今日、7月6日はベッシー・ヘッドのお誕生日です。1937年生まれ。48歳で亡くなってしまったけれど、生きていたら88歳になりますね。毎年、彼女の命日とお誕生日は静かにベッシーさんのことを思ってきたけれど、今年はとても特別。もちろん、彼女が30歳ごろに書いてニューヨー
南アフリカ作家ベッシー・ヘッド研究/Rupurara Moonアフリカンビーズ&クラフト/開発コンサル/ベリーダンサーAmelia
『あふりかくじらの自由時間』 https://africanwhale.wixsite.com/africanwhale ショップ「Rupurara Moonアフリカン・ビーズ&クラフト」 http://rupurara-moon.com ベリーダンサーAmelia https://www.facebook.com/ameliaorientaldance/
8月6日の朝8時15分に黙祷するのは、子どものころから当たり前になっていた。わたしは、引っ越した関係で三つの小学校に通ったのだが、8月のこの時期はいつも1980年代後半の3年生から6年生まで在籍していた大阪の小学校のことを思い出す。平和教育に熱を入れていたその学校は
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今日、7月6日はベッシー・ヘッドのお誕生日です。1937年生まれ。48歳で亡くなってしまったけれど、生きていたら88歳になりますね。毎年、彼女の命日とお誕生日は静かにベッシーさんのことを思ってきたけれど、今年はとても特別。もちろん、彼女が30歳ごろに書いてニューヨー
長い年月をかけた大切なベッシー・ヘッド作品『雨雲の集まるとき』の本づくりには、当然だが細部までこだわっている。カバーイラストは、ずいぶん前から横山旬に描いてもらいたいと考えていた。わたしには弟が二人いて、下の弟である横山旬はプロの漫画家だ。姉目線で言うと
京都に数日間滞在しました。2025年5月の『雨雲の集まるとき』刊行してから初めてでしたので、この大切なベッシー・ヘッド作品のご紹介を兼ねて何軒かの書店様にお伺いし、色んな方とお話をする貴重な機会となりました。京都では、大手の丸善様を始め、いくつかの書店様で『雨
ずいぶん時間が経ってしまいましたが、先月開催された『雨雲の集まるとき』刊行記念のトークイベントBook Talk Oasis@あやセンターぐるぐるについての記録です。この本のトークイベントとしては、最初の機会となりました。イベント概要はこちらでしたファシリテーターは、
前回の記事の続きです。前回は、作品の背景についてお伝えしました。ここでは、作品の中から大切なフレーズを引用しつつ、少しだけコメントを入れたいと思います。本を読むときの少しの参考にでもなれば嬉しい。【あらすじ】アパルトヘイト時代、南アフリカ。政治犯として刑
長い年月を経て2025年5月に出版いたしましたベッシー・ヘッド著『雨雲の集まるとき』の魅力について、ようやくご紹介します。(なんとまとめて書くのは初めてです)■本書『雨雲の集まるとき』について1968年、南アフリカからボツワナに亡命後、ベッシー・ヘッドが初めて発表
徳島新聞に掲載していただきました!2025年6月13日(金)の文化面です。東京の本のイベントで知り合った徳島出身の方が、『雨雲の集まるとき』や翻訳出版までのストーリーに関心を持ってくださり、その方に紹介していただいた方を通じて新聞社の方とつながった(書くと若干や
『雨雲の集まるとき』を翻訳出版した暁には、どうしても報告しなければならない方がいた。拙著『雨風の村で手紙を読む:ベッシー・ヘッドと出会って開発コンサルになったわたしのアフリカ旅』に詳しく書いた初めてのボツワナ旅のとき、非常に親身になって手厚い支援をしてく
少し時間が経ってしまったのだけれど、先月行った大学でのゲスト講義について書いておきたい。以前お仕事でご一緒した方を通して、某大学の法学部でのアフリカに関するオムニバス講義の一部をということで、ありがたくもお声がけいただいた。2001年のエディンバラ大学修士以
2025年5月新刊『雨雲の集まるとき』(ベッシー・ヘッド著/横山仁美訳)の刊行を記念して、ギャラリー展示を行います。ベッシー・ヘッドの南アフリカ時代からボツワナでの22年間、作家としての活躍の様子を写真でお見せするほか、特別に当時のボランティアから入手した実際の
南アフリカのラマポーザ大統領が、ワシントンのOval Officeで行ったトランプ大統領との会談は、多くの意味で歴史的な出来事だった。トランプ大統領が、「南アフリカではアフリカーナー(オランダ系白人)農場主の<虐殺>が起きている。彼らは、人種差別の被害者である」との
