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タカ長のタカの渡り観察さんのプロフィール

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ブログタイトル
タカ長のタカの渡り観察
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/takamist
ブログ紹介文
タカが好き、山が好き、花が好き、心はいつも旅もよう。日々移ろいゆく心もようを綴るナチュラリストのつぶ
更新頻度(1年)

191回 / 365日(平均3.7回/週)

ブログ村参加:2016/06/23

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ハンドル名
タカ長のタカの渡り観察さん
ブログタイトル
タカ長のタカの渡り観察
更新頻度
191回 / 365日(平均3.7回/週)
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タカ長のタカの渡り観察

タカ長のタカの渡り観察さんの新着記事

1件〜30件

  • ササユリが見ごろ

    団地ののり面にあるササユリが見ごろになりました。こののり面はそばに住む人の私有地ですが、その人に話を聞きました。最初は1本だったササユリが、環境を整えることに専念していたらのり面全体に咲くようになった、と言うことでした。いわゆる「園芸種」みたいなものを移植したわけではありません。ここは私有地ですし、急な斜面なので「花ドロボー」も入りこめません。そのため順調に数を増やしているのでしょうが、、、、、このようなことを書くのは良いことではありませんね。取材したことは団地のホームページや団地新聞にも紹介します。団地の中には花を楽しんでおられる人が多いので、来春は「花特集」を組んでみたいと考えたことです。山ではほとんど見ることが無くなったササユリの花を、団地の中で見ることが出来るのは嬉しいものです。ササユリが見ごろ

  • 丸山

    広島県安芸太田町の丸山に登りしました。小さな山ですが、骨がありました。とてもいい山でした。丸山

  • 伯耆大山の想い出~3

    タカ長の山ときどきタカ見と同じ内容です。伯耆大山の想い出を書いていますが、タカ長が初めて大山を縦走したのは三鈷峰から剣ヶ峰、弥山だと思っていました。しかし、それはタカ長の記憶違いであることが分かりました。机の奥の方を探していたら、捨てないでおいた古い山日記が出てきたのです。初めて山らしい山に登った。と言う文で始まる山日記の骨子を紹介します。1960年7月16日18時15分貸切バスで出発。三次・米子経由7月17日2時30分大山寺着仮眠5時45分登山開始夏道を登る8時10分頂上着ガスが巻いてくる時間記録ナシ縦走開始ユートピア着時間が遅れているので三鈷峰には登らない上宝珠越えから砂滑りを通って元谷に下りる画像はネットより借用したものです今では信じがたい気持ちですが、大山の尾根を団体で縦走していたことは間違いありません...伯耆大山の想い出~3

  • 伯耆大山の想い出~2

    伯耆大山には何度も登っています。伯耆大山は広島から一番近い、アルペン的な風貌を持った山です。だから、タカ長だけではありませんが、広島の山好きは大山に通うことになるのです。その頃の記録は手元にありませんが、3月と9月以外は一応大山に登っているはずです。その中で一番の思い出は昨日も紹介した初めての冬山大山です。その頃、この遭難者のルートを下りて亡くなった登山者がいたはずです。その罠に落ちないためリーダーのKは実に慎重に行動していました。リーダーのKを信頼していたからでしょうか、グレイアウトの状態になっても怖さは感じませんでした。しかし、無事に生還して、大山寺から雲のかかった山頂を見た時には泣けてきました。生還の喜びと山の怖さを教えられた瞬間でした。初めての夏山は三鈷峰から山頂、弥山への縦走でした。三鈷峰で北壁の展望...伯耆大山の想い出~2

  • 伯耆大山の想い出~1

    先日、古い鳥友から電話がありました。このブログの更新が止まっているけど元気なのか、と言う電話です。このブログの容量がいっぱいになり、これからはタカ長の山ときどきタカ見に引っ越しする、と案内したはずですが、それを見ていなかったのでしょうか?何かにつけてドジをする歳ですから深くは考えません。このブログも写真の枚数を減らせばもう少しは更新できますから、これからは週1くらいは更新しましょうか?タカ長の山ときどきタカ見と同じような内容です。YAMAPからの情報です。正直言うと、アホかぁ、、、、と思いました。突然の吹雪、ホワイトアウト。冬の大山ならそんなの当たり前じゃん。タカ長の知っている冬の大山はいつも吹雪状態です。チョット吹雪くだけで遭難騒ぎを起こすような人は冬の大山に行くなやぁ、、、、と思うのです。右が正規のルート、...伯耆大山の想い出~1

