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矢嶋武弘の部屋 https://blog.goo.ne.jp/yajimatakehiro

沖縄は独立せよ!

941年生まれ。早大仏文科卒、フジテレビに就職、定年退職後、自由な思想生活に入る。 好きなもの⇒孫、美人、空想(妄想)、歴史、映画、音楽、インターネット、旅行、散歩

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2015/04/12

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  • 7月29日(月)

    それほど関心はなかったが、始まってみるとつい見てしまうのがパリオリンピックだ。ヒマな年寄りだから、ついテレビを見てしまう。日本選手の活躍が目につく。柔道はもとより、フェンシング個人戦で初の金メダル、スケボーでも金メダルだ。それはいいが、最も印象に残るのは女子柔道で2回戦で敗退した阿部詩(うた)選手だ。相手は「世界ランキング1位」のウズベキスタンの選手だから、負けてもそんなにおかしくはない。しかし、詩選手は前回の東京オリンピックで金メダルだったから、よほど悔しかったのだろう。大声をあげて泣き崩れていた。あんなに号泣した選手を今まで見たことがない。これからもたぶん見ないだろう。会場から「うたコール」が沸き上がっていた。幸い、兄の一二三選手が金メダルに輝いたから、まだ救われたか・・・2回戦で負けたら敗者復活戦に...7月29日(月)

  • 天は人の上に人を造り、人の下に人を造る

    <以下の文を復刻します。>「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」というのは、福澤諭吉の著書『学問のすすめ』に出てくる有名な言葉だ。この言葉は福澤自身のものではなく、アメリカの独立宣言から引用したものだというが、日本では福澤自身の言葉のように受け取られている。それほど人々に行き渡った名言として価値のあるものだ。この言葉には“万民平等”という意味があり、福澤は同じ書で「人は生まれながらにして貴賎上下の別はない」としている。ただし「学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となる」と述べ、学問を修めることを勧めているのだ。明治初期の新しい時代の幕開けには、まことに相応しい言葉であったと思う。『学問のすすめ』の前置きから入ったが、それは題名の「天は人の上に人を造り、人の...天は人の上に人を造り、人の下に人を造る

  • 『なごり雪 』と感動的な文章

    youtubeで素晴らしい文章を発見したので掲載します。念のため、ご本人から抗議などが来れば、ただちに削除します。感動的な文章は以下の通りで、お名前は「よしおかともかず」さんです。この文章を読んで何度も泣きました。「今から二十数年前の春、故郷での就職を選び帰郷する彼女を東京駅まで見送りに行きました。動き始めた新幹線の窓の向こうから泣き笑いで手を振る彼女の顔を今でも覚えています。『東京に残れ』と言いたかったけれど、まだ若かった私にはそれがどうしても言えませんでした・・・彼女の人生をすべて背負ってしまうようで怖くて・・・。大好きだった笑顔が大学生活の思い出を連れて早春の鉄路の向こうに去ってゆきました。あの時、勇気を振り絞って引き留めていたら、どんな人生が待っていたのだろう、そんなことを考えることもあります。『...『なごり雪』と感動的な文章

  • 文化大革命(10)

    第九場(12月上旬。北京・中南海にある中央文革小組の本部。陳伯達、江青、張春橋、王力)江青「紅衛兵のお陰で、彭真も陸定一も、羅瑞卿も楊尚昆も次々と逮捕されました。気の弱い羅瑞卿などは、飛び下り自殺を図りましたが、失敗して脚の骨を折るという不様な格好で逮捕されましたよ。人民解放軍の元総参謀長にしては、惨めな末路としか言いようがありませんわね」王力「まったく哀れな奴らだ。紅衛兵の襲撃に遭うと、あいつらは猫に襲われたネズミのように、悲鳴を上げて叩きのめされるだけだからな」張春橋「近いうちに、連中を公開の場で闘争しなければならない。そうしてやれば、連中の政治生命は完全に息の根を止められるわけだ」陳伯達「それはいい考えだ。すぐにでもそうしよう。江青同志、紅衛兵達に“公開闘争”を指示したらどうだ」江青「そうしましょう...文化大革命(10)

  • 文化大革命(6)

