長野まゆみ『ゴッホの犬と耳とひまわり』を読んだ。堪能して大満足。事の始まりは19世紀のフランスで印刷された販促用の家計簿。余白に厖大な書き込みがあり、ゴッホの署名入りだった。語り手はその翻訳を恩師の河島から依頼されるが、依頼主曰く「真筆の可能性はひくい」。と、ここから先の展開は予想外な広がりを見せ、話がどこまで逸れるのかと思うとまたゴッホ周辺に戻る。宮沢賢治、初版『月に吠える』の装幀、メアリー・シェリー…縦横無尽な蘊蓄(主に河島)と、登場人物たちの関係とが綾に結ぼれていく様は流石の見事さだった。語り手の記憶から掬いだされた絵本『森のなかのお城』も忘れがたい。“だが〔燃えるが如き〕というのはゴッホの作品の実態からも、書簡で示される心理からも、遠いのではなかろうか。愛しい夫のもとへ義兄からとどいた数百通の書簡...6月4日