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森の記憶【完結】 https://ishitosamurai.hatenadiary.com/

【某賞最終選考ノミネート作品を改題】 いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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2021/03/14

2021年3月

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  • 目次

    ******************************************************************** *あらすじ* 生死を彷徨う者が迷い込むという 石を集めると生還する不思議な森―― 独自の秩序を保ちながら果てしなく続く森の中で 石を巡って傷つけ合い、騙し合い、支え合う者たち 超然たる森に、そして石に、人は何を思い、何を託すのか パラレルワールドを舞台に繰り広げられるローファンタジードラマ ******************************************************************* * 2014年 某賞最終選考ノミネ…

  • 84【最終話】

    「波多野涼。波が多い野原に、涼しいの涼」 「波多野……涼さん」 涼、と口にした刹那、息が止まった。心臓がどくんどくんと何度も大きく跳ねる。 椎奈の声に、波多野も眉間に皺を寄せた。記憶をたぐりよせるように椎奈を見る。 「お前の名前は」 思わずムッとした。椎奈は男にお前と呼ばれることが好きではない。相手が波多野でなかったら、この場を去ってしまったかもしれない。 「大野椎奈です」 少し投げやりに答えた。敬語で返す自分がバカらしくなってくる。 「大野椎奈」 波多野はそんな椎奈の様子に気づかないまま、何度も「おおのしいな」と小さな声で繰り返していた。 「もしかしてどっかで会ったことあるか」 「ない! な…

  • 83

    その日は病院の検査のために、有給を取っていた。 思いのほか早く終わったため、乗り換えのターミナル駅で降り、隣接するデパートで誕生日が近い同僚のためにフレグランスを買った。ボディクリームがもうすぐ無くなることを思い出して、口コミサイトで話題になっていた物を買ってみた。 最近またスキンケアが楽しい。ついでに新色のルージュを一本衝動買いした後、カフェにでも行こうと繁華街に出ると、あるポスターが目に留まった。映画館の入り口に並ぶポスターの一番左端。上には「本日最終日」と書かれた紙が貼られている。 椎奈がトラックに轢かれる直前に気を取られたビラの映画のポスターだ。七人の侍が主人公の、お世辞にも深い感銘は…

  • 82

    * * * ――最悪だ…… 椎奈は激しく後悔していた。 薄暗い中、手で顔を覆い、泣きたくなる気持ちを吐き出すようにため息をついた。こんなことになるなんて。運命なんて簡単に信じた自分を呪いたくなる。本当にバカだった。 ――千八百円も無駄にしてしまった…… トラックに撥ねられて意識不明となった椎奈は、その年の初雪が降ったクリスマスの日に意識を取り戻した。丸二十日間、意識を失っていたことになる。 目を覚ますと、疲れ切った顔をした両親が椎奈を見下ろしていた。 「お父さん……お母さん……」 かすれた声で呼びかけると、母親はその場に泣き崩れた。椎奈の顔を何度も撫でて、病院に駆けつけた時には生きた心地がしな…

  • 81

    身を乗り出して思い切り抱きしめた。背中に手が回されて、きつく抱き返される。 もう体は、すっかり涼の感触を覚えていた。 涼の胸に、腕に、抱きしめてくれる力強さに、その温度に、匂いに、すっかりなじんでいた。それなのに忘れてしまうなんて。 涼が椎奈の背中と頭を優しく抱え、耳元に鼻先をすりつける。その吐く息すらもったいなくて、夢中で唇を奪った。 「何も考えられなくして。怖いとか寂しいとか全部、考えられなくして」 「お前それ……すげえ殺し文句だぞ」 体重をかけられ、地面に押し倒された。思わず目を閉じると、涙が頬に押し出された。 「一回しかできねえからな。やりてえことは全部やる。昨日までみたいに遠慮はしね…

