久しぶりにnoteを開いたせいでしょうか。 こうして真っ白なページに文字を置くことに なんだか少しだけドキドキしています。 本当ならば今日は「二十四節気では『穀雨』となり田畑を潤す雨が降り、青々とした眩しいほどの新緑がきらきらと‥」と書き進めているはずなのですが、前回の記事『清明』でもお話したように、季節を心の奥深くで感じる余裕もない私にはその先を書き進めることがどうやら難しいようで…。 最近の私は、鳥取マガジンのライターとして 取材に行き記事を書くことに加え、YouTubeのショート動画の制作もしています。 数年前に開設した『詩的な記憶』のYouTubeのホームでは、ポエトリ
4月5日から19日頃 立春、雨水、啓蟄、春分‥そして五番目に当たる節気『清明』となりました。清明とは、清らかな春先の頃を表す言葉『清浄明潔』を略した言葉です。 暦便覧によると 『万物発して清浄明潔なれば此芽はなんの草としれる也 春の空気が澄み、日の光が明るく照らしてくれるので花や草木など、あらゆるものがはっきり見える。芽吹いたばかりのこの草はなんという草なのかもよく分かる。 寒い寒い冬が終わり暖かな春の日。 見上げれば頭上に広がる空も 行き交う町並みも色を持ち、そこにあるのは優しい春色の時間。 それなのになぜでしょう。 長い冬を
おやすみと囁き合った その後に ポツンと落ちるの長い夜 朝が来ればきっと‥ 一晩中眠れず過ごした私の痛みを 貴方は自分の事のように 感じるのでしょう そして寄り添えず 向き合えなかったと 自分を責めてしまうのでしょう 波打つ心のざわめきも 細く揺れる琴線も もしも持っていなければ 手にしていなければ 降り続く夜半の悲しみに 想いを馳せることも なかったかもしれないのに 窓の向こう 滲んだ街の片隅で ほんの少しの囁きと 甘い吐息を期待して 儚く散ったその先に ポツンと響くの‥ 雨の音 #20『Solitude』 るん詩の世界
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