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ブログタイトル
還暦過ぎの750乗り。そんなに忙しくない、趣味に溺れる日々。
ブログURL
https://piroji1616.hatenablog.com
ブログ紹介文
年寄りの世迷言と、オートバイ、車など趣味と与太話ブログです。
更新頻度(1年)

87回 / 365日(平均1.7回/週)

ブログ村参加:2020/06/16

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還暦過ぎの750乗り。そんなに忙しくない、趣味に溺れる日々。
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ピロさんの新着記事

1件〜30件

  • 打ってきました

    ファイザー製の新型コロナワクチンです。 2021年、7月28日14時39分のことです。 佐倉市民体育館には、受付から待機するパイプ椅子までの案内係。 予備問診(というか、問診票が正しく書かれているかか確認する)スタッフ。 問診票を確認する医療関係の方。 接種して下さる医療関係者の方。 たくさんの方が働いていらっしゃいます。 そんな本当に多くのスタッフに支えられて接種を終えることができました。 スタッフの方に「ありがとうございます」としか言えなかった自分が 情けないです。 まあ、ぞんざいな口ききしかできないご老人(は?私も?)、 ぼけてるんじゃないかというような応答が要領を得ないご老人を相手に、…

  • 嵐の前の静けさ

    台風が近づいているそうで。 私が住む印旛沼西岸地方では、昨日夕方あたりから涼しくなり、風も吹き始めて おります(でもまだ台風とは無縁です)。 昨日の夜のお勤め(ウソです。夕方に柏で仕事が終わり、佐倉についたら夜だった、 ということです)が終わり、 終バス(オオゲサです。自宅直近の京成臼井駅から私が住む印旛沼西岸近くの団地までの、地元民のためのローカル便)に乗った(しかもね、八時五分が終バスなんです。 都会の人から見れば、終でも何でもない時間帯です)を降りた私はなんか肌寒くて、 手にしていた上着を着たものでした。 帰宅すると、エアコンを除湿にして仕事にいそしむ妻が。 「ちょっと、エアコン切るよ」…

  • 皆さま、暖かいお返事心からお礼申し上げます

    前回の記事に色々の皆さんから piroji1616.hatenablog.com コメントをいただき、あれこれ考えました。 その内容はさておいて、 一人一人コメントにお返事したかったのですが、 左手の指が自由に動かない今、これを書くのも一苦労なんです。 なので、本日仕事中にいただいたコメントに、 この場を借りて深く御礼申し上げる次第でございます。 本当にありがとうございました。

  • 病気のことその4(これは焼き直しではありません)

    今ごろ6年も前の脳梗塞で入院したことを記事にしてどうするんじゃって感じですが 実はひと月ほど前の日曜日、朝(ウソ。昼前)に目を覚ました時感じたのです。 左手が変でした。 握ることはできます。 オートバイでいえば、クラッチは握れるといえばわかるでしょうか。 イメージとしては、握ったクラッチレバーを思うようにリリースできない ということです。 微妙な半クラッチ操作(開放するほう)ができないのです。 つまり、開くことができないのです。 ウインカーを操作する左親指も意のままに動きません。 元来能天気な私ですから 「まあ十日もすれば治るんだろう」と思っていたのです。 が、七日八日、いえ、ひと月経った日、…

  • (焼き直しの)病気のことその3

    さて、十日間の入院生活のスタートです。 毎朝、食事前に検温と血圧測定。そして投薬と点滴。 投薬と点滴は、血栓を溶かし、血管を広げ、血圧を下げるためのものでした。 五日後にはリハビリが始まるのですが、それまでは ひたすら食べて寝て、の生活が続きました。 御多分に漏れず、テレビを見たり、窓の外を眺めたり、という 日々でした。 ああ、あの頃に「なつぞら」放映していれば、 入院の徒然もずいぶん慰められたろうになあ、 というのは、勝手な感想。 私の症状を見ながら、医師を中心に、 きちんとチーム医療のプログラムがたてられていたようです。 五日の入院と静養の結果、血圧も低下し、 まず、理学療法(昔は物療とも…

