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2019/04/15

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  • -支那の道徳史観から脱却した皇道史観の近代性-【GHQ焚書図書開封 第142回】

    【GHQ焚書図書開封第142回】-支那の道徳史観から脱却した皇道史観の近代性-水戸學中興の祖、若き天才の藤田幽谷。松平定信の要請により、幕閣候補として藤田幽谷を推薦した六代藩主文公(水戸治保)。時は、徳川太平の時代、防衛の危機感をもっていたのはわずかに林子平ぐらいなもので、幕府、一般庶民に至るまで太平の夢にうつつを抜かしていたのである。そんな時代、幽谷の万世一系の天皇の尊皇思想が受け入れられる環境ではなかった。今後、幕府と天皇が対立することがあれば、水戸家は京都(天皇)に味方すると、常日頃いっていた光圀は平時は尊皇敬幕論者で、有事は尊皇排幕論者に変わる思想の持主であった。幽谷は、現代日本の首相のブレ-ンと言われる知識人、言論人のように、官房長官のごとく政治意見を述べ決断に関与するのではなく、何をすべきかという意...-支那の道徳史観から脱却した皇道史観の近代性-【GHQ焚書図書開封第142回】

  • -幕府大老に堂々と忠言した十八歳の藤田幽谷-【GHQ焚書図書開封 第141回】

    【GHQ焚書図書開封第141回】-幕府大老に堂々と忠言した十八歳の藤田幽谷-古着商の息子として生まれた藤田幽谷が、後に遥に武士、学者達を凌いで水戸學中興の師と仰がれるにいたったのには、彼の非凡なる資質と不撓の研鑽があった。天才幽谷は、10歳で読書に熱中し、青木侃斎に師事し、数カ月で四書五経の読み方だけは卒業した、11歳で漢詩をつくり、13歳で大人を凌ぐ漢文を作った。彰考館の館長立原翠軒の門下生へと進み、志学論、安民論、正名論(せいめいろん)、建元論を発表した。18歳の頃、白河楽翁(松平定信)が幽谷を幕府で採用しようとしたが、正名論で君臣の大義を明らかにし、幕府の厚意に酬いたものの、賎覇の意を示した点があり、不採用となった。これが、幽谷の運命の分かれ道でもあった。その後、文公に建白書を出し、藩政に口出しし、改革を...-幕府大老に堂々と忠言した十八歳の藤田幽谷-【GHQ焚書図書開封第141回】

  • -前期水戸學の主張-【GHQ焚書図書開封 第140回】

    -【GHQ焚書図書開封第140回】-前期水戸學の主張-光圀は、肇国の当初、天照大神が皇孫に与えた三種の神器を保有している南朝を正統、保有していない北朝を閏統とした。列伝には、皇妃列伝、皇子列伝、皇女列伝、群臣列伝(藤原鎌足、和気清麻呂、大伴家持、菅原道真、平重盛、藤原藤房、藤原師賢、源親房、同顯家、同顯信、同顯能、楠木正成、同正行、名和長年、兒島高徳、菊池武光、同武時、結城宗廣、新田義貞など)があり、その下に将軍列伝(源頼朝、足利尊氏など)が位置していた。家臣列伝には、北条時政、同義時、同泰時、同時頼、同時宗、大江広元などが該当していた。江戸時代朝鮮通信使が日本に支那の漢文、儒学を教えたが、ある時期から朝鮮通信使が驚くほど日本はナショナリズムが勃興し、近代化し始めた。その当時、朝鮮通信使は、オランダ人、支那人以...-前期水戸學の主張-【GHQ焚書図書開封第140回】

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