  • たった独りの山旅~7

    「たった独りの山旅」と言うタイトルですが、寄り道みたいな話題です。たった独りの山旅ではなく、タカカノと二人で行った信州の高原歩きです。昭和40年のゴールデンウイークに信州の高原歩きをしました。証拠物件の写真が残っていました。古くから登山をされている人は記憶にあると思いますが、昭和40年のゴールデンウイークと言えば全国の山で大量遭難が起こった年です。死亡62名重症12名軽症29名行方不明1名その時タカ長たちは菅平高原にいました。前日から天気が悪かったので、少しでも雨が凌げると思い、運よく見つけて東屋みたいなものの下にテントを張りました。その東屋が深夜に倒壊。テントを張る場所が少し違っていたら、死亡者の数字が64名になったかも分かりませんし、運が良くても重症者が14名になっていたかもわかりません。そのように考えると...たった独りの山旅~7

  • たった独りの山旅~6

    このシリーズを書きながら考えていたことです。たった独りの山旅には賛否両論あると思いますが、それとは別に、独りであるがゆえに人さまから好意を受けたことが少なからずあることが想いだされました。その一つです。甲斐駒ヶ岳を下山したあと余った時間を使って能登半島の最先端まで観光しました。宿泊は民宿。民宿の玄関を開けて開口一番「安く泊めて、、、、」と言うと、対応に出た親父さんから「お兄ちゃん、安く泊めてやりたいけど、うちも趣味でやっているのではないから、、、」と言われてしまいました。あの時の親父さんの言葉は今も耳の底に残っています。玄関を開けた、薄汚れた若者からいきなり「安く泊めてくれ」と言われた親父さんは、ただ同然で泊めてくれと言われている、と思われたのでしょう。当然のことですが、料金を聞くとタカ長の想定内、気持ちよく泊...たった独りの山旅~6

  • たった独りの山旅~5

    このシリーズを書きながら昔の登山を思い出してみました。ここで書いたように、たった独りの山旅は淋しいものですが、そのようなことを考えながら山を歩いていることは少なかったようです。その頃は串田孫一の影響を受けていたようで、単独行のときはベレー帽を被って、スケッチブックを持って山を歩いていました。そのような時は見るものが多くて、淋しさを感じる時間はありませんでした。楽しい時間ばかりでした。その頃、山を歩きながら楽しいとか淋しいとか、そのようなものとはまったく違った感情を持った経験が1回だけあります。木曽駒ケ岳に登ったときのことです。その日、北沢峠のテントを出発して、仙水峠に登り、摩利支天の岩壁に圧倒されたあと駒津峰をへて無事甲斐駒ヶ岳の立つことが出来ました。その登山のどの段階からか記憶にありませんが、唐突に親父のこと...たった独りの山旅~5

  • たった独りの山旅~4

    白い雲に憧れて霧まく尾根を行く夢は星空仰ぎ山男カンテラふって山男「雲に消えゆく山男」でこのように歌われているカンテラとは、このランタンだと思います。タカ長の物は処分したので、元山岳部長の登山講座さんの画像を使用させて頂きました。余談ですが、このサイトはタカ長の貴重な情報源、色々なことを勉強させてもらっています。タカ長もこのような屋根型のランタンを使用していました。テント生活で使うことが多いのですが、山径で使ったこともあります。四国の三嶺の稜線。キリが深くて風のない夜でした。このランタンを持って歩くと、キリの中にランタンの柱の部分が黒い影となって現れました。ローソクの明かりの光と影、タカ長の目の前に大きな劇場が出現したようでした。今は明るいLEDのヘッドライトがあるので、ローソクの明かりで山を歩く人はいませんが、...たった独りの山旅~4

