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創作BL小説を掲載しています。(大学生、社会人、高校生、ノンケ、日常、切ない、甘々、一部R18含む) できたものから少しずつアップしていきたいと思います。

立石 雫
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2021/03/31

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  • 知らぬ間に失われるとしても(94)

    『 圭一へ 俺はお前が好きだから 何回でもお前とつきあう もし忘れたらまた告白してこい 黒崎旭※かぎは下のポストに入れとく。 起きたらラインして。』(完)

  • 知らぬ間に失われるとしても(93)

    「……圭一」 確かめるために静かに呼び掛けてみたが、返答はない。 圭一を起こさないようにそっとその腕から抜け出し、旭はそのままベッドから降りた。圭一は旭を抱き締めていた姿勢のまま規則的な寝息を立てている。旭はその裸の体にタオルケットを掛けた。 それからもう一度バスルームを借りて、下半身をきれいに洗う。 部屋に戻って電気をつけてみたが、圭一が起きる気配はなかった。その寝顔を見ながら服を着る。圭一の制服は拾い上げて椅子の背に掛けておいた。――きっと圭一は、ここ数日の睡眠不足を解

  • 知らぬ間に失われるとしても(92)

    旭の呼吸が落ち着き、再び目を開けた頃、圭一もまた抽挿を再開した。――そう言えば、圭一の気持ちいい顔が見たかったんだった。 旭はそう思い出して、その顔を見つめた。中の刺激は変わらず何かをもたらすけれど、一度射精した後なら、少しは圭一を見守る余裕も出た。 ああ、そうだ。これが圭一の初めてだ。 圭一の初めてが俺で良かった。 思いがけない感情が湧いてくる。目の前で気持ち良さそうに顔をしかめている圭一の表情が、ある種の情動を旭の中にかきたてた。これは自分だけのものだと、何故かそう強

  • 知らぬ間に失われるとしても(91)

    圭一は再び体を起こして、自分は動こうとしないまま、旭のものを扱き始めた。「我慢してんの?」「え?」「動いていいよ」 挿入する気持ち良さは旭も知っている。考えてみたら、圭一は今までずっと、そこを我慢して旭の体を気遣ってくれていたのだ。毎回、旭の様子を見て圭一の方から抜いていた。自分自身の快楽を優先させることなんて一度もせずに。 そんな圭一が、何かを無理強いしてるかもしれないなんて心配する必要は全くないのに。「自分でやるから、動いていいよ」 圭一の手の上から、旭は自分のそれを

  • 知らぬ間に失われるとしても(90)

    少しずつ、圭一の熱いものが入ってくる。何回目かで味わう感覚。段々と慣れてきた感覚。 今日こそ受け入れたいから。「いける……?」 圭一がまた問い掛けてくる。旭ももう一度頷く。 入ってきたそれはしばらく動かず、その代わりに圭一の手が再び旭の前に触った。ゆっくりと上下させ、旭の無意識の緊張をほぐそうとする。「……多分大丈夫」 自分でも意識して体の力を抜き、自分の脚の下にある圭一の太腿に両手を置く。更に少しずつ、圭一が腰を進めてくる。旭の中が圭一で一杯になっていく。「平気……?」

  • 知らぬ間に失われるとしても(89)

    そう言えば、圭一が記憶を持ったまま旭の体に再び触れるのは初めてだったな、と旭はぼんやりと思った。 ノートに書かれていたことが、どうしても頭をよぎる。乳首が感じるとか……中をこすられるのがどうとか……絶対に圭一も今そのことを思い出ながらしているのだろう。そう考えると、つい素直に反応するのを我慢してしまう。でも圭一が旭のためにやっているのは分かっているから、旭はなるべく羞恥心を捨てるように心掛けた。 自分ができることは何だろうか、と旭も考えて、圭一の股間に手を伸ばす。けれど、

  • 知らぬ間に失われるとしても(88)

    圭一だって、きっと本当に嫌な訳じゃない。だから、躊躇しながらも、最後まで旭を強く拒絶したりはしていない。 それでもどこか腰が引けているのは、それこそが圭一の持つ葛藤なのだろう。 自分のやりたいようにやることは誰かの意思を無視することになる、と無意識に思い込んでいるのだろうか。 全身を洗ってからバスルームを出ると、目の前に圭一がいた。思わず声を上げる。「うわ」「ごめん。……俺も入る」「あ、うん」 開いたままの扉から、入れ違いに圭一が入る。旭は自分のタオルで体を拭き、先に圭一

  • 知らぬ間に失われるとしても(87)

    旭は体を離し、力を込めて圭一の体をベッドの上に押し倒した。それからベルトに手をかける。制止しようとする圭一に構わず、手早くそれを外すと、下着ごと一気に全てを脱がせた。「ちょ、旭!」 さっきよりは萎えているそれを握ろうとしたが、圭一に手首を掴まれる。「やめろって」「何で?」 逆の手を伸ばすとまた止められる。その力は強くて、動かそうとしてもほとんど動かせない。本気らしい圭一の抵抗に、旭は諦めて力を抜いた。それを感じた圭一も、旭の手首から手を離した。 溜め息をついて俯きがちに目

  • 知らぬ間に失われるとしても(86)

    シャツを脱がせ終わった旭は、自分のよりも逞しいその胸に手を這わせた。いつもの温かさを求めて体を寄せると、少しだけ躊躇った後、圭一も腕を回してきた。旭が頬を押し付けると、圭一の手にもぎゅっと力がこもる。「……お前のことを信じてないとかじゃない」「うん、分かってる」 それでも、きっと圭一は、常にそこで葛藤している。 お前が不安に思う必要なんかないのに。 もう記憶を失くしてしまう必要なんかないのに。 ……なあ。ちゃんと考えろよ。 俺に流されるんじゃなくて、自分がどう思うか考えろ

  • 知らぬ間に失われるとしても(85)

    旭の怪我を覚えていないのは、単に些細なこととして忘れてしまったからか。 それとも、今回と同じように、圭一の無意識が記憶を失わせてしまったのか。 別に圭一のせいで怪我をした訳でもなかったから、単に覚えてないだけかもしれないけど。 もしかして、圭一の記憶を失わせたのは、怪我そのものではなくて――「――ん」 唇を塞がれたまま敏感な脇腹を触られて、思わずびくっと体が動く。それを見て圭一はいったん手を離した。更に何度かキスしてから、圭一が腕をついて上半身を起こす。「圭一」「ん?」

  • 知らぬ間に失われるとしても(84)

    21.圭一の部屋5 いつものようにマンションの階段を上り、圭一の家に入る。 玄関を上がって圭一の部屋に入ると、中は土曜日に来た時よりは散らかっていた。畳まれた洗濯物が床の上に置かれたままで、ベッドの上のタオルケットはめくれたまま、その上に部屋着が脱ぎ捨てられている。「ほら、寝て」 圭一の手から鞄を取り上げて、その体を軽く押す。圭一はベッドの上に座り込んだ。「違う。横になるんだよ」 半ば無理やり寝かせる。枕の位置を調整しようと動かすと、枕の下に昨日圭一が見せてきたノー

  • 知らぬ間に失われるとしても(83)

    「あー、よく覚えてないけど、俺、何かそのせい? で野球始めたんじゃなかったかなー、あの頃」「え? そのせいって?」「いや、親父にさ、友達と遊びたかったら野球やれみたいに言われてさ……いきなりリトルリーグに入れられた」「え、そうなんだ」 初めて聞く話だった。旭の記憶の中では圭一はいつの間にか野球をやっていて、いつ始めたかとかは覚えていない。「その頃は何か変な交換条件で無理やりやらされたみたいにしか思ってなかったけど、多分、俺の協調性ないのをどうにかしようとしたんだろうな、今考

  • 知らぬ間に失われるとしても(82)

