かつて名古屋グランパスエイトを率い、現在はアーセナルで指揮を執るアーセン・ベンゲル監督は、サッカーにおいて大事なことは何かという質問に、「サッカーにおいて、最も重要なのはバランスである。そして、それは人生においても同じである」と答えている。 数学も同じである。数学的な美を感じとる心、真理を探求したいという欲求、わかったという喜びを味わうことができる情緒、、、加えて、数学をおこなうための論理、実際に結論を確かめるための計算、、、 それだけでなく、えらい先生方が様々な書籍で述べられているたくさんの要素が、バランスよく均衡を保っていることが大事である。 人によって違いがあるとすれば、様々なことを身に…
古典落語を楽しもうと思えば、噺を聞くだけでもよいが、噺の時代背景や前提となる人々の日常の営みを知っている方がより楽しむことができる。クラシック音楽を楽しもうと思えば、演奏を聞くだけでもよいが、その曲が作曲された時代背景や当時の状況、作曲家の生き様・死に様を知っている方がより楽しむことができる。 数学をたのしむには、直感に反する事実を知ったり、美しい幾何学模様を鑑賞するのもよいが、それらがいかにしてうみだされたかという数学的背景と、それに至る理論や計算過程を知っている方がより楽しむことができる。 直感に反する事実を不思議におもったり、美しい幾何学模様を美しいと思う、そういった心や情緒はその人を数…
山口昌哉先生は、「数学がわかるということ 食うものと食われるものの数学」のなかで、数学は文化であると述べられている。 例えば、日本中の美術館の絵画をぜんぶ燃やしても良いかと聞かれれば、絵画に詳しくなくても、一度も美術館に足を運んだことはなくても、それはダメなことだと思うだろう。文化とはそういうものだと思う。例えば、数学が嫌いな人でも、学校で全く算数や数学を教えなくても良いかと聞かれれば、やはりそれはダメなことだと思う(そうであってほしい)。 日本人は日本という社会と国家と文化の中に在って、日本の部分であるといえる。 例えば、1年後に、日本列島が無くなるとする。そこで、国連が日本列島と全く同じ面…
私もまだまだきちんとわかっていないのだが、数学的自然が自分の中の畑に育っている状態とは、それはそう考えたら良さそうだね とか そういうものを扱うのは確かに良さそうだね とか思うことではないだろうか。 私の場合だと、 それはそう考えたら良さそうだねと思えたこと関数、ベクトル、複素数、微分、積分、etc... 思えなかったこと(何でそんなことを考えるのか、なぜ大事なのかわからなかったこと)数列、高校の平面幾何、確率や場合の数 etc... である。数列なんて、最近ようやく そう考えたら良さそうだね と思えてきたくらいだし、平面幾何にいたっては、いまだによくわからない(中学校の合同と相似の証明とかは…
多変数複素関数論のほとんどを独力で築きあげた岡潔先生は「数学の研究は農業に似ている」と述べらている.「農業では成長する力は種の方にあって人間はせっせと世話をする.数学も同じで,成長する力は問題の方にあるから,これという問題を決めたら後はせっせと世話をすれば良い」といった趣旨のことを書かれている. 始めて読んだ時は,確か大学院生の時だったと思うが,この言葉の意味は全くわからなかった.大学院生くらいだとなんとか論文を書くことしか頭になくて余裕がなかったからかもしれないし,まだまだ人間ができていなかったからかもしれない. 最近になってようやく,なんとなくではあるが自分なりに 「数学の研究は農業に似…
結局のところ、数学を学ぶ意味とか数学の学問的価値を、ある特定の方向に意味付けすることは、その意味に価値を見いだせない人を数学から遠ざけるだけでなく、ともすれば、その意味に沿わない数学的営みを生業としている人の仕事を否定することにもなりかねない。 それは、数学から人々を遠ざけるだけでなく、数学の裾野を狭める方向に働くだろうとおもう。 もちろん、数学そのものがもっている真理や美といったことに数学をやる意味を見いだすことは大事だが、鉄道の運用システムの開発とか、天気予報のための数値計算とか、効率的な水道管の配置のためのアルゴリズムとか、数学が重要な役割を果たしている事も、数学の在りかたのひとつとして…
いつのことかもどこでかも記憶は定かではないが,「音楽とは何かを考えるのは音楽に飽きた証拠である」というのを聞いたことがある.曰く,音楽に夢中な時は何も考えずに楽器をかき鳴らし,時間を忘れて練習するものであって,「音楽とは何か」を考える時間ができるということは夢中になっている時間が少なくなった証拠とのことである. 私も前の記事でそのようなことを書いたからもしかしたら数学に飽きてきたのかもしれないが,それでも思うことろがあるから書いた. 1とは何かとか,数は存在するのかとか,そういうことは現代の学校教育で数学や算数を学ぶ時にふと疑問に浮かぶかもしれないし,それに対して様々な答えを準備している人もい…
