「本当に俺、ハーバルの本社に行っちゃっても良いと思います? それとも、別の仕事を探した方が良いのかな…… 俺、この先どうしたらいいのか、ちょっと真面目に考えてるんです……」 おや、先刻の話がまだ終わっていなかったのかと一ノ宮はイツキを覗き込む。 それも黒川にではなく、一ノ宮に聞くのがまた、面白い。 「ハーバルの仕事は、イツキくん、好きなのでし…
佐野がイツキと出会った当初。黒川の、イツキの扱いは酷いものだった。 イツキは客を取らされ、「仕事」の後はベッドから起き上がることも出来ないほどで。 送迎を任されていた佐野は、もろもろ、後始末も仕事の内で 最初の頃は仕方なく、汚れたイツキを洗い、痛みで泣くのをなだめたりしていた。 次第に、一緒に過ごす時間が長くる。 イツキは、佐野のアパートの部屋にも…
「…お前の『仕事』の後、よくメシ、食いに行ったよなぁ…」 「…行ったね」 「何年前だ?」 「……5年、くらい?……昔話だねぇ…」 イツキは佐野と目を合わせると、くすくすと笑う。 それはごく最近のことのようで、それでもやはり、昔の話で。 けれど忘れてしまうには、あまりに深く生々しい思い出だった。 「…佐野っち、…俺の面倒、良く見てくれたよね。…後…
「……イツキ。本当にいいのか?」 「良いって言ってんじゃん。…佐野っち」 街の外れの昔からある古いホテルの前で、佐野はもう一度確認する。 酒を飲み過ぎた訳でも、特別に嫌な事があった訳でもなく、 普通にお互い同意の上で、この建物に入るというのは……実はなかなか新鮮で 佐野は、繋いだイツキの手をぎゅっと握り、植え込みの奥にある入り口へと向かった。 …
「……昨日ね。ユウ、くん?に会ったんだよ」 「………は?」 「…仕事の後。……ホテルで」 イツキが重い口を開いたのは翌日の朝。 キッチンでコーヒーを淹れるイツキに、黒川が近寄った時だった。 それでも。 昨日の夜は、することはしたのだ。 若干、機嫌の悪いイツキを黒川は抱き締め、寝室へと連れ込む。 イツキはどこかのタイミングで、その話をしよ…
その後。 イツキとレノンとユウはホテルを出て レノンはユウを送ると言って、タクシーに乗り込み それを見送って、イツキも別のタクシーに乗り自宅へと戻った。 何だか妙に疲れてしまったのは、身体、よりも心で 青ざめた顔で肩を振るわせていたユウの姿が、思い出したくもない過去の自分に重なった。 「……なんだ。遅かったな」 マンションの部屋に戻…
「…それにしたって、こんな仕事。レノンくん、まだ、…学生でしょ」 「もう17だよ。学校も行ってない。働くのは別にいいんだけどさ。 ……今日のは、佐野さんに言われて、たまたま来ただけだし…… でも、なんか、自分もされたことだし…妙に生々しくってさ… 色々、思い出しちゃって……テンパっちゃった。 …来てくれて助かったよ。ありがと…」 やっと安…
風呂場にいたのは、小柄な若い男の子だった。 以前、黒川と一緒にいた子に似ている気がした。 裸で、バスタブに寄りかかり、吐瀉物と排泄物にまみれ それでも嗚咽を繰り返し、満足に呼吸も出来ない状態だった。 何をされて、どうしてこんな事になったのかは 説明されなくても、イツキは知っていた。 なだめすかし、とにかく身体の汚れを洗い流し、風呂場から連れ…
タクシーでホテルに向かい、指定された部屋の前まで来て イツキは一応、警戒する。 ……ここはでは以前、レノンと間違われて、拐われて乱暴された事がある。 ……それに限らず、捕まって、犯されては……何度も経験しているのだ。 ベルを鳴らそうと上げた手を止めて、もう一度確認してみようとスマホを取る。 「……レノン君?……ドアの所まで来てるんだけど……
『……あー、イツキ? 悪いんだけどさ、ちょっと出て来てよ』 「……え?」 電話の相手は聞き慣れない、若い男の声だった。 イツキは不審がり、一度、スマホを耳から離して画面を確認する。 知らぬ番号からの電話に、出るはずはない。 画面には「レノン」と表示されていた。 『……もう、無理でさ。タクシー飛ばせばすぐだろ……、って、おい、聞いてるのかよ』 …
それから暫くは平穏な日が続いた。 新しい黒川の「仕事」の相手が気にならない訳では無かったが 特に波風も立たず。 帰りが遅い日などには土産にと、イツキの好きな和菓子や寿司などを持ち帰るので なんとなく、それで許してしまっていた。 松田は、3日に一度はハーバルに顔を出し、2回に一度はイツキを飲みに誘った。 まあ、それだけで、別にそれ以上のこともない。 …
「……うわ、酒臭いっっ、マサヤ…飲み過ぎ……」 真夜中を少し過ぎた頃、黒川が帰宅した。 イツキはすでにベッドに入っていたのだが、物音で目覚める。 どさり、と自分の隣に横たわる黒川は、珍しく酒に酔っているようで 片手でイツキの肩を抱き寄せると、顔を近づけ、酒臭い息を吐く。 「何?どうしたの?……大丈夫?」 「ああ。…くそ、松田のやつ。……調子…
「松田、お前、こっちに居過ぎじゃないのか?自分の仕事はどうした?」 飲みの途中で黒川は仕事の連絡を挟み、思いついたように松田にそう尋ねる。 松田も地元では、そこそこの組の幹部だ。それにしては、随分とのんびりしている様に見える。 「はは。こっちには週に2、3、顔出してるだけだ。ちゃんと、仕事はしているよ」 「……暇人だな…」 「黒川さんが忙し過ぎ…
「……仕事で使うのに、…仕込んでいる最中だ。お前のところだってあるだろう、そんな話。 ただの商売道具だ。それ以上の感情はない。 …まあ、楽しませては貰ってるがな……」 事務所の近くの焼き鳥屋に黒川を連れ出し、日本酒を数杯飲んだところで ようやく、言い訳がましい話を口にする。 松田は、空になった黒川のグラスに酒を注ぎ、自分も飲み 次は熱燗にしようと、…
「……何?今の子?」 「……。まあ、ちょっと、な」 松田はなんとなくそのまま事務所の中に入り込む。 事務所の中をぐるりと見渡し とりあえず、今、ここで情事が行われていたかどうかだけ確認し ソファの上が妙に濡れていないと解ると、そこに腰を下ろした。 黒川も無下に追い返すのは格好が付かなかったのか、ふん、と鼻息を鳴らし デスクの椅子に座ると書…
『イツキちゃん、気にしてたぜ? 赤ん坊、見に行きたいけど、自分は駄目だって。 まあ、気持ちは解らなくもないけどな。 世界に生まれたての、まっさらサラサラ。綺麗で純粋なところに 肉欲まみれのドロドロで穢らわしいモンを近づけちゃ駄目だってな。 相談された?黒川さん。されないか、そうだよな。 イツキちゃんを、そんなドロドロにした張本人だもんなぁ。 …
