(がんなみ)橋」。近くに大きなお屋敷。「西道(さいどう)橋」。振り返って望む。上流方向。足もとにバッタ。「西道橋」の上流に架かる橋が「学校橋」。人道専用橋。付近には学校はなさそうですが。上流に橋が見えます。「日本橋」?右手の広場に、「戸川町屋土地改良区竣工記念碑」。掘割り。「日本橋」。下流を望む。※「Googleマップ」では「戸川橋」となっています。かつては特徴的な意匠の欄干のある橋だったようです。この先は、「東北自動車道」の下をくぐります。JR東鷲宮駅~東武「羽生駅」。その3。火の見櫓。雁波橋・西道橋と次々に。戸川橋(日本橋)。東北自動車道。(「中川」を遡る。第8回目。)

  • JR東鷲宮駅~東武「羽生駅」。その2。一直線の水路。鷹野橋。天神橋。十軒橋。・・・赤城山・筑波山。やぐるま街道。(「中川」を遡る。第8回目。)

    右岸を歩きます。対岸は、「埼玉園芸市場」。「内野橋」までは、1617年(元和3)に完成した灌漑用水路「手子堀」沿いを歩いたため、中川に架かる「鹿沼橋」、「板橋」等は通りませんでした。その隣でも大きな建設工事。田園地帯が広がります。鱗雲?川沿いの直線道。下流方向。上流方向。見渡す限り一直線。車、人とも遭わない。鷹野橋。上流を望む。遠くに上州の山々が。赤城山(↓)。天神橋上流を望む。※橋の名については、親柱に刻まれた橋の名はほとんどなく、また、次々と橋が架かっています。そのため、先人の記録を頼りに記していますが、定かではありません。天神橋。遠くに筑波山(↓)。JAの施設。「利根川のめぐみほくさいのお米」とあります。「十軒橋」のたもとには「やぐるま街道」ポケットパークがあります。この道路は、江戸時代から明治初期...JR東鷲宮駅~東武「羽生駅」。その2。一直線の水路。鷹野橋。天神橋。十軒橋。・・・赤城山・筑波山。やぐるま街道。(「中川」を遡る。第8回目。)

  • JR東鷲宮駅~東武「羽生駅」。その1。八ツ島橋・古い橋。道橋。合流する落水(堀)。内野橋。天神堀。(「中川」を遡る。第8回目。)

    起点にある解説板。10月9日(土)。晴れ。久々の晴れ間。今回で「中川を遡る」の最終回にしようと、出かけました。前回同様(同じ事を繰り返す)、途中で迷い、途中、中川から外れ、最後、何とか起点にたどり着きました。今回。前回の最終地点までは、バス便がない。そこで、JR東鷲宮駅から朝日バスに乗って、「豊野コミュニテイセンター」まで。そこから上流に向かって歩くことにします。「県道3号線」が通る「門樋橋」(前回の最終地点)から工業団地までを省略するかたちになります。田園風景。遠くの山々まで見渡せます。左岸を歩きます。途中で見かけた大きなお屋敷。前回の時とは違い、日差しはあるものの、爽やかな天気。前日までの雨で水は濁り、けっこう流れも速そう。その中に、水鳥(たぶんカルガモ)の姿もチラホラ。今日最初の橋。「八ツ島橋」。人...JR東鷲宮駅~東武「羽生駅」。その1。八ツ島橋・古い橋。道橋。合流する落水(堀)。内野橋。天神堀。(「中川」を遡る。第8回目。)

  • 寒露。10月8日(土)。十三夜。初雁。雁書。菊花酒。キリギリス。栗。秋サバ。ハタハタ。・・・

    羽生市にて。今日は、24節気のうちの17番目「寒露」。期間で言うと、10月8日〜10月23日頃となります。最も月の美しい夜と言われる「十三夜」の日でもあります。※樋口一葉『十三夜』今宵は舊暦の十三夜、舊弊なれどお月見の眞似事に團子いし/\をこしらへてお月樣にお備へ申せし、これはお前も好物なれば少々なりとも亥之助に持たせて上やうと思ふたけれど、亥之助も何か極りを惡がつて其樣な物はお止よしなされと言ふし、十五夜にあげなんだから片月見に成つても惡るし、喰べさせたいと思ひながら思ふばかりで上る事が出來なんだに、今夜來て呉れるとは夢の樣な、ほんに心が屆いたのであらう、自宅うちで甘い物はいくらも喰べやうけれど親のこしらいたは又別物、奧樣氣を取すてゝ今夜は昔しのお關になつて、外見みえを構はず豆なり栗なり氣に入つたを喰べ...寒露。10月8日(土)。十三夜。初雁。雁書。菊花酒。キリギリス。栗。秋サバ。ハタハタ。・・・

