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西山浄土宗 梶取本山 総持寺 https://soujiji-kandori.com

和歌山にある西山浄土宗の檀林、総持寺です。 納骨のお寺として、たくさんの人の信仰を集めています。 仏教の教えや西山浄土宗のこと、そのほかにも様々な情報を発信しています。

西山浄土宗 梶取本山 総持寺
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和歌山市
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2021/01/22

1件〜100件

  • 永遠に生きること

    人は死んでも、永遠に生き続けることができるといいます。極楽浄土に生まれ、そこで仏となることです。亡くなった人のことを思い浮かべることができるのは、その人が心の中に行き続けている証ではないでしょうか。これを仏教では無量寿といいます。

  • お彼岸のこころ

    お彼岸で持つべきこころとはどんなものでしょうか。お彼岸とは何をする日でしょうか。どんな修行をすればいいのでしょうか。昔から、今日彼岸菩提の種をまく日かなといいますが、お彼岸は極楽浄土に生まれたいと願う日であります。大切なこころをお話しします。

  • 仏と一体となる心地

    仏と私が一体となったところが、南無阿弥陀仏の念仏であります。仏と私が一体となれば、自然と心が変わります。心が変わると、世の中の見方が変わります。仏の心を宿し、仏と一体となる心地が、よりよい生活を生み出すのです。

  • 稚魚の放流と命の平等

    稚魚の放流を通して命の平等を学びました。金子みすゞさんの「大漁」という詩があるように、こちらで喜びに沸く反面、水の底では弱肉強食の世界が広がっています。お釈迦様は「すべての生きものにとって生命は愛しい」といいました。命の大切さをあらあためて考えます。

  • 無条件かつ無限の愛

    人は自分自身に向けられた無条件かつ無限の愛を感じることができた時、何にでも挑戦でき、どこにでも行ける餡心を得ることができると、日本あんこ協会はいいます。これは、阿弥陀仏の無条件で量ることのできないお慈悲のようです。

  • 懺悔することの大切さ

    懺悔することは大切な事です。西山上人は「懺悔とは罪を罪と知って悔い返す心なり」といいました。自分勝手でおろかな行動が、自分を苦しめているのです。自分の行動を見返し、常に悔い返すことが大切です。仏教の懺悔文も合わせて紹介します。

  • 信仰ある生活を

    「皆さん信仰もちなされ信仰なしに生きられぬ」信仰とはこころの支えを持つということ。心の支えがあるから、何かあっても受け入れ、努力し、励んで行くことができるのです。信仰をもつことは人が生きていく上で大切な事です。

  • 忙しい、忙しい

    忙しい、忙しい「忙しい忙しいと言っている人間は、自ら進んで忙しい人生を送っているくせに、「時間がない」などと言う。時間がないのではなく、欲張りなのだ」9月6日付けの日経新聞夕刊のエッセイである「プロムナード」の冒頭で、くどうれいんさんがこの

  • お寺の掲示板『手を合わせると善意に受け取る心が生まれる』

    お寺の掲示板『手を合わせると善意に受け取る心が生まれる』「ありがた迷惑」という言葉があります。よかれと思ってしたことが、受け取る人によってはかえって迷惑になることです。本来はそれがありがたいことでも、その時の状況によってはありがたいどころか

  • お寺の掲示板『マナーの良さは自分をみんなを幸せに導く』

    お寺の掲示板『マナーの良さは自分をみんなを幸せに導く』最近、マナーに関する記事をよく見かけるような気がいたします。ちょっと調べるだけでも、多くのマナーが出てきます。ビジネスマナー接客マナーテーブルマナー慶弔のマナー手紙のマナー学校でのマナー

  • 110歳の寿命をまっとうする

    和歌山県で最高齢だった中野エイさんが、110歳でその寿命を全うしました。甥の中野富生さんは「エイさんの老いは理想の姿。そんな人が身内にいるのがうれしく、手本にして生きていきたい」としのびました。死んでなお誰かの心に残る生き方をしたいものです。

