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  • 異形の仲間たちとの交遊録 「一人は気楽か?ツラいのか?-発達障害の心を考える」

    発達障害で時折みられる、集団から逸脱した行動や発言は、この文面では言い表せない発達障害独特なものがあります。それによって孤立することもよくある話しですが、それは発達障害当事者にとって、どの程度重要なのか?重要でないのか?「ツラい!」「別に!」と当人は言うが本当のところはどうなのか?疑問だらけです。私の手法(あえて手法と言います)は「こちらからはなにも言わずに寄り添う」「当事者の発言を待つ」「話しやすい雰囲気」「話しやすい態度」「話しやすいように、こちらが隙を見せる」ということです。小賢しいのかも知れません、ずるいのかも知れませんが…。当事者の話の内容は右往左往、前後不覚になるでしょう。矛盾も出てきます。(こんなの健常者にもあるでしょ?)発達障害独特の言い回しや表現、考え方があるのは当然です。一般的にカウン...異形の仲間たちとの交遊録「一人は気楽か?ツラいのか?-発達障害の心を考える」

  • 異形の仲間たち 「就職-退職を繰り返す『双極性障害』+『発達障害』も?」

    「双極性障害」←(国立精神・神経医療研究センターのHPへ飛びます)は、かつて「躁鬱病」と呼ばれていました。(現在でも使われているようですが)さて、大学を卒業して最初に勤めた会社でパワーハラスメントを受けた女性。しばらくは休職していたものの復帰したとしても職場の受け入れは難しく、休職期間が終わるのを契機に退職。しばらくは生活保護を受給して過ごしていたり、実家に帰省したりして静養に努めていました。その間は寝たきりだったり、リストカットをしたり、不眠時期が続いたりして浮く沈みが激しかったようです。2年ほどそのような時期があって「体調も戻ってきたし、なんだか気分もいい」ということで就職活動を経て、同業種へ再就職。その再就職先でも同様のパワハラを受けて退職。また、静養期間を経てまた同業種へ再々就職。その経緯を聞いて...異形の仲間たち「就職-退職を繰り返す『双極性障害』+『発達障害』も?」

  • 異形の仲間たちとの見聞録 「理解されづらい、理解されにくい『発達霜害』周りの人の対処は?」

    鬱が精神疾患としてフィーチャーされて久しくなり、昨今は発達障害が最近のブームになっております。ですが、鬱にしても発達障害にしても、実際に近所に居たり、職場に居たり、家族に居るとグッと問題は接近し切迫します。発達障害の場合、言動や興味にムラがあって均一さに欠いており、それは日常生活のみならず、会社を含む社会にまで及びます。一見して奔放な言動や行動は理解されず、怒りを買い、排除されてきたことが多い。仕事ではそんなことから発達障害に限ったことではないが転職を余儀なくされ、必然的に「職歴の多さ=トラブルの多さ」とめざとい人事担当者からは汲み取られることもある。職場や地域に入って、今まで発達障害者に接してこなかった人の中でも「理解したい」と思う人には、おそらくハードルが高い。沈んでいる人ではなく、どこかのタイミング...異形の仲間たちとの見聞録「理解されづらい、理解されにくい『発達霜害』周りの人の対処は?」

  • 異形の仲間たちとの見聞録 「専門医が少ない『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』」

    日本でPTSD(心的外傷後ストレス障害)がメディアに出はじめたのが1995年1月に起きた阪神・淡路大震災。余震や避難場所、その後の日常性を過ごす中で寝ている時や起きていている時もフラッシュバックや不眠、うつなど様々な身体症状に悩まされた。故中井久夫氏はPTSDの研究や兵庫県こころのケアセンター立ち上げにも尽力されている。そういう所から見ると日本のPTSD、トラウマ研究は非常に遅いと言える。アメリカではベトナム戦争(1954~1975年)の帰還兵の異常な行動などから研究が始まっていることを考えると雲泥の差だ。日本でも第二次世界大戦/太平洋戦争の帰還兵や被災者にPTSDの症状は出ていたが、研究にまでは至らなかった。「戦争神経症」といわれるものである。私の外戚の叔父も大陸で伍長として戦って抑留生活の後、帰還した...異形の仲間たちとの見聞録「専門医が少ない『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』」

  • 異形の仲間たち見聞録 「支援者が介入すべきなのか? ~統合失調症恋愛事情~ 」

    グループホームに務めていたとき、グループホームといっても建物一棟がグループホームなわけではなくて、アパートの4部屋だけが入居スペースだった。そんなわけで他の部屋は健常者もいれば、精神科に通院している方が混在しているところだった。Nさんという六十過ぎの男性がグループホームの一室に入居していた。その方は統合失調症で、いつも夢想と現実を彷徨っているような人だった。Nさんの隣部屋の三十代の女性Jさんはグループホーム入居者ではなかったが、統合失調症当事者だった。Nさんの日中の生活に関して職員は介入せず、夕食と服薬確認、部屋の清掃、相談相手、金銭管理が主な仕事だった。後にNさんとJさんはどうやらお互いの部屋を行き来して、Nさんは朝食をJさんと共に摂っているらしい。いわゆる「老いらくの恋」というやつ。恋人のJさんはどの...異形の仲間たち見聞録「支援者が介入すべきなのか?~統合失調症恋愛事情~」

  • 異形仲間たちとの交遊録 「過眠と不眠の往復-『睡眠障害』」

    鬱の患者さんの間でよく聞かれるのが「寝ても寝ても寝足りない」、「ずーっと、寝てる/寝られる」といった『過眠型』の睡眠障害(こんな用語があるのかわかりませんが)。鬱の症状で「起き上がれない」というの睡眠障害とは言わないだろうが、鬱当事者はそれも睡眠障害とは考えている方も多い。逆に「寝られない」、「うたた寝する程度しかできない」の『過覚醒状態』というのも困ったもの。真偽の程はわからないが、アメリカで10〜20年も寝ないで過ごした女性の話を本で読んだことがある。夜になっても眠くならずに編み物をして朝まで居るとのことだった。それは精神障害に起因するものではないそうだが、ストレスなりそれ以外の原因で睡眠を司るところに異常が起こり、過眠になったり、覚醒状態が続いたりするのだろう。また、不眠になることによってか、ストレ...異形仲間たちとの交遊録「過眠と不眠の往復-『睡眠障害』」

