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2006/08/24

  • 雲照律師ゆかりの島根の寺院参拝の記

    雲照律師ゆかりの島根の寺院参拝の記七月二日三日と、雲照律師ゆかりの寺院を参拝した。その日は大雨の予報があり、決行が危ぶまれたが、一時間毎の天気予報では二日午後からは島根県は小降りになるとのことだったので、強く雨の降る中、神辺町御領から車で出雲方面に向かう。尾道自動車道から松江道に入る頃にはまだ強く雨が降っていたが、島根県に入る頃から雨脚が弱まり、出雲自動車道に入り出雲インターで下道に下りる。まず向かったのは、律師が出家得度に臨んだお寺といわれ、師の慈雲上人がその頃住職されていた多聞院に向かった。出雲市知井宮町の細い路地をいくつも曲がり開けた所に出たと思ったら、前方に茅葺き屋根が突き出た建物の前に出た。山門の前は入口にお地蔵さんが両脇に立つ二十メートルほどの参道があり両脇はまだ田植えのされていない田圃が広が...雲照律師ゆかりの島根の寺院参拝の記

  • 雲照律師再考 『釈雲照と戒律の近代』(法蔵館)を読む

    六大新報令和六年一月一日新春増大号掲載雲照律師再考『釈雲照と戒律の近代』(法蔵館)を読む『釈雲照と戒律の近代』という本が法蔵館・日本仏教史研究叢書の一冊として刊行されている。二〇二二年八月二十五日初版で、恐らくその頃私は購入し書棚に置いたままになっていた。だが、この度改めて取り出して精読することになったのは、昨年十月十日に九段のインド大使館で行われた中村元東方研究所の東方学術賞の授賞式に出席したことにある。長年著書を拝読してきた中央大学国際情報学部保坂俊司教授が東方学術賞を受賞されるとのことで参上したのであったが、若手研究者を対象にした学術奨励賞にこの本の著者が選考されていたのである。公益財団法人・中村元東方研究所は御存じの通り創始者中村元博士が原始仏教の研究で名高いこともあり、インド学や原始仏教に関する...雲照律師再考『釈雲照と戒律の近代』(法蔵館)を読む

  • 明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』 要約④

    明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』要約④第四章証果求めるべき真理を明らかにしそのために発心し、戒定慧の修行により、ついに煩悩を断じて菩提を証得し涅槃に到る、これを証果という。三学に小乗大乗があるように、証果にも小乗の証果、大乗の証果の別がある。第一節小乗の証果小乗の証果に、声聞と縁覚と仏果との別がある。第一、声聞の果位四向四果の別があり、この八位とは、預流向、預流果、一来向、一来果、不還向、不還果、阿羅漢向、阿羅漢果であり、初めの二位は見惑(我見をもととする身見、辺見、見取見、戒禁取見、邪見)を断ずる十六心の内十五心までを断ずるのが預流向で、預流果は見惑を断じ尽くし四諦の真理を証得して得られる。のちの六位は思惑を断じて得られる。欲界の思惑に九品があり、その六品までを断じて一来向があり、六品を既に断じたる...明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』要約④

  • 明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』 要約③

    明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』要約③第三、正定一世間禅、世間禅とは、四禅定、四空定などをいう。十善戒を護り、坐して気息調和し、身心端静にして定に入りても、人の身心の相を見るので欲界定といい、そこからさらに進み、身の感覚を超えて虚空の如く安穏になるのを初禅の未至定という。そして、欲界など下の境界を厭い、未だ寂静に到らぬので「麁」であり、精妙に苦悩を脱していないので「苦」であり、障礙を出離していないので「障」であると観じて、先に進み、上の境界を得ると、麁動なく寂静にあるので「静」であり、苦縛を脱して静妙なるが故に「妙」であり、迷いの世界に留まろうとする障りを離れ出ているので「離」であると観ずるのを六行観という。これにより、欲界定から初禅に、さらに二禅、三禅、四禅へと到る。さらに四空定も六行観によって成就...明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』要約③

