⑺ 第七代孝霊天皇 孝安天皇の第二子で、倭風諡はオホヤマトネコヒコフトニ(古事記では「大倭根子日子賦斗邇」、日本書紀では「大日本根子彦太瓊」)という。 オホヤマトの意味は第四代天皇と同じ推理になる。 根子は何か。根を張った樹木というような解釈する向きもあるが、「根」は...
⑷ 第四代懿徳天皇 安寧天皇の第二子で、倭風諡はオホヤマトヒコスキトモ(古事記では「大倭日子鋤友」、日本書紀では「大日本彦耜友」)である。橿原の軽に宮があったが、当時その一帯がオホヤマトと呼ばれていたわけではない。また、国号を倭から大倭に変えた後も国内的にはヤマトと言って...
四 初代から第十代天皇までの諡についての想像 ⑴ 初代神武天皇 倭風諡はカムヤマトイハレヒコ(古事記では「神倭伊波禮毘古」、日本書紀では「神日本磐余彦」)である。 カムヤマトは美称でイハレは地名だという説がある。カムヤマトを「神々しいヤマト」とか「神聖なヤマト」と...
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