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自分という存在は何故存在するのか? http://utantomyu.blog89.fc2.com/

自分という存在、この世界の存在、一体、なぜ、存在するのか?

何故何もないではなく何かがあるのか?それも、よりによって、何故自分が存在するのか?

そら
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2015/09/06

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  • 人格が変わっていく、しかし、意識は同一だ。

    人生の中で人は成長していく。幼かった頃、学生だった頃、社会人なりたてだった頃、責任ののしかかるMidlifeCrisisの頃、そして老年期・・・性格が変わる、考え方が変わる、言動が変わる、まるで石破首相のように。それは仕方の中いことだ。むしろ人格が熟してくると言える。人格が変わっていく、しかし、意識は同一だ。意識の同一性とは何だろう・・・人気ブログランキングへにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村...

  • ある状態になるのを待っているとして

    今はそういう状態じゃなくて、やがてそういう状態になるかもしれないとして、その状態に何年か何十年かしてなったとき、自分はそれを喜べるのだろうか?今すぐにでもそういう状態になってほしいと思っていたとしても、実際にそういう状態になったとしたら本当に喜べるものか?思っていたのと違うのではないだろうか?(リアルに想像してシミュレーションしてどんな感じか、初めに思っていたのと違うようになるか検証したい)今そう...

  • 可能性の世界

    マトリックスのようにこの世が幻でも自分以外の他者が存在しないとしてもそうじゃない可能性があるわけだしただただ平凡な世界が意味なく存在しているだけかもしれないしにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村人気ブログランキングへ...

  • いつか死ぬ日が来るのをただ漫然と待っているのではいけない!

    人生は死ぬまでの暇つぶしという人もいるだろうが、人生の意味は死ぬまでの考察のネタと言うわけには絶対いかない。。。死ぬまでに見つからなくても、死んだときにわかるよと楽観的に言う人もいるだろうが、だから死ぬその瞬間まではそんなに必死に考えなくていいと言うわけには絶対いかない。過程が大事だというわけではない・・・努力や経過などよりも、もっと真剣に・・・人気ブログランキングへにほんブログ村にほんブログ村に...

  • 最近、関東などで緊縛強盗が多い。

    最近、関東などで緊縛強盗が多い。SNSで闇バイトに応募した男性らが短期間で多額の金を稼げるというのにひっかかって、指示役に繰り返し繰り返し犯罪を促されるパターン。彼らは、顔は良いけれど、頭が最悪に悪くて、物事の判断が全然できない鶏以下のケダモノなのだろうが、彼らが欲しがる数万円の金の大家が刑務所行き及び遺族への生涯の償いと、一家離散と、社会復帰困難で、本当に愚かだ。本当に求めるべきは、人生の意味だろ...

  • 言葉を超えたもの

    言葉がダメなわけではない言葉だけでは伝えるのが困難なわけであり言葉を交えつつも一瞬で自分あるいは他者へ悟らせることのできる媒体が必要とされるそれが単なる映像的な物では下等な動物と同じになってしまう映像とか音とかでは伝えきれないもの、かつ言葉だけでは伝えるのに効率の悪いような抽象的な事を悟らせるようなそういう媒体があるはずだにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村人気ブログランキングへ...

  • ロゴスではなく

    真理を実感するには言葉では無理なのかもしれないし、他者へ心理を伝えるのには言葉では伝わらないのかもしれない・・・人気ブログランキングへにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村...

  • 初めに言葉ありき、しかし最後は言葉は不要

    死ぬ瞬間、人は何を見るのか?一瞬の最期の光景に今までの人生の経験を映像として感じる。それは言葉は一切不要だ。まさに「空」。人に何かを伝えようとする時に、言葉が生まれたかもしれないし、自分で何か抽象的なことを考えようとした時に、言葉が生まれたのかもしれないけれど死ぬときの最期の瞬間は言葉では遅すぎるから。そして、困っている誰かを助けるのに、言葉では助けられない。にほんブログ村にほんブログ村にほんブロ...

  • たとえば絵画

    絵画は見る人によってとらえ方が違ったりする。ある人にとってはとても素晴らしく啓示的に見えるだろうし、別な人から見れば陳腐で単なる風景だろうと見えるかもしれない。絵画だけでなく音楽や文学などもそうだ。それを受け取る側の意識次第で価値が変わってくる。死ぬ瞬間、人は何を見るのか?一瞬の最期の光景に大きな意味を見出せる人もいるだろうし、何も感じないまま動物のようにそのまま亡くなる凡人も多いだろう。一瞬で大...

  • この人生の歩き方は自分で選んでいるのかもしれない

    人生の目的にインスピレーションを与えている。これも使命だ。つまり、何のために生きるのか考えるという課題をテーマにした僕は、そういうようなことを考えさせられる人生に否が応でも歩まさせられている。ぎゃくに、楽しければそれでいいという自己中心的な世俗的な考えの人間はそういう楽しさを求め他者と競争する人生を歩むことになるだろう。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村人気ブログランキングへ...

  • 使命として託されている

    自分が何で存在しているのか考えることができる者は、高等な人間しかない。石ころはもちろんだめだし、ウイルスや虫でもだめだし、犬やサルでも不可能だ。小さな子供ももちろん無理。そして、そこらへんにいる大勢の凡人も考えることはできない。何で、人生の意味を考えるか?それは世界や生命の進化の過程で、何故この世に誕生したのかを解明したいという思いが高等人類に託されて、私やその他高等人類に使命として託されているの...

  • チャイルドフリーに関する規制

    チャイルドフリーに関する規制について(子どもを持たない人生)以前、https://ameblo.jp/taitakau-tan/entry-12868416072.htmlという記事も書いたが、日経新聞(2024/10/05)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR3138M0R30C24A8000000/逆に、ロシアの国策がより自然な人間らしい道というようにも思えてきた。カトリックなどは女性の人工妊娠中絶を罪としているが、今回のチャイルドフリーに関する規制が女性が無理に社会進出...

  • 人生無理やり楽しく生きようとしている風潮

    人生は苦しいし、悲しいこともあるし、嫌な場面もあるし・・・反出生主義のように、わざわざ子孫を残すのは子孫にたいしてかわいそうである。華やかなセレブや芸能人などは人生を謳歌しているような姿を見せるが、あれはまるで麻薬で感覚を麻痺させて酔っ払ったよう姿だ。今までの人類のなかでこういう人生に対して真摯に生きる姿をみせた人はいるか?仏陀か?イエスか?いや、今までそんな尊敬できるような立派な人はいない。古今...

  • お笑い芸人の悲壮、現実の欺瞞

    テレビでお笑い番組を見ていればよくわかる。芸人たちが必死に笑いをとろうとしている姿に、その顔に、悲壮感が隠れているのが。まるで蜘蛛の糸のようだ。笑いという名のもとに、人生の悲惨さがにじみ出ている。この世の中、楽しく幸せに生きている人はいるけれども、本当にはそうではないのだ。むしろ、そういうのを勘違いして生きている人は地獄へまっしぐらに進んでいる。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村人気ブログ...

  • 環境要因

    若者の自殺が増えているという若者と言っても、ただ、毎日、働いて、家帰って、寝て、翌日また仕事に行って、かえって、寝て、休日は昼もずっと寝て、、、という繰り返しの若者に自殺が多い。まったく、人付き合いが苦手で、能力も資格もなく嫌な仕事を延々とさせられ、働き甲斐も生き甲斐もないなら、やがて気が滅入ってくるのは必然だ。しかし、それを吹き飛ばすのは、視野を広げられるか否かにかかっているだろうにほんブログ村...

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