一ノ宮を見送り、イツキと黒川も店を出る。 マンションまでは歩ける距離で、一応、その方向へと歩き出す。 黒川が半歩先を歩き、イツキは後ろから付いていく。 手を、繋げるほど、まだ酔いは回っていないようだった。 重要な話の途中だった気もするが、2人きりになるとどうにも…言葉が詰まる。 酒と肉と、一ノ宮が間に入ってくれた方が素直になれるのか。 「……マサヤ…
イツキは確か夕方までは、黒川に怒っていた。 女物の香水の匂いをさせて真夜中に帰ってくる不誠実な男に。 ハーバルの社長との待ち合わせが無ければ三浦の誘いに乗って、自分も、何か悪い遊びをしてやろうとさえ考えていたのに ギックリ腰の社長の介抱で、もう、そんな事はどうでも良くなっていた。 「……マサヤだって、昨日は遅かったのに…」 「ああ。だから…、悪…
イツキは帰って来ないかも知れない。 裏を返せばそれは、他の男と会っているのかも知れない。 そうでな無かったとしても、昨夜の喧嘩の後だ、気まずい空気が流れるのだろう。 愛だの恋だの思いやりだの、そんな言葉には反吐が出る。 一ノ宮に何を言われようとも、真面目に取り合う気はサラサラ無いぞ、と 黒川は斜に構え、イツキを迎えるつもりだった。 「…た…
黒川がマンションの部屋に戻って来たのは深夜2時。 事務所での仕事を終えて、一ノ宮と裏の焼き鳥屋に行って もう一件どこかにと誘うも断られ、渋々、帰って来たのがその時間だったが イツキはまだ、帰宅していなかった。 何の連絡も無しにイツキが帰らないことは稀だったが 昨夜の喧嘩の後の軽い嫌がらせなのだろうと、黒川は思う。 大体、どこに行くだの、何時に帰る…
事務所での仕事も一段落つき、黒川はデスクを離れ、ソファに座る。 テーブルの上に置いたままになっていた洋酒のボトルに手を伸ばし、グラスに注ぐ。 一ノ宮も一息ついたのか立ち上がり、部屋の隅の流しに向かうとグラスに山盛りの氷を入れ 戻ると、黒川のグラスに氷を半分分けてやり、残りのグラスに洋酒を注いだ。 「…お疲れさまです。…今日はもう、終わりにしまし…
「駄目です。俺、この後、予定があります」 と 三浦の下心はバッサリ切り捨てられてしまった。 その頃の黒川は、事務所で真面目に仕事に励んでいたのだが ため息と鼻息の多さと大きさに、一緒に仕事をしていた一ノ宮が若干、呆れていた。 不機嫌さを滲ませる理由は、大概が「イツキ」絡みなのだろうと解っている一ノ宮は 特に話を振る訳でもなく、淡々…
三浦は良くも悪くも、世間一般の常識というものにそう囚われない人種で 同性同士の恋愛や、少し変わった趣向にもあまり偏見は無かった。 そういったものを好む友人もいたし、そちらに、誘われた事もある。 自分はあくまでもノーマルだが、気持ちは、解らなくはない。 それでも、先日の 目の前でイツキが犯された光景は、衝撃的だった。 三浦の中の深い場所には、楔のよ…
イツキは別に、そこまで黒川に怒っている訳では無かった。 黒川が飲みに行くのも、帰宅が何時になるか解らないのも どこかで女性に会って、何かをしているかも知れないのも 今までにもよくある事だったし、ある程度は諦めも付いている。 ただ、腹立たしいのは黒川が、それらをイツキが許すというのを解っていて 適当な誤魔化しやおべちゃんらで、流そうとしている事だっ…
「ブログリーダー」を活用して、白黒ぼたんさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。
一ノ宮を見送り、イツキと黒川も店を出る。 マンションまでは歩ける距離で、一応、その方向へと歩き出す。 黒川が半歩先を歩き、イツキは後ろから付いていく。 手を、繋げるほど、まだ酔いは回っていないようだった。 重要な話の途中だった気もするが、2人きりになるとどうにも…言葉が詰まる。 酒と肉と、一ノ宮が間に入ってくれた方が素直になれるのか。 「……マサヤ…