ハーバルの事務所に松田が来ていた。 あれこれ、仕事に関係がありそうな話をするのだが 単純に、イツキと話がしたいだけだった。 それでも、ミカが無事に出産を終えた事を伝えると 意外に素直に喜び、穏やかで優しい空気になる。 子供が産まれるというのは、そういう事なのだろうと、イツキは思った。 「会いに行くの? 病院…は、さすがにアレかな。でも、落…
その日 黒川が珍しく早い時間に部屋に戻ると イツキはキッチンで、鼻歌混じりに鍋を掻き混ぜていた。 テーブルには他にもデリカの惣菜やサラダ、良いワインなどが並ぶ。 「ミカちゃん、産まれたって。女の子。 すごいよね、俺、知ってる人が子供産むなんて、初めてで… ちょっと感動した」 「ミカ?……ああ、石鹸屋の女か。…ふぅん」 黒川にすれば別に…
黒川に抱かれながらイツキは こんなにも黒川の挙動が気になるのはなぜなのだろうと考えていた。 好きだの嫌いだの。もう、そんな感覚はどうでも良くて。 仕事で、黒川が他人を抱くのも、まあ仕方がないのだと割り切ってはいる。 …自分だって、他で身体を開いているのだ。今更、セックスの有無は問題ではない。 とりあえず今は、一緒にいたいと思って一緒にいる。それ…
以前から黒川の周りには、商売上の付き合いのある女性や男性の姿がチラついていた。 こういった稼業なのだから、ある程度は仕方が無いだろう。 イツキのような「商売道具」にするといって訳アリの子供を引き入れ その教育という名目で、何かをしていることも解っている。 そんな相手をイチイチ気にして、腹を立てたところで仕方がない。 嫉妬と言われても、癪なだけだ。自…
「……イツキくん?」 急にイツキに抱きつかれたミツオはきょとんとする。 別れが惜しくて、という訳でも無さそうだが…とりあえず、イツキの肩に腕を回す。 「……どうしたの?………、もっと話し、聞く?」 「いや、……あの。…違います」 2、3分間を置いて、イツキはミツオから身体を離す。 ゆっくりと通りの方を振り返り、先ほど見掛けた人影が、もう無いこと…
食事も済み、ボトルのワインも飲み干し、イツキとミツオは店を出る。 少し酔っているのか躓きそうになるイツキの、腕を、ミツオが支える。 「…こういうさ、2階のお店って、酒飲むと階段が怖いよね」 「…俺、そんなに酔っ払って無いですよ…」 「……そ?」 言いながら、絡めた腕でそのまま壁に押し当てて、唇を重ねる流れが実にスマートで 何の不自然もないような気…
その夜のイツキは、ミツオに合っていた。 ミツオの勤めている美容院に予約を入れた流れで、食事に誘われたのだ。 ハーバルで働くようになったのも、元々は、ミツオのお陰という事もあり 今でも、たまに連絡を取り、近況を報告するような距離感だった。 「……ちょっと短く切り過ぎちゃったかな?」 「いえ。俺、ちょっとちゃんとしなくちゃって思ってたトコなの…
黒川は、イツキに隠れて何か悪いことをしている意識は、まるでなかった。 あくまでこれは「仕事」なのだ。 黒川の元には度々、負債を抱えた…あるいは負債を抱えた者の身内が そのツケを身体で返すためにやって来る。 それらは商品のように、適所に回されて行く。 店を斡旋したり、直接、人に渡したりするのだが、当然 その前に、その状態を確認する必要がある…
「…特に何って訳じゃないんだけど、なんか…変なんだよね」 「ふふふ。イツキくん。…女の勘?」 「女……じゃ、ないよ……」 夕方。 ハーバルに顔を出した松田に、イツキはひとしきり黒川の愚痴。 松田の軽口に口を尖らせ、そっぽを向き、手だけは動かし石鹸の箱詰めなどをする。 「まあ、あんな稼業の人だし、…何かしらやましいことはあるんだろうけど。 ……
「…おかえりなさい。…割と早いね。仕事、忙しかったんじゃないの?」 夕食を終えたイツキがリビングの…コタツで寛いでいる時に、黒川が帰って来た。 イツキは声だけ掛け、それでもそれだけで、飲み掛けのビールを飲み、面白くもないテレビに視線を向ける。 黒川はネクタイを緩めながら適当に「ああ」と返事をして キッチンのカウンターに置かれていた、何かの紙袋を…
「イツキ。今日はウチの事務所には近付くな。…少し、立て込んでいる。 …ヤバい奴らの出入りも多い。……夕方には来るなよ」 ある朝。 黒川はわざわざイツキに念を押して、出掛けて行った。 イツキは「はぁい」と気の抜けた返事をしたものの、 よくよく考えると、何か、おかしいような気がするのだった。 日中。ハーバルで仕事をしていても、黒川の言葉が気…
「……なんだ、これは……」 ある夜。 部屋に帰って来た黒川はリビングの様子を見て声を上げる。 中央に置いてあったソファは窓際に追いやられ 代わりに、コタツが置かれ、その上にはカセットコンロと鍋が置かれていた。 キッチンの内側からイツキが声を掛ける。 「おかえり、マサヤ。ちょうど良かった」 「…何だ、これは…」 「モツ鍋」 「…そう言う事…
真夜中に帰って来た黒川はキッチンで水を一杯飲み ジャケットを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、寝室へ向かう。 ベッドの真ん中にイツキが眠っていたので 少し体を押し、空いた場所に潜り込む。 その動きでイツキは目を覚ましたのか、んん、と声を上げ薄く目を開く。 「……マサヤ…。おかえりなさい」 「…ああ」 「…………マサヤ」 まだ寝ぼけているようで、イツキは黒…
「……イツキちゃん、二条虎松とヤったの?……それを黒川さんに話したの?」 「…うん」 数日後。 ハーバルの店舗に顔を出した松田は、そのまま閉店まで付き合い 帰りがけに軽く、食事へと誘う。 イツキも、軽くなら良いですよと近くの店に入るのだが、まあ、軽くで済むはずもない。 何杯か飲み、近状を報告し、その話しになる。 「…黒川、…怒ったでしょ?…
「……はぁ?」 「…だから、大したこと無かったって。二条虎松。 俺、あの時、なんか感じが違って……、何かなって思って、確かめてみたんだけど… ……気のせいだったみたい。2回目は普通だった」 イツキがそんな事をポロリと告げたのは、夕食にと入った焼き鳥屋で すでにビールを数杯飲み、次は日本酒にすると、コップに並々注がれた酒を飲み干し 空いたグラスを傾…
夕方。イツキは黒川の事務所に向かう。 中では一ノ宮が1人、パソコンで作業をしていた。 お互い、ぺこりと頭を下げ、イツキはソファに座る。 この後、黒川と落ち合い、食事に行く予定だった。 「…いかがですか?、もう、問題は起こりませんか?」 「…ん?うん。…ああ、三浦さんがありがとうございましたって。 一ノ宮さん、向こうに少し言ってくれたんでしょう…