  • ぬいぐるみが心の支えとなる

    ある女性はぬいぐるみが唯一心の支えとなったと言いました。家にも学校にも、どこにも居場所がなく、つらいことが会ったときにはぬいぐるみに話しかけることで安心を得ることができました。なぜ彼女は安心を得ることができたのでしょうか。

  • 「もうがんばらなくていいんだよ」

    「もうがんばらなくていいんだよ」お話をひとつ紹介します。『もうがんばらなくてもいいんだよ』もう十数年前になるけど、嫁が急逝してドロップアウトした。赴任先の基幹病院のある地方都市。俺の嫁は誰も知り合いもいない土地で、最後まで子供の心配しながら

  • もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞ見る

    「もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞ見る」後拾遺和歌集にある和泉式部の歌です。恋に患っていた和泉式部が、貴船神社のみたらし川の沢を飛ぶホタルを見て詠んだ歌です。和泉式部の心の葛藤が欲表れた歌です。

  • わかったつもり

    わかったつもりになっていることがよくあると思います。でも、ものごとには量ることのできない大きな力があらゆるところで働いています。わかったつもりにならず、わからないならわからないなりに、自分がすべきことをすることが大切です。

  • 梅は三毒を断つ

    昔から梅は「三毒を断つ」といいます。三毒とは「水毒」「食毒」「血毒」のみっつです。身体の汚れをのぞく健康食品として重宝されていました。その意味と、おいしい梅の漬け方を紹介します。

  • お寺の掲示板『やさしく接するとやさしくかえってくる』

    お寺の掲示板『やさしく接するとやさしくかえってくる』です。自業自得という言葉がありますが、自分で行った行為の報いは、自分に返ってきます。他人に優しく接する事ができれば、自分に優しくかえってくるのです。

  • 「見て見ぬふり」スマホと空き缶

    ついつい「見て見ぬふり」をしてしまいます。電車に落ちていたスマホと空き缶。同じ「落とし物」なのに、スマホは拾って届けるけど、空き缶は見て見ぬふり。この違いにある高校生はモヤモヤしたといいます。そんな不思議な話を紹介します。

  • たたら踏む鋳物師が鋳型土なれど

    西山上人の御詠歌に「たたら踏む鋳物師が鋳型土なれど中に黄金の仏こそあれ」とあります。鋳型は土でできているが、その中には日本古来のたたら製鉄で出来上がった純度の高い鉄でできた黄金の仏さまがあります。それはまさに煩悩に隠れた仏の心であります。

  • 「ムーンショット」と「仏の誓願」

    ムーンショットとは、誰も成し遂げていなくて、困難であるが、達成すれば大きな効果をもたらすような、壮大な計画や挑戦のことです。これは、仏の誓願に通じるものがあります。誓願をたてて目標を作ることは、そのまま生きるエネルギーにもなります。

  • 他人の不幸は蜜の味

    「他人の不幸は蜜の味」といいますが、相手の不幸を喜ぶことは科学的に証明されていて、仕方のないことでもあります。なぜ人は他人の不幸を喜ぶのでしょうか。

  • お弁当を食べた息子の言葉に感動

    お弁当を食べた息子の言葉に、お母さんが感動した話を紹介します。学校の事情で突然お弁当を作ることになったお母さん。突然の息子の言葉に一瞬とまどい、次にホッとし、そしてじわじわとうれしさが込みあげてきたといいます。言葉の大切さを考えさせられます。

  • 日常の生活を悦びに変える

    日常の生活を悦びに変えるにはどうすればいいでしょうか。劇作家・演出家として活躍をされている平田オリザさんは、現代口語演劇というものを提唱し、日本の現代演劇に大きな影響を与えたといわれています。そこから学ぶことを紹介します。

  • お寺の掲示板『お願いしなくても佛さまはいつも祈ってくれている』

    お寺の掲示板『お願いしなくても佛さまはいつも祈ってくれている』お寺にお参りをすると、ついついお願いをしたくなりいます。健康でいられますように長生きできますようにいいご縁がありますように幸せになりますように・・・お願い事をあげればキリがありま