会計に立ったのは一ノ宮だった。 黒川は喫煙ルームで一服していた。 イツキはトイレを済ませ、レジの前にいる一ノ宮の隣に並ぶ。 「……珍しいですね」 「…え?」 「社長が、あんな事を言うのも……」 お釣りと領収書を受け取りながら、一ノ宮が言う。それは半分、自分自身に語りかけるような口調だった。 「本当に、あなたの事を想っている。…変わりました…
締めのデザートにと運ばれた杏仁豆腐の皿を持ち 2、3度スプーンに掬っては口に運ぶ。 真面目な話をしている最中なのに、甘いものに、ついニコリと笑ってしまう。 イツキのこんな表情が見ていて飽きない所なのだなと、一ノ宮は思う。 「…困ってるんだよ。俺だって。 マサヤが、……昔に比べればビックリするほど優しいのは解ってるんだけど…それで十分、良いのも解ってる…
「…遊んでないよ。…ご飯食べに行ったぐらいだよ」 「ふん。何を食ったんだか…。喰われたの間違いだろう」。 イツキが、どこで誰と何をしているか、詳細までは解っていない。 清水は、こちらに戻って来ているというのを西崎から聞いていた程度だし 男と遊び云々は、イツキの帰宅時間や雰囲気や……スマホの位置情報や そんな所からの憶測で、まあ、鎌を掛けてみれば当…
「……俺は…、ハーバルにいたい。…やっぱり、仕事、してたい。 あそこにいると俺、やっとちゃんと、普通の人になれた気がする…… でも…… 普通過ぎてたまに、もやもやする。 たまに、すごい……えっちがしたくなる……」 そう言ってイツキは手元の酒を一気に飲み干す。 …もしかしてイツキは結構酔いが回っているのではないかと、一ノ宮はイツキを見返すが …
「…あ、空いたお皿…お下げしますね……」 「コレも。大丈夫です。あ、ネギだけ貰っておきます…」 テーブルの上の皿をカチャカチャと引く店員を黒川は忌々し気に睨む。 話の腰を折りたくて折っているわけではない。仕事なのだ、仕方がない。 イツキは別段気にする様子もない。 少しだけ残っていたビールを飲み干し、そのジョッキも店員に下げてもらい 新しく来た日本…
「本当に俺、ハーバルの本社に行っちゃっても良いと思います? それとも、別の仕事を探した方が良いのかな…… 俺、この先どうしたらいいのか、ちょっと真面目に考えてるんです……」 おや、先刻の話がまだ終わっていなかったのかと一ノ宮はイツキを覗き込む。 それも黒川にではなく、一ノ宮に聞くのがまた、面白い。 「ハーバルの仕事は、イツキくん、好きなのでし…
「お待たせいたしました。生ビール3つと上カルビです。 空いているお皿、お下げしまーす」 真面目な話を賑やかな飲食店でというのは良し悪しだろう。 勢いに乗じて話せる事もあれば、絶妙な間合いで中断される事もある。 イツキは、自分が言った言葉はさして重みが無かったかのように、会話を中断し、店員から皿を受け取る。 黒川は、イツキの言葉に返事をする間合いを…
「…イツキくん、最近お仕事の方はどうですか?」 「最近は……ちょっと暇です。ミカちゃんも戻って来たので…」 焼けた肉を裏返しながらビールを飲みながら、イツキと一ノ宮で近況報告。 ミカは産後三ヶ月。本格的に復帰という訳にはいかないのだが 近所に住んでいる義理の母親が非常に好意的で、週に1日、2日、ミカの気分転換も兼ねて 仕事に出ることに協力してくれて…
「カルビとタン塩。ハラミはタレで。あとサンチュとオイキムチ。 ビールが3つ。…あ、ビールで良かったですか?一ノ宮さん」 「ええ」 イツキと黒川の焼肉屋に、一ノ宮も同席していた。 イツキが強く誘ったからだ。 もちろん一ノ宮は最初は断ったのだが…多少は、イツキと黒川の普段の様子というものに興味はある。 黒川は、……何かやましい事があるのだろうか、イツキ…
「社長、飛行機のチケット、先にお渡ししておきます。13時羽田です」 「ああ」 「車は手配しますか?運転手付きでも…」 「いや、タクシーで十分だろう。あそこはホテルから近いし…」 週末の予定について黒川と一ノ宮は打ち合わせ中。 数日滞在し、地方のお偉い方とアレコレ交友を深める、一応仕事なのだ。 ふいに、黒川がスマホを取り出し耳に当てる。 それはイツ…