  • 異形の仲間たちとの交遊録 「専門医が少ない『解離性障害/多重人格』」

    一般に「多重人格」とし知られる『解離性障害』。私のように『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』よりも専門医またはそれに準じるようなDr.は少ない。医療面で過疎的な道府県では居ないところも多いだろう。かといって患者は越県受診をするのは病状や金銭的面で難しい。そういう場合、解離性障害に理解の無いDr.を受診せざるを得ない場合も多いだろう。中には「興味本位」で患者を受け入れるところもあり、患者が日頃の困難を打ち明けるとDr.は応じきれなくなり「言っていることは虚言だ」などというのであればまだしも、恫喝するDr.も居ると聞いたことがある。患者としては「頼みの綱」と思って受診したのに、転院しようにも「また、新しいDr.にも怒られるのでは?」と疑心暗鬼や受診自体がトラウマになって二次被害のような形になってしまう。患者...異形の仲間たちとの交遊録「専門医が少ない『解離性障害/多重人格』」

  • 異形の仲間たちとの交遊録 「『なぜ仲間はずれ?』コミュニケーションが難しい人たち」

    障害にかかわらず社会ではコミュニケーションは必須です。最小限の所では「家族」、「友人」、「学校」、「職場」などですが、最近の言葉で言うと「空気が読めない」「自分本位の発言が多い」という所が目立つと関係を深めることが困難になります。でも、「なんで?」と本人は気付かないことは誰にでもあることです。障害を抱えるとコミュニケーションはさらに困難になると思います。コミュニケーションを取るにあたって、まさに『(心身)障害が障害』になるわけです。見た目、言動、行動を周りが見て「この人とはお話しするのは難しそうだな」と思えば、相当関心を引くような人では無い限り回避するのは当然の話かも知れません。さらに障害当事者が「私は大変な目に遭って、こんなに困っていて、世界で一番不幸なんだ!」と態度や言葉に出てしまうと、ザワザワと音を...異形の仲間たちとの交遊録「『なぜ仲間はずれ?』コミュニケーションが難しい人たち」

  • 異形の仲間たちとの交遊録 「自分の障害をカテゴライズせずには居られない障害者たち」

    障害者の中でも精神障害や発達障害を抱えている人とお話しすると「私はASDです」「私はAD/HDです。」「私はHSPです。」「私は双極性の鬱が強い感じです。」など枚挙に暇が無いほどです。自分をよく理解して欲しかったり、同じ悩みを共有出来る人を求めていたりということだと理解しています。そんな人達を見続けていると悩みや日頃の困難を共有していた人達は時間の経過と共に仲違いを起こす。短期間で起きる場合が多いと感じています。私が思うに、「✕✕症」「✕✕障害」「✕✕病」と医師から診断名が下るのは、カルテ上や障害手帳、年金の手続き上必要なために付するもの他考えている。病気、障害になった経緯や経過、原因は人それぞれでそうなると現状もさまざまでもキッチリとした「区分」を欲する。私が自分の紹介をするときには病名を先に語ることは...異形の仲間たちとの交遊録「自分の障害をカテゴライズせずには居られない障害者たち」

  • 異形の仲間たちとの見聞録 「生活保護バッシング」

    『生活保護費引き下げ取り消し認めず初の2審受給者逆転敗訴』「行政=内閣」を始めとする役所や「司法=裁判所」はお坊ちゃま育ちが多いのと裁判所は役人や内閣の大臣の顔色ばかり気にして国民の顔色など気にせずに平気で弱者切り捨ての「冷たい資本主義」の一面を見せる。ちなみに、G7の中でGNP(国民総生産)比較では、日本が生活保護に対する割合は最下位である。14日、一連の裁判で初めての2審の判決が言い渡され、大阪高等裁判所の山田明裁判長は、「物価の変動率の算定にあたって受給者の消費構造をどの程度、考慮するかは厚生労働大臣の裁量に委ねられている。支給額の引き下げの判断は不合理とは言えず裁量権の逸脱や乱用は認められない」などとして1審の判決を取り消し、受給者の訴えを退けました。※判決文を抜粋不景気や物価上昇は考慮しない判決...異形の仲間たちとの見聞録「生活保護バッシング」

  • 異形の仲間たちとの交遊録 「障害年金受給バッシング」

    「障害年金」というのは障害が労働に差し支えて十分な収入を得られないためにあるものと私は理解しています。ですが、理解のない無責任な隣人やネットで通りすがりに見た当事者意識がない人間からのこころない発言や文字で打ちひしがれる人は多く居るのは悲しい現実です。批判する側は何に怒っているのか?察するに「オレが毎日苦労して稼いでいるのに、障害者の奴らは楽してお金もらってやがる」という感じでしょうかね?楽はしておらんのです。毎日シンドイ思いをしているのですからね。以前、障害者の当事者会でとある障害当事者から年金受給者への質問で「年金をもらっていることに後ろめたさはありますか?」。障害者間で共有出来る思いなんですね。その質問への答えは「私は十数年働いて厚生年金を支払っていたので、もらっても後ろめたさはありません」。この答...異形の仲間たちとの交遊録「障害年金受給バッシング」

