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2006/08/24

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  • 備後國分寺だより 第74号(令和8年8月1日発行)

    備後國分寺だより 第74号(令和8年8月1日発行) 「備後国分寺本堂諸尊像群」 附「国分寺中興基録」、「本尊幷諸尊造立仕様好目録」『福山市登録文化財 登録の経緯』 昨年十月、福山市に登録文化財制度が制定されました。市内にある指定等の保護措置を受けていない歴史文化資源のうち、その文化財としての価値に鑑み保存及び活用が特に必要とされるものを「福山市登録文化財」として登録するというものです。県内では初めての制定で、地域に所在する歴史文化資源を「福山市登録文化財」として登録し顕彰することで、地域一体で保存・活用を推進し、地域活性化と将来への継承を図ることを目的としています。 この福山市の登録文化財制度…

  • 昭和五年の講話『新思想と旧思想』添付資料

    昭和五年の講話『新思想と旧思想』添付資料 『新思想と旧思想』原稿に添付されていたメモ書き ○現代青年少女が著しく功利的にながれ、個人の存在については一斉に目覚めたるも、国家観念に向けられるべき精神は希薄になれる傾向あり。○人生の風波を乗り越え試練を重ねたる人達を見おれば、思想は既に固定しておって、今更いかんとも仕様がない。国家の帰趨は老人より青年にある。○人間は自己内省ということが大切である、と知っておっても、それを真実に行うと云うことは決して容易でない。よしそれが実行の端緒が開けても、それを継続せしめていく精神力が続くものではない。修養は真に饒舌の問題ではなく、死ぬか生きるかの問題である。 …

  • 昭和五年の講話 新思想と旧思想 後編

    昭和五年十月六日、中興十二世猪原泰雄住職による上御領青年倶楽部における講話 「新思想と旧思想」 後編 自在力の恩恵 また、宇宙間自在力の恩恵の広大なることは無比なるものである。春夏秋冬の四季の循環からして万物生成化育の跡を考えれば誠に図らからざるものがある。我々が食べ物を食するに、噛んで飲み込むまでは自分の力であるけれども、腹中に入った食べ物が消化され血になるということは既に自分の力ではない。 今食べた食べ物を一時間内に消化させようと思っても自由にはならない。朝食べたご飯を晩まで腹中に留めようとしてもそれはできない。つまり自分の自由とならないところは自在の力と云わねばならぬ。この自在力を宗教学…

  • 昭和五年の講話 新思想と旧思想 前編

    (古い文書の中に先々代の書き残された講話の原稿が見つかったので、こちらに掲載します。昭和五年にして既にこのような内容で語られていることに驚きます) 昭和五年十月六日、猪原泰雄住職による上御領青年倶楽部における講話 「新思想と旧思想」 前編 私は今晩、新旧思想の根本について簡単にお話してみたいと思います。昔の思想人情と今日のそれとは余程相違しております。これを約めて申しますれば、第一昔の人の生活は何事にも常に恩恵を感じて、感謝の念をもって働いておった。先ず一番に父母祖先の恩に感謝し、一国の君に対して感謝し、世の中の恩に感謝し、神仏の恩に感謝の念を捧げておったのであります。 日常の挨拶でも、お蔭で…

  • ハラスメントと修行

    ハラスメントと修行 今世の中はハラスメントに大きく揺さぶられている。どうしてこんなにハラスメントを訴える側の主張が幅をきかせるのか。不思議である。これまであまりにも野放図に放置されてきたからであろうか。企業でも、上役が若い社員にアドバイスをしたり、より深く知り合いたいと思ってもなかなか思うようにならない、飲みに行こうという言葉も禁句だと聞く。 お寺の世界で、こんな話は聞くこともないと思っていたら、京都のある本山の修行道場で、行者自らが、まるでパワハラだとでも言うように、何でこんなことをするのか、なぜ職員がいるのに掃除をしなくてはいけないのかと抗議されることがあり、そのとき修行を共にしていた他の…

  • インド思い出話11 ウポーサタ・布薩

    コルカタの僧院でくつろぐ比丘たち インド思い出話11 ウポーサタ・布薩 僧院内の朝の軽食は六時、野菜のカレーにチャパティーというインドパンかおかゆが用意され、私だけ総長室で総長と一緒に朝食を摂っていました。昼食はどんな場面でも、きちんと十一時半からと決められていて、仏教徒の家に法事やニマントランといって故人の命日などに月参りのように軽く食事の供養に招かれた比丘に付いて行かせてもらうことも度々ありましたが、この食事の時間はきちんと守られていました。 出される内容はといえば、もちろん毎日が数種類のカレーに白米で、ここベンガルの人達は毎日のように魚の料理を食べるのです。お寺でもさまざまな種類の魚を香…

  • インド思い出話10 雨安居

    コルカタの本部僧院の総長室の前でダルマパルバンテーと インド思い出話10 雨安居 そんなことがあって、慌ただしくコルカタに到着した私は、この度はコルカタのベンガル仏教会本部僧院にて、律に則った雨安居に入ることが当初の目的でした。 雨安居とは、普段遊行して修行している比丘たちが、雨期になって這い出す虫を踏み殺すことがないようにと、三ヶ月ほどの間僧院内に籠もり、普段できない聖典や教説の学習や修行実践などの修養を積む期間として設定されたものです。 その年は、七月十二日、満月の晩十時頃、人の出入りが静まると、仏堂にこの寺に暮らす比丘五人が集まり安居に入る簡単な儀式を行いました。大理石の六畳程のお堂にみ…

  • インド思い出話9 一時帰国

    1995年2月 東灘区本山南中学避難所にて、学生ボランティアたちと インド思い出話9 一時帰国 1994年3月 丸一年あまりサールナートの法輪精舎で過ごす間にはいろいろなことがありました。雨期に入りしばらくすると、皆既日食の日があり、屋上に出て薄暗い中にいくつもの三日月のような灯りができるのを日長眺めていたり、十月に行われたディワリという灯りのお祭りでは沢山のインドスイーツがお寺にも届けられ、そこに子供たちが集まり楽しいひとときを過ごすこともできました。また外出禁止令が発令されて、一斉に商店などがすべて閉まってしまうことがあり、その日は外に出てはいけないという、そんな日もあったことを記憶してい…

