3年ぶりに投稿します。お久しぶりです。
3年ぶりに投稿します。お久しぶりです。
彼が担当するメロディに入る。ソロパートだ。静かな緊張と、若さゆえの自信から、息は僅かに震えているように聞こえる。でも力強い。高音も安定している。むしろその僅かな震えが、フロアの空気を揺らしている。そして空気の振動が、観客の内部を揺らし始める。どよめきが感嘆に変わっていく。キレイだ。僕には、彼が遊んでいるように見えた。誰よりも楽しんでいるのだ。
先日東京大学大学院を卒業しました。これで休学の1年を含む、7年続いた大学生活も終わりました。 修了式 本当は3/31に投稿したかったのですが、まとまりせんでした。本当は節目の気分はFacebookに投稿したかったのですが、諸事情ありFacebookはやめました。だから代わりにこのブログで、今の自分の考えを少しだけ書きたいと思います。(結局まとまりもしませんでした。) 端的に僕の大学生活を振り返ると、正直に言って、すごく孤独だったなと思います(自己憐憫は嫌いですが、本当のことを書かないと意味がない)。誰にも相談できない悩みを抱え、比較的明るいキャラを演じた。誰も見ていないところで溢れそうになる感…
先日毎日更新すると宣言して、なんだかんだ2平日に1更新くらいになっています。 が、ここで追い討ちをかけるように、請け負っている仕事の締め切りが迫っているので、もう少しスローペースになります。。。
車内には観光客は1人もおらず、全員現地住民だった。座った瞬間嫌な感じがした。車内のあちこちからニヤニヤした顔が向けられ、「Chino, Chino」と呼ばれた。アジア人差別を感じた。無視して耐えた。
「ピンチ!復学届!」サンティアゴ・デ・クーバ|中南米旅エッセイ12
もし、カード会社から電話がかかってきていなかったら、Wi-Fiにつなぐこともなく、催促のメールには気づかなかった。もし、そのタイミングで知り合いに合わなかったらパソコンを借りれなくて復学届は書けなかった。さまざまな偶然の連携で、見事にピンチを乗り切った。
塔に登って、楕円形に切り取られた壁から、遠くまで続くカリブ海を眺めた。イヤホンをつけて「彼こそが海賊」を流した。初めて海外に行ったのは、小学6年生でハワイだった。海の見えるホテルのバルコニーから、iPodを片手に「彼こそが海賊」を聞いた。当時12歳。今や23歳だった。自分自身、前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのかわからなかった。
正しさが暴走するとき。正義の名の下に、あるいは経済的合理性の名の下に、本当は正しくない何かが正しいとされてしまったとき。社会は真っ暗闇の中、ブレーキをかけることなど考えもせず、崖へと続く道をアクセル全開で進む。次に社会が止まるのは、崖から落ちたあとだ。
先日修論の提出を終えたので、卒業までの2か月弱でブログを完結させるべく、これから平日毎日ブログ更新します。 …っていうのを昨日インスタで宣言したにも関わらず、初日からできませんでした。明日からやります。。
最近落ち込んだことがありました。 12月です。友人から電話がかかってきました。 結論から言うと、その友人は難病になり目が見えなくなったとのことです。 あとで補足説明しますが、全然読まなくても構いません。 一つ言いたいことは、「彼が病気に関してYoutubeを始めたので、よかったら見てください」です。 youtu.be
「老人と海」は僕はあまり好きではない。それよりも「日はまた昇る」とか「武器よさらば」の方が好きだ。でもそこには共通した感覚がある。僕がヘミングウェイの小説を読んだ後に想うのは、いつも一人の人間の後ろ姿だ。
ピンクラグーン 僕らのしている「旅」と彼女たちのしている「旅行」は、別物なのだと思った。
僕にとってこの旅は、他の旅とは少し違う意味合いを持っていた。他の旅のコンセプトが「未知との遭遇」だとすれば、この旅のコンセプトは「過去との再会」だった。
「恋・ドストエフスキー・盗難未遂」パレンケ|中南米旅エッセイ7
「その目は、その目はまるで…」と、心が呟いていた。そして次の瞬間、僕はその言葉の後に何が続くのかを悟った。自分が何を考えているのかわかってしまった。僕は全身の力を抜き、再び席に座った。彼女のことを引き止めるのはやめた。