    いつもの坂道を降りて、いつもの川沿いの道を歩く。圭一の歩く速度は明らかに普段よりも遅くて、足を引きずるように歩を進めている。「――なあ。もうやめろよ」 旭は、真剣な声でそう言った。「そんなことしてたら、そのうち体調崩すか事故に遭うかするって。もしかしたら眠っても忘れないかもしれないんだから」「でも忘れるかもしれないし」 間髪入れずに圭一が言う。「言っただろ。全然寝てない訳じゃないから」「とか言って、明らかに足りてないだろ」「そのうち慣れると思うんだけどなー」「ばか。そんな

  • 知らぬ間に失われるとしても(81)

    保健室の扉を開けると、中には誰もおらず、仕切りカーテンの閉まっているベッドがひとつあった。「圭一?」 声を掛けると、すぐに圭一の声で返事がある。カーテンの隙間から覗くと、ベッドの端に座った圭一がこちらを見た。「旭」「お前、寝てないのかよ」 二人分の鞄をベッドの上に置くと、圭一が手を伸ばしてくる。意図が分からないまま手を差し出すと、ぐいっと引かれて抱きつかれた。「旭ー……しんどいー」「そりゃそうだろ」 とりあえず頭を撫でる。「送ってってやるから、帰ろ」「寝てしまいそうだから

  • 知らぬ間に失われるとしても(80)

    翌日、いつものように学校に行ったが、朝の通学路では圭一に会わなかった。圭一の教室を通り過ぎる時に中を覗いてみても、まだそこに姿はなかった。 体調を崩していたりしないだろうか。 気になった旭は、一時間目が終わってからまたさり気なく圭一の教室へ行ってみた。覗いてみると、圭一がいるのが見えた。少しほっとして、声はかけずに自分の教室に戻った。 いつもどおりながらまた一緒にお昼を食べるだろうから、昼休みにでも様子を見てみよう。眠そうにしてたら、もういいからちゃんと寝ろと言わないと。

  • 知らぬ間に失われるとしても(79)

    店を出た後、「帰って一人になったらすぐに寝てしまう」と圭一が言うので、二人で目的もなくぶらぶらしてから帰ることにした。遊ぶお金もないので、ただ適当な道を歩く。「お前の親、何時くらいに帰ってくんの」「さあ。昼過ぎくらいかな」 圭一が自販機の前で立ち止まった。お互いに飲み物を買う。旭の分も買うと言う圭一の申し出を断って、旭は自分でお茶を買った。「付き合わせてごめんな」「そんなの別にいいし」 付き合ってるんだから、と頭の中では思ったが、何となく恥ずかしくて口からは出なかった。「

  • 知らぬ間に失われるとしても(78)

    朝食は、駅前のファストフード店でモーニングセットを頼むことにした。「俺、モーニングって初めて」「俺も。前から食ってみたかった」「美味そうだよな」 カウンターでそれぞれ注文してから、トレイを持って座席の方に行く。日曜日の朝だからか、思ったほど混んでいない。適当なテーブル席に向かい合って座り、早速食べ始めた。「――なあ。柏崎さ、あいつも俺のこと色々知ってるんだろ」「うん。多分」 圭一の問いに、旭は頷く。「てか、それでこの前、二人で昼飯食ってたんだな」「あ、そう。柏崎くんが心配

  • 知らぬ間に失われるとしても(77)

    「他に何か書いといた方がいいこととかあったら教えて」「――いや、お前、これ」 読んでいるうちに顔が熱くなる。何だこれは。「こんなの誰かに見られたらどうすんだよ! 親とか!」「大丈夫だろ。この部屋めったに入ってこないし」「せめて伏せ字とかにしろよ!」「そしたら忘れた時に分かんないだろ」 圭一はあっさりと言う。「じゃあ、最低限この辺は消せ」「駄目。それが超大事」「は? 何で!」「だって、そういうの知ってたら、昨日だってお前に痛い思いさせなくて良かっただろ」「そんなの……」 何と

  • 知らぬ間に失われるとしても(76)

    20.ノート 翌朝、旭が目が覚ますと、圭一はもう起きていた。 布団の上で目を開けた時、最初に視界に入ったのは、目の前にある圭一の両足だった。 そのまま見上げると、ベッドに座った圭一が、こちらを見下ろして笑い掛けてくる。寝ている旭をずっと見ていたようだった。「おはよ」「あ……はよ」「めちゃ寝てたな」「ん……」 体には再びタオルケットが掛けられていた。とりあえず布団の上で起き上がった旭は、自分の裸の上半身を見て、すぐに昨日のことを思い出した。はっと圭一を再び見上げる。「

  • 知らぬ間に失われるとしても(75)

    「旭」「ん?」「俺、もう絶対にお前のこと忘れないから」「うん。もう忘れんなよ」「忘れない」「うん」 何の確証もないことを約束する。 また圭一から名字で呼ばれたら、その時自分はどう思うだろうか。 この充足を経て繰り返すそれは、今までよりは楽に思えているだろうか。それとも、いっそう悲しみが強くなっているのだろうか。 同じ圭一なんだから、どんな圭一でも全てを受け入れることができたらいいのに。「――もし、お前がまた俺のこと忘れたらさ」「だから忘れないって」「うん。でももし忘れたらさ

  • 知らぬ間に失われるとしても(74)

    小学校の時には、三・四年の時だけクラスが同じだった。 それでもその後もよく遊んでいたのは、何でだっけ。校庭が解放されていたから、放課後にしょっちゅう一緒に遊んでいた気がする。二人でじゃなく大勢で、遊具で遊んだりサッカーをしたり、よく分からないローカルルールの缶蹴りとか鬼ごっこをしたりしていた。 多分、圭一の方から、旭も入るように声を掛けてくれていたのだろう。覚えてないけど、きっとそうだ。性格的に。 中学になったら本格的に部活が始まって、放課後に遊ぶことはなくなったけど、ず

  • 知らぬ間に失われるとしても(73)

    「え……? いや、俺は絶対に忘れたくないんだけど」 呆然とした表情のまま、圭一が独り言のようにそう言う。「ほんとに全然怒ってないし。お前の中で嫌なところなんかひとつもない。お前だけが好きだし、せっかくお前と付き合えたんだから絶対に忘れたくない」「ん……」 その圭一の決意が、無意識すら制御できるなら良かったのに。「まじで、何で忘れるのかお前、心当たりとかない?」 圭一が真剣な口調でそう聞いてくる。しかし、旭には首を振ることしかできない。「俺、本当にお前のことがめちゃめちゃ好き

  • 知らぬ間に失われるとしても(72)

    沈黙が続く。 旭は少しずつ、取り返しのつかないことをした罪悪感に押し潰されそうになっていった。 どう考えても、忘れられた旭よりも、忘れてしまっていることを知った圭一の方が辛いに決まっている。よく考えもせずにあんなことを言うんじゃなかった。これでもし圭一が取り返しのつかない精神的ダメージを受けてしまったら、どうしよう。 圭一はただひたすらにスマホを見つめている。 しばらくは呆然としていたが、やがて指を動かし始めた。その他の色んなデータを確認しているようだった。小刻みにスクロ

  • 知らぬ間に失われるとしても(71)

    「――いや、ちょっと意味が分からない」「うん。ごめん、変なこと言って」 ついでに布団の上に散らばっていた衣服を集める。「お前のこと疑うとかじゃなくて……いや、何かよく分からないけど、えと……でも、お前が今ここで嘘吐く訳ないだろうし」「お前に言っていいのかどうか分からなくてずっと黙ってたのに、さっき言っちゃってごめん」「いや、本当のことだったら言ってくれよ。……ていうか、本当かどうかちょっとまだ分かってないけど」「柏崎くんも知ってる」 少しだけ客観的なことを伝えてみると、圭一

  • 知らぬ間に失われるとしても(70)

    19.告白 布の中で体を丸め、こみ上げてくるままにひたすら泣き続けていると、そのうち徐々に涙も止まり、呼吸も落ち着いてきた。 少しだけ冷静さを取り戻した旭は、タオルケットから顔を出した。電気がついたままの部屋には誰もいない。そう言えば明るいままでやってたんだな、と変なことに気を留める。――ああ。明日から、またやり直しか。 久し振りにこんなに泣いたな。子供みたいに。いや、この前も圭一の前で泣きそうになったんだった。あの時も、俺が泣きそうになると圭一は何だかすごく狼狽え

