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つばた徒然@つれづれ津幡 https://blog.goo.ne.jp/romaniaramochan

ここは北陸の豊かな田舎・津幡町。愛犬との散歩を通じて見つめた季節と風景を画像と言葉でつづる日々。

散歩と酒と読書と競艇好きです。石川県の津幡町在住。週末を基本に更新しています。よろしかったら読んでやって下さいm(_ _)m

りくすけ
フォロー
住所
津幡町
出身
津幡町
ブログ村参加

2015/06/16

  • 名優、そろい踏み。<追記>

    ※以下本文:4月23日午前11時投稿末尾に追記アリ【名人】を辞書で引くと以下の記載がある。「技芸にすぐれている人。また、その分野で評判の高い人。」競艇の場合は、本来の意味合いに「年齢」が加味される。今夜(2023/04/23)福岡県・若松競艇場に於いて行われるプレミアムG1レース、「第24回マスターズチャンピオン(名人戦競争)」優勝戦。以下のメンバーが最後の6ピットに舳先を進めた。1号艇:井口佳典(45/三重)2号艇:濱野谷憲吾(49/東京)3号艇:中沢和志(46/埼玉)4号艇:瓜生正義(47/福岡)5号艇:魚谷智之(47/兵庫)6号艇:今垣光太郎(53/福井)名前に続けた数字は、レーサー個々の年齢。「マスターズチャンピオン」の出場資格は、級別、性別は不問ながら、当年4月1日に満45歳以上になる選手から選...名優、そろい踏み。<追記>

  • Sweet Seasons.

    今回は、最初に歌を一つ取り上げてみたい。Sometimesyouwin,sometimesyouloseAndmosttimesyouchoosebetweenthetwoWonderin',wonderin'ifyouhavemadeit(But)I'llhavesomekidsandmakemyplans(And)I'llwatchtheseasonsrunningawayAndI'llbuildmealifeintheopen,alifeinthecountry人生は勝つ時もあれば負ける時もある白黒つけたがるものよねうまくいったかどうか気にかけ振り返りながら私は生まれてくる子供たちのことや、未来について考えるわ季節の移り変わりを感じながら豊かで開かれた人生、豊かな自然の中の暮らしを想うのが好きI'm...SweetSeasons.

  • 歴史が繰り返すのは必然か?それとも偶然か?

    「ナチス」は政党の名前である。「国家社会主義ドイツ労働者党」。「NationalsozialistischeDeutscheArbeiterpartei」の略称「ナチ(Nazi)」の複数形だ。彼らがドイツを率いた1933年から1945年、わずか10年あまりの間に、数々の犯罪・蛮行が繰り返されたことは、今さら説明するまでもないだろう。敗戦後、ドイツは謝罪・賠償に留まらず、国民の教育、法律の制定など、国を挙げて、過去の膿を絞り出してきた。その根底にある1つは「原罪意識」。ナチス政権は民主的な選挙により誕生しているからだ。禁断の果実(ナチズム)を食べるよう勧めたのは蛇(ナチス)だが、手を伸ばし口にしたのは、当時のドイツ国民たち---アダムとイヴの意志だった。今回は、その出来事を“舞台劇”に例えてみようと思う。但...歴史が繰り返すのは必然か?それとも偶然か?

  • 令和5年度、津幡町。

    新年度(令和5年度)の幕が開いて半月余りが経った。春は“出会いと別れの季節”とか“新生活の始まり”と言われるが、今年は僕の人生にも、節目が訪れた。私生活上のこと故、多くを語るつもりはないがそれなりに大きな変化である。ま、拙ブログは変わらずに継続してゆく。今後とも何卒よしなに。さて、毎月、町内の各家に配布される「広報つばた令和5年4月号」に、今年度の一般会計当初予算が掲載されていた。「145億4100万円」。歳出のうち最も占有率が高いのは、高齢者・児童・障害者福祉に充てる「民生費」。以下、土木→教育→公債→総務→衛生---と続く。対する歳入は、町税を主とする自主財源が36%。地方交付税、国庫支出金などの依存財源は64%あまり。---正直、自主的な財政運営に於いて優等生とは言い難いと思う。【津幡町は石川県のほ...令和5年度、津幡町。

  • 津幡町 英田(あがた)見聞録。

    本日(2023/04/09)、津幡町・能瀬(のせ)にて「能瀬川公園桜まつり」が開催された。毎年、能瀬川両岸の染井吉野120本あまりが満開の中で執り行われるのが恒例だが、今年は開花~盛りのテンポがよく、既に散り始め。まぁ人智の及ばぬ自然の営みだから、致し方ない。ともかく僕は「順徳さん謎解きウォークラリー」に参加した。以前にも投稿したが、この地区には第84代天皇「順徳院」にまつわる伝説がある。承久3年(1221年)年、朝廷の復権を目指し鎌倉幕府へ弓を引いた「承久の乱」に敗れた順徳上皇が、佐渡へ流される途中、大しけに遭い遭難。王崎(現在のかほく市大崎)の浜に上陸。津幡町に行在所(あんざいしょ/仮の御所)を定め、3年間滞在したと伝えられている。その奇譚を辿り、およそ4kmを歩いてみた。行在所に建っていたという「御...津幡町英田(あがた)見聞録。

  • 失われた街道。

    江戸時代、幕府の「道中奉行」が管理し整備された5つの大きな街道があった。東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道がそれ。起点は、いずれもお江戸・日本橋である。五街道以外には、各藩の大名が管轄する主要な道「脇街道」の1つが、現在の滋賀県から長野県までを結んだ「北国街道」だ。北国街道のうち、金沢城から南、京へ上る道を「上口往還(上街道)」。城から北、越中から江戸へ下る道を「下口往還(下街道)」と呼んでいた。金沢市・北森本町に往時の面影が僅かに残り、石川県指定史跡となっている。北国街道(旧北陸道)は、藩政時代、最も多く利用された幹線道路のひとつでした。城下の入り口にあたる下口筋の大樋から柳橋、森本にかけての道筋は、一般に下口往還とも呼ばれていました。前田家の参勤交代は、この北国街道を利用して行われ、金沢城か...失われた街道。

  • 勘案、散歩日和にて。

    本日(2023/04/02)、ブログ開設から4709日が経った。中断はあったが、足掛け13年ほど継続してきたことになる。始めたキッカケは愛犬(チワワ/♂去勢)との散歩。彼と連れ立って街中を歩くようになり、街中の変化の記録をメインに据え、季節の移り変わり、個人日記、心の発露など、種々雑多な投稿を1800回あまり積み重ねてきた。当然、その間、僕も彼も年を取る。人と犬の平均寿命を比べれば、犬の方が短い。“りくすけコンビ”の道行きがいつまで続くかは分からないが、出来る限り一日でも長く楽しみたいし、読者諸兄姉にお付き合い賜れば幸いと考えているのだ。---さて、枕が長くなってしまった。今投稿は、麗かな春『時代の異なる「散歩マナー啓蒙看板」が目に付いた』というハナシである。一枚目の看板は「昭和的」。北陸の片田舎・津幡町...勘案、散歩日和にて。

  • A Cherry Blossom.

    もう40年ほど昔になるだろうか。僕は一時期「モダンジャズ」ばかり聴いていた。四畳半一間の部屋に帰ると湯を沸かしインスタントコーヒーを飲みながら、LPレコードに針を落としてAB面を通してかける。そんな癖が付いたキッカケは「ジャケ買い」だった。青一色の背景に浮かぶ男の陰影。デザインに惹かれて購入した「ソニー・ロリンズ」の「サキソフォンコロッサス」から、僕のジャズライフは始まった。狭い部屋の壁に買い集めたアルバムを飾ったりしたが、お気に入りのジャケットの1つが「ホレス・シルヴァー」の「ザ・トーキョー・ブルース」。着物姿の美女に挟まれご満悦のピアニストが来日公演の思い出を重ねたであろう「TooMuchSake」「SayonaraBlues」「Ah!So」等ユニークなタイトルの曲を収録。僕は、取り分け「Cherry...ACherryBlossom.

  • 久方の光のどけき春の日に しず心なく花の散るらむ。

    きのう(2023/03/25)は、わが津幡町の桜について投稿した。花の好みは人それぞれだが、日本では総じて桜の人気が高く、日本人が桜を特別視しているのは異論のないところだろう。それは「言葉」からも窺える。花が咲く頃の薄ぼんやり霞む空は「花曇り」。同じ時期に訪れる一時的な寒さを「花冷え」。お花見用の敷物は「花筵(はなむしろ)」。満開の時期は「花盛り」。盛りを過ぎ、ハラハラと舞い散るさまは「花吹雪」。花びらが吹き寄せられ川面を流れてゆくのは「花筏(はないかだ)」。---これだけ多彩なバリエーションを与えられた花は、桜だけ。更に、パッと咲き、パッと散る桜にはどこか“死の影”が付きまとう。今回は、そんな観点から一つの物語を取り上げてみたい。ほんの手すさび手慰み。不定期イラスト連載第二百二十二弾「花時の八雲とセツ」...久方の光のどけき春の日にしず心なく花の散るらむ。

  • 津幡町、さんざめく春の一齣(こま)。

    今年も「桜の季節」がやって来た。2023年の開花テンポは統計開始以来、記録に残る早さだという。わが津幡町のそれは、今投稿の2日前・3月23日に開花宣言。現状はまだチラホラといったところだ。東京、京都、高知あたりでは既に満開と聞くが、拙ブログをご覧の皆さまがお住まいの地域はいかがだろうか?春の到来を告げる桜はエンターテイメントの要素もある。「お花見」だ。その始まりとされるのは、花の咲き方で豊作を占っていた奈良時代の農耕行事。最初は梅の花が主流だったが、梅は大陸から渡来した外来種。平安時代になると日本の固有種・桜を愛でるようになる。江戸末期に“桜界のスーパースター”「染井吉野」が登場。園芸家が人為的に造り出したとも、自然交配によって生まれたとも言われるが定かではない。ともかく、花だけが先行する華やかさがウケ、...津幡町、さんざめく春の一齣(こま)。

  • もう一つのClassic。<追記>

    ※以下本文:3月21日7時投稿末尾に追記アリ今、世間の耳目を集めているのは「WorldBaseballClassic」だろう。僕もこの後の準決勝(2023/03/218:00am~)での日本勝利を願っている。また個人的に関心を寄せているのが、もう一つの「C」。今夕(2023/03/214:38pm~)東京・平和島競艇場で行われる「BoatRaceClassic」優勝戦だ。艇界最上位の格付けSGレースの1つ。2023年最初のビッグレースだ。今年58回目の開催で、正式名称は「鳳凰賞」。第23回大会より総理大臣杯と呼ばれ、第49回大会からボートレースクラシックが通称になる。出場資格は以下のとおり。同大会前年優勝者、前年グランプリ優出6名。前年のグレードレース優勝者、他優勝戦回数進出上位者。2023年の各地区戦優...もう一つのClassic。<追記>

  • 風光る津幡町散歩。

    本日(2023/03/19)は、よく晴れ渡った。冬に比べるとずいぶん日も長くなり、日中の力強い日差しに包まれた景色は生き生きと映る。つまり「風光る」。風も光輝くような陽気に包まれたのだ。大西山・忠魂碑バックの空の青も濃い。一般的に---春は上空の高気圧が「フタ」をすることで、地上付近にあるチリやホコリ・水滴が低位置に留まったり、大陸から飛来する黄砂などの影響で「霞がち」になるケースが多い。だが、今朝の津幡町は気持ちよくスカッとキレイに晴れた印象である。きのうの投稿では花咲く山桜を取り上げたが、染井吉野のつぼみも随分膨らんできた。やがて先端に桜色が混ざれば、綻び、開花と営みが進むだろう。もう少しだ。カキーン!バシッ!「もっと前に突っ込んで!次、ゴロ行くぞ!」「ハイッ!!」撮影ポイント傍では、球春らしい音が聞...風光る津幡町散歩。