「カルチャーショック」サンクリストバル・デ・ラス・カサス|中南米エッセイ6
でもきっとそれは、羨ましいと感じている自分の本音を誤魔化すための言い訳だったのだと思う。
番外編エッセイ「コンビニ」 - 悩める東大生の休学タビ記録
よし自分も脱ぐか、と思って思い切って水着を脱いだ。
夏という季節はどうしてこうも郷愁を誘うのだろう。 どこまでも続くような空の向こう側から 夏休みの記憶が降ってくるからだろうか。 あ、そうか。去年の夏は日本にいなかったのか。 空を見上げる。 同じように空を見上げていた去年の自分が蘇る。 僕はカンボジアにいたのだった。 そして数日後に始まるダイビング講習を受けに、タイに向かっていたのだった。 毎日が楽しくて、毎日に期待していた自分。 満面の笑みをした僕自身の姿が、まぶたの奥に思い出される。 今の僕はどんな顔をしているのだろうか。 あの夏と同じくらい、今年の夏も笑えるだろうか。
休学が終わって、早3ヶ月が経とうとしています。
旅で得られるもっとも重要な経験の一つは、こういう何気ないものなのかもしれない。 年齢も性別も職業も関係なかった。そういう経験が一つの心象風景となって、今の僕をしっかりと裏から支えてくれている。その風景は僕にとって、好きな時に帰れる場所なのだ。そんな気がする。
「世界は僕を泣かせた」サンミゲル・デ・アジェンデ|中南米旅エッセイ③
それは、突然のことだった。 身体中に鳥肌が走った。 僕は気がつくと、涙を流していた。 サンミゲル・デ・アジェンデ
そのモザイクタイルの一つ一つに人々の生活が宿っているのだと思うと、人々の営みの歴史の重さがひしひしと伝わってくるようだった。
「テンプレートに込められた非テンプレート」メキシコシティ|中南米旅エッセイ①
シウダデラ市場にて 空港ビル内に入ると、塩素の強い匂いに混じって、ほのかに異国の匂いが漂っていた。僕はそれを懐かしく感じた。小学6年生の時に、母親に連れられてニューヨークに降り立った時の思い出がフラッシュバックした。もう11年前のことだ。僕はあれから身体的な意味でも精神的な意味でも大きくなったはずだ。でも、今僕が感じている高揚感は、11年前の小さな僕と何も変わりがないように思われた。
動画編集とは名ばかりの、保存用に撮った動画を繋げてBGM貼っただけ。 www.youtube.com
「Enjoy your life」シンガポール|東南アジア旅エッセイ⑯最終回
「それで、お前は将来どんなことがしたいんだ」とジェームズが問う。 《前回の記事》 1. クロアチアに遡る 2. エリート教育 3. インドネシアの名古屋 4. 一度きりの人生を楽しめ 5. 後日談 《あとがき》 《前回の記事》 spinningtop.hatenablog.com 1. クロアチアに遡る 闇夜に輝く摩天楼の足元を車で駆け抜ける。助手席に座った僕はラジオから流れてくるバラードを聴きながら、将来またシンガポールにきた時は女の子を連れて今度は僕が運転をしようと密かに誓った。 それにしても車に積んだETCみたいな機械で、町中の駐車場の清算が全部済むし、時間によってはロードプライシング(…
自転車を漕いだ。重く熱を持った身体。額にうっすら浮かぶ汗。橋を渡ってモスクのある島へ。爽やかな夕方の風が、身体の芯を撫でた。頭の中でゆずの「夏色」が響く。僕は自転車をもっと漕ぐ。身体が少し軽く、楽になった気がした。
2018年が終わりに近づいた、この一年の振り返りのタイミングで、ここまでの休学旅ライフで思ったことも少しだけまとめます。
「宗教・軸・正義・価値観」クアラルンプール|東南アジア旅エッセイ⑭
僕はおばちゃんから説明を聞いている間、そのおばちゃんの柔和な笑顔に惹きつけられていた。そこには僕と違う価値観があるのかもしれないけれど、その価値観はこのおばちゃんにこれだけの笑顔をもたらしている。
「人生初ヒッチハイクの挑戦」キャメロン・ハイランド|東南アジア旅エッセイ⑬
一人の女性が近づいて来て、「もし泊まるところがなければ私の部屋ベッド二つあるから泊まってもいいわよ?」と声をかけてくれた。 僕は丁重に断ったが、その申し出の暖かさに心を打たれた。どこの誰かもわからない異国の男を自分の部屋に泊めようとする女性がこの世の一体どこにいるのだろうか。
