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  • ウクレレ を買いました

    田舎は近所が遠い胃ので嬉しいです 弾き放題です

  • 人生の本質

    人生ってなんだろう。 病気をしてから自信がなくなって人に会うのをやめて 毎日泣きながら考えたけど答え出なかった 多分答えないんじゃないかな 人生の意味 どれだけ有名になっても金持ちになっても死ぬし だから目標とか夢とかお金のために奴隷になるのやめよ 努力が楽しい時に努力して 苦しい時はしなくていい気がする 大人は苦しいの乗り越えたみたいな話するけど 多分それは自分を肯定したいから 苦しかったときのことを美化して話すんだと思う。 ほんとに苦しかったら続かないだろうし 苦しいよりも勝る楽しさがあったんだと思う そう。がんばるのが楽しい時

  • 日本大丈夫かな

    最近体調がいいですそれがまた怖い、いつまた悪くなるんかなぁ 最近考え事しても着地がネガティブばっかなので音楽を聴いてあまり考えすぎないようにしています。 人類大丈夫かなってくらい新型ウイルス怖いです。 多分日本は2週間もすれば五万人くらい感染者が出てくると思います。 仕事しなきゃ生きていけないから家でないと。 けど感染するのも怖い。歴史的な世界的な問題だと思います。

  • 1年ぶりにLINEを開いた

    こんばんは。今日は雨のせいか花粉のせいか鼻水が止まらなく、寝付けることができないのでつい数日前のことを書こうと思います。 僕は学校に行かなくなってから、誰にも合わなくなってからあらゆる方向の人たちからの連絡を断つためにラインの通知をオフにしていました。とても失礼だし自分勝手ではありますが、まあそんなこと言ってられない状態だったのでしょうがないかなぁと思っています。そんな僕も少し体調が良くなり、自分以外の人のことを考える余裕が生まれました。そこで、LINEを開いてみると一年以上返事をしていない大学の友達3名から電話が入っていました。5分ほど悩んだ結果電話を折り返す事にしました。話によ

  • 2年半ぶりに自転車乗った話

    おはようございます。今日は見上げる限り雲もなく風もつよくなさそうですただちょっと寒いかな。 先日運転免許の住所変更のため2年半ぶりくらいに折りたたみ自転車をキコキコして約3キロの道のりを往復しました。その日は都イェも暖かい日でしたが北風がとても強い日でした。行きが向かい風で吹っ飛ばされました! 高校生の頃片道10キロを毎日のように自転車に乗って通ってたのが嘘みたいに疲れました。日光をたくさん浴びて気持ちよかったです。 ただ、出発準備にとても時間がかかってしまいました、大変でした。今日はなぜか英語の勉強をしだしているところです。自分て変だな〜

  • 鬱から抜けた瞬間。

    こんばんは。今日は天気も良く過ごしやすい日だったと思います。甥も元気いっぱい僕と遊んでくれました。 今回は鬱を抜けた時のことを書こうと思います。 それは3月4日の出来事でした。夜中の3時ごろだったと記録してあります。いつものように泣きながら眠りを待っていた時のことです。ふと自分で自分を傷つけていることに気が付きました。社会から切り離されていたような気持ちでしたが、これも自分から選んだことだと認識しました。人が離れていった気もしていましたが、それもまた自分が勝手に連絡をしなくなっただけです。これらを認識しただけでとても体が軽くなったのを覚えています。 少しだけ余裕ができた僕は少し

  • 鬱と僕。

    こんばんは。鬱状態から抜けて1週間と少し経ちました。気分はとてもよく、ピアノを弾いたり料理をしてみたり毎日静かに暮らしているところです。 今回は鬱状態の僕が感じていたあれこれを覚えている範囲で書き起こしたいと思います。とても思い出したくない気持ちではありますが、忘れてはならないような気がします。 まず鬱状態の僕は自分のことがとても嫌いです。四六時中ネガティブで自分の失敗してきたこと、後悔など考えれば考えるほど悲しく、辛くなることばかり熟考してしまいます。今考えてもなぜあのように自分を苦しめていたのかわかりません。何をしていても頭によぎるのはそれらで、ご飯を食べながら泣いていること

  • 美術館

    月日は流れ、ダウンジャケットが必要になる頃、父の提案で父と母とともに群馬県の星野富弘美術館に行くことになりました。その日の朝も寝起きは悪く、2時間以上ベッドから出れませんでした。ようやく起き、そのまま美術館へ向かいました。近くにダムがあり、このダムに落ちてしまおうかなと思うほどにまだ僕の精神は弱っていました。美術館に着き、いろいろな作品を見て回りました。作品を見て回るうちにまた自分の無力さを知り、とても辛い気持ちになってしまいました。なんで僕には動く手も足もあるのに何もできないのだろうと悲しくなっていました。彼の”いのち”という作品で ”いのちが一番大切だとおもっていたころ生きるの

  • 兄の訪問

    夏が過ぎた頃に僕の状況を聞きつけた兄が僕の両親と兄と僕とで話をするべきだと訪れてきました。当時の僕はほとんど言葉は発せず首を縦に振るか横にふるかしかできていなかった覚えがあります。兄は僕に何があったか尋ねますが、僕は何もないと首を振りました。僕は鬱になる原因が自分自身でもよくわかりませんでした。人に嫌なことをされたわけでもな買ったのです。兄は多分人間関係に問題があったのではないかと思っていたのだと思います。その後も兄は話を質問を続けますが、言葉が出ないで泣いている僕を目にした父がもういいだろうと止めに入ってくれました。自分の部屋に行きなさいと言われ自分の部屋で泣いていたのを覚えていま

  • つづき

    こんばんは!それでは前回の続きです 入院する甥のお見舞いに通うことになり、僕と父は五日間くらい毎朝9時から夕方の17時まで通うことになりました。初日はとても人と話せる精神状態ではなかったです。移動中の車内では会話をすることはなく早く着いてくれないかなと思っていました。三日目くらいからそのことも気にならなくなっていたと思います。病院では小児科病棟(?)のようなところで周りの病室には甥と同じような年の子が入院していました。各家庭状況が異なるのは当然で、親が同伴しないで入院している子もいました。また、同伴している親が泣いている子をほったらかしにしてスマートフォンをずっといじっているなんて

  • 辛い思い出

    おはようございます。夜中に花粉が酷くて起きてしまったのでぼくが鬱から抜けた時の話をしたいと思います。 僕は現在都内の大学に在籍している休学中の大学生です。2019年の2月ごろから朝起きれなくなり、コンビニでご飯と水を買いに行く以外ほとんどベッド殻動けない生活を2019年の5月くらいまで送っていました。いわゆる鬱です。友人や親、一緒に仕事をしていた人から連絡が来ていましたがとても返事を送れる精神状態になく、毎日消えてしまいたいと思っていました。とても辛くて苦しかった思いをしたことを今でも覚えています。起きては寝て起きては寝ての繰り返しで時間が経てばまた今まで通り楽しい気持ちで学校に通

  • もうちょっと生きてみようかな。

    こんばんは。変な思考を機にとても気持ちが楽になり長い長い鬱期を脱出する事ができたので新しいことを始めようと思いたどり着いたのがnoteでした。今日noteそのものの存在を知ったのでもしかしたら場違いなことしてるかもしれませんが気にしないで下さい。

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