机に向かって作業する私の部屋でいつものように護衛についていた貴方は窓辺に佇んで何事か考えているようだった。私はなぜか満ち足りた気持ちになりながら徳興君の持ってきた”華陀の書”に集中していた。「この数字は、絶対西暦だと思うんだけど…。ね、テジャ…ンッ。」不
典医寺の貴女の部屋から月のない空を見上げる。 今宵は新月だ。 貴女はといえば先程から、何やら天界の言葉を繰りながら、徳興君の持ってきた書を解読しようとされている。そして、貴女は…時折、顔を上げて俺に微笑まれる。その深い意味もない微笑は何時もながら俺の喉の奥
空を切った腕が柔らかく褥に落ちてウンスはヨンがいるはずの隣が冷たく空虚な事に気付いた。部屋を見回すと、月の仄明るい光を浴びて何も纏わぬヨンが立っていた。その均整の取れた筋肉質の体はギリシャ彫刻を思い起こさせた。― ダビデ像だ…私のダビデが立ってる。蒼白い光
どこかで誰か…そう、若い女が笑っている声がした。早朝の空に甲高く響くその声は妙に癇に障る。おそらく、その声に見え隠れする“あざとさ”がそう思わせるのだ。その笑い声は意中の男に聞かせる為…のような気がした。不思議な事だが、女は女のそんな気持ちを敏感に感じ取
雨が降る。雨の匂いがする。 そう思った途端、ザーッ大粒の雨が落ちてきた。 ここ暫く雨がなく、皆が凶作の心配をしてたからひとまず安心だ。 東屋はあっという間に雨のカーテンで囲われてしまった。 今日はあの人は来ないだろうか。 あの人は日向の匂いがする。 いつ気づい
「雨で気鬱ですね。」その日は朝から陰鬱な曇天だったが昼前になって雨が降り出してしまった。ここ数日、こうした鬱々とした雨の日が続いていた。「そうかなあ。 私は雨って好きよ。 私の実家は農家だから。」典医寺の屋根から規則正しく滴り落ちる雨粒がなにかの鼓動のよ
「母さん、母さん。」賑やかな市の往来でふと気付くと独りぼっちになっていた。さっきまで傍にいた筈の母は何時の間にかいなくなって何度呼んでも自分を迎えには来てくれなかった。「まったく…子供でもできる遣いなのに…。こんな天気の悪い日はシウルかジホにやらせればよ
その種を植えた時には、まだ妻とは呼べなかったその人がまたこの手に還ってきた。「康安殿から貰ってきたのよ。」開いた掌には、こんもりと小さな赤い実が盛られていた。いつか共に見たあの花が実を付けたのだ。何かに包むとか、籠に入れるとかすればいいのに康安殿からここ
その花を見つけたのは偶然だった。終わってしまった季節を惜しむように上を向いて歩いていて転びそうになって手をついた。アスファルトを歩き慣れた足は、ここではよく転びそうになる。― この子に手をつかなくて本当に良かった。けなげに咲いた小さな花が笑うように風に揺
隣に並ぶその人の顔が、周囲と同じ金赤の濃淡に溶けていく。家々の立ち並ぶ市井の街並みの中、酒楼の角に灯が点り始めるとどこからか煮炊きの匂いが漂ってきた。まだ学堂にも行かぬ頃であった。朝起きて外が晴れていれば、朝餉もそこそこに家を飛び出した。そして、近所の子
「はっ。」カーン「はっ。」カーンヨンが規則正しい動きで薪を割る度にその肌を流れ落ちる汗が午後の陽に煌めいて四方に飛び散った。上着をはだけたヨンの上半身の筋肉が力を込めて動くにつれて滑らかに躍動する。所々に肥厚性の瘢痕が白い軌跡を伸ばすその肌は隆起したかと
「眠そうですね。」先に立って歩いていたヨンは、後ろを振り返って、遅れ気味のウンスに気付くと少し歩を緩めた。「うーん、眠い。でもこの時間でないとねぇ。」少し汗ばんだウンスの首筋で結んだ汗の玉から眩しそうに目を逸らしたヨンは、ウンスの歩の先にあった石を爪先で
手持ち無沙汰なヨンが、手すさびにウンスの体に手を這わせる。隈なく愛でるように撫でるその様子は欲望に燃える男のそれではない。むしろ自分の所有物を電車の模型や野球選手のカードのコレクション満足げに眺める少年に近い。”これは俺のものだ。 どうだ、いいだろう”と
逃げないのに私は逃げたりなんてしないのに貴方は頬を両手で挟み込むようにすると濡れた瞳で近づいて来る。私は最初、貴方を見つめ返すけれどずっと貴方を見ていたいけれどいつも途中で胸が痛くなって目を閉じてしまう。まず熱い息がかかって私の胸がまたギュウッと掴まれた
「トギ、一緒に食べないの?」ウンスの問いかけに首を振ったトギは身支度をすませると慌ただしく出ていった。そして、もの問いたげなウンスと目が合ったチャン侍医も「私もこれから恵民局に行って新しい散職と会わなければいけなくて…。」済まなさそうにそう言うと忙しそう
「何してるんだ。」遅くなって帰宅したヨンの夕食の相手をしながら「ちょっと腕のお肉がね」ウンスは左腕を上げるとその二の腕の肉をつまんでみせた。「その“肉”がどうしたんだ。」まくれ上がった袖から出た白い肌の弾力は勿論ヨンのよく知るところだ。煮魚を箸で器用にほ
「ブログリーダー」を活用して、lemarさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。