僕は世界の隅っこにいる気分になった。僕がテロッバハンにいることなんてこの世の誰も知らないだろうし、そもそも興味もないだろう。誰も僕を知らない場所で、僕は一人自分を見つめ続ける。
夕暮れどきのビーチを覆う南国の暖かな空気に身体を解きほぐし、爽やかな笑い声の響を聴く。 僕にとっての平成最後の夏。そこには素敵な青春があった。
僕らは生きている限り、何も選択していないように見えても、その裏で確実に何かの機会を失い続けている。それは音もなく静かに消えていくために、ほとんど気づかないだけだ。
女の子は僕に向かって妖しく微笑んだ。それを合図にその子を含めた3人の女の子プラスおばちゃん1人が一斉に僕に襲いかかってきて、僕の身体のあちこちを引っ張り、あるいは背中を無理やり押して僕を店の中に連れ込もうとした。
「狭隘で絶望的な檻の中に灯った小さな光」|東南アジア旅エッセイ⑧
生きるということは、罪深いエゴを背負って立つということだった。死ぬということは、罪から解放される代わりに、自分のエゴも全て強制的に諦めなければならないということだった。僕は彼ら彼女らが僕のことをいつまでも忘れないでいてくれることを願い、彼ら彼女らの幸せを心から願った。
ビーチまで歩いてすぐなのだから砂浜で寝ればいい、と思いつき水着に着替えて、防水ポーチの中に財布と携帯を入れてビーチへ向かった。ほんの少しだけ平泳ぎのフォームを確かめた後、防水ポーチを肩から斜めに掛けた状態で砂浜に横になった。天気は曇りだった。目が覚めたのは2時間後だった。
ラオスの国境審査が終わると、ベトナムの入国審査までラオスでもベトナムでもない場所を5分ほど歩かされた。ここでも、入国審査が終わると「ワンダラー」とお金を要求された。面白いことにちゃんとお釣りをくれた。なんて律儀な賄賂なんだ。
引き返した方が懸命だったと思う。でも負けたくなかった。世の中には負けてもいい、あるいは負けていると思われてもいい。でも僕はその時負けられなかった。「一度妥協したら死んだも同然」。ずっと負け続けてしまう気がした。もうこれ以上僕は自分に負けるわけにはいかなかった。そのために休学したんじゃないのか、そのために旅に出たんじゃないのか。もはや僕が闘っているのは、日没までの時間でも砂利道でもなかった。
「ちょっとしたお話2つ」ルアンパバーン 東南アジア旅エッセイ④
ある晩ふと気になって、おっちゃんに「お昼は何の仕事をしているの?」と聞いた。
「タイからラオスへ」ルアンパバーン |東南アジア旅エッセイ③
少し原始を感じる木造高床式の家々と棚田からなる小さな村が時折沿線に現れ、強い郷愁を誘う。子供たちは裸で水浴びをし、家畜の子豚兄弟が道を横断し、路肩の水路には水牛がいた。
頭の中でPhillip Phillipsの「Gone, Gone, Gone」が響渡った。 僕は今ひとりでタイの田舎を原付で疾走している。 【東南アジア旅エッセイその②】
「あーあ、カオサン来ちゃったよ」 【東南アジア旅エッセイ第一弾】
東京の満員電車に押し込められて、毎日朝から晩まで予定づくし。 To Doリストを消化すると同時に、人生も消化しているように感じる。 「ああ、自然に囲まれてゆっくり過ごしたい…」そんな風に思うことってありませんか?
『タビイク』って知ってますか? 「ひとり旅ってどうしたらいいの?」なんて思ってる人必見です。
先日ベトナムのビーチで昼寝をしたら、ひどく日焼けをしてしまいまして。 Tシャツが痛くて着られないというような感じだったので、ホーチミンにて初めてクレカ付帯の海外旅行保険を使ってみました。 誰かの役に立つことを願いながら備忘録的にまとめます。
「もう海外は日本のことなんて相手にしてないよ」 僕は今マレーシアのクアラルンプールに来ている。 林立する高層ビル群。 便利でキレイな公共交通機関。 大規模なショッピングモール。 そして人は当たり前のように英語を話す。
僕の宗教はなんだろう。 僕の正義はなんだろう。 僕の「心のコンパス」はどこを指しているんだろう。 (インドエッセイ完結編)