  • 異形の仲間たち見聞録 「自殺の時期」

    穏やかでない題名です。今日は3月4日です。季節は変化していきながら春になろうとしています。その「変化」ですが『気温・気圧』は健常な方でも体調を崩しがちです。精神に疾患がある方などは、さらに敏感以上過敏で気分の浮き沈みが激しくなります。他の方を見ていると気分が沈んで「決めた!」となると明るくなって、数日後には自死行為をするのを数人見てきました。未遂で終わればいいのですが、当人たちが「確実に…」と思う方法の一つが電車への飛び込みです。私が通勤に使っている電車も「人身事故により、ただいま運休しております/遅延しております」というアナウンスやアプリに登録してある別の路線も同様の案内があったりします。この春先という時期は多く、また夏から秋に換わる時期などもそうです。先ほど言ったように『気温・気圧』の変化が激しい時期...異形の仲間たち見聞録「自殺の時期」

  • 異形の仲間たち見聞録 「部屋を片付けられない人」

    ふと思ったのですがカテゴリーの名前が「異形の仲間たちとの見聞録」になってますが、「見聞録」というより「交遊録」した方がいいのかな?と思いました。ご意見があればコメントください_(._.)_・・・さて、間隔がずいぶん空いてしまいましたが、久しぶりに書きます。私が会った「異形の仲間たち」のほとんどが『部屋を片付けられない人』でした。ご多分に漏れず私もそうです。何人か見ていると、いくつかのパターンがあるようです。今回は二つだけあげてみます。「うつ系」・・・症状が酷いと倦怠感が強くて自宅でほぼ寝込んでいて、そもそもやる気どころか、その元気も無い。外ではそこそこ活動できても自宅、自分の部屋は「休むところ」なので、帰宅するとバタンと倒れるように横になってしまう。こうなると家事全般出来ない人が多く、ゴミ捨てもままならず...異形の仲間たち見聞録「部屋を片付けられない人」

  • 異形の仲間たち見聞録 「自傷行為をする彼/彼女たち」

    『自傷行為』と聞いて、まず思い出すのは「リストカット」だろう。私が会って事のある人でいうと「リストカット」「自分で自分の首を絞めてしまう行為」「首を吊ろうとする/吊る」「過食/拒食」など。多くは「本当は死のうとは思っていないがそれをやると気分が楽になる」という人が多い。「首を吊ろうとする/吊る」は『死のうとする覚悟』の割合が多いように思います。私が関わった人でも「首を吊ろうとする」行為を繰り返した人がいた。何度も試みてその度に脚立を買うという周りから見ると不思議なことをしていて、「いっぱいあるからひとつあげようか?」といわれたことがあった。結局その方は自宅とは別のところで『縊死』を遂げてしまった。(過去記事にあるはず・もしくは「うつせみ和尚のお説教」の中か?)その時、本当に自殺を遂げたかったのかは今となっ...異形の仲間たち見聞録「自傷行為をする彼/彼女たち」

  • 異形の仲間たち見聞録 「ドクターハラスメントの被害者たち」

    Dr.Wはその病院でも一、二を争う受け持ち患者が担当していて、いわゆる「業界(精神科医)」でも全国区な著名な人で、他の「業界有名人」とも接点があり、かつ自分からも意欲的接していくタイプ。学会発表にも貪欲で部下にも協力させて積極的に活動していました。受け持ち患者数も多かったが病院へ「障害者雇用」の窓口的役割も担っていて自分の患者だけであったが病院に就職できた患者も多かった。しかし、このDr.Wの問題点は「癇癪持ち」で受け持ち患者でもこの『癇癪』の被害者は少なくないが「叱咤激励」と受け止めて感謝する患者も多くいた。しかし、せっかく職についてもこの「癇癪」で退職してしまい、主治医も同じ病院内で変えた患者もこれまた少なくない。これは患者だけが被害者だけではなくて職員も同様の「被害」に遭っていて院内でも職員はすれ違...異形の仲間たち見聞録「ドクターハラスメントの被害者たち」

  • 異形の仲間たち見聞録 「こころストレスののはけ口・高揚感の果て・孤独感の穴埋めとしての借金、そして破産」-後編

    Aくんはテレビをよく見ていて、特に「演芸」「ドキュメント」などが大好きだ。特に「落語」は、その当時上方落語が隆盛期で特に「三代目桂米朝」が大好きだった。まだ会社員だった頃は、「桂米朝独演会」や「桂米朝一門会」などに留まらず、他の一門の落語会にもよく足を運んでいた。だが、現状を考えるともちろんそんな余裕が無く、テレビで時々放映される演芸番組を番組表をにらみながら見つけるのだった。そんな日々を過ごしていて、「DVDレコーダーが欲しい」と思ったが、収入は今のところどんなに頑張っても「14万の壁」は越えられない。お金に恵まれている人間ならば「DVDレコーダーのひとつやふたつ」と思うかも知れないが、Aくんには大問題だ。そこで「総予算14万」は揺るがないので、削るところは「食費」だ。仕事場で食べる弁当だけは工夫して「一食2...異形の仲間たち見聞録「こころストレスののはけ口・高揚感の果て・孤独感の穴埋めとしての借金、そして破産」-後編

  • 異形の仲間たち見聞録 「こころストレスののはけ口・高揚感の果て・孤独感の穴埋めとしての借金、そして破産」-前編

    Aくんは30歳「双極性障害」との診断を受けており、本人も自分の行いを振り返って「そうなんだろうな」と淡く思っていたらしい。私自身は「Dr.による『刷り込み』」もあるのではないかと話していて感じた。彼は他の患者同様に「季節の移り変わり」、「気圧の変化」、「過去の嫌な記憶」に影響されて度々寝込んでいて、寝込むどころか「寝ていられない症状」というのも出てきて非常に精神的に追い詰められている様子が近くに居てよく分かった。ある時から顔を見なくなり、「どうやら自宅に引き籠もっているらしい」という患者間の情報で伝わってきた。症状は激烈であったらしくよってストレスはいかばかりか想像もつかなかった。その後、時々病院周辺に顔を出すようになり「以前の様に」とは行かないまでも会話は出来たが長い時間は疲れるらしく昼過ぎには自宅に帰ってい...異形の仲間たち見聞録「こころストレスののはけ口・高揚感の果て・孤独感の穴埋めとしての借金、そして破産」-前編