  • 知らぬ間に失われるとしても(69)

    「……おい」 戸惑ったような圭一の声が聞こえる。声を殺しても、肩が小刻みに震えてしまう。「旭……そうじゃなくて」「そんなに、俺の何かが嫌? どこが嫌?」「嫌な訳ないだろ。無理すんなって言ってんだよ」「俺のこと好きだって言ったのに」「だから、好きだよ。ずっと言ってるだろ、俺は」「だったら何で忘れるんだよ……!」 鼻の奥が熱くなって、呼吸が嗚咽へと変わる。言わないと決めていたことを、衝動のままに口にしてしまう。「何で俺だけ? 他のことは全部覚えてるくせに、何で俺のことだけ忘れち

  • 知らぬ間に失われるとしても(68)

    「今どれくらい入ってる……?」「先っぽが入ったくらい」 まだそんなものなのか。体感の割には全然進んでいない。終わりの見えない状況に、一瞬気が遠くなる。「一回抜く?」「駄目」「旭」「まだいけるから……もっと入れて」「でも」「入れて、大丈夫だから」 圭一がまた少し中に入ってくる。旭は思わず小さく呻いた。何で。まだ全然入ってないのに。「おい」 それを聞き逃さなかった圭一が声を掛けてきた。「痛いんだろ、お前」「違う。ちょっと……中がいっぱいなだけ」「無理すんなよ。今日はもうやめとこ

  • 知らぬ間に失われるとしても(67)

    ジェルを伸ばした手で、前と後ろを同時にいじられる。以前と同じように、旭は目を閉じてそこの快感に集中しようとした。 圭一の指がそこを穿ってくる。旭は意識して呼吸を繰り返しながら、全身の力を抜いた。以前よりも辛くない気がする。圭一が慎重に慎重を重ねているのが分かる。「痛くない?」「全然」 まだまだだ。圭一のはもっと太かった。根気強く時間をかけてほぐしてくれる圭一に身を任せ、旭はあの時の感覚を思い出そうとした。でも、あの一瞬の衝撃は記憶に残っていても、実際にどれくらいの大きさだ

  • 知らぬ間に失われるとしても(66)

    裸で圭一と抱き合うのは初めてだ。 肌に触れる滑らかな感触が気持ち良くて、旭からも体を密着させて圭一の背中に手を回した。圭一の手が背中を這い、唇が肩や首に触れる。 再び布団の上に横たえられた後、すぐにハーフパンツと下着を脱がされた旭は、「お前も」と圭一にも促した。圭一は少し恥ずかしそうにしながら、それでも旭の言うとおりに全てを脱いだ。さっきは平気で旭の前で裸を晒していたのに何でだろうと思ったが、興奮の表れているその下半身が目に入った時に、その躊躇いの理由を理解した。その状態

  • 知らぬ間に失われるとしても(65)

    いつものように、圭一の呼吸を近くに感じる。 緩んだ腕にもう一度力を入れて、精一杯、圭一にしがみつく。圭一は旭に体重を掛けないように四つん這いになり、上半身だけを低くして、旭の首元に鼻をすり寄せてきた。やがて首筋に舌が触れ、耳たぶが湿った感触に包まれる。 右膝で圭一の下半身に触れてみると、そこは以前と同じように硬く反応していた。「……する?」「ん……」 圭一はそれからもしばらく旭の首筋に顔を埋めていたが、やがて踏ん切りをつけたように身を起こす。「――駄目だ。今日は無理」「今

  • 知らぬ間に失われるとしても(64)

    固くしていた体の力を抜き、少しずつ体重を圭一に預けていく。あごを圭一の肩に載せて、こめかみをその頬に押し付ける。まだ湿ったままの圭一の髪が冷たい。やがて圭一の指が旭の髪に触れた。 しばらく、そのまま抱き合っていた。旭の髪を梳く圭一の手だけが動いている。「お前だってさ……俺の言うこと、信じてないんじゃん」 あくまで柔らかく、冗談めかして、圭一がそう言った。「違う……ごめん」「いいよ。分かってるから」「怒らせてごめん」「怒ってないって」 謝っても、もう間に合わないかもしれない

  • 知らぬ間に失われるとしても(63)

    「じゃあ、何でそんなに離れてんの」 旭がそう言うと、圭一は少し戸惑ったように口ごもった。「別に離れてる訳じゃないけど」 でも、いつもなら。 言いかけてやめる。その『いつも』は圭一には存在しない。 目の前の圭一は、ただ自分の考えるままに振舞っているだけだ。記憶がなくても、ちゃんとまた旭のことを好きだと言ってくれた。まだ日の浅い付き合いの中で、きっと旭のために距離を測ってくれているに違いないのに。 こうやって、この少しのずれはずっと埋まらないままなのか。圭一が好きだと言ってくれ

  • 知らぬ間に失われるとしても(62)

    18.圭一の部屋4「お前、ベッド使っていいぞ。シーツとか替えてるし」 そう言って、圭一はクローゼットから着替えを取り出して着始めた。 下着に足を通すその後ろ姿を見ながら、今更だけど俺に裸を見せるのは平気なんだな、と思う。意識しているようには見えない。圭一の気持ちを知らなければ、その振る舞いはやっぱりただの友達としてのそれだった。それに今日は、二人になっても恋人のような雰囲気にならない。 もし旭が今ここで裸になったら少しは様子も変わるんだろうか。そんなことを考えながら

  • 知らぬ間に失われるとしても(61)

    シャワーを浴び終わった旭が圭一の部屋に行くと、圭一はベッドの横の床に布団を敷いていた。「おう。あがった?」「うん」 部屋の隅に荷物と脱いだ服を置く。今は持参した部屋着のTシャツとハーフパンツを身に着けている。肩に掛けたバスタオルには、濡れた髪からまだ少し雫が落ちている。「ごめん。後でドライヤー借りていい?」「ああ、うん。あっちにある」 敷き終わったらしい圭一はそのまま立ち上がった。一緒に部屋を出て、再びバスルームに戻る。圭一は洗面台のミラー収納を開けて、中にしまわれていた

  • 知らぬ間に失われるとしても(60)

    「お前はさ……ゲイなの?」 初めて圭一とこんなことを話す。この機会に、圭一が記憶を失くしてしまう理由やきっかけが少しでも分からないだろうか。 旭の問い掛けに、圭一はしばらく考えてから首を振った。「分かんね。違うかも」「うん」 旭自身、今まで圭一からそういう気配を感じたことはなかった。 圭一の葛藤はその辺にあるのだろうか。何度も旭とのことを忘れてしまう理由。男が好きだということを自分で認められないのだとしたら。「じゃあ、俺のことをさ……そうだって自覚した時、ショックだったりし

  • 知らぬ間に失われるとしても(59)

    17.ドライヤー 再び柏崎のスマホが震える。画面を見た柏崎は、鞄を持って立ち上がった。「来たみたい」「ああ」 玄関に向かう柏崎の後に続き、旭と圭一も廊下を進む。靴を履いた柏崎が振り返った。「じゃあ、悪いけど」「おう」「先輩によろしく」 会ったこともないのについそう言った旭に、柏崎は「分かった」と返し、軽く手を上げてから出ていった。 扉が閉じるまで見送った後、圭一が手を伸ばして鍵を閉める。振り返ったその顔は、さっきの話を忘れたように明るく微笑んでいた。「どうする? も

  • 知らぬ間に失われるとしても(58)

    それからしばらくだらだらと喋り、そのうち何となくゲームをし始める。柏崎はほとんどゲームをしたことがないらしく、対戦型のアクションものにはそれほど興味を示さなかったが、いくつか種類を変えて遊んでいると、謎を解きながら進んでいくアドベンチャーゲームを気に入ったようだった。 圭一は既にプレイして内容を知っているので、コントローラーは圭一に預けて、主に柏崎と旭とで謎解きに挑戦する。「ミステリーとかよく読むから」 柏崎はそう言って、無表情なりにそこそこ楽しんでいるようだった。 決し