  • 守るべき十種の戒

    菩薩が守るべき十種の戒。不殺生戒、不盗戒、不淫戒、不妄語戒、不酤酒戒、不説四衆過戒、不自讃毀他戒、不慳惜加毀戒、不瞋戒、不瞋戒。これは諸仏の根源です。戒を宿した上は二度と無くなることがなく、未来世一切にわたってその功徳が続き、仏となることができます。

  • 「もったいない」茶碗一杯の食料を毎日捨てている日本人

    「もったいない」だけではなく、日本人は一日にお茶碗一杯分の食料を捨てているといいます。近年食品ロスが取り沙汰されていますが、食料を捨てることは「その食料を育てるための土地や水の無駄づかいをした」ということにもなります。しっかりと考えていかなければいけません。

  • 陰徳を積む

    陰徳とは、人から見えないところでよいことを行い、その特性を身につけることです。なぜ人は徳を積むのでしょうか。善いことをすればいいことが、悪いことをすれば悪いことが自分に返ってきます。徳のある人間になるためにはどうすればいいのでしょうか。

  • 子どもを亡くしたお母さんの救い

    ある子どもを亡くしたお母さんの話です。それまで元気だったのに、わずか一日半のうちに子どもが亡くなってしまいました。悲しみにくれるお母さんですが、それからしばらくして笑顔を見てくれるようになりました。悲しみからどのようにして救われたのでしょうか。

  • 自燈明と法燈明

    お釈迦様の最後のことばに「自燈明、法燈明」というものがあります。自らをよりどころとし、法をよりどころとして生きて生きなさいと教えられました。仏の教えは、まるで暗闇を照らす明かりであり、道しるべです。これによって光あふれた未来が見えてくるでしょう。

  • 蜂のようなやさしい心

    金子みすゞさんの詩「露」には、蜂のやさしい思いがあふれ出ています。生きていくためには、蜂も花も人間も必死ですが、だからといって他者を傷つけて善いわけではありません。花を思いやる蜂のように、私たちも他者を思いやる心を持つ必要があります。

  • 手を打てば「ハイ」と答える鳥逃げる鯉は集まる猿沢の池

    手を打てば「ハイ」と答える鳥逃げる鯉は集まる猿沢の池という歌があります。ポンとてをたたくと、女中さんは返事をし、鳥は逃げ、鯉は餌をもらえると思って寄ってきます。一つの出来事も、受け取る人によっていろんな見え方ができます。心の受け取り方次第で、善くも悪くも見え方が変わるのです。

  • お寺の掲示板『死んだら終わるのかそれとも生まれて往くのか』

    お寺の掲示板『死んだら終わるのかそれとも生まれて往くのか』この二つの考え方は、結果として今を生きる私の行動にも結びついています。死後の世界があり、善い世界に生まれたいと願うから、善いことをするのです。善いことをすることは人として大切な行いです。

  • 悲しい怒り

    泣ける法話『悲しい怒り』です。どうしてですか(゚Д゚)ゴルァ!と言って、早くに夫を亡くした女性の怒りが綴られています。怒りは本来離れるべきものですが、この女性の怒りからは夫を思う気持ちが伝わります。誰かを思う気持ちが生きる原動力になるのです。

  • お寺の掲示板『手を合わすとき心は静まりかえっていますか』

    お寺の掲示板『手を合わすとき心は静まりかえっていますか』お寺にお参りに来たとき、どんな心持ちでお参りしているでしょうか。自分勝手な欲望をむき出しにしてお参りしていないでしょうか。念仏三昧という言葉がありますが、念仏によって心は静まり浄められるのです。

  • お寺の掲示板『手を合わすとき心は静まりかえっていますか』

    お寺の掲示板『手を合わすとき心は静まりかえっていますか』お寺にお参りに来たとき、どんな心持ちでお参りしているでしょうか。自分勝手な欲望をむき出しにしてお参りしていないでしょうか。念仏三昧という言葉がありますが、念仏によって心は静まり浄められるのです。

