2023年5月
マイナンバーの根腐れシステムを作ったのが富士通だと聞いて、今年一番の大笑いをした。 富士通の印象は最悪だ。なお、富士通の技術力も最低だと思っている。 今からさかのぼること19年。ピチピチの大学3年生だった僕は、富士通が参加する合同就職説明会に足を運んだ。とりあえずIT系のどこか大企業に入れば食いっぱぐれないだろう、くらいの軽い気持ちだった。 昔から学校が肌が合わず、大学の雰囲気も嫌いで、講義にはほとんど出ずにゲーム会社でプログラマーとして朝から晩まで働いていた。だから自分の技術力が社会である程度通用することを認識していたし、まぁつまり企業から招かれざる、扱いにくい学生だったことは間違いない。 僕が就職先に求めていたことは2つ。残業が少ないことと、転勤が一切ないこと。 この条件が日本のIT企業の労働条件と全く合致しないことを知るのは、それから2年経って鬱病と診断されてからである。 まぁそんなわけで、根腐れ日本社会の厳しさをまだ知らなかった僕は、意気揚々と富士通の就職説明会に向かった。 愛車のホンダ ホーネットで。 リクルートスーツで会場が真っ黒に染まる中、僕だけライダージャケットである。言われた通りに平服でお越しいただいたわけだけど、こんなに浮くとはさすがに思わなかった。 でもまぁ当時はまだ自分に空気を読む能力がない事実に気付いていなかったので、説明会が始まると意気揚々と手を挙げて質問した。 1週間のうち何日くらい定時退社できますか(=^・・^=)? 正直、めっちゃ浮いてたと思う。でも返ってきた入社3年目だという男性社員の回答に、僕は愕然とした。 「入る前からそういうことを気にする人は富士通に向いていません」 いや~、本当に愕然としたんだね。そのまま会場を中座したらしく、気付いたら行きつけのラーメン屋にいた。 富士通に向いていなかった僕だけど、その後、日本の東証一部上場企業とシンガポールのNYSE上場企業で合計10年働き、フリーランスとして独立してから4年以上も主にシリコンバレーのテック業界をお客様として生き残っている。 だから、今なら言える。 正しい感覚を持っていたのは僕であり、富士通3年目の彼は根本的に間違っていたのだ。 人間は生物である以上、集中力が持続するのは1日せいぜい5時間くらい。それ以上、高い生産性と作業の正確性を発揮するなら、少なくとも30分くらいは昼寝する必要がある。そんな風に昼寝を駆使しても、限
スマホ全盛期は楽しかった。 次々と新しい機能が追加され、それを活用した新しいサービスが登場した。 たとえばスマホにGPSが搭載されたことで、素人でもタクシー業を営めるようになり、数回のクリックで好きな食べ物を自宅に届けてもらえるようになった。シンガポールの米系企業をクビになったあと、僕と同じように失職した元同僚たちをSNSで追跡したら、数人が配車アプリに登録してタクシー運転手になっていた。 つまり、もはや鬱病に耐えてまで不本意な仕事にしがみつかなくても、さっさと退職して自営業のタクシー運転手になれば問題なく暮らせるようになったのだ。 他にも、1 度目のインド旅行では騙されたりリクシャ運転手と怒鳴りあったりして、もう2度とこんな糞尿帝国に来るもんかと思ったものだけど、2度目のインド訪問ではGoogle地図と配車サービスで、そうしたストレスの9割が解消していた。(相変わらず劣悪な衛生管理には閉口するが) 自動運転、ドローン、仮想通貨、VR。 この勢いでテクノロジが進化したら、10年後には、まさにドラえもんとかハイペリオンで描かれた未来が到来するのではないか。スマホ全盛期には、新しいガジェットを手に入れて最新のアプリをインストールする度に、そんな期待感に胸を躍らせたものだ。 ところが、そうしたサービスは労働条件を悪化させ、働く人の尊厳を棄損した。