僕の宗教はなんだろう。 僕の正義はなんだろう。 僕の「心のコンパス」はどこを指しているんだろう。 (インドエッセイ完結編)
インドは世界3大ウザイ国などと言われる。 客引きはしつこいし、すぐ騙してくる。 しかし、本当にウザイのは一体どっち側の人間なのだろうか。
インドは世界3大ウザイ国などと言われる。 客引きはしつこいし、すぐ騙してくる。 しかし、本当にウザイのは一体どっち側の人間なのだろうか。
これから話すのはタージマハルの美しさについて、ではなく、僕が自分の人種について意識したエピソードである。
これから話すのはタージマハルの美しさについて、ではなく、僕が自分の人種について意識したエピソードである。
もうあたりは暗くなっている。 その時、道の先からこちらにトラックが一台向かってきた。 荷台には20から30代の男が10人ほど乗っている。 僕は立ち上がった。 まずい、殺される。 ここで襲われたら気づいてくれる人は誰もいない。
もうあたりは暗くなっている。 その時、道の先からこちらにトラックが一台向かってきた。 荷台には20から30代の男が10人ほど乗っている。 僕は立ち上がった。 まずい、殺される。 ここで襲われたら気づいてくれる人は誰もいない。
Googleマップで位置確認をする。 その時僕は信じられないものを目にする。 画面に映る現在位置を示す青丸はサトナ駅にぴったり重なっている。 理解するのに時間が必要だった。 そう、まさに今サトナ駅に到着していたのだ。 僕は急いでベッドから降り、必死になって狭い車内を駆け抜けホームへ出た。
Googleマップで位置確認をする。 その時僕は信じられないものを目にする。 画面に映る現在位置を示す青丸はサトナ駅にぴったり重なっている。 理解するのに時間が必要だった。 そう、まさに今サトナ駅に到着していたのだ。 僕は急いでベッドから降り、必死になって狭い車内を駆け抜けホームへ出た。
1人のヒンドゥー教徒があぐらを組んでじっと太陽の出てくるあたりを見つめている。 靄の中から真っ赤で大きな太陽が少しずつ顔を出した。 何かが僕の芯に触れ、目の裏が熱くなった。
1人のヒンドゥー教徒があぐらを組んでじっと太陽の出てくるあたりを見つめている。 靄の中から真っ赤で大きな太陽が少しずつ顔を出した。 何かが僕の芯に触れ、目の裏が熱くなった。
すこし朦朧とした頭とぼやけた視界に映り込む、電光掲示板の文字。 「Platform13 12562 23:10」 時計を確認すると、23:33だった。
すこし朦朧とした頭とぼやけた視界に映り込む、電光掲示板の文字。 「Platform13 12562 23:10」 時計を確認すると、23:33だった。
記念撮影と思いジャマーマスジットを背景にハザンと写真を撮ると、どこからか知らないインド人がやってきて俺とも一緒にツーショットを撮ってくれと言われる。 1人と撮ると、次々と俺も私もと写真をせがまれる。 気づくと僕の前に僕と写真を撮りたい人のちょっとした列ができている。
記念撮影と思いジャマーマスジットを背景にハザンと写真を撮ると、どこからか知らないインド人がやってきて俺とも一緒にツーショットを撮ってくれと言われる。 1人と撮ると、次々と俺も私もと写真をせがまれる。 気づくと僕の前に僕と写真を撮りたい人のちょっとした列ができている。
「なんでインドなんか来ちゃったんだ、帰りたい…」
「なんでインドなんか来ちゃったんだ、帰りたい…」
今回は僕が実際にしたヨーロッパ縦断についてまとめることで、ヨーロッパ旅の仕方を紹介したいと思います。
ヨーロッパ縦断遂に【ギリシャ】でゴール!
14カ国目【アルバニア】 日本人の99%が訪れないとか言われるらしい。 多分だけど99%も訪れない気がする…。笑
13カ国目【モンテネグロ】のコトル 「世界一美しい港」って言われたりすることもあるみたいです。
12カ国目は【クロアチア】 途中でスロヴェニアを11カ国目にカウントしました。 スロヴェニア全然観光してないんですけど、ちょっと大変だったんでカウントしてやることにしました(笑)
10カ国目。【イタリア】の「ヴェネツィア」
9カ国目。「ドナウの真珠」と呼ばれる【ハンガリー】のブダペスト! ブダペストの日本人宿に来たかった!!