  • 春・津幡町、山間の駅にて。

    本日(2023/03/18)は、朝早めから仕事に従事。勤めを終えて津幡町に戻ってきたのは、日が暮れかかり始めた頃。帰宅前に「倶利伽羅駅(くりからえき)」を訪問しようと思い立ち、ハンドルを切ったのは午後5時を小半時ほど過ぎていた。倶利伽羅駅は山の中の小さな無人駅。平成27年(2015年)3月、北陸新幹線・長野駅⇔金沢駅間の延伸開業に伴い、JR西日本から経営分離された「IRいしかわ鉄道(株)」に所属。元々は、富山県・石動(いするぎ)-石川県・津幡間の信号所として、明治41年(1908年)に開設。以来、一世紀以上の歴史を積み重ねてきた。また、この駅がある「倶利伽羅峠」は「治承・寿永の乱」の舞台でもある。<石川県と富山県にまたがる歴史国道「北陸道」が走る倶利伽羅峠は、1183(寿永2)年の源氏と平家が興亡の明暗を...春・津幡町、山間の駅にて。

  • 仄暗き近代御伽草子。

    むかし、美しい女が、さらわれて、遠い砂漠のあちらの町へ、つれられていきました。疲れているような、また、眠いように見える砂漠は、かぎりなく、うねうねと灰色の波を描いて、はてしもなくつづいていました。幾日となく、旅をすると、はじめて、青い山影を望むことができたのであります。そのふもとに、小さな町がありました。女は、そこへ売られたのです。女自身をのぞいて、だれも、彼女のふるさとを知るものはありません。また、だれも、彼女の行方を悟るものとてなかったのであります。彼女は、ここで、その一生を送りました。サフラン酒を、この町の工場で造っていました。彼女は、その酒を造るてつだいをさせられていたのでした。月が窓を明るく照らした晩に、サフランの紅い花びらが、風にそよぐ夕方、また、白いばらの花がかおる宵など、女は、どんなに子供...仄暗き近代御伽草子。

  • 2023.3.11の覚悟。

    地震名:平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震発生日時:平成23年3月11日(金)午後2時46分震源地:三陸沖130km付近深さ24km地震規模:マグニチュード9.0最大震度:7(宮城県・栗原市)あの驚天動地から、ちょうど12年の時間が流れた。あの日、あの時に受けた衝撃と戸惑いは覚えている。正直に言えば、時が経つにつれ次第に薄らいではゆく。しかし、完全に忘れ去ってしまうことはできないのだ。2万名余りの命と共に町を呑み込む津波を思い出すと、やり切れない気持ちが蘇ってしまうのは、今も同じだ。幸いと言うべきだろう。歴史を紐解いても、わが津幡町に於ける地震の被害は少ない。だが、それは未来永劫に約束された訳ではない。今日と同じ明日が来るとは限らない。大自然の猛威を前にした時、人間は非力で無力だ。<津幡町役場前...2023.3.11の覚悟。

  • 津幡短信vol.113. ~ 令和五年 弥生。

    津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。今回の投稿は、以下の3本。【弥生の空は。】本日(2023/03/05)、津幡町は日がな一日快晴。最高気温は二桁に達したが、朝は放射冷却の影響で案外肌寒い。愛犬のリードを握り歩き始めた午前7時、日陰には霜が降りていた。とは言え、冬とは一味も二味も違う。とても過ごし易い。見上げた弥生の空は、紫みの薄い明るい青---「空色」に染まる。【由来は町花。】わが住まいからほど近い「住吉公園」でおよそ2年間に亘り続いていた温水プールの建築工事が佳境を迎えている。オープンは今春・4月下旬予定。建築面積/2,800平方メートルあまり。延べ面積/3,300平方メートル強。鉄筋コンクリート造一部鉄骨造地上2階建(最高9メートルほど)。工事費/17億円程度。内部にはプール...津幡短信vol.113.~令和五年弥生。

  • タイムマシンにお願い。

    未来にも過去にも行ける装置---「タイムマシン」。その“夢の乗り物”は、度々、SFエンターテイメントに登場してきた。日本に於ける有名なモノは「ドラえもん」で描かれたそれだろうか?初お目見えは、産業革命が興り、科学が発達した19世紀後半頃とされるが、それから長い時が経ち21世紀になった現在も未だ実現していない。しかし、僕たちは、脳内でタイムマシンに乗車する。世界・日本史上の出来事。個人史のとあるポイント。故人の思い出。幼少時の記憶。個人、社会などの未来予想図。ふとした時「時間旅行」を楽しむのは珍しくない。僕は、最近、よく過去へ出かけることが増えたように思う。---このカテゴリーで触れてきたとおり、およそ2カ月後の5月1日、わが母校「津幡小学校」が産声を挙げ「創立150年」を迎える。その節目を盛り上げようと結...タイムマシンにお願い。

  • 女傑たちの夜宴。<追記>

    競艇女子レーサーの祭典GⅡ競争「第7回レディースオールスター」。今夜(2023/02/26)、愛知県・蒲郡市にある「蒲郡競艇場」に於いて優勝戦を迎える。(※照明が灯った蒲郡競艇場水面/2015年秋:りくすけ撮影)「ファン投票」による獲得票数の上位者と、選考委員会による推薦による計52名が集結。僕もご近所の場外舟券売場「ミニボートピア津幡」で投票した。きのう5日目は予選道中を生き残った18名による、3つの「準優勝戦」が行われた。それぞれ1着と2着だけが次のステージに進めるサバイバルレースは、やはり激しい争いになり、ドラマが生まれた。1つ目9Rは、2号艇に乗る「守屋美穂」がレースを作った。2年連続ファン投票1位でディフェンディングチャンプの彼女は、本人曰く「それまで続いた不甲斐ない戦い」を払拭しようと、果敢に...女傑たちの夜宴。<追記>

  • 我、レイジの子。

    2023年2月13日。漫画家「松本零士(まつもと・れいじ)」(本名/晟(あきら))さんが、急性心不全のため東京都内の病院で死去した。85年と19日の生涯だった。発表は死後一週間が経った20日。小さくない喪失感を味わう。この機会に拙ブログ過去記事を読み直してみたところ、故人の作品ついて掲載数が多いことに感慨を抱く。戦場まんがシリーズ/鉄の竜騎兵2010/09/06零士式美人2016/12/02銀河鉄道999(※平尾昌晃氏追悼)2017/12/05宇宙戦艦ヤマト(※著作権所有は別人)2019/05/18クイーン・エメラルダス2021/01/30---他の文中にも幾つか散見できた。改めて「松本零士」氏のペンが、自分の人格形成にとって小さくない影響を与えているのだと実感。少年時代を振り返れば、いつも傍らに「零士漫...我、レイジの子。

  • 花はどこへ行った?

    ♪夕空晴れて秋風ふき月影落ちて鈴虫なくおもえば遠し故郷のそらああわが父母いかにおわすクラス担任「松尾佐知(まつお・さち)」が弾くオルガンに合わせ、児童たちが「故郷の空」を歌う教室には、しんみりとした空気が満ちていた。前任者「小賀武志(こが・たけし)」戦死の報が届いたのだ。対照的に学校の外---金沢の街はお祭り騒ぎ。“バルチック艦隊撃滅!”対馬海峡での大勝利を受け「バンザイ!」「バンザイ!」の大合唱が木霊していた。♪すみゆく水に秋萩たれ玉なす露はすすきに満つ遺影に捧げる唱歌が2番に差し掛かかったところで、俄に「佐知」の表情が曇る。大きな瞳が潤み、眉根に深い皺が刻まれたとみるや意を決したように身を翻し、背後の黒板の前に立つ。手にした白いチョークに力を込めた。美しい日本美しい---手が止まった。呼吸が苦しい。心...花はどこへ行った?

  • 梅もほころぶ雨水(うすい)かな。

    明日(2023/02/19)は、二十四節気の「雨水(うすい)」。立春に続く2番目の節気で「降る雪が雨に変わり、雪解けが始まる時期」。3日前、10センチほど積もった春の雪はあらかた融けた。季節の移り変わりを実感する。そろそろ近隣でも梅が観賞できるかなと思い「加賀神社」へ足を運んだ。以下「津幡町観光ガイド」より抜粋して引用。<津幡町中条地区の潟端(かたばた)区にある加賀神社は、加賀藩5代藩主前田綱紀(まえだ・つなのり)を祀った神社で、かつては津幡町内における最高社格(県社)を有していました。綱紀公によって、1673(延宝元)年から河北潟縁の干拓が着手され、潟端新村が立村された時、干拓事業の成功を祈願して諏訪神社が建立されました。1909(明治42)年に加賀神社と名前を変え、1915(大正4)年に県社となりまし...梅もほころぶ雨水(うすい)かな。

  • 津幡短信vol.112. ~ 令和五年 如月。

    津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。今回の投稿は、以下の2本。【路上にて。】立春を過ぎ、わが津幡町の気候は実に穏やか。久しぶりに愛犬「りくすけ」を伴い、小一時間の散策に出発した。上掲画像のように所々雪溜まりは残っているものの、それは然したる問題ではない。路上は歩きやすいのだが、白内障を患って以来、相方は長時間・長距離行を好まなくなった。少々老け込んだように思える。最近は「安近短遅」が散歩の基本スタイルだ。津幡中心部「四ツ角」のワンコディスプレイは「雛段飾り」。来月の行事「桃の節句」まで1か月を切り、春本番接近に思いを致す。最上段に坐(おわす)お内裏様とお雛様の横に垂れ下がる造花の桃の花を見て、辺りで梅花を探し回るも出会いはなかった。春遠からじ、されど花の季節まで今少し---と言った...津幡短信vol.112.~令和五年如月。

  • 熟成した記録は「思い出」という。

    「photograph」が発明されたのは今から200年前、19世紀と言われる。photoは「光の」、graphは「書く、描く」。日本語では「光画」とも訳されるが、一般的に普及しているのは「写真」だろう。真(まこと)を写すとは、言い得て妙。確かに写真は「記録」と「伝達」と「表現」を兼ね備えたものだ。しかし、物事は常に多面的であり、被写体の真実が1つとは限らない。故に、写真の解釈は、観覧者によって異なる場合がある。また、撮影から時を経た写真は、熟成し「思い出」になると思う。「時を切り取った記録」は、観覧者が当事者ではなかったとしても、「あの頃の記憶」を想い起こす触媒になり得るのではないだろうか。2023年2月現在「津幡ふるさと歴史館れきしる」では、企画展「思い出の津幡町~1枚の写真から想う~」を開催中。今回は...熟成した記録は「思い出」という。

  • 立春、上越にて③~番外篇 喰ったり買ったり。

    過去2回、新潟県・上越への旅について投稿した。おとといは「盲(めしい)の女旅芸人・瞽女(ごぜ)さんと、国内最古の映画館がある雁木(がんぎ)の街並み」。きのうは「上越が生んだ文豪・小川未明」特集。今回はその続篇にして番外篇、極めて個人的な旅の記録である。【喰ったもの】旅初日、映画館「高田世界館」を見学した後、空腹を覚えた僕は飲食店を探し歩き始めた。雁木が連なる通りを彷徨ううち、どうやら「夜の街」に迷い込んだらしい。キレイなお姐さんや居酒屋料理の看板で腹が満たされるはずもなし。まさに“絵に描いた餅”である。どこも扉は固く閉じられたまま。途中で見かけたコンビニにでも行くしかないかと諦めかけた時、赤い外観の店構えが目に入った。「中国料理北京菜館」。営業中の掛札が下がるガラス戸を開け、席に座り、しばしメニューを広げ...立春、上越にて③~番外篇喰ったり買ったり。

  • 立春、上越にて②~仄暗き淵に佇む文学~

    きのう投稿の続篇、新潟県・上越市の旅その2。その施設は、上越市街地の中心部「高田城址公園」の一角にある。市立「高田図書館」に併設した「小川未明(おがわ・みめい)文学館」が、旅2日目のハイライトだ。残念ながら内部は撮影禁止のため、展示物の画像はない。「小川未明」は、上越市高田出身の小説家・童話作家。明治15年(1882年)旧・高田藩士の家に生まれた。高校(当時は尋常中学校)までを郷里で過ごし、上京。早稲田大学在学中に、文筆の師「坪内逍遥(つぼうち・しょうよう)」から「未明」の号をもらい、小説家としてデビューした。卒業後、雑誌『少年文庫』の編集にたずさわり、童話も書くようになる。大正15年/昭和元年(1926年)、小説の筆を折り童話に専念。79歳で死去するまで、生涯に1200点以上の童話を創作した。僕が作家の...立春、上越にて②~仄暗き淵に佇む文学~