  • 雲照律師と三浦梧楼居士 『軍事に対する観念』をめぐる一考察 (完)

    六大新報 令和八年二月五日号掲載 雲照律師と三浦梧楼居士『軍事に対する観念』をめぐる一考察 朝鮮半島が事実上ロシアの支配下になると、独立も危機的な状況になりかねないと考えた日本は遂に、明治三十七(一九〇四)年二月ロシアと国交を断絶し、日露戦争が勃発。陸戦では満洲南部の遼東半島や奉天が主戦場となり、敵味方に多くの戦死者が出た。 すると、律師はその諸霊を至心に慰め供養することは仏教徒の仕事であるとして、光明真言百万遍読誦を発願。光明真言百万遍講を各地に組織され、全国民に光明真言の功徳を説き読誦を勧められた。(『大和上伝』二〇六頁) 翌年十月にはポーツマス条約が公布され日露戦争は終結した。しかしその…

  • 雲照律師と三浦梧楼居士 『軍事に対する観念』をめぐる一考察 (四)

    六大新報 令和七年十二月五日号掲載 雲照律師と三浦梧楼居士『軍事に対する観念』をめぐる一考察 雲照律師危篤となる 明治二十九(一八九六)年、この年は元日から一週間、律師は目白僧園にて御修法を修行せられ、一月二十八日、真言宗宗務所より律師に対し宗団に尽くされた功績大なるものありとして毎年五十円(消費者物価指数換算で現在の約三十万円)の補助を申し出られた。 さらに仁和寺榮厳和上より仁和寺の後任門跡として招聘したいとの意向が伝えられた。が、仁山に僧園設置と末寺を律院に寺法改正するという二条件を提示したため不調に終わっている。 そして、三月に入り、七十歳になられた律師は流行性の感冒に罹る。一向に病状改…

  • 雲照律師と三浦梧楼居士 『軍事に対する観念』をめぐる一考察 (三)

    六大新報 令和七年十一月十五日号掲載 雲照律師と三浦梧楼居士『軍事に対する観念』をめぐる一考察 『閔妃暗殺ー朝鮮王朝末期の国母』(角田房子著・新潮文庫、以下『閔妃暗殺』と記す)には、赴任後三浦公使は前任の井上馨に伴われ、信任状捧呈のため王宮に行き、「私は長らく軍籍にありながら軍功を立てたこともない無能な軍人であり、外交のことなど何も存じ上げないので、国王陛下のお召しがなければ官邸にひきこもり写経などしながら、この地の風月を楽しむつもりでございます」(三五一頁)と挨拶したという。 閔妃のこの日の三浦公使に対する印象は、「金剛山のお坊さんのような人だった。いい人らしいと思ったが、何故か薄気味の悪い…

  • 雲照律師と三浦梧楼居士 『軍事に対する観念』をめぐる一考察 (二)

    六大新報 令和七年十月二十五日号掲載 雲照律師と三浦梧楼居士『軍事に対する観念』をめぐる一考察 雲照律師の『不殺生戒法の軍事に対する観念』を読む 律師は、先に述べたように明治二十七(一八九四)年六月頃、つまり日清戦争勃発間際に、寺内の僧侶と信徒らに軍事に対する心得として垂示をなされた。これは国家鎮護のために祈祷するにあたり、ある博士の懇請によってなされたものであり、その年の十二月十七日に『不殺生戒法の軍事に対する観念』(菊版全一冊32頁、以下『軍事に対する観念』と記す)と題して経世書院から出版された。 この垂示が行われた場所は、東京・小石川区(現在の文京区)の目白僧園である。この時にはすでに律…

  • 雲照律師と三浦梧楼居士 『軍事に対する観念』をめぐる一考察 (一)

    六大新報 令和七年九月十五日号掲載 雲照律師と三浦梧楼居士『軍事に対する観念』をめぐる一考察 緒言 明治三十二年六月、博文館による日本初の総合雑誌『太陽』創刊十二周年記念として、数十万の読者の投票により各界の名士を選定し、その経歴談を掲載した『明治十二傑』が刊行された。その十二傑に、宗教界を代表して当選されたのは釋雲照律師であった。伊藤博文、加藤弘之、福沢諭吉、渋沢栄一ら錚々たる名士とともに名を連ねた、明治期の日本仏教界はもとより宗教界を代表する人である。 雲照律師(一八二七ー一九〇九、以下律師と記す)は、その生涯に三十冊以上の著作を世に出されている。それらの中には天覧本となり、また国会議員に…

  • 備後國分寺だより 第73号(令和8年4月5日発行)

    備後國分寺だより 第73号(令和8年4月5日発行) 年頭の法話元旦護摩祈祷にて 元旦の皆様それぞれにご用事の立て込みます中、國分寺の元旦護摩祈祷にご参詣いただき誠に有り難うございます。 ざっと三四十人様ほどお参りでしょうか。國分寺の元旦のことはじめ、弘法大師伝来の薬師護摩を厳修するわけですから、備後一円からもっともっとたくさんの人がお越しになられてもよいとも思うのですが、人々の信仰心の衰えなのか、行者の力不足かわかりませんが、とても残念に思われます。 年頭に当たりお参り下さった皆様に向けて今年初めての法話を申し上げたいと思います。とはいえ、それぞれにお忙しいところ長話をしてもいけませんので、簡…

  • 祝 福山市登録文化財登録

    福山市登録文化財登録の経緯 昨年十月福山市に登録文化財制度が制定された。市内にある指定等の保護措置を受けていない歴史文化資源のうち、その文化財としての価値に鑑み保存及び活用が特に必要とされるものを「福山市登録文化財」として登録するというもの。県内では初めての制定で、地域に所在する歴史文化資源を「福山市登録文化財」として登録し顕彰することで、地域一体で保存・活用を推進し、地域活性化と将来への継承を図ることを目的としている。 この福山市の登録文化財制度の第一号福山市登録有形文化財として、「備後國分寺本堂諸尊像群」と附として「国分寺中興基録」と「本尊ならびに諸尊造立仕様好目録」が登録された。3月26…