黒川がマンションの部屋に帰って来たのは、もうすぐ日付が変わる時間だったが イツキはまだ起きており、風呂上がりなのか濡れた髪をタオルで拭きながら「おかえり」と言う。 キッチンでは何か料理でもしたのか、皿と、フライパンと焦げた臭いが残り 飲みかけの、ワインのボトルが置いてあった。 「……1人でこんなに飲んだのか?」 「違う、違う。お肉焼くのに使った…
イツキが『仕事』で客を取らなくなって、暫く経った。 黒川との関係も概ね良好。 意にそぐわない行為の時には、ふいに黒川を思い出して、困る。などと 可愛い事を言ってみたりもする。 実際、二条との行為も、嫌だった。 三浦のとばっちりで、乱暴に組み敷かれ、された訳だが 嫌だと思う反面、身体は、異様に感じていた。 「なあ、店長さん。本当にさ、悪…
ひとしきり喋り、謝罪し、後は静かになる。 謝罪が済めば他に用事は無いはずだが、当然それで終わるはずはなかった。 「…なあ。…この後、付き合わねぇ? メシか酒でも、どうよ?」 「付き合いません」 「……じゃあさ、もう一回、やらせてくれねぇ?」 あまりにストレートな誘いに、予想はしていたが、イツキは呆気に取られる。 それで、了解の返事を得られ…
数日後。 1人でハーバルにいた昼間、ふいに、二条虎松が姿を現した。 イツキは当然身を強張らせ、カウンターの奥に行き、助けを呼べるようにとスマホを握りしめたのだが 二条は、何もしないよと両手を上げ、穏やかに笑いかけるのだった。 「いや、どうも。…この間は……悪かったね。はは」 「……何のご用ですか?」 「そう警戒しなさんなって。何もしないよ。……
ハーバルでの仕事を終え、横山を帰し、店を締める。 さすがに本社からの無茶振りはキツかったが、イツキにはまだ一仕事残っていた。 小さくため息をついて、少し歩く。 向かった先は、カフェみうら、だった。 「…ああ、おつかれさま。イツキてんちょ…」 「…おつかれさまです…」 店は、営業はしていないものの明かりが付き、珈琲の良い匂いが漂っていた。 …
イツキがハーバルに出社したのは翌日の午後になってからだった。 留守を任されていたパートの横山は、その間の業務をざっと報告し 部屋の隅に山積みになっている、本社から届いた段ボールを指差した。 今週中にすべてのラベルを貼り替えたのち、小分けにして送り直さなければいけないそれを ため息まじりに確認していると、 気配を察したのか何なのか三浦が挨拶に訪れた。 …
「…起こしてくれても良かったのに」 風呂上がりにそのまま寝てしまい、次に目を開けた時はもう翌朝だった。 イツキはせっかくの夜を無駄にしたと、不満げに口を尖らせる。 黒川はすでに着替えを済ませ、ネクタイまで締めていた。 「…それだけ休めたって事だろう。…それが目的なんだから良いじゃないか」 「……でも」 「どうせ、ヤれなかっただろ? ケツが…
狭い湯船の中でイツキは黒川の腕に身体を預ける。 コポコポとお湯の溢れる音だけが響く静かな空間。 周りを囲う植栽の合間から街明かりが見えなければ、本当に どこか遠くの、誰もいない星にでも来たようだ。 「……ああ、マサヤ……」 何か言い掛けて、イツキは口を噤む。 三浦のことや、ハーバルの店のこと。…松田に連絡をしようか、などなど 話しておきたい…
食事も終わり、黒川が軽く酔い覚ましにと風呂に入ると そこに、イツキも入って来た。 大人2人でも余裕のある内風呂。バルコニーには小さな露天風呂まである贅沢な造りだ。 「……なんだよ。風呂には入らないんじゃ無かったのか」 一応、黒川は一言いい、イツキはムッとした顔を見せる。 内風呂でパシャパシャと身体に湯を掛けたあと、露天風呂があるバルコニーの扉を…
「……風呂でも入るか」 急にそう言い出したのは黒川だった。 ……さすがに自分が下手な事を言ったと自覚したらしい。 イツキも押し黙り静かになった場を、どうにか変えようと思ったのだろうか。 「あまり飲んでからでもアレだしな。…内風呂でも広い…、ここの売りだからな……」 「…おれ、入んない…」 「……ハァ?……風呂に行きたいと行ったのはお前だろう?…
「…俺さ、ちょっと思ったことがある」 と、イツキにしては真面目な面持ちで、ぽつりと呟く。 黒川は一瞬何事かと思うが、それもまた顔には出さずに、酒を飲む振りをする。 イツキはチラリと黒川を見る。黒川はあまり興味のない様子をしているのだが、 それが逆に、話し易いのかも知れない。 「…俺さ、本当にもう今さら、誰かとヤルのなんて…どうでもいいじゃ…
夕食は、館内のレストランでも良かったのだが、…部屋で取ることにした。 人目にもつかないし、ゆっくりと時間を掛けることも出来る。 そう、食欲もない2人は適度に食事を楽しみ、酒を飲み 近況を報告し、酒を飲み、酒を飲み ようやく、本音を漏らし始める。 「三浦さんの事はマサヤ、どうにかしてあげてよ」 「……は?」 「あの人、馬鹿で。…土地、売らな…
到着した先は事務所から車で一時間も掛からない場所。 普通の、都内の、ホテルだった。 いわゆる温泉宿では無いと、イツキは一瞬、不機嫌さを滲ませるも 案内された部屋を見て、その気持ちは吹き飛んだ。 「……すごいねー…」 その空間に一歩足を踏み入れれば、もう、そこが都心のど真ん中だとは思えないほど。 狭過ぎず広過ぎず丁度良い室内は、和の趣で 窓から…
「…おや。今日は随分と早いのですね」 「………ああ」 そう一ノ宮が声を掛けるのも当然だった。 まだ昼だと言うのに黒川が事務所に現れ、机の上の書類をガサガサとやる。 必要なものを選り分け、どこぞに2、3、電話を掛け、口早に次の指示を出す。 どこか忙しない様子。 「社長?…何か、問題でもありましたか…?」 「いや。まあ、…そうだな。…今日はこの後、…
「…今日、仕事お休みにしたから、どっか連れて行ってよ」 「………は?」 朝。ベッドの上で目を開けるのとほぼ同時に、黒川はイツキにそう言われる。 黒川は何事かと、気だるそうに髪の毛を掻き上げながら身体を半分起こす。 昨夜は少々乱暴にしてしまい、ロクに話も出来ずに終わってしまった。 …トラブルに巻き込まれて痛い目を見るのは自業自得だ、とか、都合よく俺を…
黒川に怒られるだろうな、とは思っていた。 無用なトラブルには遭わないように気を付けてはいた。 きちんと連絡は入れたし、最悪の事態よりはまだ軽い被害で済んだと思う。 「仕事」をしていた頃はもっと酷いコトを、黒川の指示でしていた訳だし 何をもって黒川に怒られるのかが、今一つ解らなかったのだけど。 迎えに来た時から不機嫌顔。 マンションの部屋に…
寝室から出てきた黒川はキッチンへ向かい、水を一杯飲み、気を落ち着かせるようにため息を吐く。 少し手荒にしてしまったかと思い、いや、それ位の罰は当然だと思い それでも、やはり、やり過ぎたかと、ベッドの上のイツキを思う。 訳の解らない石鹸屋絡みで案の定トラブルを引き寄せて 痛い目を見るのはあいつだ。別にそれはどうでもいい。 事の始末に呼ばれ、手間…