  • 死者からのメッセージ

    死者からのメッセージが聞けるなら、どんな言葉を聞きたいですか。お葬式は故人を供養すると同時に自分の生き方を見つめ直す時間でもあります。お釈迦様が亡くなる直前に説いた教えにも、その気持ちを読み取ることができます。死を通して生を見つめ直すのが大切です。

  • 明るく、正しく、仲良く

    仏教の根本精神は、明るく、正しく、仲良く。写真は境内のお地蔵さん。明るく、正しく、仲良く仏教には、帰依すべき大切な3つの事柄があります。これを宝に例えて三宝といいます。三宝とは仏、法、僧のことです。仏はブッダのこと、仏さまのことです。元来は

  • ある警察官の話

    ある警察官の話です。祖父を亡くした不良少年は、そこで初めて大切なことに気がつきました。今まで問題行動をして自分勝手にし、周りに迷惑ばかりかけていた少年と、祖父の介護で疲れ果てたその母親の感動の物語です。

  • 仏像を守ることは仏を守ること

    仏像を守ることは、そのまま仏さまを守ることでもあります。西山上人は「真仮一同」といいました。仏さまの真実の姿と仮の姿に違いはありません。つまり、仏像にはそのまま人々を救う力があるということです。仏像を守り伝えていくことはとても大切なことであります。

  • 慈悲は時間を超えて伝わる

    慈悲は時間を超えて相手に伝わるものです。慈悲とは相手を思いやる心のこと。それは、そのときには伝わらなくても、あとになってからその気持ちがわかったというこことも多いのではないでしょうか。流れる時間の中で、その心はずっと存在し続けるのです。

  • 山のあなたの空遠く

    「山のあなた」(カール・ブッセ作、上田敏訳)という詩があります。七五調で整えられたこの詩はとても味わい深いものがあります。同時に少し切ない詩でもあります。桂枝雀はこの詩を題材に落語をしました。詩の解説と味わいとともに、仏教の教えを紹介します。

  • あるレジ打ちの女性

    あるレジ打ちの女性は、なにをするにも長続きしないような人。そんな中でついた仕事がスーパーのレジ打ちです。一度はやめようと思いながら、もう少しと続けていると、だんだんと仕事が楽しくなってきました。そんなある日のこと、店内放送がかかり……

  • 両目のない猫

    ココという両目のない猫から、優しさと幸せを教えてくれたという、宗教哲学者の鎌田東二さんのお話です。警戒したり、威嚇したり、ケンカをしたりすることが一度もなかったという、優しい心の持ち主であるココ。胸が熱くなるお話であります。

  • わが身離れず

    「阿弥陀仏こそ尊とけれこの世の常の姿してわが身離れず添いたもう」総本山光明寺第83世松尾全弘上人はこのように言葉を残されました。戦争でシベリア抑留となった松尾上人は、そこで阿弥陀仏の慈悲の光りをみて、真に仏の救いを感じ取られたのであります。

  • 仏壇じまい、墓じまいをする前に

    仏壇じまい、墓じまいをする前に、家族親戚で話し合っておかなければ、トラブルになるケースも。写真はイメージ。仏壇じまい、墓じまいをする前に数年前から「終活」ということばが取り沙汰され、今では終活ブームといわれるくらいに浸透しています。終活とは

  • 懺悔とは

    「懺悔とは罪を罪とし知りて悔い返す心なり」と西山上人はいいました。善導大師は「念々称名常懺悔」といい、念仏をすることによって懺悔し、輪廻の原因となる悪業が消されることを説いています。気づかないうちに罪を犯している私でも、これにより往生できるのです。

  • いい人といけない人

    人間は大きく「いい人」と「いけない人」にわけられ、さらに、いい人は三つに分けることができます。この四つの人の中で一番いいのは「いけない人」です。「いけない人」には共通してある特徴があります。いったいどんな特徴があるのでしょうか。