  • 三人のかわいい男の子の参拝

    今日の護摩供後の法話 三人のかわいい男の子の参拝 翌週に安芸太田町の郷土史研究会の皆様が参拝されるとのことで、境内の草削りをして、サライで掃いたりしているとき、仁王門の前に自転車の止まる音がした。しばらくすると三人の男の子たちが、中門のところで入っていいですかと聞いてきた。どうぞというと、小走りに本堂の前に行き、何やらごそごそ。それから、ご真言のプレートを見たのか、三人でオンコロコロオンコロコロとはっきり聞こえる声で唱え始めたのです。 それから鐘楼堂に行って、鐘を三回くらいずつついて、帰ろうとするので、待ってもらって、お菓子と飲み物をあげました。では、気をつけて帰ってというと、何か手伝わせてく…

  • アナータピンディカ教誡経を読む

    アナータピンディカ教誡経を読む パーリ中部経典第143経である。アナータピンディカと言えば、様々な経典に「エーヴァンメースタン・エーカンサマヤーバガバー・サーヴァッティヤン・ヴィハラティ・ジェータヴァネー・アナータピンディカッサ・アーラーメー(私はこのように聞いた、あるとき世尊は舎衛城のジェータ林のアナータピンディカ僧園に滞在されていた)」という具合に登場する人である。 マガダ国の首都ラージギールでお釈迦様の説法を聞き、自分の地元に是非精舎をと考え、コーサラ国の首都シュラーヴァスティにあったジェータ王子の林園にお釈迦様の精舎を建てるため土地購入を申し入れたとき、林園の土地に金貨を敷き詰められた…

  • 差別について

    差別について ある方から仏教は差別についてどう考えるのかと質問がありました。最近、移民問題が話題となり、クルド人問題なども以前から集団で多くの人が住んでいる地域で近隣住民が迷惑しているなどと特にSNSなどで情報が飛び交い、過剰に拡散され多くの人が真実かどうか確かめもせずに鵜呑みにして差別感情ばかりが煽られているような状況に危惧されてのご質問でした。 確かに京都などでも、あまりにも多くの、観光にこられた外国人の方々が大きなカートを持ってバスに乗り込み、住んでいる人たち自身も乗れないこともあるとのテレビ報道もありました。また、お寺や神社などでマナーをわきまえない外国人観光客に対しては拝観を断るとこ…

  • 雲照律師 出雲と高野山行脚

    雲照律師 出雲と高野山行脚 こうして何度も出雲と高野山とを往復しているが、島根の自坊と高野山の行程は果たして当時いかばかりであったであろう。距離にして四百十キロあまり。高野山からは高野街道を通って河内長野に至り、東高野街道を通れば堺に至り、街中を通って姫路に至り、そこから出雲街道を通って米子に至るルートで歩かれたのであろうか。いずれにせよ慣れた道とはいえ、山道もあり二週間は少なくとも要したであろう。 菅波哲郎氏の『江戸時代の神辺宿・神辺本陣』(2020年10月1日刊・一四六頁)には、当時の山陰道の様子について述べられている。それによれば、「五街道や脇往還に、峠越えの登り下りの坂道に、石を詰めた…

  • 帰依ということ

    たくさんのお参り有り難うございます。今年初めてお会いする方もおられるかと思います。新年を迎え歳神様をお迎えしおめでとうございます。改まってただ祝うのではなく身を引き締めてかしこまって新年を迎えるというのは本当に日本人独特の新年の迎え方なんだと言うことを改めて思います。 また、今日一月二十一日は初大師ということでもあります。全国の多くの真言寺院ではこうして護摩を焚いたりして初大師のお参りをしていることと思います。 今年もともにこのお護摩の火で身と心を清め、この一年つつがなく、よき年にいたしたいと思います。 さて今年最初の月例護摩の法話と言うことになりますが、元旦に午前十時から新年最初の護摩を焚い…

  • 「構築された仏教思想 明恵」を読んで

    「構築された仏教思想 明恵」を読んで 粕谷龍宣著「構築された仏教思想 明恵」(佼成出版社令和25年12月15日初版)を読ませていただいた。〈真言密教から見る清僧の真実〉とサブタイトルにあるように、これまで明恵上人と言えば、鎌倉時代に栂尾の高山寺に住した華厳宗を再興した人という印象が強い。しかし、そもそも幼少の頃父母を失い、叔父上覺師に伴われて九歳で入寺した寺が神護寺であったことからもわかるように、もともと真言の人であったという視点から明恵上人の人物像の見直しを提示する書である。 第一章 伝記をめぐる世界はじめに明恵上人には膨大な伝記資料があり、それらの中にはかなり創作が紛れ込み、史実とは言えな…

  • 元旦護摩祈祷 年頭法話

    元旦護摩祈祷 年頭法話 明けましておめでとうございます。元旦の皆様それぞれにご用事の立て込みます中、國分寺の元旦護摩祈祷にご参詣いただき誠に有り難うございます。 ざっと三百人様ほどお参りでしょうか。國分寺の元旦のことはじめ、弘法大師伝来の薬師護摩を厳修するわけですから、備後一円からもっともっとたくさんの人がお越しになられてもよいとも思うのですが、人々の信仰心の衰えなのか、行者の力不足かわかりませんが、とても残念に思われます。 さて、とはいえ皆様お忙しいところ長話をしてもいけませんので、簡潔に三つのことだけお話申し上げます。 一つは、正月について、私達日本人はあたり前のように、心あらたまって、新…

  • 備後國分寺だより 第72号(令和8年1月1日発行)

    備後國分寺だより 第72号(令和8年1月1日発行) 三十六年前を回想して インド思い出ばなし 一、ブッダガヤ もう、ずいぶん前のことになるのですが、はじめてインドに行ったときの思い出を書き残しておこうと思います。 昭和六十三年三月高野山専修学院を卒業した私は、東京に戻り、西早稲田放生寺の役僧として勤めておりました。その二年目に、何としてもインドに行かねばという思いがつのり、住職からお寺の行事のない月に行ってくれないかと言われ、現地のこともよく調べずに五月にインド行きを決めていました。 九段のインド大使館に出向き、三ヶ月の観光ビザを取り、当時一番安い航空券を手に入れ、インドに一人旅立ちました。成…

