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創作BL小説を掲載しています。(大学生、社会人、高校生、ノンケ、日常、切ない、甘々、一部R18含む) できたものから少しずつアップしていきたいと思います。

立石 雫
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2021/03/31

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  • 知らぬ間に失われるとしても(94)

    『 圭一へ 俺はお前が好きだから 何回でもお前とつきあう もし忘れたらまた告白してこい 黒崎旭※かぎは下のポストに入れとく。 起きたらラインして。』(完)

  • 知らぬ間に失われるとしても(93)

    「……圭一」 確かめるために静かに呼び掛けてみたが、返答はない。 圭一を起こさないようにそっとその腕から抜け出し、旭はそのままベッドから降りた。圭一は旭を抱き締めていた姿勢のまま規則的な寝息を立てている。旭はその裸の体にタオルケットを掛けた。 それからもう一度バスルームを借りて、下半身をきれいに洗う。 部屋に戻って電気をつけてみたが、圭一が起きる気配はなかった。その寝顔を見ながら服を着る。圭一の制服は拾い上げて椅子の背に掛けておいた。――きっと圭一は、ここ数日の睡眠不足を解

  • 知らぬ間に失われるとしても(92)

    旭の呼吸が落ち着き、再び目を開けた頃、圭一もまた抽挿を再開した。――そう言えば、圭一の気持ちいい顔が見たかったんだった。 旭はそう思い出して、その顔を見つめた。中の刺激は変わらず何かをもたらすけれど、一度射精した後なら、少しは圭一を見守る余裕も出た。 ああ、そうだ。これが圭一の初めてだ。 圭一の初めてが俺で良かった。 思いがけない感情が湧いてくる。目の前で気持ち良さそうに顔をしかめている圭一の表情が、ある種の情動を旭の中にかきたてた。これは自分だけのものだと、何故かそう強

  • 知らぬ間に失われるとしても(91)

    圭一は再び体を起こして、自分は動こうとしないまま、旭のものを扱き始めた。「我慢してんの?」「え?」「動いていいよ」 挿入する気持ち良さは旭も知っている。考えてみたら、圭一は今までずっと、そこを我慢して旭の体を気遣ってくれていたのだ。毎回、旭の様子を見て圭一の方から抜いていた。自分自身の快楽を優先させることなんて一度もせずに。 そんな圭一が、何かを無理強いしてるかもしれないなんて心配する必要は全くないのに。「自分でやるから、動いていいよ」 圭一の手の上から、旭は自分のそれを

  • 知らぬ間に失われるとしても(90)

    少しずつ、圭一の熱いものが入ってくる。何回目かで味わう感覚。段々と慣れてきた感覚。 今日こそ受け入れたいから。「いける……?」 圭一がまた問い掛けてくる。旭ももう一度頷く。 入ってきたそれはしばらく動かず、その代わりに圭一の手が再び旭の前に触った。ゆっくりと上下させ、旭の無意識の緊張をほぐそうとする。「……多分大丈夫」 自分でも意識して体の力を抜き、自分の脚の下にある圭一の太腿に両手を置く。更に少しずつ、圭一が腰を進めてくる。旭の中が圭一で一杯になっていく。「平気……?」

  • 知らぬ間に失われるとしても(89)

    そう言えば、圭一が記憶を持ったまま旭の体に再び触れるのは初めてだったな、と旭はぼんやりと思った。 ノートに書かれていたことが、どうしても頭をよぎる。乳首が感じるとか……中をこすられるのがどうとか……絶対に圭一も今そのことを思い出ながらしているのだろう。そう考えると、つい素直に反応するのを我慢してしまう。でも圭一が旭のためにやっているのは分かっているから、旭はなるべく羞恥心を捨てるように心掛けた。 自分ができることは何だろうか、と旭も考えて、圭一の股間に手を伸ばす。けれど、

  • 知らぬ間に失われるとしても(88)

    圭一だって、きっと本当に嫌な訳じゃない。だから、躊躇しながらも、最後まで旭を強く拒絶したりはしていない。 それでもどこか腰が引けているのは、それこそが圭一の持つ葛藤なのだろう。 自分のやりたいようにやることは誰かの意思を無視することになる、と無意識に思い込んでいるのだろうか。 全身を洗ってからバスルームを出ると、目の前に圭一がいた。思わず声を上げる。「うわ」「ごめん。……俺も入る」「あ、うん」 開いたままの扉から、入れ違いに圭一が入る。旭は自分のタオルで体を拭き、先に圭一

  • 知らぬ間に失われるとしても(87)

