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2006/08/24

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哲学・思想ブログ 276位 277位 249位 212位 208位 236位 207位 14,678サイト
仏教 20位 20位 19位 12位 11位 15位 12位 385サイト
地域生活(街) 中国地方ブログ 74位 76位 71位 67位 66位 70位 61位 5,698サイト
福山市情報 5位 6位 5位 5位 4位 4位 4位 430サイト
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  • 祝・本尊御開帳

    祝・本尊御開帳

    祝・本尊御開帳3月31日、一日曇り空の天気予報でしたが、雲の切れ間から青空がのぞき明るい陽のさす朝を迎えました。5時の鐘を撞き、客殿の雨戸をあけ、寺院方の金襴のスリッパを並べました。客殿前の門を開き、赤いカーペットを敷いて寺院方の雪駄を置いてもらうための靴入れを用意しました。寺院方駐車場に寺院専用駐車場と書いた立看板を出し、本堂東スロープに参詣者用の緑のカーペットを並べ、本堂正面の入り口に寺方の入堂用の赤いカーペットを敷きました。午前8時前には、総代世話方が集結し、一日の行程を確認。配布物の最終チェックを行いました。寺方集会時間前には一人二人とお寺様方が客殿にお越しになる中、前日から来福の中央大学教授保坂俊司先生もお越しになり、控えの間にご案内しました。お寺様方全員お集まりになられ、挨拶の後、特別にご出仕...祝・本尊御開帳

  • (追記あり) 30年ぶりの本尊御開帳 是非ご参詣ください

    (追記あり) 30年ぶりの本尊御開帳 是非ご参詣ください

    30年ぶりの本尊御開帳是非ご参詣ください。ここ備後國分寺では、来月3月31日午前9時から午後5時まで、普段閉じられている本尊厨子の扉を開きます。その間に、ご都合の良い時間にお越しになり内拝下さい。元禄7年(1694)に福山城主水野勝種侯が大檀那に成られ現本堂を再建されました。それから300年となる平成6年に、本堂再建三百年祭が先代和尚により挙行され、その際に御開帳されてから早いもので30年が経ちました。延宝元年(1673)の水害により荒廃した堂宇を復興していかれた、時の中興一世快範上人が記した『國分寺中興基録』と題する記録が今に伝えられています。それによれば、元禄5年に新しい本堂の仏像一式を京都柳の馬場松原下る町の京仏師林右近氏に依頼しており、その際の注文書通りの仏像を今日目にすることができます。本尊薬師...(追記あり)30年ぶりの本尊御開帳是非ご参詣ください

  • 今日の護摩供後の法話に補足して

    今日の護摩供後の法話に補足して

    今日も沢山の添え護摩の木を皆様書いて下さって大きな護摩を焚かせていただきありがとう御座います。毎月お大師様の日に、一ヶ月のいろいろ積もった、願い、思い、計らい、心の重荷を仏様にすべてをお預けして、放下する心の大掃除の場として、私も大切な行として修法させていただいています。ところで皆様の中には、自分自身が病を抱えている方もあるし、ご家族が長く患っている人もあります。また長く患っていた家族をお見送りしたという方もあり、様々な思いを以てお参りいただいていると思います。私たちのしがちなこと、習慣として何事も二つに分けるということをしがちです。良いこと悪いこと、楽しいこと苦しいこと、幸せなこと不幸なことと。ですから、病気になる、亡くなる、またはいろいろな場面で思ったようにならなかったりすると、それらは悪いこと、良く...今日の護摩供後の法話に補足して

  •  備後國分寺だより 第66号(令和6年1月1日発行)

    備後國分寺だより 第66号(令和6年1月1日発行)