  • 悲しみを超える道

    楷の木 先月ある家の奥様が亡くなられた。ご主人を六年前に見送り今年7回忌を立派に勤められた。車椅子に座りながらもしっかりとお礼を述べられた。それでほっとされたのか、自分の責任を果たされたという思いからか、徐々に体調を悪くされていかれたと伺った。夏の盆参りではベットに横になられてお経を聞いておられた。枕経に伺うとそのお顔はにこやかに笑っておられるように見えた。 実はこのご夫婦はご子息を二十二歳という若さで亡くされている。東京の大学に送り出し、卒業間近というときに交通事故に遭われて亡くなってしまわれた。人生最大の悲しみに遭い、何日泣き暮らしていたことであろうか。その後ご夫婦で立ち上げ繁盛していた食…

  • 備後國分寺だより 第71号(令和7年8月1日発行)

    備後國分寺だより 第71号(令和7年8月1日発行) 仏壇の御本尊 大日如来とは何か 仏さまの成り立ちみなさん、それぞれに仏さまに対する思いは違い、思い思いに信仰の生活をお過ごしのことと存じます。そこで、今日は少し仏さまの成り立ちについてお話してみようかと思います。仏さまは私たちにとってどんなお方なのかということなのですが。 仏さまとは、私たちに救いをあたえ、願いを叶えてくれるものと思い、形あり実在するものと思っています。ですが、もともと仏さまは真理真如と一つになった人のことだそうです。お釈迦様は真理真如、簡単に言えば、この自然界の法則を発見し、そのものとなられ悟られたのです。 ですから仏とは真…

  • 三力の話から

    大師堂内で護摩供を修す 三力の話から 先月質問はと問いまして、三つの質問が提示されました。その最後に、おかげとは、仏様という単体に対する御利益というものだけでなしに、もっと広く生きとし生けるものたちから受けているおかげというものもあると思うのだがどうかとの質問がありました。 それに対して、よく自力他力というけれども、真言宗では三力といい、自分の功徳の力、それから如来、仏からの働きかけ、それに大きく法界力という、宇宙全体のもたらす恩恵という力があって私たちは悟りを成し遂げられるのだというような話をしました。 そして、その法界力という、世間も含め生きとし生けるものも含めた全体からの力を考えて、それ…

  • 慈しみの修習(メッタ・バーワナー)

    ルンビニー摩耶夫人堂前の沐浴場 南方上座部の仏教徒たちが唱え修習する四無量心(慈悲喜捨)実践のための経文です。 慈しみの修習(メッタ・バーワナー) 和訳: 私は恨みのないものであります。 怒りなきものであります。 惑うことなきものであります。 幸あるものは、自分を守護す。 この私のごとく、私の師、和尚、母、父、味方も、見知らぬものも、 恨みあるものも、 恨みなきものであれ。 怒りなきものであれ。 惑うことなきものであれ。 幸あるものたちよ、自分たちを守護せよ。 苦しみがなくなりますように。 自らなした業の、身に得たるものを手放すなかれ。 この精舎における、この近くの村における、この町における、…

  • 仏教という教えの核心 ある先生との往復書簡から

    仏教という教えの核心 ある先生との往復書簡から 「・・・先生には、インドへ行かれたとのこと、多くのことを見聞なされたことと拝察いたします。インドには何度も行ける人と一度行って二度と行かないという人があるようです。人によっては、インドには呼ばれないと行けない、だから行ける人と行けない人があるなどと神がかったことをいう人まであります。 幸い私は何度もインドに呼ばれて行く機会を得たことは、仏教を学ぶ者として誠に幸運であったと思っています。インドはしばらく暮らしておりますと、それはそれで誠に素晴らしい人々の合理的な営み、階級差別はあれど、それでも貧しい者が生きやすい知恵をもった国だと思えます。 ところ…

  • みてくれの大切さ

    みてくれの大切さ こんなタイトルを掲げると、外見より中身、そんな言葉が聞こえてきそうな気がします。しかし、人を外見で見るというのは、誰もがしていることでしょう。外見でその人の大体の人物を見て、話しかけたり、用心したりということを当たり前にしています。不審な人に気をつけてください、というのも頷けましょう。ですが、一方で人を外見だけで判断してはいけないというのも事実であります。 インドのヨガの聖地にリシケシというところがあります。かつてビートルズが訪ねたところとしても記憶されているのですが。私がはじめてインドに一人バックパッカーしたとき、五月の灼熱のブッダガヤから逃げていった先がリシケシでした。ド…

  • いい一日だったと思えるには

    秋の彼岸となるが、未だに真夏のような暑さの毎日、それで、つい暑い暑いと言うだけで、漫然と一日を過ごしてしまいがちではないか。この暑い毎日でも、ああ、今日はいい一日だったと思えるにはどうしたらよいのか。 一日一善という言葉がある。知り合いでも、毎日何か一つ善いことをしてますという、一日一善の実践家もいる。遠くに暮らす友達のために、その家の墓に参り、花に水を差してあげたり、雑草を抜いたりを続けている人もある。隣の家の今は亡きお祖母さんの命日に家で栽培した花を持っていってあげたり。 また、私たちには、毎日どうしてもしなくてはいけないことが誰にでもあり、毎日同じ事を続けられるのも一つの才能と言えるので…

  • チューラパンタカに学ぶ

    先日知り合いに会ったら、この暑さで毎日漫然と日を送り、決められた仕事はこなしているものの、ものを考えない、考えられない日が続いて、頼りだった記憶力も衰えたように感じ、ほとほと馬鹿になったのではないかという話をしていた。私も人の事を言えず、確かに思考力や記憶力が衰えているように感じる。 仏教では妄想と言われるような、過去や未来のことをあれこれと考え続けてしまうのを誡めているわけだから、思考しないのはよいことなのだけれども、気力が無くなっていたり、惚けてしまって何も考えられない状態となると問題だろう。 昔お釈迦様の時代に、チューラパンタカという大阿羅漢がおられて、はじめ一つの偈文も憶えられないほど…