とうとうベッシー・ヘッドが1968年に発表した小説When Rain Clouds Gatherの邦訳『雨雲の集まるとき』の出版が実現できました。大切なこの作品を後押ししてくださる推薦文のことについて、書いておきたいと思います。なぜ、韓国語翻訳家の斎藤真理子さんに貴重なお言葉をいた
平素より雨雲出版をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。2025年5月に刊行となりました『雨雲の集まるとき』におきまして、このたび同書の一部に印刷の大きなずれが確認されました。製本工程における作業ミスが原因と考えられます。■該当箇所:p.7(扉絵)現在、取次
長い長い年月を経て、ついにこの日がやってきました。ベッシー・ヘッドが1968年、最初に発表した長編小説『雨雲の集まるとき』(原題:When Rain Clouds Gather)の日本語訳を、雨雲出版から5月上旬に刊行いたします。1937年南アフリカはピーターマリッツブルグの精神病院に
ベッシー・ヘッド1937年南アフリカ生まれ。母は白人、父は黒人。アパルトヘイトを逃れボツワナへ亡命。1986年に世を去る。彼女を知ったのは大学時代。以後アフリカ地域でODAの仕事をしつつ、多数の出版社に翻訳出版をかけ合い続けましたが、結局28年後に自ら雨雲出版を立ち上
カバーイラストが、本の表紙デザインになった。アーティストの素晴らしいイラストが作品世界を抽出し、それが本として美しい形にまとまった。誰かに届ける贈り物のように、文字と絵と物語の世界がまとまりあい、フォントがそれを結ぶ。学生時代から愛し続けてきたベッシー・
カバーイラストの原画が届いた。印刷会社でスキャンしてもらったあと、雨雲出版に送られてきたものだ。これまでアーティストともデザイナー、印刷会社ともデータ上でのやり取りだったので原画を見るのは初めてだ。大きなサイズに描かれた絵。ボツワナの農村を描いたベッシー
印刷会社から束見本(つかみほん)が届いた。本の表紙や本文に使う用紙を紙見本帳で選び、実際のページ数に合わせて作る中身のないサンプルだ。これで、本の厚みや紙の色味、感触を知り、本になったときの全体像がわかる。本文用紙は、優しいクリーム色と決めている。クラシ
あまりにも長い年月が過ぎてしまいました。でもそんな年月にもようやく区切りをつけることができそうです。人生の節目のような気がしています。始まりは1997年。大学生のころでした。特にアフリカへの興味もなかったのに選択したアフリカ研究のゼミ。ある日、ぐうぜん入った
高校のとき、学校であるアニメーションを鑑賞し、その内容について意見交換するという特別授業があった。それはとても短い奇妙なアニメーションで、今となってはタイトルも何もわからないのだけれど、おそらくモノクロームの極めてシンプルな絵柄だったと思う。ただ複雑に重
二週間以上も前なのだが、鎌倉へひとりハイキングに行ったときに足を怪我してしまった。旅に出たくて仕方がない気持ちが強すぎるのに、現在取り組んでいる小説の翻訳出版に向けた原稿で忙しく家を離れられない。パスポートをつかんで空港から飛行機に飛び乗らんばかりの勢い
昨日6月23日は、ZINEの大きなイベントZINEフェス浅草に参加した。雨雲出版としては4度目のイベント出店となる。あいにく、10日ほど前にハイキング中に足を怪我し、整形外科に行ったらじん帯を損傷していると言われ、安静にする必要があったためずっと自宅に引きこもっていた
潜在意識に南アフリカがあった。そう感じたのは、アフリカ人生を歩み始めてずいぶん経ってからのことだ。アフリカについてほとんど何も知らなかった自分が、たまたま大した関心もなく選択した大学のアフリカ研究ゼミ。そして南アフリカの作家ベッシー・ヘッドと出会い、それ
鮮やかな緑のなかにひっそりと闇をたたえる古いトンネル。使われない線路が吸い込まれていく静かな風景。SNSで流れてきたその写真を偶然目にした瞬間、これだと思った。この場所に行きたい。空気と静けさに浸りたいと。それは信越本線新線の横川から軽井沢へ向かう線路上を歩
遅ればせながら、先週5月19日(日)に開催された「文学フリマ東京38」へ雨雲出版として参加した記録と所感について。雨雲出版としては、昨年11月の「文学フリマ東京37」に次いで2回目の出店となった。前回のラインナップに加え、新刊のエッセイ本2種類を並べての参加で、出店