  • たった独りの山旅~3

    広島県の北東部にある比婆山連峰は何度も歩いた山です。その頃、土曜日は半ドン、午前の仕事を終えてから急ぎ列車に乗り、JR比婆山駅から歩いて、比婆山連峰の竜王山の麓にある熊野神社までは長いりロード。熊野神社から山道に入り、那智の滝を過ぎるころには夏でも陽が暮れて、竜王山の山頂近くにある小屋までは夜道を登ることになります。小屋に素泊まりした翌日は竜王山から比婆山、吾妻山へと縦走して森脇に下り、そこからバスで三次(みよし)に出て帰る1泊2日山旅が基本的なパターンでした。タカカノとテントを持って冬の竜王山に登り、山頂近くでテン泊したこともありますし、日本製鋼所山岳部の人と、無謀な(?)スキー縦走をして土地の古老から叱られたこともあります。今から思うと時間的な感覚が合わないのですが、しかし、そのような登山をしていたことは間...たった独りの山旅~3

  • たった独りの山旅~2

    植村彦次郎に言われるまでもなく、たった独りの山旅は淋しいものです。夕暮れどき、厚い雲に覆われた山に入って行くときなど、登山を止めて逃げ帰りたいような衝動にかられたこともあります。しかし、独りだけの山旅には仲間たちとの山歩きにはないものがあるので、性懲りもなく単独行をしていたのでしょう。半世紀以上前、タカカノと信州を放浪したときに買ったものです。山旅や旅行のとき買った土産物の類はほとんど処分したのですが、これだけは捨てられないで今も部屋の隅に掛けています。山を想えば人恋し人をおもえば山こひ志慎太郎北アルプス柏原新道を登りながら撮った針ノ木雪渓方面の写真です。細かいことを忘れてしまいましたが、百瀬慎太郎がこの方面の開拓に残した功績が大きかったことは良く知られていることです。その百瀬慎太郎のことば。たったこれだけの言...たった独りの山旅~2

  • たった独りの山旅

    コロナ問題があって自由に山に行けないような状況が続いています。自由に行けたとしても、今週は北アルプスで、来週は九州の山、来月は北海道に遠征、、、、と言うような登山が出来るわけではありません。今のタカ長が出来ることは小さな山歩きだけですが、それでもバスやJRを利用するのは億劫で、その小さな山歩きも自由にできない気分です。丘の上の歌姫さん撮影のワンショットです。そこで紙上登山。今は「忘れえぬ山」(串田孫一編・ちくま文庫)などを拾い読みしています。ここに収録されているのはタカ長よりひと時代もふた時代も前の登山ですが、、、、、その中の、植草彦次郎と言うまったく知らない人の「尾瀬の詩」という文章の一節が目にとまりました。山旅も三日目になると疲れてはいるものの、誰にも会うことのない独り旅は淋しく、無性に人を恋うのであった。...たった独りの山旅

  • 今朝の庭

    今朝の庭です。雪国の空を思わせる暑い雲。寒々とした風景です。今朝も室温が4℃まで下がっていましたが、先日は1.5℃まで下がりましたから、これでも今朝は暖かいほう???今日は予定を入れていません。天気もハッキリしないようなので、本でも読みながら過ごすつもりです。先日higeさんのブログで、山は丹田で歩くと言うことを知り、、、、昨日そのことを意識して歩いてみたら具合が良かったのですが、、、、その感覚を自分の言葉に出来るか、、、、、そのようなことを考えながら炬燵の番をすることにします。今朝の庭

  • ラインは同じ

    スマホから投稿したように、今朝50番鉄塔まで登ってきました。自宅から自宅までの単純往復登山でしたが、途中では小さなドラマ(?)がありました。目の前をシロハラが飛んだり、椿尾根ルートの渓流沿いにミソサザイの姿を見つけたり、、、、、ルリビタキのオスが目の前に止まりましたが、コンデジしか持っていないので写真に撮れなくて悔しい思いをしたり、、、たった半日の登山でしたが、タカ長には充実した時間でした。この写真は下山のときに撮ったものです。何の写真か分からないようですが、、、、四つ足の動物の足跡がタカ長のラインと同じところを歩いているのが嬉しくて、上手く撮れないことは分かっていながらシャッターを押しました。タカ長のラインと同じだ、と言うことは登るときから気づいていました。その動物が何か、タカ長は動物の足跡を勉強していないの...ラインは同じ