  • 80

    ミドリと加山が生還した場所に、涼と椎奈はいた。椎奈の希望で、最後の場所はここを選んだ。ミドリの鉢巻が結ばれた木に背を預け、二人で並んで腰を下ろす。耳が痛いほど静かで、自分の鼓動と触れたところから伝わる涼の鼓動だけが、時が止まっているわけではないことを椎奈に伝えていた。 いっそ時が止まってしまえばいいのに。そうすれば、ずっと一緒にいられるのに。 指を絡ませるようにつないだ手は、涼の足の上に置かれていた。時折思い出したように涼の親指が椎奈の肌をなぞる。椎奈は涼の肩に頭を乗せた。まるでデートの帰りにまだ離れたくなくて、駅のホームで何本も電車を見送るカップルみたいだ。帰りたくない。でも帰らなくてはいけ…

  • 79

    涼と椎奈にとっての最後の朝会が始まった。この日は十九歳以上の配給もあったため、生還者が続出した。椎奈や涼のように、生還に必要な石の数を知った人が余分な石を共有財産に提供することが多く、配給が不足なく行き渡ったことも一因だったかもしれない。村は心なしか、人口が減りつつあった。 朝会の最後に大河からモニュメントが始動することが告げられた。 みんなで大河がモニュメントとして選んだ木のまわりに集合した。大河から細い紐のついた葉が配られた。この紐は、椎奈が衣類から取るやり方を教えたものだ。簡単に取ることができるので、これから先も様々な人にこの仕事をしてもらえるだろう。大河はこのモニュメントの管理にあたっ…

  • 78

    その足で、大河の元に向かった。 実は受注していた鉢巻の受け渡しで、思わぬ誤算があったのだ。二人のうち一人が、朱雀だった。当然赤い石では払ってもらえない。白い石で受け取っていたので、大河の持っている赤い石と交換してもらおうと考えていた。朝会で共有財産と交換してもよかったけれど、大河とも話がしたかった。 大河はモニュメントとなる木をようやく決めたようだった。ちょうど村の中心に立つ木で、枝ぶりもよく、貫禄のある木だ。 「大河くん」 声をかけると、大河は作業を止めて顔を向けた。その手には数種類の葉とボールペンが握られている。モニュメントとなる木の枝には小さな葉がぽつぽつ茂っていて、その枝に他から取って…

  • 77

    逢瀬を重ねる以外に、残りの三日間でやるべきことは意外にもたくさんあった。 時間を見つけては世話になった人と話をした。陣さん、甘利さん、雪乃さん、文ちゃん、椎奈が通りかかると必ず声をかけてくれた人たち。みんなと思い出を語り合い、礼を言って別れを惜しんだ。 それから既に受注していた二本の鉢巻を完成させた。椎奈は生還を決めた日の翌日の朝会で、二十五日に生還するため今後の鉢巻の受注を打ち切る旨を発表した。残念がってもらえたことはとても嬉しかった。椎奈が村で製作した鉢巻は、実に三十本を越えていた。さらにそれらの鉢巻は必ず遺留品として残ることがわかっており、持ち主がいなくなった後も石を介してやり取りされて…

  • 76

    結局涼と椎奈は、涼の体に二百九十九個の青い石と十四個の赤い石、椎奈の体に二十六個の赤い石と十二個の青い石を残して、その他の石を全て甘利さんに渡した。 二人で生還の日を、三日後のクリスマスの日に決めた。それまでに涼は給料と配給合わせて四個の青い石、椎奈は受注している鉢巻二本分と配給合わせて三個の赤い石を手に入れる予定だ。それを踏まえて、体の石の数を調整したのだ。 村の中の石の動きは、信じられないほど活発化していた。そこらじゅうで交換がなされ、生還に必要のない石は、誰かにあげる人もいれば、共有財産に提供する人もいた。 意外だったのが、朝会以外の場で生還する人が少なかったことだ。必要な石が揃えば、日…