三浦は、突然解放された事も丁度目の前に迎えの車が来た事も まだ事態が飲み込めず呆然としていた。 それがすべて、イツキが手を回してくれたことだと察すると、 ただただ頭を下げ、迷惑を掛けてすまなかったと詫びた。 「…まあ、細かい話はまた今度。…病院まで送りましょう」 そう言って一ノ宮は、イツキと三浦を車の後部座席に乗せる。 三浦は、パイプ椅子が…
そもそも、黒川がイツキからの連絡に気がついたのが遅かった。 四六時中スマホを握り締めている訳でもないし、直ぐに取れない時だってあるだろう。 それを見たのは、イツキが部屋に連れ込まれてから1時間ほど経った頃。 その頃にはもう、折り返しの電話に答えることは出来ない状態だった。 『糞』 と、黒川は相変わらずの悪態を付く。 どうせまた自らトラブルを招いた…
「………はい。二条です。お疲れ様です。……はい」 ケータイは上との連絡用のものだった。 二条は落ち着いた声で応対し、その様子を派手な上着の男も見守る。 手にはまだナイフが握られたままだったが、すぐに刺される心配は無さそうだった。 「………はい、…………えっ…」 二条は相槌の後、少し驚いた声をあげ、それからイツキの方を見た。 そしてようやく…
そこから先は、まあ、大騒ぎだった。 三浦は、イツキの前にいた男を突き飛ばし、イツキを護るようにその上に覆い被さり これから自分の順番と意気込んでいた男は激怒し、三浦を退かそうと、その背に蹴りを入れる。 「……み、三浦さ…ん?」 「…イツキてんちょ、…逃げよう、…立てる?」 「いや、……むり……」 そんな会話をしている間も男の攻撃は続く…
さすがに三浦も、この状況を見過ごす事は出来なかった。 元はと言えば自分の蒔いた種、イツキには何の落ち度も無い話なのだ。 どうにか助けてやりたいと、扉を叩く。 右手はまだパイプ椅子に括られている状態だったが、思い切ってそれごと、扉に当ててみる。 幸い、扉に掛かっている鍵は錠を回すような立派なものではなく、後付けの、ちょっとした金具のもので 何度目か…
イツキの両腕を押さえ込んでいた派手な上着の男は 正直、男との行為に興味は無かった。 兄貴分の二条が遊ぶと言うので、手伝っているに過ぎなかった。 確かに、この若い兄ちゃんは綺麗な顔立ちをしている。 上擦った声も女ほど高くはないが、どこか艶っぽく、耳に残る。 肌も白い。滑らかそうだ。下着を脱がすと……毛が生えていないのにも驚いた。 ……立ちんぼをして…
イツキは もう、この段階になっては逃げ出すことは出来ないだろうと諦めていた。 ならばなるべく騒がず、感じず。 ただのつまらない人形のフリをして、早く事を終わらせてしまおうと思っていた。 実際、こんな事は、珍しい事でもない。 よくある事。…ここ最近は、まああまり無かったけれど。 でも、よくある事で、大したことではない、と。 もっとも、イツキがどう…
「二条さんってコッチの趣味もあるんですか?」 イツキの腕を押さえている派手な上着の男が聞く。 もちろん商売柄、身体を売る男は知っているが、あえて自分が抱こうとは思わない。 確かに、今自分が捕らえているヤツは、白い肌に細い線、妙に艶かしい声を上げるが それでも、男だ。挿れる穴が違う。 「んー、無ぇよ。ああ、でも、一回ヤったな。……それが酷くてよ。 …
二条に蹴飛ばされた三浦は椅子ごと派手にひっくり返り、あちこちを酷く痛めたようだ。 「イテテ…」とようやく身体を起こし、何が起きたのかと戸惑う。 扉は再び閉められている。 イツキが向こう側に連れて行かれたのは、目の端に映っていた。 立ち上がり、繋がれた椅子ごと、扉の前まで移動する。 もとより薄い扉。耳をそばだてることもなく、向こうの会話が聞こえた。 …
「…手間かけさせやがって。最初から大人しく言うこと聞いていれば良かったんだ」 二条は忌々しげにそう言い、ひっくり返った三浦をさらに蹴飛ばす。 パイプ椅子に片腕を繋がれたままだった三浦は、倒れた拍子に変にぶつけたのか なかなか起き上がる事が出来ない。 そこに、二条は追い打ちを掛ける。 イツキは少し驚いた様子で、ぽかんと立ち尽くす。 「……あの…
「どうかな?説得できたかな?」 半分馬鹿にしたような軽い調子で、二条が声を掛ける。 イツキはムッとした顔のまま二条の方を向き、それからまた、三浦を見て、さらにムッとした顔になる。 三浦はまだ決断しかねているようで、イツキから視線を逸せるのだが もうそれも限界だとは解っていた。 「……三浦さん」 「…解ってるけどよ。……それでも、こいつらの言いな…
「……三浦さん、とりあえず…、ここはあいつらの言う通りにして… とにかく、ここ、出ましょう。 後のことは、俺……何とかしますから……」 「…イツキてんちょが?…何とかなんの?」 三浦のもっともな問いに、イツキはこくんと頷いてみせる。 とにかくここを出た方が良い。これ以上ゴネていても、良い事は無い。 「…俺、こういうのの…、こっち系の知り合…
「……悪い。イツキてんちょ。……こんな事に巻き込んじゃって…」 「…まあ、俺もちょっと…弱味があって……、まあ、それは良いんだけど……」 少し二人で話しなよ、と、イツキを残し二条は部屋を出て行く。 扉を締めるとカチリと、ご丁寧に鍵の閉まる音がする。 三浦はパイプ椅子に座ったまま、手首もまだ繋がれたまま。 イツキはその近くにぺたんと腰をおろし、困った…
部屋は、これまた殺風景な洋室。三浦はぽつんと置かれたパイプ椅子に座らされていた。 手首の片方にだけ手錠が掛けられ、パイプ椅子に繋がれている。 その外では常に誰かしらが見張っていて、逃げ出せる状況ではない。 三浦は一昨日の夜からここに連れて来られていた。 「……あのさぁ、いくらこうされたって、俺の意思は変わらないよ? それに、コレ、犯罪でし…
エレベーターも無い、古びたマンション。 階段を上がり、2階の一番奥の部屋へと向かう。 イツキは勿論、黒川に連絡をしていたが こんな時に限り、返信は無い。 あったとしても、連れ込まれた正確な場所も解らないし 事が起きる前に助けに来られるほど、足が早くも無いだろう。 連絡は一応 『自分が出来ることはちゃんとしたんだよ』という イツキなりの、保険だった。…
「…いやにエロいお兄ちゃんだとは思ったんだよ。 まあ、三浦くんの周りは取り合えず洗って置くんだけどね。 店長さんの、意外な経歴にビックリしたよ」 二条虎松は車のハンドルを握りながら、少し可笑しそうに、そう話す。 イツキは後ろの座席。二条の真後ろに座り、不機嫌そうに口を窄める。 「…でも、俺、三浦さんとは何の関係もありませんよ?」 「そう?……