  • 人生の第一義はなにか

    人生の第一義は何かと常々考えてしまいます。自分はなにを目標にして生きればいいのでしょうか。お釈迦様はすべてを捨てて出家をし、法然上人は諸行を捨てて一生を念仏の生活に励みました。多くのものや情報に惑わされず、自分に一番大切なものは何か考えていきたいものです。

  • 三年坂は残念な坂

    三年坂の由来は「残念坂」でありました。転ぶと三年しか生きられないというこの坂で転んだおじいさんは一時床に伏せてしまいますが、若者に「一度転べば三年長生きできる」と言われて何度も転ぶことで、元気に長生きしたといいます。まさに病は気からであります。

  • 井戸に落ちた猫

    井戸に落ちた猫が、梯子を駆け上って無事に助け出された様子を見て、自分自身の境遇と重ね合わせました。その猫はまるで、苦しみの闇の中にいる私のようです。そんな私に阿弥陀仏は救いの梯子をかけてくださっています。仏のお慈悲によって、暗闇から抜け出すことができるのです。

  • 自分を愛するということ

    自分を愛することは大切です。西山上人は「衆生の重んずる宝、命にすぎたるはなし」といいます。自分の命ほど大切なものはないのです。それは他者も同じです。だから、自分を大切にするように、他者に対しても接していかなければいけません。

  • ずるいと思う自分が誰よりもずるい

    ずるいと思う自分が誰よりもずるいと思うのです。辞書にはわるがしこいなどの意味もありますが、妬み嫉みの感情から起こるうらやましいという意味でも使うように思います。気をつけていても嫉みの心が起こってしまう自分の愚かさを痛感します。

  • 執着は心の握手

    執着は心の握手のようだと、お笑い芸人の小島よしおさんが言いました。強く握れば相手の手は痛くなる、さらに力を入れれば自分も痛くなる。相手の気持ちを考えて、いい加減で握手をするように、他人と接するときにも相手を思って接することが大切であります。

  • オリンピックの聖火に見る慈悲の光り

    北京オリンピックの聖火は目を見張るものがありました。聖火ランナーのトーチがそのまま聖火台になったのであります。世界の国と地域を記した雪の結晶を照らすその炎は、まるで世界を分け隔てなく照らす阿弥陀仏の慈悲の光りのようであります。

  • 鬼は外とはいうけれど

    節分には「鬼は外、福は内」と声をかけて豆まきをしますが、場所によっては「鬼は内、福は外」と言うところもあるそうです。鬼は外からやってくるものではなく、自分の心の中にいるものです。自分勝手で鬼のような自分の心を、外へと追いやるのであります。

  • お寺の掲示板『私はしばしば仏を忘れるが、仏は私を忘れない』

    お寺の掲示板『私はしばしば仏を忘れるが、仏は私を忘れない』阿弥陀仏は念仏する人をすべて救うと誓い、その願が成就して仏となりました。衆生の往生と阿弥陀仏の成仏とは同時におこったことであり、つまりは衆生と阿弥陀仏は一体であるのです。これを機法一体といいます。

  • 思いやりの心は勇気をあたえる

    思いやりの心は、他人に勇気をあたえます。思いやりの心とは、慈悲の心です。仏さまのこころは慈悲の心であり、人もその心を持っています。慈悲の心で接すれば、相手をよろこばすことができ、慈悲をいただいた人はそこから未来への希望や勇気が湧き起こります。

  • 思いやりの心は勇気をあたえる

    思いやりの心は、他人に勇気をあたえます。思いやりの心とは、慈悲の心です。仏さまのこころは慈悲の心であり、人もその心を持っています。慈悲の心で接すれば、相手をよろこばすことができ、慈悲をいただいた人はそこから未来への希望や勇気が湧き起こります。

  • 本当の邪魔者は誰だ?