  • 75

    突然涼がとてつもなく強い力で椎奈を引き寄せ、きつく胸に抱いたかと思うと、驚いて少し開いてしまった唇に獣みたいに噛みついてきた。 キスをされているのだと気づいた時には、すでに舌の侵入を許していた。 「えっ、ちょっ、待っ……」 何の心の準備もできてなくて慌てて体を押し返すと、離れた舌の間に糸が引いた。顔が一瞬で発火したみたいに真っ赤になる。隠そうとうつむいたのも束の間、たやすく顎を持ち上げられ、再び噛みつかれた。 キスってこんなに色気のないものだったっけ、と戸惑ってしまうような、乱暴で、えぐるみたいで、獰猛なキスだった。ものすごい力で抱きしめられ、大きな手で頭をつかまれて、舌で口の中を蹂躙される。…

  • 74

    二人で甘利さんに石を払った後、涼は「ちょっとついて来い」と言って文ちゃんの元へ行き、ボールペンを借りると椎奈を森へ連れ出した。 「『岩』を少し貸してくれ」 と言っていたので、行先はあそこだろう。椎奈が森へ来た日に、文ちゃんから森や石の説明を受けたあの岩のところだ。 懐かしいその場所に着くと、涼は岩の傍らにどかっとあぐらをかいた。そして椎奈を見ると、自分の前に座るよう顎で示した。草を踏みしめて近づく。 涼は着物の衿に手をかけると袖を抜き、上半身をさらした。続いて腕のさらしをほどき始める。 鍛え抜かれた体を目の当たりにして赤面した。けれどすぐに、そのあまりにも現実離れした光景に目を奪われた。涼の体…

  • 73

    すぐに紫音が涼に謝りに来たのだとわかった。朝会でみんなの前で謝罪はしたものの、椎奈は紫音に、同意なく石の数を教えてしまった人、そしてひどいことを言った人に対して直接謝るよう話していた。 自分がいては謝りにくいだろうと、立ち上がってその場を去ろうとする椎奈を、涼が腕をつかんで引き留めた。 「ちょうどよかった」 「その……」 二人の男の声が重なる。 「俺の石の数、教えろ」 「わ……悪かったよ!」 二人は同時に言いたいことを言って、そしてまた同時に「は?」と聞き返した。 「なんだって?」 「なんだってじゃないよ! 僕はちゃんと謝ったからな! 二度も同じこと言わないからな!」 紫音が顔を真っ赤にして怒…

  • 72

    「私……石を払った方がいいかな」 涼と椎奈はいつもの傾斜に並んで腰を下ろし、まるで芸能人を囲む野次馬のように紫音に群がる人々を遠くから眺めていた。 「なんのことだ?」 「ほら私、紫音から必要な石の数聞いたからさ。石、払った方がいいかなと思って」 「あれは勝手に言われたんだろ。でもまあ、払いたきゃ払えばいいんじゃねえか」 他の人が対価を払って石の数を聞いているのに、勝手に宣告されたとはいえ自分だけただで聞いてしまったことが、少しばかり心苦しかった。悩むくらいなら払ってしまおうと、後から甘利さんの元へ行こうと決める。そして傍らに寝そべる男に視線を向けた。 「涼は教えてもらわなくていいの?」 「あん…

  • 71

    * * * 雄一郎が亡くなってから四日が過ぎた。元の世界ではもうすぐ年が明けようとしている。 この四日の間に、村には大きな変化があった。 まず大河が朝会でモニュメント作りを提案した。木に名前を刻んで、自分たちがここにいたことを残したいと訴えていた。その真剣な様子は、とても頼もしかった。 まだモニュメントはできていないが、責任者になった大河は村を歩き回って、この村の象徴となるにふさわしい木を吟味している。名前を刻む葉を集める作業などを村の仕事の一つとすることも朝会で承認された。大河がまた一つこの村に石を回すシステムを作り上げたのだ。涼は表立って手を貸すことはなかったが、いつもそんな大河のことを気…