  • (焼き直しの)病気のことその2

    さて、急遽入院が決まり、家内や子供たちはかなり動揺していましたが、 自分は割と平静でした。 というのは、 私の父は、入院当時の私より何年か若くして、会社で勤務中に脳梗塞を発症。 救急車で川崎市内(当時父は、川崎の浅田にある運送会社に勤務していた)の 病院に搬送され、入院、右半身がほぼマヒ状態になってしまい、 その後二回目の脳梗塞で(最初の発症からは二十年以上経っていましたが、) 他界しているのです。 そんな経験から、「自分の梗塞は軽い。しかも早期に発見できた」という 変な自信から、まるで深刻に考えていませんでした。 というか、たばこ好き、酒好き、平均睡眠時間5時間。血圧超高め(勤務先の春季の検…

  • (焼き直しですが、)病気のこと

    2015年8月18日(火)、いつもの床屋さんで、顔をあたってもらっているとき、 右目の下にカミソリが当たった瞬間、「ピリッ」という感触がありました。 直感的に「なんか変。」と思いました。 帰宅して晩御飯を食べつつ、テレビを見ているとき、 「右手が変。」…いえ、「変」としか言えないのです。 丁度その晩見ていたテレビの内容「脳梗塞の前兆」に なんか、二つとも合致するのです。 林先生の番組だったかな。 翌朝、出勤時、ウチを出て5分ほど後、 対向車が二台に見えたのです。 でも、すれ違うと、一台でした。 職場で、ネットを漁りまくりました(こら!仕事せいよ)。 「脳梗塞の前兆」。 対向車が二台に見えたのが…

  • 一つの時代が終わりました最終回

    さて、すったもんだ(全然すっても揉んでもおりません。すみませんでした) の挙句手に入れたBMW320Iスポーツバージョンですが、それはそれは素晴らしい 車でした。 あ、そうそう。最初はダイヤモンドブラックを注文しようと思っていたのですが、 ディーラーの地下車庫にあったドルフィンメタリックを一目見て急遽予定変更。 ドルフィンメタリックを注文しました。それはそれでまた後に続くのですが。 さて、色の話しはさておきBMWの六気筒をシルキーシックスと称することがありますが、私の実感ではそんな感じはしませんでした。 たしかに気持ちよく回る六気筒であることに間違いはありません。 ですが上に行くとやはり苦しそ…

  • 一つの時代が終わりました2

    BMWに一度試乗してほれ込んでしまった私は、6気筒MTのBMW車を 手に入れる算段を頭の中で始めました。一番のネックはお金ですがそれは後ほど。 タイミングというのは恐ろしいものです。 私が敬愛していた徳大寺有恒御大著「間違いだらけの車選び1987(1988だったかも)」に、BMWのMT車についてのコメントがあったのです。 要約すると 「コンパクトかつパワフル。素晴らしいクルマだ。」 「ようやくバイエルン(BMWのBです)にも日本のファンの声が届き始めたようだ。 6気筒のBMWが日本にも入り始めた。バイエルン製の6気筒エンジンをMTで味わう。 これぞ至福。」 というようなことです。 敬愛する徳大…

  • 一つの時代が終わりました。

    勿論、自分の中で、です。 今を遡ること30数年前、この国はバブル景気に浮かれており、 私の業界でも何かにつけて結構な手当てが出ておりました。 出向手当もそうでした。 幹部手当もそうでした。 今の数倍の金額の手当てが出ており、多少ではありますがバブルの恩恵を受けていたと 言えるでしょう。 冬場の週末は決まってスキー。職場の同僚と何台も車を連ねて万座や草津、 軽井沢だ八ヶ岳だ、と遊びまわっておりました。 そんな冬のある週末、私は当時の愛車いすゞジェミニ1600LSセダンで 職場の同僚とのスキー旅行へ出かけました。 その帰り道、車の中が異様に寒いのです。 私と同じ職場で働くまではTOYOTAのセール…