  • 『民主主義全史』(ジョン・キーン 岩本正明訳)ダイヤモンド社

    安倍元首相の「国葬儀」。法的根拠もないまま、閣議決定もないまま、国会への事前手続き(説明・同意)もないまま、すべて「ないままに」、岸田首相の独断というべきかたちで決定され、多額の税金を支出し、さらに自衛隊を前面に出して、挙行されました。葬儀前もその後も、国民の意思(反対多数)は一顧だにされず、無視されています。しかし、一方でこうした自公政権を支持する議員・支援者だけではなく、快哉と叫ぶ識者と称する評論家、文化人がマスコミにしばしば登場している現状。「旧統一教会」、また「統一教会」と自民党との癒着問題は大した問題ではない、他にたくさん課題が山積している、それを論議すべきだ、と、野党たたきとマスコミへの圧力・・・。安倍国葬でも、若い世代が多く献花に参列した。反対意見は、大陸からのものだ(そう投稿した議員は、撤...『民主主義全史』(ジョン・キーン岩本正明訳)ダイヤモンド社

  • 東武線「幸手駅」~「栗橋駅」。その3。島川の流れ。カルガモ。JR宇都宮線。県道3号線。(「中川」を遡る。第7回目。)

    「久喜宮代衛生組合八甫清掃センター」。新幹線の鉄橋をくぐり、すぐ上流にある橋を渡ります。下流を望む。上流を望む。この付近の今昔。1880年代のようす。中川(旧島川)のようす。けっこう大きな流れになっている。自然堤防が現在も残っている。利根川東遷後も、大きな川としてあり、両岸には「塚」という地名があり、微高地だったことが分かる。2010年代のようす。改修された中川。左が新幹線。左岸に旧土手が細い道に。右岸を上流の「島川橋」に向かって歩きます。新幹線高架橋。水鳥。大きくなったカルガモの姿も。田園風景が広がる。「稲荷木排水路」。ヨシの原。しかし、この先、「島川橋」の改修工事のため、土手道は行き止まり。土手を下りて歩くことに。迂回してやっとたどりついた「島川橋」から上流を望む。橋を渡って左岸へ。ふと下を見ると、カ...東武線「幸手駅」~「栗橋駅」。その3。島川の流れ。カルガモ。JR宇都宮線。県道3号線。(「中川」を遡る。第7回目。)

  • 東武線「幸手駅」~「栗橋駅」。その2。かつての利根川本流(権現堂川)。狐塚。東北新幹線。(「中川」を遡る。第7回目。)

    広場の四阿。左手奥が中川の流れ。その手前の農家の道路端にはコスモス。周囲のようす。ここで、小休止。さて、先を続けます。右手は狐塚というところ。歩いているところは、自然堤防の一部。右手に池が。この「内池」は、天明六年の洪水によってできた「落ち堀」。その3年前に起こった浅間山の噴火の影響で火山灰などが堆積し、中川(当時は島川)は、河床が上昇し、洪水が起こりやすくなっていました。「狐塚ヘルシーパーク」。「ヘルシー」という名前のとおり、おもに大人が健康を保つための遊具が置かれています。トイレがあります。「昭和橋」。中川左岸の久喜市狐塚と右岸の幸手市松石とを結び、埼玉県道316号線(阿佐間幸手線)が通ります。この先は、中川を見ながらの土手歩き。「昭和橋」を振り返る。右手が久喜市、左手が幸手市。暖かい日差しの下、のん...東武線「幸手駅」~「栗橋駅」。その2。かつての利根川本流(権現堂川)。狐塚。東北新幹線。(「中川」を遡る。第7回目。)

  • 東武線「幸手駅」~「栗橋駅」。その1。権現堂堤・彼岸花。行幸橋。中川旧流路。(「中川」を遡る。第7回目。)