最新テクノロジは、いわば人材市場の焼畑農業だったのだ。外国人と見るや5倍の運賃を吹っかけてくるインドのリクシャ ワーラーも、この巨大な情報空間に手足を縛られた歯車のひとつにおちぶれた。 別にインドのリクシャ ワーラーなど煮ようが焼こうがどうでもいいのだけど、問題はそれだけじゃない。 今や全員のポケットにカメラが準備され、その場の雰囲気で気軽に発した一言がソーシャルメディアで拡散される。そんな新しい日常は、人と人との関係性を危険なリスクに貶めた。 インターネットは真偽にかかわらず、声の大きな意見を増幅する。 誰でも言いたいことを言える場所が用意されたことで、逆に誰も言いたいことを言えない社会が出来上がった。もちろん今でも発言することは可能だけど、炎上の報いを受ける過程がここまでマザマザと可視化されてしまうと、知性を備えた多くの人は口をつぐむ方が得策だと判断するだろう。 なんとも皮肉な話だ。 僕は5年前にTwitterアカウントを削除したけど、2023年にイーロンマスクがTwitt
ミニマリストを標榜している。 思えば11年前に日本でサラリーマンしてた時は常にモノが多かった。そこから一念発起してミニマリストを目指したわけではなく、家を引き払って世界を放浪するうちに、自然と持ち物が減っていった感じ。 最初は実家に家財道具などを置かせてもらってたんだけど、何しろバックパック1つで何か月も暮らしてから、たまに帰国して僕の日常をかつて彩っていたモノたちを眺めても、「もう使うことはないな」という感情しか沸いてこなくなった。 だから、いわゆる「断捨離」に苦労したことはない。思い出の品を写真に残すこともなく、実にサッパリと手放すことができた。 いつまでも実家に迷惑かけるのも気が引けるしね。 ただ、3畳の激狭シェアハウスで借りぐらししていたシンガポール時代ならいざ知らず、今住んでいるオランダの賃貸は築120年のオンボロながらリビング20畳、寝室6畳はある。 つまりオランダに定住した今でもミニマリストを続ける理由はない。コロナからの気付きにより、もう放浪生活に戻るつもりはないので、家財道具を増やして便利で快適な暮らしに戻ってもいい頃合いだ。 そんな折、ジムで一緒に筋トレしているイスラム ゴリラたちとIKEAに行く機会があった。 ゴリラAの車で行ったんだけど、全員ガチムチ兄貴なので車内が狭いったらありゃしない。それに加えて僕以外が全員腋臭。 そんな、IKEAに向かうなんとも過酷な道中では、正直、ソファーくらい買ってもいいかなと考えていた。 たまに家に遊びに来るゴリラBからも「お前んちは座る場所すらない」と散々苦言を頂戴していたし、僕自身も何もない部屋に不便を感じつつあった。 でもIKEAに到着して、迷路みたいな通路を右往左往し、ソファーのセクションに足を踏み入れた途端、フラッシュバックに襲われた。 フラッシュバックとは、今の現実と何の関係もない昔の記憶が、前触れもなく突然頭を支配してしまう症状だ。僕の場合は当時のカラー映像が視界をジャックして、場合によって音や声も聞こえる。 うっ…。 「お前またチック症かよ~」 ゴリラAがからかってくる。腋臭のくせに余計なお世話だ! しかもチック症とフラッシュバックは違う。僕は両方とも症状を抱えているから違いがよくわかる。 脳のこめかみの辺りに異物を詰められたような不快感があって、首を縦に振る振動で異物を取り除こうとする行為。これが僕のチック症。異物の不快感を我慢するのは、床屋