  • 明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』 要約②

    明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』要約②第三章修行発心にとどまって修行することがなければ菩提を得られず、衆生を教化することもできない。我が仏教において、修行とは、戒定慧の三行であり、戒とは身口意の悪行を制止し善行を行ずることであり、定とは内心を寂静にして煩悩を制止することであり、慧とは顚倒せる邪見を捨て正見正智を得ることである。第一節戒聖行我が仏教において戒を論ずるに種々の門があるが、それら一切の戒は皆十善をもって根本とする。身業を戒めるものに、不殺生、不偸盗、不邪淫。口業を戒めるものに、不妄語、不綺語、不悪口、不両舌。意業を戒めるものに、不慳貪、不瞋恚、不邪見がある。されど、これら十業はその源は一心にゆきつくものであり、ただその業の顕れるところについて十善戒の名目が設けられているに過ぎない。一心が真理...明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』要約②

  • 明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』 要旨①

    『佛教大意』要旨釋雲照著明治二十二年九月哲学書院発行四六判一五八頁まずこの著作の動機について記す。各宗の著書は皆専門用語多く判読しがたく、また仏教の一部一班に過ぎない。そこで通俗平易の言句にてその綱領大体を示す。目指すべきは小乗の三法印、大乗で言えば実相印となり、発心修行して、涅槃寂静に到るのを大意とする。そこで、第一真理、第二発心、第三修行、第四証果と章立てして、仏道としての仏教を概説する。第一章真理第一節三法印三法印とは仏教の標示であり、ここでは小乗の人が無上の真理とするものである。三法印とは、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静の三つであり、小乗に六宗二十部あれどもいずれも三法印を離れたものはない。諸行無常について、行とは遷流の意であり、一切の現象が遷流転変して留まらないことを諸行無常という。森羅万象も、我...明治の傑僧・釋雲照律師の『佛教大意』要旨①

  • 明治の傑僧・釋雲照律師の『十善戒略解総論』要旨

    十善戒略解総論要旨明治十九年一月釋雲照著述長木栄治郎出版十善戒法は、一切世間出世間の善法の本源であり、積善の家に餘慶ありと言われるように、吉凶殃慶一つとして因なくして果はない。いまこの身が壮健で長寿であるのは前世で不殺生戒を護った餘慶であり、衣食住俸禄あって安楽なのは不偸盗戒の餘慶であり、男女仲良く子孫あり家門繁栄するのは不邪淫戒の餘慶である。教養や慣習が家に備わるのは不妄語戒の餘慶、穏やかに控えめな徳により周りに重んぜられるは不綺語戒の餘慶、家族仲良く老いて子孫に孝心あるのは不悪口戒の餘慶、家族親族近隣と仲睦まじきは不両舌戒の餘慶である。家に財あり山海の実りあり融通するは不貪欲戒の餘慶、身体健全で顔端正にして周りから侮られず慕われるのは不瞋恚戒の餘慶、神々の守護あり心に憂いなきは不邪見戒の餘慶である。逆...明治の傑僧・釋雲照律師の『十善戒略解総論』要旨

  • 自覚して行うこと

    自覚して行うこと--今日の護摩供後の法話に加筆して今日も沢山のお参りをいただきありがとう御座います。いま、3月31日の御開帳のお二人の先生による記念講話の文字起こしをして、寺報に掲載する原稿を作っているところです。ところで、保坂先生のお話の中で、沢山の人がお寺に寄り集まり、行事をしてお寺を盛り上げて、次の世代にも繋げていくことは、皆さん自身の仏道修行であり、そのことの意味を自覚して行うことが大切だとの指摘がありました。さらにそれは、安心の徳を積むことであり、悟りへの道であり、幸福への道であるとも。またその講話の冒頭には、私たちは普通、仏教という言葉を使っているわけですが、この言葉自体が古い言葉ではなく、明治二十年代以降に定着した言葉であって、仏教と言ってしまうと、その時点でキリスト教のような絶対的な存在に...自覚して行うこと

  • 明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (6)