  • 異形の仲間たち見聞録 「真意?虚言?言葉の中から探り出す心の言葉」

    私がその老人に出会ったのは病院の外の施設であるグループホームでした。最初は「好々爺」といった感じだったのですが、他の職員は「✕✕さんはウソばっかり言って」というのが日常茶飯事の話になっていました。その上、「わがままばっかり言って」という話しも…。そんな話しを耳にする前に接したのですが、初回、二度、三度と会うたびに「ん!やっぱり噂は本当か!?」と思いました。それが一ヶ月、三ヶ月経つと、確かに都合の悪いことからは逃げるし、てきとうな嘘もつく、発言も二転三転して責任者や支援員を戸惑わせていました。私が全てを見通しているわけではありませんが、「さすがに全部うそじゃあないだろ」と思うわけです。しかし、今まで散々振り回されてきた支援員は「全部ウソ!」というわけです。まぁ「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」てなもんです。もうその老人...異形の仲間たち見聞録「真意?虚言?言葉の中から探り出す心の言葉」

  • 異形の仲間たち見聞録 「後もう少し、後もう少し…首が回らず、その果てに」

    人間行き詰まっても「まだ行ける、まだ行ける」と言い聞かせて続けてしまうのですが、もー「万事休す」といった場面に直面しても、まだまだ「まだ行ける、まだ行ける」で、私が病院で知り合った会社の社長さんで『双極性障害(そう/うつ病)』の方は行き詰まって自死してしまいました。南無三…人間の心理なんでしょうね「止め時」を見極められない、自分を第三者的に見られなくなった状態。「地獄の入り口」では、まだ後戻りできる目を持って居たんでしょうが、やはり「まだ行ける、まだ行ける」なのであります。会社経営であろうが、博打であろうが、ネット云々だろうが同じですわな。『止め時』。これを解明できればノーベル賞モノかもしれません。ちなみに一説によれば「博打(ばくち)」というのは「場(ば)で朽ちる(くちる)」で『博打(ばくち)』である、という戒...異形の仲間たち見聞録「後もう少し、後もう少し…首が回らず、その果てに」

  • 異形の仲間たち見聞録 「彼らのDVから見る家族歴/生育歴」

    さまざまな家庭環境から来たと思われる「精神疾患」、もちろん「遺伝的」とも言われているものもありますが、今回は「家庭内暴力」、「DV(ドメスティック・バイオレンス)」でありますが、ニュースになる「日常的な暴力の末に殺人に及んで・・・」のようなことが報道されます。今から例に挙げるのは「父親から『配偶者』または『こども』に対する日常的な暴力」ですが、一見他人から見れば「逃げれば良かったのに」とか「なぜ、警察に通報、相談しなかったのか?」と疑問に思う方も多いはず。私が考えるに大きく分けてパターンは二つ。一、「暴力的支配」二、「暴力と陶酔」今回は「暴力と陶酔」なのですが、パターンとして普段は優しい夫(母)、父親(母親)が配偶者やこどもに暴力を振るい、その後普段の優しさが戻り、暴力を謝罪し、優しく接する。暴力対象者は「あぁ...異形の仲間たち見聞録「彼らのDVから見る家族歴/生育歴」

  • 異形の仲間たち見聞録 「彼らの家族歴/生育歴」

    私が接してきた障がいを持つ人達、特に「うつ」、「解離性障害」、「統合失調症」、「PTSD」等々。家族に恵まれない方は少なくない。虐待、育児放棄、家庭崩壊と理由は様々ですが、後になって精神疾患の症状が出てくることも多くて私が接してきた方々のほとんどがそうであった。子供にとって成長過程での家族環境は脳の発達などに大きな影響を及ぼすと言われてる。私の場合は、Dr.が書くカルテには書いていないこともというより、その他の書いていないことが疾患の直接的、間接的に影響を及ぼしていると思っている。これは「障がい」という程では無いのかも知れないが、「親に捨てられた」、「自分の人生が狂わされた」と思っているケース。中学生の頃に両親が離婚。出ていった母には付いていかず、父の元で育ち四十代で結婚、二人の子供を授かり、仕事に趣味に充実し...異形の仲間たち見聞録「彼らの家族歴/生育歴」

  • 異形の仲間たち見聞録 「喫煙癖が強い『統合失調症』患者」

    私が支援者として友人として関わってきた「統合失調症」患者の方々の多くの方は「喫煙者」で、ヘビースモーカー。私は元来「非喫煙者」なので煙を嗅いでも「煙たい」くらいで「私も吸おうか」とは思いませんでした。そんな私の事情はどうでもいいですが、「統合失調症」と「喫煙」とは密接な関係があると、本で読みました。私が関わってきた「統失」の方々もご多分に漏れずそうでした。入院中の患者さんとは「喫煙同行」という形で、病院敷地内の喫煙所をお供させていただきました。(もうその病院には喫煙エリアは無いそうですが)その「喫煙同行」の場では「幻覚の中での発言」をする方でも回を重ねるごとに同行者が私であることも認識してきて、過剰に「好きぃ~♡」なんていう方もいらっしゃいましたが...(女性)そうなると私が「依存対象」になってくるので、支援者...異形の仲間たち見聞録「喫煙癖が強い『統合失調症』患者」

  • 異形の仲間たち見聞録 「思い付くままに回想2『開かなかったドア、開けようとしなかったドア』」

    私が訪問支援者デビューの第一号の通称「Bちゃん」。私より一、二歳年上でした。とても愛嬌のある当事者さん。最初はちょっと私に対して構えたものの、主治医が同じだったこともあり、意気投合して、病院とマンションの往復をよく話しして行っておりました。訪問は3人で行きます。うち二人はPSW(精神保健福祉士)。NO資格者は私一人、と言った具合です。PSWの内の一人は当事者なんでありますが、今ひとつ積極的になれない支援者なのでありますが、健常者PSWは何人をも訪問支援をしていることで慣れたものなのです。ですが、観察眼が冴えております(ピカーン)私は私なりの「接し方、目線の高さ」は誰にもひけは取らないつもりです。・・・で、ある日いつものように三人でマンションへ迎えに行ったのですが、チャイムを鳴らしても、ノックしても応答無し・・・...異形の仲間たち見聞録「思い付くままに回想2『開かなかったドア、開けようとしなかったドア』」

