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ブログタイトル
牧師のブログ
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教会の牧師のブログです。
更新頻度(1年)

424回 / 365日(平均8.1回/週)

ブログ村参加:2007/05/06

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司祭さんの新着記事

1件〜30件

  • 彼岸花がやっと満開

    ご近所の彼岸花が満開。彼岸日より6日経過している。やはり例年より遅い感じが。彼岸花がやっと満開

  • 彼岸花

    彼岸花が咲いた。毎年、彼岸日にぴったり咲くのに、今年は少し遅い気がする。まだつぼみの部分もある。夏がずれたためだろうか?彼岸花

  • 天空では雲は敵か?味方か?スーパーマリオメーカー2に挑戦【唐澤貴洋のゲーム実況】

    天空では雲は敵か?味方か?スーパーマリオメーカー2に挑戦【唐澤貴洋のゲーム実況】天空では雲は敵か?味方か?スーパーマリオメーカー2に挑戦【唐澤貴洋のゲーム実況】

  • ボールパークドッグアボカド/タリーズコーヒー

    タリーズコーヒーというチェーン店の某店で食べた、ボールパークドッグアボカド。おいしいね。ボールパークドッグアボカド/タリーズコーヒー

  • コラム第24回掲載

    コラム第24回を掲載していただきました。今回は「根を下ろす」ということについてのいろいろを書いています。根は見えませんが、無ければ実を結ぶことは出来ません。なお、私がこのコラムで前提としていることは大体以下のことです。1フィレモンの家の教会とコロサイ教会は同一である。2フィレモンとアフィアはその教会の夫婦牧会者である。3コロサイ書の著者はフィレモンである。4エフェソ書の著者はオネシモである。53書を通関するモチーフは「善い行い(アガソス)」である。お読みいただければ幸いです。https://www.christiantoday.co.jp/articles/28508/20200917/paul-philemon-onesimus-24.htmコラム第24回掲載

  • 在日キルギス共和国大使館

    なんか普通の家のような感じです。ちなみに、すぐ近くに在日オーストラリア大使館あり、そちらは学校のように大きく、警察官が護衛しています。在日キルギス共和国大使館

  • ソロモン神殿の上にかかった雲はどれか

    この前の教会学校の礼拝は、列王記のエソロモン神殿の上にかかった雲の話であったが、礼拝後にさてでは、どんな雲がかかったんだろう?というのをネットで引いた写真を見せて、みんなで考えてみた。さて、どんな雲だったか?ソロモン神殿の上にかかった雲はどれか

  • 久しぶりに都電荒川線に乗る

    東京に行く機会があったので、久々に都電荒川線に乗ってみました。東京に居た時は良く乗ったものです。山手線の大塚駅で乗り換えます。終点の早稲田電停に着きました。久しぶりに都電荒川線に乗る

  • 高柳泉牧師にお会いしてきた

    都電荒川線の終点停車場の早稲田電停からすぐのところにあるビルに入居している、日本オリベットアッセンブリー教団・東京ソフィアキリスト教会に行って、親しくしている高柳泉先生とお会いしてきました。7月に開所・献堂したばかりです。1年前に名古屋でお会いして以来ですが、お元気でした。ご夫人にも初めてお会いしました。祈り合うことが出来ましたこと感謝です。早稲田は在日外国人が多いので、その方々に対する伝道を考えているとのことでした。また、この建物は音がフリーなのだそうです。教会のHPは以下です。メッセージが毎週更新されています。https://tokyosophia.org/高柳泉牧師にお会いしてきた

  • タラッパンからの冊子

    これは、教会乗っ取りグループ・タラッパンからのものです。タラッパンからの冊子

  • 東京ソフィアキリスト教会今週のメッセージ

    ルカによる福音書5章27~32節その後、イエスは出て行き、収税所に座っているレビという取税人に目を留められた。そして「わたしについて来なさい」と言われた。するとレビは、すべてを捨てて立ち上がり、イエスに従った。それからレビは、自分の家でイエスのために盛大なもてなしをした。取税人たちやほかの人たちが大勢、ともに食卓に着いていた。すると、パリサイ人たちや彼らのうちの律法学者たちが、イエスの弟子たちに向かって小声で文句を言った。「なぜあなたがたは、取税人たちや罪人たちと一緒に食べたり飲んだりするのですか。」そこでイエスは彼らに答えられた。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人です。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためです。」聖書新改訳2017©2017新日本聖書刊行会新約...東京ソフィアキリスト教会今週のメッセージ

