chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
徳川おてんば姫
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2019/05/02

arrow_drop_down
  • 私・井手純~手術⑥~

    先生は手際よく傷口を触り始めた。しかし、これからが地獄だった。何しろ6時間以上も時間が経っていたので、当然のこと麻酔は完全に切れており麻酔無しでの管抜きとなったのである。時間的にはほんの10分ぐらいだったのだが、管が抜かれるまでは恐ろしい痛さだった。しかし管が抜かれると噓のように痛みは無くなった。チラッとしか見れなかったが管は太さ2~3ミリで長さは約20センチぐらいであった。その後傷口を先生は親指で約20分体重をかけて抑えつずけた。これもかなりの苦痛を感じた。日をまたいでやっと終わった。その頃は痛みは噓のようになくなった。体が動かせる様になったのが本当にありがたかった。何よりもトイレに行けるようになったのが助かった。翌日リハビリをしたが、痛みは無く普通に歩けるようになった。明日退院できることになった。約2週間後...私・井手純~手術⑥~

  • 私・井手純~手術⑤~

    身体にメスをいれられたことの無い自分としては未知の異様な感覚だった。動脈硬化で細くなった血管を広げているのだろうと想像した。時間的にはよく分からなかったが長く感じた。20分ぐらいだったと思う。先生の動きが止まり、手術は終わった。ブルーシートとステンレスのアーチが取り払われ、いつの間にか運ばれて来た私のベッドに数人がかりで移動された。その後隣りの部屋に移された。そこで別の先生が約20分、管を差し込んだ所を親指でかなりの力で押さえ続けられた。先生に聞くとかなり前から血液がサラサラになる薬を飲んでいた為に血が止まるまで抑えなければならないと言う事だった。この時は先生の体重をかけて親指で押さえつけていたのでかなり痛かった。その後血が止まったのを確認され、ベッドに寝たまま自分の病室に運ばれた。病室に着くと先生からこれから...私・井手純~手術⑤~

  • 私・井手純~手術④~

    一度目の手術。手術着に着替えていた私は、看護師さんの言われるまま自力で手術台に横になった。天井を見ると以前の手術の跡か、血の跡らしきものが一つ目に入った。恐らく以前の患者さんのものと思われ、体が固くなった。周りでは助手の人や看護師さんたちがテキパキと動いていた。そのうち私の頭の上にアーチ状のステンレスの枠がかけられ、その上からブルーシートをかけられた。視界は目の前のブルーシートで完全に塞がれた。看護師さんから名前と生年月日を聞かれ、答えると担当の先生から”井手さんこれから(専門用語)の手術に入ります。”と言われ、手術が始まった。まず足のつけ根に局部麻酔を打たれた。とにかく、何も見えない状況で麻酔を打つ時の痛みと、麻酔が効き始めてからの先生の動きを想像するしか無かった。付け根部分からつま先への動脈に管らしきものが...私・井手純~手術④~

  • 私・井手純~手術③~

    7月22日に入院し手術は25日であった。とにかく私としては、手術台に上がることは、生まれてこのかた初めての事なので不安と期待でいっぱいだった。しかし足が痛くて20~30メートル休み休みでないと歩けなかったのが、治るという嬉しさの方が大きかった。手術日は決まっていたが、入院日は混んでいたので4日前であった。その間毎日検査ばかりで、尚且つ点滴のくだをつけられトイレに行くのも面倒だった。友人の見舞いに行ったときにその様な姿を見ていたことはあっても、いざ自分がそうなってしまうと情けなかった。いよいよ車椅子に乗り、手術室に着き、手術台に上がると緊張して動機が高まった。担当の先生は淡々とした口調でこれから行う手術の説明をしてくれた。ここまで来たら昔の人が言っていた”嫁にいった晩で相手の言い成り”の心境であった。私・井手純~手術③~

  • 私・井手純~手術②~

    市川にある循環器専門の病院に紹介状を書いてもらい、行くことになった。私の父は開業医だったので、子供の頃より他の病院に行くことがなかった。紹介を受けた病院は、家から20キロほど離れた最新の機器を揃えた病院とのことだった。車の運転には支障が無かったので1人で行った。手続きをして約2時間待ってやっと順番がきた。(勿論、予約を入れておいたのだが)周りを見ると、自分が若く感じるほど高齢者が多かった。先生に問診を受けて、その後4時間後にCTを撮って貰い、また2時間待ち、再度先生に話を聞くことが出来た。結局約8時間病院にいた。翌日、自分の足のレントゲン撮影を見ながら先生の説明を聞いた。結論は”足梗塞”という事で、すぐに手術が必要との事だった。原因は動脈硬化で、若い頃からの不摂生であった。すぐに入院という訳には行かず、2週間後...私・井手純~手術②~