「嫌です」 二条虎松の誘いを、一度はきちんと断る。乗る、理由は無い。 「ちょっと、話し、しよう」 「……俺は、話しなんて無いです」 「まあ、そう言わずに…」 この日の男は一人だった。 自分で車を運転し、開けた窓から身を乗り出し、イツキを誘う。 イツキは三浦のカフェの店先と車に挟まれそうになりながらも、脇の隙間へと身体を向ける。 「実は今、…
その日は特に何の問題もなく、ハーバルは閉店時間を迎えた。 三浦が顔を出さなくなって数日。 静かで良いけれど少し寂しいですね、と、パートの横山は話しながら帰り支度をし イツキよりも先に、店を出て行った。 本当に。 と、イツキも思うが、気にならない訳ではない。 トラブルに巻き込まれた三浦がどこでどうなろうと、イツキには何も関係はないが それでも気にか…
それからまた数日間、三浦は姿を見せなかった。 騒ぎを起こし、叱られると暫く身を潜める。 それがもうお決まりのパターンのようだった。 ただ、今までは三浦は、自分の店は少しの時間だけでも開けていたのだが 今回はそれも無いようだ。 「カフェみうら」の入り口には『しばらく休業』と書かれた紙が貼られたまま 真っ暗な店内を常連客らしい初老の男性が覗き込んでいる…
正直、黒川はイツキに腹を立てていた。 石鹸屋だか何だか知らないが、勝手に遊んでいる仕事ごっこで さも自立した風に偉そうな顔をして そのくせ、揉め事を持ち込み、人に片付けてくれだの言い出す始末。 『馬鹿か、お前は』と一蹴すれば 唇を尖らせ、拗ねた素振りを見せ 『……じゃあ、松田さんに相談してみる…』 と言うのだ。 最近、少し、甘やかし…
「……馬鹿か、お前は」 基本。イツキは隠し事はしないようにしている。なるべく、だが。 ハーバルの店の経営状態からミカのマタニティライフの話。 そして、三浦の話も。 逐一黒川に報告するようにしている。 仕事終わりに事務所で黒川と待ち合わせ、通り向こうの焼き鳥屋へ行き 食事をしながら、あれこれと話をすると 黒川がそう言うのは、まあ、当然の事だっ…
三浦がいる奥の小部屋から表に出るには レジカウンターの内側を通るしかないが そこには、イツキが座っており普通では通れない。 「もう帰るよ」 と、三浦は半ば強引にイツキの後ろ側を通り抜けようとし イツキの背中をぐいと押す。 若干、足が縺れ イツキ側によろける。 イツキは小さな声で「………あ」と言う。 三浦は慌てて体勢を整え、どうにかハーバルの出入…
「……小さいとこだよ。今は駐車場。車2台分のさ。…まあ、そこ、売れって煩くて。 俺、そのつもりは無いんだけど、しつこくてね。 だんだん、脅迫じみてくるしさ。…で、もう相手すんのも嫌で逃げてるだけ」 「…逃げるって言っても…家もお店も…居場所は知られているんでしょ? 逃げ切れる話じゃないでしょ?」 「ああ、まあね。んー。今はジワジワ嫌がらせしてる感…
「…三浦さんがあの人達から逃げ回ってるのは…別に良いんですけど 正直、こちらにも迷惑が掛かってるので…… いい加減、事情を話して頂けませんか? 場合によっては、何か力になれるかも知れませんよ?」 「…おお。…今日のイツキてんちょ、格好良いね」 「…三浦さん……」 未だ、ニヤニヤと笑う三浦に、イツキは呆れたように溜息を付き …おもむろに、先ほ…
「…あいつ、絶対何か知っている風ですぜ? ちょっと脅せば、聞き出せるんじゃねぇですか…」 派手な上着のガラの悪い男は帰りの車を運転しながら、キツネ目の男にそう言う。 キツネ目は「……まあな」と答え、少し可笑しそうに鼻息を鳴らす。 店の責任者にしては若過ぎる。妙に気に掛かるのは物怖じしない態度のせいか。 化粧品屋だか何か知らんが、顔も髪も洗い過…
イツキの笑顔に、男達は少し調子が狂う。 自分達の厳つい風貌や態度は、相手を威嚇し怯えさせる為のものだが この、細身でなよなよとした生っチロい若造には、どうやら通じていないらしい。 レジカウンターの内側に、入って来た時と変わらぬ様子できちんと立ち 普通に接客でもするように、静かに微笑む。 カウンターの内側を覗き込もうと身を乗り出す男に 「……あ、さす…
ハーバルの店舗の大きな窓ガラスには薄いレースのカーテンが掛かっている。 お陰で、中から外はまあまあ見えるのだが、外から中はあまり様子が判らない。 三浦はレジの後ろに身を潜め、内緒、内緒という風に指を一本、口の前に当てる。 その男たちには見覚えがあった。 以前もやって来たキツネ目と、派手な上着の二人連れ。 二人は辺りをキョロキョロと伺いながら、…
「……呆れた! それで三浦さん、朝からずっとここにいたんですか?」 その日、イツキがハーバルに着いたのは夕方に近い時間だった。 店内の隅にあるお客様用の可愛い椅子には、三浦が、だらしなく座ったまま。 パートの横山は三浦に対し、ブツブツと文句を言いながら、イツキと入れ違いに退社して行った。 「もう、待ちくたびれたよ。イツキてんちょ…」 「じ…
その夜はいつもより暗かった。 普段は付けている壁際の淡い照明も、ベッドの足元のライトも、たまたま消えていた。 もっとも、すでに身体を寄せ合っているのだし、今更、何をどう間違えることもない。 唇を重ね、指先が肌を謎る。目を瞑っていても判る、馴染んだ身体。 「……マサヤ?」 「うん、何だ…」 「……ん。……何でもない…」 最中に、イツキは…
店内は妙な空気感だった。 三浦は開店早々やって来ては、本来はお客様用の椅子に座る。 白を基調とした小ぶりのテーブルセットは、三浦が座るには不似合いで おまけにそこで競馬新聞など広げられては、イメージが台無しといったところ。 レジカウンターの奥ではパートの横山が帳簿を開き 朝から居座る三浦を苦々しく眺め、あからさまな溜息を繰り返す。 それでも、邪…
夜中を過ぎて黒川が部屋に戻ると そこにイツキの姿は無かった。 黒川は意外と忙しい。 人に会ったり、書類に判を捺したり、どうしても本人でなければいけない仕事も幾つかある。 西崎の事務所で面倒な案件を片付けている最中に、イツキから迎えに来て欲しいと連絡があった。 「……阿呆か。……俺を何だと思っているんだ……」 思わず吐いた悪態に、…
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イツキがマンションの部屋に帰って来た時、まだ黒川は仕事から帰っていなかった。 とりあえずイツキは風呂場に向かい、今日一日のアレコレを全て洗い流す。 すでに酒は抜けていたが、微かに頭が痛い。何か、変な飲み方をしたかと 反省しかけたのだが……、止めて、ハーバルの石鹸で顔を洗った。 結局、佐野とは、何も無かったが 帰りの車内で、ずっと、愚痴と…