  • ウィッシュボーンキャンプ/日替わり定食@知多市

    礼拝のあと、教会員の方と、近くのウィシュボーンキャンプでランチしました。私は日替わり定食。教会学校の生徒の状況のこととかいろいろ話せて有意義でした。ウィッシュボーンキャンプ/日替わり定食@知多市

  • テサロニケの信徒への手紙一5章12~28節(9月6日)

    「善を行なうように」15節の「善を行うように」という言葉は、パウロによって好まれて使われる言葉です。神様のご意志という意味で使われている場合もあります。「神様のご意志って何かなあ?」と考えてみます。それはヨハネ福音書3:16の「神は独り子をお与えになったほどに世を愛された。その愛に倣って私たちが生きていくこと」ということに集約できるのではないかと思います。神様の愛に倣って、愛に生きること。それが永遠の命に生きるということでしょう。パウロも、愛に基づく善を行う生き方を提示します。「愛を持って心から尊敬しなさい」「互いに平和に過ごしなさい」「弱い者たちを助けなさい」「忍耐強く接しなさい」「悪をもって悪に報いることのないようにしなさい(報復の連鎖の禁止)」。これらのことは、イエス様が言われた「私があなたがたを愛したの...テサロニケの信徒への手紙一5章12~28節(9月6日)

  • 2020年5月17日 東八幡キリスト教会 主日礼拝 奥田知志牧師宣教「ユダよ、帰れ―ホームとは何か」マタイ27:1-10

    2020年5月17日東八幡キリスト教会主日礼拝奥田知志牧師宣教「ユダよ、帰れ―ホームとは何か」マタイ27:1-102020年5月17日東八幡キリスト教会主日礼拝奥田知志牧師宣教「ユダよ、帰れ―ホームとは何か」マタイ27:1-10

  • コラム第23回掲載

    本文より本コラムの第2回と第18回でお伝えしたように、オネシモとエパフラスに関することから、フィレモンの家の教会(フィレモン2)とコロサイ教会(コロサイ1:2)は同一の教会であると私は考えています。フィレモンとアフィアが自分の家を教会とし、そこで巡回宣教者エパフラスが福音を伝え(コロサイ1:7)、エパフラスが去った後にはやはり巡回宣教者アルキポ(フィレモン2)が来て、フィレモンとアフィアと共に福音を伝えていたという構想を描いています。フィレモン書は、アルキポが滞在していた際に書かれたものです。以下はhttps://www.christiantoday.co.jp/articles/28449/20200903/paul-philemon-onesimus-23.htmにてお読みください。コラム第23回掲載

  • テサロニケの信徒への手紙一5章1~11節(8月30日)

    「胸当てとかぶと」胸当てとかぶとというのは、「武具」です。新約聖書では「武具」は信仰的なものを象徴するものとして示されます。エフェソの信徒への手紙の中に、「神の武具を身に着けなさい」というのがあります。それは具体的には、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物として、信仰を盾として取り、それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい」と言われています。「神の言葉」は剣としてあらわされています。イエス様の言葉に「剣のない者は、服を売ってそれを買いなさい」というものがあり、弟子たちが「主よ、剣なら、このとおりここに二振りあります」と答えているお話がありますが、ここでの剣は御言葉のことを意味するのではな...テサロニケの信徒への手紙一5章1~11節(8月30日)

  • テサロニケの信徒への手紙一4章1~18節(8月23日)