    本当の邪魔者は?邪魔とは、目的を妨げるものごとのことをいいます。「魔」とは悪魔の事を指し、お釈迦様は悟りにいたる前にこの悪魔と対峙して、みごと悟りを開きました。これは自分の心の中の煩悩との対峙であるともいえます。本当の邪魔者は一体だれなのでしょうか。

  • 神さまは小ちゃな蜂の中に

    「神さまは小ちゃな蜂の中に」は、金子みすゞさんの詩「蜂と神さま」に出てくることばです。きっとお花の中を飛び回る蜂の中に、広大無辺に広がる神さまの世界を見たのでありましょう。ここから「華厳経」や「梵網経」に説かれる仏さまの世界観を思い浮かべるのです。

  • よく噛んで食べる

    よく噛んで食べることは、健康的にも大切なことです。食事の前には必ず五観という偈文をとなえます。食事はただ欲をみたすだけではなく、体と心を養うための大切な薬の役目を果たすのです。ひとくちひとくち大切に、かみしめていただくようにしましょう。

  • 陰口より陽口(ひなたぐち)

    陰口より陽口を使うように。陽口とは、当人のいないところでその人のいいことを言うことです。お釈迦様は、ことばには十分気をつけるようにと教えられました。本人がいないところでも、いいことばを使うようことで、自分も周りも気持ちよく過ごすことができます。

  • 法然上人を偲んで

    法然上人を偲んで。1月25日は、法然上人のご命日であります。80年の生涯をかけてお説きくださったお念仏の教えは、およそ800年の時を超えて私たちに受け継がれています。法然上人に思いをはせ、お念仏に励む日にしたいものであります。

  • 自分と妻子は一体だ

    「自分と妻子は一体だ」永い闘病生活で弱気になっていた自分を、妻が支えてくれたというある人のお話です。自分が弱音を吐くことが、妻や子どもを傷つけているということに気がつきました。すべての人は、お互いに関係し合い、一体となって存在しているのです。

  • ペイフォワード「恩送り」

    ペイフォワードということばがあります。これは「恩送り」という意味であります。いただいた親切をその人に返すのではなく、他の人に振り向けて、その親切をつないでいくことです。これがよりよい人間関係を作り、ひいてはよりよい社会を築いていくことができるのです。

  • おいしいおと

    『おいしいおと』作:三宮麻由子に出てくる、食べ物を食べる時の音の表現は、とても味わい深いものがあります。この音を聞いていると、いかに自分たちが先入観を持って音を聞いているかがよくわかります。ありのままの音を聞くことが大切です。

  • すべて縁によってつながっている

    世界のすべては縁によってつながっています。遠く離れた場所で起こった出来事も、たったひとりの私という人間に影響を及ぼしています。そしてまた逆もしかりであります。そのつながりのなかで生きていることを知り、正く生きていくようにしましょう。

  • ドラえもんのどこでもドア

    四無量心を、ドラえもんの「どこでもドア(anywherdoor)」と訳したいと、シュプナル法純さんはいいます。だれでも差別することなく、迎え入れることのできる仏の心は、どこでもドアに通じるものがあるからです。他者と接するときには大切な心です。

  • 豆腐の境地

    「豆腐の境地は無我の境地に到達している」と俳人の荻原井泉水はいいます。煮ても焼いても、汁にしても餡をかけても、油で揚げても凍らしても、それぞれの味を出す豆腐は、まるで悟りきった達人の面影があります。お鍋の豆腐から、私たちの心をくらべてみます。

  • 禁欲は心を浄める

    禁欲することは心を浄めることにつながります。お釈迦様は「 賢者は欲楽をすてて、無一物となり、心の汚れを去って、おのれを浄めよ。」と教えて、戒を守ることを説きました。出家修行者であれ在家信者あれ、戒を守ることでよりよい人間へと変わることができるのです。

  • 感謝の心が自分を変える

    感謝する心が自分を変えることにつながります。空手家の松久功さんは、感謝して「ありがとう」と言うことを続けたことで、試合で勝つという結果を残すことができました。お釈迦様は、感謝することが幸せになることを教えています。感謝の心は自分を変えるのです。