  • 立春、上越にて①。

    僕は今、津幡町にはいない。新潟県・上越市のビジネスホテルにいる。大浴場で汗を流し、買い込んだ惣菜を肴に酒盛り。朝早くから巡った行程を反芻しながらキーボードを叩く。しかも、場外舟券売り場で投票したレースをスマホで観戦。---これは、個人的に「至福」の時間なのだ。さて、上越の積雪は多い。立春ながら、ご覧の様相。昨年のクリスマス~先日の大寒波の折は、さぞ忍従・苦労を強いられたことと察する。所々積雪を踏みしめ、僕はまず「高田世界館」へ向かった。(※以下、太字は高田世界館HPより引用/抜粋)<歴史的な文化遺産として>高田世界館は1911年(明治44年)に芝居小屋「高田座」として開業しました。5年後の1916年(大正5年)に「世界館」と改称、常設映画館となりました。その後「高田東宝映画劇場」「高田セントラルシネマ」「...立春、上越にて①。

  • 太陽≒希望 / 平和=希求。

    きのう(2023/01/29)日曜日は、とあるイベントの運営で仕事に出かけた。出発時刻は午前7時半。それまでに家事諸々を済ませようと、起床したのは夜明け前の午前4時。天気予報を見ると、弱い雪が一日中降る見込みとのこと。それは、今どきの日常であり珍しいことではない。「異変」に気が付いたのは、出勤の身支度を整え始めた頃。---「明るい」のだ。外に出て、僕は驚いてしまった。何と空は青一色。光が世界を包んでいた。一面に垂れこめる鉛色の雲を見慣れた目には、やけに眩しく鮮やかに映り、まるで世界に「希望」が溢れているかのような錯覚に囚われた。闇を駆逐する朝日は常に美しいものだが、昼尚暗い真冬の北陸のそれは、神々しくすら感じる。『なるほど太陽を拝みたくなるのも無理はないな』と、妙に納得してしまったのである。古代、人は人智...太陽≒希望/平和=希求。

  • 冬空の下、生じる差異と忍び寄る危険。

    本日(2023/01/28)は、強い寒気の影響で全国的に気温が低い。九州でも5℃に届かない所が多く、東北北部や北海道は軒並み氷点下。全国のおよそ4割にあたる地域が、最高気温0℃未満の「真冬日」となった。天気図を見ると典型的な「西高東低」。関東地方はよく晴れたお陰で乾燥注意報が発表されているという。同じ冬でも、こちら北陸とは様相が異なる。わが津幡町の上空は、時折晴れ間が覗くものの厚い雪雲に覆われ、僕らが生きる下界は、雪に覆われている。午後4時までの最高気温は1℃。最低気温は-1℃。この時期の平均最高気温は6℃とされるから、確かに寒い。しかし気温差が小さいのは「安定している」とも言え、案外過ごし易い。積雪量もこの位で済めば御の字だ。よく天気予報で【平野部で30センチ予想】などと耳にするが、当然一定ではなく局地...冬空の下、生じる差異と忍び寄る危険。

  • 氷点下に広がる水墨山水。

    “今季最強”の呼び声に違わぬ寒波の影響により、本日(2023/01/24)から明日にかけ、日本列島の最低気温は軒並み氷点下。その範囲は、沖縄を除く46都道府県に及ぶらしい。気象庁によると---北日本から東日本に氷点下42度以下、西日本には氷点下36度以下の寒気が流入。報道によれば---普段、北極域上空に存在する大規模な冷たい空気の渦が分裂し、一部が東アジアに南下したのが原因とか。背景には「地球温暖化」に伴う偏西風の蛇行があり、これによって日本付近に、北からの寒気が入りやすくなっているという。ここ北陸はと言えば、何しろ「寒い」。今のところ積雪量が、昨年クリスマス寒波に比べ劣るのは幸いながら、低温がもたらす影響は小さくない。車のフロントウインドーが氷結。地吹雪が吹き抜けるため視界はホワイトアウト。路面はカチコ...氷点下に広がる水墨山水。

  • 寒中見舞い。

    寒中お見舞い申し上げます。2月3日までは二十四節気の最終節「大寒(だいかん)」。本日(2023/01/22)の北陸は割合穏やかな気候ながら、明後日からは、列島上空に今季最強の寒波襲来!と盛んに耳にします。日本海側、太平洋側でも大雪に警戒が必要で、寒さも厳しくなる見込み。どうかお気を付けくださいませ。さて、江戸時代の浮世絵に描かれた冬の描写を観ますと、お江戸・日本橋には雪が積もり、富士山も真っ白。当時、積雪量は多かったようです。14世紀半ばから19世紀半ばにかけては、いわゆる「小氷期」。特に江戸時代中期頃は非常に寒かったんだとか。記録によれば、冬に隅田川が凍結したそうですから、相当なものです。---先人はどうやって寒さを凌いだのか?気になった僕は、ちょうど「津幡ふるさと歴史館れきしる」で始まった、冬の民俗資...寒中見舞い。

  • 初春まづ 酒に歴史の 匂ひかな

    今年(2023年)わが母校「津幡小学校」が、創立150年を迎える。同校では「150周年記念事業」の計画が進行中。昨年、その節目を側面からサポートしようと卒業生有志による応援団が発足。僕「りくすけ」も末席に加わり、何度か会合を重ねてきた。(※今投稿カテゴリー「大西山の丘辺に立てば。」に分類)年が変わり、いよいよ実務が本格始動。詳細は次回に譲るが、本日(2023/01/21)応援団長が経営するお店、お酒とサラダ館の「岩井屋」にお邪魔して打ち合わせをした。こちらは町の中心部「四ツ角」にあるギフト専門店。御中元、お歳暮・手土産・出産や結婚の内祝・快気祝など、各種贈答品を取り扱っているが、以前、昭和53年頃までは造り酒屋を営む。今訪問の機会に、往時の面影を垣間見ることができた。↑酒を硝子瓶に詰める以前、量り売り用の...初春まづ酒に歴史の匂ひかな

  • 津幡短信vol.111. ~ 令和五年 小正月 。

    津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。今回の投稿は、以下の2本。【左義長。】本日(2023/01/15)は「小正月」。元日の「大正月」に対するそれは、年明けから続いた正月行事の締めくくりにあたる。全国的に多く行われているのが「左義長」だろう。正月飾りや神社のお札・お守りなどの縁起ものなど、新年を迎える役目を終えたアイテムを「お焚き上げ」。1年の健康や平和を願い、その炎で焼いた餅を食べる様子も窺えた。わが津幡町の各神社でも行われていて、僕は、毎年「清水八幡神社」へ足を運んでいる。雪がなく歩きやすいお陰もあってか、沢山の人が訪れていた。【音楽、書、落語~津幡町文化会館にて。】同じく本日「津幡町文化会館シグナス」にて、32回目のロビーコンサートが行われた。“ロビー”と銘打つも演奏会場は大ホ...津幡短信vol.111.~令和五年小正月。

  • ゲーテとお口の恋人。

    年齢を重ねると「好み」は変化するという。確かに自分自身にも幾つか思い当たる事はある。中でも顕著に現れるのは「食の嗜好」。昔はよく口にしていたが、いつの間にかご無沙汰しているもの---個人的な1つは「ガム」である。子供の頃は、よく甘いガムに手を伸ばした。例えば、細身のゴールドの箱に収められた香水ガム「イヴ」。他には、柑橘の味わいが特徴「ジューシィ&フレッシュガム」。また、香ばしいコーヒーテイストの「コーヒーガム」も忘れ難い。各商品の名称表記はアルファベットで統一されていたから、まるで輸入菓子みたいでカッコよく感じたものだ。これらの製造販売元---「ロッテ」の社名が、あの作品のヒロインに由来しているのは、つとに有名なハナシである。ほんの手すさび手慰み。不定期イラスト連載第二百十八弾「シャルロッテ(愛称:ロッテ...ゲーテとお口の恋人。

  • 二十歳のつどい。

    本日(2023/01/08)「津幡町二十歳のつどい」が開催された。ご存じのとおり、昨春(2022/04/01)に施行された改正民法では、成人年齢が20歳から18歳にダウン。そのため旧来の「成人式」から名称を変更して行われた。全国で過去1年間における新成人(18~20歳)の数は341万人。うち20歳人口は117万人。前年から6万人減で過去最少となった。わが津幡町の正確な数字は不明だが、傾向は似たり寄ったりと推測する。ともあれ、会場となった「津幡町文化会館シグナス」には、晴れ着やスーツの華が咲いていた。僕が20歳になった頃「成人の日」は1月15日固定。当時、町の式典は旧盆開催だった。雪の影響を鑑み、帰省しやすい時期等を考慮してのことと思う。ハッピーマンデー制度以降カレンダーが連休となり、ごく最近1月スケジュー...二十歳のつどい。

  • せめぎ合いと共生。

    わが石川県・津幡町は豊かな森を有する。少々乱暴に言えば、総面積の半分くらいが森林。それは山を切り拓いた宅地や道路が増えた今のハナシだから、かつての森が、より広く深かったことは想像に難くない。『昔々、森というのはそれだけで一つの宇宙でした』10年前に終了したラジオ番組「森の散歩道」のパーソナリティ、「森本レオ」氏の決まり文句は、言い得て妙。確かに鬱蒼とした森は、確かに人ならぬ者たちが棲む別世界である。人と獣の領域が接するあたり。街中からほんの少し山間に入った棚田の農道には、イノシシ用の「箱罠」が仕掛けてある。十二支の「亥(い)」として。「猪突猛進」の語源として馴染みの深いイノシシ。彼らの生息域は、低山帯から平地の森林。植物の根、地下茎、果実(ドングリなど)、タケノコ、キノコ。昆虫類、ミミズ、ヘビなど何でも食...せめぎ合いと共生。

  • 津幡短信vol.110. ~ 令和五年 正月二日 。

    新年おめでとうございます。本年も拙ブログをどうぞよしなに。今回は津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。今回の投稿は、以下の2本。【元日の津幡町。】今のところ、わが津幡町に目立った降雪はなく一安心。曇天、少雨、小雪が続き、空は冬らしい姿ながら時折晴れ間がのぞく。きのう(2023/01/01)午前、そのタイミングを狙って散歩に出かけた。路面の雪はすっかりなくなり歩きやすいが、路肩には雪だまりが融けずに残っている。寒さはそれほど厳しくないが、暖かいわけでもない。春まだ遠く、町内には雪への臨戦態勢が窺えた。車輪を休める大型除雪車たち。昨年クリスマス寒波の際の大活躍は記憶に新しいところ。彼らは頼もしい存在なのだが、どうか出動回数が少ないことを望む。津幡町役場前、松の雪吊り。降り積もる雪の重みか...津幡短信vol.110.~令和五年正月二日。

  • 伝承、お江戸の歌姫。

    本投稿(2022/12/31)は「大晦日(おおみそか)」である。「みそか」は月末にあたる『三十日』を意味し、「おお」は『1年のクライマックス』を表わす。そんなタイミングの今回、300年前の江戸の年越し~正月風景を取り上げてみたい。当時、年末行事「大掃除」は、12月半ばに終えるのが恒例。翌年の実りと繁栄をもたらす「年神様」を迎えるため、1年間の穢れと埃を払い、家中を清めた。蕎麦をすすって腹ごしらえを済ませたら、年神への大切な供え物でもある「餅」の準備。ぺったん、ぺったん、ぺったんコ。そこかしこの街角から餅つきサウンドが聞こえたという。また寺社の門前や境内で開催される「歳の市」は大賑わい。注連縄、羽子板、海老、昆布、橙(だいだい)といった正月用品、まな板、桶、笊(ざる)などの日用品を求める人々でごった返した。...伝承、お江戸の歌姫。

  • BIKINIを温ねて新しきを知る?!

    1970年代終盤~1980年代序盤のハナシである。当時、新聞国際面の「世界の街角コラム」が好きだった。「クレムリン権力序列に変化」「第二次オイルショック!!」「イラン・イラクの戦闘激化」「ソ連、アフガンに軍事侵攻」「漁業、200海里時代到来」---など、緊迫感を湛える見出しが躍る片隅に、それはあった。「ワシントン発~米大統領、七面鳥に恩赦」「プノンペン発~笑顔でずぶ濡れ、水祭り」「北京発~天安門に春の雪、柳の綿毛舞う」「パリ発~パリっ子誘う甘い焼き栗の香り」「ソウル発~路面を赤く染める唐辛子干し」---といった異国の日常を扱う小さな写真付き囲み記事が好きで、それを切り取り、スクラップして読み返しては疑似旅行を楽しんだものである。ちょうどこんな寒い時期、興味を惹かれたのは「季節外れ」な印象を与えてくれる話題...BIKINIを温ねて新しきを知る?!

