ぼくはいちどもマスクをはずしたあなたの顔をみたことが、ない。それでも今日、すれちがい様にあなたとわかったのは、なんども夢のなかで素顔のあなたに逢っていたから。 入院中、パソコンの不要なファイルやフォルダを、自分でもそら恐ろしくなるくらいのいきおいで削除した。ゴミ箱のなかみがすべてなくなるのに二分もかかったなんて、はじめてのことだ。 そのあいだにかんがえたこと──自分の記憶を任意に削除することができたとして、最後まで手をつけない領域は、なにか? 家族との思い出、あなたといっしょに仕事した一年とその後の偶然のすれちがいの想い出。これだけは……。 ホームであなたとすぐわかったのは、髪型と着ている外套の印象が当時のあなたとかわりなかったこと、なによりも涼やかな目許。……身長? んんん、それは否定できない。 すぐわかったけれど、すこし行きすぎてから振りかえったのは、声をかけたらあな..