何のために数学をやるのかという疑問は実際に数学を生業としている身でもふと頭に浮かぶ時がある.今となっては数学そのものが研究対象となり,数学的な美しさを味わうとか真理の探究とかそういった人間の好奇心と知的欲求が根源となっていることもあるだろう.私はまだまだその域には到達していないので,とにかく論文を書くことが第一義で,そのうちゆっくり自分が知りたいと思うことに近づけていけたらなぁ〜 と夢を見る程度である. 一方,数学が数学として誕生した理由については美とか真理とかそういう飯の種にもならないものではなく,人間が生存していく上での根源的な欲求が元になっていたのだろうとおもう. 想像してみて欲しいのだ…
「数学の勉強方法」でネット検索すると、概ね2つの流儀がある「質より量」派 とにかく量をこなして、基本的な解法のパターンを暗記する。応用問題といえども、基本的なことの組み合わせで解けるから、たくさんの解法のパターンを暗記すれば大抵どうにかなる。「量より質」派 量をこなすよりも良問をじっくり時間をかけて解く。別解を考えたり、自分で問題を一般化したり、背後にある数学的構造をしらべたり、考え付くありとあらゆることをやってみる。 「このブログの結論」 このブログにも何度か勉強方法について書いている。読んでいただいた方はお分かりかもしれないが、私の結論は、「量から質へ」である。 新しいこと(単元)の学びは…
私はいわゆる「勉強」と「受験勉強」は全く別のものだと考えている.したがって数学も「受験数学」と「(学問としての)数学」とは違うものと考えている. 「受験数学」は 高校入試や大学入試において限られた時間の中で,答えのある問題を素早く正確に解くことである. したがって, 「公式や解法をたくさん暗記していること」 と 「受験数学において成功すること」=「志望校に合格すること」 は限りなく必要十分に近いと思って良いだろう. オーソドックスな解法の組み合わせで解けない問題が出題されるような場合もあるが,そういった問題が出題されるのはごく一部の難関校か,そうでなければ誰も解けないので合否に影響しない可能性…
数学ではよく関数をつかう.大学までいくと,関数それ自身が研究の対象となる(特別な性質を持つ関数の集まりを考えその性質をしらべる)こともある. 関数とは,関係する2つの数字の対応関係のうち,ひとつが決まればそれに対してもう一方がただひとつきまるような対応のことである. 例えばマイナンバーに対して,対応する人の名前の画数を対応させれば,それは関数である。 関数を使った身近なものには天気予報がある.気象庁では,そのときの気温や空気の流れをもとに,空気の流れや温度といったものを関数で表現してそれらが満たすべき方程式をといて,未来の天気を予測している. 関数は,他にも様々な場面で人知れず役立っている.に…
有名な話だと思うが,「カラスは黒い」ことを証明するには世界中すべてのカラスを調べて,全部が黒いことを示さなければならない.到底無理な話である. 数学の世界では無限にたくさんのものについて,成り立つ性質を調べることができる. 例えば, 「偶数の2乗は必ず偶数である」ことを示すには次のようにすればよい: n を整数とすると偶数は 2n とあらわせるから2n × 2n = 4n^2 4n^2 は2で割りきれる整数であるから偶数である. 地球上のカラスは多分無限にはいなくて有限のはずである.それでもすべてのカラスを調べるのはとてもできる気がしない.しかし,数学の世界では無限のものについて正しいことがわ…
前の記事で、文章題の練習には新聞記事を要約するのがよいとかいた. 少し補足すると、数学の文章題を解くには、導きたい答えを導くために,文章中の必要な情報 "だけ" を読み取る(不必要な情報を頭の中から蹴飛ばす)必要がある. 例えば植木算なら,植えられるものが植木だろうと,チューリップだろうと,長さ1の線分だろうと,でてくる数値は同じである. そもそも,地面に植えなくてもただ点を直線の上に並べると言い換えてもよい. 文章を読んで,その文章が伝えたいことを伝えるために不必要な情報を削ぎ落とし,必要な情報だけを抜き出すには既に短くまとめられた新聞記事をさらに要約するというのがよい練習になる(と思う).…
大事なことなのでもう一度. 数学は自然科学の言葉である.だから数学を勉強する時には,”数学という新しい言語” を学ぶつもりでやるべきである.まずはお手本(教科書)をノートに写す. 定理や公式はなぜ成り立つのかを写しながら考える.定理なら,それぞれの仮定は証明のどの部分で使われているのかを考える.公式ならなぜこのような式変形が必要なのか考えながら導出の過程を写す. 次に,具体的な例ではどのように使えるのかを計算する.そして練習問題や例題を何度も解く. この順番は入れ替わっても良い.先に例題や練習問題で公式を試してみてからその公式の導出の過程を考えながら写しても良いし,定理を使って例題や練習問題…
「想像と現実の間で」(役に立つ数学はどのようにして生まれるのか - 複素数の話 - )