  • 津幡短信vol.109. ~ 令和四年 師走 。

    津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。今回の投稿は、1本。【雪のクリスマスイブ。】きのう(2022/12/23)未明から降り始めた雪は、一面を銀世界に変えた。平野部での推定積雪量20センチ弱といったところか。列島上空には強い寒気が流れ込み、強い冬型の気圧配置。現在、降雪は小康状態ながら明日(12/25)まで要警戒といったところか。北海道~山陰にかけ、各地で大雪。四国・高知など普段は縁遠いところでも雪に見舞われた。拙ブログをご覧の皆さまの地域はいかがだろうか。関係各位の努力によって、幹線道は概ね除雪が行き届いている。ありがとう。ちなみに、わが津幡町に於いて町が道路除雪を行う道路はおよそ260km。冬期の道路交通を確保する除雪計画に基づき、随時実施中だ。側道や駐車場、歩道などには雪が残り...津幡短信vol.109.~令和四年師走。

  • 雲上の熱戦。

    <交錯する笑顔と涙と意地/グランプリ優勝戦>きのう(2022/12/18)午後~夕方にかけ、長崎県・大村湾には雪が舞った。気温は一桁(1℃~2℃)。水温は二桁(11℃ほど)。一面に靄(もや)が立ちのぼる「大村競艇場」の競争水面は、まるで「雲の上」に浮かんでいるように見えた。やがて、とっぷりと日が暮れ、雪が氷雨に代わる頃。競艇界の大一番「第37回グランプリ」優勝戦の幕が上がり、1号艇に乗艇する「白井英治」が真っ先にゴールを駆け抜けた。彼の優勝は、コンマ09でスタートを切り、ファーストターンを回った時点で決まったと言っていい。スタートタイミングは、2コースの「原田」の方が僅かに速かった。しかし「白井」のターンが勝負を制した。旋回スピード、旋回角度、共に「完璧」。捲らせず、差させず、他艇に付け入るスキを与えず、...雲上の熱戦。

  • 眠れない夜を過ごして。

    眠れない夜を過ごした。その要因は2つある。1つは「風」だ。強風にあおられた竹がしなる様子が分かるだろうか?北陸では、ゆうべから風が吹きはじめた。寝床に入ってからも時折轟々と鳴る音に気付いてしまう程だ。今朝(2022/12/18)外に出てみると、その勢いは衰えていない。上空を雲が流れてゆく。みるみるうちに移動してゆく。時折「風花(かざはな/風に舞う雪片)」が混じり、かなり寒い。日本付近は、西高東低の気圧配置。いよいよ本格的な冬の訪れである。目が覚め、浅く眠る。その繰り返しだったが、束の間の覚醒では何度も同じことを考えてしまった。「競艇グランプリ」の行方。それも眠れない夜の要因の1つである。このレースだけは、一年に一度この日だけは、競艇の話題が各スポーツ紙の「一面」を飾る。予選が全て終わり、グランプリ優勝戦メ...眠れない夜を過ごして。

  • 混沌と峻烈。

    競艇界の大一番。年間チャンピオンを決める「第37回グランプリ」が大詰めを迎えている。舞台は、長崎県・大村湾(おおむらわん)。南北30km、東西11kmあまり。四方を陸地に囲まれた閉鎖海域ゆえ、一年を通じて凪の状態。穏やかに打ち寄せる波の音を優雅な弦の調べに例え、昔から「琴の湖(ことのうみ)」と呼ばれる。そんな豊かで静かな海に在る「大村競艇場」での峻烈な戦いを重ね、本日(2022/12/17)が予選最終日となった。今回特筆すべきは「上位陣の不振」。詳しい説明は割愛するが、諸々アドバンテージを持つトップ6を差し置いて、予選道中をリードするのは下克上組である。上掲画像「勝って突破」の大見出しを頂き厳しい表情を浮かべているのは、年間賞金ランキング1位のレーサー。言い換えれば「勝たなければ突破できない」状況に追い込...混沌と峻烈。

  • 玉虫色の国、満洲。

    見方・考え方によって評価が分かれるもの。正体が見極めにくい対象を「玉虫色(たまむしいろ)」と表現することがある。言葉の由来は昆虫のタマムシ(玉虫)。金属のような光沢があり、角度によって緑、赤、青などに輝き定まっていない。これは、体表面に何枚も透明な層が重なった「層構造」による。多層膜ひとつひとつの光の反射が干渉し合い「玉虫色」が現れるのだ。観察者によって見える色が違う。考えてみれば「歴史」にも当て嵌まると思う。無数の物事や出来事が絡み合い編み上げられる歴史は、切り取るタイミングや角度によって、対象が放つ色も印象も異なる。その好例が、かつて地図上に在った「満洲国」かもしれない。ほんの手すさび手慰み。不定期イラスト連載第二百十五弾「エキゾチック満洲」。「満洲国」は、現在の中国東北部にあたり、面積およそ130万...玉虫色の国、満洲。

  • 雲の詩。

    画像は、最近目にしたお気に入りの空。上空1万メートルに棚引く巻雲(けんうん)、または巻層雲(けんそううん)に、夕日が映えて実に美しい。雲は大きく分けると、発生する高さに応じて3種。さらに形状などで10種に分類できる。大気中の水滴や氷の集まりに過ぎないのだが、どれもそれぞれの趣きがあり、季節と空を演出してくれるのだ。日本人は昔から空を見上げ、浮かぶ雲に思いを馳せてきた。紀元7世紀後半から8世紀後半にかけて編纂された歌集、「万葉集」で詠まれた「雲」は、およそ200首と案外多い。最も著名な一首はコレになるだろうか。【あをによし奈良の都にたなびける天の白雲(しらくも)見れど飽かぬかも】作者は「遣新羅使(けんしらぎし)」の一人、平たく言えば「外交官」。<美しい奈良の都の空にたなびく白い雲は、いつまで見ても見飽きない...雲の詩。

  • 学びの記憶を手繰る楽しさ。

    僕は、昔から割合と勉強が好きだった。但し、理数系はからきしで、文科系限定。中でも人文科学系(文学・歴史・文化人類学など)には親しみを抱いている。---といっても、今では趣味嗜好優先の独学、耳学ばかりでごく浅いのが実情。時折、学校でカリキュラムを通じ学んでいた頃を思い出すと、あれはアレで楽しかったなと、懐かしさが込みあげてくるのである。前回投稿「三国競艇」からの帰り道、福井県・坂井市・春江町の「教育博物館」に立ち寄った。ここは、平成29年4月、旧「春江工業高校」の建屋を利用して開館。幕末から現代までの福井県の教育に関する資料、明治以降の教科書、昭和30年代の再現教室など様々な展示による、教育に特化した博物館。素晴らしく充実した施設だった。取り分け興味をひかれたのは、教科書の歴史を紹介する展示室。明治5年(1...学びの記憶を手繰る楽しさ。

  • 1114日ぶりの再会。

    師走に入り、北陸地方の空はすっかり冬の装い。雨天曇天が続いていた。久しぶりに好天に恵まれた昨日(2022/12/3)、僕は、福井県・坂井市の「三国競艇場」へ出かけた。開催は、一般戦(最も格下のレース)の予選3日目。普段なら本場へ足を運ぶ機会は低いと思うが、今回は別。個人的に応援しているレーサー「毒島誠」が出場しているからだ。直に彼の走りを観るのは、パンデミック前のグランプリ優勝戦以来。2019年12月22日から数えて1114日ぶりにエールを送ろうと考え訪問した。入場口に並ぶ、福井支部若手レーサーたちの凛々しい(等身大?)パネル。向かって左の「金田智博」選手は、わが石川県津幡町出身。その隣「西橋奈未」選手と「為本智也」選手も石川県出身。一番右の「今井美亜」選手が富山県出身。福井支部には、主に北陸三県で生まれ...1114日ぶりの再会。

  • 逆転!また逆転!!

    本日(2022/11/27)は「スポーツ特異日」と言えるかもしれない。サッカーワールドカップ「日本代表VSコスタリカ代表」。大相撲九州場所千秋楽。全日本実業団女子駅伝。競馬「G1ジャパンカップ」。競輪「G1競輪祭決勝戦」。そして、競艇「SGチャレンジカップ優勝戦」。「G2レディースチャレンジカップ優勝戦」。---とまあ、ビッグマッチが目白押し。僕が一番の関心を以て注目したのは、もちろん徳島県・鳴門競艇場に於いて行われた競艇である。前述のとおり、今節は2つのカテゴリーが同居。「SG第25回チャレンジカップ」と、「G2第9回レディースチャレンジカップ」を並行開催。男女共に“チャレンジ”とあるように、どちらも年間チャンピオン決定戦進出を目指す最後の関門なのだ。「レディースチャレンジカップ」優勝戦、6日間の激闘を...逆転!また逆転!!

  • As time goes by TSUBATA.

    わが津幡町の歴史的な遺物と言えば「加賀郡牓示札(かがぐんぼうじふだ)」だ。(※牓示≒「掲示する」)(石川県立歴史博物館HPより拝借)津幡町・加茂(かも)の「加茂遺跡」から出土した平安時代の文書木簡で、少々乱暴に言えば「時の行政がヒノキの板に書いた命令書」。その内容から、ここが古代の物流基地だったことが分かる。その後、加賀藩・前田家が、津幡村、清水村、庄村、加賀爪村で宿場を整備。そして、明治22年(1889年)、上記4つの村が合併。津幡町が誕生した。当時の戸数700余り、人口は3千人弱だったという。以後、周辺地域の合併・編入を経た現在、1万5千世帯余り、人口3万7千人を数えている。「津幡小学校」校舎を望む「ふれあい広場」には、「町政100年記念タイムカプセル」が埋設されている。封印が解かれるのは17年後(2...AstimegoesbyTSUBATA.

  • 津幡短信vol.108. ~ 令和四年 新嘗祭 。

    津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。今回の投稿は、以下の2本。【収穫祭。】町内の案内掲示板に、上掲の紙が張り出されてしばらくが経ち、当日(2022/11/23)を迎えた。現在、11月23日は「勤労感謝の日」だが、かつては「新嘗祭(にいなめさい)」だったのはご存じのとおり。「新嘗祭」は、その年の「五穀」や「新酒」を神々に供える儀式。国を挙げての「収穫祭」である。特に重要な農産物は稲(米)だ。何しろ昔の日本は「米本位制」。米の収穫高が大名のランクに反映されたり。納税は「年貢米」だったり。米が通貨の代わりとなる経済体制なのだから「新嘗祭」の重要度は推して知るべし。その名称が変更されたのは、昭和23年(1948年)。当時日本を統治していた「GHQ」が、敗戦前の習わしを改めようと考え命じた為...津幡短信vol.108.~令和四年新嘗祭。

  • 近現代史奇譚~満州お菊。

    拙ブログをご覧の皆さんは「馬賊(ばぞく)」をご存じだろうか?海上で、船や沿岸で略奪行為をするのが「海賊」。山中を根城にし、通行人などを襲うのが「山賊」。「馬賊」は、かつて中国東北部(満州)に出没した「騎馬武装団」である。その起こりは、中国最後の王朝「清」の末期。時の政権が急速に衰えてゆき、国の治安は大いに乱れた。秩序と安全を維持する警察行政が消えた満州は、一種の空白地帯となる。そこで、住民たちは「自警団」を結成。武器の扱いに長け、機動力に優れた馬を乗りこなすグループが外敵を退けた。それらは次第に組織化し、離合集散を繰り返しながら勢力を拡大してゆく。法に縛られない馬賊はアウトローだったが、ならず者ばかりではない。強盗などの悪事を働く輩がいる一方、貨物や人員の輸送の護衛を請け負った。中には、日本軍の謀略工作に...近現代史奇譚~満州お菊。