  • 知らぬ間に失われるとしても(57)

    顛末を話すと、圭一がまた「モテるなお前」と繰り返した。柏崎はソファの背にもたれて悠然と答える。「だから別にモテないって」「お前はモテるけど近寄りがたいんだよな」「黒崎くんの方がモテてるだろ」「え? そんなことないよ」「まあなー、旭もなー」「大丈夫、モテないのは原だけとか誰も言ってないから」 柏崎の真顔の冗談に圭一が笑う。「おい、そこはスルーするとこだろ」 そう、圭一は大体こうだ。気が強い割に、無理に相手より上に立とうとしない。「そのうち告られるんじゃね?」「かも」「ないっ

  • 知らぬ間に失われるとしても(56)

    インターフォンを押してオートロックを解除してもらい、いつものように階段で三階まで上る。圭一が玄関を開けて待っていた。「おう」 家に入ると、リビングの方に通された。とりあえず荷物を置き、コンビニの袋を圭一に渡す。「何? 旭のおごり?」「違う、柏崎くんと半分ずつ」「そっか。サンキュな」 今日も、名前で呼ばれた。それを胸の中で確認してから、旭は口を開く。「柏崎くんとも話してたんだけど、今日、晩飯はどうする?」「ああ。食いに行ってもいいし、ピザとかとってもいいよな。飯代はもらって

  • 知らぬ間に失われるとしても(55)

    土曜日、旭は約束の14時ちょうどくらいに着くように家を出たが、待ち合わせ場所のコンビニに着くと、そこには既に柏崎の姿があった。「あ、ごめん。待たせちゃった?」「うん」 柏崎は事実のままあっさりと頷き、コンビニの入り口を指さした。「何か買ってく?」「あ、うん」 二人で中に入り、冷蔵棚やお菓子の棚を見て回る。「晩飯はどうするって?」「さあ……デリバリーでも頼む?」 お弁当コーナーの前で少し立ち止まったが、結局、夕食は圭一にも聞いてからにしようということになり、適当に飲み物やお

  • 知らぬ間に失われるとしても(54)

    「そう言えば、今週土日、柏崎がうち泊まりに来るんだけど、旭も来る?」 屋上で日陰に腰を下ろして座ると、弁当を広げながらすぐに圭一がそう言う。「えっ、行く」 旭が即答すると、圭一はおかしそうに笑った。「親戚の結婚式で、親が泊まりで出掛けることになったんだけどさ。お前に言えてなかったから」「あ……そか」 旭が昨日まで圭一を避け続けていたせいだ。その思考を察したように、圭一は柔らかい声で問い掛ける。「だいぶ元気出た?」「……うん」「もし何か話したいこととかあったら、いつでも聞くし

  • 知らぬ間に失われるとしても(53)

    16.柏崎2「旭」 次の日、昼休みに旭が弁当を持って教室を出ようとすると、同じく昼食を手に持ってこちらに向かってきていた圭一と柏崎に廊下で出くわした。「行く?」「うん」 何気ない圭一の言葉に、旭も何気ないふりをして頷く。本当は、少し緊張しながらも、自分から圭一達を誘いに行こうとしていたところだった。三人はそのまま階段を上っていつもの屋上へと出た。 そしてそれ以降、また昼休みはまた三人で昼食を取るようになった。 圭一が再び『旭』と呼ぶようになったので、柏崎は何となく事

  • 知らぬ間に失われるとしても(52)

    「――圭一」「ん?」「さっきの、もう一回」 旭が再び圭一の胸に体を寄せると、戸惑ったような数秒の間の後に、圭一の腕が再び背中に回った。「……俺は、こうしてもらうのが好き」「まじ?」「うん」「……彼女としてたってこと?」「してない」 少しだけ、圭一の腕に力がこもる。「じゃあ……俺もこれ好きだから、俺と付き合ってくれたら、いつでもするけど」「あと、名前で呼ばれたい」「まじか。俺も、前からお前のこと名前で呼びたかった」「そうなの? じゃあ何で呼ばなかったんだよ」「……もし付き合え

  • 知らぬ間に失われるとしても(51)

    15.圭一の部屋3 沈黙が続いていた。 エアコンの動作音すら耳に入る静けさ。肌に触れる冷涼な空気と圭一の温かい体。そのどちらもが快い。 旭は、再び圭一の腕に包まれながら、そのゆっくりと上下する胸の動きに身を任せていた。突然失われたものが再び戻ってきた、その喜びと安堵が旭の中を満たしていく。祈るように待っていた、ずっと欲しかった言葉。 圭一が自分の返事を待っていることということにも考えが及ばないまま、旭はずっと求めていたその感触に浸っていた。「……黒崎」 やがて、圭一

  • 知らぬ間に失われるとしても(50)

    「――ちょっ」 咄嗟に、圭一の手が旭の体を支える。「……黒崎……?」 戸惑った声。掴まれた肩をそのまま押し返されるかと思ったが、その手は動かなかった。「……いち」「大丈夫か?」 背中に回す勇気の出ない手で、せめて圭一の服を掴む。「も、泣くなって。な?」 宥めるように、再び圭一の手が旭の頭を撫でた。 旭は動かなかった。ただ祈るように待っていた。もうないと分かっているものを、奇跡にすがるように。「俺に怒ってたんじゃなかった?」「……」「そっか」 首を振った旭に、圭一は柔らかい口

  • 知らぬ間に失われるとしても(49)

    「……っ」 嗚咽が出ないように全身に力を込める。涙が出ないように瞼に力を込める。それでもどうしても胸の辺りが震え出して、吐く息も少し震えた。前髪を引っ張って、無意識に顔を隠す。「――黒崎」 圭一の困惑が声に表れている。それはそうだ。訳も分からないままに避けられて、怒鳴られて、泣かれて。圭一は何も悪くないのに。「ごめん」 旭は片手で顔を覆い、手探りで鞄を持った。「……帰る」「えっ。いや、待って」 立ち上がった旭を止めようとした圭一に、咄嗟に足首を掴まれた。腕に届かなかったのだ

  • 知らぬ間に失われるとしても(48)

    「――圭一」「ん?」「お前、俺に何か言いたいことある?」 一縷の望みにすがるように、旭はそう問い掛ける。「え? 俺?」「うん」「お前じゃなくて?」「うん」「今聞いてること以外にってこと?」「うん」「ないよ。別に」 圭一はあっさりとそう言い切った。「――何にも?」「うん。何で?」 そのあっけらかんとした様は、圭一の言葉が本心であることを伝えてくる。旭は黙って首を振った。迷いすらしなかった。本当に、今の圭一の中には思い当たるようなものが何もないのだろう。旭に対する気持ちも、もう

  • 知らぬ間に失われるとしても(47)

    「で、何する? あ、ゲームする?」「……ゲームしない」 靴を脱ぎながら明るい声でそう聞いてくる圭一に、旭は思わずオウム返しにそう答えてしまう。 もうずっと、一緒にいる時にゲームなんかしなかった。付き合っていた時なら特に。でも多分、今の旭とは会話が盛り上がりそうにないから、気を遣って圭一はそう言ったのだろう。今の旭といたって、きっと圭一は何も楽しくないのに。「――ごめん。やっぱり今日は帰る」 靴を脱がないままだった旭は、そう言って再び玄関のドアを開けようとした。「えっ」と声が

  • 知らぬ間に失われるとしても(46)

    14.川沿いの道 その日の授業が全て終わった後、旭はいつものように少し時間を潰してから教室を出た。 廊下で圭一に出くわさないように注意を払うのは、もう癖になっている。圭一は授業が終わったらすぐに部活に行くはずだから、もう校舎にはいないだろう。 こうやって圭一を避けていることそれ自体が、旭の気分をいっそう暗いものにした。あの時の圭一との関係はもう存在しないのだという喪失感。圭一にもう求められていないのだと考えると、どうすればいいのか分からなくなる。圭一に会いたくない。