周りのみんなが難なく普通にやっているように、僕は他人を愛することができない。 まぁ誰かを愛せなくても別に大きく困っていないのだけど、鬱病と不眠症を(マリファナで)克服した今、次に取り組むべきは愛着アプローチだろうと。 それで愛情ホルモン「オキシトシン」で駆動する脳の神経回路について調べていたら、面白い文献にたどり着いた。 なんでもヒトの幹細胞を培養して人工脳「脳オルガノイド」を作成したら、人間と同じような脳波を検出した。そして不完全ながら意識が芽生えている可能性があるので、倫理的な観点からその実験は中止されたという。 実験室で新たなヒトの意識を発生させるのは倫理的に問題がある。しかし、ヒトの子宮で新たなヒトの意識を発生させるのは、むしろ国家によって奨励されている。 謎だ。 でも我ながら、なにが謎なんだ。モヤモヤする…。 と、さらにネットを彷徨っていたら、反出生主義という考え方にたどり着いた。 普通の倫理観では、幸福を最大化するのを良しとする。たとえ苦労や苦痛がともなっても、それを乗り越えて大きな幸福を手に入れるのが良い人生であると。 ところが反出生主義では、苦労や苦痛を最小化することを良しとする。すると、そもそも産まれてこなければ苦痛を感じようがないのだから、最初からこの世に存在しないことが最良の状態ということになる。 トンデモ理論に聞こえるけど、ショーペンハウアーとか名の知れた哲学者も主張する考え方であるため、論理基盤が強固で簡単には論破できないらしい。 科学者が勝手に意識を発生させる脳オルガノイドに倫理的問題があるなら、苦労や苦痛を味わうことを前提に親が勝手に意識を発生させる子作りにも倫理的問題があるんじゃないか。 なんだか、めっちゃ腹落ちした。 僕はぜんぜん子供が欲しくない。 11年前は鬱病アル中無職だった僕も、今や30代日本人男性の平均年収を軽く超えている。だからオランダで1人くらいなら子供を持てる経済力はあるのだけど、そうする理由がまったく見つからないばかりか、子供を持たない理由ならいくらでも出てくる。 その1つが「子供が哀れ」というものだ。 事実はどうあれ、僕はかなり苦労して今まで生き延びてきたと自認している。改善しようと努力を続けているけど、この苦労は今後も死ぬまで続くだろう。ただ、自殺するのは人生に耐えるより苦痛だし、周りの人たちにも迷惑をかける。 でも今この瞬間に最初から存在しなかったことにでき
オランダで合法であるマリファナを、もう10年練習している瞑想に取り入れたことで、アクセスできる記憶の範囲が劇的に広がった。単純にマリファナで酔っぱらった状態で瞑想を試みるだけなんだけど、そりゃもう「こんな記憶が残ってたのか!」とびっくりするほど古い情景がポコポコと浮かんでくる。 場合によるけど、音声付きのカラー映像で過去の体験を呼び出せることもある。まぁ内容の信憑性は乏しいのだけど、これを超越瞑想と呼ぶらしい。 祖母が認知症になったとき、記憶は脳ミソに残っているけど、そこに至る神経回路が切れて記憶を呼び出せなくなってるという話を聞いた。ドングリの隠し場所を忘れてしまう冬眠前のリスのように、程度の差はあれど我々も忘れられた記憶を脳に溜め込みながら日々を生きているのだ。 人間の人格は遺伝子由来の素地の上に、過去の体験が積み重なって形成されている。 たとえば「セロトニン運搬遺伝子」の型によって「仕事は大雑把だけど鬱病になりにくい」とか「厳密な仕事に向いているけど鬱病になりやすい」とか、生まれながらの人格が決定される。前者の遺伝子型はたとえばラテン系民族に多く、後者の遺伝子型は日本人などアジア系に広く分布しているらしい。 こうした人格を引っさげて様々な体験を重ねるうち、「収入は低いけど明るく楽しい人生」とか「抗うつ薬を飲みながら年収1000万円稼ぐ人生」が徐々に形成されていく。 そんなわけで寝る前に大麻キャンディーを食べて、夜な夜な古い記憶を掘り返しては自分の人格がどんな体験で形成されてきたのかを研究している。そしてあわよくば、不都合な記憶に対処することで、考え方や性格を思い通りにデザインできたらいいな。