  • なぜ法事をするのか 一周忌の法事に寄せて

    なぜ法事をするのか 一周忌の法事に寄せて 法事とは何でしょう。亡き人の回忌に合わせ自宅やお寺で法事が行われます。亡くなられて通夜があり、葬儀を済ませると、直ぐに初七日となり、最初の忌日がやってきます。忌日とは、簡単に申せば、四十九日までは故人が来世に旅立つ機会のことであり、それ以降は来世に向けて、何れも功徳を手向ける日となるものです。 七日ごとに、二七日、三七日と続き、7回目の忌日である七七日忌が四十九日忌となります。今生にどんなに未練があり、なかなか来世にいけない人でも、この四十九日にはどうしても来世に旅立つのだとされます。ですからこの四十九日忌には盛大に法事を営み、遺族親族が功徳を積み、そ…

  • 戦後八十年に思う

    戦後八十年に思う 先の戦争が昭和二十年に終結し、その後昭和は六十四年まで続いた。平成が三十年、そして令和も七年となる。今の時代を思えば、戦後十五年にして生まれた私には、今と比べて、いい時代を生きてきたという感慨がある。昭和40年代頃まで上野や浅草には腕や膝から下にギブスをはめた傷痍軍人が2、3人で駅前に座り込み小型のオルガンを弾いて哀愁をそそり募金していた。そういう時代であった。しかし戦後復興の息吹のようなものが残り、高度経済成長期のまっただ中でもあり、これから良くなるばかりという気分があった。 昔は良かったという者は馬鹿だという人もある。常に産業技術が発展進化をもたらす時代にあって、昔がいい…

  • 心の自己免疫を高めるには

    「心の自己免疫を高めるには」 本日午前8時からの藥師護摩供後の法話 昨年末、寺内で二人大風邪を引き、一日一日大晦日が迫る中で病院に行こうかどうかと思案する毎日だった。行けば検査させられ何か出たら、それこそ年末正月の行事も出来なくなると思い、とにかく27日だったと思うが、その日しなければならないことをまずは手早くやり、それ以外は市販の薬を飲んでねていた。夜も八時には寝て朝まで起きずに寝ることに徹した。 次の日も同様にしていたが、熱が38度程度で、多少咳が出る程度だったが、それが30日午後にはぴたっと、熱が下がり身体に力が湧いて動けるようになった。それで何とか年末年始の行事を乗り切ることができたの…

  • 雲照律師 求聞持法練行

    雲照律師 求聞持法練行 高野山に登山して間もなくに、律師は正智院智光大徳より求聞持法を伝授されており、修行の機会が到来することを願われていた。幸いのこと、隆鎮和上に従い岡山に下山した折にすべての行事を終えて、邑久郡國府村土師の正通寺にて、記念すべき第一回目の求聞持法を修法された。嘉永元年11月15日に開白し、翌年2月1日、日蝕に結願しているから、80日を要している。 求聞持法とは、虚空蔵菩薩を本尊に百日ないし五十日の間に百万遍の本尊真言「ノウボウ アキャシャキャラバヤ オンマリキャマリボリ ソワカ」を唱える秘法であり、成満すれば一切の教法の文義を暗記することが出来るとする、聡明博聞強記の…

  • 雲照律師 受法研鑽

    雲照律師 受法研鑽 四度加行を済ませた翌年弘化元年(1844)に慈雲上人は高野山から戻られると、律師は師の許しを得て念願だった高野山に登り大師霊廟に参拝した。高野山は当時天保14年大塔、金堂、山王院、中門など壇上伽藍の諸堂悉く焼き尽くす大火の後で一山未だ騒然としていたが、律師は金剛峯寺検校法印實賢大阿闍梨を拝して伝法灌頂を受けられた。 そもそも灌頂とは、密教の法を伝えるために受者の頭頂に聖水を灌ぐことで、もとは国王が即位する際に四大海の水を汲み集めてその水を頭頂に注いだ儀式に起源がある。阿闍梨に相応しい秘密の印契と真言を授かり、伝法阿闍梨位を得るための儀礼である。今日では、寺院住職資格の必須条…

  • 雲照律師 出生から出家修行のこと

    雲照律師 出生から出家修行のこと 釈雲照律師は、文政10年(1827)4月15日(旧暦3月20日)辰の刻、今の島根県出雲市東園町に、大変律義者で篤農家と知られる渡部忠左衛門氏の五男として生まれた。その地は簸川がゆるやかに流れる農村地帯で、北には杵築大社(現出雲大社)の森や天台宗の名刹鰐淵寺のある山々が遠く望める信仰豊かな土地柄であった。 両親はともに信仰心篤く、二番目の兄宣明は早く出雲市知井宮町本郷多聞院の慈雲上人について出家し、他家に嫁いだ姉の子たちもそれぞれ出家する家系であった。律師は、兄宣明の僧侶としての威儀の立派さ、人々から尊敬される様子を見て出家とは貴いものだと思い、やがて自分も出家…

  • 江戸時代の仏教

    江戸時代の仏教 江戸時代は仏教が巧みに政治に利用され封建機構の中に組み込まれる時代である。禁制にもかかわらず浸透していくキリスト教を統制すべく寺請制度ができ、改宗した者はその身元を引き受ける檀那寺から寺請証文をもらう必要があった。そして、1664年には幕令によって、キリシタンにかかわらず誰もが寺請を強制されることとなり、家単位で宗旨年齢を記載させ、村の名主と組頭連署のもと檀那寺住職が証明する「宗旨人別帳」が全国画一的に法制化された。 こうして婚姻、旅行、移住、奉公の際にも檀徒であることを証明する寺請証文の携行が、さらに死亡時には住職検分の上キリシタンでないことを請け合いの上引導を渡すことが義務…

  • 無駄なものはない

    無駄なものはない 藥師護摩供後の法話 先月雑草の生き残りなどという話をしました。雑草それぞれに生き残りをかけて自ら改良しながら生き延びてきたというような話でしたが、皆さんご存じの通り、本来雑草などという草はないのだそうです。みんなちゃんと名前があり、それぞれ役割があって、土壌のためやら、その他の草木の役に立ちつつ生きているのだとか。ですから、人間にとってはない方がいい、無駄なものに思える雑草も意味のある存在なのだということです。 今の時期なら、蚊とか、ムカデなどは、いなくてもいいのにと思いがちですが、蚊はボウフラの時には水中の有機物を分解しバクテリアも食べてくれ、成虫になると昆虫の餌になるのだ…