  • 70

    雄一郎さんが力を持っていたという事実も、椎奈さんを想っていた気持ちも、俺だけが知っているものになった。俺が森からいなくなってしまえば、それはもう誰も知らないものになる。まるで最初から何もなかったみたいに。 けれどよく考えたら、世の中というのはそういうものなんじゃないだろうか。どんなに素敵な歌を作っても誰にも聞いてもらえなければなかったのと一緒。どんなにおいしい料理を作っても、全部自分で食べてしまったら他人にとってはなかったのと一緒。物事は、他人から認識されて初めてそこに存在したことになると言っても過言ではない。 人間もそうだ。人間は生まれて、生きて、いつか死ぬ。自分が死んでしまった後、自分のこ…

  • 69

    なんと声をかけていいかわからず、一定の距離を置いてついて行った。しばらくすると、椎奈さんが立ち止った。椎奈さんの前にはパーカーの男。意味がわからなかった。椎奈さんはどうしてあの男のところにやって来たのだろう。俺は咄嗟にその場の草陰に身を隠した。椎奈さんは男の背後に回って、うつむいて何かをしていた。時折会話を交わしているようだったけれど、よく聞こえない。見つからないように身を低くして、少しずつ二人に近づいた。 これ以上近づいたら見つかるかなと思った時、男が何かを叫んで椎奈さんの手を振り払った。 「梟で何かあったの?」 椎奈さんが男に尋ねる。 「僕は……ヤギなんだ」 男の言葉に、耳を疑った。 男は…

  • 68

    「雄一郎!」 その時、大泉さんが声をかけてきた。隣には見かけない黄色のパーカーを着た男を連れている。文ちゃんが呼んでいると聞き、雄一郎さんは立ち上がった。そして俺を見るといつもの笑顔で「大河も一緒に来い」と呼んでくれた。 俺は喜びを隠しきれないまま、後を追った。 それなのに。 こんなことってあるだろうかと思うほどの間の悪さだった。 文ちゃんは、雄一郎さんと同じ力を持っている人がいると言った。そしてその力によって村に危険が及ぶと言ったのだ。 俺は目の前が真っ暗になった。雄一郎さんが文ちゃんに力のことを打ち明けようと決意した矢先だ。それなのに、まだ打ち明けてもいないのに否定された。 さらに悪いこと…

  • 67

    俺の苛立ちは日々募る一方だった。雄一郎さんの態度は頑なだし、わー君はなかなか生還しない。そして雄一郎さんが毎日見つめる椎奈さんの隣には、いつも侍の姿がある。そのどれもが俺の心をねじるみたいに不快にした。 そんなふうに俺が雄一郎さんの力を知ってから一週間ほどが過ぎた。 そして、俺にとって忘れられない、あの日がやってきたのだ。 その日は、侍と雄一郎さんが村の警備を担当していた。雄一郎さんはいつも通り空手の指導をし、侍は村の外れの傾斜で椎奈さんのそばに寝そべって、どう見ても仕事をさぼっていた。二人は最近本当に仲がいい。暇さえあれば一緒にいる。組手の練習をしながらも、俺はちらちら視界に入るそれが気にな…

  • 66

    「アキラが亡くなった時の涼の落ち込みようって言ったらなかった」 雄一郎さんは言葉を続けた。 「大事に思っていた子を失って、もしかしたらこのまま石を集める気力を失って死んでしまうんじゃないかって心配した。でもちょうど椎奈ちゃんがやって来て、涼のやつ最近またよく笑うようになっただろ。俺、すごくほっとしてるんだ」 珍しく早口で饒舌に語っていた。きっと、さっき見た光景を頭から振り払おうと必死だったんだろう。 だからきっと、口を滑らせたのだ。 「でも、もし椎奈ちゃんが先に生還してしまったらって考えると怖いけどな。椎奈ちゃんは四十三個で、涼が――個だろ。だから涼の手持ちの数次第では……」 でも俺は、すぐに…