    備後國分寺だより第66号(令和6年1月1日発行)七回忌の法事にて極楽は極楽か「お疲れさまでした。長いお経を聞いてくださり、また、ご一緒に『仏前勤行次第』を御唱和いただきご苦労様です。今日は七回忌ですから、こちらの塔婆に書いてありますように、七回忌の本尊様阿閦如来に沢山のお供えをし、読経供養を施し、その功徳を六年前に来世に赴かれている○○大姉に手向けるというのが今日の法事です。こちらにあります塔婆には、上から梵字で「キャ・カ・ラ・ヴァ・ア」と書いてあるのですが、これはよく先祖墓に見られる五輪塔を表していまして、その意味は下から地水火風空となります。これはそれぞれに大をつけて、五大ともいわれるこの宇宙全体を構成する要素となるものです。それぞれの意味は、地大は堅さを性質としてものを保持する働きを表し、水大は湿り...備後國分寺だより第66号(令和6年1月1日発行)

  • 明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (3)

    明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (3)

    明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(3)私はかつて新潟県に行ったとき、壁に大きな字で書かれた書軸が掛けられていたことがあります。これは五歳の子供が書いたもので、その運筆が見事で筆勢は力があり、実に大人の書家にも及ばないほどで驚いたことがあります。五歳といっても満三年の子供で、その運筆を習うと言ってもまだ一年足らずとのことでした。しかしその書は大人の書家の数年もの刻苦も及ばないほどで、私の見るところ、世の人のいわゆる原因結果をもって論じるならば、この訳が判ろうというものです。今私の因果応報の真理をもって見るならば、決して怪しむべきことではなく、その生まれながらに書をよくする人は、いわゆる前生において、かつて書芸に勉めた原因が報いて今日の身に顕れたということでしょう。この理によってこれを見るに、今わ...明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(3)

  •  明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (2)

    明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (2)

    明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(2)まさにこの原因結果という言葉は今日世間において、いたるところで語られないことはないでしょう。ですが、世の人々が言うところはただ目の前の原因結果だけを言うのであって、過去や未来に及ぶものではなく、ただ自分一人に現れ見る、この一生のことに過ぎません。ですが、この目の前の一生のことですら、原因と結果と符合しないこともあります。言い換えると、豆の実を蒔いて麦を収穫したり、麦の種を蒔いて米を収穫するというような不思議なことです。どのようなことかといえば現実に、生涯務めて汗を流し困苦しても、十分に飲み食いもできず着るものも満足でない者があります。また日夜学業に励み人の倍もの努力をしてもその結果は平均程度にしかならない者があります。あるいは、怠慢であるにもかかわらず博識...明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(2)

  • 明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (1)

    明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳 (1)

    雲照大和上遺墨展によせて-住職のひとりごと雲照大和上を学ぶ会の松本宣秀師が23日来訪された。来月14日から18日まで倉敷市立美術館にて、倉敷仏教会主催「雲照大和上遺墨展と講演・明治150年を雲照大和上に問う...gooblog十善の法話雲照和上のご講演(東京三浦家において)さて、十善(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不綺語・不悪口・不両舌・不慳貪・不瞋恚・不邪見)とは、人の人たる道であり、一切万善の根本道徳の標準であります。仮にも人の道徳の標準であるならば、世界のどこにあっても修めなくてはならないものです。富める人はますます修すべきであり、貧しい人もますます行わなければならない生き方であります。ですが、この十善は自然に表れる徳であり、この世の真理が顕われるものであるので、ことさら仏教の十善ということではあ...明治の傑僧・雲照和上の「十善の法話」現代語訳(1)

  • 國分寺に掛けられている書画について

    國分寺に掛けられている書画について

    國分寺に掛けられている書画についてまず、仁王門の上には「國分寺」と書かれた大きな扁額がかかっています。本堂正面には畳二畳ほどの大きさの扁額に「醫王閣」とあります。ともに戦前の京都大覚寺門跡谷内清巌猊下の書と伝えられています。寺内には、山号「唐尾山」の額がかかり、これは清巌猊下の銘があります。本堂の額の裏には仏教のシンボル「法輪」が彫刻されています。法輪はお釈迦様の教えの中でも最も実践的な八正道を表現したものです。玄関から上がった部屋に衝立が置いてあります。平成三十年の仁王尊解体修理の際に台座から出てきた墨書きを表裏に数枚はめ込んだ衝立に仕立てていただきました。「欧州大戦乱為日本農民側不景気武器被服商人等大好景気」などとあり、大正四年に仁王門を修復した際に、寒水寺を兼務し後に宮島の大聖院に転住した、時の中興...國分寺に掛けられている書画について