  • タイトルはナイショ

    プロジェクトX、あれから毎回視聴して録画もしております。 あれ↓ piroji1616.hatenablog.com から数ヶ月が経ちますが、相変わらず毎回感動しております。 ですが、この数回、二十年前に感じていなかった感情が自分の中に 沸き起こるのを停められません。 じゃあ、自分は、他人様に感動してもらえるようなことを 人生掛けてなし得てきたんだろうか。 という感情です。 生れて62年と半年が過ぎようとしています。 そろそろ人生の幕引きを考えなければならない時期に差し掛かり、 最近こんな感情に苛まれます。 本当に繰り言でした。 すみませんでした。

  • てっそん

    漢字で書くと姪孫らしいです。別の名称では大姪らしいのですが、 ネット上の情報なのであまりあてにしないでください。 私が大学を卒業して就職をするまで編集のお手伝いをしていた 小学館第二編集部が編纂していた、「大辞泉」の紙バージョンには どちらも記載がありませんでした。 まあ、「大辞泉」の母体になったと思われる「日本国語大辞典」には 記述があるようですし、「デジタル大辞泉」には記載があるのかも 知れませんが。 例によって例のごとく、それはさておき、なんです。 私の実弟の娘(姪)に子供が生まれ、 実弟がおじいちゃんになったというお話です。 必然的にわたしの実母はひいおばあちゃん、私は伯祖父という事に…

  • 昔の酒屋さんと、大学の話

    私が大学五年生(←おい!)のころの話です。 同級生は皆卒業し、ただ一人(でもなかった。これがB大学のいいところ?) 学問の道を究めようと(←ウソ言ってんじゃないよ)、片足院、片足学部に 残っていたのです。 そんな私なので当然昼間部(一部授業ですね)、はいっぱいいっぱい。 希望していた教職免許を取るために必要な教職課程の授業は、 当然夜間部(この頃はB大学はじめ多くの大学に夜間学部が存在していました)の 授業を取ることになります。 夜間学部(二部です)の授業に出る生徒はみんな真面目そのもの。 仕事を終えて大学に来て授業をうけようってんだから 当然と言えば当然ですね。 そんな中で、私がB大学に在籍…

  • 騙された

    天気予報に、です。 今日2021年4月25日(日)の千葉県北部の天気予報は 午前中曇り、午後から雨という事でした。 「雨が降るんじゃあ、オートバイはお預けだな。」と、 数日前から思っておりました。まあ、泣く子と天気には勝てないからなあ、 と思っていたのですが、朝目覚めるとお日様がさしているじゃないですか。 空を見ても雨が降る気配は、ない。 じゃあ、ちょっとガソリンをいれにいってこようかねえ、と Zを引っ張り出しました。 天気はかなり雲の薄い曇り。 気温は高から低からず。 要するに、オートバイ日和です。 「ガソリン入れに行ってきます。」と家族にラインを入れ 出発。 で、結局まっすぐガソリンスタン…

  • いつもの散歩道です。

    ここ数日天気が良く、暖かな日が続いております。 それでも出勤するときにはスプリングコートをもっていかないと 帰宅時には佐倉方面、結構冷えます。 さて、今日はいつもの散歩道を走りに行ってきました。 西印旛沼から北印旛沼へ、そして宗吾様の霊廟前を通り、 今日は野暮用で佐倉郵便局に立ち寄ってチューリップ畑を横目で見て 一時停止違反を見張る白黒パンダさんを軽くあしらって帰宅しました。 って書いてもこれを読んでくださっているほとんどの方は 何が何だかわからないでしょう。 ごめんなさい。 さて、外はすっかり初夏になっていました。 北印旛沼のちかくの田んぼと森の中を走っていると、 何かの花のにおい、新緑のに…