  • 異形の仲間たち見聞録 「思い付くままに回想・・・1」

    私自身もいわゆる「精神疾患者」なのですが、ひとことで「精神疾患」といっても千差万別で精神疾患の中で細分化されている病名を付されているので「患者間差別」もれっきとして存在している。これは健常者や健常者支援者であっても分からない点でもある。精神医学の中でも理解が難しい「統合失調症(※略称「統失」)」である。病状は人によるし、「統合失調症」という疾患名は付いているがDr.もその原因や病状の系統付けも出来ていないのが現状。そんな中、出会ったのが出会った当時20代後半だったAくん(男性)。私は「精神疾患者」ではある反面、「支援者」でもあるので、他に関わっていた患者さんは居たのだが、周りの支援者が手を焼いていたAくんに興味を持ち、また徐々に距離も縮まってくるのが感じられたので積極的に関与していった。彼は「(広汎性)統合失調...異形の仲間たち見聞録「思い付くままに回想・・・1」

  • 「呆け茄子の花」を見ていただいていた方々へ・・・_(._.)_

    今まで「呆け茄子の花」を見ていただいてありがとうございました。前号をもちまして最終稿とさせていただきます。突然ですみません_(._.)_もう、見出しは変わったのですが「異形の仲間たち見聞録」と題しまして、今まで私が接してきた患者さんたちとの交遊録、支援録を中心に書いていこうと思っております。不定期更新になりますが長い目でお付き合いください。よろしくお願いします。著者「呆け茄子の花」を見ていただいていた方々へ・・・_(._.)_

  • 小説 『呆け茄子の花 その五十五』

    就職活動も難航に次ぐ難航、Dr.からは障がい年金の打ち切りの引導を渡され、絶望の淵にあった。精神的にも弱くなり、就職試験で面接を受けても「どうせ落とすんだろ?」と投げやりな思いが続いた。ある法人の就職試験を受けた。採用人数は4人。試験会場に集まったのは7人。「もしかして・・・」という気持ちはあったが、「負け犬根性」が染みついている今の尚樹には「また落ちる」という気持ち以外無かった。筆記試験、PC試験、面接と2グループに分かれて進んでいった。筆記試験では漢字や四字熟語、複雑な計算式があったのだが、自信を無くしたのが「割り算」だった。今は電卓やExcel等で計算する時代になって、おそらく、化学工場に勤めている時もやっていなかったであろうから、高校生以来のこの問題に向かった時、忘れている自分に愕然とした。漢字や四字熟...小説『呆け茄子の花その五十五』

  • 小説 『呆け茄子の花 その五十四』

    この時期はずっと精神状態を含む体調が悪く、気分のアップダウン、拒食気味になり、食べるのは麺類のような食べやすいものが多くなり結局下痢してしまうのでこの時期体重は4~5kgは落ちてしまう。気分の落ち込みはまるで「山の天気」のように変化し、活動的な日の翌日は必ずと言っていいほど寝込む日が多い。それも遮音、温カーテンは閉め切り食事も摂らずに12時間以上寝るのだ。それも睡眠導入剤無しで。精神的に落ち込んでいるとこんな状態が続く。正直、「よくこれで前職勤めていたな」と思うが、尚樹が辞める切っ掛けになった「ろくに仕事もせず、職場で寝てばかり・・・」これは、心外な言葉であったが自宅を出るまで、毎日「必死な思い」で出てくるのは事実で昼の一時間の休みの時に寝なくては働けないのは事実であった。尚樹の身体症状として子供がよくなる「と...小説『呆け茄子の花その五十四』

  • 小説 『呆け茄子の花 その五十三』

    尚樹はその月で一年近く経つ週就職活動の中で感じる閉塞感と、前職の病院を「夜逃げ同然」で辞めた後ろめたさを常に感じていた。毎月第4木曜に行く職業安定所の障がい者相談室。ほとんどまともな話しをすることもなく、ただ毎回の常套句「尚樹さんなら大丈夫ですよ」の言葉。しかし、現実的に一年近く職が見つからないこととの矛盾を感じていた。数日後、面接の予定があったがすっかりと「厭戦ムード」たっぷりで面接を受けたが、そんな様子だから採用になるはずもなく、また数日後「不採用通知」が案の定来た・・・。それから尚樹は民間の就職斡旋会社も職安のサイトも見なくなり、自宅に引き籠もるようになり、その内に中古で買ったTVが音声しか出なくなり、外界とのつながりはPCのインターネットのみになってしまった。しかし、インターネットから得られる情報は偏り...小説『呆け茄子の花その五十三』

  • 小説 『呆け茄子の花 その五十二』

    その後の尚樹の人生はまた難航の兆しを見せてきた。退職した年始めからまん延していた「新型コロナウイルス」の影響で職安の「障害者相談室」へ行っても、「事務所清掃」、「社長室の庶務係」、「展示車の洗車」、「障害者職場での簡易な事務作業」など、尚樹の興味を引くものはなかったし、向いているとも思わなかった。多少、尚樹自身の「奢り」が会ったことは否定できないだろう。反対に「障害者への就労支援」、「障害者への相談業務」といった前職につながるようなところへ応募しても書類を突き返されたり、面接を受けても明らかに「形式的面接」で雇う気が無いようなものが多く、求人を出すだけの“ポーズ”にしか見えないものも多かった。内心「これが障がい者雇用の現実か」と実感せざるを得なかった。尚樹が退職したのが6月半ばで、あっという間に年末を迎えようと...小説『呆け茄子の花その五十二』