    旭は体を離し、力を込めて圭一の体をベッドの上に押し倒した。それからベルトに手をかける。制止しようとする圭一に構わず、手早くそれを外すと、下着ごと一気に全てを脱がせた。「ちょ、旭!」 さっきよりは萎えているそれを握ろうとしたが、圭一に手首を掴まれる。「やめろって」「何で?」 逆の手を伸ばすとまた止められる。その力は強くて、動かそうとしてもほとんど動かせない。本気らしい圭一の抵抗に、旭は諦めて力を抜いた。それを感じた圭一も、旭の手首から手を離した。 溜め息をついて俯きがちに目

  • 知らぬ間に失われるとしても(86)

    シャツを脱がせ終わった旭は、自分のよりも逞しいその胸に手を這わせた。いつもの温かさを求めて体を寄せると、少しだけ躊躇った後、圭一も腕を回してきた。旭が頬を押し付けると、圭一の手にもぎゅっと力がこもる。「……お前のことを信じてないとかじゃない」「うん、分かってる」 それでも、きっと圭一は、常にそこで葛藤している。 お前が不安に思う必要なんかないのに。 もう記憶を失くしてしまう必要なんかないのに。 ……なあ。ちゃんと考えろよ。 俺に流されるんじゃなくて、自分がどう思うか考えろ

  • 知らぬ間に失われるとしても(85)

    旭の怪我を覚えていないのは、単に些細なこととして忘れてしまったからか。 それとも、今回と同じように、圭一の無意識が記憶を失わせてしまったのか。 別に圭一のせいで怪我をした訳でもなかったから、単に覚えてないだけかもしれないけど。 もしかして、圭一の記憶を失わせたのは、怪我そのものではなくて――「――ん」 唇を塞がれたまま敏感な脇腹を触られて、思わずびくっと体が動く。それを見て圭一はいったん手を離した。更に何度かキスしてから、圭一が腕をついて上半身を起こす。「圭一」「ん?」

  • 知らぬ間に失われるとしても(84)

    21.圭一の部屋5 いつものようにマンションの階段を上り、圭一の家に入る。 玄関を上がって圭一の部屋に入ると、中は土曜日に来た時よりは散らかっていた。畳まれた洗濯物が床の上に置かれたままで、ベッドの上のタオルケットはめくれたまま、その上に部屋着が脱ぎ捨てられている。「ほら、寝て」 圭一の手から鞄を取り上げて、その体を軽く押す。圭一はベッドの上に座り込んだ。「違う。横になるんだよ」 半ば無理やり寝かせる。枕の位置を調整しようと動かすと、枕の下に昨日圭一が見せてきたノー

  • 知らぬ間に失われるとしても(83)

    「あー、よく覚えてないけど、俺、何かそのせい? で野球始めたんじゃなかったかなー、あの頃」「え? そのせいって?」「いや、親父にさ、友達と遊びたかったら野球やれみたいに言われてさ……いきなりリトルリーグに入れられた」「え、そうなんだ」 初めて聞く話だった。旭の記憶の中では圭一はいつの間にか野球をやっていて、いつ始めたかとかは覚えていない。「その頃は何か変な交換条件で無理やりやらされたみたいにしか思ってなかったけど、多分、俺の協調性ないのをどうにかしようとしたんだろうな、今考

  • 知らぬ間に失われるとしても(82)

    いつもの坂道を降りて、いつもの川沿いの道を歩く。圭一の歩く速度は明らかに普段よりも遅くて、足を引きずるように歩を進めている。「――なあ。もうやめろよ」 旭は、真剣な声でそう言った。「そんなことしてたら、そのうち体調崩すか事故に遭うかするって。もしかしたら眠っても忘れないかもしれないんだから」「でも忘れるかもしれないし」 間髪入れずに圭一が言う。「言っただろ。全然寝てない訳じゃないから」「とか言って、明らかに足りてないだろ」「そのうち慣れると思うんだけどなー」「ばか。そんな

  • 知らぬ間に失われるとしても(81)

    保健室の扉を開けると、中には誰もおらず、仕切りカーテンの閉まっているベッドがひとつあった。「圭一?」 声を掛けると、すぐに圭一の声で返事がある。カーテンの隙間から覗くと、ベッドの端に座った圭一がこちらを見た。「旭」「お前、寝てないのかよ」 二人分の鞄をベッドの上に置くと、圭一が手を伸ばしてくる。意図が分からないまま手を差し出すと、ぐいっと引かれて抱きつかれた。「旭ー……しんどいー」「そりゃそうだろ」 とりあえず頭を撫でる。「送ってってやるから、帰ろ」「寝てしまいそうだから