あなたは 子供のころ,有名になった時のためにサインを書く練習をしたことはあるだろうか ヒーローインタビューで何を答えるか想像したことはあるだろうか 宝くじで1等が当たったらに何に使おうか考えたことがあるだろうか いずれも実際にそうなるかはわからないし,現実のものになるとしてもそれは同じような想像をしている沢山の人の中のごく少数だろう. しかし,もしサインの練習をしている子供が,大リーグで誰よりも沢山ホームランを打つという想像を実現すれば,多くの人に勇気を与えることになるかもしれないし,宝くじが当たったら親を亡くした子供たちのために基金を設立したいと想像している人が,現実に宝くじに当たったら多く…
分数の割り算では,割る数の分母と分子を入れ替えて掛け算する.この理由を説明するのには割り算の意味を知っている必要がある.割り算には幾つかの意味があるが,そのうち,1つあたりの量(比)の意味を考える; 例: 6個のりんごを3個ずつ袋に分けます. 全部でいくつの袋ができるでしょうか. 6(個) ÷ 3(個) = 2(袋) 答え:2袋 ここで, ⬜︎ ÷ ◯ = △ のとき,⬜︎を割られる数、◯を割る数,△を商という. 割り算の計算の結果△は,”◯を”1”とした時に⬜︎はいくつか” ということを意味している.大事なのは「”1”にしたい方を÷の後ろに置く」ことである. 実際,前の例では, 6÷3 = …
「分かる」ということは,人によっても異なるだろうし,同じ人でも問題によって異なることがある. 私が院生の頃,ゼミで商空間の話を聞く機会があった.それまではよくわかっていなかったのだけれど,その時の発表を聞いて「わかった」という感覚を得た.その時の話を大まかに説明しようと思う. まず,割り算の意味について幾つか考えてみる; 1.分割 (例1):6つのりんごを3人で分けるとき,いくつずつ分けることになるか. 6÷3=2 答え:2個ずつ 2.比(一つあたりの量) (例1)の計算に単位をつけて 6(個)÷3(人) = 2(個/人) 答え:一人当たり2個ずつ 3.同一視 (例2) 果物が全部で6こありま…
裁判においては,検察は徹底的に被疑者にとって不利な証拠を揃え,罪状を確定し,遺族の処罰感情や社会的制裁いも含めてより重い刑罰を下すようにと訴える. 弁護士は,徹底的に被疑者にとって有利な情報を揃え,検察の証拠を覆そうとする,あるいは罪状を認めた上で情状酌量を訴え,刑罰を軽くするようにと訴える. それぞれが「有罪 or 無罪」の天秤の両端にどんどんと重りを乗せていくイメージである.その天秤の釣り合いを観察するのが裁判官(あるいは裁判員)の役目であり,そのバランスを注意深く判断して,判決(=罪状と刑罰)を決める. 議会制民主主義においては,行政府はその行政府が目指す国家のかたちを実現するために政策…
数学をやっているとつい考えてしまうのが「分かる」とはどういうことかということである.定義でも定理でも良いがその”意味がわかる”という感覚は少しでも数学を学んだ人なら感じたことがあるだろう. 最近,その感じ方が人によって違うのではないかと思うようになった.例えば, ・ 論理的に正しいことが示された時にわかったと感じる ・ 幾何的に図やグラフに書くことで,状況を把握することができ,わかったと感じる ・ 計算の結果が正しいと確認できた時にわかったと感じる など,どのような時に「わかる」という感覚を感じるかは人それぞれ違うのだろうし,同じ人でも考えている対象や分野によって異なる「わかった」を感じるのだ…
数学に関することで,思ったことや勉強のヒントになりそうなことを書くブログです.私の知識と時間と労力の許す範囲で更新します. 勉強については,数学が得意な人やできる人ではなく,苦手だけどなんとかしたいと思っている人や,何が面白いのかわからない人向けに書くつもりです. 片手間で書いているので,お約束は出来ませんが,数学に関する質問をコメントに残してもらえれば,(私の知識の及ぶ範囲であれば)記事を書くかも知れません. 前にベクトルについて2つ記事を書きましたが,それらは「ベクトルって何????」という人向けに書いたつもりです(「ベクトルって何ですか??」と質問されればあのような記事になる). ただし…
議論の噛み合わない人の特徴として 1.必要条件と十分条件を取り違えて(あるいは意図的に入れ替えて)相手の揚げ足をとる 2.仮定を飛ばして結論だけを相手に迫る の2つが多く見受けられる. どちらも数学的,あるいは数学でなくとも論理的な思考の訓練の経験のある人ならすぐに間違いと気がつくのに,世の中ではまかり通ってしまうことがある. 1.は最近,あるツイッター上のやり取り(議論)を見て改めて感じた事で,前から気になっていた事.2.は報道機関において,取材対象の発言を都合よく切り取って報道する場合によく見られる事象だと思う.もちろん発言を色々切り取って書き直せばいくらでも相手の印象を操作できる. イン…
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