  • あたらしい物好き

    なもんで、コンビニで先行販売が始まったこんなものを買ってしまいました。 これですよこれ。 たまたまそのコンビニ(ファミマです)、こいつにピッタリそうな クリスピーチキン(私はハバネロの辛いやつが好きです)も売っていたので、 迷わず購入。 帰宅して晩御飯前に缶をあけてみたのですが、 CMどおり! 泡が出るわでるわ。 冷やし方が足りなかったらしく、ものすごい量の泡です。 これで、缶でなくガラスの容器だったら、本当にお店の生ビールと 同じです。 さて、昨日久しぶりにオートバイに乗りました。 ふるさと広場でチューリップと一緒に写真でも撮ろうかと思ったら... とんでもない渋滞。 いつもなら数分で駆け抜…

  • おめでとうございます。

    誰って、池江選手です。 あの病気にり患したと聞いた時、 不謹慎かもしれませんが、命があればいい、と思ったのは事実です。 まさかあそこまで復活なさるなんて、思いもよりませんでした。 池江選手には失礼なことは重々承知の上です。 ですが、いまから三十年ほど昔、 同じ病気にり患した、担任していた生徒を見送った私としては 奇跡(じゃないな)と池江選手の努力精神力に対して 「おめでとうございます」としか言葉は出ません。 本当に凡人には想像もつかない精神力と努力のたまものなんだろうなあ、 という事だけは確かなのでしょう。 たぶん幻になってしまうであろう2011年の五輪代表選手選出 本当におめでとうございます…

  • 焼き直し記事(もう何弾か忘れてしまった)

    私、今は千葉に住んでいますが、25歳まで横浜に住んでいました。 出身高校は横浜市立桜丘高校といいます。 この高校、のんびりした校風が特徴だったのですが、もう一つ、特徴がありました。 当時、神奈川県の夏の高校野球の決勝戦は、県立保土ヶ球場で行われていたのですが、 私の母校、市立桜丘高校(ああ、めんどくさい。ごめんさい。以下桜高)は、 その保土ヶ谷球場の直近の公立高校だったのです。 私が知ったのは、入学後でしたが、同級、あるいは一つ二つ下の女子には 意外と知られていたようです(あくまでも同級のオバカ男子の間での噂です)。 特徴というのは、その保土ヶ谷球場で高校野球の試合が行われるときには、 我が桜…

  • あれから二十年かあ...

    またも年寄りの愚にもつかない繰り言でございます。 西暦2000年から始まった(らしい←wikiによる)NHKのこの番組、今になって NHKのBSで再放送が始まりました。 もっとも、当時のフィルムをリストアだか何だかして 画像を4K(←何それ)レベルにしたものをBSプレミアムで再放送すると、今日知りました。 そんなことは(私には)どうでもいいんです。 当時(20年前)、この番組を観ながらお酒を飲んで、 エンディングに流れる「ヘッドライトテールライト」を聴いていると気が付くと、目じりからは涙がツツツーっと。 嗚咽を漏らしながら泣くようなことはなく、毎回観終わり気づいたら涙が流れていた、 という不思…

  • 昔々その昔、椎の木林のすぐそばに

    という出だしの歌、小学校の時昼の給食の時間に よく流れていた記憶があります(昭和四十年代のことです)。 まあ、この唱歌って、杉の木を植えなさいってことですよね。 広葉樹よりなにより、成長の早い針葉樹を植えなさい、ってことだと思うのは 私だけでしょうか。 私的な歴史観として、戦争が終わった昭和二十年から四十年代って まだ、戦後の復興期だったと思うのです。 その復興のために、木が必要だった時代のことです。 当時私が住んでいたのは横浜市の西のはずれでしたが、 一応横浜市です。 なのに、中学校に入学する昭和五十年ころまで、駅や小学校に行くのに、 雨の日には長靴が必須でした(市道が舗装されていなかったと…