    明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(6)よって律の偈にも、「たとえ百劫という果てしない時間を経るとも、なされた業は亡びること無く、因縁が巡り来たるとき、果報還り報いて自ら受ける」とあります。律蔵の中の各章段の終わりにこの偈を掲げて誡めています。よって私も、またつねにこの偈を引いて応報の理を述べるのです。たとえ百劫という果てしなく長い年月を経ても、いったんなされた行為の善悪の業の力は決して亡くなったり枯れたりということはなく、因縁が熟したときにはその善悪の果報が生じて、他の人がそれを承けること無く、必ず自身がこれを承けて悪は必ず苦果を、善は必ず楽果が報いることでしょう。それは決して他に神仏あって苦楽を与えるのではありません。自ら悪をつくり自ら悪の果を受け、自ら善を修めて自ら善の結果を受けることは、...明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(6)

  • 明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (5)

    明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(5)十善四恩は一切道徳の元素となるものであり十善の他に別に道徳はない事今本会・十善会において主張する、十善因果応報によるところの道徳は、道徳即十善、十善即道徳であり、因果応報ということが人の行いに顕れて十善となるので、十善の他に道徳はなく、道徳の他に十善はないのであります。またこの因果の真理を離れて仏教は無く、仏教すなわち道徳であり、道徳すなわち仏教であり、私の仏教の真理から言えば、道徳の他に宗教なく、宗教の他にさらに道徳無しとするのです。どうしてかと言えば、仏教とは天然の真理に則って、普通に衆生が起こす慈悲と、この世のすべてのものは無我であると悟ったものが起こす慈悲と、さらにはあらゆる差別を離れた仏の大悲の心、この三つの慈悲の心を起こして、多くの人々と遍く十...明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(5)

  • 明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (4)

    明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(4)十善を行じて四恩に報いるべき事私たちが今日こうして身体欠けるところなく、健康で幸福に、無事に日を過ごし安穏にして、このように才智あり、様々な仕事をなせるのも、決して自分一人のなせる技ではありません。父母が自分を産み育ててくれたのは、父母への恩であり、着るものも、食事をし、また書物を読み、物を書いたり、眼に触れ手に触れる物すべてが世の中の人々の労働によりなせるものであって、これは一切衆生への恩であります。また国王ともいえるお方があって、国を鎮め安定せしめ、私たちを見守って下さっているのは、これは国王への恩でありましょう。そればかりか、果てしない過去から今日迄、私たちは一切衆生とともに、この三界に生まれ変わり死に代わり輪廻してきました。その間に、すべてのものた...明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(4)

  • 供養について考える

    供養について考える(昨日の法事の後の法話に付け足して)供養とは何でしょうか。この言葉は中国で訳された言葉で、もとのインドの言葉はプージャーと言いまして、神仏への捧げ物としてのお祀り、お供えやお勤め、礼拝などを意味します。仏教のお寺でも朝のお勤めのことをプージャーと言っていました。インドのお祭りで有名なドゥルガー・プージャーとかカーリー・プージャーというようにお祭り全体を表す言葉として使用される場合もあります。ですから日本でも施餓鬼供養とか、盂蘭盆供養というように使われます。そしてこのプージャーという言葉にはもう一つ大事な意味があり、尊崇する尊敬するという意味があります。ありがたい存在だからお供えをする、礼拝するということになります。インドではヒンドゥー教のお寺などでは大きな音で毎朝お勤めを村中に聞かせると...供養について考える

  • 祝・本尊御開帳

    祝・本尊御開帳3月31日、一日曇り空の天気予報でしたが、雲の切れ間から青空がのぞき明るい陽のさす朝を迎えました。5時の鐘を撞き、客殿の雨戸をあけ、寺院方の金襴のスリッパを並べました。客殿前の門を開き、赤いカーペットを敷いて寺院方の雪駄を置いてもらうための靴入れを用意しました。寺院方駐車場に寺院専用駐車場と書いた立看板を出し、本堂東スロープに参詣者用の緑のカーペットを並べ、本堂正面の入り口に寺方の入堂用の赤いカーペットを敷きました。午前8時前には、総代世話方が集結し、一日の行程を確認。配布物の最終チェックを行いました。寺方集会時間前には一人二人とお寺様方が客殿にお越しになる中、前日から来福の中央大学教授保坂俊司先生もお越しになり、控えの間にご案内しました。お寺様方全員お集まりになられ、挨拶の後、特別にご出仕...祝・本尊御開帳