  • 知らぬ間に失われるとしても(45)

    「こんなこと聞いていいか分かんないけどさ。やったんじゃないの、原と」「……」「原から潤滑剤について聞かれたから、教えといた、ってそれだけなんだけど」「……上手くいかなかったんだ」「ああ……そっか」「それで圭一が怒って……次の日になったら、全部忘れてた」「原が? 怒った?」 柏崎が怪訝そうに声を上げる。「え? あれ? もしかして黒崎くんが入れる方?」「えっ、ち、違うけど」 あけすけな話に、今さらながら羞恥を覚える。「だよな。あいつ、抱きたいけど絶対に怪我させたくない、って必死

  • 知らぬ間に失われるとしても(44)

    その数日後、四時間目が終わって鞄から弁当袋を取り出した旭は、かすかに教室の空気がざわめいた気がして、ふと顔を上げた。 柏崎が入り口のところに立っている。クラスメイトからの注目を意にも介さず、すぐに旭を見付けて、真っ直ぐにこちらに近付いてくる。「黒崎くん、ちょっと来て」「え?」 机の上に置かれていた旭の弁当を見ると、人質のように柏崎はそれを手に持った。「今から食べるんだろ」「え、ちょっと」 手を引くように旭を立ち上がらせ、腕を引いて歩き出す。旭もとりあえず後について教室を出

  • 知らぬ間に失われるとしても(43)

    13.柏崎「黒崎!」 階段を降りようとしていたところをぐいっと後ろから腕を引かれて、旭は反射的に振り向いた。振り向く前から誰なのかは分かっていた。「……圭一」 その後ろには柏崎もいて、こちらを見ている。圭一はいつものように明るく笑っている。「次、体育?」「……うん」「今日、昼飯食う?」 二学期が始まり、すぐに午後の授業も再開し、もう二週間が経とうとしていた。圭一には既に何度か昼食を誘われていたが、旭はその度に理由をつけて断っていた。「――ごめん。クラスのやつらと学食

  • 知らぬ間に失われるとしても(42)

    最後に見せてくれた笑顔だけが、その夜の旭の拠り所だった。 何度も思い返して自分を勇気づける。予想はしていたが、いつも来るラインも今日は来なかった。――明日また圭一に会ったら、ちゃんと言おう。嫌なんかじゃなかったって。 自分が圭一を受け入れたいと思ったから我慢したんだって。 二学期初日の翌日、旭はまたいつものように急な坂道を登っていた。たくさんの生徒達が同じ方向へと歩いている中を、絶えず圭一の姿を探しながら歩く。 ふと、視線の先に柏崎の姿が見えた。追いつこうと少し足を速める

  • 知らぬ間に失われるとしても(41)

    その後、しばらくしてからようやく旭は体を起こした。廊下に出ると、部屋のドアを開くのを見ていたらしい圭一がすぐにリビングから出てくる。そのままバスルームに案内してくれて、タオルも出してくれたが、結局、一度も目が合わなかった。 玄関から出た時、外の予想外の明るさに、一瞬目を細める。考えてみればここに来てからそれほど時間も経っていない。昼下がりの太陽はあらゆるものを明るく照らしていて、旭の気分とは裏腹に、世界はいたって穏やかに見えた。圭一はいつもの階段を降りようとせず、少し先の

  • 知らぬ間に失われるとしても(40)

    一人取り残されたベッドの上で、旭は寝返りを打つように横を向いて丸くなった。ぎゅっとお尻に力を入れて精一杯閉じるが、開いたままの感覚は元に戻る気配がなかった。今になってひりひりとした痛みを感じ始める。――失敗した。 圭一を怒らせた。 頬に触れるシーツからは洗剤の微かな香りがする。きっと、このために圭一があらかじめ替えてくれたのだろう。それなのに。――圭一を怒らせた。 圭一の気遣いを、旭が無視したから。 でも。「……初めはちょっとくらい我慢しないと、絶対に入らないって……」

  • 知らぬ間に失われるとしても(39)

    圭一の口が離れ、代わりに手が何度か屹立をゆるく扱く。その手も離れて圭一が動く気配がしたので、旭は目を開けた。 ベッドの下に手を伸ばした圭一が、何かを取り出す。「……何?」「ジェル」「買った?」「うん」 柏崎に教えてもらった、と圭一が呟くように言いながら蓋を開ける。見上げていた旭と目が合うと、少しだけ笑って顔を近付けてきたが、何かに気付いたように途中でやめた。 やっぱり柏崎くんはもう知ってるのか。旭はしばらく会っていない友人のことを思い出した。圭一とのことを話そうと思ってい

  • 知らぬ間に失われるとしても(38)

    ――本当に、圭一とセックスするのか。 こうやって裸にされて。 組み伏せられて。 愛撫されて。 何故か、頭の中では元カノと行ったホテルの部屋の光景を思い出していた。あの時の自分は今の圭一と同じだ。あの時自分の中に生じた激しい興奮が、今の圭一の中にもある。 それから、バスルームの鏡に映った自分の体を思い出した。 圭一は本当にあんなものに欲情しているのだろうか。 けれど、首に、肩に、胸に、腹に、さっきから絶え間なく触れ続ける圭一の手と唇と舌の感触が、それが事実だと伝えていた。圭一

  • 知らぬ間に失われるとしても(37)

    背中に触れていた手がTシャツの裾をくぐり、初めて旭の素肌に触れる。人に触られる時だけ異様に敏感になる場所を撫でられ、旭は思わず息を詰めた。呼吸を止めて全身に力を込め、くすぐったいようなその感覚に耐える。 何度も背中を撫でた後、圭一の手が下に降りてベルトの隙間に入り込もうとする。指先が割れ目に届くか届かないかのところでまた引き返す。その手が今度は服の上から旭の臀部を掴んだ。形を確かめるようにその凹凸に手を這わせる。もう片方の手はTシャツの中で脇腹を下から上へとゆっくりと撫で

  • 知らぬ間に失われるとしても(36)

    12.圭一の部屋2『明日、うち来る?』 前日に、圭一は旭の意思を再確認するようにラインを送ってきた。既に腹をくくっていた旭は、『行く』とだけ返した。 その日も家で昼食を済ませた後、旭は念の為シャワーを浴びてから圭一のマンションへ向かった。インターフォンを押すとすぐにオートロックが解除される。「――おう」 階段を昇ると、圭一が玄関のドアを開けて待っていた。軽く挨拶を交わして、中に入る。お互いに何となく口数が少ない。旭を先に部屋に通して、圭一はいつものように飲み物を取り

  • 知らぬ間に失われるとしても(35)

    今日も、唇を離した後に圭一は旭の体を抱き締めてくれた。昼間に汗をかいたからか、圭一の匂いがいつもよりも強い。でもそれが全く嫌ではなくて、むしろ安心感が強まるような気すらする。――もう自分の中で結論は出ているのかもしれない。 少し前から何となく分かってはいた自分の気持ちと、旭はその時初めて正面から向き合った。 楽しかった今日という一日。旭は圭一となら何も気にせずに素の自分でいられる。疲れたりせずずっと一緒に時間を過ごすことができる。何より、圭一は旭のことを好きでいてくれる。

  • 知らぬ間に失われるとしても(34)

    旭が夕食をおごると言うと、圭一は頑なに拒んだ。「いいよ。自分で払うから」「でも、バイト代出たし」「せっかく稼いだんだから、自分のために遣えって」「これも自分のためだから」「変な気遣わなくていいから、まじで」「俺がおごりたいんだよ」 口調を強めると、圭一は考えるように口をつぐんでから、やがて静かに言った。「彼女にはおごってたのかもしれないけど……俺らの間では、そういうの無しにしないか」 旭は頷いた。「俺もそれがいいと思ってる。でも今日だけ別」「何で?」「俺、バイト辞めずに続

  • 知らぬ間に失われるとしても(33)