  • 小説 『呆け茄子の花 その五十一』

    とうとう尚樹は、たった二日間で机上の荷物や他のところにあった自分のもの全てを持ち帰ってしまった。その後の部長のリアクションは別に気にしていなかったが、その後なんら言葉や手紙はなかった。そのことの方が尚樹の気を患わせることがなかったので良かった。課長から退職に当たって事務的な処理をしに少しだけ来て欲しいというので、行ったが捺印や住所、氏名の記入程度で終わった。尚樹は手続きが終わると、内密に各部署の親しくしてもらっていた人たちに極秘に「暇乞い」のあいさつをしに回った。なかには、尚樹の心情を察してか「きっと、いろいろあったんやな」と声をかけてくれる人が居た。人中ではあったが尚樹は思わず今までのことが溢れてきて涙がこぼれそうになったが、やっとの思いでこらえるのが精一杯だった。そんなこととは知らない患者さんたちは「勤務上...小説『呆け茄子の花その五十一』

  • 小説 『呆け茄子の花 その五十』

    尚樹の仕事場が荷物を抱えて退勤する前に、課長の部屋に赴いた。課長は丁度在室していた。課長には前もってメールを送っていた。「退勤時にお話しがあるのでお部屋へ伺います。」と。部屋へいくと両手に荷物をいっぱい抱えた尚樹を見て半笑いしながら「尚樹さんどうしたんですか?」と白々しく言った。課長はそう言いながら隣部屋へ導いた。尚樹は課長の前で過剰に深刻な顔を作って「今日のことどう思われました?」と朝に話しはしたのだが改めて聞いた。「えっ?どうって・・・。」言葉に詰まった様子だった。尚樹は率直に「辞めようと思うんです。」というと課長は慌てて「えっ!?ちょっと急すぎませんか!?」。課長も尚樹からメールが来た時点で想定の中に入っていたはずだが、現に言われてしまうと今後のことが頭の中を走馬燈のように巡って行った。「(・・・部長にど...小説『呆け茄子の花その五十』

  • 小説 『呆け茄子の花 その四十九』

    尚樹は課長との話を終えて自室に戻っていつもの仕事に戻った。ただ黙々とそして丁寧に。午前中の仕事の記録を付けていると、「この部屋のもう一人の住人」である部長が入ってきた。なにか数時間前の怒りを入ってくる前にわざと沸き立て直して入ってきたような「無理やりな怒り」で入ってきたように見えた。尚樹が何事も無かったかの様に「お疲れ様です。」と声を掛けると、部長はキリッと尚樹を睨み付けた。尚樹はこれまた何事も無かったようにPCに向き直り一心に記録を付けていた。早々に部長は荷物を持って部屋を出て行った。尚樹は一つため息をついて「相変わらず子どもみたいだ。」と思った。尚樹は今までの人生の中でいわゆる「修羅場をかいくぐって来た」ことを思うと下品な言い方をすれば「屁」の様なものだった。尚樹はふと、以前に部長が言っていた医師になった切...小説『呆け茄子の花その四十九』

  • 再開!小説 『呆け茄子の花 その四十八』

    永らく投稿をせずに参りまして申し訳ないことと思っております。_(._.)_先ほどまで「終了のお知らせ」を書いていたのですが、「このような時期にこそ書いてみよう!」と思い細々と書いていこうと思い立ったところでございます。では、「再開、『呆け茄子の花その四十八』」の駄文をどうぞ。尚樹に身の上に突然の大きな転機が訪れてしまった。あえて「訪れてしまった。」というからには良い転機ではない。その日の朝の出来事である。この日は朝一番からある会議の準備に尚樹は忙殺される。参加人数分の書類のコピーや「主治医=部長」の業務に関する「道具」を取りに建物内を縦横に駆け巡らなければならない。これが手間取るのである。各部屋に置きっ放ししがちである主治医であるが故、いわば「ひろって歩く」のである。なければ、ならず必死に会議に間に合わせても「...再開!小説『呆け茄子の花その四十八』

  • 小説 『呆け茄子の花 その四十七』再開は突然に・・・_(._.)_

    ※身辺というか心辺穏やかでないものの、また書くこととなりました。よろしくお願いします。|||||||||_(._.)_|||||||||「日常」というのは「非日常」の連続のようなものいつものようにDr.のもとで仕事をする日常であった。ある日、Dr.から「尚樹さん、前に言っていた勤務時間を増やしたいって話しですけど、今の仕事で増やすのは難しいのだけど、この病院で違う職種で勤務時間を増やしてみませんか?」「どんな仕事でしょうか?」「受付と事務なんですけど」尚樹はDr.の『今の仕事では勤務時間は増やせない』という言葉が引っかかったものの、とりあえず受けてみることにした。今回はこの辺でにほんブログ村小説『呆け茄子の花その四十七』再開は突然に・・・_(._.)_

  • ボケ茄子の花「・・・」再開のお知らせ

    なんだか身辺が騒がしくなって来まして、そうなると書くネタもできてきましたので近日中に再開の予定です。あまり期待せずにお待ちください_(._.)_ボケ茄子の花「・・・」再開のお知らせ

  • 当Blogをご覧になっているごく少数の方たちへお知らせ

    日頃からこのブログをご覧いただき感謝いたします。誠に勝手ながら、私事によりしばらくお休みさせていただきます。凍結ではございませんので、近い将来再開するつもりでございますのでなにとぞご理解の程、よろしくお願いします(._.)オジギ当Blogをご覧になっているごく少数の方たちへお知らせ

  • 小説 『呆け茄子の花 その四十五』

    尚樹の「恋愛事情」を書いてみたい。尚樹自身はおくてな方でかと言って女性と話せないわけでは無い。どちらかというと相手を笑わすのが得意な方なのであるが、それ以上は踏み込めない性格である。そんな尚樹が人の紹介で知り合った女性Yさんと出会ったのは事故の前。Yからのプッシュが猛烈でズルズルと半同棲状態になった。その中で尚樹は労災事故に遭い、右足を失った。T大学病院の集中治療室にYを呼び、尚樹の方から「別れよう」と切り出した。事故に遭う前、Yからの話しで離婚したばかりだと言うこと、また、夫と姑の関係が良くなかったことと言えばまだ聞こえは良いが、尚樹の前で前の夫親子のことを散々に非難し、誹謗中傷とも言うべきことを言いつのった。そのことが頭の片隅にあり、尚樹は「このYには右足を失った自分の人生を共にするには彼女には荷が重すぎる...小説『呆け茄子の花その四十五』