  • (追記あり) 30年ぶりの本尊御開帳 是非ご参詣ください

    30年ぶりの本尊御開帳是非ご参詣ください。ここ備後國分寺では、来月3月31日午前9時から午後5時まで、普段閉じられている本尊厨子の扉を開きます。その間に、ご都合の良い時間にお越しになり内拝下さい。元禄7年(1694)に福山城主水野勝種侯が大檀那に成られ現本堂を再建されました。それから300年となる平成6年に、本堂再建三百年祭が先代和尚により挙行され、その際に御開帳されてから早いもので30年が経ちました。延宝元年(1673)の水害により荒廃した堂宇を復興していかれた、時の中興一世快範上人が記した『國分寺中興基録』と題する記録が今に伝えられています。それによれば、元禄5年に新しい本堂の仏像一式を京都柳の馬場松原下る町の京仏師林右近氏に依頼しており、その際の注文書通りの仏像を今日目にすることができます。本尊薬師...(追記あり)30年ぶりの本尊御開帳是非ご参詣ください

  • 今日の護摩供後の法話に補足して

    今日も沢山の添え護摩の木を皆様書いて下さって大きな護摩を焚かせていただきありがとう御座います。毎月お大師様の日に、一ヶ月のいろいろ積もった、願い、思い、計らい、心の重荷を仏様にすべてをお預けして、放下する心の大掃除の場として、私も大切な行として修法させていただいています。ところで皆様の中には、自分自身が病を抱えている方もあるし、ご家族が長く患っている人もあります。また長く患っていた家族をお見送りしたという方もあり、様々な思いを以てお参りいただいていると思います。私たちのしがちなこと、習慣として何事も二つに分けるということをしがちです。良いこと悪いこと、楽しいこと苦しいこと、幸せなこと不幸なことと。ですから、病気になる、亡くなる、またはいろいろな場面で思ったようにならなかったりすると、それらは悪いこと、良く...今日の護摩供後の法話に補足して

  • 備後國分寺だより 第66号(令和6年1月1日発行)

    備後國分寺だより第66号(令和6年1月1日発行)七回忌の法事にて極楽は極楽か「お疲れさまでした。長いお経を聞いてくださり、また、ご一緒に『仏前勤行次第』を御唱和いただきご苦労様です。今日は七回忌ですから、こちらの塔婆に書いてありますように、七回忌の本尊様阿閦如来に沢山のお供えをし、読経供養を施し、その功徳を六年前に来世に赴かれている○○大姉に手向けるというのが今日の法事です。こちらにあります塔婆には、上から梵字で「キャ・カ・ラ・ヴァ・ア」と書いてあるのですが、これはよく先祖墓に見られる五輪塔を表していまして、その意味は下から地水火風空となります。これはそれぞれに大をつけて、五大ともいわれるこの宇宙全体を構成する要素となるものです。それぞれの意味は、地大は堅さを性質としてものを保持する働きを表し、水大は湿り...備後國分寺だより第66号(令和6年1月1日発行)

  • 明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (3)

    明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(3)私はかつて新潟県に行ったとき、壁に大きな字で書かれた書軸が掛けられていたことがあります。これは五歳の子供が書いたもので、その運筆が見事で筆勢は力があり、実に大人の書家にも及ばないほどで驚いたことがあります。五歳といっても満三年の子供で、その運筆を習うと言ってもまだ一年足らずとのことでした。しかしその書は大人の書家の数年もの刻苦も及ばないほどで、私の見るところ、世の人のいわゆる原因結果をもって論じるならば、この訳が判ろうというものです。今私の因果応報の真理をもって見るならば、決して怪しむべきことではなく、その生まれながらに書をよくする人は、いわゆる前生において、かつて書芸に勉めた原因が報いて今日の身に顕れたということでしょう。この理によってこれを見るに、今わ...明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(3)