    4章でパウロが先ず書いていることは、「他者に対する尊厳」ということです。「おのおの汚れのない心と尊敬の念を持って妻と生活するように学ばねばならず(4節)」「兄弟を踏みつけたり欺いたりしてはいけません(6節)」。2番目には、互いに愛し合うことが神から言われているとされています(9節)。3番目には自分の仕事に励み自分の手で働くように努めなさいとされています。それは、他者に迷惑をかけないようにということにおいてです。そのようにしてパウロは、テサロニケ教会の人たちに。他者に対する尊厳、すなわち他者に対する愛を説きます。続いてパウロは、死者に対する希望を書いています。テモテがテサロニケ教会から質問としてもらってきたものかもしれません。パウロは、眠った人たちはイエスが再び来る時に復活すると言います。そして生きている者たちと...テサロニケの信徒への手紙一4章1~18節(8月23日)

  • 坦々麺

    帰途途中に某所の某店で坦々麺とライスをいただきました。おいしかったなあ。坦々麺

  • ガラガラ新幹線

    新幹線ガラガラです。楽しかったですね。ガラガラ新幹線

  • ふぐ料理

    九州の某所です。ふぐ料理をごちそうになったり、楽しんでいます。ふぐ料理

  • コラム第22回掲載

    コラム第22回を掲載していただきました。今回は、コロサイ書1章24~29節を、ヨハネによる福音書15章との類似性から書いています。お読みいただければ幸いです。https://www.christiantoday.co.jp/articles/28394/20200820/paul-philemon-onesimus-22.htmコラム第22回掲載

  • 礼拝

    コンビニ前で礼拝する人たち礼拝

  • テサロニケの信徒への手紙一3章1~13節(8月9日)

    使徒言行録16章によりますと、テモテは父親はユダヤ人、母親はギリシャ人の、大変に評判の良い人でありました。パウロよりはかなり若い人であったようです。パウロは伝道旅行中にテモテに出会い、テモテを連れて、生涯巡回伝道者である自分の同労者としていたようです。テサロニケの教会で問題が起こったため、パウロとテモテはコリントからテサロニケに向かったようです。しかしパウロは途中でサタンに妨げられます。これを調べてみますと、パウロが病気になったととらえている人が多いようです。パウロは50過ぎていますし、年齢のこともあったでしょう、アテネで留まります。若いテモテは元気いっぱいだったのでしょうか、テサロニケまで問題解決のため向かいます。パウロはコリントに戻ったと言われます。6節には、そのテモテがコリントに帰ってきて、嬉しい知らせを...テサロニケの信徒への手紙一3章1~13節(8月9日)

  • ダビデとゴリアト

    ゴリアトは2m70cmあったと聖書に書いてあります。ダビデとゴリアト

  • テサロニケの信徒への手紙一2章13~20節(8月2日)

    初代教会において預言者が重要視されていたことを示す箇所があります。一つはコリント第一12章28節。神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです。預言者は使徒の次に来る重要な役職なのです。もう一箇所はエフェソの信徒への手紙2章19~21節。従って、あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、使徒や預言者という土台の上に建てられています。初代教会においては預言者といわれる人たちが活動していたのです。この人たちは洗礼者ヨハネのようにらくだの衣を着ていたんでしょう。預言者は、旧約時代から動物の衣を着ていました。この預言者たちは、初代の教会で、神...テサロニケの信徒への手紙一2章13~20節(8月2日)

  • テサロニケの信徒への手紙一2章1~12節(7月26日)

    「幼子のようになった」6節の「幼子のようになった」という言葉を説教題にしましたが、このところには、「母親がその子供を大事に育てるように(7節)」「父親がその子供に対するように(11節)」ともあります。母親と父親が子供に対してとるような「幼子のように」ということです。つまりそれは、親が子供に対して取る本能のようなものという意味であろうと思います。そこには独特の「やさしさ」というものがあるのでしょう。親は子供にうそはつけません。つまり「うその無い純粋な」というような意味なのだろうと思います。イエス・キリストに対する信仰を持った者たちは、その十字架のゆえに、おのずと母親父親が子供に対して持つようなやさしさを持っていくということなのだと思います。そういう思いでパウロは福音宣教をしています。「以前フィリピで苦しめられ、は...テサロニケの信徒への手紙一2章1~12節(7月26日)