  • くもり硝子の向うの津幡町。

    ♪~くもり硝子の向うは風の街そんな歌い出しの「ルビーの指輪」がリリースされたのは、昭和56年(1981年)。今(2022年)から40年以上前の流行歌なのだが、空で口ずさめてしまう。「松本隆」氏が仕掛けた言葉の魔法なのか。「寺尾聡」氏のメロディとボーカルの成せる業なのか。どちらに(どちらともが要因だと)しても、大ヒット曲が持つパワフルな側面だと思う。---と、そんな事を改めて認識してしまったのは、愛犬の病気がキッカケ。「りくすけ(犬)」が「白内障」を患ったのだ。ご存じの通り、水晶体が白く濁り視力が低下する病気で、症状が進行すると、失明の恐れアリ。少し以前から気付いていたが、諸般の事情により、本日(2022/11/19)眼科専門医に診察してもらうことができた。(↑大変不安げな表情でコチラを気にする図)(↑涙の...くもり硝子の向うの津幡町。

  • 縁起四方山話。

    先日の散歩中「勝﨑館(かつざきかん)」に立ち寄った。創業120年を超える料理旅館。銭湯も併営していて、僕も折に触れお邪魔している。現在『勝﨑の湯』と称するお風呂は、かつて「津幡温泉」を名乗っていた。時を遡ること200余年。江戸時代、文化・文政期に発見されたと伝えられる津幡鉱泉。その地下からの恵みを薪の炎で温め、浴場として創業したのは、明治22年(1889年)。以来、近隣諸人の身体を癒し続けている。そんな憩いの施設の正面玄関軒先に、見慣れないモノを発見した。紅白の水引で結んだ奉書に包まれているのは、どうやら「トウモロコシ」。紙の文字は「長谷山観音院」とある。帰宅後に調べてみたところ、金沢市観音町のお寺が出処。四万六千日分のご利益があるとされる功徳日に祈願された「とうきび」は、「魔除け」兼、兼商売繁盛や子孫繁...縁起四方山話。

  • 津幡短信vol.107. ~ 令和四年 霜月 。

    津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。今回の投稿は、以下の3本。【錦秋、到来。】明日(2022/11/07)は二十四節気のひとつ「立冬」。「冬が立つ」と書くとおり、冬の兆しを感じる時期だ。「立冬を迎え、暦の上では冬となりました」といったフレーズを何度か見聞きするだろう。なお暦の上の冬は、立冬から立春の前日までを指す。そんな季節の移ろいに歩調を合わせるかのように、ご近所のイチョウ並木は、すっかり鮮やかな黄に色づいた。散歩中に彼方此方で見かける赤も、この時季ならでは。落葉樹がまとまった「紅葉スポット」ではないが、充分に目を楽しませてくれる。廃屋(だと思う)の壁を覆う蔦紅葉。<♬まっかだなまっかだなつたの葉っぱがまっかだな♬>オジサン、思わず童謡『まっかな秋』のフレーズを口ずさんでしまうの...津幡短信vol.107.~令和四年霜月。

  • 風を見る人。~れきしる企画展。

    僕たち人類が暮らす地球は「空気」のベールに包まれている。空気には形も色もなく、目に映らない。しかし体感することはできる。それが「風」だ。日本人は、気温と気圧の差によって生じる空気の流れに対し、沢山の呼び名を付けてきた。「順風」「逆風」「薫風」「東風(こち)」、「疾風(はやて)」「旋風(つむじかぜ)」等々。名前を聞けば、風の表情や情景が脳裏に浮かぶ。文字通り風情を感じるが、やはりどれも見ることはできない。今回は、その不可視を見つめた人、津幡町の俳人「河合見風(かわい・けんぷう)」をご紹介しようと思う。本名「河合屋理右衛門(かわいや・りうえもん)」。正徳元年(1711年)、津幡宿の商家に生まれた。家業を継いで以降、旅館と米屋を営み、居村組合頭を勤める傍ら、俳諧(はいかい)を学んだ。また、加賀藩の重臣や、京都の...風を見る人。~れきしる企画展。

  • 3000年前のSister&Brоther&Мate.

    英国人「ハワード・カーター」には、自信があった。古代エジプトに魅せられ、画家から考古学者へ転身し四半世紀近くが経つ。その間、体の中で燃え続ける情熱が訴えていた。<彼は、ここに眠っている>---と。目星をつけた「王家の谷」の一角、発掘作業が始まって3日目。地下へと続く階段が、更に掘り進めると封印された扉が出現。刻印には「ツタンカーメン」!「カーター」は、ついに夢を成し遂げたのだ。時に1922年11月4日。ちょうど今から100年と1日前の出来事だった。ほんの手すさび手慰み。不定期イラスト連載第二百十三弾「ツタンカーメンとアンケセナーメン」。古代エジプト第18王朝のファラオ(王)「ツタンカーメン」。僅か9歳で即位し、19歳で他界した少年王は、歴史の奥深くに埋もれた目立たない存在だった。それが“世紀の大発見”を機...3000年前のSister&Brоther&Мate.

  • 逆転のオセロゲーム。

    今夕(2022/10/30)愛知県・常滑競艇場に於いてSG競走「第69回ボートレースダービー」優勝戦が行われた。6日間の激闘を勝ち抜いて最後の6ピットに舳先を進めたのは以下のメンバー。1号艇:菊地孝平(静岡)2号艇:馬場貴也(滋賀)3号艇:田村隆信(徳島)4号艇:山口剛(広島)5号艇:濱野谷憲吾(東京)6号艇:上平真二(広島)ダービー王戴冠の最有力候補は「菊地」。彼の代名詞である「スタート勘」はバッチリ。真っ先に旋回できる最も有利な枠番。モーターは前節V機。戦いの舞台はイン有利な常滑。体重を絞り、削げた頬から気合の現れが見て取れる。諸条件が揃っていた。逆転があるとすれば「馬場」だろうと考えた。艇界随一のターンスピードを誇るスピードスター。他艇の内懐を抉る「差し」の名手。相棒のモーター26号機は、本人曰く『...逆転のオセロゲーム。

  • 錯綜する明と暗。

    先日、ある秋晴れの午後、短い空白ができた。面会相手のスケジュールが若干押した為だ。まあ、左程珍しいことではない。木立の下に車を停めて時間になるまで一休み。読みかけの文庫本に手を伸ばしページを開いた。---ところが、いつもと勝手が違う。手元で光と影が躍っていた。強い風が車外の木立の枝葉を揺らし、紙の上で目まぐるしく動き回る陰日向。集中を妨げられ読書に没入できない。最初は辟易したが、程なく僕は字面を追うのを諦め、光と影のせめぎ合いを楽しむことにする。それは、案外面白い見世物だった。光が差すと物には陰影ができる。光が当たらない部分が「陰」。物体が光を遮り作り出した形が「影」だ。陰影のでき方によって、受ける印象はガラリと変わる。その意味で「光と影」は、目に映る世界に奥行きを与え、豊かにしてくれるのだ。しかし、これ...錯綜する明と暗。

  • 誰もがそれを付けたがる。

    <はじめに>拙ブログをご覧の皆様へ。今回は、まず「58秒のお遊び」を提案したい。この文章の下に貼り付けた動画の再生ボタンを押し、曲が流れ出したら、動画の下の太字箇所を読んでみて欲しい。スピード、テンポは「ややゆっくり」が丁度いいと思う。ラジオDJ気分に浸れるかもしれない。時間と都合と気持ちが許せば、お付き合いを。では---。人は皆、本当の顔をひた隠しにしている独りになれた時だけそれをそっと取り出して眺めるんだ普段は別の顔を使い分けているサテンの仮面鉄仮面シルクや革の仮面正直、どれも見覚えのないものばかりでも、不思議なことに誰もがそれを付けたがるんだ人は皆、恋に落ちる危険など顧み(かえりみ)ず深みへハマるたとえ、愛し合い気心を許し合う関係になっても秘め事はあるもんだ愛しい君そんなに驚かなくてもいいじゃないか...誰もがそれを付けたがる。

  • 津幡の町の真ん中で。

    本日(2022/10/22)津幡町・おやど橋周辺でハロウィーンイベントが開催された。会場が旧市街の真ん中にあたる為、名称は「どまんなかDEハロウィン」という。あいにくの曇天ではあったが、雨に見舞われる前。おやど橋の上には、沢山の人が集い楽しんでいた。主催は「津幡町商工会」。かつては「どまんなかフェスタ」として行われていたが、新型コロナが浮世を覆って以降は、ご多分に漏れず中止の憂き目に。久しぶりの開催にあたり、関係各位は喜んでいることと察する。ハロウィーンについては、既に多くの方がご存じと思うが、簡潔に成り立ちなどを書いてみたい。元々は、西ヨーロッパの古代ケルト民族の営みに由来する。彼らの暦の始まりは冬。冬には、死者の魂がこの世に戻ってくるとされた。その前夜は、過去・現在・未来の垣根がなくなり、あらゆるもの...津幡の町の真ん中で。

  • 津幡短信vol.106. ~ 令和四年 神無月 。

    津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。今回の投稿は、以下の4本。【102周年の節目。】きのう(2022/10/15)町の本屋さん「スガイ書店」で「102周年感謝祭」が開催された。ご覧の通り千客万来。キッチンカー来場、縁日、フラワーアレンジメント教室。ブックカバーづくり、畳表のホウキ作り。ぬり絵コンテスト、「ミスつばた」とのじゃんけん大会などに、沢山の親子連れが訪れていた。また、昨年に続いて「絵本専門士」による絵本読み聞かせが行われた。絵本専門士は、絵本に関する高度な知識、技能及び感性を備えた絵本の専門家。各所で読み聞かせやおはなし会、ワークショップなどを行う。上掲画像奥で本を開く女性は「赤池恵理子さん」。県内3人目の専門士で、僕の知り合い。一年前と比べ、スキルアップしているなと感じた...津幡短信vol.106.~令和四年神無月。

  • 歴史に耳を傾け、歴史を想い散策する。

    きのう(2022/10/15)津幡町文化会館シグナスに於いて、「津幡町民大学」が開催された。テーマは“津幡の歴史~宿場町としての役割~”。大変興味深く聴講した。---という事で、今回はその講義レポート風に投稿してみたい。関ヶ原で天下分け目の大合戦が行われる前年(1599年)、加賀地方を治める「前田家」から命が下る。【加賀~能登~越中(富山)三方への中継地である津幡村、庄村、清水村、加賀爪村で宿場を運営せよ】---これが「津幡宿」のはじまり。以降、様々なインフラが整備された。⇒貨客を運ぶ「馬」を常備。津幡宿のそれは100~120疋(ひき)を数えたという。⇒江戸と領地を行き来する大名や、旅人に提供する宿を造成。・参勤交代の大名や公用の幕府役人、公家の宿泊施設「本陣(ほんじん)」。・本陣に次ぐ身分用の宿泊施設「...歴史に耳を傾け、歴史を想い散策する。

  • 鉄路のリズム&ブルース。

    本日(2022/10/14)は「鉄道の日」である。明治5年9月12日(新暦1872年10月14日)、新橋駅と横浜駅とを結んだ日本初の鉄道が開業。それから150年の節目を迎えた。上記画像は、今朝撮影した一枚。わが津幡町を通る鉄路「七尾線」を往くローカル電車だ。津幡町の津幡駅⇔七尾市の和倉温泉駅を結ぶ地方鉄道路線の歴史は古い。開業は明治29年(1896年)。つまり冒頭の本邦初開通から、僅か24年後の事。当時、鉄道網の拡大ペースがいかに急ピッチだったかが窺える。ガタンゴトンガタンゴトン。150年もの間、規則正しくリズムを刻むレール音。それは旅愁を掻き立てる歌のようにも聞こえ、事実ミュージシャンの歌心を刺激してきた。あずさ二号-狩人いい日旅立ち‐山口百恵TRAIN-TRAIN-ザ・ブルーハーツChooChooTR...鉄路のリズム&ブルース。

  • 花のお江戸の男の娘。

    <知らざあ言って聞かせやしょう浜の真砂と五右衛門が歌に残こした盗人の種は尽きねえ七里が浜その白浪の夜働き以前を言やァ江の島で年季勤めの児ヶ淵百味講で散らす蒔銭を当に小皿の一文子百が二百と賽銭のくすね銭せえだんだんに悪事はのぼる上の宮岩本院で講中の枕捜しも度重なりお手長講と札付きにとうとう島を追い出されそれから若衆の美人局つつもたせここやかしこの寺島で小耳に聞いた祖父さんの似ぬ声色で小ゆすりかたり名せぇ由縁の弁天小僧菊之助たぁ俺がことだ>ほんの手すさび手慰み。不定期イラスト連載第二百十一弾「弁天小僧菊之助(べんてんこぞう・きくのすけ)」。冒頭の台詞は、歌舞伎のワンシーン。『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』の一節。掛け言葉・語呂合わせが散りばめられていることに加え、江戸の風習についての知識がな...花のお江戸の男の娘。