    「権現堂堤」。久々に「中川」の上流を歩きました。予定では、「権現堂堤」から上流を行けるところまで、と。ところが、JR宇都宮線の踏切から先の道に迷い、行ったり来たり。うろうろしたあげく、暑いくらいの陽気の中で歩き疲れ、途中、県道沿いのお店に入って、遅い昼食。その先は諦めて、栗橋駅まで戻ることに。結局、駅の数としては二駅分。それでも、青空の下、久々の歩きでした。幸手駅から歩いて約40分。日光道中歩き以来の「幸手宿」。そして、「権現堂堤」へ。前回、中川歩きで今年の6月に来たときは、アジサイの花がたくさん。今回は、彼岸花が。少し時期は遅かったですが、それでも、堤一面、彼岸花。白色のものも。土手上にあるのは、「行幸堤之碑」。「行幸堤(みゆきづつみ)之碑」。権現堂堤は、権現堂川の水防のために江戸時代になる前に造られた...東武線「幸手駅」~「栗橋駅」。その1。権現堂堤・彼岸花。行幸橋。中川旧流路。(「中川」を遡る。第7回目。)

  • 秋分の日。秋の彼岸(ひがん)会。暑さ寒さも彼岸まで。おはぎ。秋の日はつるべ落とし。

    彼岸花。すすき。台風が近づいているせいか、曇りから雨模様になりそうな東京地方。最近は、台風の影響ばかりでなく、どうもお天気が不安定な日が続きます。「暑さ寒さも彼岸まで」というように、めっきり涼しくなりましたが、・・・。二十四節気の第16番目「秋分」。「春分」と同じように、太陽が真東から昇り真西に沈む、昼と夜の長さが同じになる日。※じっさいには、昼の方が少し長い。今日、9月23日は、「秋分の日」。お寺では、「秋季彼岸会」が行われます。お墓参りをする方も。※「秋分の日」は、1948年(昭和23年)に公布・施行された「祝日法」(昭和23年法律第178号)によって制定された。同法第2条では「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ。」ことを趣旨としている。(「Wikipedia」より)秋分の日を中心とした一週間が秋...秋分の日。秋の彼岸(ひがん)会。暑さ寒さも彼岸まで。おはぎ。秋の日はつるべ落とし。

  • 向島百花園。ハギのトンネル。秋の七草。「お好きな服は」。もっこく。侘助。彼岸花。・・・

    秋の七草。萩、女郎花、藤袴、薄、桔梗、・・・ききょう。ふじばかま。すすき。「お好きな服は(おすきなふくは)」。秋の七草の覚え方。おみなえし、すすき、ききょう、なでしこ、ふじばかま、くず、はぎ。園内の至る所に萩の花が咲きそろう。萩のトンネル。白い花の萩。スカイツリー。秋めく園内。もっこく。侘助。ツバキの一種。小形で赤い一重の花が、八分ほど開いてぽとりと落ちる。茶人に好まれ、茶道の茶室に飾る、「茶花」の代表的な存在。じんじゃー。「ジンジャー」は「生姜(しょうが)」の英名。白い百合(ゆり)のような色の花の様子から「ジンジャーリリー」と呼ばれ、しだいに「ジンジャー」に短縮された。彼岸花=曼珠沙華が。日本列島では水田の畦や墓地に多く見られ、人為的に植えられたと考えられている。その目的は、畦の場合はネズミ、モグラ、虫...向島百花園。ハギのトンネル。秋の七草。「お好きな服は」。もっこく。侘助。彼岸花。・・・

  • 向島百花園。ハギ。その前に、「変化朝顔」展示会。寺島なす。おとこえし。・・・

    9月17日(土)。晴れ。台風の来る前、百花園に出かけました。ハギが満開。他の秋の七草も咲きそろう時期。訪れる人もたくさんな昼下がり。園内には、「変化朝顔」の展示。向島百花園では江戸時代から続く園芸文化の保存と伝承のため、農産高等学校と協力して変化朝顔を展示しています。江戸っ子に親しまれた、珍花奇景色な変化朝顔の世界をお楽しみください。協力:東京都立農産高等学校園芸デザイン科園芸部夏の朝を彩るアサガオは,多くの日本人にとって非常に親しみのある植物だ。だが,普段見慣れた大輪の丸い花以外にも,さまざまな姿のアサガオがあることをご存じだろうか。ここで紹介する写真や絵のほとんどは,アサガオ(学名:IpomoeanilまたはPharbitisnil)という1つの種から突然変異によって生まれたものだ。とても同じ種とは思...向島百花園。ハギ。その前に、「変化朝顔」展示会。寺島なす。おとこえし。・・・

