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古い街並みとは別に、遊里跡(遊廓・赤線・青線・花街・カフェー街)をぶらりとあてもなく歩いて、とりとめもなく採り続けてきた写真の記録です。(観光案内になっていませんのであしからず)。 こうした街並みは時代と共に消えゆく運命で、以前歩いた場所も何かしらの理由で消えたり、新しい別の建物に替わったりとなってゆきます。 拙い写真ですが、こういう町並みが過去にあったという記録になれば。

ブログタイトル
遊里奇譚
ブログURL
http://sasabarikenta2019.blog.jp/
ブログ紹介文
古い街並みとは別に、遊里跡(遊廓・赤線・青線・花街・カフェー街)をぶらりとあてもなく歩いて、とりとめもなく採り続けてきた過去の写真の記録。
更新頻度(1年)

27回 / 261日(平均0.7回/週)

ブログ村参加:2020/03/10

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ハンドル名
佐々張ケン太さん
ブログタイトル
遊里奇譚
更新頻度
27回 / 261日(平均0.7回/週)
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遊里奇譚

佐々張ケン太さんの新着記事

1件〜30件

  • 【大阪府】大阪市西成区山王「飛田新地」201607

    (大阪府大阪市西成区山王「飛田新地」)大正五年の暮に貸座敷百八十七軒、娼妓二千三百名、芸妓十五名の組織勢力で出発した。廓としては若い方だが半分焼けなかったので廓情緒豊か。現在でも旧組合百六十四軒に千五百六十名。新組合二十三軒に六十八名。合せて百八十七軒に

  • 【神奈川県】小田原市「抹香町カフェー街」「宮小路花街」201405

    (神奈川県小田原市抹香町)作家川崎長太郎が『抹香町』その他の連作小説で、あくことを知らず営々と、ここの赤線を書いたので、一段とさびれ方に艶がついてきた。「もともと、私といふ女、『馴れ』と云ふより、夜毎違った男を、腹にのせて、稼ぐにはふさはしい血が流れてゐ

  • 【東京都】足立区千住柳町「千住遊廓」201606

    (東京都足立区千住柳町)映画『煙突の見える場所』で一躍有名になったお化け煙突の麓に散らばっているのが江戸四宿の一つ、千住柳町新地五十四軒、二百二十名の里である。一帯にこの里は工員、農村青年、不良がよく集まり、女もカカトの厚い農村家出型と一流赤線からの転落

  • 【東京都】新宿区歌舞伎町「花園街」「センター街」他201206・201304

    (東京都新宿区歌舞伎町「新宿ゴールデン街」)田村泰次郎が抜目なく「花園町界隈」を書いてから、知る人ぞ知る。伊勢丹裏手のモータープールの入口を背に、花園神社を右に見て狭い通りをダラダラと下っていくと、左側の東京電力出張所の先の黄色い建物が、花園歓楽街(旧河

  • 【東京都】新宿区新宿二丁目「新宿遊廓」201206・201303

    (東京都新宿区新宿二丁目)戦前、新宿文化劇場裏の「ナルシス」で、また卵の井上友一郎が同じ高見順に「福娘って涙が出るほどうまいなぁ」と語った頃のジュクは数えきれないほどの作家、詩人の屯する街だった。そして、七十五円のサラリマンの細君が「オーケストラの少女」

  • 【東京都】品川区北品川「品川三業地」「品川遊廓」201304

    (東京都品川区東品川)江戸四宿の随一を誇った昔は昔、今は今、昨今は京浜プロレタリアートやハマの風太郎連の放出場所。十八軒に百三十七名。国電品川駅で降りたのではだめ。京浜電車の北品川で降り、すぐうしろが旧東海道。その角の台場交番の裏一帯。勉強堂薬局や神保紙

  • 【神奈川県】横須賀市上町「柏木田遊廓」201203・201808

    (神奈川県横須賀市上町)横須賀市遊郭神奈川県横須賀市柏木田に在つて横須賀線横須賀駅からは約十丁位の乗合自動車の便もある。横須賀は呉、舞鶴と同様に海軍の市である。鎮守府、海軍工廠、水雷団、水雷学校、海軍飛行場、等があつて人口は十万を突破して居る。貸座敷も鎮

  • 【神奈川県】横須賀市船越「皆ヶ作カフェー街」201203・201808

    (神奈川県横須賀市船越)前回は安浦の旧赤線跡を取り上げたが、横須賀にはその安浦の他にもう一か所同様のカフェー街があった。それが今回紹介する「皆ヶ作」、現在の地番で横須賀市船越、最寄り駅は京急田浦だ。『全国女性街ガイド』によれば、「安浦よりちょっと落ちるが

