2016年、車で逆打ちで遍路を廻り 2017~2018年に休日歩き遍路で結願しました その時の記録等を残しています また、お遍路に役立つ情報も書いています
四国八十八ヶ所霊場 19番 奥の院 清水寺 本尊:延命地蔵菩薩 昭和15年4月28日、当時の住職らが発願し、立江寺の旧跡を起点にして新四国八十八ヶ所(天神山を一周する約4km徒歩1時間のミニ八十八ヶ所)を開創昭和55年に大改修を行った 遍路道沿いに、奥の院の表示があったが立ち寄らなかった19番 奥の院入口から奥の院までの道は狭く、駐車場も見当たらなかったので車で行くには不向き到着時、駐車場と勘違いして近隣の民家の駐車場に停めてしまっていたようで、本堂の写真を撮った後、車のほうを振り返って気が付き、そそくさと退散 立江寺で頂いた奥の院の御朱印
新四国曼荼羅霊場 第80番札所 山号:國伝山本尊:地蔵菩薩宗派:真言宗大覚寺派住所:徳島県小松島市松島町11-26 弘法大師巡錫のおり、海畔一区の霊場として開基されたと伝説され、旧小松島市街の中心に位置する。山門・本堂・大師堂・多宝塔・鐘楼堂・三十三観音堂・庫裏が建つ。往古より京都大覚寺末の中本寺で、阿波藩内寺院を監督する八門首寺の一つと言われている。本堂の建物は足利幕府の末裔平島公方の館を移築したもので、簡素で力強い佇まい大唐破風の玄関と書院、高雄曼荼羅を復元した紺紙金銀泥の胎蔵大マンダラは県指定文化財である。境内に湧く宝寿水は、おいしく身体によい地下水として人気がある 地蔵寺の駐車場は境内…
四国八十八ヶ所霊場 18番 奥の院 金磯弁財天 本尊:弁財天 平安時代前期の延暦年間(782年-806年)に恩山寺で修行を行っていた弘法大師が東の方の島に龍燈を見つけた。そこで船を借り、その島に上陸した。すると芳しい梅の香りと共に、美しい音楽が流れ、迦陵頻伽が飛び交っていた。そこに美しい姿をした女神が座っていた。空海は女神と一晩、法話を交わした。夜が明け始める頃、女神は「私はこの海上を守護する弁財天である。」と言った。そして夜が明けると共に白龍となって海中に帰って行った。その後、弘法大師はこの丘に弁財天を祀った。 Googleマップのナビでは、全く違う場所に到着マップの表示を航空写真に切り替え…
新四国曼荼羅霊場 第81番札所阿波秩父観音霊場 第1番札所阿波七福神霊場・大黒天 山号:中津峰山本尊:如意輪観音宗派:高野山真言宗ご詠歌:御佛の おしえも高き 中津峰 法の誓いを たのめ世の人住所:徳島県徳島市多家良町中津2-2 阿波三峰のひとつ中津峰山にあることから中津峰観音と称される。徳島南部には、弘法大師が太龍寺山の舎心ヶ嶽・太龍寺から中津峰山の方向に北斗七星を拝して、悪星を祈り落としたという伝説が多く伝わっている。 中津峰山の南麓には弘法大師が祈り落とした悪星を封じ込めたという星の岩屋・星谷寺がある。 中津峰山山頂(天津神社)と如意輪寺にまつられる総鎮守の三十八社大権現は九曜二十八宿の…
新四国曼荼羅霊場 第82番札所 山号:龍光山本尊:千手観世音菩薩宗派:高野山真言宗ご詠歌:ただための 照らすこの世を 長谷寺 大慈大悲の 誓いたのもし住所:徳島県徳島市渋野町宮前27 創建年・開基ともに不明である。創建年は一説によると鎌倉時代との説もある。近隣には天王塚や新宮塚があり、四国では第二の規模を誇る前方後円墳・渋野丸山古墳がある。 本堂 本堂の中に納経場所があり、何度か声をかけるが誰も出てこないので、新曼荼羅の納経セットから御朱印とラリー帳に判を押して、箱の中に料金を置き退散
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