  • 「戦争と罪責」(野田正彰)岩波現代文庫

    本書は、1998年8月、岩波書店より刊行され、2022年8月、「岩波現代文庫」として発刊されたものです。戦場で残虐行為を行った兵士たちの心情を精神病理学者が丹念に聞き取る。なぜそのような行為を行ったのか、その時に何を感じたのか、その後、自らの行為とどのように向き合ってきたのか...。集団に順応することを求められる社会において、抑圧された「個」の感情を私たちはいかにして回復するのだろうか。・・・「焦燥の時代」があった。近代化を急ぎ、富国強兵に向かって攻撃性を最大限に活用しようとした社会は、基本的に不機嫌であった。人々の気分は変調しやすく、権威的で、攻撃する対象を求めて常に易刺激的であった。地位、役割、身分、性などに応じて優越感と劣等感を併せ持ち、誰に対してへりくだり、誰に対して威圧的になるか、誰に対して寛大...「戦争と罪責」(野田正彰)岩波現代文庫

  • 『どうにもとまらない歌謡曲―70年代のジェンダー―』(舌津―ぜっつ―智之)ちくま文庫

    この書、今から20年前、2002年に晶文社から刊行され、今回、加筆訂正されて「ちくま文庫」から発刊されたものです。「歌は世につれ、世は歌につれ」。70年代に歌われた歌謡曲の歌詞、歌声、歌い方、振り付けなどを細かく、ジェンダーの視点から分析評価した内容。20年前にはジェンダーなどという言葉はなかったような。あったとしてもごく一部のことでした。男女の生物として性別、というとらえ方が大半で、それも男優位の考え方。性的な区分けでなく、社会的にとらえる「男女観」「男女の役割」という「ジェンダー」の視点でこの書をとらえると、野心的で先駆的書であることを感じます。※1970年は田中美津らによる「ウーマンリブ」が立ち上がった「第二波フェミニズム元年」だった。(斎藤美奈子さんの解説P306)本題に入る前に、いくつか。197...『どうにもとまらない歌謡曲―70年代のジェンダー―』(舌津―ぜっつ―智之)ちくま文庫

  • 仲秋の名月。9月10日。向島百花園。

    「向島百花園」の「月見の会」に出かけました。今までに見たことがないような大勢の人が。外国人の姿も目につきます。3年ぶりとか。晴天。きっと満月が望めるでしょう。四つ木橋からの夕日。七草をはじめ、秋の草花が。ネムノキ。陽が落ち、行灯にも灯りが。スカイツリー。琴の音が響いてきます。水面に映える雪洞。とっくに満月が東の空に上がってきているはずですが、ビルの谷間のため、お月様は拝めません。そこで、スカイツリーへ移動しました。隅田公園から。仲秋の名月。9月10日。向島百花園。

  • 「白露」9月8日。「重陽の節句」9月9日。「仲秋の名月」9月10日。

    二十四節気の15番目「白露」。処暑から数えて15日目頃。この日から仲秋になります。草の葉に白い露が結ぶという意味。※「陰気ようやく重なりて露こごりて白色となれば也」(「暦便覧」)夜のうちに大気が冷え、草花や木に朝露が宿りはじめる頃。また、秋分までの期間を指します。本格的な秋の到来を感じられる頃です。日中はまだ暑さが残りますが(30度以上が続くことも)、朝夕の涼しさの中に肌寒さも感じ始めます(自転車をこいでいると、陽の落ちるのも早くなって、涼しさを感じます)。そして明日9月9日は、五節句のひとつ、「重陽の節句」。「菊の節句」とも呼ばれ、菊酒を飲んだり、栗ご飯を食べたりして無病息災や長寿を願います。漢詩を二つ。九月九日憶山東兄弟王維独在異郷為異客毎逢佳節倍思親遥知兄弟登高処徧插茱萸少一人独り異郷に在りて異客と...「白露」9月8日。「重陽の節句」9月9日。「仲秋の名月」9月10日。

  • 「向島百花園」虫ききの会。8月28日夜。

    初めて参加しました。8月28日(日)18:00~。昼頃は、雨が時折降るような空模様でしたが、夕方からは、晴れてきました。心地よい、涼しい風も吹いてきて。「百花園」。ふだん、夜は開放していませんが、このときは、夜9時まで開園しています。三々五々、人々が。浴衣姿のご婦人たちも。暮れなずむ園内。虫かごのムシたち。マツムシ。鉢植えの草花の展示。スカイツリー。刻々変化するスカイツリー。行灯や雪洞が灯され、草むらからコオロギ、スズムシなどの声が響く。袖ふれて一期一会の虫の声ハギのトンネル。お休み処。「御成座敷(おなりざしき)」に灯りが点り、お茶会が催されています。四阿で商談する人たち?池にも灯りが映り、写真では伝わりませんが(写りもよくないです)、動画では虫の声がたくさん拾えました。向島百花園。ここはすっかり秋の気配...「向島百花園」虫ききの会。8月28日夜。