助手席のイツキは仏頂面で、窓の外ばかり眺めている。 運転手の佐野は不満を抱えながらも少し言い過ぎたか、と、ハンドルを握りながら反省する。 イツキは社長の「女」で 自分は社長の手下なのだから こうやって、迎えに行くのは当たり前の事だ。 …西崎が囲っている店の女の子の送迎も、良くある、別に、何のこともない。 それが、こと、相手がイツキだと……どう…
三浦には ちょっとしたチンピラ風情に付き纏われる心当たりがある。 自分の店を留守がちにするのも、ハーバルに入り浸るのにも、その辺りの事情で 今日の飲み屋の、見掛けない新顔も……自分が関係することなのかと思っていたのだが 「……飲み過ぎだろ。もう、帰るぞ、イツキ」 カウンター席に座りこちらの様子を伺っていた男はイツキの知人なのか。 イツキ…
ふらりと入って来た男はそのまま入り口近くのカウンター席に座る。 イツキは入り口に背を向けて座っていたので、気付いていないようだが 三浦は、なんとなく目に付いて、動きを追ってしまった。 見掛けない顔。 気のせいだろうか、こちらの様子を伺っているようだ。 「……三浦さん?」 「ん?あ、ああ。……ね、イツキてんちょ、店、変えようか?」 何か後ろ暗…
もとより狭い店。テーブルも小さ目。 向かい合い互いに身を乗り出すと、思いのほか顔が近寄ってしまう。 そんな時、普通に知り合いや友達同士なら「近い近い」と笑い 距離を取る、ただそれだけの事なのに ぐっと身を乗り出した三浦は、同じように身を乗り出したイツキと 前髪が触れるほどの近さになり、そのまま イツキの視線に捕まってしまった。 「……関係、な…
「……何か、どこかで…トラブルがあった…とか? ……それもあって、お店にあんまり顔を出さなかった……とか?」 イツキは新しい水割りのグラスに口を付けながら、探るように、上目遣いで三浦を見る。 もっとも、探られる気も、威嚇される気も、全くしない。 少し酔いが回ってきたのか、ほんのりと顔が赤い。 目が潤んで見えるのは、ただの店の照明のせいなのか。 …
「イツキてんちょ、次、どうする? 俺、焼酎のボトルがあるからそっちにするけど…一緒に飲む?」 「じゃ、一緒に。…あ、でも俺、すごく薄く、でお願いします」 「薄くね、了解。梅干し入れるよ? 薄めの水割り、その通り叶えられた話は聞いた事がない。 三浦はテーブルに運ばれたマイボトルと、氷、水のセットを前に 楽しげに微笑みながら、イツキのグラスを…
「……三浦さん、ここ3、4日、見掛けなくて… お店も開けて無かったですよね?…どうしていたんですか?」 二杯目のビールに口をつけたところで、イツキはようやく本題に入る。 三浦は、もうその話?といった様子で少し目を丸くし、その目でイツキを伺い見る。 よく言えば屈託のない、悪びれたところのない表情。 逆にこちらがやましさを抱えているのではないかと、イツキ…
「…ごめんね、こんな居酒屋で。あー、カクテルとかある店の方が良かったかな」 「いえ、大丈夫です」 三浦と訪れたのは駅前商店街の、一本裏手に入った小さな居酒屋だった。 三浦は店主と顔馴染みのようで、よう、と片手を挙げ挨拶をし、ビールを2つ注文する。 「一度ゆっくり、イツキてんちょと話がしたかったんだよね」 「…いつもお店で話しているじゃないですか…
数日後の夕方。 閉店したハーバルに鍵を掛け、帰ろうと歩き出した時 イツキは久しぶりに三浦を見掛けた。 珍しく店を開けていたらしい。 自分の店の前で常連の年寄りと立ち話をし、じゃあな、と見送り、 振り返りざまにイツキと目が合う。 あまり関わらない方が良い、というのは解っているのだが 気にならないといえば嘘になる。 とりあえずぺこりと頭を下げ、お…
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「本当に俺、ハーバルの本社に行っちゃっても良いと思います? それとも、別の仕事を探した方が良いのかな…… 俺、この先どうしたらいいのか、ちょっと真面目に考えてるんです……」 おや、先刻の話がまだ終わっていなかったのかと一ノ宮はイツキを覗き込む。 それも黒川にではなく、一ノ宮に聞くのがまた、面白い。 「ハーバルの仕事は、イツキくん、好きなのでし…
「お待たせいたしました。生ビール3つと上カルビです。 空いているお皿、お下げしまーす」 真面目な話を賑やかな飲食店でというのは良し悪しだろう。 勢いに乗じて話せる事もあれば、絶妙な間合いで中断される事もある。 イツキは、自分が言った言葉はさして重みが無かったかのように、会話を中断し、店員から皿を受け取る。 黒川は、イツキの言葉に返事をする間合いを…
「…イツキくん、最近お仕事の方はどうですか?」 「最近は……ちょっと暇です。ミカちゃんも戻って来たので…」 焼けた肉を裏返しながらビールを飲みながら、イツキと一ノ宮で近況報告。 ミカは産後三ヶ月。本格的に復帰という訳にはいかないのだが 近所に住んでいる義理の母親が非常に好意的で、週に1日、2日、ミカの気分転換も兼ねて 仕事に出ることに協力してくれて…
「カルビとタン塩。ハラミはタレで。あとサンチュとオイキムチ。 ビールが3つ。…あ、ビールで良かったですか?一ノ宮さん」 「ええ」 イツキと黒川の焼肉屋に、一ノ宮も同席していた。 イツキが強く誘ったからだ。 もちろん一ノ宮は最初は断ったのだが…多少は、イツキと黒川の普段の様子というものに興味はある。 黒川は、……何かやましい事があるのだろうか、イツキ…
「社長、飛行機のチケット、先にお渡ししておきます。13時羽田です」 「ああ」 「車は手配しますか?運転手付きでも…」 「いや、タクシーで十分だろう。あそこはホテルから近いし…」 週末の予定について黒川と一ノ宮は打ち合わせ中。 数日滞在し、地方のお偉い方とアレコレ交友を深める、一応仕事なのだ。 ふいに、黒川がスマホを取り出し耳に当てる。 それはイツ…
「……週末から出掛ける。一週間程だ」 と、黒川が言った。 イツキはコーヒーの入ったマグカップを口に寄せたまま、黒川を見る。 「…仕事だ」 「え?俺?」 「いや、違う。お前は留守番だ」 「はぁい」 何の仕事でどこに行くのか、誰と行くのか、など特に説明のなまいまま 互いにチラチラと顔色を伺うだけで業務連絡は終了した。 最近の2人は良くも…
待ち合わせた場所からホテルの部屋まではお互い無言だった。 これといった話題が無い、というか、イツキはまるで怒っている風だった。 部屋に入ると上着を脱ぎ、ふうとため息をつき、ソファに深く座る。 相手の男は困ったように薄く笑い、備え付けの冷蔵庫からビールの缶を取る。 「飲む?」の返事も待たずに、それをイツキに渡す。 イツキは黙って受け取り、とりあえず一…