    第十二場(7月20日。北京・中南海にある周恩来の家。周恩来、江青のいる所に、登小平が入ってくる)周恩来「ようこそ、登同志。さあ、こちらに座って下さい」江青「総書記、私も同席させてもらいます」(登小平が椅子に座り、3人がテーブルを囲む)登小平「総理、一体どういうご用件で、私を呼び出したのですか」周恩来「他でもない。明日からの十一中全会の準備は整いましたか」登小平「ええ、おかげさまで。書記処としては、予定どおり明日から会議を開くことにしています。総理にも、重ねてご協力をお願い致します」江青「その点についてですが、毛主席から、会議を延期せよという指示が総書記にあったはずではないのですか」登小平「ええ、数日前にありました。しかし、その時にはすでに、二十一日開会の通知を全国の中央委員に出しており、変更はできない状況...文化大革命(6)

  • 7月17日(水)

    運転免許の「高齢者講習」をきょう受けた。視力検査と運転適性検査だったが、まずまずの結果だったか。講習料は6450円。これで運転免許の更新が可能となった。ほっと一息。講習料の支払いは現金が駄目で、全部キャッシュレスだった。時代は変わる。場所は所沢自動車学校だったが、免許取得に来た若い人たちがかなりいたので、なんだか若返った気分になる。講習の教師は最後に「3年後にまた会いましょう」と挨拶していたが、3年後はどうなるか分からない。免許の再更新か返納か、それともまだ生きているかどうか?(笑)7月は新札発行や都知事選などで賑やかにスタートしたが、アメリカではトランプ前大統領の暗殺未遂事件が起き、さらに騒々しくなった。月末にはパリ・オリンピックが始まるし、ますます賑やかになるだろう。きょうは「戦後の名曲」を休んだが、...7月17日(水)

  • 新・安珍と清姫(6・最終回)

    さて道成寺の僧たちですが、安珍と押し問答を続けているうちに、だんだん彼を哀れに思うようになりました。特に安珍と顔見知りの数人の僧は、なんとかしてあげようと言い始めたのです。同じ仏道に帰依する身なので、他の僧たちもついに安珍をかくまうことに決め寺の境内に案内しました。ところがその時、大蛇に化けた清姫が石段をはい上がってきたのです。この異変に気がついた門番の僧は、あわてて皆に報告しました。僧たちはどうしたらいいのか迷いましたが、とりあえず鐘撞き堂の大きな釣鐘(つりがね)を下ろし、その中に安珍を隠すことにしたのです。彼が鐘の中に隠れてまもなく、口から炎を吐きながら怒り狂った大蛇が現われました。その姿を見て僧たちは恐れおののき、あちこちに逃げ隠れました。大蛇はまず寺の本堂に入り、安珍がいないかと探し回ります。しか...新・安珍と清姫(6・最終回)

  • 私のコンプレックス・劣等感

    <以下の文を一部修正して復刻します。>コンプレックスにはいろいろ意味があるそうだが、俗に「劣等感」を指す場合が多い。どんな人でもいろいろなコンプレックスを抱いていると思うが、特に、身体的な要素が根強いのではないか。むろん、頭が悪いとか素性が劣るなどいろいろな要素があるが、身体的・肉体的特徴から劣等感を意識することが多い。特に“容貌”はその代表的なもので、男女を問わず気にするのが常だ。したがってスタイルや顔かたちを気にして、ダイエットやエステが大いに流行っているが、その根本には他人よりも劣るのではというコンプレックス・劣等感が根強くあるのだ。しかし、どうしようもないことがる。私の場合は背が低い(165センチほど)という劣等感があるが、これは身体的特徴であって生まれつきのものだ。つまり、劣等感にも優越感にも、...私のコンプレックス・劣等感

  • ロマン・ロラン

    <以下の文を復刻します。>1)20世紀で最も偉大な文学者を挙げろと言われれば、私はロマン・ロランを挙げるだろう。「ジャン・クリストフ」などの文学作品のみならず、20世紀前半の世界に及ぼした彼の存在の影響は計り知れない。その人類愛、ヒューマニズムと共に、彼の人格の高潔さは、正にその当時の世界の“良心”であった。しかし、ロマン・ロランの人類愛、ヒューマニズムは余りに理想主義的な要素が強かったために、現実の国家観や政治観で、大きな禍根を残したことも否定できないと思う。具体的には、当時のソ連邦への対応が間違っていたのではないか。理想主義は良いとしても、現実の政治がどういうものか、理解できなかった側面があったと言ってよい。私自身の話で恐縮だが、若い頃の私のロマン・ロランへの傾倒、心酔は尋常ではなかったと思う。高校時...ロマン・ロラン

