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2018/04/11

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  • 秋の風景(1)

    9月3日日没が早くなっています。1日に1分、つまり1ヶ月に30分早くなっているのだそうです。この夕焼けは、18時15分に撮りました。ここつくばみらいでは、3日前から稲刈りが始まりました。日中はまだ酷暑ですが、夕方になると、コオロギ等秋の虫が鳴いてます。夕方の散歩は気持ちいいです。-K.K-秋の風景(1)

  • 広島にて⑦「閑話休題その2 夜の広島にて』」

    資料館を出たあとは、夜の広島に出ました。なるべく、地元の人が集まる場所を探していきました。結局、「広島焼き」を食べるべく、地元のチェーン店に入りました。食事を楽しみながらも、私の心には、原爆ドームと資料館での体験が残っていました。その入ったお店のあった場所も、あの日の爆発で、一度全くの壊滅状態になっていたのを復興させた場所であること。そんなことを思っていました。地元の会社関係者の方であろう人々の楽しそうな会話も、そういう「復興」の上にたっている結果であること。彼らは自然に食事をし、会話をしていたわけですが、その光景が、私には違った形で見えました。(つづく)-K.O-広島にて⑦「閑話休題その2夜の広島にて』」

  • 広島にて⑥「広島平和記念資料館 その3『科学と戦争』」

    「資料館」の最後は「原爆『リトルボーイ』」についてです。もういろいろな場所で、原爆のしくみについては言われているので、ここでは「ウランどうしをぶつけて核分裂反応を起こした爆発を起こす爆弾」ということにしておきます。私が関心をもったのは、実際に爆弾の中で、核分裂反応した「ウランの量」についての展示でした。実際に積まれたウランの100分の1程度(重さにして800~900g)で、その量を立方体にしたものは、見た目、3センチか4センチ程度の立方体で展示(模型)されていました。(ウランは地球上でもっとも重い物質なので、それくらいの大きさになるのでしょう。)60kg以上のウランを積み、さらにその1%程度の爆発結果で、あのような甚大な被害が出てしまう・・・。(スカイツリーのてっぺんであの3~4センチ四方のものが爆発して...広島にて⑥「広島平和記念資料館その3『科学と戦争』」

  • 広島にて⑤「広島平和記念資料館 その2『アメリカ合衆国の人から見てどうなの?』」

    つづいて「資料館」についてです。7月に、児童と一緒に、某国立博物館に行ったのですが、英語表記のあまりの少なさに、「これでは、観光地にもならない。」と思いました。(そんなところも「人不足」なのでしょうか?)今回、行ってみて、たぶんアメリカ合衆国(以下「合衆国」)の人が多かったように思えます。館内のほぼ全てが「英語で併記」されているので、みなさん本当によく見ていました。小学生くらいの子どもに、説明している親御さんもいました。中には、あまりの凄惨さに耳を押さえてしまう子もいました。このことにより、合衆国の中でも、「原爆の使用」に関して、様々な意見があるのかなと改めて思いました。合衆国は戦勝国でかつ、日本を占領したこともあり、今でも様々な形で、政治的な圧力をかけることができます。(間違いないですよね?政権与党のみ...広島にて⑤「広島平和記念資料館その2『アメリカ合衆国の人から見てどうなの?』」

  • 広島にて④「広島平和記念資料館 閑話休題」

    どうして、半世紀以上も生きてきて、今更、広島平和記念資料館(以下「資料館」)に行ったのかについてです。千葉学校労働者合同組合にて活動していると、「天皇の戦争責任」ということで様々な場面に出くわします。その一つが「空襲」あり、「原爆」でもあります。それらの責任問題になると、必ず「仕方なかった。」「どうしようもなかった。」という意見に出くわします。私の身内でもそんな調子です。だから、自分の立場をより明確にするためにも、「資料館」にはいつか行くべきだと思っていました。実は、高校生のとき、2学年上の先輩方が、修学旅行で広島に行き、「資料館」にも行っていました。しかし、その後、校内の「修学旅行記」のようなものを読んだとき、多くの先輩方が「広島では嫌なものを見た。その後、京都や奈良に行っても楽しめなかった。」(主旨)...広島にて④「広島平和記念資料館閑話休題」

  • 広島にて③「広島平和記念資料館 その1『N家の崩壊』」

    広島平和記念資料館についてです。「博物館」ですから、展示内容がその都度変わるのは、世の流れかと思われます。いわゆる「ジオラマ(再現人形)」はもうありませんでした。それはともかく、私としては、「N家の崩壊」が印象的でした。戦争が招いた病苦に苦しみ、さらに、差別や福祉の不備による苦しみ・・・。N氏が亡くなった3年後に私は生まれました。それから半世紀以上経って、「N家の崩壊」に出会い、静かな「怒り」を感じました。実は、小学6年生の国語教材に「川とノリオ」という作品があります。この中で、献身的に主人公を育てていた母親が、出かけて行った場所(たぶん広島市)で原爆で亡くなるという出来事があります。その後、あるとき、主人公は「帰ってこない」母親を「恨み憎む」場面が出てきます。私はこの場面に長年、違和感を感じていました。...広島にて③「広島平和記念資料館その1『N家の崩壊』」

  • 広島にて②「原爆ドーム」

    実は「原爆ドーム」については、某TV番組の「世界遺産」で見ていました。一つ一つの瓦礫にいたるまでの管理、老朽化を防ぐための補修など。それらを間近で見ることができました。やはり、現物を現地で見ることの大切さを再認識しました。ところで、今回原爆ドームや広島平和記念資料館をはじめ、広島市内のいたるところに英語・中国語・ハングルの並記が目立ちました。原爆ドームにも様々な英語表記があり、外国人の方がかなり熱心に読んでいたのが印象的でした。(つづく)-K.O-広島にて②「原爆ドーム」

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