  • 私・井手純~手術①~

    心筋梗塞・脳梗塞にならぶ足梗塞の怖さ。68歳にして人生初の入院と手術体験。日本で最近とくに注目されているのが足梗塞。原因として基本的には動脈硬化。動脈に血栓が詰まり血液が流れにくくなり、ひどくなるとかなりの痛みを伴いまったく歩けなくなる。上半身(心臓、脳)に血栓が飛べば、麻痺やひどいときは死に至る。下半身に血栓が詰まるとひどければ壊死を起こし切断に至ることもあると言う。私は68歳なかばにしてその足梗塞を体験をした。その時の実体験を書き残しておこうと思う。私は2019年6月ごろから足が痛くなり、最初は右足。買い物に出て20歩ほど歩くと脹脛が異様に痛くなり、休まないと進めなくなった。息切れもひどくなり休み休み歩いていた。今までに無かった状況に焦っていた。行きつけのクリニックで診てもらうと薬を出してくれた。すると幾ら...私・井手純~手術①~

  • 姪・山岸美喜~24年ぶりの再会⑤~

    姪の美喜からは晩年の慶朝のことを色々聞いた。慶朝の住んでいたひたちなか市の自宅にも案内された。慶朝が晩年お世話になったサザコーヒーの鈴木会長にもお会いし、そこでも色々な逸話を聞くことが出来た。”徳川慶朝”という重い名前を背負い現代の世界で生きてきた彼の苦悩は大変なものであったと思い知った。他にもたくさん徳川を名乗る方々はおられるが、それぞれにその名前の重さを痛感しているのだと感じている。私などは”井手”を名乗り(勿論、井手家も由緒ある家ではあるが、さすがに徳川家とはその重さは比較にならないもので)やりたい事をやりこちらから言わない限りは誰も気が付かないのであった。姪の美喜はまさに男勝りというか、とにかく行動力のある人で趣味も多彩で、料理、ゴルフ(シングルハンディ)、クラッシック音楽のプロデュース、また自分で幾つ...姪・山岸美喜~24年ぶりの再会⑤~

  • 姪・山岸美喜~24年ぶりの再会④~

    美喜のご主人はとても寛大なかたで、彼の援助の上に彼女の行動は成り立っているのだと思う。美喜と同じく慶喜公の血を受け継ぐものとしてはこれ程ありがたいことはないと感謝している。姪の美喜とは前にも述べたが、24年の空白があった。その間お互いにいろいろな事があり、特に私のことは彼女に言わせると”井手のおじちゃまには近づかないのがいい”と周りから言われており、再会した時もかなり警戒していたと言っていた。これについて私としては全く弁解の余地がなく、認めざるを得ないのである。60数年前には年末から年始にかけては毎年恒例行事が高輪の高松宮邸でおこなわれていた。40数年前からは姪の美喜も参加し毎年宮邸での同じ空気を感じさせて頂いた。その感覚は彼女と話していると次から次へと思い出が湧き出てきていつまでも会話がつきなかった。12月2...姪・山岸美喜~24年ぶりの再会④~

  • 姪・山岸美喜~24年ぶりの再会③~

    2019年6月29日国際仏教大学(文京区小石川にあり、慶喜公の終焉の地であり、私の母も生まれ育ったところ)にて毎年恒例の講演会があった。数年前に慶朝も私の母も講演させて頂いた。そこで24年ぶりに姪の美喜に偶然にも再会する事が出来た。その日を境に姪の美喜と何度も電話で話すようになり、慶朝のことを色々聞くことが出来た。2019年慶朝の二年祭の折参列させてもらった。後日慶喜公の弟である徳川昭武の住んでいた松戸市の戸定邸にて美喜と二人で婦人公論のインタビューを受けさせてもらった。(10月8日号)fujinkoron.jp/articles/-/963姪の美喜は慶朝から受け継いだ事をとても重く感じており、女の自分がこの後どのようにして動けばよいのか悩みぬいた。まして山岸家に嫁いだ身として徳川を名乗っていない自分がどこまで...姪・山岸美喜~24年ぶりの再会③~

  • 姪・山岸美喜~24年ぶりの再会②~

    私の母久美子は、私達にとても厳しかった。その調子で慶朝にもよく小言を言っていた。彼は私の母の事がとても嫌いだった。晩年の彼はほとんどの親族と接することを拒んだ。その中で姪の美喜には心を開き、食事をしたり、お酒を飲んでいた。慶朝が亡くなる前に遺言書を書いていた。彼の全ての財産と慶喜公の資料を山岸美喜に託すと・・・・よほど美喜には全幅の信頼を寄せていたのであろう。慶朝の葬儀は茨城の地元で行われ最後まで美喜が色々手配をした。私は高齢の母もいたため、葬儀には参列出来なかった。翌年の7月私の母が95歳で天寿を全うした。これで慶喜家の孫は全員居なくなった。徳川おてんば姫(東京キララ社)姪・山岸美喜~24年ぶりの再会②~

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、徳川おてんば姫さんをフォローしませんか?

ハンドル名
徳川おてんば姫さん
ブログタイトル
徳川慶喜log~徳川と宮家と私~
フォロー
徳川慶喜log~徳川と宮家と私~

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用