  • 西洋世界の仏教への目覚め

    西洋世界の仏教への目覚め 幕末から明治にかけて、大きく変わっていく時代の様相は、決して日本だけの話ではなく、西洋世界でも同様であった。世界は大きくリンクしているのである。ご存じの通り、イギリスでは17世紀半ばに市民革命がおこり、18世紀後半には産業革命が起こり進展していく。1776年にアメリカが独立し、1789年にはフランス革命がおこり、その後次々と近代国家が成立していった。そして帝国主義と言われる時代になると西洋列強が領土の拡大と経済的な利権の獲得のために植民地を求めて劣った国々に進出した。 インド世界では、東インド会社が拠点となりイギリスのインド経営が進み、フランスを抑えて実質的にインドを…

  • 雲照律師という人

    雲照律師という人 明治時代全般を通じて、僧界を見わたすに、行誡上人と雲照律師が「仏教界の二大巨星」であるという言いかたがなされる。また、「明治の三傑僧」といえば、行誡上人、雲照律師に宗演老師であるという。 行誡上人(1809-1888)は、幕末から明治時代に活躍した浄土宗の僧で、仏教学者、歌人でもあった。明治維新期に神仏分離や廃仏毀釈で混乱した日本仏教界を指導し、僧侶はまず自戒内省して仏僧本来の面目に帰ることが必要であり、広く他宗の教えを学ぶ兼学を提唱した。傳通院、増上寺貫首として、縮刷大蔵経の刊行にも着手。「仏法を以て宗旨を説くべし、宗旨を以て仏法を説くなかれ」と誡められた。 宗演老師(18…

  • 雲照律師との縁

    雲照律師との縁 そもそも私が僧侶の道を志したのは、40年も前のことになるが、精神世界の話を大学生の頃からともにしてきた友人から、ある雑誌に「日本一小さなお寺」と紹介された東京都東大和市観音寺の話を聞いた。私は、早速東大和市役所に電話をしてお寺の電話番号を聞き電話をした。直ぐに来なさいと言われ、その日のうちに東京の東の端から西の端に向けて、電車で2時間も掛けてお訪ねしたのであった。 自宅を改造されてお寺を建立された御住職浅田哲彦師は、大学は仏教科をお出になられたが一度金融機関にお勤めの後高野山に登り僧侶になられた方だった。ご自身も在家からの出身だったこともあり、そのときとても親切に、また丁寧に僧…

  • 雑草に学ぶ生き残り戦術

    雑草に学ぶ生き残り戦術 今日の藥師護摩供後の法話 今年も境内に生き生きと雑草が生えそろってくれた。なかなかまとまって草取りをする時間もなく先月はかなり草が目立っていたと思う。ここ数年ゴールデンウイークに草取りをするのが習慣となっていたのでその時にと思っていたが、今年は予期せぬ仕事が舞い込み予定通りとはいかなかった。そこで、先々週後半辺りから毎日草取りに励んだ。 既に夏の草と言ってもいいような、小さな稲のように沢山の穂のような種を付けている草がはびこり始めた。白い沢山の種を付けしっかりと根を張る草、四つ葉のような小さな赤い葉がスギゴケの中などに土の下に横に四方八方に根を張り広がっていく草、葉はそ…

  • 雲照律師述『不殺生戒法の軍事に対する観念』を現代語訳する

    雲照律師述『不殺生戒法の軍事に対する観念』を現代語訳する 『不殺生戒法の軍事に対する観念』明治27年12月17日・経世書院発行 「ある人が言うには、仏教徒は、一切の刀杖弓箭鉾斧など戦闘の道具を蓄えることなく、さらに菩薩たる者はたとえ父母を殺されたとしても報復などしてはならない。国の使命によって軍陣にあって、戦となり相討ちあうとも衆生を殺してはならない。さらに菩薩たる者は陣中に入りて往来してはならない。このように経文にも示されているから、わが国の兵士等は、仏教などを信じることなく、勇敢勇猛なれば仮にも本人の意志により得心が得られないのであれば千万の強敵あれども、進んでこれを撃滅する気概がなければ…

  • 『ブッダという男』を読んで

    『ブッダという男』を読んで 2023年12月10日刊『ブッダという男-初期仏典を読みとく』という本を読んだ。佛教大学総合研究所特別研究員の清水俊史という新進気鋭の先生が著した筑摩新書の一冊である。これまでブッダは、差別を否定し、万人の平等を唱えた平和主義者であり、階級差別や男女の差別を批判し、業や輪廻を否定した先駆的開明的な人物とされてきたことを真っ向から否定している。 その著作からここでは特にブッダの殺生や戦争に対する見解を学んでみよう。清水氏は、長い歴史の中で、仏教は殺生や戦争を何らかの形で許容してきたのだと述べている。 はじめに、スリランカの歴史書『大王統史』二五章を引いて、タミル人を駆…

  • 資料・理趣経の簡要

    理趣経の簡要 懇話会資料15/9/24 仏教懇話会資料として作成したものです。 初段 大楽-大きな欲-の法門 金剛薩埵が教えを説く 一切すべてのものは、様々ではあるけれども、いずれもその本質、自性は清らかなものであって、 その絶対の清らかな境地、大安楽を自ら体験し、他の一切のものにもそれを与えようとする心境を 示すもの。 如実知見-坐禅後の庭の美しさ、パンの味、無心の遍路 如実知自心-大日経 十七清淨句 妙適は、男女の快楽を指すが、 「妙適清淨」となると、永劫不滅の清浄の大楽のこと 欲箭は、その快楽を得んとする欲望の起こることを指すが、 「欲箭清淨」となると、永劫不滅の清浄の境地を得んとする欲…