  • 仏の世界は近くにある

    仏の世界は、実は近くにあるのかもしれません。花山法皇は紀三井寺を参拝し「ふるさとをはるばるここにきみいでらはなのみやこもちかくなるらん」と詠まれました。紀三井寺から望む景色をみて、そこから仏の世界を感じ取ったのであります。

  • 味わうということ

    「味わう」ということは、「感動する」ということであります。映画やドラマを見るときに、早送りで見て内容だけ理解するという人が増えているといわれていますが、それでは少しさみしい気がいたします。一つ一つ大切に、心を動かして味わいたいものであります。

  • 風吹けば風吹くままに

    新年といえば、おみくじであります。その年の運勢を占うものとして、毎年楽しみにしながらおみくじを引いています。今年はそこに「風吹けば風吹くままに港よしと百船千船うち集いつつ」と和歌が詠まれていました。味わいのある歌であります。

  • お寺の掲示板『気に入らぬ風もあろうに柳かな』

    お寺の掲示板『気に入らぬ風もあろうに柳かな』仙厓和尚は臨済宗の禅僧であり、画家でもあります。作品のひとつ『堪忍柳画賛』には、柳画風に吹かれてなびく様子を「堪え忍ぶ」心に例えられています。本当の堪え忍ぶ心とはどのようなものなのでしょうか。

  • 仏様はいつも見ている

    仏様はいつも私たちのことを見ています。善導大師は「身常に仏を礼敬すれば、仏すなわち、これを見たまう。心常に仏を念ずれば、仏すなわち、これを知りたまう」として、つねに仏様と一緒にいることを説いています。これを意識して過ごすことが大切です。

  • 笑う門には福来たる

    昔から「笑う門には福来たる」といいます。ニコニコした顔で愛想のよい言葉遣いをすることがあいおての心をなごませ、世の中を明るくします。周囲が明るくなれば、自分の心も明るくなることはいうまでもありません。仏教ではそれを「和顔施」といいます。

  • 除夜の鐘と煩悩

    総持寺では毎年除夜の鐘を撞きます。108の煩悩をこれで打ち消し、心新たに新年を迎えるのです。実際、煩悩は108以上あり、これを打ち消すことはよういではありません。しかし、除夜の鐘の一つ一つの音が、心を浄めてくれるような思いがします。

  • 船旅とお念仏

    お念仏の教えは、まるで船旅をするようなものであると説かれます。(水路の乗船)船で旅をすることは、いともたやすく簡単に目的地に着くことがあできます。それはあたかも、阿弥陀仏の力によって極楽浄土に往生するようなものです。船旅からお念仏の教えを味わいます。

  • 寄付をしない日本人

    日本人はなぜ寄付をしないのでしょうか。ある調査では、日本の人助けランキングが最下位だとの報告がありました。仏教では人を助けるという行為は、まわりまわって自分の幸せにつながると考えています。他者を助ける「利他行」についてお話しします。

  • 寄付をしない日本人

    日本人はなぜ寄付をしないのでしょうか。ある調査では、日本の人助けランキングが最下位だとの報告がありました。仏教では人を助けるという行為は、まわりまわって自分の幸せにつながると考えています。他者を助ける「利他行」についてお話しします。

  • 悪口は自分を傷つける

    あらゆるところで飛び交う悪口や誹謗中傷の言葉。相手を攻撃しているようにみえて、これらはじつは自分自身を傷つける行為になるのです。なぜ人間は、他人を攻撃したくなるのでしょうか。ブッダの言葉とともに、悪口についてお話しします。

  • お寺の掲示板『切り花は切られるために咲いてない』

    お寺の掲示板『切り花は切られるために咲いてない』仏様を供養するときに必ず必要なものが「香華灯燭」です。きれいな花を手向けて飾り付けをすることは大切ですが、忘れてはいけないこともあります。気持ちを整えて丁寧にお供えするようにしましょう。

  • 本堂

    総持寺は、宝徳2年(1450)、浄土宗西山派の名僧である、赤松明秀上人によって創建されました。 焼失や劣化などにより、現在の本堂は安政6年(1859)に再建されたものです。本堂の様子を紹介します。総持寺ギャラリー