学生時代にアフリカに関わり始めてからいままで、ずいぶん年月が経った。いつも感じていることだが、アフリカ関係以外の一般のひとと話していて、あからさまにアフリカに対する差別的な発言をされるのは日常茶飯事だ。アフリカ関係者ならきっと誰しも、そんな場面には数知れ
雨雲出版の新刊エッセイ『水面(みなも)をすべるモコロのように:ベッシー・ヘッドと出会ってボツワナを旅したわたしはひとり出版社をはじめようと思った』昨年のボツワナ/ジンバブエ旅を一冊の本にまとめました。開発コンサル企業を去り、作家ベッシー・ヘッドのアーカイ
雨雲出版として二回目の文学フリマ東京に出店します。アイテムは以下の4種類と無料配布の1種類の計5種類。文学フリマに行ったのも出店したのも去年(手術直前)が初めてでした。今は1800以上ものブースが出る巨大なイベントのようです。出店者様も個人やサークルの方はもちろ
昨年11月に手術を受けた。病院のベッドで思いついたのがこの本を書くことだった。より良く生きるために決めました: わたしたちの子宮と卵巣の治療ストーリー (雨雲出版)横山 仁美雨雲出版2024-03-25婦人科(現在では、女性科・女性診療科のような呼称に変えている病院も)の
文章にしてしまうと、そこで事実を認めて何かが定まってしまう気がする。何か書くと、別のものに置き換わってしまいそうだ。二日前に、とてもショッキングな知らせが目に入ってしまい、そこから心にぽっかり大きな穴があいたように放心状態だ。敬愛するピアニスト、ゲオルギ
珍しく、今期は朝ドラを観て楽しんでいる。「虎に翼」は、日本史上初めて法曹界に飛び込んだ実在の女性のストーリーに基づくオリジナルの物語だそうで、連日話題になっているほど人気が高いようだ。このドラマの素晴らしいところは多くあるのだが、手帳好きのわたしとしては
このところずっと集中してエッセイ本を執筆していた。ボツワナで敬愛するベッシー・ヘッドのお墓参りをしてから一年になるが、ボツワナのセロウェでのアーカイブ調査と、出会った人々の話など、ボツワナとジンバブエ旅全般についてのエッセイ本だ。既刊の『雨風の村で手紙を
今年もこの日がきました。敬愛する南アフリカ/ボツワナの作家ベッシー・ヘッドの命日です。1986年4月17日ボツワナのセロウェにて48歳で亡くなりました。南アフリカで白人の母親と黒人の父親のあいだに生まれ、孤児のように育ち、アパルトヘイト時代に出国許可証を持ってボツ
昨年末、婦人科系の治療経験者(子宮筋腫、卵巣嚢腫等)のアンケートご回答と、わたし自身の治療・手術経験をお伝えしておりました通りKindleにまとめ、ようやく公開いたしました!より良く生きるために決めました: わたしたちの子宮と卵巣の治療ストーリー (雨雲出版)横山
ずいぶんリアルな夢を見た。昨年まで7年ほど勤めていた開発コンサル会社の同僚に単発の仕事を頼まれる。ブラジルで2週間ばかり研修アテンドの仕事を手伝ってくれないか。スケジュールとカリキュラムはこれこれこうだ、云々。その仕事は実際に過去の様々な案件でやってきたも
■雨雲出版をスタートしました~「雨雲」の由来2023年 雨雲出版 という出版レーベルをスタートいたしました。雨雲という名前は、わたしがライフワークとしている作家ベッシー・ヘッド(Bessie Head 1937-1986 南アフリカ/ボツワナ)が大切にした言葉から拝借しました。北部
南アフリカ生まれでボツワナに亡命した作家ベッシー・ヘッドというひとを知ってから四半世紀以上。彼女の長編小説の一冊を日本語に翻訳して出版したいと具体的に考え始めたのは、それから少し後だったかもしれない。2004年には、ある翻訳スクールで文芸翻訳基礎コースを受け
引っ越し荷物も片付かないままに、雨雲出版の二度目のイベント出店を終えた。一度目は昨年末の文学フリマ、今回はZINEフェス埼玉というZINEを売るひとたちが集まるイベントだ。ZINEフェス自体は複数個所で行われているそうだが、そのうち浦和で2月3日に行われた回に初参加し
現代人は一生のうちでどれくらい引っ越しをするのだろう。少ないひとはゼロかもしれない。多いひとは、数か月に一度、なんていうひともいる。もっとも多い「引っ越し」をする部類の人々は、伝統的には季節移動生活をしている遊牧民だろう。昨今では、そのような遊牧民の伝統
病院に図書館があるのをご存知だろうか。その多くは図書館とは呼べない小学校の図書室のような小さなものと思われるが、案外少なくない数の病院に入院患者や通院患者向けに本を集めた部屋があるのを、昨年初めて知った。昨年11月中旬に、手術のため一週間ほど入院した。都心