  • 【神奈川県】横須賀市「安浦カフェー街」201203

    (神奈川県横須賀市安浦三丁目)海軍さんの夢の跡。昔なつかしい。安浦三丁目二百五十軒、四百名の女が、「夢よ、もう一度」と海上警備隊さんを相手に春を売っている。戦前の色里は宇野浩二の『軍艦行進曲』にうたわれた。(『全国女性街ガイド』) 角切りに鮮やかな豆タイ

  • 【神奈川県】川崎市「堀之内カフェー街」「南町遊廓」201212

    (神奈川県川崎市川崎区南町)「妓楼の二階には娼妓たちが冴えない顔をあらはした。あちこちの妓楼からもしどけない身なりのまま外へ出てきた。さうしたことには構ひなく父親のつれびきで男の子と女の子は松の木を盾に浪花ぶしをうなりだした。うらがなしい旅情をむねにうっ

  • 【東京都】台東区千束四丁目「新吉原遊廓」201612

    (東京都台東区千束四丁目)東京で芸者遊びなどという”田舎者”は軽く素通りしてまずは、昭和三十年代の新吉原。灯ともし頃となれば水を打ち、盛花をした石割道の両側に千本格子がならび、廊下で草履を叩く音やねずみ啼きがきこえていた時代の吉原は情緒があってよかった、

  • 【神奈川県】横浜市「永真遊廓」201405

    (神奈川県横浜市南区真金町)ヨコハマの赤線は「永真花街」。名付け方からして中華的。ここは昔の永楽町と真金町を一つにした百九十軒の店に七百名の女がいる。この巣の女たちは、女が友達を引っ張ってくるせいか、募集の網が県下に張りめぐらされているせいか、浦賀から三

  • 【神奈川県】横浜市「本牧チャブ屋街」201811

    (神奈川県横浜市中区本牧)ハマはバタ臭い港町情緒の本場。わけても本牧のチャブ屋は大正琴の昔から、その嬌名をとどろかせているが戦後は小港から箕輪下の方へ移動し、いっ時は国際的な場所柄だけに、半日のお遊びが飲み代を除いて二十ドル〈闇ドル換算で八千円〉という、

  • 【神奈川県】横浜市「黄金町」201301

    (神奈川県横浜市中区黄金町)戦後の横浜における色街は、戦前からの遊廓だった永楽町・真金町、戦後にできた新興カフェー街の曙町が隣り合うように存在していたが、その至近にさらにもう一つ、戦後から平成まで現役の紅燈街として続いてきたのが「黄金町」である。京急電鉄

  • 【神奈川県】横浜市「曙町カフェー街」201405

    (神奈川県横浜市中区曙町)長島橋、真金橋をはさんで永真花街の向う側がハマの鳩の街「曙町」。小店がずらっとならんでいる。この方は三つに分かれ、曙町五十八軒百九十二名、中央十九軒四十八名、寿東部四十二軒百三十一名。〆て百十九軒三百七十一名の世帯。昔の玉の井・

  • 【神奈川県】横浜市「浅間町カフェー街」201305

    (横浜市西区南浅間町)横浜には近年まで青線だった「黄金町」や赤線だった「曙町」「永真遊廓」、チャブ屋街「本牧」など遊里跡が多く存在するが、それらとは別に、戦前から戦後にかけて洪福寺松原商店街近くの南浅間町に「新天地カフェー街」が存在していた。昭和8年に誕生

  • 【栃木県】宇都宮市「江野町花街」「中河原カフェー街」「新地遊廓」201505

    (栃木県宇都宮市河原町)花街は馬場大通りの東武宇都宮駅附近にある江之町、宮園町界隈。芸者は百五十名。赤線は、釣天上で有名な旧城址のうしろで、中河原と新地の二ヵ所。戦前"玉の井"の通称のあった剣の宮が分散したもの。合せて百軒に四百名。(『全国女性街ガイド』)

  • 【茨城県】土浦市「桜町三業地」201411

    (茨城県土浦市桜町)江戸時代は水戸街道の宿場町であると同時に城下町だった土浦だが、明治時代に入ると海軍霞ケ浦航空隊が設置され、その兵士の慰安地として設けられたのが桜町二丁目の「三業地」であった。湿地帯だったこの地を埋め立てて碁盤目状の区画を整備し、市内に

  • 【茨城県】水戸市「奈良屋町カフェー街」「大工町花街」「谷中花街」201311

    (茨城県水戸市奈良屋町)花街は舟橋聖一が筆おろしをしたとつたわる鳥見町に十五軒、大工町に七軒、昔の練兵場よりの谷中町に十一軒。芸妓は合せて九十名。特飲は、群馬県と同じ廃娼県、よく寝るというので「駱駝屋」と愛称を持つ私娼が奈良屋町一帯に四十軒、酌婦も百三十