「……週末から出掛ける。一週間程だ」 と、黒川が言った。 イツキはコーヒーの入ったマグカップを口に寄せたまま、黒川を見る。 「…仕事だ」 「え?俺?」 「いや、違う。お前は留守番だ」 「はぁい」 何の仕事でどこに行くのか、誰と行くのか、など特に説明のなまいまま 互いにチラチラと顔色を伺うだけで業務連絡は終了した。 最近の2人は良くも…
待ち合わせた場所からホテルの部屋まではお互い無言だった。 これといった話題が無い、というか、イツキはまるで怒っている風だった。 部屋に入ると上着を脱ぎ、ふうとため息をつき、ソファに深く座る。 相手の男は困ったように薄く笑い、備え付けの冷蔵庫からビールの缶を取る。 「飲む?」の返事も待たずに、それをイツキに渡す。 イツキは黙って受け取り、とりあえず一…
イツキが家に帰ったのはまだ日付が変わる前。 結局清水とは何もなくするりと別れてしまった。 どうにも、消化しきれない想いを抱えたまま部屋に入ると 丁度、その間合いで顔を見たくない相手がいるもので 「……ただいま」 黒川は仕事が早く引けたのか、もうリビングのソファに座り 適当なツマミを広げ、酒を飲んでいる所だった。 帰りの遅いイツキを責め…
「…ははは。…何だよ、もうそんなに黒川さん一途になった訳?」 「……そんなんじゃ…ないです。でも……」 気まずそうに口籠るイツキを、それでも、清水は愛しそうに見つめる。 誘いに簡単に乗るようでは、清水の好きなイツキでは無いのだけど まるでその気が無いというのも…それはそれで、寂しいものだった。 「…まあ、…それ抜きにしても、…また飲みに行こうぜ…
「……イツキ、…この後どうする?」 そう清水が尋ねて来たのは、酒も程よく回った頃。 ふとイツキが、本当に無意識に、店内の時計に目をやった時だった。 テーブルの食べ物もほぼ無くなり、お開きにするにはちょうど良い間合い。 この後のどうにかする何かは、当然、酒のお代わりなどではない。 「…そろそろ、帰ります。明日も仕事なので」 「……そっか」 …
「…最初の一年は寮に入ってたんだけど、今はアパート借りてる。 …オヤジ?オヤジとは関係無いよ。 ああ、でも、車、買わせたけどな。はは。 跡なんか継がないよ。今どき、そんなんじゃねぇだろ。 まあ、連絡は取ってるけどさ……」 酒を飲みながら近況報告。 清水が西崎の息子だという事は、やはり気になる所なのだが 一定の距離は空けているようだ。 「…
「お、おう。久しぶり」 「お久しぶりですー」 突然、清水から連絡があった。 清水は、高校を出たあとは少し離れた地方に働きに行っていて 実際に会うのは久しぶりだった。 駅前の大衆居酒屋で待ち合わせる。 「…卒業して以来か?…2年ぶり?」 「やだ、そんなになりますか?…ああ、でも、俺たちもう21ですもんね…」 ダブリの2人は同い年。 そしてお…
「あ、おかえりなさい、マサヤ。今日は早かった…?」 「………ああ」 日付が変わらない内に部屋に帰って来たマサヤは、 何だか少し、不機嫌顔だった。 もう、寝る支度をして、最後にレンジでホットミルクを作っていた俺は ちらりとマサヤを見て、そして、何も気づかないフリをする。 マサヤの、仕事の、アレコレは あまり干渉しないのが一番。 「…お前…
その日。 黒川が仕事に伴い連れていたのは、ユウという少年だった。 「…あれ? 黒川くん、今日はあの子じゃないんだ?……ほら、イツキくん、だっけ…?」 「はは。若い子の方がよろしいでしょう?……イツキはもう引退ですよ」 とある案件の関係者を集めた会合は、広々とした、一泊何十万とするホテルの部屋で行われる。 手前の、景色の綺麗なリビングで、それらしい話…
「……イツキ。今日は、仕事は?」 キッチンのカウンターで黒川は、イツキの焼いた焦げた目玉焼きを突きながら、聞く。 イツキはすでに朝食は済ませたようで、コーヒーの入ったマグカップを持ち、ソファに座っていた。 「俺、今日は、休み。…買い物に行くけど、何か足りないもの、ある?」 「いや。……ああ、この間あった…胡桃のパンが美味かったな……」 「あの…