  • 知らぬ間に失われるとしても(80)

    翌日、いつものように学校に行ったが、朝の通学路では圭一に会わなかった。圭一の教室を通り過ぎる時に中を覗いてみても、まだそこに姿はなかった。 体調を崩していたりしないだろうか。 気になった旭は、一時間目が終わってからまたさり気なく圭一の教室へ行ってみた。覗いてみると、圭一がいるのが見えた。少しほっとして、声はかけずに自分の教室に戻った。 いつもどおりながらまた一緒にお昼を食べるだろうから、昼休みにでも様子を見てみよう。眠そうにしてたら、もういいからちゃんと寝ろと言わないと。

  • 知らぬ間に失われるとしても(79)

    店を出た後、「帰って一人になったらすぐに寝てしまう」と圭一が言うので、二人で目的もなくぶらぶらしてから帰ることにした。遊ぶお金もないので、ただ適当な道を歩く。「お前の親、何時くらいに帰ってくんの」「さあ。昼過ぎくらいかな」 圭一が自販機の前で立ち止まった。お互いに飲み物を買う。旭の分も買うと言う圭一の申し出を断って、旭は自分でお茶を買った。「付き合わせてごめんな」「そんなの別にいいし」 付き合ってるんだから、と頭の中では思ったが、何となく恥ずかしくて口からは出なかった。「

  • 知らぬ間に失われるとしても(78)

    朝食は、駅前のファストフード店でモーニングセットを頼むことにした。「俺、モーニングって初めて」「俺も。前から食ってみたかった」「美味そうだよな」 カウンターでそれぞれ注文してから、トレイを持って座席の方に行く。日曜日の朝だからか、思ったほど混んでいない。適当なテーブル席に向かい合って座り、早速食べ始めた。「――なあ。柏崎さ、あいつも俺のこと色々知ってるんだろ」「うん。多分」 圭一の問いに、旭は頷く。「てか、それでこの前、二人で昼飯食ってたんだな」「あ、そう。柏崎くんが心配

  • 知らぬ間に失われるとしても(77)

    「他に何か書いといた方がいいこととかあったら教えて」「――いや、お前、これ」 読んでいるうちに顔が熱くなる。何だこれは。「こんなの誰かに見られたらどうすんだよ! 親とか!」「大丈夫だろ。この部屋めったに入ってこないし」「せめて伏せ字とかにしろよ!」「そしたら忘れた時に分かんないだろ」 圭一はあっさりと言う。「じゃあ、最低限この辺は消せ」「駄目。それが超大事」「は? 何で!」「だって、そういうの知ってたら、昨日だってお前に痛い思いさせなくて良かっただろ」「そんなの……」 何と

  • 知らぬ間に失われるとしても(76)

    20.ノート 翌朝、旭が目が覚ますと、圭一はもう起きていた。 布団の上で目を開けた時、最初に視界に入ったのは、目の前にある圭一の両足だった。 そのまま見上げると、ベッドに座った圭一が、こちらを見下ろして笑い掛けてくる。寝ている旭をずっと見ていたようだった。「おはよ」「あ……はよ」「めちゃ寝てたな」「ん……」 体には再びタオルケットが掛けられていた。とりあえず布団の上で起き上がった旭は、自分の裸の上半身を見て、すぐに昨日のことを思い出した。はっと圭一を再び見上げる。「

  • 知らぬ間に失われるとしても(75)

    「旭」「ん?」「俺、もう絶対にお前のこと忘れないから」「うん。もう忘れんなよ」「忘れない」「うん」 何の確証もないことを約束する。 また圭一から名字で呼ばれたら、その時自分はどう思うだろうか。 この充足を経て繰り返すそれは、今までよりは楽に思えているだろうか。それとも、いっそう悲しみが強くなっているのだろうか。 同じ圭一なんだから、どんな圭一でも全てを受け入れることができたらいいのに。「――もし、お前がまた俺のこと忘れたらさ」「だから忘れないって」「うん。でももし忘れたらさ

  • 知らぬ間に失われるとしても(74)

    小学校の時には、三・四年の時だけクラスが同じだった。 それでもその後もよく遊んでいたのは、何でだっけ。校庭が解放されていたから、放課後にしょっちゅう一緒に遊んでいた気がする。二人でじゃなく大勢で、遊具で遊んだりサッカーをしたり、よく分からないローカルルールの缶蹴りとか鬼ごっこをしたりしていた。 多分、圭一の方から、旭も入るように声を掛けてくれていたのだろう。覚えてないけど、きっとそうだ。性格的に。 中学になったら本格的に部活が始まって、放課後に遊ぶことはなくなったけど、ず