  • 【茨城県】常陸大宮市「玉川村」201311

    (茨城県常陸大宮市玉川村)水郡線〈水戸―郡山〉は、おどろくべき女の線区で、水戸から入れば、まずしょっぱなが上菅谷宿、ここは酌婦が三十八名。続くは気動車でそこから十八分の常陸太田の東三丁目に四十八名。なるほど、らくだによく似たご面相の女子衆が、口をもぐもぐ

  • 【埼玉県】熊谷市伊勢町「乙女町」201312

    (埼玉県熊谷市伊勢町)駅から南へ二十分程の荒川堤下に活況を呈し、現在でも約百軒、三百余名の女がいる。特に花見時は、約一里の間、染井吉野の老桜が咲き乱れ、揚るのに浮き浮きしてくるから妙。桜は老桜でも、女たちは若いのが多い。まだこのほか飲み屋の女も転び、宿の

  • 【埼玉県】川越市「西小仙波町」ほか201303・201905

    (埼玉県川越市西小仙波町)赤線の街で、駅から三十分ほどの著名な名刹喜多院のそばにある廓町に二十軒、花魁イモのような顔の花魁が八十一名。風物はよきだが、女はダメ。(『全国女性街ガイド』)川越のランドマーク・時の鐘通りそして、蔵の街通り。川越は東京近郊の手軽

  • 【埼玉県】さいたま市大宮区「大宮北銀座」201405

    (埼玉県さいたま市大宮区「大宮北銀座」)芸者の方は官幣大社氷川神社のある大宮公園と東山に分れ、置屋、料理屋、旅館兼業を含め六十五軒に二百名ほど。赤線は、新地に五十軒百八十名。(『全国女性街ガイド』)旧赤線「新地」こと「大宮北銀座」の入口にあたる、大栄橋の

  • 【東京都】八王子市「田町遊廓」「八王子花街」201812

    (東京都八王子市田町)夕暮時はねずみ啼きもきこえて来ようという、東京周辺では昨今めずらしい色里である。明治三十二年十月建立の石の大門をくぐれば、小砂利を敷きつめた玄関の奥まった店や、文明開化作りの青楼など十五軒、暮色蒼然と軒をつらねている。都心からわずか

  • 【千葉県】船橋市「船橋新地」201209

    (千葉県船橋市)「往きにしべーか、帰りにしべーか、しべえ、しべえで八兵ヱ女郎」……王子、船橋祝の八兵ヱ女郎は、江戸庶民の憧れであった。成田詣では夫婦でお参りするものでないと、女性を説得した。そのちょん髷氏が、天下晴れて旅の恥をかき捨てた、昔のままの張店調の

  • 【東京都】江東区亀戸「亀戸三業地・亀戸カフェー街」201912

    (東京都江東区亀戸)昔のつもりで行くと、とんだ目に逢う。約百軒に四百五十名ほどの女がいるが、保安隊と工員が主な客で、一日、五の日、二十五日に行くと月給の入ったそれらの階級が値段をつりあげ普通の男は太刀打ちできない。もっとも、保安隊と鉄砲くらべでは、負ける

  • 【東京都】葛飾区亀有「亀有楽天地」201409

    (東京都葛飾区亀有)「亀有は情が深くて新鮮だぜ」と友達にそそのかされた男が、常磐電車を亀有で捨て、ふらふらと酔い心地で歩いていったら、つきあたりに東京パレスのような建物があるので、ここかとおもってよく見たら亀有警察署だったという話がある。もう一人の男がす

  • 【奈良県】大和郡山市東岡町「東岡遊廓(郡山新地)」201907

    (奈良県大和郡山市東岡町)郡山町東岡遊廓奈良県生駒郡郡山町字東岡に在つて、関西線郡山駅の東南約七丁の地点に当つて居る。乗合自動車の便もあつて、郡山停留所から南へ約三丁である。茲も矢張遊廓に成つて居て、揚屋(貸座敷)が二十一間娼妓が全部で百九十人居る。茲は

  • 【奈良県】大和郡山市洞泉寺町「洞泉寺遊廓」201907

    (奈良県大和郡山市洞泉寺町)郡山町洞泉寺遊廓奈良県生駒郡郡山町字洞泉寺に在つて、関西線郡山駅で下車する。洞泉寺遊廓は、東岡遊廓よりは、建築に於ても、設備に於ても、其他あらゆる点に於て一歩を譲つて居る。貸座敷は目下十七軒あつて、娼妓は百五十人居る。奈良、京

  • 【東京都】葛飾区立石「立石カフェー街」201706

    (東京都葛飾区立石)「あそこは共同便所だよ」と痛撃する男がいるかとおもえば「おれ、意見されたヨ、工場を休んじゃいけないヨ、お弁当ならあたしがお握りつくるからさ、早く支度して出掛けなヨ・・・てんだ。曲がり角で振り返ると、手を振ってやがんだ。けっ、たまらねぇ

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