  • コヘレト書(伝道の書)を読む(1)「集める人」―書名・著者・執筆年代について― 

    (神学校での恩師の著作)クリスチャントゥデイ社の許可を得まして、私が同ニュースサイトに連載しておりました「コヘレト書を読む」をこのブログでも連載させていただきます。クリスチャントゥデイ掲載分から少し変更させる場合もあります。クリスチャントゥデイコラム・1「集める人」―書名・著者・執筆年代について―エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉。(1:1、新共同訳)今回からコヘレト書を読んでまいりたいと思います。私はまだ学びの途上にありますが、コヘレト書について考えているさまざまなことを世に問いたい思いもあり、コラムの執筆を引き受けさせていただきました。皆様のご意見をいろいろと伺えれば幸いです。私自身は、口語訳聖書を使用していたときの「伝道の書」と題されていたこの書の、以下の4つの聖句を鮮明に記憶しています。空の空、...コヘレト書(伝道の書)を読む(1)「集める人」―書名・著者・執筆年代について―

  • コヘレト書(伝道の書)を読む(1)「集める人」―書名・著者・執筆年代について― 

    (神学校での恩師の著作)クリスチャントゥデイ社の許可を得まして、私が同ニュースサイトに連載しておりました「コヘレト書を読む」をこのブログでも連載させていただきます。クリスチャントゥデイ掲載分から少し変更させる場合もあります。クリスチャントゥデイコラム・1「集める人」―書名・著者・執筆年代について―エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉。(1:1、新共同訳)今回からコヘレト書を読んでまいりたいと思います。私はまだ学びの途上にありますが、コヘレト書について考えているさまざまなことを世に問いたい思いもあり、コラムの執筆を引き受けさせていただきました。皆様のご意見をいろいろと伺えれば幸いです。私自身は、口語訳聖書を使用していたときの「伝道の書」と題されていたこの書の、以下の4つの聖句を鮮明に記憶しています。空の空、...コヘレト書(伝道の書)を読む(1)「集める人」―書名・著者・執筆年代について―

  • コヘレト書を読む(6)「喜びの探求」―理性と欲望― 臼田宣弘

    コヘレト書を読む(6)「喜びの探求」―理性と欲望―臼田宣弘1私は心の中で言った。「さあ、喜びであなたを試そう。幸せを味わうが良い。」しかし、これもまた空であった。2笑いについては馬鹿げたこと、と私は言い、また喜びについては、それが何になろう、と言った。3私はぶどう酒で体を目覚めさせようと心に決めた。私は知恵によって心を導くが、しかし、天の下、人の子らが短い生涯に得る幸せとは何かを見極めるまで、愚かさに身を委ねることにした。(2:1~3、聖書協会共同訳パイロット版)4大規模にことを起こし、多くの屋敷を構え、畑にぶどうを植えさせた。5庭園や果樹園を数々造らせ、さまざまの果樹を植えさせた。6池を幾つも掘らせ、木の茂る林に水を引かせた。7買い入れた男女の奴隷に加えて、わたしの家で生まれる奴隷もあり、かつてエルサレムに住...コヘレト書を読む(6)「喜びの探求」―理性と欲望―臼田宣弘

  • コヘレト書を読む(8)「神様からのプレゼント」―食べることと飲むこと― 臼田宣弘

    コヘレト書を読む(8)「神様からのプレゼント」―食べることと飲むこと―臼田宣弘24人間にとって最も良いのは、飲み食いし、自分の労苦によって魂を満足させること。しかしそれも、わたしの見たところでは、神の手からいただくもの。25自分で食べて、自分で味わえ。26神は、善人と認めた人に知恵と知識と楽しみを与えられる。だが悪人には、ひたすら集め積むことを彼の務めとし、それを善人と認めた人に与えられる。これまた空しく、風を追うようなことだ。(2:24~26、新共同訳)24人にとっては、食べたり飲んだりして、自分の労苦によって得たものを楽しむほかに、何も良いことはない。わたしはこれもまた、神の手からのものだとわかった。25神から出なければ、だれが食べ、だれが飲むことができようか。26神は御心に適う人には知恵と知識と喜びとを与...コヘレト書を読む(8)「神様からのプレゼント」―食べることと飲むこと―臼田宣弘

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