  • 城ヶ島めぐり。その3。角川源義句碑。ウミウ生息地遠望。馬の背洞門。

    ウミウ、ヒメウ及びクロサギの生育地展望台を経て、西に向かいます。城が島のウミウ、ヒメウ及びクロサギの生育地。城ヶ島の南側、太平洋の荒波を受ける断崖は高さ約30㍍、幅2キロメートルに及び、自然景観もよく残されている。この崖の中ほどやや東に位置する赤羽根海岸周辺には、崖面の岩棚や割れ目にウミウとヒメウ、それにクロサギが生息することでよく知られている。ウミウとヒメウはウの仲間で、夏期は北日本などの冷涼な地域で繁殖し、冬季には温暖な地方へ南下して冬を過ごす。城ヶ島においては、例年10月末頃から渡来し、少数のヒメウのほか、最盛期のウミウは千数百羽を数え、やがて春になると北へ帰っていく。一方、クロサギは、南方系のサギで、太平洋側では房総半島や城ヶ島を北限域とする。体は黒く見えるが、くちばしと足が長くて黄色がかるので、...城ヶ島めぐり。その3。角川源義句碑。ウミウ生息地遠望。馬の背洞門。

  • 城ヶ島めぐり。その2。城ヶ島公園。城ヶ島・首都防衛の最先端。砲台・観測所・展望台。安房埼灯台。

    公園案内図。松虫にささで寝る戸や城ヶ島たかし秋の夜松虫が鳴いている島の漁家は戸締まりをしないまま松虫の鳴く声声につつまれて安らかな眠りに入っているこの俳句は松本たかし昭和13年(1938)の作。当時、この城ヶ島には大橋はなく、三崎との渡し舟が唯一の便であった。さらに東京湾防衛の要塞地帯で、島へ渡るのには軍の制約があり、殊に夜に渡る人など稀であったことから、初秋の夕べには虫の鳴きこぞる島となった。島の漁家のいとなみは、素朴そのもの。松虫の鳴く頃は、涼をとるため蚊帳を吊って、雨戸を開けたままで寝ている。このような島の叙情が、たかしの高い詩心によってうたいあげられた。松本たかし=子規・虚子の写生を根本とした俳人。三崎の風光を愛し、ししばしば来遊。上記のように、城ヶ島は明治以来、首都防御の最先端であったようです。...城ヶ島めぐり。その2。城ヶ島公園。城ヶ島・首都防衛の最先端。砲台・観測所・展望台。安房埼灯台。

  • 城ヶ島めぐり。その1。城ヶ島大橋。北原白秋碑。

    城ヶ島大橋。久々の三崎口駅。そこからバスで、城ヶ島へ。久々。7.8年ぶり?今日は、一転して雨模様。しかし、昨日、8月27日(土)は、快晴。暑い日差しに参った、参った。遊覧船が通過。「城ヶ島大橋」解説板。三崎港の天然の防波堤城ヶ島は、北原白秋の詩で有名な島です。漁港の整備のために、従来の渡し舟にかわって三崎と島を結ぶ城ヶ島大橋が昭和35年(1960)4月に完成しました。城ヶ島大橋は、全長375㍍、幅7㍍の車道、その両側に幅2㍍の歩道があります。我が国では最初の本格的なもっとも長い鉄鋼の橋で、はこ形の橋桁を用いて軽量化をはかり、高度の技術を用いて2020トンの重量にも耐えられるようにしてあります。橋脚の海面からの高さは、最大で23.5㍍、海面下は18㍍で、安定度の高い構造で千トン級の船がこの下を楽に航行できる...城ヶ島めぐり。その1。城ヶ島大橋。北原白秋碑。

  • 処暑。8月23日(火)。二百十日。秋の七草。木槿。鰯・秋刀魚。越中八尾 おわら風の盆。

    尾花(ススキ)。今日、8月23日は、24節気の14番目「処暑(しょしょ)」。秋になって二番目。この時期から次第に夏の暑さが収まってくるとされている。暑さが和らぐという意味。穀物が実り始める頃。厳しい暑さの峠を越し、朝夕は涼風が吹き始め、山間部では早朝に白い露が降り始め秋の気配を感じます。まだまだ日中は、蒸し暑く、出歩くにも一汗かきますが、夕方は、風も出て涼しく感じられます。また、この頃は台風のシーズンでもあり、「二百十日(「立春」から数えて210日目)」、「二百二十日」とともに台風襲来の特異日です。※2022年の「二百十日」は9月1日(木)、「二百二十日」は9月11日(日)。七十二侯でいうと、・初侯 8月23日〜8月27日頃綿柎開わたのはなしべひらく綿を包む柎が開き始める頃。柎とは花の萼(がく)のことです...処暑。8月23日(火)。二百十日。秋の七草。木槿。鰯・秋刀魚。越中八尾おわら風の盆。