  • 知らぬ間に失われるとしても(73)

    「え……? いや、俺は絶対に忘れたくないんだけど」 呆然とした表情のまま、圭一が独り言のようにそう言う。「ほんとに全然怒ってないし。お前の中で嫌なところなんかひとつもない。お前だけが好きだし、せっかくお前と付き合えたんだから絶対に忘れたくない」「ん……」 その圭一の決意が、無意識すら制御できるなら良かったのに。「まじで、何で忘れるのかお前、心当たりとかない?」 圭一が真剣な口調でそう聞いてくる。しかし、旭には首を振ることしかできない。「俺、本当にお前のことがめちゃめちゃ好き

  • 知らぬ間に失われるとしても(72)

    沈黙が続く。 旭は少しずつ、取り返しのつかないことをした罪悪感に押し潰されそうになっていった。 どう考えても、忘れられた旭よりも、忘れてしまっていることを知った圭一の方が辛いに決まっている。よく考えもせずにあんなことを言うんじゃなかった。これでもし圭一が取り返しのつかない精神的ダメージを受けてしまったら、どうしよう。 圭一はただひたすらにスマホを見つめている。 しばらくは呆然としていたが、やがて指を動かし始めた。その他の色んなデータを確認しているようだった。小刻みにスクロ

  • 知らぬ間に失われるとしても(71)

    「――いや、ちょっと意味が分からない」「うん。ごめん、変なこと言って」 ついでに布団の上に散らばっていた衣服を集める。「お前のこと疑うとかじゃなくて……いや、何かよく分からないけど、えと……でも、お前が今ここで嘘吐く訳ないだろうし」「お前に言っていいのかどうか分からなくてずっと黙ってたのに、さっき言っちゃってごめん」「いや、本当のことだったら言ってくれよ。……ていうか、本当かどうかちょっとまだ分かってないけど」「柏崎くんも知ってる」 少しだけ客観的なことを伝えてみると、圭一

  • 知らぬ間に失われるとしても(70)

    19.告白 布の中で体を丸め、こみ上げてくるままにひたすら泣き続けていると、そのうち徐々に涙も止まり、呼吸も落ち着いてきた。 少しだけ冷静さを取り戻した旭は、タオルケットから顔を出した。電気がついたままの部屋には誰もいない。そう言えば明るいままでやってたんだな、と変なことに気を留める。――ああ。明日から、またやり直しか。 久し振りにこんなに泣いたな。子供みたいに。いや、この前も圭一の前で泣きそうになったんだった。あの時も、俺が泣きそうになると圭一は何だかすごく狼狽え

  • 知らぬ間に失われるとしても(69)

    「……おい」 戸惑ったような圭一の声が聞こえる。声を殺しても、肩が小刻みに震えてしまう。「旭……そうじゃなくて」「そんなに、俺の何かが嫌? どこが嫌?」「嫌な訳ないだろ。無理すんなって言ってんだよ」「俺のこと好きだって言ったのに」「だから、好きだよ。ずっと言ってるだろ、俺は」「だったら何で忘れるんだよ……!」 鼻の奥が熱くなって、呼吸が嗚咽へと変わる。言わないと決めていたことを、衝動のままに口にしてしまう。「何で俺だけ? 他のことは全部覚えてるくせに、何で俺のことだけ忘れち

  • 知らぬ間に失われるとしても(68)

    「今どれくらい入ってる……?」「先っぽが入ったくらい」 まだそんなものなのか。体感の割には全然進んでいない。終わりの見えない状況に、一瞬気が遠くなる。「一回抜く?」「駄目」「旭」「まだいけるから……もっと入れて」「でも」「入れて、大丈夫だから」 圭一がまた少し中に入ってくる。旭は思わず小さく呻いた。何で。まだ全然入ってないのに。「おい」 それを聞き逃さなかった圭一が声を掛けてきた。「痛いんだろ、お前」「違う。ちょっと……中がいっぱいなだけ」「無理すんなよ。今日はもうやめとこ

  • 知らぬ間に失われるとしても(67)

    ジェルを伸ばした手で、前と後ろを同時にいじられる。以前と同じように、旭は目を閉じてそこの快感に集中しようとした。 圭一の指がそこを穿ってくる。旭は意識して呼吸を繰り返しながら、全身の力を抜いた。以前よりも辛くない気がする。圭一が慎重に慎重を重ねているのが分かる。「痛くない?」「全然」 まだまだだ。圭一のはもっと太かった。根気強く時間をかけてほぐしてくれる圭一に身を任せ、旭はあの時の感覚を思い出そうとした。でも、あの一瞬の衝撃は記憶に残っていても、実際にどれくらいの大きさだ