  • 65

    けれど考えてみた。もしもそんな力が実在したらどんなにいいだろう。自分に必要な石の数がわかるなんて夢みたいだ。 この森に来て石の話を聞いた人は必ず、自分はいくつ石を集めれば生還できるのか、と訊く。当然だ。知りたいに決まっている。何か買おうとして、これいくらですかと尋ねるのと同じくらい当然の流れだ。俺だって知りたい。毎日石を飲む度に今日こそ生還できるだろうかと緊張しなくて済むし、何より知らないということが嫌なのだ。誰だって、トイレットペーパーホルダーに残っているペーパーの量がわからなければ不安だろう。思い切り使うこともできないし、買い足しておくかの判断もつかない。それと同じだ。知らなければ何の心の…

  • 64

    森の巡回にも慣れてきたある日、不思議な出来事が起きた。 風が吹いて、おむつ姿の赤ん坊を見つけた時のことだ。赤ん坊の額には、その目よりもうんと大きな赤い石が光っていた。俺は正直なところ、こんなに小さな子を見たのは物心ついてから初めてで、動揺して数歩手前から一歩も動けなかった。雄一郎さんは赤ん坊に近づくと軽々抱き上げて、よしよしと揺さぶった。赤ん坊は「おー」と声を上げて、雄一郎さんの鼻をもみじみたいな手で叩いた。雄一郎さんは嬉しそうに笑うと、腕から赤い石を取り出し、赤ん坊の口に入れ始めた。何をしているのかと眺めていると、五個入れたところで赤ん坊は消え、おむつがぽとんと地面に落ちた。 「今……何した…

  • 63

    * * * 雄一郎さんが死んだ。 最後に俺の名前を呼んで、大好きだった雄一郎さんが死んだ。 高校三年生の秋だった。俺は春からの就職先も決まり、念願だった車の免許も手に入れて浮かれまくっていた。 十一月の最後の月曜日は創立記念日で休みだった。俺はレンタカーを借りて海に出かけた。本当なら夢のようにかわいい彼女を助手席に乗せて、俺の華麗なポンピングブレーキで胸をときめかせてやりたいところだったけれど、たまたまなぜか珍しいことに恋人がいない時期だったので、妥協して同じく免許とりたての童貞、小塚くんと行くことにした。ちなみに「同じく」が免許とりたてだけにかかっているのか童貞にもかかっているのかは、ご想像…

  • 62

    足もとを見つめ、草を踏みしめる音を楽しみながら歩いていると、「おい」と聞き慣れた声がした。目を上げると、腕を組んだ涼が少し先の木に斜めにもたれかかっている。 「勝手にいなくなるな。一人で森に出るなんて何考えてる」 探しに来てくれたのだろうか。ものすごく怒っている。近づくと、涼は椎奈の頭を見てさらに顔をゆがめた。 「お前なんで鉢巻してねえんだよ」 あ、とジーンズのポケットに手をやる。紫音の前で外した後、入れたままだった。梟がいるかもしれない森を鉢巻もせず、一人うつむいて歩いていたなんて、自分の肝の据わりっぷりがおそろしい。 睨みつける涼の前で鉢巻を結んだ。 あれだけ取り乱していた涼だけれど、すっ…

  • 61

    「ある人が山奥で遭難した。やがて夜になり、あたりは真っ暗になった。どちらに進んだらいいのかもわからず絶望していると、遠くに一つの明かりが見えた。その人はその明かりをたよりに下山して助かったの。きっとどこかの民家の明かりだったんだろうね。その家に住んでいた人には、もちろん誰かを助けるつもりなんて全くなかった。ただいつも通り生活していただけ。けれどその自分の生活のための明かりが、結果として人を救うことになった。人の役に立つって、こういうことなんじゃないかな。人はこうやってただ生きているだけで、互いに助け合って支え合っているんじゃないかな。人は誰もが人から必要とされたいと思っている。だから何か行動を…