イツキが家に帰ったのはまだ日付が変わる前。 結局清水とは何もなくするりと別れてしまった。 どうにも、消化しきれない想いを抱えたまま部屋に入ると 丁度、その間合いで顔を見たくない相手がいるもので 「……ただいま」 黒川は仕事が早く引けたのか、もうリビングのソファに座り 適当なツマミを広げ、酒を飲んでいる所だった。 帰りの遅いイツキを責め…
「…ははは。…何だよ、もうそんなに黒川さん一途になった訳?」 「……そんなんじゃ…ないです。でも……」 気まずそうに口籠るイツキを、それでも、清水は愛しそうに見つめる。 誘いに簡単に乗るようでは、清水の好きなイツキでは無いのだけど まるでその気が無いというのも…それはそれで、寂しいものだった。 「…まあ、…それ抜きにしても、…また飲みに行こうぜ…
「……イツキ、…この後どうする?」 そう清水が尋ねて来たのは、酒も程よく回った頃。 ふとイツキが、本当に無意識に、店内の時計に目をやった時だった。 テーブルの食べ物もほぼ無くなり、お開きにするにはちょうど良い間合い。 この後のどうにかする何かは、当然、酒のお代わりなどではない。 「…そろそろ、帰ります。明日も仕事なので」 「……そっか」 …
「…最初の一年は寮に入ってたんだけど、今はアパート借りてる。 …オヤジ?オヤジとは関係無いよ。 ああ、でも、車、買わせたけどな。はは。 跡なんか継がないよ。今どき、そんなんじゃねぇだろ。 まあ、連絡は取ってるけどさ……」 酒を飲みながら近況報告。 清水が西崎の息子だという事は、やはり気になる所なのだが 一定の距離は空けているようだ。 「…
「お、おう。久しぶり」 「お久しぶりですー」 突然、清水から連絡があった。 清水は、高校を出たあとは少し離れた地方に働きに行っていて 実際に会うのは久しぶりだった。 駅前の大衆居酒屋で待ち合わせる。 「…卒業して以来か?…2年ぶり?」 「やだ、そんなになりますか?…ああ、でも、俺たちもう21ですもんね…」 ダブリの2人は同い年。 そしてお…
「あ、おかえりなさい、マサヤ。今日は早かった…?」 「………ああ」 日付が変わらない内に部屋に帰って来たマサヤは、 何だか少し、不機嫌顔だった。 もう、寝る支度をして、最後にレンジでホットミルクを作っていた俺は ちらりとマサヤを見て、そして、何も気づかないフリをする。 マサヤの、仕事の、アレコレは あまり干渉しないのが一番。 「…お前…
その日。 黒川が仕事に伴い連れていたのは、ユウという少年だった。 「…あれ? 黒川くん、今日はあの子じゃないんだ?……ほら、イツキくん、だっけ…?」 「はは。若い子の方がよろしいでしょう?……イツキはもう引退ですよ」 とある案件の関係者を集めた会合は、広々とした、一泊何十万とするホテルの部屋で行われる。 手前の、景色の綺麗なリビングで、それらしい話…
真夜中に帰宅した黒川は珍しく、リビングのソファで寝付いてしまった。 そう酔っていた訳でもないのだが、逆にそのせいで、持ち帰った書類にもう一度目を通し… …そのまま、横になってしまったのだ。 睡魔に襲われてしまえば抗うのは難しい。 頭のどこかは冴えているのに、もう、指先一本ですら起こすことは出来なかった。 ぺたりぺたり と足音をさせて、イツキ…
「こんにちわー」 ノックと同時に軽い感じで入って来たのは、イツキだった。 昔からの馴染みがある場所とは言え、一応、ヤクザの組事務所。 室内にいた強面の、いかにもチンピラといった数名の男たちは「ああぁ?」と訝しむ声を上げる。 中には、もう、イツキを知らない面子もいるのかも知れない。 奥のデスクにドンと構えていた西崎が、珍しい客に顔を上げる。 「…
「…何だ、これは? 馬鹿か? 一体、何をどうしたら、こんな事になるんだ? 何も出来ないくせに下手に手を出すから、こういう事になるんだ。 ……馬鹿が!」 大晦日。 いつもの、お約束の流れるような黒川の悪態が部屋に響く。 イツキは、それは言われなくても解っていると、若干不機嫌顔。 リビングのテーブルに置かれたお椀には 見て解るほどの、麺のふやけた…
翌日。 昼過ぎになってようやく起きて来た黒川を見て、イツキは呆れたため息をつく。 「……飲み過ぎだよ。楽しいお酒ならいいけどさ」 イツキの言葉に一瞥だけくれて、黒川はキッチンに入る。 冷蔵庫に冷たいスポーツドリンクが入っているのは、イツキがコンビニに行ったお陰。 「……松田の阿呆が……、…調子に乗りやがって……」 「……そお?」 黒川は…
黒川も松田も、酒は、まあ強い。 その2人がそこそこ酔ったかな、と思う時は、かなりの量を飲んだという事だ。 店は、閉店時間。 ラストオーダーを告げて、大してごねもぜず、退店した2人を見送り 店員はほっと胸を撫で下ろしたことだろう。 「…じゃあな、松田」 「ええ?黒川さん、ここでお終いですか?次、行きましょうよ」 「……行くかよ」 「……おウチで、イツ…
松田は酒も手伝ってか、少し口が軽すぎたようで ……黒川の機嫌を損ねたかと、そっと、様子を伺う。 黒川は少しむっとした顔を見せたが、それも一瞬で 日本酒のグラスに口をつけながら、ふふふと、小さく笑う。 「……確かにな。エロくてユルのが、イツキの取り柄だからな…」 「そう、そう。…まあ、危い目に遭わないのが一番だけどさ。 ハーバルの周りは、もっと…
佐野がイツキと出会った当初。黒川の、イツキの扱いは酷いものだった。 イツキは客を取らされ、「仕事」の後はベッドから起き上がることも出来ないほどで。 送迎を任されていた佐野は、もろもろ、後始末も仕事の内で 最初の頃は仕方なく、汚れたイツキを洗い、痛みで泣くのをなだめたりしていた。 次第に、一緒に過ごす時間が長くる。 イツキは、佐野のアパートの部屋にも…
「…お前の『仕事』の後、よくメシ、食いに行ったよなぁ…」 「…行ったね」 「何年前だ?」 「……5年、くらい?……昔話だねぇ…」 イツキは佐野と目を合わせると、くすくすと笑う。 それはごく最近のことのようで、それでもやはり、昔の話で。 けれど忘れてしまうには、あまりに深く生々しい思い出だった。 「…佐野っち、…俺の面倒、良く見てくれたよね。…後…
「……イツキ。本当にいいのか?」 「良いって言ってんじゃん。…佐野っち」 街の外れの昔からある古いホテルの前で、佐野はもう一度確認する。 酒を飲み過ぎた訳でも、特別に嫌な事があった訳でもなく、 普通にお互い同意の上で、この建物に入るというのは……実はなかなか新鮮で 佐野は、繋いだイツキの手をぎゅっと握り、植え込みの奥にある入り口へと向かった。 …
「……昨日ね。ユウ、くん?に会ったんだよ」 「………は?」 「…仕事の後。……ホテルで」 イツキが重い口を開いたのは翌日の朝。 キッチンでコーヒーを淹れるイツキに、黒川が近寄った時だった。 それでも。 昨日の夜は、することはしたのだ。 若干、機嫌の悪いイツキを黒川は抱き締め、寝室へと連れ込む。 イツキはどこかのタイミングで、その話をしよ…