  • 知らぬ間に失われるとしても(66)

    裸で圭一と抱き合うのは初めてだ。 肌に触れる滑らかな感触が気持ち良くて、旭からも体を密着させて圭一の背中に手を回した。圭一の手が背中を這い、唇が肩や首に触れる。 再び布団の上に横たえられた後、すぐにハーフパンツと下着を脱がされた旭は、「お前も」と圭一にも促した。圭一は少し恥ずかしそうにしながら、それでも旭の言うとおりに全てを脱いだ。さっきは平気で旭の前で裸を晒していたのに何でだろうと思ったが、興奮の表れているその下半身が目に入った時に、その躊躇いの理由を理解した。その状態

  • 知らぬ間に失われるとしても(65)

    いつものように、圭一の呼吸を近くに感じる。 緩んだ腕にもう一度力を入れて、精一杯、圭一にしがみつく。圭一は旭に体重を掛けないように四つん這いになり、上半身だけを低くして、旭の首元に鼻をすり寄せてきた。やがて首筋に舌が触れ、耳たぶが湿った感触に包まれる。 右膝で圭一の下半身に触れてみると、そこは以前と同じように硬く反応していた。「……する?」「ん……」 圭一はそれからもしばらく旭の首筋に顔を埋めていたが、やがて踏ん切りをつけたように身を起こす。「――駄目だ。今日は無理」「今

  • 知らぬ間に失われるとしても(64)

    固くしていた体の力を抜き、少しずつ体重を圭一に預けていく。あごを圭一の肩に載せて、こめかみをその頬に押し付ける。まだ湿ったままの圭一の髪が冷たい。やがて圭一の指が旭の髪に触れた。 しばらく、そのまま抱き合っていた。旭の髪を梳く圭一の手だけが動いている。「お前だってさ……俺の言うこと、信じてないんじゃん」 あくまで柔らかく、冗談めかして、圭一がそう言った。「違う……ごめん」「いいよ。分かってるから」「怒らせてごめん」「怒ってないって」 謝っても、もう間に合わないかもしれない

  • 知らぬ間に失われるとしても(63)

    「じゃあ、何でそんなに離れてんの」 旭がそう言うと、圭一は少し戸惑ったように口ごもった。「別に離れてる訳じゃないけど」 でも、いつもなら。 言いかけてやめる。その『いつも』は圭一には存在しない。 目の前の圭一は、ただ自分の考えるままに振舞っているだけだ。記憶がなくても、ちゃんとまた旭のことを好きだと言ってくれた。まだ日の浅い付き合いの中で、きっと旭のために距離を測ってくれているに違いないのに。 こうやって、この少しのずれはずっと埋まらないままなのか。圭一が好きだと言ってくれ

  • 知らぬ間に失われるとしても(62)

    18.圭一の部屋4「お前、ベッド使っていいぞ。シーツとか替えてるし」 そう言って、圭一はクローゼットから着替えを取り出して着始めた。 下着に足を通すその後ろ姿を見ながら、今更だけど俺に裸を見せるのは平気なんだな、と思う。意識しているようには見えない。圭一の気持ちを知らなければ、その振る舞いはやっぱりただの友達としてのそれだった。それに今日は、二人になっても恋人のような雰囲気にならない。 もし旭が今ここで裸になったら少しは様子も変わるんだろうか。そんなことを考えながら

  • 知らぬ間に失われるとしても(61)

    シャワーを浴び終わった旭が圭一の部屋に行くと、圭一はベッドの横の床に布団を敷いていた。「おう。あがった?」「うん」 部屋の隅に荷物と脱いだ服を置く。今は持参した部屋着のTシャツとハーフパンツを身に着けている。肩に掛けたバスタオルには、濡れた髪からまだ少し雫が落ちている。「ごめん。後でドライヤー借りていい?」「ああ、うん。あっちにある」 敷き終わったらしい圭一はそのまま立ち上がった。一緒に部屋を出て、再びバスルームに戻る。圭一は洗面台のミラー収納を開けて、中にしまわれていた

  • 知らぬ間に失われるとしても(60)