そうか、僕は「みんな」が嫌いなんだ。 35歳でシンガポールの正社員をクビを言い渡されたとき、不安になるどころか解放感がドドッとやってきた。無職は恥だが、癖になる解放感をともなう。だから将来を悲観するよりも、刹那的な自由にさっそく意識が向いている。 こんな風に自己分析して苦笑した。 それならば。人生の自由度を高める方向で、とことん頑張ってみよう。 仕事面では会社に所属しないフリーランスを目指し、私生活では気の合う極少数を残してほとんどの人達との関係をすっぱり切った。頻繫に連絡する人は世界中に5人もいれば充分である。 生活に必要な人間関係を最小化することが、僕にとっての幸福度を高めると考えたのだ。 『嫌われる勇気』『幸福になる勇気』のシリーズは「すべての悩みは人間関係の悩みである」というのを前提に論が進んでいくのだけど、その中で「もし宇宙空間をただ独り漂っている人がいたら、その人には悩みが生じない」という下りがあった。 孤独の悩みや劣等感でさえ、地球で暮らす無数の人間の存在を知っているから発生する。この宇宙にもし最初から自分しか存在せず、もし自分と他人を比較するという概念さえなければ、孤独という感情すら生まれないし、どんな悩みも成立しないというのだ。 ちょっと詭弁っぽいけど、これを読んだとき「宇宙空間を独り漂って地球人を空から観察している自分」を想像してワクワクした。 ん、なんでそんな状態にワクワクするんだろう。 そうか、僕は「みんな」が嫌いなんだ。 日本でもシンガポールでも、客観的に考えて良い人に巡り会えた。いつも程よい距離感で接してくれる同僚、何かと声をかけてくれるご近所さんたち、いつもビールを買う行きつけの酒屋のおっちゃん。みんな善良な市民であり、僕に対しても好意的に接してくれていた。 それなのに、僕は彼らに対する警戒心を最後まで解かず、さらに日本やシンガポールから離れるタイミングで完全に関係を断ってしまった。 僕は潜在的に「みんな」のことが嫌いで、いなくなっても構わない、むしろいない方がいいと感じていたのだ。 これで良いはずがない。僕だって「みんな」を敵ではなく味方だと感じたい。仲間で構成された社会の一員として、仲間に貢献しながら愉快に暮らしたい。 「みんな」のことが嫌いだという気付きから、僕は愛着の再形成に取り組むことにした。
これまで書いてきた570記事をすべて削除しました。昔からの読者さんは驚いたかもしれませんね。 当然、理由があります。 まずキッカケとして、サーバーのメンテナンスに失敗してサイトを破壊しちゃったんだよね。もちろんバックアップは取っているんだけど「あ!ヤバい!」と思った直後、404エラーを表示した自分のブログを眺めていたら、なにやら肩の荷が降りたような安心感が押し寄せてきた。 思えば、フリーランスの翻訳者としてオランダでの生活を安定化させてから、これまで書いてきた内容にずっと猛烈な違和感を覚えてきた。 今の自分と、過去の自分が連続していないような感覚。誰か他の人が自分の名前で記事を書いているような気持ち悪さ。 この違和感の原因を考えたところ、次の3つに思い至った。 だから、もし僕のブログを読んで海外移住や海外ノマドを目指しても、多くの場合、上手くいかないだろうと判断し、過去記事をすべて削除しました。 ありがたいことに何度も読み返してくださっている方もいらっしゃるのですが、その内容が時代に即していないのであれば本末転倒。むしろフェイクニュースとして害悪。 そういう僕を支えてくださる方々に報いるためにも、心機一転、新しい方法でコロナ後の世界を発信していきます。どうぞ今後ともよろしくお付き合いください(=^・・^=)♬
2023年5月
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