  • 雪の裏山

    雪の裏山に来ました。積雪は少ないけど寒いです。すぐに下ります。雪の裏山

  • いま変えるべきものは

    このブログが政治的な発言をすることは目的としていませんが、、、、このところのコロナ関係の報道を見るにつけ、暗然たる気分になったり、腹立たしい気持ちになったりしています。緊急事態宣言が出ました。その賛否は別にしてあの言い方。あの言い方では、飲食関係は悪の巣窟、諸悪の根源と言っているように聞こえました。これまで医療関係者への感謝の言葉は聞こえてきたようですが、、、、、飲食関係や夜の町関係の人だって身を削るような努力をされているはずです。そのような努力に対して、敬意と感謝の気持ちを表明するようなことがこれまで行われたことがあるのでしょうか?あれでは夜の町の関係者は救われないように思いました。あれだけのことを言いながら、自分たちは高級すし店で会食し、、、朝早くからホテルで打ち合わせの朝食(首相動静7日)、、、、、テレワ...いま変えるべきものは

  • 登山道はけもの道

    昨日も裏山を歩いてきました。白樫尾根を登って桜尾根を下りる小さな山歩きです。しかし、、、、当たり前のことですが、山の上とふもとは別世界でした。この写真では分かりにくいのですが、黒く見えているところはイノシシ君が掘りかえしたところです。そして手前の白いところ、ここは落ち葉の上に雪が薄く積もり、地面ともども凍っているところです。さすがのイノシシ君も歯がたたなかった、、、、ではなくて、鼻がたたなかったようです。写真で見ると何のことか分かりませんが、この登りは厄介でした。雪の尾根になっているのなら、登山靴を蹴りこんで、、、、つまりキックステップで登ることも可能でしょうが、ここにはそのような雪はありません。このようなところが3ヶ所あり、細心の注意を払って登りました。このような登山を冬山登山とは言わないでしょうが、いつもの...登山道はけもの道

  • 下手な広島弁

    タカ長の山ときどきタカ見のつづきみたいなものです。少し古い話になりますが、タカ長は天下のNHKから電話取材を受けたことがあるのです。一富士二鷹三茄子と言うことでタカの話をするような依頼でした。首都圏と関西圏で放送している電波で、番組の名前は「パルナスの丘」だったように記憶しています。事前の打ち合わせの時は、、、「もしもし」「はい、はい」と言うような感じで調子よく話が進んでいたのですが、、、、、本番になるとその相槌が無くなりました。突然放り出されような感じでしどろもどろ話す感じになりました。そのような感じで進んでいたら、突然ピンポンパーン。よりによってこんな時に宅急便。録音を止めてもらって用事を済ませ録音を再開。緊張感が変なかたちで途切れ、思いもよらぬ電話取材になりました。タカ長的には散々の出来でした。後日、その...下手な広島弁

  • 明けましておめでとうございます

    ご訪問頂きありがとうございます。このブログは令和3年1月1日からタカ長の山ときどきタカ見に引っ越しします。これからは新居で皆さまのご訪問を待っています。この「タカ長のタカの渡り観察」も若干の容量が残っているので、時々は更新します。その時は新宅でも案内しますから、相変わらずよろしくお願いいたします。明けましておめでとうございます

  • 寝袋を使って

    年末寒波がやってきました。タカ長の団地だけで見たら前宣伝が過ぎた感じ、窓から雪景色は見えません。今朝は友だちの孫と雪だるまを作るのを密かに楽しみにしていたのですが、見事な空振りです。その寒波とは関係ないのですが、タカ長は寝袋にくるまって、このような感じで寝ています。今朝の室温は4℃まで下がりましたが、寝袋の中ではうっすら汗ばむような感じで寝ています。自分でも笑うくらいおかしな格好で寝ているのですが、今のタカ長にはこれが最高の睡眠法です。昨日の記事にした青春のころの大山では、テントは夏用で寝袋は進駐軍の放出品、重い寝袋でしたが暖かさは抜群、テントの中につららが下がるような朝でも熟睡できました。この寝袋は車中泊用に買ったもので、青春のころのような体力がない今のタカ長には山用には出来ません。しかし、車中泊用には最高で...寝袋を使って