  • 諸磯湾~油壺湾めぐり。その3。磯遊び。三浦一族資料館。油壺マリンパーク閉館・キャンプパーク。三浦道寸の墓。胴網海岸。

    「荒井浜」は、この付近では一番大きなようです。渚の中央が砂浜で、左(南)右(北)が岩場になっていて、泳ぐだけでなく、磯遊びも楽しめる場所。磯遊びを楽しむ。向こうに見えるのは、「諸磯崎灯台」。浜辺には、「三浦一族資料館」。そこから海を望む。北側の岩場。海を望む。さて、次の海岸へ。この付近は、リアス式海岸になっていて、海岸線が入り組んでいます。「油壺マリンパーク」が閉館になり、再開発の予定に。・・・マリンパークは相模湾を望む三浦半島の先端部の高台に位置し、当時は東洋一とされた大回遊水槽などを有した施設として1968年に開業。葉山御用邸(同県葉山町)にも近く、皇族が非公式に訪れることも多かったという。81年には屋内でイルカなどのショーを観覧できる施設もオープンし、近年も週末を中心ににぎわいをみせた。建て替えの議...諸磯湾~油壺湾めぐり。その3。磯遊び。三浦一族資料館。油壺マリンパーク閉館・キャンプパーク。三浦道寸の墓。胴網海岸。

  • 諸磯湾~油壺湾めぐり。その2。新井城址。油壺湾。白秋文学コース。句碑。荒井浜・カメハメハ大王の渚。

    せっかくですので、油壺湾めぐりを。まず「荒井浜」に向かいます。その途中に、「新井城」空濠・土塁跡。「新井城址」解説板。「油壺湾」解説板。油壺の名のいわれは、永正13年(1516)新井城(今の油壺一帯)を最後の居城として立てこもった三浦一族が北条早雲の大軍を相手に、3年間にわたって奮戦しましたが、空しくついに全滅し、一族の将三浦道寸義同をはじめその子荒次郎義意は、自刃、他の将兵も討ち死に、または油壺湾へ投身したと伝えられ、そのため湾一面が血汐で染まり、まるで油を流したような状態になったので、後世「油壺」といわれるようになりました。北条五代記には、三浦一族全滅の模様を次のように記しています。「今も七月十一日には新井の城に雲霧おおいて日の光も定かならず、丑寅の方と未申の方より雷かがやき出て両方光入り乱れ風猛火を...諸磯湾~油壺湾めぐり。その2。新井城址。油壺湾。白秋文学コース。句碑。荒井浜・カメハメハ大王の渚。

  • 諸磯湾~油壺湾めぐり。その1。諸磯ヨットハーバー。MISAKI MARINE。初島・利島ヨット レース遭難の碑。

    久々の京急「三崎口駅」下車。「浜諸磯」(三崎港経由)行きのバスで、「尾志倉」バス停下車。今回は、諸磯湾から油壺湾まで歩きます。前回よりも暑さは和らいでいる感じ。でも、暑い!道しるべ。「関東ふれあいの道」。このように、けっこう入江の多い道筋です。諸磯湾。たくさんのヨットが停泊中。諸磯ヨットハーバー。沖を望む。「SOPRA(ソプラ)」(閉業)。すぐ「油壺湾」に。ここも大きなヨットハーバー。その脇道を進みます。「MISAKIMARINE」。大型ヨットがズラリ。桟橋から振り返る。回り込むと、初島・利島ヨットレース遭難の碑この小網代をスタートしてわれらは進んだ永遠のレースへ吹きつのる風おしよせる波最後まで、力を尽くしてたたかったあの水平線のかなたはわれらのしとね海を愛する人々よ。忘れないでくれ海のきびしさ、海のやさ...諸磯湾~油壺湾めぐり。その1。諸磯ヨットハーバー。MISAKIMARINE。初島・利島ヨットレース遭難の碑。