  • 戒名とはなにか

    戒名とはなにか いま私は生まれたときの名前と、苗字も下の名前も違う名前で生きている。各宗本山などで出家をし僧名を授かり度牒というものをいただくと、度牒証明書を発行してくれる。それを家庭裁判所に提出すると、戸籍の名前が僧名に変更される。 こちらに来てから先代に催促され、家裁に度牒証明書を提出して戸籍の名前が換わった。ただ、その時はまだ苗字はそのままだった。そのあと、先代がやはり養子になってもらうと言い出されて、これで苗字も換わって上も下も換わってしまったのだ。 本来戸籍の名前というのは、そう簡単には変更できない。先の戦時下で首相をされた広田弘毅さんは親のつけてくれた名前が気に入らず、わざわざ出家…

  • 仏飯御茶湯の効用

    仏飯御茶湯の効用 毎朝、鐘をついて仏飯、御茶湯を三十数ヵ所差し上げ、燈明お線香を灯しお勤めする。5時に鐘をついて、お勤めが始まるのが5時25分。もうこれを毎日、土日祭日なく25年間続けているだろうか。午後にはそれらを下げて、香華など明日のお勤めの準備をするのは、毎日の日課。 皆さんも仏壇にお供えしお勤めされていると思うが、皆さんのご家庭でも何十年と続けられていることだろう。勿論御供えは仏飯御茶湯に限られたものではなく、常に花は勿論、果物や饅頭などもあがっているとは思うが。 毎日換えられるのは仏飯御茶湯であろうか。毎日毎日、なんで御供えするのだろうか? 習慣になり、何でなどと考えることもないかも…

  • 大日如来とは何か2

    大日如来とは何か2 同じような話をいくつ書けば気が済むんだと言われそうだが、先月のことにはなるが、大日如来とは何かと話をした際に、皆さんキョトンとされていたのを思い出し、仏さんってどうなのって言う感じで気楽に書きはじめてみたい。 みんな、それぞれに仏さんに対する思いは違い、それぞれ信じられているように、そのままに信仰されるのが本当は一番なのだ。昔チベットのお坊さんが、こんな話をしていたのを今も思い出すのだが。毎日観音様の真言を唱え歩いているお婆さんが居て、頭の上を見れば観音様がずっと見守っておられたという。 だが、そのお婆さんの真言を聞くとどこかおかしい。それであるとき、いやいやそれはこう唱え…

  • 四国遍路とは何だろう

    四国遍路とは何だろう 先週18日東京のお寺の御開帳法会に参加させてもらいました。一時間ほどの法会のあと恒例の四国霊場のお砂踏みをしました。きれいにお寺の名前が書かれた一尺四方ほどの布団に御砂を入れられ、一番札所から八八番へ、そして最後に高野山の御砂を踏んで結願となる御砂踏み霊場が本堂内陣に特設されていて、参詣の皆様と共に御宝号をお唱えしつつ歩きました。 実は、こちら國分寺でも十年ほど前までは4月の21日にお砂踏みをしていました。本堂内外陣にぐるっと八十八箇所のお砂を置いて掛け軸をその前に取り付けて、護摩供の後皆さんで御宝号を唱え巡っていました。 また、30年も前になりますが、実際に四国を歩いて…

  • 備後國分寺だより 第70号(令和7年4月6日発行)

    備後國分寺だより 第70号(令和7年4月6日発行) 令和六年十月十三日 ふくやま美術館特別展「ふくやまの仏さま」記念法話 『仏さまとの出会い方』 〈後編〉 ここまで、ご覧いただいた仏さまについて、少し整理してみますと、まず、形のある仏さまと教えなど形のない仏さまがあり、形のある仏さまでも、ご像としてあるものと心の中でイメージする仏さまもあるということです。 ご像としてご覧いただいたのは、大日如来像、弘法大師像、インドの様々なお釈迦様のご像、藥師如来像と見ていただきましたが、他にも、たとえば観音様、お地蔵様、阿弥陀様と、沢山の仏さまがおられるわけです。 ですが、そのすべての始まりはと考えますと、…

  • 大日如来とは何か

    大日如来とは何か 真言宗の檀信徒の家なら仏壇の上段には、10㎝ほどの大日如来を祀っていることでしょう。胸の前で、左の人差し指を伸ばして、その指を右手の手のひらで包み、人差し指と親指の爪を付けています。どの仏さまも印相といって、両手の組み合わせ方によって、その仏さまの誓願なり御利益を表しています。 インド世界では右手は清らかな手、左手は不浄の手とされていて、箸やスプーンなどを使わずに手を使って食事する習慣のあるインドでは、食べ物を口に入れる手は右手であり、左手は逆に、トイレで用を足して水を掛けて洗うときに用います。大日如来の左手を右手で包む手の印相は、浄と不浄、聖と俗、善と悪、美と醜など二つに分…

  • 正見ということ

    正見ということ 二月二十一日、寒い中早朝よりご参詣ありがとうございます。沢山の添え護摩を書いて下さり、今月も大きな護摩を焚かせていただきました。月一回、お薬師様にご供養の護摩の火で、ひと月の間に心にわだかったものをみんな焼き払ってもらって、きれいさっぱりさわやかな気分になっていただけたことと存じます。 今日は、正見ということについて少しお話申します。お釈迦様の教えに、八正道という、八つの聖なる中道の道という教えがあり、その第一番目に正見という教えがあります。正しい見解、見方ということですが、これは、物事をありのままに見るということで、何か見るとき、聞くとき、先入観なく、固定観念を持たずに、その…

  • いまに生きるー医王如来について

    昨日の法事後の法話の主旨をわかりやすく説く いまに生きるー医王如来について こちらの本堂の正面に大きな扁額が掛けられていて、そこには醫王閣とあります。本尊が薬師如来ですから、お医者様の王様で藥師如来なのだから醫王とある訳ですが、もともと、と言ってもお釈迦様の時代までさかのぼれば、醫王とはお釈迦様ご本人を指していたとも言われています。 誰が行っても、右回りに三回回って正面に座り三礼して一言二言御挨拶されるだけで、どんなにつらい悩み苦しみを抱えていった人でも気持ちが和らぎ別に深刻な話をするまでもなく癒やされて満足して帰るのだとか。そんなお釈迦てすから、医王と言われたとも言えるわけですが、お釈迦様の…