  • 思い巡らす 秋の灯(ともしび)。

    本日(2022/10/08)は二十節気の「寒露(かんろ)」。冷たい露が降りる頃という暦に合わせ、朝晩は冷え込みが増し、日一日と、深まる秋を感じる今日この頃である。わが津幡町の日の出は5:53、日の入りは17:23。灯りのお世話になる時間が長くなってきた。照明の個人的な好みは---青みの強い寒色より、赤みが入った暖色。昼のような明るさより、仄暗いのがいい。人それぞれだ。そんな秋の夜長にあたる今「津幡ふるさと歴史館れきしる」では、民俗資料展示「灯りのいろいろ」を開催中である。人が電気やガス、石油をエネルギーとした照明器具を使うようになったのは、長い歴史の中からみれば、つい最近のことで。「炎」が光源の時代が長く続いた。蝋燭(ろうそく)は奈良・平安からあったが、当初は大陸からの輸入に頼り、室町時代に国産化。江戸中...思い巡らす秋の灯(ともしび)。

  • 忍び寄る錦秋。

    光陰矢の如し。今年(2022年)も残り3ヶ月である。「奥日光の戦場ケ原(標高1394m)で1日早朝、初氷と初霜が観測された。昨年より半月ほど早かったが、例年並み。(下野新聞)」ラジオでそんなニュースを聞いた。日中はそれなりに暑さを感じるものの、季節は確実に進んでいる。散歩をしていると、ちらほらと色づく木々を見かけるようになった。ご近所に於ける秋便りの一番手は「銀杏並木」。ご存じの通り、イチョウは現存する植物の中で、世界最古の部類。恐竜のいた時代よりも昔から生き続けているのだ。春・若葉が芽吹き、夏・葉が茂り、秋・色づいた葉を落とし、冬を過ごす。2億年前から同じ営みを続けているかと思うと、感慨を禁じ得ない。僕は、ほゞ毎朝この道を通るのだが、日に日に葉の色が変化しているのが見て取れる。「黄葉」と呼ぶには若干気が...忍び寄る錦秋。

  • 闘魂が燃え尽きた日。

    「ついに、その時が来てしまったか」今朝の訃報に接し、きっと多くのファンはそう思ったに違いない。元プロレスラーで元参院議員の「アントニオ猪木(本名・猪木寛至)」氏が、本日(2022/10/01)、都内の自宅で亡くなった。79歳だった。故人はおよそ2年前、難病に侵された事を公表して以降、ご自身のyoutubeチャンネルで闘病の様子を発信してきた。そこに映っていたのは「変わり果てた姿」だった。かつて、眩いスポットライトと大歓声を浴びていた彼ではない。かつて、全身からエゴイズムの妖気を発散して仁王立ちしていた彼ではない。かつて、満場の観客全員を虜にした色気の塊のような彼ではない。かつて、僕が憧れを抱いたギリシャ彫刻のような肉体ではない。自力では歩くことすらできない「アントニオ猪木」の今が映っていた。賛否両論はあっ...闘魂が燃え尽きた日。

  • 津幡町と治水。

    今月・9月は「防災月間」である。そのスタートとなる9月1日は「防災の日」。大正12年(1923年)9月1日の「関東大震災」に由来し、また、立春から数えて210日頃にあたり、台風が来襲しやすいことから制定された。近年は、季節を問わず数々の自然災害が起こっているのはご存じのとおり。お互い、普段から心構えを忘れず、何かと備えておきたいものである。さて、戦後わが津幡町で発生した自然災害で最も多いのは「水害」だ。かつて、街中を流れる「津幡川」は台風や大雨によって度々氾濫し、流域一帯に小さくない被害を与えた。特に昭和39年(1964年)夏の豪雨では771戸が浸水し、道路・鉄道が寸断され、田畑も広範囲が水に浸かったという。(※「津幡町史」に掲載された写真)当時、水害が頻発した要因としては---①川幅が狭く蛇行していて、...津幡町と治水。

  • 津幡町、秋に暮らす虫々。

    一般社団法人「日本昆虫学会」によれば、わが国に於ける「昆虫の概要」は以下のようになる。<日本は南北に細長く,亜寒帯から亜熱帯までを含み,第三紀以降の複雑な地史や気候変動の影響を受けて昆虫相は非常に面白く豊かです.今後研究が進めば,種数は全ヨーロッパに匹敵し,北アメリカの60~70%に達すると考えられています.現在,およそ32,000種が日本から記録されていますが,実際には10万種以上いると推定されていますので,解明率は1/3程度にすぎません.>(※(一社)日本昆虫学会HPより引用/抜粋)今日は、数万~十数万種の虫たちのほんの一端。散歩中に出会った秋の虫スナップを紹介したいと思う。まずは「紋白蝶(モンシロチョウ)」。秋桜---コスモスの花に止まって蜜を吸っているところに遭遇。人様の敷地内だった為うまく角度が...津幡町、秋に暮らす虫々。

  • 薄闇に浮かんだ牡丹花。

    僕が生まれた昭和40年(1965年)頃、邦画には「任侠物(にんきょうもの)」と呼ばれる一大ジャンルがあった。簡単かつ乱暴に言えば「反社会勢力/アウトローたちの物語群」。最盛期には、東映だけで年間30本以上が封切られた。それは2つに大別される。前期が、明治から戦前~終戦直後を舞台にした、ファンタジー任侠。後期は、公開当時の世相を反映した、実録ドキュメンタリー風任侠。今回取り上げたいのは、前期のそれだ。リアルタイムではなかったが、僕も何本か観たことがある。---いや「眺めたことがある」と言った方が正しい。日本各地を自転車で貧乏旅行していた10代終盤当時。旅費節約のため宿替わりにした「リバイバル館」(※)のオールナイト興行で、夢見心地で任侠映画と向かい合った。(※古い作品を2~3本立てで上映するミニシアター。入...薄闇に浮かんだ牡丹花。

  • 夜に吼える。

    (※よろしかったら前回投稿と併せてご覧くださいませ)令和四年(2022年)9月18日。旧津幡宿四町、清水・庄・加賀爪・津幡の秋祭りは無事終了。コロナ禍のため過去2年中止の憂き目にあっていたが、3年ぶりの開催となった。当日は、4つの町内を早朝から獅子が練り歩いた。家々の前で、薙刀を手にしたヒトが、霊獣・獅子を退治して厄払い。演舞は世帯毎に行われるのだから、100回や200回では収まらない。関係各位は忙しい時間を過ごしたと思う。やがて、夜の帳が下り、提灯に明かりが灯る頃。それぞれの根城から「四ツ角」目指し、獅子たちが集まってきた。いつもは人気のない交差点には黒山の人だかり。一年のうち、この日、この夜だけの光景だ。四頭の獅子が見守る中心では、アクロバティックな剣舞が披露。やんやの喝采が夜空に吸い込まれてゆく。「...夜に吼える。

  • 令和二度目の獅子が舞う秋。

    わが津幡町の朝は、静けさの中で開けるのが常だ。しかし、今朝(2022/09/18)ばかりは別。遠くから聞こえる祭囃子の笛太鼓が、普段にない華やかさを添えていた。令和になって二度目、3年ぶりに旧・津幡宿四町で「秋季大祭」が開催。僕が暮らす庄区の鎮守「住吉神社」。推定・縦6m、横50セcm。去年新調しただけに、赤が鮮やかに映えている。この社を起点に、通称「大獅子」が出発。お囃子を奏でる鳴物リヤカーを従え、町内を練り歩くのだ。表面に黒熊の皮を張った獅子頭。麻布製の蚊帳は、左右に牡丹と巻毛模様。内側にホネ(胴竹)を張り、尾は3.5mの竹に2.5mの赤麻を垂らす。なかなかのビッグサイズである。各家々の前には、得物の薙刀を手に待機する「棒振り」。地域の小学生たちが中心となって役を受け持つ。待つことしばし。次第に囃子の...令和二度目の獅子が舞う秋。

  • 時を遡る小さな旅。

    きのう(2022/09/16)諸般の事情から休日となった僕は、小旅行に出かけることにした。後に控える三連休の人混みを避ける為に。西に控える台風14号の影響が及ぶ前に。ここを好機と考えハンドルを握った次第。目指すは新潟・糸魚川市と長野・小谷村。「塩の道」の端緒を見学するのが目的だ。塩の道(糸魚川~松本120km)それは牛馬の蹄とボッカ(荷を背負い駄賃を取る人)のわらじて踏み固めた汗の道であり塩海産物等の通った人々の生活を支える道で決して華やかさのない庶民とともに生きた経済道路で今では遠い昔の語り草として自然に帰ろうとしているまた歴史上名高い「上杉の義塩」もこの道を通ったと言われている(※塩の道資料館、説明文より引用/原文ママ)まず立ち寄ったのは、糸魚川市にある「塩の道資料館」だ。引用説明文にある「ボッカ(歩...時を遡る小さな旅。

  • 津幡短信vol.105. ~ 令和四年 初秋 。

    津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。今回の投稿は、以下の3本。【秋の幕明け。】散歩圏内の掲示板に「秋季大祭」の張り紙を見かけるようになった。上掲画像は、僕の自宅がある「津幡町・庄(しょう)」の鎮守「住吉神社」のそれ。他には「津幡町・清水(しみず)」の「清水八幡神社」。「津幡町・加賀爪(かがつめ)」は「白鳥(しらとり)神社」。「津幡町・津幡」なら「太白(おおしろ)神社」。それぞれ同じスケジュールで執り行われると思う。ちょうど一週間後の9月18日(日)---獅子舞が出るためだ。旧・津幡宿~津幡四町による競演「獅子舞頭合わせ」は、中心となる四ツ角交差点が会場である。開催の様子、詳細はまた後日に。【実りの風景。】向かって右が刈取り直前。向かって左は刈取り終了。田んぼは着々と秋めいてきた。上...津幡短信vol.105.~令和四年初秋。

  • 欧州旅ノオト ~ 花の都と美の女神。

    <ヨーロッパ大陸から地中海に突き出たイタリア半島は、よくブーツに例えられる。その中心よりやや上、トスカーナの丘に囲まれた盆地に「フィレンツェ」はある。名前は古代の「花の女神」に由来。別名「花の都」。600年前の石造りの大聖堂や鐘楼、宮殿。赤茶色の甍を連ねて建ち並ぶ建物の間を「アルノ川」が滔々と流れる。確かに、町全体が花のように美しいと感嘆した。>上記<>内は、20代半ばの僕が、ヨーロッパ旅行の際に付けていた備忘録帳から抜粋した文章である。長年行方不明になっていたが、先日、発掘。30数年ぶりに懐かしくページを繰った。所々、妙に熱っぽい文面が気恥ずかしく、また、よく漢字を使っているのに驚く。キーボード変換が常態になった今、手書きの作文では、とても出来ない芸当だ。今回は、そんな“欧州旅ノオト”からイタリア・フィ...欧州旅ノオト~花の都と美の女神。

  • 夏のExtra Round.

    前回投稿(きのう:2022/09/04)は「夏のまとめ」としておきながら面映いが、本日は早朝から、仕事の一環で「夏の延長戦」のような時間を過ごした。ビーサン協会認定「ビーサン跳ばし世界選手権2022in金沢」。その運営スタッフとして汗を流す。エンターテイメント競技「ビーサン飛ばし」の起こりは、平成元年(1989年)。神奈川県・茅ヶ崎の海岸で誕生した。「公式ビーチサンダル」の片方(左右いずれでも可)を、砂浜に作った、横5m、縦35mの競技コート内に落ちるように蹴り飛ばす。もちろん、その飛距離が長いほど好記録となる。ビーチサンダルを蹴り飛ばすのは容易。しかし遠くへ飛ばすのは案外難しい。キックの強さ、角度、リリースポイント。海辺だけに風も吹くから、アゲインストになると押し戻される場合もある。更に、コートの中に落...夏のExtraRound.