  • 小説 『呆け茄子の花 その四十五』

    勤務先の病院の最寄り駅で降りた尚樹の心はすでに怒りに変わっていた。病院に着くと部長はいつもの軽い調子で「あ~、すみませんこの書類をスキャンしてもらってメモリーに移してください。もらったらすぐにメールに添付して送りたいので」ということであったが、尚樹は返事もせず、首肯したのみで書類を受け取った。内心、「自分でやって」という思いが強かった。作業自体は10分もかからず、USBにデータを移し部長に手渡し、「それでは失礼します。」といってすぐさま駅に向かった。事故に遭って精神に傷を負ってからというもの尚樹はストレス耐性が弱くなって感情の起伏を抑えきれなくなることが多く、過去に部長と口論したこともあったし、また、自分で怒りを上手く消化できず、寝込んで翌日欠勤することも少なくなかった。そのようなわけであるから、今回の事に関し...小説『呆け茄子の花その四十五』

  • 小説 『呆け茄子の花 その四十四』

    尚樹自身は大きなこの病院でごく数人しか名前と顔が一致しないので「自分はそれほどこの病院で知られた存在ではない」と常々思っていた。しかし、この病院に入院していたことや「こわおもて」というイメージが先導しているDr.と一緒の部屋にいることに「異様さ」を感じている様で知らぬ間に通勤・退勤の際には知らない職員に対してもあいさつ絵をするのが通例なのだがなぜか「ほほえみ」を持ってあいさつをされることに違和感を感じていた。そのことだけ取ってみれば、別に「悪い話し」ではないのであるが、今の世に限らず、人の口での「伝聞」というのは、いい加減なものでそのことで嫌な思いをする人も少なくないだろう。また、「あいつはDr.に「すり寄りやがって!」と思う人も居るだろう。この時の尚樹には頭にもよぎらないことであった。しかし、この事はすでに根...小説『呆け茄子の花その四十四』

  • 小説 『呆け茄子の花 その四十三』

    前回はこれまでのあらすじを見ていただいた。この回からはまた話を進めていきたいと思う。尚樹と同期であったTさんの退職は尚樹にとって衝撃であったが、「部長の下でTさんは潰された」と内心思っていた。そして尚樹は「俺はそうならない!」と決意していた。思わず尚樹は、Tさんと同じ主治医であり、「雲の上」の上司に現状を告げようと思ったのだが、「部長の意趣返し」を考えると足が竦む思いがし、言い淀むどころか口にも上らなかった。尚樹は部長との「一線」を日々維持することが精一杯の日常であった。障害者雇用をする際に事業所内に「労働条件及び代理」的な存在を勤めている女性「Kさん」にこれまでのことを相談しつつ、尚樹自身の身の降りようも相談しながら気の強いKさんは部長に喰って掛かっていた。尚樹は女伊達らに奮闘するKさんを頼もしく思っていた。...小説『呆け茄子の花その四十三』

  • 小説 『ボケ茄子の花 その四十二』

    ここで尚樹を巡る環境を整理しておきたい。尚樹は以前勤めていた会社で労災事故に遭い、右足膝下を切断せざるを得なかった「障害者等級1級」を市町村から受けている。事故というのは爆発事故で右足を酷く焼いたため、切断せざるを得なかった。幼少期に両親が離婚し、母親の下で育った。両親が離婚したのだが尚樹には兄が居り、同様に母と暮らしていた。就職と共に京都で一人暮らしをしている。事故以後、会社との関係はギクシャクして慰謝料をもらったのを機に退社している。31歳で会社を辞して、友人のすすめにより京都の私立大学に社会人入試で入学した。大学では佛教の死生観を4年間ひたすら追求して、卒業論文も『佛教における死生観』を題材とした。それは、尚樹が事故数年後、うつ病から「希死念慮」に苛まれ、「死にたい・・・」と思い続けたことからだった。そん...小説『ボケ茄子の花その四十二』

  • 小説 『ボケ茄子の花 その四十一』

    二、三ヶ月なんとか出勤しながらも、「日常」を暮らしていた尚樹が変事を聞かされた。大きな病院であるので様々な「事業」を展開している中、尚樹は病院の敷地外にある病院の患者さんが日常訪れる「授産施設」にも日中勤務していた。そこには尚樹と「障害者枠」で年齢ではちょうど10歳上で一ヶ月遅れではあるが同時期に入職した『Tさん』が勤務していたが、上司から「今月いっぱいで『ここ』を辞めたいと言ってきているんです。」と、告げられた。Tさんは、PSW(精神保健福祉士)という国家資格を有していたことから、あの部長が直轄する事務所で働いていたが、どうやら業務過多になったらしく、「この授産施設の勤務を辞めたい」と申し出があった様である。尚樹は上司と二人で「大変なんですね」と顔を合わせてしばらく話していた。一ヶ月ほど月日は流れ、部長の直轄...小説『ボケ茄子の花その四十一』

  • 小説 『ボケ茄子の花 その四十』

    尚樹と部長の間には「一線」ができたと言えるのだが、相変わらず無神経な部長はことあるごとに「体調いかがですか?」とか「これもらいものなんですけどどうぞ」などと言ってお菓子や果物をくれるのだ。尚樹は内心、「この人、本当に反省しているのだろうか?」と思っていたが、尚樹は一応「額面通り」に部長の言葉を受け取った振りをして返事をしていた。関わりはそればかりでなく、尚樹が出席しているほとんどの会議に部長は出席し、顔を合わせなければいけなかったのは尚樹にとって非常に苦痛であった。尚樹はすっかり部長に対しても「トラウマ対象」になってしまっていたのだった。尚樹は以前、心理士に「こころが脆弱な人は、傷を負いやすい。」ということを言われたことを思い出した。当時も今もその言葉を思い出すと不愉快になるが「そういう事実もある」ということも...小説『ボケ茄子の花その四十』