  • 今年はどうなんだろう

    って、佐倉チューリップ祭のことです。 それは、佐倉市の観光資源のひとつであり、 夏の印旛沼花火大会 秋のコスモス畑 と並んで、稼ぎ時なんですよね。 でも、去年はコロナ禍の中人が多く集まりすぎたので 満開のチューリップを掘り返してしまうという 乱暴なことをせざるを得なかったのは致し方ないとしても、 たしかに満開のチューリップは見甲斐があります。 去年の写真です。 向こうに見える崖は、この写真を撮ってしばらくしてヤギで有名になったところです。 さて、もうすぐ佐倉市は桜市になります。 市役所も京成本線の駅にも桜の文字が舞います。 市役所 京成佐倉駅北口 でも、私が思うに、あまり桜が多い佐倉市でもない…

  • 今日は亡父の誕生日

    でして、この父親、昭和二年生まれの双子の兄なんです。 若いころは京浜急行に勤務しており、二日に一度は夜勤明けに 帰ってきて、私が幼稚園から帰ってくると部屋で布団に入って 新聞を読んでいたのを覚えております。 その後小さな運送会社に勤務していたのですが、 五十いくつかの時、結構重い脳梗塞を患い、半身の自由が ほぼきかないまま更に十数年後、二度目の脳梗塞を発症。 車いす生活になりました。 そして今からちょうど十年前の12月31日、誤飲性の肺炎を起こして入院している最中に 三度目の脳梗塞を発症。1月4日、亡くなりました。 で、名前の話なんですよ。 父は双子の兄で昭雄(てるお、と読みます)。 双子の弟…

  • 受験では何が起こるかわからない

    この時期、大学入試の合格発表が目白押しですね。 私が受験をしたころは、オンライン発表だのメールだのラインだのは当然存在せず、 合格発表は大学構内の大きな掲示板に合格者の受験番号を張り出す、という アナクロな方法で行われていました。 地方の受験生はどうするのか。って? 自分の(もしかしたら不)合格発表のために遠くから 大学まで出向くなんて言う事は致しません。 当然、合格者には入学手続き関係の書類が入った 封筒が送られるのですが、何日か待たなければなりません。 私は東京の大学(私立ですよ)を受験した、甲府に住む従妹のために 合格発表(一校は不合格発表でしたが)を見に行ったことがあります。 まあ、誰…

  • 受験は運だ!

    だから勉強なんかしないで神社めぐり、パワースポットめぐりをして、 毎朝夕念仏を唱え、部屋にはお札を貼り、学業成就の御守りをすべての持ち物に ぶら下げなさい。 そうすれば憧れのあの学校に合格できます! と、いう事ではなくて、 ある程度のレベルまで学力が達している受験生の運命を左右するのは 最後は運が関わっているのではないか、という事です。 就職して何年かたち、生徒の受験指導のために大学の過去問題を 何十年分か解いている中で明らかになったのは、大学入試問題では過去問題の 使いまわしをすることがよくある、という事です。 勿論、同じ大学の同じ学部の問題を使いまわすことはまずありません。 でも、同じ系統…

  • 昔むかあし...

    今から四十年近く昔の話です。 これを読んでくださっている多くの皆さんが生まれるか生まれないかの頃のお話です。 そうでもない! とか、 自分が生まれる数(十)年前だ‼ とか、いろんな声はあるでしょうが、 それはさておき。 一年浪人して入学した大学で一年留年し、 一年就職浪人していたころ、私の意識の向かう先は就職することと、 オートバイのことでした。 21歳の夏、車で北海道を旅した私はその旅がきっかけで オートバイにのめりこむようになったのでした。 いろいろ紆余曲折の末(そうでもなかった)、大型自動二輪免許を手に入れ、 就職したら、YAMAHAのXS650Spを手に入れようと考えていたのでした。 …