  • さよなら夏の日 令和四年

    気象庁は9月1日、梅雨入りと梅雨明けの確定値を発表。新潟県を含む北陸地方の梅雨明けを「特定できない」とした。速報値では6月28日---史上最速を記録したかと思いきや、7月中旬から前線が停滞して天候が崩れ、8月上旬は大雨。梅雨の状態が続き、立秋(今年は8月7日)を越えた。確かに「スッキリしない夏」。傘を広げた日と晴れた日が交互に訪れ、雨と猛暑が交錯。日毎の落差が大きかった。今回はそんな夏を、自身の思い出・雑感を交え振り返ってみるとしよう。令和4年7月31日(日)。3年ぶりに「第51回全国選抜社会人相撲選手権大会」が開催された。安土・桃山時代が起源といわれる「八朔大相撲」を改めたもので、日本相撲連盟公認のタイトル戦。熱戦の舞台となったのは「津幡町常設相撲場」。僕も短時間だけ観戦に赴いた。何枚かおもむろにシャッ...さよなら夏の日令和四年

  • さよなら夏の日2022。

    僕がまだ子供だった頃、石川県の民放TV局は2つしかなかった。一方の夕方5時台はアニメ再放送枠。繰り返し流れていたのが「ルパン三世」。学校から帰宅してブラウン管の前に陣取り、「ルパン一味」の世界を股にかけたピカレスクロマンを鑑賞した記憶がある。改めて書くまでもないが、そのメインキャラクターは5人。天下の怪盗「ルパン三世」。早打ちの名手「次元大介」。居合の達人「石川五ェ門」。稀代の悪女「峰不二子」。執念の官憲「銭形警部」。---この中で、僕は「次元」を依怙贔屓していた。「ルパン」は<アルセーヌ・ルパンの孫>。「五ェ門」は<石川五右衛門の十三代目>。「銭形」が<銭形平次の六代目(七代目設定もアリ)>。いわば、いずれも貴種の血を引くエリートだ。片や「次元」の出自は平凡。愛銃S&WM19コンバット・マグナム片手に、...さよなら夏の日2022。

  • <追記>賭けたり、競ったり、背負ったり。

    静岡県・湖西市にある「浜名湖競艇場」に於いて開催されているSG競争「第68回ボートレースメモリアル」。本日(2022/08/28)優勝戦を迎える。本大会の出場基準は、開催場(今年は浜名湖)を除く、他の競艇場から推薦された選手。開催場の施行者が希望する選手などが中心。毎年晩夏にあたる事から、僕たち競艇ファンにとっては夏の終わりを意識させる。また、季節の節目というだけではない。年末の大一番「グランプリ」が近づいてきたことを実感するのだ。5日間の予選~準優勝戦を勝ち抜き、最後の6ピットへ舳先を進めたのは、以下のメンバー。1号艇:菊地孝平(静岡)2号艇:平本真之(愛知)3号艇:新田雄史(三重)4号艇:白井英治(山口)5号艇:山口剛(広島)6号艇:片岡雅裕(香川)振り返ってみると、今節は激しい争いだった。競艇は6日...<追記>賭けたり、競ったり、背負ったり。

  • 津幡短信vol.104. ~ 令和四年 晩夏 。

    もう空は秋の装いだ。今朝、津幡町上空に広がるのは高積雲(こうせきうん)。別名「ひつじ雲」。雲片が大きく厚みがあり、バリエーションも多い。その下、晩夏の地上では着々と実りの準備が進んでいる。【銀杏。】扇形の葉に隠れて、丸々と太ったイチョウの種子。銀杏は秋の季語である。イチョウには雄木と雌木があり、銀杏ができるのは雌木。鼻を近づけると早くも匂いがした。食用となる内部の胚乳が熟すのは、もう間もなく。9月頃~11月半ば頃までが収穫期だ。【柿。】柿は梅雨どきに目立たない花を咲かせ、その後に実をつける。まだ熟す前の「青柿」は初夏の季語だ。これが色づくと秋の季語になり、更に「干し柿」や「吊るし柿」は冬の季語に変化。それだけ日本人に馴染みが深く長い証だ。だが、上掲画像のような青と朱赤が同居する場合は、いつ時分を指すのだろ...津幡短信vol.104.~令和四年晩夏。

  • 旅の徒然 ~ 大本営と夏の空。

    前回投稿の続篇。旅の2日目、山梨県・甲府市のホテルを後にした僕は、長野県・松代町(まつしろまち)へハンドルを切った。青い空。白い雲。小川が流れる山間の風景。往時の面影を留めた街角。長野市の南部にある松代町は、四方を山や千曲川に囲まれ、遠くには北アルプスや北信五岳を望む。戦国時代は川中島合戦の舞台となり、江戸初期「真田信之」が入封して以来幕末まで、真田十万石の城下町として栄えた。歴史ファンならお馴染みだろうが、松代は近現代史にも名を刻む。「松代大本営地下壕」のうちの一つ「象山壕」が、2日目の目的地である。【松代大本営地下壕は、舞鶴山(まいづるやま)(現気象庁松代地震観測所)を中心として、皆神山(みなかみやま)、象山(ぞうざん)に碁盤の目のように掘り抜かれ、その延長は約10キロメートル余りに及んでいます。ここ...旅の徒然~大本営と夏の空。

  • つばさ徒然@つれづれ翼。

    僕は今、富士のお山が見下ろす「甲斐の国(山梨県)」にいる。きのう(2022/08/20)から、1泊2日の旅行にやってきた。わが石川県・津幡町からはクルマで6時間余り。なかなかのロングドライブを敢行した主目的は「河口湖飛行館」見学である。ここは、年間のうち、今月だけしか開館していない。格納庫の中には、旧日本陸海軍の航空機が収容されている。全て個人所蔵の通称“原田コレクション”。殆どはレストア---修理・復元した実機だ。2年前にとある雑誌の広告で存在を知って以来、訪れてみたいと考えていたが、ようやく念願が叶った。小さな入り口を潜ると、まず目を引くのは「一式戦闘機・隼」。その1型(上)と2型(下)が重ねて展示してある。第二次世界大戦時の帝国陸軍の戦闘機だ。愛称のハヤブサは、鳥の一種。飛行能力が高く、大空を自由に...つばさ徒然@つれづれ翼。

  • 徒花か、魁か。

    【パーソナリティー(personality)】を辞書で引くと複数の解説がある。その1つが【ディスクジョッキーなどの番組担当者】。つまり、主に【ラジオの喋り手】として認知されている。訓練で培った明瞭な発音と発声のスキルを備え、私情を挟まず原稿を正確に読む「アナウンサー」とは、ちと違う。状況や制作側の意図、聞き手の求めなどに即応し、個性を交えた豊かな表現で魅了するのが「パーソナリティ」。---となるだろうか。日本のラジオ業界に於けるパーソナリティの黎明は、深夜放送が人気を博し始めたあたり。昭和30年代末~40年代初頭頃が一般的。だが、そのプロトタイプは大戦末期に遡る。---というのが僕の推測だ。ほんの手すさび手慰み。不定期イラスト連載第二百七弾「東京ローズ」。[Thisis“ZEROHOUR”fromTOKY...徒花か、魁か。

  • 戦争とラジオ。

    明日(2022/08/15)は「終戦の日」。日本では、この日に第二次大戦が終結した印象かもしれないが、実際の流れは概ね次の通り。今から77年前の今日(8/14)ポツダム宣言を受諾。翌日(8/15)米・英・中・ソに対し無条件降伏したことを公表。月を跨いで(9/2)降伏文書に調印。国際法上はここで交戦状態が解消した。---つまり「終戦の日」は「玉音放送」に起因しているのである。昭和20年8月15日・正午。冒頭、日本放送協会のアナウンサーによる通告があり、聴衆に起立を求めた。続いて、情報局総裁が、天皇の肉声(玉音)による朗読だと説明。国歌「君が代」の演奏に続き、およそ4分あまり、昭和天皇の朗読が放送された。その“歴史的節目”を伝えたメディアはラジオである。上掲画像は、以前「れきしる」にて撮影させてもらった古いラ...戦争とラジオ。

  • 糸瓜と学校。

    拙ブログをご覧の皆さんは「糸瓜束子(へちまたわし)」をご存じだろうか?僕は、幼い時分に作ったり、使ったりした。糸瓜はインド原産。日本には江戸時代の初めに渡来したと言われている。細い茎を伸ばしながら巻きひげで辺りに絡みつき、すくすくと成長。夏には、茂った葉の間から、雄花、雌花を次々と咲かせる。ルーツの熱帯アジアを連想させる鮮やかなイエローが眩しい。初秋には実が徐々に大きくなり、やがて長さ50~60センチのビッグサイズに。熟すと中には、強くて固い繊維がびっしり。水に漬け、皮や果肉を腐らせ、繊維だけを取り出す。流水にさらし、臭気を抜いたら「糸瓜束子」が完成。入浴の際は身体を、水仕事では鍋・フライパンなどを洗った。僕が子供の頃、糸瓜を育て、実を収穫し、束子を作った場所は「津幡小学校」。確か、理科の授業の一環と記憶...糸瓜と学校。

  • 拝啓 縄文人殿 ~ れきしる夏の企画展。

    津幡町ふるさと歴史館「れきしる」にて企画展がスタートした。金沢市・白山市・野々市市・かほく市・内灘町・津幡町。4市2町の文化財を持ち回り展示するシリーズ、「石川中央都市圏考古資料展」の第五回。テーマは縄文時代である。Lyricvideo「狩りから稲作へ/レキシ」歴史ファンにはお馴染みかもしれない。日本のミュージシャン「レキシ(池田貴史/いけだたかふみ)」作品では、縄文時代は“狩猟採集移動生活”として歌われている。それは間違いではないし、初期から中期にかけてのスタイルだったと思う。---また、定住集団生活も営み始めたのも、大きな特徴の1つだ。わが津幡町から出展しているのは「北中条遺跡」のそれ。ここは、河北潟の東、海抜2~4mの低地に位置し、長期に亘る複合遺跡。展示は今から4~3000年前、縄文・後期中頃から...拝啓縄文人殿~れきしる夏の企画展。

  • 物言わぬ花の伝言。

    <はじめに>本来なら、僕は今日この時間(2022/08/0621:21)、ある場所で仕事に従事しているはずだった。暑さに耐え、汗水垂らしているはずだった。しかし、こうして自宅でキーボードを叩いている。前回投稿したとおり、8月3日~4日にかけ降った「記録的大雨」により、予定していたイベントが中止となったためだ。全ては「天の采配」である。<本記>雨の名残は微塵もない夏の午後。散歩の折、大輪の向日葵にレンズを向けた。西日が透け、黄色い花びらが重なり合った様子が分かる。直径は20cmあまり。花びらに囲まれた円形部も小さい花の集合体。それぞれが受粉し、実を結ぶのだ。さて、ロシアのウクライナ軍事侵攻開始当時に脚光を浴び、向日葵がウクライナの国花とご存じの向きも多いだろう。花の種から絞られる「ひまわり油」は、ウクライナ...物言わぬ花の伝言。

  • 雨雲晴れて、夕日映え。

    雨は、昨夕刻から降り始めた。特に、加賀地方では今朝(2022/08/04)1時間に100ミリを超えた。大粒の雨が引っ切り無しに地面を打つ。黒い雲に覆われた空には、稲光が走る。まるで怒りをぶちまけた様な荒れ模様が続くこと10数時間。天はようやく鎮まった。---夕焼けの何と美しいことよ。多数の河川で氾濫が起きたと聞く。土砂災害の発表も少なからず。石川県内も南加賀で被害甚大。幸い、今のところわが津幡町は無事だ。拙ブログをご覧の皆さまの地域はいかがだろうか?安全と無事を祈っております。雨雲晴れて、夕日映え。

  • 闇にひらく花。

    【昔の中国の王宮には「宦官(かんがん)」と呼ばれる召使いが大勢いた。彼らは男として生まれたが、男のしるしを取り、男ではなくなった。声は女のようにかん高く、ひげも生えていない。中には、女より女らしく美しいものもいたという。】一言一句をハッキリと覚えている訳ではないが、僕がそんな趣旨の記述を目にしたのは、小学生の頃。世界の不思議を集めた読み物の短い補足説明だったと思う。---一読した時、背筋がゾクリとした。男ではなく、女でもない、正体不明の美しい人。少年にとって、理解の範疇を越えた存在に驚き、長い歴史を持つ大国の深淵を覗き見た気がした。ほんの手すさび手慰み。不定期イラスト連載第二百六弾「宦官」。「宦」は「神に仕える奴隷」または「王に仕える者」。「官」は「国家の機関。役所。官庁」また「そこに勤める人」。古代中国...闇にひらく花。