    「お前はさ……ゲイなの?」 初めて圭一とこんなことを話す。この機会に、圭一が記憶を失くしてしまう理由やきっかけが少しでも分からないだろうか。 旭の問い掛けに、圭一はしばらく考えてから首を振った。「分かんね。違うかも」「うん」 旭自身、今まで圭一からそういう気配を感じたことはなかった。 圭一の葛藤はその辺にあるのだろうか。何度も旭とのことを忘れてしまう理由。男が好きだということを自分で認められないのだとしたら。「じゃあ、俺のことをさ……そうだって自覚した時、ショックだったりし

  • 知らぬ間に失われるとしても(59)

    17.ドライヤー 再び柏崎のスマホが震える。画面を見た柏崎は、鞄を持って立ち上がった。「来たみたい」「ああ」 玄関に向かう柏崎の後に続き、旭と圭一も廊下を進む。靴を履いた柏崎が振り返った。「じゃあ、悪いけど」「おう」「先輩によろしく」 会ったこともないのについそう言った旭に、柏崎は「分かった」と返し、軽く手を上げてから出ていった。 扉が閉じるまで見送った後、圭一が手を伸ばして鍵を閉める。振り返ったその顔は、さっきの話を忘れたように明るく微笑んでいた。「どうする? も

  • 知らぬ間に失われるとしても(58)

    それからしばらくだらだらと喋り、そのうち何となくゲームをし始める。柏崎はほとんどゲームをしたことがないらしく、対戦型のアクションものにはそれほど興味を示さなかったが、いくつか種類を変えて遊んでいると、謎を解きながら進んでいくアドベンチャーゲームを気に入ったようだった。 圭一は既にプレイして内容を知っているので、コントローラーは圭一に預けて、主に柏崎と旭とで謎解きに挑戦する。「ミステリーとかよく読むから」 柏崎はそう言って、無表情なりにそこそこ楽しんでいるようだった。 決し

  • 知らぬ間に失われるとしても(57)

    顛末を話すと、圭一がまた「モテるなお前」と繰り返した。柏崎はソファの背にもたれて悠然と答える。「だから別にモテないって」「お前はモテるけど近寄りがたいんだよな」「黒崎くんの方がモテてるだろ」「え? そんなことないよ」「まあなー、旭もなー」「大丈夫、モテないのは原だけとか誰も言ってないから」 柏崎の真顔の冗談に圭一が笑う。「おい、そこはスルーするとこだろ」 そう、圭一は大体こうだ。気が強い割に、無理に相手より上に立とうとしない。「そのうち告られるんじゃね?」「かも」「ないっ

  • 知らぬ間に失われるとしても(56)

    インターフォンを押してオートロックを解除してもらい、いつものように階段で三階まで上る。圭一が玄関を開けて待っていた。「おう」 家に入ると、リビングの方に通された。とりあえず荷物を置き、コンビニの袋を圭一に渡す。「何? 旭のおごり?」「違う、柏崎くんと半分ずつ」「そっか。サンキュな」 今日も、名前で呼ばれた。それを胸の中で確認してから、旭は口を開く。「柏崎くんとも話してたんだけど、今日、晩飯はどうする?」「ああ。食いに行ってもいいし、ピザとかとってもいいよな。飯代はもらって

  • 知らぬ間に失われるとしても(55)

    土曜日、旭は約束の14時ちょうどくらいに着くように家を出たが、待ち合わせ場所のコンビニに着くと、そこには既に柏崎の姿があった。「あ、ごめん。待たせちゃった?」「うん」 柏崎は事実のままあっさりと頷き、コンビニの入り口を指さした。「何か買ってく?」「あ、うん」 二人で中に入り、冷蔵棚やお菓子の棚を見て回る。「晩飯はどうするって?」「さあ……デリバリーでも頼む?」 お弁当コーナーの前で少し立ち止まったが、結局、夕食は圭一にも聞いてからにしようということになり、適当に飲み物やお

  • 知らぬ間に失われるとしても(54)

    「そう言えば、今週土日、柏崎がうち泊まりに来るんだけど、旭も来る?」 屋上で日陰に腰を下ろして座ると、弁当を広げながらすぐに圭一がそう言う。「えっ、行く」 旭が即答すると、圭一はおかしそうに笑った。「親戚の結婚式で、親が泊まりで出掛けることになったんだけどさ。お前に言えてなかったから」「あ……そか」 旭が昨日まで圭一を避け続けていたせいだ。その思考を察したように、圭一は柔らかい声で問い掛ける。「だいぶ元気出た?」「……うん」「もし何か話したいこととかあったら、いつでも聞くし

  • 知らぬ間に失われるとしても(53)