  • 初めての冬山

    タカ長にとって初めての冬山も伯耆大山です。冬に県内の山や久住などに登ったこともありますが、タカ長にとっては伯耆大山が冬山のすべてです。画像はネットより借用初めての冬の大山、リーダーは広島高等師範学校山岳部OBのKさんでした。もちろん、筋金入りの登山者です。大山北壁の下で、雪崩に埋まった遭難者を捜索しているのを眼下に見ながら宝珠尾根を登り、いわゆる「逆縦走」しました。冬の大山縦走は、一歩間違えればあの登山家高見和成でも遭難騒ぎを起こすような難所です。その尾根を4名で縦走しました。その縦走を終えて下山にかかるころ天気が急変しました。大山の頂上、弥山は凹凸の少ない広い山です。ここで吹雪かれるととても危険な山になります。画像はネットより借用ホワイトアウトと言う言葉があります。濃霧や吹雪のために視界がきかなくなる状態。地...初めての冬山

  • 歯ブラシと剃刀

    これは緊急投稿(?)です。わが家の失敗に学んで頂ければ、と思っての投稿です。昨夕のことです。洗面所の排水が出来なくなりました。タカカノが排水管を掃除する薬品を使ったようです。タカ長はまったく知りませんでした。このような時はいつも同級生の水道屋に電話します。彼の話だと、、、、薬品と、たとえば人の脂肪分が化合して固まったのかも???70℃~80℃くらいの湯を入れて様子を見るように、熱湯はいけないと言うことでした。彼の言うとおりにしましたが、まったく改善しません。そのことを電話したら、明日、様子を見に行ってやる、と言うことになりました。その間タカカノが何かしていたら排水出来るようになりました。タカカノがドジをして、排水管を物理的にふさいでいたようです。これだけのことです。ひと昔前なら、変なことをするなとか言って夫婦喧...歯ブラシと剃刀

  • 最後の山

    仲間たちとの裏山歩き、今日は12名が集まりました。その12名は、家では邪魔者の男性ばかり(邪魔者はタカ長だけだと言う声が聞こえるような、、、、)この時期には女性の参加者はいませんでした。その12名の目的地は山上の古刹、極楽寺。今年1年のお礼参り、と言うことでしょうか。展望台からの風景です。ぼんやりともやっていて、遠くの山は見ることが出来ません。ここから四国の石鎚山が見えるのですが、今日はダメ、石鎚山なんて夢のまた夢の感じでした。風を感じながら登ったのですが、牛池はご覧のような鏡状態でした。モデルが悪いので勝負できませんが、水面の状態だけなら北アルプス鏡池に負けていない感じです。鏡状態のときが多い牛池ですが、これほどきれいなのは珍しいようにも思いました。今日の記録です。気候が良い時はどこかで弁当を食べて帰るプラン...最後の山

  • おらが村の氏神様

    団地の編集長はいま、団地新聞の新年号づくり、突然降ってわいたような企画をかたちにするために奮闘しています。正月に各戸配布することは不可能なのですが、新年号なので氏神様を紹介するページがあります。この神社、タカ長が子どものころの野球場でした。その頃は今のように整備された広場ではありませんでしたが、一応野球らしきものは出来ました。三角ベースの野球ではありません。子どもの遊び場だった神社なので、正直言って有難い神社だと思ったことはありません。しかし、高齢になって「歴史散歩」などに参加するようになり、神職も常駐していないこの神社が古い歴史を秘めていることが分かってきました。タカ長が興味を引いたことのひとつがこの「右三つ巴」のご神紋です。この神社は八幡(やはた)神社と言いますが、、、、、、平たく言えば明治の一村一神社の勅...おらが村の氏神様