  • 補足解説・七回忌の法事にて

    補足解説・七回忌の法事にて

    補足解説・七回忌の法事にてこの法話を実際に聞いてくださった方々が、聞いていておそらく頭の中に?マークがついたのではないかと思われる点について、解説を補足してみたいと思います。まずはじめに、「来世に赴かれている」という表現についてです。死んだら無に帰するとか、仏になるという表現もありますから、死後のことは心配いらないとお考えになる方もあるかもしれません。ですが、仏教は身体はこの世の借りものであって、心こそ本人であると考えます。そして、すべてのことに原因ありとする教えです。この世に生まれ、こうして私たちが縁あり、この話を聞いてくださるのにも原因と縁があってのことです。ですから、亡くなったら身体は荼毘に付されますが、心には様々な思いが残り、その心に相応しい来世に赴くと考えるのです。間違いのない生涯であれば人間界...補足解説・七回忌の法事にて

  • 七回忌の法事にて

    七回忌の法事にて

    七回忌の法事にてお疲れさまでした。長いお経を聞いてくださり、また、ご一緒に「勤行次第」を読誦いただきご苦労様です。今日は七回忌ですから、こちらの塔婆に書いてありますように、七回忌の本尊様阿閦如来に沢山のお供えをし、読経供養を施し、その功徳を六年前に来世に赴かれている○○大姉に手向けるというのが今日の法事です。こちらにあります塔婆には、上から梵字で「キャ・カ・ラ・ヴァ・ア」と書いてあるのですが、これはよく先祖墓に見られる五輪塔を表していまして、その意味は下から地水火風空となります。これはそれぞれに大をつけて、五大ともいわれるこの宇宙全体を構成する要素となるものです。それぞれの意味は、地大は堅さを性質としてものを保持する働きを表し、水大は湿り気を性質としてものを収めとる働き、火大は暖かさを性質としてものを成熟...七回忌の法事にて

  • お茶会に思う

    お茶会に思う

    お茶会に思う九月十七日、ここ國分寺を会場に茶会が開かれました。尾道のNPO法人・茶の湯歳時記同好会主催の百人を超える参加者が来訪される盛大な茶会でした。同会は、これまでにも尾道の浄土寺や海龍寺、光明寺、三原の極楽寺などで茶会を開催してこられました。ことの始まりは、今年二月に神辺在住の表千家教授である理事さんが訪ねてこられ、是非客殿で茶会を開かせて欲しいと申し入れがありました。これまで茶会などとは縁のなかったこともあり、総代さん方にも相談の上快諾を得て、その後理事さんとのやり取りの中で日程も決まりました。今年五月ころだったでしょうか、副理事長さんと実際に茶会で作法される先生方が会場の視察に来られ、部屋割りや出入り口の確認をしていかれました。そして八月末にもう一度理事さんが会場の確認に来られ、茶会前日には茶道...お茶会に思う

  • 福田(ふくでん)ということ

    福田(ふくでん)ということ

    福田ということ暑い夏になりました。またこのお盆の時期に台風が二つも来て、多くの地域で被災しているのにここ福山ではこうして万灯会ができ、お詣りしていただきまして誠に有り難いことと存じます。コロナもまだ日本でだけは終わっていないとか、ウクライナの戦地では未だに戦闘が繰り返され、そんなこともあってか物価が馬鹿高くなりガソリンはついに百八十円、オーストラリアなどはすでに二百円と聞いています。温暖化で年々暑くなりこの先どうなるのかとも心配になります。不安なことばかりですが、いつの時代もどんな時代になりましても、本当は不安が尽きないのかもしれません。不安なこと心配事をみんな仏様にお預けする放下という生き方が求められているのかもしれません。放下とは、お茶をなさる方はよく茶掛けにあるそうで御存じの方も多いかと思いますが、...福田(ふくでん)ということ