  • 明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (2)

    明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(2)まさにこの原因結果という言葉は今日世間において、いたるところで語られないことはないでしょう。ですが、世の人々が言うところはただ目の前の原因結果だけを言うのであって、過去や未来に及ぶものではなく、ただ自分一人に現れ見る、この一生のことに過ぎません。ですが、この目の前の一生のことですら、原因と結果と符合しないこともあります。言い換えると、豆の実を蒔いて麦を収穫したり、麦の種を蒔いて米を収穫するというような不思議なことです。どのようなことかといえば現実に、生涯務めて汗を流し困苦しても、十分に飲み食いもできず着るものも満足でない者があります。また日夜学業に励み人の倍もの努力をしてもその結果は平均程度にしかならない者があります。あるいは、怠慢であるにもかかわらず博識...明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(2)

  • 明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (1)

    雲照大和上遺墨展によせて-住職のひとりごと雲照大和上を学ぶ会の松本宣秀師が23日来訪された。来月14日から18日まで倉敷市立美術館にて、倉敷仏教会主催「雲照大和上遺墨展と講演・明治150年を雲照大和上に問う...gooblog十善の法話雲照和上のご講演(東京三浦家において)さて、十善(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不綺語・不悪口・不両舌・不慳貪・不瞋恚・不邪見)とは、人の人たる道であり、一切万善の根本道徳の標準であります。仮にも人の道徳の標準であるならば、世界のどこにあっても修めなくてはならないものです。富める人はますます修すべきであり、貧しい人もますます行わなければならない生き方であります。ですが、この十善は自然に表れる徳であり、この世の真理が顕われるものであるので、ことさら仏教の十善ということではあ...明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(1)

  • 國分寺に掛けられている書画について

    國分寺に掛けられている書画についてまず、仁王門の上には「國分寺」と書かれた大きな扁額がかかっています。本堂正面には畳二畳ほどの大きさの扁額に「醫王閣」とあります。ともに戦前の京都大覚寺門跡谷内清巌猊下の書と伝えられています。寺内には、山号「唐尾山」の額がかかり、これは清巌猊下の銘があります。本堂の額の裏には仏教のシンボル「法輪」が彫刻されています。法輪はお釈迦様の教えの中でも最も実践的な八正道を表現したものです。玄関から上がった部屋に衝立が置いてあります。平成三十年の仁王尊解体修理の際に台座から出てきた墨書きを表裏に数枚はめ込んだ衝立に仕立てていただきました。「欧州大戦乱為日本農民側不景気武器被服商人等大好景気」などとあり、大正四年に仁王門を修復した際に、寒水寺を兼務し後に宮島の大聖院に転住した、時の中興...國分寺に掛けられている書画について

  • 補足解説・七回忌の法事にて

    補足解説・七回忌の法事にてこの法話を実際に聞いてくださった方々が、聞いていておそらく頭の中に?マークがついたのではないかと思われる点について、解説を補足してみたいと思います。まずはじめに、「来世に赴かれている」という表現についてです。死んだら無に帰するとか、仏になるという表現もありますから、死後のことは心配いらないとお考えになる方もあるかもしれません。ですが、仏教は身体はこの世の借りものであって、心こそ本人であると考えます。そして、すべてのことに原因ありとする教えです。この世に生まれ、こうして私たちが縁あり、この話を聞いてくださるのにも原因と縁があってのことです。ですから、亡くなったら身体は荼毘に付されますが、心には様々な思いが残り、その心に相応しい来世に赴くと考えるのです。間違いのない生涯であれば人間界...補足解説・七回忌の法事にて

  • 七回忌の法事にて

    七回忌の法事にてお疲れさまでした。長いお経を聞いてくださり、また、ご一緒に「勤行次第」を読誦いただきご苦労様です。今日は七回忌ですから、こちらの塔婆に書いてありますように、七回忌の本尊様阿閦如来に沢山のお供えをし、読経供養を施し、その功徳を六年前に来世に赴かれている○○大姉に手向けるというのが今日の法事です。こちらにあります塔婆には、上から梵字で「キャ・カ・ラ・ヴァ・ア」と書いてあるのですが、これはよく先祖墓に見られる五輪塔を表していまして、その意味は下から地水火風空となります。これはそれぞれに大をつけて、五大ともいわれるこの宇宙全体を構成する要素となるものです。それぞれの意味は、地大は堅さを性質としてものを保持する働きを表し、水大は湿り気を性質としてものを収めとる働き、火大は暖かさを性質としてものを成熟...七回忌の法事にて

