これからは自由気ままにと思うも、健診により疾患の嵐。
生誕と同時に母が逝き、父と断絶・離婚で幸せを痛烈に感じ、 娘二人と我武者羅に生き リウマチ闘病、年齢の半分以上を患いつつ これからは自由気ままにと思うも、健診により疾患の嵐。 何でこうなるの〜
友達の1人にえい子ちゃんと云う子が居た。えい子ちゃんも、急変したひとりでシンナー吸引し学校も休みがちになっていった。私が、帰宅すると家の前にある小学校のブロック塀にもたれ座り込み、手には鏡と真っ赤な口紅を持っていてその口紅は大きく唇からはみ出しは、一瞬出血!と驚いた事が有った。えい子ちゃんの目は、焦点が合っておらず立ち上がるにもふらついた状態。吸引後は、喉が異常に乾くらしい。あき子は、要求された水をコップに入れ手渡していた。そして、シンナー吸引を窘め体を気遣った。回りに不良が居て、私自身はその仲間に流される事も無かった。勿論、えい子ちゃんから遠ざかる事もせず、シンナー酔いから覚めると注意もしたし、止められないと泣くえい子ちゃんと一緒に泣いた事もあった。えい子ちゃんは、中学二年の夏休みに手が負えないと判断したご両...人生を振り返る>付かず離れずの関係
二つの小学校が複合した中学校でも、元同じ小学校だったお友達関係が続く。でも、小学生の面影がなくなりその当時、興味本位でシンナーやボンドを吸引し非行に走り不良になる傾向の友達が増えた。私は、そんな友達から遠ざかれずにいたけれど決してしてはいけない事の範囲も分かっていたし、その行為がいいとも思えなかった。人生を振り返る>変わりつつある友達
部活に行くワクワク感は、授業が最後になるにつれ増す。初めて体験する先輩後輩の縦割り社会。3年生など、今思えばまだまだ子供の年齢であるのに⒉歳上だけで偉く大人に感じた。登校時など遠くで先輩の姿を見つけ顔尾合わすと大きな声で『おはようございます!!』と大名行列に見る“はっはぁ~”と奉るような感じ。こんな感じで私も、2年になればされるのかと思うと、妙にこそば痒いように想像した。部活は、毎日3時間余り、ずっと柔軟体操、それも厳しいもの。腹筋からラビット(うさぎ跳び)、足上げ、椅子(壁にもたれて椅子に座る態勢でする柔軟)キツイのは、運動場10週!運動場以外にも教室が建っている外回り。10週近くになると足がもつれ、歩く方がきっと早い、息が苦しい。ある冬は、風があり雪が舞う寒波が連日続いた日。雪が目に入り、目視が難しい。牡丹...人生を振り返る>こんなはずではなかった。
中学に入学した時点で、テニス部か卓球部に入部しようと考えていた。あき子は、天気に左右されない卓球がいいとお薦めだったし一からあき子に教わり一緒に汗も流し遊び感覚のピンポンは身近でもあった。だから、余り迷う事無く卓球部に入る。卓球部には、幼馴染のありんこも入り、集団・団体への戸惑いも解消された。ピンポンと云う気軽さとは打って変わって先輩がいつも口にする“根性!忍耐!厳しさ!”を嫌と云うほど味わう事になる。人生を振り返る>部活にどっぷり浸る
カーラーで髪を巻いて登校してから、やや校則を無視傾向にあった。制服のスカートの裾をほどきいっぱいいっぱいまで丈を長くた。長くした分の折り目を料理に使うお酢を刷毛で塗ると折り目線がやや薄くなると聞き、目に染むような酸っぱさを感じつつ、アイロンで折り目線を消そうと必死だった。その苦戦も全く無駄で、制服の生地は厚く消す事が出来なかった。かばんの両持ち手の芯を抜き、ぺろんぺろんの持ち手になりペタンコ状態の厚みの無い鞄となる。手で握るのではなく、ハンドバックのように手を通した。それが、お洒落だと思っていたから振り返ると苦笑いしたくなる。あき子は、校則違反だとし二軒隣に革製品を縫製されているおっちゃんが居て、元に戻すようにお願いした。芯の代わるものを探してもらい張りのある持ち手が出来上がった。芯を抜くのに苦心したものの数分...人生を振り返る>取っ掛かり
さっちゃんの存在は、親戚のお姉ちゃんを超える感じがした。泊りに来る度に、興味をそそられる事が多くあった。まつ毛は、ビューラーとやらでカールさせ、マスカラを施すと付けまつ毛?と問う事もあった。休みの日の晩に一度、カーラーなるものして貰った。明朝カーラーを取ってどれだけクルンクルンに可愛く仕上がっているかと想像を膨らませ就寝。ところが、眠るどころではない。痛くて痛くて、その上ヘアピンが頭の地に刺さった感覚で寝た気がせず寝不足を訴えるとあき子とさっちゃんに大笑いされた事もあった。綺麗に美しくなるって痛いもん!?っと捉えてしまう位痛い思い出。人生を振り返る>一緒に居られる生活
オオカミヘア型に髪を切ったものの、切惜しみし裾を残したばっかりに、もう邪魔になって自分で普通のハサミでばっさりと切る。そうすると、普通のショートヘアになった。そして、さっちゃんが泊まる度に巻いていたカーラーを拝借し、見事変身した。が!中学校では巻き髪は云うまでもなく禁止。先生から注意され撃沈。髪を切った事とさっちゃんのカーラー姿を見なければ結びつく事もなかったのか、、、、、人生を振り返る>重なったもの
祖母が他界してから、親戚のお姉ちゃん・さっちゃんがちょくちょく来ていた。高校生だったさっちゃんが、泣きながら助けを求めて来た事のあったさっちゃん。親戚のお姉ちゃんで血の繋がった私の姉とは知らずにいた。社会人になっていたさっちゃんは泊る事もあった。寝る前に髪の毛をスポンジの付いたカーラーで巻き、朝起きればそのカーラーを外す。ふっわぁ、ふっわぁ~にカールされた髪は直毛から見違えるほどになり、手際よく櫛とブラシでセットされていく。鏡に向かうさっちゃんが綺麗にお化粧をしていく過程をじ~っと覗き込み興味津々の私。お姉ちゃんが居るってこんな感じなんだぁと一人っ子の私は、すこ~しさっちゃんの存在を身近に感じた。人生を振り返る>お姉さんみたいな存在。
肩甲骨辺りまで伸びた髪は、きっちり結ぶ事は面倒で毎朝億劫に感じた。『おばあちゃんが、居てくれたらしっかり結んで貰えたのに』と逝った祖母の事を結びつけ考えてしまう。それで、電気店に嫁いでいる叔母の行きつけの美容室がありそこでばっさりとショートヘアに切って貰おうと決める。この美容室の先生は、幼い時習っていた日舞のおっしょさんの親戚。おっしょさんの知り合いと云っても、おっしょさんが居る訳でもないので、ド緊張で鏡の前に進み着座する。生憎、美容室の先生は居られず、雇われているお姉さんに切って貰う運びとなる。ばっさり!とお願いするも『いいの~?!どれ位の長さ?』などど問われるとばっさりの気持ちは薄れ、尻込みしてしまう。結果的には、昔流行ったおおかみカット<=裾は長く、頭部は段をつけ裾部分とかなりのギャップがある髪形>裾は、...人生を振り返る>イメージチェンジ試み
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