  • 8月7日。曇り後晴れ。立秋。暑さ寒さも「彼岸」まで。秋来ぬと・・・。朝顔。オミナエシ。キキョウ。ススキ。・・・

    「向島百花園」にて。今日は、24節気の13番目、立秋。暦の上では、立冬(2022年は11月7日)の前日までを「秋」となります。暦の上では秋に。東京地方。朝方は、曇り空でしたが、午後は晴れ。相変わらず蒸し暑い。そして、明日からは、また暑い日が続くようです。各地でのゲリラ豪雨も相変わらず激しく・・・。昔から、暑さ寒さも「彼岸」まで、というように、9月のお彼岸頃まではまだまだ暑く感じる日も多いようです。が、「立秋」と聞いただけで、いよいよ暑さは峠を越し、少しずつ秋に向けて進んでいく感じがするのは、不思議ですね。『古今和歌集』に、秋来(き)ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる藤原敏行作者は、平安時代前期の貴族、歌人、書家で、三十六歌仙の一人。空海と並べられるほどの書道の大家でした。「詞書」には、「...8月7日。曇り後晴れ。立秋。暑さ寒さも「彼岸」まで。秋来ぬと・・・。朝顔。オミナエシ。キキョウ。ススキ。・・・

  • 「三崎港」。あれこれ。その2。イルカ。海外港。浜諸磯。

    けっこう暑くなってきます。予想では、もう少し海風が吹いてくる、と思っていましたが。ほぼ無風。考えが甘かった!右手の壁に「イルカ」。有名な撮影ポイント。「油壺マリンパーク」は、閉鎖されましたが、イルカのショーが人気を集めていたようです。海外(かいと)港。三浦半島の西側の海岸は入り組んでいて、小さな港も多くあります。また、海に突きだした岩など、地層など興味深いものが多く観察できます。「海外」バス停。「かいと」と読みます。次のバス停「尾志倉」の先で、左折し、上り坂を。※コース設定では、左折せずにそのまま県道を進み、「諸磯港」・「油壺湾」へ向かいます。突き当たりを左折して、下り坂を延々下って、「浜諸磯」へ向かいます。けっこう歩きました。浜へ下って行きます。対岸は、油壺湾先端方向。トンビの姿が。のんびりと海を眺めな...「三崎港」。あれこれ。その2。イルカ。海外港。浜諸磯。

  • 「三崎港」あれこれ。その1。「うらり」。「三崎館本店」。歌舞島。二町谷公園。漣痕(れんこん)。北原白秋。

    久々に京急「三崎口駅」へ。今回、三崎港から油壺湾まで、という予定でした。が、炎天下のため道半ばで挫折した、そのレポートです。「油壺・入江のみち」。三崎漁港から油壺まで、西海岸線づたいに入江と丘陵地帯を歩く、というコースをたどるつもりでした。ところが、出来るだけ海岸へ近づこうと県道から左に折れ、上り坂・下り坂を行ったり、戻ったりで、・・・。暑さに負け、でした。レンタサイクルに乗って三崎港付近を走っているカップル。けっこう上り坂を青息吐息で必死にこいでいるケースも見かけました。真夏にチャレンジするコースではなかった、です。たくさんの観光客がバスから降ります。「みさきまぐろきっぷ」を手にした老若男女の方々。何年か前にじじばば達とその周遊券で三崎・城ヶ島巡りをしました。「うらり」。帰りに寄って、干物セットを買いま...「三崎港」あれこれ。その1。「うらり」。「三崎館本店」。歌舞島。二町谷公園。漣痕(れんこん)。北原白秋。

  • 向島百花園。大暑の日の。風鈴。ムラサキゴテン(紫御殿)。おにゆり。とけいそう。ほおずき。へちま。正岡子規。

    涼しげな四阿。風鈴の音が暑さを和らげてくれます。さて、昨日、「大暑」にちなむ「オシロイバナ」を探しに向島百花園へ。道すがらも含め、夏の花を見かけました。その報告。「向島百花園」に向かう途中、水戸街道沿いに植えられたツツジの中に見つけた、鮮やかな紫色の花は?小さなピンクの花が咲いています。「百花園」の職人さんに早速お聞きしました。「ムラサキゴテン」というそうです。ツユクサ科の園芸植物だそうです。メキシコに分布する常緑性多年草でツユクサの仲間です。葉をはじめ茎や萼(がく)に至るまで全身紫色に染まる姿が神秘的できれいです。葉は厚みがあり多肉質で、乾燥に強い。葉の表面には白っぽい色をした細かいうぶげのようなものがたくさん生えており、光の当たる角度によって葉色が変化して見えます。特徴的な葉色を活かして寄せ植えや花壇...向島百花園。大暑の日の。風鈴。ムラサキゴテン(紫御殿)。おにゆり。とけいそう。ほおずき。へちま。正岡子規。