  • 小説 『ボケ茄子の花 その三十九』

    主治医はいつになく真剣な顔だった。Dr.は静かに「今、専務理事と部長と三人で話しをしてきたんだけど、尚樹さんには私の直属になってもらうことにしたから」と。そのあと話しを聞き続けると、当初は専務の部屋でDr.と二人で話していたらしいが、「部長本人を呼ばなければフェアーじゃない」ということで部長を呼んで、『部長/Dr./専務』三人で部長が尚樹にしてきたことだけでなく今まで障害者雇用してきた人たちに対する無理な労働を強いてきた数々の事を専務の前でいわば「披露」してきたとのことだった。専務には、ほとんど始めて聞く話ばかりで「自分の可愛い部下」がこの様な粗い仕事をそれも病院でしているとは、これまで重用してきた者に後ろ足で砂を掛けられた思いがした。三人で話しをしたが、部長は終始うなずくばかりだった。専務理事とDr.との話し...小説『ボケ茄子の花その三十九』

  • 小説 『ボケ茄子の花 その三十八』

    結局、尚樹はまた主治医に同じ事を言ったが、部長は尚樹の主治医に小言を喰うだけには収まらず、病院の会議という会議またミーティングに呼ばれることなく、「干される」こととなり、議事録を会議後に渡される羽目になった。部長は部屋を出る用事がなくなり、フラストレーションは高まるばかりでその矛先は、逆恨みとなり尚樹に降りかかろうとしていた。尚樹はいつもの通りに「Dr.部屋」で仕事をしているとノックする音に扉を見た・・・。尚樹の主治医だったが、いつもはノックをしないDr.に違和感を感じながら、「あっ、先生どうされました?」主治医はいつになく真剣な顔だったが、その顔は尚樹に向けられたのではなく、なにか「闘いの余韻」を感じさせた。その三十九につづくにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村小説『ボケ茄子の花その三十八』

  • 小説 『ボケ茄子の花 その三十七』

    尚樹は何度も回避する方法を考えた。ある日、部長から呼び出しを受けた。尚樹は轍を踏むまいと、考えがあった。部長がまとわりつく様な口調で言った。「尚樹さん、この前言ってたことどうですか?」と。「この前というと?」尚樹はわざと知らぬ振りをした。「ウチの部署の部屋で働くと言うことですよ。人手が少なくてね、尚樹さんの見知っている人も多いでしょ。働きやすいと思うんですよ」と、なんとしても言いくるめようといつもの調子で言った。尚樹は、(これでは、前のままだ・・・。)と思いながら見を守る為にさすがの部長も断れぬ言葉を放った。「その話しは、先生と話しをしてから、お答えしても良いですか?」と。部長はさらに懲りることなく、喰いつく様に言った。「この話しは、私と尚樹さんで決めたいのですが。先生は実務のことは解らないですからね・・・」言...小説『ボケ茄子の花その三十七』

  • 小説 『ボケ茄子の花 その三十六』

    毎日、時間は健常者職員よりも短いものの過酷な日々が続いた。尚樹はある障害者職員の事を思い出した。今、尚樹の所属している部署と同じところで働いていた女性職員がどんどん毎日の様に累積している仕事量を裁くために別の部屋に行き、健常者職員の手を借りてまで仕事をこなし、しかし、減らないところか毎日増えていく仕事にもともと、統合失調症を持っていた女性職員の病状が悪化し、入院。その女性職員は3年経った今も入院し、さらに病状が日に日に悪化している様に見えた。尚樹は思わざるを得なかった。「俺もその轍を踏むのか・・・」と。その三十七につづくにほんブログ村にほんブログ村小説『ボケ茄子の花その三十六』

  • 小説 『ボケ茄子の花 その三十五』

    「尚樹さん、この部屋でなくてウチの部署で仕事をしませんか?」と、部長が言ったのは、冗談めかしに言ったものと尚樹は考えていた。それから一週間が過ぎ、なんだか部署がざわつきだして、しかし、尚樹は「他山の石」と考えていた。心中を言うと、「『他山の石』であるべき」と考えていた。部署がざわつきだしていたのは、「席替え」していたと聞かされた。その「聞かされた」ときにはもう遅かった。部署には「尚樹のデスク」が用意されていた。それから日々尚樹のところには、“精神疾患者に似つかわしくない仕事量”が課せられた。尚樹は部長に訴えた、「以前の話と違うんじゃ無いですか?」と。部長は平然と言い返した。「これでもこちらで遠慮しているつもりですよ。」と。尚樹は内心、拳を握りしめた。その三十六につづく・・・にほんブログ村にほんブログ村小説『ボケ茄子の花その三十五』

  • 小説 『ボケ茄子の花 その三十四』

    尚樹はあの一件いらいなにげない日々を送っていた。この先は自分の障害と正対して治療をしていこうと。思ったのだが、部長との何気ない会話が徐々に尚樹の頭をもたげて来ることになる。給与が支給されるのは毎月25日。その日に部長から給与明細をもらうのだが、その時に否応がなく部長とは会話を交わす。その会話の中の端々に「尚樹さんは、うちの部署の一員ですから!」と時あるごとに言うのだが、元々の部署には尚樹を表示するマグネット・回覧板等から消えていた。そのことから考えると、部長の言葉は尚樹に白々しく感じた。しかし、この言葉は日に日に増していき尚樹は内心、「いつまでも何を言っているのか?」と疑心暗鬼になっていった。ある日、尚樹は耳を疑う言葉を言った。「尚樹さん、この部屋でなくてウチの部署で仕事をしませんか?」尚樹は内心、「この男、何...小説『ボケ茄子の花その三十四』

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