  • 備後國分寺だより 第65号(令和5年8月1日発行)

    備後國分寺だより 第65号(令和5年8月1日発行)

    備後國分寺だより第65号(令和5年8月1日発行)大師堂落慶を祝して四月二日、めでたく大師堂が落成しました。前日まで左官屋さん、大工さん、建具屋さん、清掃の方など職人方が慌ただしく最終の仕上げを施してくれて、何とか落慶法要に間に合わせてくださいました。昨年十一月から解体された大師堂と休み堂が一つの建物に生まれ変わりました。明治三十四年五月発行の『廣島県名所図録』という、広島県内の神社仏閣など名所の建物の様子をスケッチして解説を施した図鑑があります。それによれば、ここ備後國分寺の頁には「備後国深安郡御野村真言宗唐尾山國分寺之真景」とあります。それを見ると、境内の西側に南北に切り妻屋根の休み堂らしき建物があり、すこし離れた北側に小さな籠堂(こもりどう)らしき建物が描かれています。記録によれば明治二十一年に、天保...備後國分寺だより第65号(令和5年8月1日発行)

  • 三方よしということ

    三方よしということ

    三方よしということ三方よしという言葉がある。近江商人の心得とも、モットーともいわれるが、売り手も買い手もそれから世間にも良いことを言うのだという。ネットの言葉検索で「コトバンク」を見てみると、『「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるということ。近江商人の心得をいったもの。』とある。世間良しのところを社会貢献に置き換えてしまっている。これでは世間良しは商いと別物のように受けとられかねない。商いそのものが世間にとってもよいものである必要があるという本来の意味を読み違えそうな表現ではないかと思える。商いと社会貢献を切り離しては本来の意味の三方よしにはならないだろう。ところで、昔サラリーマン時代に「てんびんの詩」という映画を見...三方よしということ

  • 人が亡くなると仏様というのはなぜか

    人が亡くなると仏様というのはなぜか

    (昨年九月二十八日投稿の「死ねば仏とは」を修正ものです)いつの頃からか、日本では、人が死すと仏、仏様と呼ばれてきました。私にはそれが不本意で、そんなことを言うから日本仏教は活力を失ったのだと思っていました。つまり、死んだらみんな仏なら、教えも修行も不要ではないかと考えたからです。そんなものなら、そもそもお釈迦様も、各宗の祖師方も死を覚悟して死に物狂いで修行する必要もなかったではないかと思えたのです。そんな簡単なものではないと。しかし、数日前、朝の御勤めで、本尊お薬師様の供養法を修しておりましたら、お教えをいただきました。人は死すと、煩悩に覆い隠された故人は死んで、仏だけが残ったのだと。息を引き取りしばらくすると、故人の生前の人格の心は遺体から離れ、ご遺体だけが残されることになります。お釈迦様が発見された無...人が亡くなると仏様というのはなぜか

  • インドに何を学ぶか

    インドに何を学ぶか

    令和五年六月五日『インドに何を学ぶか』福山北倫理法人会での法話今日は「インドに何を学ぶか」というテーマでお話します。三十年も前になりますが、インドの僧として三年半、実際にインドに滞在したのは併せて二年半ほどですが、その後もインドと仏教を通してかかわり続けてまいりました。そこで、そもそも私がなぜインドに行ったのか、そして何をしたか、いろいろ見聞してきた話も交えながら、そこから私たちは何を学ぶべきかと考えてまいりたいと思います。早速ですが、なぜインドに行ったのか、前回にも少しお話していますが、お寺の生まれでもありませんので、一冊の本との出会いが、私を仏教に引き寄せたのです。それは、角川書店の「仏教の思想」というシリーズの第一巻『知恵と慈悲・ブッダ』という本です。増谷文雄さんという都留文科(つるぶんか)大学の学...インドに何を学ぶか

  • 備後國分寺だより 第64号(令和5年4月2日発行)