翌日。 黒川が目を覚ました時には、隣にイツキは寝ていなかった。 起き上がり寝室を出ると、キッチンから物音が聞こえ… どこかへ行ってしまってはいないのだと、少し安堵する。 けれど、それも束の間。 黒川と目を合わせたイツキはニコリともせず、ついと視線を逸らせ 何かを炒めているのか、フライパンをガツガツと揺する。 怒っているのだろうか。 黒…
「…やだ、マサヤ、酔っ払い…、重い……」 イツキにしてみれば急に腕を回され、ベッドに倒され、まるでプロレス技でも掛けられている気分。 のしかかる黒川はすでに半分眠っているようだ。 けれど、イツキが黒川の身体を押し除けようとすると、さらに腕に力を込めてくる。 「も……う、重い…ってば……」 「…イツキ、……松田に会うなよ」 「ええ?…会わないよ。…
「洗って返せば問題ない」 それは、かつてイツキに酷い仕事をさせていた時に 黒川が言っていた言葉だった。 そこにはありきたりの倫理観など無く、それがあるのだと、気付かせる事もなく ただの道具として、行為をさせるための言葉だった。 今のイツキがどれだけ、その言葉を忠実に守っているのかは解らない。 遊ぶための言い訳なのかも知れない。 それでも、あ…
黒川は、イツキが外で遊んで来る事を禁止している訳ではない。 イツキも、何かがあったとしても、そうそう表に出す事もないのだけど まあ、気配で解る時もある。 その相手が誰なのか、問いただしても良いが あまり詮索が過ぎ、嫉妬でもしているように見えるのも嫌で 薄く探りを入れつつ、気にならない素振りを見せつつ、不機嫌になりつつ。 けれど、そのあたりの加…
さて。 新店の視察が終わり、接待がてら、黒川と松田はそのまま店で飲む。 ホールの奥、一段高い場所にあるVIP席。 席では、店のナンバーワンと、ツーが、黒川と松田のためのグラスを作り ライトに照らされた正面のステージでは、ほぼ裸のダンサーが腰を揺らしていた。 「……下品な店だな…」 ごく小さな声で漏らした黒川の言葉を、松田は律儀に拾う。 「まあ、…
事務所には一ノ宮と、……松田がいた。呼んだ覚えはない。 訝しむ目つきで眺めていると、それを察したのか松田が弁明する。 「…いやっ、黒川さん。大久保の新店の視察に行くってゆっててじゃん。 俺も行こうかな…と、俺も関わったんだし……」 「…あんたも、暇だな…」 黒川はふんと鼻を鳴らし、ソファに座る。 先日立ち上げた店は、土地の売買などを黒川が、店…
蕎麦屋を出て事務所まで、歩く。 これから黒川は仕事なのだ。 「…お前はどうする?そのまま帰るのか?」 「ん。買い物して帰ろうかな。デリのサラダ、買っておく……」 「……パクチーが入っているのは止めろ。臭い」 交わすのは、そんな他愛もない会話ばかりで 肝心なことはなかなか、話せるものではない 黒川の今の仕事はどんなものなのか。あの少…
「俺、車の免許、取ろうかな……」 昼食にと訪れた事務所の近くの蕎麦屋で イツキが突然そんな事を言い出した。 黒川は蕎麦猪口を手に持ったまま、あやうく、麺を吹き出しそうになった。 「……馬鹿か。……お前の運転する車なんて…恐ろしくて乗れる訳が無いだろう」 「でも便利じゃない?何かと。マサヤの事、迎えに行ってあげられるよ?」 「死んでも乗るかよ」 …
ふと黒川が目を覚ますと、自分の腕の中にイツキが収まっていた。 昨夜はいなかったはずだ。 帰りの遅い自分を待てずに、イツキは巣箱で眠っていた。 途中で、こちらに移動したのか。 少し体勢を変えるとイツキも目を覚ます。 「……何時?」 「…知らん。……まだ、早い」 「……ん」 それだけ言って、後はまたお互い目を閉じ、身体を寄せた。 次に…