    11.USJ 結局、USJに行けたのは夏休みの終盤だった。旭のバイト代が振り込まれるのが意外に遅かったからだ。圭一がお盆に祖父母からもらうお小遣いを当てにしていたように、旭も田舎でお小遣いをもらえたのだけど、何となく、せっかくだから自分で稼いだお金でUSJに行きたかった。夕食くらいは圭一にご馳走しようとも思っていた。 まだまだ残暑が厳しい頃だったが、当日は早めに家を出て開場とともに入り、乗れるだけのアトラクションに乗った。案の定、目的の期間限定アトラクションは長蛇の

  • 知らぬ間に失われるとしても(32)

    大した理由でもないのに辞めていいのだろうか。言い訳にして逃げているだけじゃないか。それともバイトなんてそういうものなんだろうか。普通はどうするものなんだろう。圭一だったら。 その夜、旭はいつの間にか寝落ちするまでずっとぐるぐると考え続けたが、結局、結論らしい結論は出なかった。 翌朝に起床しても、やっぱりまだ迷いは残っていた。 しかしいつものようにバスに乗ってバイト先に着くと、旭はそのまま事務所に行って、緊張しながら、父親に教えてもらった台詞をそのまま口にした。 そして父親

  • 知らぬ間に失われるとしても(31)

    月曜日の夜、夕食を食べ終えた旭は、何でもないふりをしつつ食卓に残っていた。今日は珍しく父親の帰りが早くて、逆にうるさい姉が外食でいない。好都合だった。「……あのさ」 母親がキッチンに立ったタイミングを見計らって、テレビを観ている父親にさりげなく声を掛ける。「ん?」「……セクハラ、って、どういうの?」 振り返った父親は、旭の問い掛けに何か考えるように一拍置いた後、「相手の嫌がることを言ったり、見せたり、聞いたり、体に触ったりすることかな」と答えた。旭のケースがそのまま当ては

  • 知らぬ間に失われるとしても(30)

    「それ、セクハラとかじゃないの」 それまで楽しそうに話していたのに、圭一の表情が真剣なものに変わっていた。「セクハラ? いや、一応女の人だって」「女から男へのセクハラだってあるだろ」「……でも、おかんより更に上の人だし」 何となく認めたくない気持ちが働いて、つい否定的に返してしまう。圭一はその空気を察したのか、「まあ、だったら向こうも子供相手のつもりなのかもな」と取りなすように言った。「でも嫌だったら変に我慢せずに言えよ、ちゃんと」「ていうか……そんな、ものすごい嫌とかじゃ

  • 知らぬ間に失われるとしても(29)

    職場ではとにかく仕事をすればよい、という当たり前のことを、旭はここで身を持って学んだ。 仕事に打ち込むことが、この時間をやり過ごすうえで一番楽な方法だった。仕事のことなら他の人ともそれなりに言葉を交わすことができたし、アウェイ感も多少は薄れる。時間もそこそこ速く流れる。そう思った旭は、ただ黙々と仕事に取り組んだ。その態度がゆくゆくは周りからの評価に繋がることまでは、今の旭には見えていなかった。 作業している時、ふと、例のきつい女性スタッフの手が旭に当たり、女性が気付いたよ

  • 知らぬ間に失われるとしても(28)

    10.夏のアルバイト 夏休みに入るとすぐに、旭の人生初のアルバイトが始まった。 就業場所は海側の埋立地にある工場地帯の一角で、公共交通機関で通うには不便なところにあったが、従業員のために最寄り駅から送迎バスが用意されていた。 初日、少し早めの時間に停留所に行った旭は、一番にバスに乗ってさりげなく周りを観察したが、後からバスに乗り込んでくる人達は、その大半が中高年の女性だった。向こう側からも物珍しそうな視線を向けられたので、旭は顔を隠すように窓の外に目を向けた。 工場

  • 知らぬ間に失われるとしても(27)

    次の日、授業終わりに落ち合ってすぐ、旭はさりげなく「どこ行く?」と言った。圭一は表情を変えることなく、近くの総合商業施設の名を挙げる。「Eモールでも行くか」 旭は内心ほっとしながら頷いた。 学校を出た後、自宅のあるエリアを通り抜けて少し先にある最寄り駅まで、二十分ほど歩く。Eモールは駅を通り抜けてすぐ向こう側にあった。数年前にできたばかりの商業施設で、大型スーパーやレストランフロアがある他、映画館やフィットネスジムなども併設されている。 二人はまずモールに入っている書店で

  • 知らぬ間に失われるとしても(26)

    9.ショッピングモール テストが終わり、夏休みまでの残りの授業を消化試合のように過ごす。返ってきた答案の点数はどれもそれほど悪くなかった。圭一と毎日勉強した成果だろう。 生活は以前のように戻り、圭一と過ごす時間も減った。午後の授業がある間は、相変わらず柏崎も含めて三人で昼食を取った。 夜に一人で部屋にいる時、たまに圭一とのキスを思い出す。あの触れ合いの時間が失われて、旭は率直に寂しさを覚えていた。圭一との関係は、元カノとのそれよりもずっと付き合っているという実感があ

  • 知らぬ間に失われるとしても(25)

    その後、旭の部屋でケーキを食べてから、あらためて圭一の家に移動した。 圭一が旭の部屋に入ったのは、旭が圭一の部屋に行った以上に久しぶりだった。多分、小学生の頃以来だろう。圭一は少しだけ物珍しそうに部屋の中を見回していた。 結局今日も圭一の家に行くことになったので、気になっていた自室でのキスは回避できたかと思ったが、食べ終わって寛いでいる時に少しだけキスされた。唇が軽く触れて、すぐに離れた。 テスト最終日の明日は二科目が残るばかりで、長かった期末テストもようやく終わりが見え

  • 知らぬ間に失われるとしても(24)

    ――何か、付き合ってるって感じするな。 あの日以来、圭一と一緒にいる時間は今までにないほどに増えた。テスト前一週間は毎日一緒に帰って圭一の家で勉強したし、土日も一緒に勉強した。勉強を終えてからキスするのはもう日課のようになっている。キスは徐々に長く濃厚になっていった。 週が明けるといよいよ期末テストが始まったが、始まってからも、やっぱり圭一とは毎日一緒に勉強した。テスト期間中は午前のみで終わるので、適当に昼食を取ってから圭一の家に行って翌日のテスト科目を勉強する。 そうして

  • 知らぬ間に失われるとしても(23)

    「黒崎くん、下の名前、アサヒっていうんだ」 三人でお昼を食べている時に、ふと柏崎にそう言われた。今日は学食に来ている。「そう」「どんな字?」「一文字で、『旭』」 空中に書いて示す。 付き合いだしてから、圭一は旭を下の名前で呼ぶようになっていた。最初に告白された時と同じだ。記憶をなくしても考えていることは変わらないんだなと妙に安心する。 あの時圭一は、頭を打ったかどうかを『柏崎にも聞かれた』と言っていた。旭の見る限り、旭への告白以外に圭一の記憶が欠けている部分はなさそうだった

  • 知らぬ間に失われるとしても(22)

    8.キスと反応 翌日以降も、旭は放課後に圭一の家に行った。 圭一の家族が帰ってくる直前まで勉強して、それから圭一の部屋に移動して少しだけキスしたりする。暗黙の了解のように、その日やるべき勉強を終えるまでは何もしなかった。「ん……」 キスにはかなり慣れた。圭一の方も、もう遠慮している様子はない。 今日も、もうすぐ圭一の母親が帰ってくるはずだ。それまでの、ごく短い時間の触れ合い。 多分、抱き締められるのが好きだということは圭一にばれていると思う。いや、圭一も同じくらい好

  • 知らぬ間に失われるとしても(21)

    「明日もやる?」「え? でもお前も勉強あるし」「いいよ。あ、そしたら俺も古文とか教えてくれよ」「それはいいけど……」「基本は自習で、分からないところだけ教え合ってさ」 多分、圭一は本当にそうしたいんだろう。そう思ったので、旭は頷いた。「いいよ。ていうか、何で物理ができて古文ができないのか分からんけど」「はは。そりゃお互い様だし」「んじゃ、とりあえず自分で続きやってみるから、お前も自分のやれば?」「うん」 圭一が自分の鞄から勉強道具を取り出す。旭は麦茶を一口飲んでから、物理の