    備後國分寺だより 第64号(令和5年4月2日発行)

    備後國分寺だより第64号(令和5年4月2日発行)令和五年一月二一日薬師護摩供後の法話御生誕一二五〇年の弘法大師今日は初大師、御生誕一二五〇年の記念すべき年の初大師となります。全国各地の弘法大師を祀る寺院では盛大にお祭りがなされていることでしょう。こちらにも、早朝八時からにもかかわらず、土曜日ということもあり、遠方からも大勢のお護摩のお参りをいただきありがとうございます。弘法大師は、今年が西暦二〇二三年となりますから、七七四年、宝亀五年にお生まれになられています。六月十五日のお生まれと言われており、六月には各本山でも記念の法会が執り行われることと存じますが、ところで、お大師様はどのようなお方であったのか。皆様ご存じのことと思いますが、概略申し上げてみますと。生まれた場所は、讃岐の屏風ヶ浦と言われますが、今の...備後國分寺だより第64号(令和5年4月2日発行)

  • 追悼 松長有慶猊下

    追悼 松長有慶猊下

    追悼松長有慶猊下私は教え子でもなく、お寺の関係者でもない。しかし猊下の最晩年にご縁をいただき、ご厚誼賜ったものとして誠にごくわずかのその関係についてのみではあるが、四月十六日ご遷化された松長先生の記憶をここにとどめておきたいと思う。松長有慶猊下についてはWikipediaに以下にある通り、仏教学者密教学者としても、また真言僧侶としても最高の位置に自ずと推挙せられて上られた。そのご生涯は、真言宗ならず日本仏教界における金看板ともいえる存在であったと思う。これ以上のお方は恐らく、残念ながらもうしばらく現れないのではないか。〈Wikipedia〉松長有慶1929年〈昭和4年〉7月21日-2023年〈令和5年〉4月16日)高野山真言宗の僧侶で仏教学者。高野山・補陀落院住職、元総本山金剛峯寺第412世座主、同宗管長...追悼松長有慶猊下

  • 大師堂落慶を祝して

    大師堂落慶を祝して

    大師堂落慶を祝して四月二日、めでたく大師堂が落成した。前日まで左官屋さん、建具屋さん、清掃の方など職人方が慌ただしく最終の仕上げを施してくれて、何とか落慶法要に間に合わせてくださった。昨年十一月から解体された大師堂と休み堂が一つの建物に生まれ変わった。明治時代に作られた『広島名所図録』という、広島県内の神社仏閣など名所の建物の様子をスケッチして解説を施した図鑑がある。それによれば、ここ備後國分寺の頁には「備後国深安郡御野村真言宗唐尾山國分寺真景之図」とある。それを見ると、境内の西側に南北に切り妻屋根の休み堂らしき建物があり、すこし離れた北側に小さな籠堂らしき建物が描かれている。記録によれば明治二十一年に、天保年間に開創された唐尾山八十八箇所の籠堂が造られたとあるのでその建物であろう。唐尾山は國分寺の山号で...大師堂落慶を祝して

  • 癒やされない悲しみに

    癒やされない悲しみに

    癒やされない悲しみに知り合いの息子さんが若くして亡くなられました。ガンで二年ほど入退院を繰り返された後に手厚い看護にもかかわらず亡くなってしまったのです。親御さんの気持ちを思えばいたたまれない悲しみに包まれていることが推察されます。自分の産んだ息子、たよりにしていた息子が亡くなった、言いようのない喪失感は癒やしようのないものであろうかと思います。若くして結婚して、お蔭でお子さんたちがみな立派に成人された後だったことは幸いではありましたが、やはり、闘病生活にもいろいろと気遣いが必要だったようですし、亡くなって葬儀を行い、さらにその後の中陰開けまでも、いろいろと気苦労を重ねられ、老親二人は疲れ果ててしまったようでした。たびたび老夫婦は訪ねてこられてはいろいろな話をして帰られます。既にひと月、ふた月たつのですが...癒やされない悲しみに

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