ホテルを出て、裏の細い路地を並んで歩く。 実は意外と、事務所からもマンションからも近い場所。 誰かに出会したら何と弁明しようかと、佐野は頭の片隅で考える。 そんな佐野の怯えを、イツキは察したようだ。 「…ごめん、なんて言わないでよ?佐野っち。 …別に、悪いこと、してないんだから。 …俺、今日は、良かった。佐野っちと会えて……話せて…」 「……
終わった後はしばらく恋人同士のように、抱き合ったまま余韻に浸っていたのだけど 退室時間を告げる電話が鳴って、現実に戻る。 「……もう、時間か。……帰んなきゃだな……」 「………ん」 佐野もイツキも、さすがにこれ以上は駄目なのだと解っている。 ぴたりと寄せていた身体を離し、重なっていた足を解き、絡んでいた指先を離した。 身支度を済ませて部屋…
佐野がイツキと最も親密だったのは、イツキがまだ15、6歳だった頃。 その頃に比べれば、イツキの身体も大分変わった。 肌は相変わらず滑らかで無駄な毛の一本も生えていなかったが 肉質というか質感というか、張りのある、男っぽい体つきになっていた。 声変わりも一応、したのだろうか。少し、低くなった。 それでも咄嗟の時に出る声は艶があり、落ち着いたトーンの分、…
手慣れた様子でホテルのチェックインをし、部屋へと向かう。 部屋は、過度な装飾もない、普通の質素な部屋だった。 浴びるほど酒を飲み、異様に盛り上がり、 ギラギラとしたライトが瞬くベッドルームにやって来たのなら そのままの勢いで、コトに及ぶのだが 部屋に入った所で、2人、手を繋いだまま ……一瞬、正気に戻り……妙な気恥ずかしさを覚えてしまう。 …
佐野がイツキと出会った当初。黒川の、イツキの扱いは酷いものだった。 イツキは客を取らされ、「仕事」の後はベッドから起き上がることも出来ないほどで。 送迎を任されていた佐野は、もろもろ、後始末も仕事の内で 最初の頃は仕方なく、汚れたイツキを洗い、痛みで泣くのをなだめたりしていた。 次第に、一緒に過ごす時間が長くる。 イツキは、佐野のアパートの部屋にも…
「…お前の『仕事』の後、よくメシ、食いに行ったよなぁ…」 「…行ったね」 「何年前だ?」 「……5年、くらい?……昔話だねぇ…」 イツキは佐野と目を合わせると、くすくすと笑う。 それはごく最近のことのようで、それでもやはり、昔の話で。 けれど忘れてしまうには、あまりに深く生々しい思い出だった。 「…佐野っち、…俺の面倒、良く見てくれたよね。…後…
「……イツキ。本当にいいのか?」 「良いって言ってんじゃん。…佐野っち」 街の外れの昔からある古いホテルの前で、佐野はもう一度確認する。 酒を飲み過ぎた訳でも、特別に嫌な事があった訳でもなく、 普通にお互い同意の上で、この建物に入るというのは……実はなかなか新鮮で 佐野は、繋いだイツキの手をぎゅっと握り、植え込みの奥にある入り口へと向かった。 …
「……昨日ね。ユウ、くん?に会ったんだよ」 「………は?」 「…仕事の後。……ホテルで」 イツキが重い口を開いたのは翌日の朝。 キッチンでコーヒーを淹れるイツキに、黒川が近寄った時だった。 それでも。 昨日の夜は、することはしたのだ。 若干、機嫌の悪いイツキを黒川は抱き締め、寝室へと連れ込む。 イツキはどこかのタイミングで、その話をしよ…
その後。 イツキとレノンとユウはホテルを出て レノンはユウを送ると言って、タクシーに乗り込み それを見送って、イツキも別のタクシーに乗り自宅へと戻った。 何だか妙に疲れてしまったのは、身体、よりも心で 青ざめた顔で肩を振るわせていたユウの姿が、思い出したくもない過去の自分に重なった。 「……なんだ。遅かったな」 マンションの部屋に戻…
「…それにしたって、こんな仕事。レノンくん、まだ、…学生でしょ」 「もう17だよ。学校も行ってない。働くのは別にいいんだけどさ。 ……今日のは、佐野さんに言われて、たまたま来ただけだし…… でも、なんか、自分もされたことだし…妙に生々しくってさ… 色々、思い出しちゃって……テンパっちゃった。 …来てくれて助かったよ。ありがと…」 やっと安…