その後。 イツキとレノンとユウはホテルを出て レノンはユウを送ると言って、タクシーに乗り込み それを見送って、イツキも別のタクシーに乗り自宅へと戻った。 何だか妙に疲れてしまったのは、身体、よりも心で 青ざめた顔で肩を振るわせていたユウの姿が、思い出したくもない過去の自分に重なった。 「……なんだ。遅かったな」 マンションの部屋に戻…
「…それにしたって、こんな仕事。レノンくん、まだ、…学生でしょ」 「もう17だよ。学校も行ってない。働くのは別にいいんだけどさ。 ……今日のは、佐野さんに言われて、たまたま来ただけだし…… でも、なんか、自分もされたことだし…妙に生々しくってさ… 色々、思い出しちゃって……テンパっちゃった。 …来てくれて助かったよ。ありがと…」 やっと安…
風呂場にいたのは、小柄な若い男の子だった。 以前、黒川と一緒にいた子に似ている気がした。 裸で、バスタブに寄りかかり、吐瀉物と排泄物にまみれ それでも嗚咽を繰り返し、満足に呼吸も出来ない状態だった。 何をされて、どうしてこんな事になったのかは 説明されなくても、イツキは知っていた。 なだめすかし、とにかく身体の汚れを洗い流し、風呂場から連れ…
タクシーでホテルに向かい、指定された部屋の前まで来て イツキは一応、警戒する。 ……ここはでは以前、レノンと間違われて、拐われて乱暴された事がある。 ……それに限らず、捕まって、犯されては……何度も経験しているのだ。 ベルを鳴らそうと上げた手を止めて、もう一度確認してみようとスマホを取る。 「……レノン君?……ドアの所まで来てるんだけど……
『……あー、イツキ? 悪いんだけどさ、ちょっと出て来てよ』 「……え?」 電話の相手は聞き慣れない、若い男の声だった。 イツキは不審がり、一度、スマホを耳から離して画面を確認する。 知らぬ番号からの電話に、出るはずはない。 画面には「レノン」と表示されていた。 『……もう、無理でさ。タクシー飛ばせばすぐだろ……、って、おい、聞いてるのかよ』 …
それから暫くは平穏な日が続いた。 新しい黒川の「仕事」の相手が気にならない訳では無かったが 特に波風も立たず。 帰りが遅い日などには土産にと、イツキの好きな和菓子や寿司などを持ち帰るので なんとなく、それで許してしまっていた。 松田は、3日に一度はハーバルに顔を出し、2回に一度はイツキを飲みに誘った。 まあ、それだけで、別にそれ以上のこともない。 …
「……うわ、酒臭いっっ、マサヤ…飲み過ぎ……」 真夜中を少し過ぎた頃、黒川が帰宅した。 イツキはすでにベッドに入っていたのだが、物音で目覚める。 どさり、と自分の隣に横たわる黒川は、珍しく酒に酔っているようで 片手でイツキの肩を抱き寄せると、顔を近づけ、酒臭い息を吐く。 「何?どうしたの?……大丈夫?」 「ああ。…くそ、松田のやつ。……調子…
「松田、お前、こっちに居過ぎじゃないのか?自分の仕事はどうした?」 飲みの途中で黒川は仕事の連絡を挟み、思いついたように松田にそう尋ねる。 松田も地元では、そこそこの組の幹部だ。それにしては、随分とのんびりしている様に見える。 「はは。こっちには週に2、3、顔出してるだけだ。ちゃんと、仕事はしているよ」 「……暇人だな…」 「黒川さんが忙し過ぎ…
「……仕事で使うのに、…仕込んでいる最中だ。お前のところだってあるだろう、そんな話。 ただの商売道具だ。それ以上の感情はない。 …まあ、楽しませては貰ってるがな……」 事務所の近くの焼き鳥屋に黒川を連れ出し、日本酒を数杯飲んだところで ようやく、言い訳がましい話を口にする。 松田は、空になった黒川のグラスに酒を注ぎ、自分も飲み 次は熱燗にしようと、…
「……何?今の子?」 「……。まあ、ちょっと、な」 松田はなんとなくそのまま事務所の中に入り込む。 事務所の中をぐるりと見渡し とりあえず、今、ここで情事が行われていたかどうかだけ確認し ソファの上が妙に濡れていないと解ると、そこに腰を下ろした。 黒川も無下に追い返すのは格好が付かなかったのか、ふん、と鼻息を鳴らし デスクの椅子に座ると書…
『イツキちゃん、気にしてたぜ? 赤ん坊、見に行きたいけど、自分は駄目だって。 まあ、気持ちは解らなくもないけどな。 世界に生まれたての、まっさらサラサラ。綺麗で純粋なところに 肉欲まみれのドロドロで穢らわしいモンを近づけちゃ駄目だってな。 相談された?黒川さん。されないか、そうだよな。 イツキちゃんを、そんなドロドロにした張本人だもんなぁ。 …
ハーバルの事務所に松田が来ていた。 あれこれ、仕事に関係がありそうな話をするのだが 単純に、イツキと話がしたいだけだった。 それでも、ミカが無事に出産を終えた事を伝えると 意外に素直に喜び、穏やかで優しい空気になる。 子供が産まれるというのは、そういう事なのだろうと、イツキは思った。 「会いに行くの? 病院…は、さすがにアレかな。でも、落…
その日 黒川が珍しく早い時間に部屋に戻ると イツキはキッチンで、鼻歌混じりに鍋を掻き混ぜていた。 テーブルには他にもデリカの惣菜やサラダ、良いワインなどが並ぶ。 「ミカちゃん、産まれたって。女の子。 すごいよね、俺、知ってる人が子供産むなんて、初めてで… ちょっと感動した」 「ミカ?……ああ、石鹸屋の女か。…ふぅん」 黒川にすれば別に…
黒川に抱かれながらイツキは こんなにも黒川の挙動が気になるのはなぜなのだろうと考えていた。 好きだの嫌いだの。もう、そんな感覚はどうでも良くて。 仕事で、黒川が他人を抱くのも、まあ仕方がないのだと割り切ってはいる。 …自分だって、他で身体を開いているのだ。今更、セックスの有無は問題ではない。 とりあえず今は、一緒にいたいと思って一緒にいる。それ…
以前から黒川の周りには、商売上の付き合いのある女性や男性の姿がチラついていた。 こういった稼業なのだから、ある程度は仕方が無いだろう。 イツキのような「商売道具」にするといって訳アリの子供を引き入れ その教育という名目で、何かをしていることも解っている。 そんな相手をイチイチ気にして、腹を立てたところで仕方がない。 嫉妬と言われても、癪なだけだ。自…
「……イツキくん?」 急にイツキに抱きつかれたミツオはきょとんとする。 別れが惜しくて、という訳でも無さそうだが…とりあえず、イツキの肩に腕を回す。 「……どうしたの?………、もっと話し、聞く?」 「いや、……あの。…違います」 2、3分間を置いて、イツキはミツオから身体を離す。 ゆっくりと通りの方を振り返り、先ほど見掛けた人影が、もう無いこと…