  • 知らぬ間に失われるとしても(20)

    7.リビング 圭一の家に入ると、今日は廊下を奥まで進み、リビングに通された。「あれ、お前の部屋じゃなくて?」「あっちだと教えにくいだろ」 確かに、テーブルの類のない圭一の部屋だと、勉強はしにくいかもしれない。圭一はソファに鞄を置くと、キッチンに向かう。「座ってて」 旭も鞄を置いて、ローテーブルの前で床に腰を下ろした。冷蔵庫が開く音がする。「何か食う?」「あ、うん。何かあれば」 圭一が麦茶のポットとマグカップ、煎餅らしき包みをお盆に載せて持ってくる。そしてテーブルの上

  • 知らぬ間に失われるとしても(19)

    「――どういう意味で?」「付き合いたいって意味で」 淡々と答えた旭に、圭一は何故か苦しそうな顔をした。あの日、圭一の部屋で見せたのと同じような。「……何でそんなこと聞くんだよ」 初めて圭一が目を逸らしたが、旭は何も答えずに待った。しばらく沈黙が続く。 追い越していく生徒達が少しだけこちらを気にしているように見えたので、旭はゆっくりと歩き出した。圭一もついてくる。そのまましばらく二人で並んで歩いた。「……何か、洩れてたか」「別に」「もしかして、それで怒ってたのか」「……」「も

  • 知らぬ間に失われるとしても(18)

    6.発覚 週の明けた月曜日、授業が終わった後に教室を出ると、こちらの教室まで迎えに来た圭一と廊下で鉢合わせた。「あ、終わってた?」「おう」「柏崎くんは?」「さあ。もう帰ったんじゃね」「そっか」 そのまま一緒に学校を出て、圭一の家に向かう。この週末にも旭はずっと圭一のことを考えていて、お陰でテスト勉強なども全く捗らなかった。 そして考えれば考えるほど、もしかしたら圭一は全部なかったことにしたいのだろうか、という疑念が徐々に膨らんできていた。 そもそも付き合いたいと言っ

  • 知らぬ間に失われるとしても(17)

    「お前、昨日そんな大変だったの? 宿題」 翌朝、また下駄箱の前で出くわした圭一が、笑いながら聞いてくる。「え? いや、別に」「珍しくラインなんかしてくるからさ、よっぽどかと思ったわ」 その少し揶揄するような圭一の言葉に、旭はかすかにいらっとする。自分なりに考えて送ったのに、ばかみたいじゃないか。「嫌ならもう送らんし」「え、別に嫌じゃないけど」「お前だって送ってこないしな」「え? 何を?」 旭が少しだけ険しい表情をしているのに気付いたのか、圭一が笑みを引っ込める。「黒崎? ど

  • 知らぬ間に失われるとしても(16)

    5.違和感――とは言え、昨日の今日でどんな顔をして圭一に会えばいいのか。 翌日、絶えず前方に圭一の姿を探しながら、旭はいつもの急な坂道を歩いていた。見慣れた背中は今のところ視界の中にはなく、歩いているうちにそのまま校門前に着いてしまう。ほっとしたような期待外れのような、落ち着かない気分で前庭を通り抜けて下駄箱で靴を履き替えていると、後から圭一が入ってきた。「――」「おー、黒崎。はよ」 一瞬言葉に詰まった旭とは対照的に、圭一は何もなかったかのように能天気に挨拶してくる

  • (15)

    4.ぐるぐると 圭一と、付き合う。 数時間前に触れた圭一の唇と舌の感触を何度も思い出しながら、旭は自室のベッドの上に寝転がって天井を見上げていた。圭一に言われたとおり、というより言われるまでもなく、帰宅してからも旭はそのことについてずっと考えて続けていた。夕食のメニューが何だったか、既に覚えていない。 正直に言えば、旭にとっては付き合っていた元カノよりも圭一の方がずっと親密で大切な存在だった。今までと何も変わらずに、ただ圭一ともっと多くの時間を過ごすというだけなら、

  • (14)

    「――」 びく、と少しだけ体が動いたのは圭一にも伝わっているはずだけど、圭一はやめなかった。そっと浅く重なる。さっきまで密着していた体が離れて、熱を失い、強く掴まれている肩だけが熱い。柔らかさを確かめるように表面をなぞっていた唇は、やがて少しずつ強く押し付けられ、徐々に大胆に旭の唇をもてあそび始める。どうすればよいのか分からなくて、旭はじっと体を固くしたまま待った。考えるだけでいいって言ったくせに、と一瞬だけ恨みがましく思って、でもすぐ後から、付き合わないと駄目かどうか分か

  • (13)

    ふいに圭一が立ち上がる。旭も自然とその動きを目で追う。どこかへ行ってしまうのかと思ったが、すぐ近くに膝をついた圭一を見て、旭は圭一が何をしようとしているのかを理解した。 理解しながら、旭は動かなかった。圭一をこれ以上怒らせたくなくて、その腕が自分の体に回るのを黙って受け入れた。すぐに熱い体に包まれる。男の体なのに、思ったより感触は柔らかい。「――気持ち悪い?」 囁くように聞かれて、旭は首を振った。別に気持ち悪いとは思わなかった。むしろ、そのままじっと動かずにいるうちに、さ

  • (12)

    「……お前、柏崎くんが好きなんじゃないの」 何を言っていいか分からず、とりあえずそんなことを口にした。答えはもう分かっているのに。「そう思われてるんだろうなって思ってたけどさ」 圭一が苦笑する。「でももしそうでも、お前、別に気持ち悪いとか思ってなさそうだったから」「まあ、それは」 どちらかと言えば現実味がなかったというだけだけど。「……」 急かさないようにと思っているのか、圭一はもう何も言おうとしない。ただ、旭の顔をじっと見る。「……まじで俺のこと好きなの」 沈黙に負けて、

  • (11)

    「――圭一」「ん?」「……俺さ」 圭一なら受け止めてくれるかもしれない。そんな甘えも自覚しながら。「あんな軽々しく付き合ったりするんじゃなかったって……今は思ってて」 言いながら、頭の中には自然とあの日見ていた光景が甦ってきた。 彼女ができたことを最初に報告したのも圭一だった。告白されてそのまま付き合うことになったあの日、風が強かったあの帰り道。 一緒に帰りながら、毎日歩くあの坂道を下りきって川沿いの道に出る辺りで、付き合うことにした、と旭は圭一に告げた。まだ何も知らなかっ

  • (10)

    マンションに着くと、圭一が慣れた様子でオートロックを解除した。旭も後に続き、いつものようにエレベーターではなく階段で三階まで上る。階段を上がってすぐ目の前にあるドアが圭一の家だ。旭がここに来るのは数ヶ月振りだった。 玄関を入ってすぐの圭一の部屋に通され、何か飲み物持ってくる、と一人で残される。何気なく見回したその部屋は、旭の知っているよりも片付いているように見えた。「何か片付いてんな」 炭酸飲料とスナック菓子を持って戻ってきた圭一にそう言うと、「たまたまこの前掃除した」と

  • (9)

    3.圭一の部屋 それ以降、圭一と柏崎が一緒にいる時に出くわすと、柏崎もその場に留まることが多くなった。そしてたまに三人で話したり、学食で昼食を取ったりした。そうこうするうちに、柏崎と旭の間にも徐々に友人と言ってもよいような気安さが生まれていた。 本当は圭一に気を利かせて二人にしてやろうなどと思ったこともあったのだけど、当の圭一が必ずと言っていいほど旭を引き留めるので、大抵の場合はうまくいかなかった。そういう時、旭はこっそりと圭一の柏崎に対する言動を観察したりしたが、

  • (8)