  • 変な夢

    昨日あのようなことを書いたからでしょうか、未明に変な夢を見ました。言葉には書いていませんが、山を歩いている時は自分のラインが見えているので、山で迷うことなど無い、と言うような気持ちを持って昨日の記事を書きました。そのような生意気なことを考えたので罰が当たったのか、昨夜は迷った夢を見ました。と言っても山ではありません。友だち夫婦とタカカノの4名で市内のショッピングモールみたいなところに行ったのです。入口を入って二階に行き、何故かしら靴を脱いで歩き始めました。初めから変です。それぞれが自由に歩くのは良いのですが、、、、まわりの風景はいつの間にか高級リゾートの店のようになり、、、、ガラスをふんだんに使った通りみたいなところを歩いていたら、自分がどこにいるのか分からなくなりました。分からないまま歩いていたら前方に温泉が...変な夢

  • ラインが消えた

    ラインが消えた、と言ってもあのLineではありません。タカ長が山を歩いている時に見ている、登山道の上の「目に見えないライン」のことです。そのラインのことで他の登山者と話したことはほとんど無いので人さまのことは分からないのですが、タカ長の目には確かに見えています。たとえば、裏山の椿尾根ルートのように広い登山道でも、その日そのとき自分が一番楽に登れそうなラインがあり、そのラインに沿って歩いています。登山道のうえにトラロープのようなものが延々と伸びている感じです。そのラインに沿って歩くのが習い性になっていますから、平素は深く意識することはありません。ところが、そのラインが突然消えてしまった経験をしたのです。今年の5月はじめに広島・山口県境の鬼が城山に登りました。山頂から北に縦走して、馬頭観音の近くから東に下りれば半日...ラインが消えた

  • ノルマを達成したので

    仲間たちとの裏山歩き、タカ長は今年のノルマを達成したので楽をさせてもらえると思っていました。ところが、仲間が言いだしたのは荒谷林道から71番鉄塔に登り、尾根を南下して50番鉄塔に行き、椿尾根を下りるコースでした。その提案をしたのは2軍選手だったはずですが、最近は膝の調子も良くなったようで、ジャイアントコースを登りたいとも言っています。体調が良くなるのは良いことですが、タカ長の歩けないコースを提案することだけは止めてほしいものです。いつものように自然歩道を歩いて荒谷林道へ行き、、、ラストを歩きながら71番鉄塔への尾根道にとりつきます。山だから多少の急登はありますが、無事に71番鉄塔まで登りました。前回と違って北から南へ歩く感じになります。稜線には風があるので71番鉄塔はほとんどノンストップで通過です。窓ヶ山の山頂...ノルマを達成したので

  • 逆取材

    団地の日曜市が広島市の広報紙から取材を受けました。そのため日曜市で活躍している人たちが検温を済ませて集会所ホールに集合。市の担当者から説明を受けて写真撮影です。広報紙の記事の部分は取材が終わっているのか、タカ長たちの出番は集合写真に写ることだけでした。しかし、団地の広報部長としては写真に写るだけでは満足できません。逆取材します、、、、、と断って、、、、、写真に写される人たちが並ぶところから撮影開始。使われる写真は一枚ですが、担当者が色々な指示をするところを撮影しました。マスクをした状態で座っていたら、、、、、「はい、チーズ」とか言われて、、、、、「マスクをしていたらチーズもバターも無いだろう」とか言いかえしながら、何枚かの写真におさまりました。マスクをしたところとマスクをしないところ、2種類の写真が撮られました...逆取材

  • こりゃぁ戦力外だ

    負け惜しみで言うのではありませんが、タカ長はこれまで百名山を意識して登山をしたことはありません。それでも、、、、何となく、、、、40座くらいは登っているのでは、、、、、と思っていました。ところが、、、、「山と渓谷」2021年1月号が百名山のことを特集していたので、これまでに登った百名山をチェックしてみました。すると、、、、たったの32座だけでした。若いころから登山を楽しんできてこの数字、百名山を意識しないで登っていたとは言っても、チョッと少ないように感じています。そこでチョッと乱暴な計算をしてみました。「山と渓谷」の付録であるDataBookを見て、、、百名山花の百名山標高ベスト100そして都道府県の最高峰その数字を単純にトータルすると分母は347になります。その分母の上に、、、百名山の32や、上記の山に登った...こりゃぁ戦力外だ

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