  • お寺の掲示板『したらあかんことはしたらあかん』

    お寺の掲示板『したらあかんことはしたらあかん』やるなといわれればやりたくなり、やれといわれればやりたくなくなる。そんなあまのじゃくな性格を持っているのが、私たち凡夫です。阿弥陀仏の救いを自覚し、したらあかんことはしないように励みましょう。

  • 【和歌山市断水の経験から学ぶ】本当に大切なこと

    和歌山市六十谷にある水管橋が一部崩落し、和歌山市の紀の川以北地域において大規模な断水が発生しました。不便では有りましたが、それ以上に大切な事に気づくことができました。大切なものは見えない部分にあります。断水を通して感じたことを紹介します。

  • 問答橋

    問答橋「問答(もんどう)」とは、各宗派の教えに関して論議することをいいます。総持寺はかつて「学問の寺」として栄えました。浄土宗西山派の僧侶たちは、この総持寺で学問を学び、各地の布教活動に励みました。そのため、新しく総持寺の住職となる者は、そ

  • お寺の掲示板『亡くしてから気づくことが多い』

    お寺の掲示板です。『亡くしてから気づくことが多い』わかっているつもりになっていることや、わかろうとしていないことがたくさんあると思います。しかし亡くしてから気づくことはもっと多いと思います。亡くしてから気づいたことを大切にしていきたいものです。

  • 「暑さ寒さも彼岸まで」が持つ意味とは?

    「暑さ寒さも彼岸まで」というように、夏の暑さも冬の寒さも、お彼岸になれば和らいで過ごしやすくなります。実はこの言葉、単純に気候のことをいっただけではないのです。どのような意味があるのでしょうか。これを知ればお彼岸の過ごし方も変わるでしょう。

  • なぜお彼岸は一年に二回あるのか?

    お彼岸は春と秋の一年に二回あます。なぜ一年に二回お彼岸があるのでしょうか。お彼岸にはお寺やお墓へお参りし、ご先祖様の供養をします。一年に一度供養をすればいいのではないかと思うかもしれませんが、それではいけないのです。少し視点を変えて紹介します。

  • 【十念の唱え方】浄土宗の十念はなぜ九回目だけ「つ」をつけるのか?

    法事やお葬式などでよく唱えられる「十念」は「南無阿弥陀仏」を10回唱えます。時には住職の意向によって、参拝者も一緒になって唱えることがあります。この「十念」は、昔から形式的に唱え方が決まっています。突然のことでも慌てることのないように、唱え方を確認しておきましょう。

  • 【智慧とは?】「知恵」や「知識」との違いは?

    仏教で説く「智慧」と、一般的につかわれる「知恵」。この二つにはどんな違いがあるのでしょうか?また、「知識」との関係はあるのでしょうか?具体的なたとえをもちいて、「智慧」「知恵」「知識」について解説します。

  • 【和歌山県で永代供養をするなら】いつでもお参りができるお寺

    和歌山県で永代供養をするなら近年、子どもや孫に迷惑をかけたくないという人や、先祖代々のお仏壇をお祀りしていくことができないという人が多くなってきています。また、家族や親戚が亡くなり、その後どのように供養していけばいいかわからないという話もよ

  • 三分間法話

  • 【和歌山県で納骨をするなら】いつでもお参りができるお寺

    和歌山で納骨をしたい。分骨、喉仏を納めたい。お墓は持たないけど納骨したい。墓じまいのあとお骨を納めたい。しっかり供養してくれる場所がいい。納骨してもお参りしたい。などなど、納骨に関する悩みを解決いたします。

  • 【正見】正しいものの見方とはどんな見方なのか?

    現代社会を生きる私たちが悩み苦しむ原因はどこにあるのでしょうか 写真:photo-AC私たちは日常生活の中で、いろんな悩み苦しみを抱えながら生きています。その苦しみから解放されるための教えが、仏教です。お釈迦様は、この世は根本的に苦しみであ

  • 六波羅蜜とは?語源やお彼岸との関係について

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