  • (再掲載)平成27年・越智淳仁先生・教学研修会講義に学ぶ

    平成27年2/26越智淳仁先生・教学研修会講義に学ぶ 昨日大覚寺派中国教区の教学研修会が催され、高野山大学名誉教授越智淳仁先生による密教の視点から般若心経の核心に迫る講義を受けた。平成16年に大法輪閣から出版された「密教瞑想から読む般若心経」に基づいた話ではあったが、その話の端々にはほぼ半世紀にわたり研究研鑽なされなければ得られない奥深い話がちりばめられ、誠に有意義な時間であった。お釈迦様から密教に至る教えの中から現代にも通じる教えの要点を二時間半に凝縮してわかりやすく解説して下さり、書物を渉猟してもたどり得ない得難い話の数々であった。 はじめに、日本での般若心経の功徳について話があった。心経…

  • 雲照律師の『仏教大原則』に学ぶ十善の教え

    令和七年 六大新報新春増大特集号掲載 雲照律師の『仏教大原則』に学ぶ十善の教え そもそも、私どもが「仏前勤行次第」などでお唱えする十善戒とは、『阿含経』では十善業道といい、道徳の徳目として善悪の基準を示され、大乗の教えが興起しては、『般若経』、『十地経』において大乗仏教徒の実践規範とされた教えであるという。 すなわち、『大品般若』「大乗品」では、六波羅蜜は菩薩の修すべき大乗(魔訶衍)であるとし、その中の戒波羅蜜は、無所得空の立場で自ら十善道を行じ、また他に十善道を教えることであるとされた。 また、『十地経』「離垢地」では、やはり十善道を戒として捉え、世間の道徳つまり人天乗から菩薩乗までを含むす…

  • 簡略化の弊害

    簡略化の弊害 御歳暮の季節である。お中元御歳暮というのは、もともと室町時代に始まった習慣で、親元にその季節に家の神様をお迎えするための御供えを実家に持ち寄ることがもとだという。そうした習慣が他家にもお裾分けしてお世話になった感謝の気持ちから物を送る仕来りに発展したものらしい。 毎年、こちらに来て25年、盆と暮れに車で1時間かけて御中元御歳暮をお届けしているお寺様がある。初めは敷居が高いというのか、いつも怒られるのではないかというような気持ちもあり、玄関先で置いて帰ろうというなどと思いつつ車を走らせたものだが、先様も忙しい時期でもあり、お会いできないこともあり、それでも毎年二回欠かすことなく通っ…

  • 備後國分寺だより 第69号(令和7年1月1日発行)

    備後國分寺だより 第69号(令和7年1月1日発行) 令和六年十月十三日 ふくやま美術館特別展 「ふくやまの仏さま」記念法話 『仏さまとの出会い方』 〈前編〉 國分寺の横山でございます。さて、今日は三十三年ぶりの明王院様の本尊御開帳にあわせて開催されました特別展「ふくやまの仏さま」に際しましての記念法話ということです。まずは、この特別展のために長期に亘り準備を重ねてこられた関係各位に敬意を表し御慰労申し上げたいと思います。 ところで、この三月に、私ども國分寺でも三十年ぶりに本尊様のご開帳をいたしております。福山コンベンションセンターの皆様のおかげで、新聞ラジオなど多くのメディアにて告知いただき、…

  • <仏教のキモ>

    <仏教のキモ> 私とは何かと探求する 世界でも地球でも一切衆生でもなく、本来は私が中心課題。 自ら認識できることから思索を始めるのが仏教。 私は心と体に分かれる。身体は今生の借り物。心は輪廻する。 生まれたときから皆違う、環境も顔も体も心も好き嫌いも。 平等ではない。それは私とは過去世からの業の蓄積だから。 みんな前世があり、だから違う人生。 でも、だからこそ一人一人生きる価値がある。 尊い命を生きる意味がある。 なぜ輪廻するのか。すべてのものに原因あり結果するから。 因と縁と果の連鎖の中に生きている。 自分があるかぎり無知が残る。 だから死ぬ瞬間の心に生きたいという執着があるので来世に心が向…

  • 托鉢の思い出

    2014年01月25日 投稿の「托鉢の話」を修正再掲 昔托鉢をして生活していたことがある。 今から30年以上も前、最初のインド旅行から帰り、いよいよ四国遍路に出ようと準備していた頃、リシケシで出会った臨済宗の雲水さんに、草鞋の編み方から四国の歩き方を指南していただいた。その折に、いざというときやはり托鉢をしなくてはと言われて、托鉢というものについて改めて考えさせられたのであった。 托鉢とは、本来、そう言ってもお釈迦様の時代ということではあるが、僧侶としての最も基本となる生活スタイルの一つであって、その頃は樹下を住まいとし、食は托鉢によると定められていた。精舎ができ、住まいは屋根のあるところで生…

  • ウポーサタという仏教行事についての話

    ウポーサタという仏教行事についての話 コルカタは、私の居た頃はカルカッタと言われていた。デリーよりも、私はもともとカルカッタに縁があり、初めてインドに行ったときも、パキスタン航空でバンコクに入り、バンコクからカルカッタ迄ビーマンバングラディシュ航空という安いチケットで行ったので、夜中にダッカに到着しダッカで一泊して翌日夕方カルカッタに入るという飛行機だった。タクシーで街に入ったころは真っ暗で、道端に水が噴き出し、そこに人々が群がり水浴している姿を目の当たりにして、日本の戦後間もなくの着の身着のまま町に人々がたむろして、右往左往している、そんな光景に見えた。 それから町に入りタクシーを降り、教え…

  • 人は人から学ぶものという話

    人は人から学ぶものという話 30年も前のことではあるが、インド僧時代に日本に帰ると、あるスリランカのお寺さまに親しくしていただき、3年も4年もの間、事務所や合宿所、また講演会などにも欠かさず参加してお話を伺っていた。日本の大学で、ある研究のために来日して、それからずっと今でも、ほとんどを日本に滞在して法を説かれている。戦後のお生まれではあるが、もうかなりのお歳になる。 実は、日本とスリランカはとても仏教交流の歴史が深く、明治の外交官たちは船でヨーロッパに渡航した。その途次セイロンに寄るとわが国も仏教国でありましてという話になり、是非仏教僧の交流をしたいという話となり、初めてセイロンで南方仏教僧…

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