  • 60

    「僕のこの力は……村には必要ない?」 少年がぽつりと呟いた。結び目から目を離さず答える。 「必要か必要でないかで言ったら、必要ないだろうね」 蜂蜜色の頭がゆっくりとうなだれた。 「そもそもこの世に、どうしても必要なものなんてないんじゃないかな。無いと不便なものならいくらでもあるけれど、たいていのものは、無いなら無いでなんとかなる」 少年が振り向いて顔を歪める。その顔は、怒っているようにも傷ついているようにも見えた。 「あなたのその力もあったら便利だけれど、無いからって困るものでもない。たとえるなら刃物みたいなものかな。使い方次第で人の暮らしは飛躍的に便利になるけれど、やみくもに振り回すと人を傷…

  • 59

    村に戻ると文ちゃんが中心となって事の収拾にあたっていた。少年がもたらした混乱だけでなく、その後続けざまに雄一郎が亡くなったことで、村はまだ収拾がつかない状態だった。この一連の騒動で生還した人は大泉さんを含め九名。少年に石の数を宣告された人は、椎奈を含め六名が残った。そのうちの一人は、黄龍のわー君だ。 話し合いの結果、雄一郎の額の石が変化してできた黄龍石は、朝会を待たず今この場でわー君に飲ませることとなった。少年の力の真偽を今一度確認する目的と、それが本当であれば幼いわー君を一刻も早く生還させてやりたいとの気持ちからだった。 涼の体から取り出された黄龍石が、雪乃さんの手によってわー君に飲まされた…

  • 58

    懸命に走ると、視界の奥に消えそうなほど小さく白い影が見えた。涼の足は信じられないほど速くて、いくら走っても追いつけない。白く心もとない影が黒い森に溶けてしまいそうで、椎奈は思わず大声で叫んだ。 「涼っ!」 悲鳴みたいなその声は、涼の足の動きを止めた。 追いついた時には、涼は小さくうずくまっていた。立てた膝にひじを乗せて頭を抱え込んでいる。涼の前に回り、膝をついた。 「あの時……」 涼の声が、小さく空気を震わせた。 「アキラが消えた時、石が残った。青い石と、白い石と、黄龍石が。黄龍石は飲み込んだ。でも俺は……もう何もかも嫌になって、石なんかもうどうでもよくて、石が消えていくのをただ見てた。あの白…

  • 57

    椎奈の全身に鳥肌が立った。ざらりとした大きな舌に舐められたような薄気味の悪い感覚。心臓が、とくとくと警告を発する。 椎奈は隣に立つ雄一郎に違和感を覚えた。そして目にした光景に目を疑う。震えながら言葉を発した。 「雄一郎さんの、額の石が……光ってる」 その声に、一瞬で空気が切り裂かれたように張りつめた。 まず涼が、そしてわずかに遅れて文ちゃんが反応した。 「雄一郎!」 「広樹! 広樹、戻れっ!」 刹那雄一郎の体が硬直し、その目が突然光を失う。崩れ落ちる体を涼が飛んできて支えた。少年は突然拘束を解かれ、反動でその場に倒れる。人々が何事かと雄一郎を囲んだ。 椎奈は何が起こったのか全くわからなかった。…

  • 56

    村では、少年に石の数を宣告された者が大泉さんの他に十人ほどおり、そのうちの四人がその言葉に従って石を交換して生還したそうだ。 生還は本来喜ばしいことにもかかわらず、明るい表情を浮かべている者は一人もいない。 少年がそばにやってくると、困惑と恐怖がないまぜになった表情を浮かべ、ある者は少年から不自然に目を逸らし、ある者は奇異なものを見る目で見ていた。人々は遠巻きに少年と彼を拘束する涼を取り囲んだ。 陣さんが人の輪から進み出る。 「何が起きているんだ」 「この子は、生還に必要な石の数がわかるらしいんです」 「本当か」 文ちゃんが説明すると、陣さんは少年に顔を向けた。 「本当だよ。数字が見えるんだ。…

2021年3月

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