「ブログリーダー」を活用して、ふろぐまさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。
3年ぶりに投稿します。お久しぶりです。
彼が担当するメロディに入る。ソロパートだ。静かな緊張と、若さゆえの自信から、息は僅かに震えているように聞こえる。でも力強い。高音も安定している。むしろその僅かな震えが、フロアの空気を揺らしている。そして空気の振動が、観客の内部を揺らし始める。どよめきが感嘆に変わっていく。キレイだ。僕には、彼が遊んでいるように見えた。誰よりも楽しんでいるのだ。
先日東京大学大学院を卒業しました。これで休学の1年を含む、7年続いた大学生活も終わりました。 修了式 本当は3/31に投稿したかったのですが、まとまりせんでした。本当は節目の気分はFacebookに投稿したかったのですが、諸事情ありFacebookはやめました。だから代わりにこのブログで、今の自分の考えを少しだけ書きたいと思います。(結局まとまりもしませんでした。) 端的に僕の大学生活を振り返ると、正直に言って、すごく孤独だったなと思います(自己憐憫は嫌いですが、本当のことを書かないと意味がない)。誰にも相談できない悩みを抱え、比較的明るいキャラを演じた。誰も見ていないところで溢れそうになる感…
先日毎日更新すると宣言して、なんだかんだ2平日に1更新くらいになっています。 が、ここで追い討ちをかけるように、請け負っている仕事の締め切りが迫っているので、もう少しスローペースになります。。。
車内には観光客は1人もおらず、全員現地住民だった。座った瞬間嫌な感じがした。車内のあちこちからニヤニヤした顔が向けられ、「Chino, Chino」と呼ばれた。アジア人差別を感じた。無視して耐えた。
もし、カード会社から電話がかかってきていなかったら、Wi-Fiにつなぐこともなく、催促のメールには気づかなかった。もし、そのタイミングで知り合いに合わなかったらパソコンを借りれなくて復学届は書けなかった。さまざまな偶然の連携で、見事にピンチを乗り切った。
塔に登って、楕円形に切り取られた壁から、遠くまで続くカリブ海を眺めた。イヤホンをつけて「彼こそが海賊」を流した。初めて海外に行ったのは、小学6年生でハワイだった。海の見えるホテルのバルコニーから、iPodを片手に「彼こそが海賊」を聞いた。当時12歳。今や23歳だった。自分自身、前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのかわからなかった。
正しさが暴走するとき。正義の名の下に、あるいは経済的合理性の名の下に、本当は正しくない何かが正しいとされてしまったとき。社会は真っ暗闇の中、ブレーキをかけることなど考えもせず、崖へと続く道をアクセル全開で進む。次に社会が止まるのは、崖から落ちたあとだ。
先日修論の提出を終えたので、卒業までの2か月弱でブログを完結させるべく、これから平日毎日ブログ更新します。 …っていうのを昨日インスタで宣言したにも関わらず、初日からできませんでした。明日からやります。。
最近落ち込んだことがありました。 12月です。友人から電話がかかってきました。 結論から言うと、その友人は難病になり目が見えなくなったとのことです。 あとで補足説明しますが、全然読まなくても構いません。 一つ言いたいことは、「彼が病気に関してYoutubeを始めたので、よかったら見てください」です。 youtu.be
「老人と海」は僕はあまり好きではない。それよりも「日はまた昇る」とか「武器よさらば」の方が好きだ。でもそこには共通した感覚がある。僕がヘミングウェイの小説を読んだ後に想うのは、いつも一人の人間の後ろ姿だ。
ピンクラグーン 僕らのしている「旅」と彼女たちのしている「旅行」は、別物なのだと思った。
僕にとってこの旅は、他の旅とは少し違う意味合いを持っていた。他の旅のコンセプトが「未知との遭遇」だとすれば、この旅のコンセプトは「過去との再会」だった。
「その目は、その目はまるで…」と、心が呟いていた。そして次の瞬間、僕はその言葉の後に何が続くのかを悟った。自分が何を考えているのかわかってしまった。僕は全身の力を抜き、再び席に座った。彼女のことを引き止めるのはやめた。
でもきっとそれは、羨ましいと感じている自分の本音を誤魔化すための言い訳だったのだと思う。
番外編エッセイ「コンビニ」 - 悩める東大生の休学タビ記録
よし自分も脱ぐか、と思って思い切って水着を脱いだ。
夏という季節はどうしてこうも郷愁を誘うのだろう。 どこまでも続くような空の向こう側から 夏休みの記憶が降ってくるからだろうか。 あ、そうか。去年の夏は日本にいなかったのか。 空を見上げる。 同じように空を見上げていた去年の自分が蘇る。 僕はカンボジアにいたのだった。 そして数日後に始まるダイビング講習を受けに、タイに向かっていたのだった。 毎日が楽しくて、毎日に期待していた自分。 満面の笑みをした僕自身の姿が、まぶたの奥に思い出される。 今の僕はどんな顔をしているのだろうか。 あの夏と同じくらい、今年の夏も笑えるだろうか。
休学が終わって、早3ヶ月が経とうとしています。
旅で得られるもっとも重要な経験の一つは、こういう何気ないものなのかもしれない。 年齢も性別も職業も関係なかった。そういう経験が一つの心象風景となって、今の僕をしっかりと裏から支えてくれている。その風景は僕にとって、好きな時に帰れる場所なのだ。そんな気がする。