  • お茶会に思う

    お茶会に思う九月十七日、ここ國分寺を会場に茶会が開かれました。尾道のNPO法人・茶の湯歳時記同好会主催の百人を超える参加者が来訪される盛大な茶会でした。同会は、これまでにも尾道の浄土寺や海龍寺、光明寺、三原の極楽寺などで茶会を開催してこられました。ことの始まりは、今年二月に神辺在住の表千家教授である理事さんが訪ねてこられ、是非客殿で茶会を開かせて欲しいと申し入れがありました。これまで茶会などとは縁のなかったこともあり、総代さん方にも相談の上快諾を得て、その後理事さんとのやり取りの中で日程も決まりました。今年五月ころだったでしょうか、副理事長さんと実際に茶会で作法される先生方が会場の視察に来られ、部屋割りや出入り口の確認をしていかれました。そして八月末にもう一度理事さんが会場の確認に来られ、茶会前日には茶道...お茶会に思う

  • 福田(ふくでん)ということ

    福田ということ暑い夏になりました。またこのお盆の時期に台風が二つも来て、多くの地域で被災しているのにここ福山ではこうして万灯会ができ、お詣りしていただきまして誠に有り難いことと存じます。コロナもまだ日本でだけは終わっていないとか、ウクライナの戦地では未だに戦闘が繰り返され、そんなこともあってか物価が馬鹿高くなりガソリンはついに百八十円、オーストラリアなどはすでに二百円と聞いています。温暖化で年々暑くなりこの先どうなるのかとも心配になります。不安なことばかりですが、いつの時代もどんな時代になりましても、本当は不安が尽きないのかもしれません。不安なこと心配事をみんな仏様にお預けする放下という生き方が求められているのかもしれません。放下とは、お茶をなさる方はよく茶掛けにあるそうで御存じの方も多いかと思いますが、...福田(ふくでん)ということ

  • 備後國分寺だより 第65号(令和5年8月1日発行)

    備後國分寺だより第65号(令和5年8月1日発行)大師堂落慶を祝して四月二日、めでたく大師堂が落成しました。前日まで左官屋さん、大工さん、建具屋さん、清掃の方など職人方が慌ただしく最終の仕上げを施してくれて、何とか落慶法要に間に合わせてくださいました。昨年十一月から解体された大師堂と休み堂が一つの建物に生まれ変わりました。明治三十四年五月発行の『廣島県名所図録』という、広島県内の神社仏閣など名所の建物の様子をスケッチして解説を施した図鑑があります。それによれば、ここ備後國分寺の頁には「備後国深安郡御野村真言宗唐尾山國分寺之真景」とあります。それを見ると、境内の西側に南北に切り妻屋根の休み堂らしき建物があり、すこし離れた北側に小さな籠堂(こもりどう)らしき建物が描かれています。記録によれば明治二十一年に、天保...備後國分寺だより第65号(令和5年8月1日発行)

  • 三方よしということ

    三方よしということ三方よしという言葉がある。近江商人の心得とも、モットーともいわれるが、売り手も買い手もそれから世間にも良いことを言うのだという。ネットの言葉検索で「コトバンク」を見てみると、『「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるということ。近江商人の心得をいったもの。』とある。世間良しのところを社会貢献に置き換えてしまっている。これでは世間良しは商いと別物のように受けとられかねない。商いそのものが世間にとってもよいものである必要があるという本来の意味を読み違えそうな表現ではないかと思える。商いと社会貢献を切り離しては本来の意味の三方よしにはならないだろう。ところで、昔サラリーマン時代に「てんびんの詩」という映画を見...三方よしということ

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