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ブログタイトル
みことばとわかちあい
ブログURL
http://mikotoba-red.jugem.jp/
ブログ紹介文
幼児洗礼のカトリック信者による、聖書のみことばの感想とわかちあい。
更新頻度(1年)

366回 / 365日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2016/03/27

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U.Zさんの新着記事

1件〜30件

  • 「誰かを」ではなく「私を」

    「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」 今日の福音(ルカ10.1-12)で、イエスは七十二人の弟子たちを派遣する時に、彼らにこのように言います。「収穫」とは神の愛、神の恵み

  • 父であり、友であり

    神よ、深い淵から、あなたに呼び、嘆き祈る私の声を聞いてください。 今日の詩編ではこのように歌われます。詩編は古いものは三千年前、新しいものでも二千数百年前に作られたと言われています。それほどの昔から、嘆きもまた祈りであったという事です。 私

  • 心を尽くして

    神よ、わたしは心を尽くしてあなたに感謝し、神の使いの前であなたをたたえる。 今日の詩編(詩編138.1+2ab,4+5+7d)ではこのように歌われます。キリスト者であれば、祈りの中で神に感謝するという習慣はあるでしょう。他宗教の方、特定の宗

  • いつわりのない想いを

    神よ、わたしの正しい訴えと叫びに心を留め、いつわりのない祈りに耳を傾けてください。 今日の詩編ではこのように歌われます。祈りとは神尾との対話です。それは、訴えや叫びであり、いつわりのないものであるべきです。 いつわりのないものである以上、そ

  • 「お祈りします」

    「あなたたちはどう思うか。ある人に息子が二人いたが、彼は兄のところへ行き、『子よ、今日、ぶどう園へ行って働きなさい』と言った。兄は『いやです』と答えたが、後で考え直して出かけた。弟のところへも行って、同じことを言うと、弟は『お父さん、承知し

  • 私から私たちへ

    あなたのわざをわたしたちの上に、あなたの輝きを子孫にあらわしてください。 今日の詩編(詩編90.11+12,16+17)ではこのように歌われます。旧約聖書では神と人との関係は「自分と神」という個人的なものではなく、「アブラハム、イサク、ヤコ

  • 全てを知ることはできなくても

    神よ、あなたの思いはきわめがたく、そのすべてを知ることはできない。 今日の詩編(詩編139.1+2,17+18)ではこのように歌われます。神は無限、全能の存在であり、私たち人間は有限の存在です。有限の存在が無限、全能を知り尽くすことができる

  • 喜びの種

    朝ごとにあなたのいつくしみを注ぎ、日々わたしたちに、喜びの歌を歌わせてください。 今日の詩編(詩編90.1+2+14,4+5c+6)ではこのように歌われます。私たちの人生には、「楽しいことも、嬉しいことも一つもなかった」という日もあるでしょ

  • 私たちも遣わされている

    十二人は出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやした。 今日の福音(ルカ9.1-6)にはこのように書かれています。イエスはご自分が人々に愛を説き、病を癒やすだけでなく、十二使徒をはじめとする弟子たち

  • 愛する人自身を

    しあわせな人、道からそれず、神の教えに従って歩む人。 今日の詩編(詩編119.1+2a+3b,15+16)ではこのように歌われます。神の道、神の教えとは愛です。どんな時にどのような捧げものをしなければならないとか、いつどのくらい断食をしなけ

  • 言葉とまなざしの中に

    そのとき、イエスは通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。 今日の福音(マタイ9.9-13)にはこのように書かれています。「収税所に座っている」という生

  • 本当の親しい交わり

    わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり、わたしの道はあなたたちの道と異なると主は言われる。天が地を高く超えているようにわたしの道は、あなたたちの道をわたしの思いはあなたたちの思いを、高く超えている。 今日の第一朗読(イザヤ55.6-9)に

  • 恐れという誘惑

    恐れにとらえられるとき、わたしはあなたにより頼む。わたしはあなたに助けを求め、神がともにおられることを知るようになる。 今日の詩編(詩編56.4+10,14)ではこのように歌われます。恐れは悪からの誘惑です。小さな恐れが積み重なって、私たち

  • 確信

    「皆さん、キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったの

  • どんな者であっても

    「(キリストは)そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。神の恵みによって今日のわたしがあるのです。」 今日

  • 最も大いなるものは

    「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」 今日の第一朗読(�コリント12.31-13.13)で、パウロはこのように書いています。信仰、希望、愛、いわゆる「信望愛」はキリスト者の精神そのもので

  • 女性の支えによって

    そのとき、イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。 今日の福音(ヨハネ19.25-27)にはこのように書かれています。ヨハネ福音書によれば、この4人の女性以外にイエスの十字架を見届けたの

  • この自分のために

    「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」 今日の福音(ヨハネ3.13-1

  • 何が主のために

    「わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。」 今日の第二朗読(ローマ14.7-9)で、パウロはこのように書いています。主、すなわちイエスの

  • 遠い憧れではなく、隣にいる友として

    「わたしを『主よ、主よ』と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。」 今日の福音(ルカ6.43-49)で、イエスは弟子たちにこのように言います。もちろん、イエスを神の子、救い主であると認め、「主よ、主よ」とイエスに祈る、語りかけるこ

  • 愛は光

    「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、『さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください』と、どうして言えるだろうか。偽善者よ、まず自分の目から丸太

  • 想いを口に

    くちびるにことばがのぼる前に、神よ、あなたはすべてを知っておられる。 今日の詩編(詩編139.1+2,3+4)ではこのように歌われます。「くちびるにことばがのぼる前に」、神が私たちの心を知っておられるのなら、なぜ私たちは神に祈る必要があるの

  • 地上における天

    アレルヤ、アレルヤ。喜びおどれ。天においてあなたがたの報いは大きい。アレルヤ、アレルヤ。 今日のアレルヤ唱ではこのように歌われます。「天において」と聞くと、i¥この世での生を終えた後を思い浮かべる人が多いと思います。 もちろん、それ

  • 心が喜び躍るとき

    神のみ旨を行うことは、わたしの心の喜び。 今日の答唱詩編ではこのように歌われます。とはいえ、どのような行いが「神のみ旨」なのかを知るのは決して簡単なことではありません。神が私たちに与える使命は一人ひとり違っています。すべての人にとっての「こ

  • 愛と喜び

    わたしはおきてを喜びとし、あなたのことばを忘れない。 今日の詩編(詩編119.15+16,10+11b+108b)ではこのように歌われます。「あなたのおきて」と「あなたのことば」は同じことを指しています。それは、愛を行うことです。 愛を行う

  • 進んで友となるために

    「また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」 今日の福音

  • 差し伸べられた手に気付く時

    助けを求めるすべての人と、心から祈る人のそばに神はおられる。 今日の詩編(詩編145.17+18,19+20)ではこのように歌われます。実際には、どんな人のそばにも神はおられます。神は、一度も神に助けを求めたことがない、全く神に祈ったことが

  • 喜びの柄杓

    喜びに心をはずませ、救いの泉から水をくむ。 今日の答唱詩編ではこのように歌われます。私たちは、イエスの十字架によってすでに救われています。救いの泉はすべての人の目の前に湧いています。 その泉に気づき、そこから水を汲むことができるかは、神が差

  • それぞれの漁を

    イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。 今日の福音(ルカ5.1-11)にはこのように書かれています。この場に居合わせたのは、シモ

  • 違っているからこそ尊い

    ある人が「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか。アポロとは何者か。また、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお

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