    16.柏崎2「旭」 次の日、昼休みに旭が弁当を持って教室を出ようとすると、同じく昼食を手に持ってこちらに向かってきていた圭一と柏崎に廊下で出くわした。「行く?」「うん」 何気ない圭一の言葉に、旭も何気ないふりをして頷く。本当は、少し緊張しながらも、自分から圭一達を誘いに行こうとしていたところだった。三人はそのまま階段を上っていつもの屋上へと出た。 そしてそれ以降、また昼休みはまた三人で昼食を取るようになった。 圭一が再び『旭』と呼ぶようになったので、柏崎は何となく事

  • 知らぬ間に失われるとしても(52)

    「――圭一」「ん?」「さっきの、もう一回」 旭が再び圭一の胸に体を寄せると、戸惑ったような数秒の間の後に、圭一の腕が再び背中に回った。「……俺は、こうしてもらうのが好き」「まじ?」「うん」「……彼女としてたってこと?」「してない」 少しだけ、圭一の腕に力がこもる。「じゃあ……俺もこれ好きだから、俺と付き合ってくれたら、いつでもするけど」「あと、名前で呼ばれたい」「まじか。俺も、前からお前のこと名前で呼びたかった」「そうなの? じゃあ何で呼ばなかったんだよ」「……もし付き合え

  • 知らぬ間に失われるとしても(51)

    15.圭一の部屋3 沈黙が続いていた。 エアコンの動作音すら耳に入る静けさ。肌に触れる冷涼な空気と圭一の温かい体。そのどちらもが快い。 旭は、再び圭一の腕に包まれながら、そのゆっくりと上下する胸の動きに身を任せていた。突然失われたものが再び戻ってきた、その喜びと安堵が旭の中を満たしていく。祈るように待っていた、ずっと欲しかった言葉。 圭一が自分の返事を待っていることということにも考えが及ばないまま、旭はずっと求めていたその感触に浸っていた。「……黒崎」 やがて、圭一

  • 知らぬ間に失われるとしても(50)

    「――ちょっ」 咄嗟に、圭一の手が旭の体を支える。「……黒崎……?」 戸惑った声。掴まれた肩をそのまま押し返されるかと思ったが、その手は動かなかった。「……いち」「大丈夫か?」 背中に回す勇気の出ない手で、せめて圭一の服を掴む。「も、泣くなって。な?」 宥めるように、再び圭一の手が旭の頭を撫でた。 旭は動かなかった。ただ祈るように待っていた。もうないと分かっているものを、奇跡にすがるように。「俺に怒ってたんじゃなかった?」「……」「そっか」 首を振った旭に、圭一は柔らかい口

  • 知らぬ間に失われるとしても(49)

    「……っ」 嗚咽が出ないように全身に力を込める。涙が出ないように瞼に力を込める。それでもどうしても胸の辺りが震え出して、吐く息も少し震えた。前髪を引っ張って、無意識に顔を隠す。「――黒崎」 圭一の困惑が声に表れている。それはそうだ。訳も分からないままに避けられて、怒鳴られて、泣かれて。圭一は何も悪くないのに。「ごめん」 旭は片手で顔を覆い、手探りで鞄を持った。「……帰る」「えっ。いや、待って」 立ち上がった旭を止めようとした圭一に、咄嗟に足首を掴まれた。腕に届かなかったのだ

  • 知らぬ間に失われるとしても(48)

    「――圭一」「ん?」「お前、俺に何か言いたいことある?」 一縷の望みにすがるように、旭はそう問い掛ける。「え? 俺?」「うん」「お前じゃなくて?」「うん」「今聞いてること以外にってこと?」「うん」「ないよ。別に」 圭一はあっさりとそう言い切った。「――何にも?」「うん。何で?」 そのあっけらかんとした様は、圭一の言葉が本心であることを伝えてくる。旭は黙って首を振った。迷いすらしなかった。本当に、今の圭一の中には思い当たるようなものが何もないのだろう。旭に対する気持ちも、もう

  • 知らぬ間に失われるとしても(47)

    「で、何する? あ、ゲームする?」「……ゲームしない」 靴を脱ぎながら明るい声でそう聞いてくる圭一に、旭は思わずオウム返しにそう答えてしまう。 もうずっと、一緒にいる時にゲームなんかしなかった。付き合っていた時なら特に。でも多分、今の旭とは会話が盛り上がりそうにないから、気を遣って圭一はそう言ったのだろう。今の旭といたって、きっと圭一は何も楽しくないのに。「――ごめん。やっぱり今日は帰る」 靴を脱がないままだった旭は、そう言って再び玄関のドアを開けようとした。「えっ」と声が