  • 7月23日(土)。大暑。土用丑の日。桐。入道雲。オシロイバナ。ニガウリ。打ち水。・・・

    今日は、二十四節気の第12番目・「大暑」。一年でもっとも暑さが厳しく感じられる頃。夏という季節に当てはまる二十四節気は、5月5日「立夏」からスタートし、小満、芒種、夏至、小暑、大暑となります。あります。今日も厳しい暑さになっています。それでも、6月のあの「猛暑日連続」とは少し趣を異にしているようですが。七十二侯でいうと、7月23日から次の二十四節気の第13番目・立秋の8月7日(日)までの期間。・初侯 7月22日〜7月26日頃桐始結花きりはじめてはなをむすぶ桐が花を咲かせる頃。盛夏を迎える頃には、卵形の実を結びます。桐は、伝統的に神聖な木とされ、豊臣秀吉などの天下人が好んだ花であり、現在も日本国政府の紋章として使用されています。・次侯 7月27日〜8月1日頃土潤溽暑つちうるおうてむしあつし熱気がまとわりつく...7月23日(土)。大暑。土用丑の日。桐。入道雲。オシロイバナ。ニガウリ。打ち水。・・・

  • コロナワクチン第4回目接種

    そうなんです、これまで3回はファイザーだったんですが。副作用っていわないですね、副反応がちょっと心配で。いっときモデルナはその副反応ということですか、ファイザーに比べて強く出るとか。武田薬品がかんでいるんですか。けっこうファイザーがファイザーがッ、という感じでしたね。モデルナがいやだ、というわけじゃなくて、副作用が、じゃない副反応が心配で。(この爺さん、あれこれうるさいね)明日になった方が副反応が出ますか。今日は、お酒もけっこう。お風呂も。(にやっとしたね、おじいさん。年寄りはお酒のことになると、目の色が変わるな)明日は、お酒は控えめに、ですか。あちこちで出歩かずに、家で安静にしていて下さい、と。いえね、昨日の晩も今日のことがあるんで、お酒を飲まなかったですが。(このじいさん、やけに真っ黒に日焼けしている...コロナワクチン第4回目接種

  • 向島百花園。その2。むかでらん。やぶかんぞう。おいらんそう。はんげしょう。がまの穂。おみなえし。はぎ。・・・

    入口の柱に架けた木に「ムカデラン」。日当りのよい岩壁や樹木に着生する多年草です。「着生」は単に場所を間借りしているだけで、自前で光合成し雨や空気中から水分を吸収するので、支持体となる樹木から栄養分を奪うことはありません。ムカデランの名の由来は、細長い茎の両側に短い葉がたくさん生える様子をムカデに見立てたものです。フジに花房が。「やぶかんぞう」の群落。見頃は過ぎましたが。三崎「黒崎の鼻」で見たのは、「はまかんぞう」でした。「おいらんそう」。華やかな雰囲気。「百花園」にもありました。「はんげしょう(半夏生)」。池の畔に。向こう岸にも。「がまの穂」を見つけました。秋の七草・「おみなえし」。「はぎ」。百花園名物「はぎのトンネル」の開花は、まだ先のようです。山上憶良「秋の七草」の歌碑。芽(はぎ)の花乎花(おばな)葛...向島百花園。その2。むかでらん。やぶかんぞう。おいらんそう。はんげしょう。がまの穂。おみなえし。はぎ。・・・

  • 向島百花園。雨の中の。蓮。おぐらせんのう。さぎそう。ききょう。秋の七草。

    門前の蓮、一輪。まるで梅雨時のように、雨が降り流く「向島百花園」。それでも、数人、訪れる人が。おぐらせんのう。オグラセンノウは、ナデシコ科センノウ属の多年草。夏に引き裂いたような紅い色の花をつける。朝鮮半島北部、九州地方、岡山県以西の中国地方などの山間部の湿地帯に生育する。絶滅危惧種。(「Wikipedia」より)左がききょう、右がさぎそう。さぎそう。茎は単立して高く伸び、15-50cmにも達し、先端近くに1-3輪の白い花をつける。花期は7-8月。花の径は3cmほどで、唇弁は大きく、深く3列し、中裂片は披針形、両側の側裂片は斜扇形で側方に開出てその縁は細かく裂ける。この唇弁の開いた様子がシラサギが翼を広げた様に似ていることが和名の由来である。(「Wikipedia」より)やまあじさい(富士の滝)。はまなで...向島百花園。雨の中の。蓮。おぐらせんのう。さぎそう。ききょう。秋の七草。

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