  • <まとめ> かぐや姫物語

    過去の作品をまとめる必要が出てきたので、この場を借ります。ご了承ください。http://blog.goo.ne.jp/yajimatakehiro/e/d266a10b35d3e5a9935ec572504fe899http://blog.goo.ne.jp/yajimatakehiro/e/7213aec67818d3273b7a2450f5109039http://blog.goo.ne.jp/yajimatakehiro/e/0193d4e52e734a41a16fbfd881a82d20http://blog.goo.ne.jp/yajimatakehiro/e/5a64541c1cf6c504ad297b0be0c112c8http://blog.goo.ne.jp/yajimatakehiro...<まとめ>かぐや姫物語

  • かぐや姫物語(6・最終回)

    早朝に目が覚めると、藤吉はかぐや姫の膝の上に伏していました。先日も同様のことがあったのですが、さすがに藤吉はがばっと跳ね起きると、姫に向かって告げたのです。「姫様、今日は八月十五日です。こうしてはいられません!全てのことが今日中に決まりますので、私はすぐに竹取の翁様のもとへ参ります」藤吉が息せき切ってこう述べると、かぐや姫が落ち着いた声で答えました。「藤吉殿、そうです。今日中に全てのことが決まりますので、覚悟を決めてください」そして八月十五日、竹取の翁の館は朝早くから物々しい雰囲気に包まれました。この日、かぐや姫が月に帰るというのです。竹取の翁も嫗(おうな)も早く目を覚ましましたが、そこへ藤吉(とうきち)が朝一番にやって来ました。「お早うございます。今日は一日中、私は翁様の側にいて命令通りにしますが、嫗様...かぐや姫物語(6・最終回)

  • 『白いブランコ』

    今から54年前の1969年、兄弟デュオ「ビリーバンバン」がレコードデビューした曲で、いきなり大ヒットした。http://www.youtube.com/watch?v=oFGhLfxEmxg『白いブランコ』

  • 楼蘭の美女

    <以下の文を復刻します。>ふと思い出したが以前、「楼蘭の美女」について妻と大論争になったことがある。新聞の日曜版だかに、中国の楼蘭で発掘されたミイラ(女性)の写真が大きく載ったことがある。それは3800年以上も昔のもので、新聞にも“楼蘭の美女”と書いてあった。(末尾に参考資料をリンクしておく)男はだいたい美女に弱い。私はかなり興奮して「おい、大変だ!3800年も前の美女が現われたぞ!」と叫んだ。すると、妻は冷やかに「信じられない。このミイラのどこが美女なの?」と反論してきた。私には頭巾を被ったミイラが美女に見えたので、「新聞にも“美女”と書いてるじゃないか。この顔の骨格を見れば美人に決まっている」と強調した。すると、妻は「新聞は気を引くために“美女”と書くに決まってるじゃないの!」と、また反論してきた。そ...楼蘭の美女

  • 相合い傘

    <以下の文を復刻します。>ある人から「相合い傘」について質問があったが、これは“死語”ではない。今も相合い傘は生きている。しかし、なんと傘の種類や本数が増えたことか!今はビニール傘や使い捨ての傘、置き傘などが沢山ある。傘があり余っている。それに天気予報で、気象予報士がしょっちゅう傘の有無を話題にする。傘がいっぱいだ!昔のことを言うとまた笑われそうだが、傘は貴重品だった。子供が多いと、傘を持たない子もいた。「雨々降れ降れ母さんが蛇の目のお迎えうれしいな~」という歌もあった(蛇の目は傘の一種)。それほど傘は大切なものだった。だから、しょっちゅう相合い傘の風景が見られ、それは日常的だった。相合い傘はいいものである。子供のころ、好きな女の子と相合い傘になったことがある。それを“悪がき”に冷やかされたものだ。相合い傘

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