  • 知らぬ間に失われるとしても(46)

    14.川沿いの道 その日の授業が全て終わった後、旭はいつものように少し時間を潰してから教室を出た。 廊下で圭一に出くわさないように注意を払うのは、もう癖になっている。圭一は授業が終わったらすぐに部活に行くはずだから、もう校舎にはいないだろう。 こうやって圭一を避けていることそれ自体が、旭の気分をいっそう暗いものにした。あの時の圭一との関係はもう存在しないのだという喪失感。圭一にもう求められていないのだと考えると、どうすればいいのか分からなくなる。圭一に会いたくない。

  • 知らぬ間に失われるとしても(45)

    「こんなこと聞いていいか分かんないけどさ。やったんじゃないの、原と」「……」「原から潤滑剤について聞かれたから、教えといた、ってそれだけなんだけど」「……上手くいかなかったんだ」「ああ……そっか」「それで圭一が怒って……次の日になったら、全部忘れてた」「原が? 怒った?」 柏崎が怪訝そうに声を上げる。「え? あれ? もしかして黒崎くんが入れる方?」「えっ、ち、違うけど」 あけすけな話に、今さらながら羞恥を覚える。「だよな。あいつ、抱きたいけど絶対に怪我させたくない、って必死

  • 知らぬ間に失われるとしても(44)

    その数日後、四時間目が終わって鞄から弁当袋を取り出した旭は、かすかに教室の空気がざわめいた気がして、ふと顔を上げた。 柏崎が入り口のところに立っている。クラスメイトからの注目を意にも介さず、すぐに旭を見付けて、真っ直ぐにこちらに近付いてくる。「黒崎くん、ちょっと来て」「え?」 机の上に置かれていた旭の弁当を見ると、人質のように柏崎はそれを手に持った。「今から食べるんだろ」「え、ちょっと」 手を引くように旭を立ち上がらせ、腕を引いて歩き出す。旭もとりあえず後について教室を出

  • 知らぬ間に失われるとしても(43)

    13.柏崎「黒崎!」 階段を降りようとしていたところをぐいっと後ろから腕を引かれて、旭は反射的に振り向いた。振り向く前から誰なのかは分かっていた。「……圭一」 その後ろには柏崎もいて、こちらを見ている。圭一はいつものように明るく笑っている。「次、体育?」「……うん」「今日、昼飯食う?」 二学期が始まり、すぐに午後の授業も再開し、もう二週間が経とうとしていた。圭一には既に何度か昼食を誘われていたが、旭はその度に理由をつけて断っていた。「――ごめん。クラスのやつらと学食

  • 知らぬ間に失われるとしても(42)

    最後に見せてくれた笑顔だけが、その夜の旭の拠り所だった。 何度も思い返して自分を勇気づける。予想はしていたが、いつも来るラインも今日は来なかった。――明日また圭一に会ったら、ちゃんと言おう。嫌なんかじゃなかったって。 自分が圭一を受け入れたいと思ったから我慢したんだって。 二学期初日の翌日、旭はまたいつものように急な坂道を登っていた。たくさんの生徒達が同じ方向へと歩いている中を、絶えず圭一の姿を探しながら歩く。 ふと、視線の先に柏崎の姿が見えた。追いつこうと少し足を速める

  • 知らぬ間に失われるとしても(41)

    その後、しばらくしてからようやく旭は体を起こした。廊下に出ると、部屋のドアを開くのを見ていたらしい圭一がすぐにリビングから出てくる。そのままバスルームに案内してくれて、タオルも出してくれたが、結局、一度も目が合わなかった。 玄関から出た時、外の予想外の明るさに、一瞬目を細める。考えてみればここに来てからそれほど時間も経っていない。昼下がりの太陽はあらゆるものを明るく照らしていて、旭の気分とは裏腹に、世界はいたって穏やかに見えた。圭一はいつもの階段を降りようとせず、少し先の

  • 知らぬ間に失われるとしても(40)

    一人取り残されたベッドの上で、旭は寝返りを打つように横を向いて丸くなった。ぎゅっとお尻に力を入れて精一杯閉じるが、開いたままの感覚は元に戻る気配がなかった。今になってひりひりとした痛みを感じ始める。――失敗した。 圭一を怒らせた。 頬に触れるシーツからは洗剤の微かな香りがする。きっと、このために圭一があらかじめ替えてくれたのだろう。それなのに。――圭一を怒らせた。 圭一の気遣いを、旭が無視したから。 でも。「……初めはちょっとくらい我慢しないと、絶対に入らないって……」

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