2014年の9月26日に「くも膜下出血」で倒れてしまったワタシ。 原因となった「解離性脳動脈瘤」がデリケートな位置に出来ていたのと、「ただちに生命の危険はない」状態に症状が落ち着いたため、2週間ほどの入院を経て、ワタシはいったん自宅に戻りました。 「ただちに危険はない」とはいっても、「脳動脈瘤」が破裂し…
ワタシか大森駅近くの「牧田総合病院」に入院していたときに、行われていた「リハビリ」は、大きく分けると二種類ありました。 ひとつは足や手の「麻痺」に対する「運動能力」を回復させるためのもの。 もうそとつは、「脳」の「思考力」などが「脳梗塞」によってどれほどのダメー…
退院して1週間も経ってくると、自宅での生活にも慣れてきました。 倒れる前までは、仕事は蒲田駅の近くに借りていた「事務所」か、出張先の撮影場所だったり、往復のクルマの車内でこなしていました。 そのため、家族との生活空間である「自宅」での毎日は、なんだか新鮮だったのですが、「コレがいつまで続…
「くも膜下出血」で緊急搬送され、二週間の入院を余儀なくされたワタシ。幸いに、大きな後遺症は出なかったものの、手術がとてもやりにくい部位に発症したため、「自然に患部が治ってくるのを待つ」という「保存的治療」が選択され、ワタシは自宅療養をすることになりした。 それ…
アタマにできた「解離性脳動脈瘤」の「保存的治療」、またの名を「とりあえずの経過観察」のために退院し、自宅でのリハビリ生活を開始したワタシ。 お昼を済ませた後の1時間ほどを、自宅のある団地の広い中庭で、「リハビリ運動」にあてることにしました。 …
幸い、自宅はお年寄りも多く住んでいる「UR住宅」の一角にあったため、ワタシの「リハビリ」は、自宅から「エレベーターに乗って降りたらすぐ」という、共有の広場で行うことができました。 14階建てという、わりと大きめの、3つの棟に囲まれたスペースで、クルマは入ってこれませんし、お年寄りの…
「とりあえずは保存的治療を」というコトで、自宅に戻れたものの、ワタシはまだ自由に動けるワケではありませんでした。 いつまで続くかわからない、この療養生活ですから、支出を少しでも抑えようと、仕事場兼スタジオとして借りていた事務所は解約しましたが、退出までにはまだ二ヶ月ほどあります。 そのため、最初の一ヶ月のうちに、少しでも元通り…
退院後にワタシが最初にやったのは、JR蒲田駅のすぐ近くに借りていた「事務所」の解約でした。 これから先、まともに働けない生活がどれだけ続くかわかりません。駅から3分という立地は確かに魅力だったのですが、カラダが快復しない限りは、いくらお客さんが来てもこちらが対応できません。 それなら、月々に支払わなければならない家賃はもったいなさ過ぎ…
これから先、自宅での療養生活がどれだけ続くのか、退院直後のワタシには、まったくわかりませんでした。 …というか、最初の発作からまだ半月足らずしか経っておらず、まだまだ「再出血」のリスクもある期間のコトです。「激しい頭痛や血圧の乱高下が起たら、すぐに病院に来てください」と、主治医…
「ブログリーダー」を活用して、クラインさんをフォローしませんか?