  • 青い夏空の真下で。

    今日(2022/07/30)撮影した、津幡町の空。漂う白を包む一面の青は、いかにも夏の佇まいである。---ところで、皆さんは「青(BLUE)」にどんな印象を抱くだろうか?明るい、清々しい、新しい、美しい。寒い、恐ろしい。(気が)滅入る、不安、憂鬱。光の三原色の1つであり、色の三原色の1つ。ベーシックな色「青」は、なかなか複雑な意味合いを持つ。青空を見上げていると、どれも当て嵌まる気がしてきた。突き抜けるような色彩は、確かに「明るく、清々しく、新しく、美しい」。反面、他の色が混在することを拒絶する「恐ろしさ」があり「寒々しい」。その主張の強さに「気が滅入り」、どこか「不安」とか「憂鬱」を覚える。そして、脳裏に歌が浮かんだ。(作詞・作曲:真島昌利編曲:THEBLUEHEARTS)「青空」曲名の読みは「あおぞら...青い夏空の真下で。

  • 賭けたり、競ったり、実ったり。

    きのう(2022/07/24)、兵庫県・尼崎市にある「尼市競艇場」に於いて、年間9回のSG(スペシャルグレード)競争1つ「第27回オーシャンカップ」優勝戦が行われた。最後の6ピットへ舳先を進めたのは、以下のメンバー。1号艇:椎名豊(群馬)2号艇:稲田浩二(兵庫)3号艇:丸岡正典(大阪)4号艇:太田和美(大阪)5号艇:桐生順平(埼玉)6号艇:片岡雅裕(香川)優勝戦前日、セミファイナル3レースは波乱が続いた。1つ目は、本番で風向きが変わり本命サイドが出遅れ、高配当決着。2つ目は、勝負を賭けたレーサーが勇み足、フライングに散った。しかし3つ目は、シリーズリーダーが堂々のイン逃げ。それが「椎名豊」だった。ただ一人、順当な勝ち上がり。出来そうで出来ない離れ業を演じてのけた。---戦前、僕は彼の優勝を確信した。果たし...賭けたり、競ったり、実ったり。

  • monotone Journey 10(+1).

    世界は様々な色に溢れていて、沢山の楽しみを与えてくれる。しかし、目に映る彩(いろどり)を無くすと「想い描く色」が豊かになる。階調の数が減る事で奥行きが生まれ、違う何かが見える気がする。散歩中や旅先で撮影した画像を白黒に加工し、思考の旅に出かける試み。不定期連載「monotoneJourney」第十篇。今回は最後に敢えてカラー画像を加え「+1」とする。今朝(2022/07/24)午前6時過ぎ、散歩を始めて程なく気が付いた。「光の射し具合と、影の落ち具合がいいな---」左程暑くなく湿度低めで、太陽の高度も低い。写真撮影技術については素人を自認する僕に理屈は分からないものの、いつもに比べ、何となく「いい感じ」。モノクロで味わいが出るかもしれないと考え、幾つかシャッターを切った。津幡中央銀座商店街のスナップ。建物...monotoneJourney10(+1).

  • 丘の上の青天に輝く時の雲を目指して。

    来年(2023年)春。わが母校「津幡小学校」が、創立150年を迎える。「司馬遼太郎」氏の言葉を借りるなら、150年前の日本は“坂の上の青天に輝く一朶の雲を目指して歩み始めた頃”。欧米列強に追い付き、やがて追い越すため、三大改革を実施した。徴兵により強力な国民軍隊を作り上げる---「兵制」。国家財政を安定・充実させる---「税制:地租改正」。そして、未来を背負う人材を育成する---「学制」だ。明治5年(1872年)に、小学校から大学校までの学校制度が公布された1年後、「津幡小学校」は、産声を挙げた。同校では「150周年記念事業」について協議がスタート。と、同時に母校の節目を側面からサポートしようと、卒業生有志による応援団が発足。何と、僕「りくすけ」にもお声がかかり末席に加わることに。きのう(2022/07/...丘の上の青天に輝く時の雲を目指して。

  • 千年前の現代人。

    少し以前(2022/07/10)少年時代の夏の思い出として、妖艶な蛾「オオミズアオ(大水青)」について投稿した。幾つものリアクションやコメントを頂戴し、大変嬉しい限りである。昆虫に対し関心を持つ方がいる反面、正直、不快に思う意見も少なくないだろう。いや、むしろ「虫嫌い」が多数派だと思う。人が、人と違う形状や機能をもつ生き物に嫌悪感を覚えるのは珍しくない。外敵を遠ざけようとする、真っ当な防衛反応だ。だが、地球は「虫の惑星」である。この星の動物種の数は900万弱で、うち100万近くが昆虫。好むと好まざるとに関わらず、昆虫は常に僕たちの身近にいる。大部分が人間にとって害はなく、また、彼らは地球環境の好循環に一役も二役も買っているのだ。---今回は、そんな「異形なるもの」を愛したお姫様のハナシである。ほんの手すさ...千年前の現代人。

  • 昭和の夏~れきしる 夏の民俗資料展示。

    拙ブログのタイトル「つばた徒然@つれづれ津幡」は、鎌倉時代末期の随筆「徒然草(つれづれぐさ)」に由来している。「徒然草」の作者は「吉田兼好(よしだ・けんこう)」。彼が自身の経験から得た考えや逸話などを書き綴っているのだが、その第五十五段にこんな記述がある。「家の作りやう(よう)は夏をむね(旨)とすべし冬はいかなる所にも住まる暑き比(ころ)わろき(悪い)すまひ(住まい)はたへ(耐え)難き事なり」家を造るときは、何より夏の快適さを基準に考えなさい。冬は何とかなるが、夏の暑さを考えないで造った家は、耐え難いものだ。---「吉田兼好」は京都の生まれ。暑さ寒さ共に厳しく、雪が降らない彼の地での過ごし方だ。京都に限らず、高温多湿な日本の夏は何処も過酷な季節といえる。今、津幡ふるさと歴史館「れきしる」では、空調設備のな...昭和の夏~れきしる夏の民俗資料展示。

  • 津幡短信vol.103. ~ 令和四年 文月 。

    列島は、九州や東北を中心に記録的な大雨となっている。拙ブログをご覧の皆さまの地域はいかがだろうか。大事のないことを願っております。ここ北陸・津幡町の今日(2022/07/16)の空は、午後から雨がちで、時折、稲光が走る。しかし、午前は晴れ間が覗いてくれたお陰で、散歩ができた。津幡町で見聞した、よしなしごとを簡潔にお届けする不定期通信。今回の投稿は、今朝の撮れたて画像集である。【夏の晴れ間に~グラウンドの人影。】早朝の津幡小学校グラウンド。キャッチボールをする2人組に出合う。子供はユニフォーム姿だから、学童野球チームの一員かもしれない。大人は球さばきのコツを教えている様子だから、指導者か、父親かもしれない。グローブを付けてボールを投げたり、受けたり。そんな事、一体何年ご無沙汰だろう。そんな事を考えるうち、あ...津幡短信vol.103.~令和四年文月。

  • 暑中見舞い ~ 少年の日の夏。

    暑中お見舞い申し上げます。盛夏の候皆さまいかがお過ごしでしょうか。ここ北陸は、本日(2022/07/10)朝方、少しだけお湿りがありました。湿度、気温共に高く、蒸し暑い一日。しばらく同様の気候が続きそうです。どうか夏バテなどしないよう、ご自愛くださいませ。さて、暑熱の中に身を置いていると、少年の日の夏の記憶が蘇ってきました。思えば、昆虫の世界に魅せられ、捕虫網を片手に野山を駆け回ったものです。カブト虫やクワガタ虫などの甲虫類は、僕のヒーロー。そして、クイーンは「オオミズアオ(大水青)」。ほんの手慰みに、擬人化イラストを描いてみました。オオミズアオは「チョウ目ヤママユガ科」に属する蛾の仲間。透き通った淡い水色の優雅な翅は、開くと全長10センチを超えることも。大きく、妖艶で美しい。闇の中を、まるで薄絹のドレス...暑中見舞い~少年の日の夏。

  • melancholy Summer.

    “観測史上最速”と言われる梅雨明けから、2週間余りが経った。真夏日、猛暑日、熱帯夜が続き、すっかり夏模様。---しかし、何かが欠けている。そう、蝉が鳴いていないのだ。早朝の散歩でも、昼時の仕事中も「シャワシャワ」「ワシワシ」の大合唱がない。聞くところによると「短い梅雨と少雨」が影響しているとか。蝉の幼虫は土の中で育つが、その羽化には気温の上昇に加え、ある程度まとまった雨が必要なのだ。北陸の梅雨明け、平年値は7月24日頃。蝉の活動が盛んになるのも、ほゞ同時期。ところが、今年はレイニーシーズンが異例に短く、雨量は半分以下。どうやら、蝉たちは雨が少なくて戸惑っているらしいのだ。日本の夏を構成するピースの1つ「蝉時雨」のない静かな日常は、不自然な感覚が否めない。しっくり来ないのである。また、憂鬱な気分も付きまとう...melancholySummer.

  • 早すぎた異色作。

    最近、youtube「手塚プロダクション公式チャンネル」で、あるアニメを観た。本放送は、昭和44年(1969年)4月~9月。ブラウン管を見つめていた頃、僕はわずか4歳に過ぎないのだが、意外に覚えているシーンが多く驚く。それだけ記憶に残る理由は、画質かもしれない。既にカラー放送が始まって10年近くが経つにも係わらず「白黒」だった。また、インパクトの強さも大きな要因だろう。放送時間は、毎週日曜日夜7時30分。フジTV系列のそこは「カルピスまんが劇場」。ファミリー層、低年齢層の視聴者をターゲットにしたスポンサード枠で、カラー露出をためらうほど、陰鬱で残酷で刺激的。---それが、アニメ「どろろ」なのである。ほんの手すさび手慰み。不定期イラスト連載第二百四弾「どろろと百鬼丸」。TVアニメ「どろろ」の時代設定は、室町...早すぎた異色作。

  • お散歩草子~夏は曙。

    春は曙夏は夜秋は夕暮れ冬は夙めて(つとめて/早朝)日本三大随筆の1つと称される「枕草子」の中で、作者の「清少納言」は四季のハイライトを、それぞれ、そう例えた。これは思うに、いずれも「定点観測」なのではないだろうか。彼女は、平安時代の上流階級女子。行動の自由が制限されていた訳だから、自室の窓から眺めた景色を引き合いに出し言い表したと想像する。もしも、もっと気軽に外出できたなら、随筆の文面は違っていたかもしれない。令和の北陸に生きる庶民---僕「りくすけ」が、散歩に適した時間帯を指すなら、こんな感じだろうか。春は尽日(ひねもす/朝から晩まで)夏は曙秋は薄暮冬はお休みやはり、気温と散歩の関係は深い。早々と梅雨が明け、猛々しい暑さが悩ましいだけに今日は夜明けに合わせて出発した。津幡川の曙。涼しく湿り気を帯びひんや...お散歩草子~夏は曙。

  • 柔よく剛を制す。

    佐賀県・唐津市にある「からつ競艇場」に於いて行われたSG競争、「第32回グランドチャンピオン」優勝戦は、やはり「白と黒の一騎打ち」だった。1コースでは驚異的な勝率を誇る「池田浩二」(愛知)。2コースでエースモーターを駆る「上平真二」(広島)。今節を牽引してきた2人が、文字通り熾烈なデッドヒートを繰り広げた。スタートは、ほゞ同体。2コースの上平がジワリと舳先を伸ばし、最初のターンでは半艇身程リード。1コースの池田にプレッシャーを与えつつ、旋回に入る。しかし、流石は池田。絶妙な体重移動とハンドル捌きのスピードターンを繰り出し、周り終わった時点で2艇身近くリード。勝負あったか!?しかし、流石はエースモーター。上平が見る見るうちに差を詰め、先行艇を捕まえる。凄まじいパワーだ!!ターンで池田が先んじる。続く直線で上...柔よく剛を制す。

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