    「もしさ、仮に柏崎に告白されたとしたら、お前、どうする?」 旭の気も知らず、圭一が更におかしな質問をしてくる。「え? だって彼氏いるんだろ」「じゃなくて、柏崎みたいなやつにってこと。仮定の話だよ」「それは、さすがに断るんじゃね」「でもお前、全然知らなかった女と付き合ったじゃん」「それは、女って時点で全然別の話だし」「……まあ、そうだよな」 柏崎が仮に自分に告白してきたら。 質問の意図を汲み取れないまま、少しだけ想像してみる。圭一が男を好きなのだとしたら、むやみに否定したくは

  • (7)

    「……」「……」 残された二人で、しばらく無言で弁当を口に運ぶ。会話がなくなると、途端に今まで聞こえていなかった遠くの学生たちの喧騒が風に乗って耳に入ってきた。 要するに、あれだ。多分あの後、教室で圭一は実際に旭のことを柏崎に伝えた。それを聞いた柏崎は旭が誤解しているであろうことを見抜いた。そして誤解を解くためにわざわざここにやってきた。……てところか。「……別に人見知りとかじゃなかっただろ」「ん」 言葉とも言えない、音だけの返事を短く返す。それから逆に聞いてみる。「柏崎く

  • (6)

    旭は静かに混乱していた。 何か言った方がいいのかもしれない。でも何を? いいんじゃない、とか何とか? そもそも、いいとか悪いとか言う権利も別になくないか? 旭に考える余地があるとすれば、旭自身がどう思い、どう反応するかだけだ。とりあえず、親友が実はゲイだったとして、それは自分にとってどういう意味があるのかってことだよな。付き合いを考え直す? そこまでのことか? 圭一の恋人が男だったとしたら……未だにうまく想像ができないけど。でも多分、やっぱり何の問題もないような気がしなく

  • (5)

    「もう6月だぞ。全然知らなかったっつの」「別れたっていうか、何か自然と会わなくなった感じ」 春休み中、そう言えば連絡がないな、くらいは思っていたのだけど、4月に一学期が始まってからふと廊下で顔を合わせた時に向こうが目を逸らして素通りしていったので、ああそういうことか、と旭もそのまま受け入れた。「春休みってことは、続いたのって結局三か月くらい?」「そう。なかなか短いだろ」 自虐的に言ってみたが、圭一は何故か口をつぐむ。「……」 静かになった圭一をちらりと見てから、柏崎がまた口

  • (4)

    2.屋上にて 昼休み、約束どおり旭が弁当持参で屋上に座っていると、少し遅れて来た圭一の横には、何故か柏崎の姿もあった。「ほら、連れてきてやったぞ」「え、あ……ども」 にやりと笑う圭一と、目を合わさないまま軽く会釈する柏崎。二人とも円を描くように旭の向かいに座る。「……」 がさがさと音がして、ふと柏崎の手元を見ると、甘そうなパンを取り出して開けるところだった。無意識に、「あ、パン」と声に出すと、顔を上げた柏崎と初めて目が合った。近くで真正面から顔を見たのはおそらく初め

  • (3)

    前を歩いていた柏崎がふと何気なくこちらを振り返り、旭に気付くと、圭一に何かを言った。すぐに圭一が振り向き、笑顔で手を振ってくる。旭も手を振り返す。歩調を速めて二人に追いつこうとしたが、その場で待っている圭一を置いて、柏崎は一人先に歩いていってしまった。「黒崎」「はよ。邪魔した?」「え? 何が」「柏崎くん。一緒に来てたんだろ」「いや別に? さっき下で会っただけだけど」 もしかして避けられているのだろうか、と一瞬だけ考えたが、そもそも避けられるほど向こうが自分のことを知ってい

  • (2)

    毎日毎日、嫌になるほど繰り返し上っては下りる急な坂道を、黒崎旭は今朝も上っていた。 梅雨もそろそろ明けて、夏本番の到来を感じさせる日差しの中、歩いているだけで自然と汗が流れ落ちる。通学路だから仕方がないが、あと一年半以上も上り続けないといけないのかと考えると今からげんなりする。 何でも、資源の乏しいこの島国では、人材を育てることこそが重要な国策だという考えから、学校を造る際には水害の心配のない高台を選ぶことが多かったらしい。嘘か本当かは知らない。ただ、その話を聞いた時に「

  • (1)

    1.坂道の途中 要するに。 自分の親友が実はゲイだったらどうするか、ということだ。

  • ぬくもり(7)

    「――なあ。またたまにやって、これ」 高志の呼吸が落ち着くのを待っていたように、しばらく間を置いてから茂が口を開いた。「これ?」「うん」 茂の言葉を理解して、高志は回したままの両腕に再び力を込める。それに頷きながら、茂の手も再びその腕を抱え込んだ。目の前のむき出しの肩に注意を引き寄せられながら、高志は無意識のうちに頭の中の思いを口にしかけた。「もし俺と」「ん?」「――」「え? 何て?」 不意に言葉を止めたせいで、聞き逃したと思ったのか、茂が顔をこちらに向ける。高志は咄嗟に言

  • ぬくもり(6)

    「――細いな」「ん?」「お前の腰」 腹部に回した腕は、軽々とその体をその輪の中に収めていた。「ふ。何、今更」「薄い腹だなってずっと思ってた」「へえ、そうなんだ」「お前と初めて会った時にも思った」「へえ」「お前の第一印象、それ」「……」 茂はもう何も言わず、ただ頷いた。黙ったまま、後頭部を軽く高志に預けてくる。あの頃のことを思い出しているのだろうか、と想像する。あの日から始まった二人の関係。大学で初めて出会って、友達になって、親友になって、それから紆余曲折を経て恋人になった、

  • ぬくもり(5)

    そうやって高志の腕を大切そうに抱え込む茂が、高志を受け入れた部分で今どのように何を感じているのか、想像することは難しかった。言われるがまま、抽挿を再開する。すぐに抗いがたい快感が生まれ、そのまま欲に任せて体を動かし続ける。 茂が何かを求めているとすれば、それは高志と同じものではないのかもしれない。精を放つことにより得られる即物的な快感ではなく、もっと複雑で精神的な何か。 でも、こうやって後ろから高志の腕に抱き締められることを求め、肌と肌で触れ合うことを求めて、それを高志が

  • ぬくもり(4)

    夢中になって腰を動かしていると、茂が高志の名を呼ぶ小さな声が聞こえてくる。「……藤代」「ん?」「……脱ぎたい」「え?」 いったん動きを緩めて、よく聞こえるように顔を近付ける。「これ、脱ぎたい」 茂が、自分の着ているTシャツを示してそう言う。 高志は腕をほどき、茂のたくし上げたTシャツをその首から抜いてやった。茂が高志のTシャツの裾も引っ張る。「お前も」「ちょっと待って」 繋がったままの下半身をなるべく動かさないようにしながら、高志は着ていたTシャツを脱いだ。それから再び茂

  • ぬくもり(3)

    高志が準備をする間、茂は顔を上げなかった。 と言っても、茂は普段から準備の段階ではされるままになることが多かったため、いつものとおり高志に任せているのか、それとも気が乗らないのかが高志には分からなかった。いったん片付けたゴムとジェルをもう一度取り出した後、茂の履いているスウェットと下着を脱がせようと手を掛けながら、念の為「嫌?」と聞いてみると、茂はこちらを見ないまま、「嫌じゃない。して」と言った。 茂が少しだけ腰を上げたので、そのまま下を全て脱がせる。その後で、高志は自分

  • ぬくもり(2)

    「――どうした?」「何が」 問うてくる茂が何か言おうとするのに構わず、もう一度キスする。茂の腹に手を回して、Tシャツの中に入れた。何度もその肌を撫でた後、今度は下着の中に潜らせる。「――ん、藤代」 茂が唇を離して呼び掛けてくるが、離された唇で今度は茂の頬に口付け、それから耳たぶを軽く噛んだ。茂がわずかに肩をすくめる。下着の中に入れた手で下生えの感触をなぞり、その下にある温かくて柔らかいものを軽く握ると、茂がかすかに反応した。「あ……なあ」「ん?」「……」 しばらく触った後そ

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