  • この時期、プチ失業状態です

    二月も中旬。、私立大学の入学試験も一つ目の峠を越えた感じです。 ウチの長女も結構ハードなスケジュールをこなしておりました。 が、長女の話ではなく、私の話です。 この七月から始まった予備校講師の仕事ですが、 一月をもってほとんどの生徒が卒業(私の再就職先の予備校では卒業と言ってます。 しかし、要するにもう受験だから予備校はこれでやめます、ということ)しました。 「今までお世話になりました」と言って去っていく生徒を見送るのは 寂しいものです。 誰もが自分の夢を実現してほしいと祈るだけです。 そして私は週一時間しか授業がない、という プチ失業状態です。 ところで、全くレベルの低い話で申し訳ないです。…

  • 十八代中村勘三郎さん

    この記事(初稿)を書いている2月8日のNHK「鶴瓶の家族に乾杯SP」を見ていたところ 故(五代目)中村勘三郎さんが出演していらっしゃるじゃないですか! ビックリしましたねえ! 私、この方好きでした。 最初に拝見したのは映画「風林火山」での勝頼様役。 史実とは全く違いますが、四回目の川中島の合戦の際に 初陣を飾る勝頼様役という、撮影当時十二、三歳くらいの勘三郎さんが 初々しかったのを覚えています。ちなみに主人公山本勘助役は 三船敏郎さん。信玄公は萬屋錦之助さん(あとは覚えてません)。 次に拝見したのが1988年の大河ドラマ「武田信玄」での 今川義元役。 義元様が本当に公家面をした武将だったのかは…

  • 麒麟が来る 最終回

    NHK大河ドラマ「麒麟が来る」の最終回が放映されました。 私、信長は嫌いです。 そもそも我が先祖(○○氏)はずっと山梨に住んでおり、武田信虎様、信玄公、 そして勝頼様に仕える地侍だったのです(中には旗本まで出世した者もいたらしい)。 「祖霊ましますこの山河」を踏みにじった信長に親近感を持てるはずもありません。 武田家、織田家滅亡の後、家康めに下った我が〇〇氏一族もいたようですが、 私の家系はそれを潔しとせず、土とともに生きる(つまりただの農民になる)道を 選んだようです。 ウチの家系の話は、ここではこのくらいでさておきます。 で、本能寺の変の話です。 私が中学校三年生の時、NHKの大河ドラマで…

  • 古い友人の話

    今から半世紀昔の話です。 横浜市立瀬谷中学校2年生だった私は、 何がきっかけだったのかは忘れてしまいましたが、 放送委員会なるものに所属していました。 主な仕事は、お昼(ごはん)の時の放送。 このお昼の放送というのは、 放送室にある古びたレコード(クラシック音楽ばっかりでした)の中から 適当なレコードを選んで昼食時のBGMとして全校に流すこと、先生方からの連絡事項を アナウンスすることでした。 主な仕事その二。 校内で放送機器が必要な時に、マイクなどをセットすること。 これは毎月の全校集会、年に一度の体育大会、文化祭、生徒総会などの 結構大事なイベントが多かったように思います。 中一、中二と放…

  • ムーンライトながら

    が廃止になったというニュースが流れたのは、 先週のことだったでしょうか。 私は鉄オタと言えるほど知識も経験もなく、 ただの電車好きだと思っているのでありますが、 この列車には何回か乗ったことがあります。 といっても、「ムーンライトながら」という洒落た名前の 列車ではなく、その前身と言われている東京発大垣行きの 「345M」という快速列車に、ですが。 この「345M」、「大垣夜行」という名で呼ばれていのたらしいですが、 ただ「安く関西方面に行きたい」という理由だけでこの列車に目を付けた 私にはそんな知識はありませんでした。 たまたま手元に残っていた昔の時刻表(1982年7月日本交通公社発行)によ…

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